『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 ジャパニメーションの起源は中国なの?

 (この連載のはじめから読む)

 最後にジャパニメーションの出自について検討しておきたい。
 與那覇潤氏はその著書『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』において、ジャパニメーションは中国起源の文化だと述べている。これには誰もが驚くだろう。
 該当箇所は『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』の末尾(209~210ページ)の短い記述なので、下に引用しよう。

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 この章の最後に「あの戦争」が日本社会にもたらした中国起源の文化を紹介しましょう。それこそが、いわゆるジャパニメーションです。
 日本軍支配下の中国上海で製作された、『西遊記』に材をとったアジア初の長編アニメ映画『鉄扇公主』(万籟鳴・万古蟾兄弟監督、1941)――見る人が見れば抗日映画だが、しかし日本の官憲に対して言い逃れができなくもない作りになっていました――は、翌年日本でも輸入公開されて大ヒット。その刺戟によって日本初の長編アニメ『桃太郎の海鷲』(瀬尾光世監督、1943)の製作が決まります(佐野明子「漫画映画の時代」)。この「戦時下で生まれた」という出自を持つがゆえに、手塚治虫から宮崎駿に至るまで、日本のアニメが子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う独自の個性を有している点は、大塚英志氏らの評論によって知られるとおりです(『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』)。
 かくて、『風の谷のナウシカ』が「あの戦争」をモデルとしていることの意味が、十全に理解できるでしょう。それは、日本のアニメが自らの起源に対して行った自己言及なのです。
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 どうだろう、十全に理解できただろうか。
 残念ながら私の読解力では、この文章の意味が判らなかった。
 整理のために、著者の主張を箇条書きにしてみよう。

(1) 日本軍支配下の中国上海で製作された、アジア初の長編アニメ映画『鉄扇公主(てっせんこうしゅ)』(1941)は、翌年日本でも輸入公開されて大ヒットした。

(2) その刺戟によって日本初の長編アニメ『桃太郎の海鷲』(1943)の製作が決まった。

(3) ジャパニメーションは「戦時下で生まれた」という出自を持つ。

(4) ゆえに、日本のアニメは子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う独自の個性を有している。

(5) 『風の谷のナウシカ』が「あの戦争」をモデルとしているのは、日本のアニメが自らの起源に対して行った自己言及である。

 そして著者は、(1)、(2)の根拠として佐野明子著「漫画映画の時代」を挙げ、(3)、(4)の根拠として大塚英志・大澤信亮共著『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』を挙げている。(1)~(4)は著者なりの要約であり、詳細はこれらの参考文献に書かれているというわけだ。
 しかし、先に結論から云ってしまうと、これらの文献にはジャパニメーションが中国起源であるとは書かれていない。それは著者なりの意見なのだ。


■中国製アニメの衝撃

 参考文献に当たりながら、詳しく見ていこう。
 佐野明子氏の「漫画映画の時代」(加藤幹郎編『映画学的想像力――シネマ・スタディーズの冒険』収録)は、戦前、戦中における日本のアニメーションの変遷を、外国アニメからの影響と時局を念頭に考察したものだ。
 佐野明子氏は「漫画映画の時代」の冒頭で、この論考で取り上げる問題は次の3点だと述べている(紹介するに当たって、便宜上箇条書きにさせていただく)。

(a) 一九三〇年代に世界のアニメーション市場を席巻したミッキー・マウスなどのアメリカ製アニメーション映画は、日本でどのように受容、規範化され、日本製アニメーション映画にいかなる変容をせまったのかという問題

(b) 三〇年代は中国大陸における戦況が拡大してナショナリズムが昂揚し、アニメーションにすら「日本的なるもの」が要求された時期であるが、アメリカ志向と日本志向のはざまで、日本のアニメーションはいかなる方向に向かったのかという問題

(c) 一九四一年一二月の日米開戦以後、「アメリカ」に代わってあらわれた「支那」という第三項が「日本」にいかなる指針をあたえたのかという問題

 (c)で触れている「アメリカに代わって現れた支那」こそ、アメリカ製の漫画映画(アニメ)が輸入できない時期に上映された、アジア初の長編アニメ映画『鉄扇公主』である。
 日本でも1910年代からアニメーションは作られていたが、それらは映画的な演出の見られない短編だった。こんにちの作品に例えれば、NHKの「みんなのうた」で流れるようなアニメーションを思い浮かべれば良いかもしれない。戦時下のアニメーション制作者たちはディズニーの模倣に汲々とするばかりで、映画としてのストーリーや興奮を堪能できるものではなかったようだ。
 そこに現れたのが『鉄扇公主』である。10分前後の短編しか見ていなかった日本の観客にとって、73分という上映時間は大長編だ。しかも孫悟空が牛魔王・羅刹女と戦う物語がちゃんとある上に、ディズニーの模倣ではない中国らしい美術やキャラクター造形が施されている。この作品が日本のアニメーション制作者に与えた衝撃は大きかっただろう。
 ウィキペディアによれば、万籟鳴(ウォン・ライミン)・万古蟾(ウォン・グチャン)兄弟監督はディズニーの『白雪姫』(1937年)を目標としたそうだが、『白雪姫』は外国映画の輸入規制のために日本では公開されていなかったから、日本の観客にとっては『鉄扇公主』こそがはじめて堪能する長編アニメだったのである。

 そして日本でも1942年に37分の(当時としては)長編『桃太郎の海鷲』が作られ、1943年3月25日に公開される。さらに1944年には3本の中長編が制作されている。
 これらを受けて、「漫画映画の時代」では次のように結論づけている。

(d) アメリカのトーキー漫画の登場は、漫画映画というジャンルを一躍表舞台に立たせると同時に「標準規格」となり、日本の漫画映画の方向性を収斂させていった。

(e) しかし戦局の拡大とともにナショナリズムが高揚すると、「日本志向」と「アメリカ志向」のはざまで日本の漫画映画は揺れ動く。その混迷ぶりは、大藤信郎の作風の変化、すなわち千代紙映画から漫画映画、さらに影絵映画へいたる二度の転向に端的にしめされていよう。

(f) そこへ「支那」の『鉄扇公主』が第三のオルタナティブとして歓迎をうけ、さらに漫画映画が国策映画の「客寄せ」としての社会的機能をはたす契機にもなる。漫画映画なるジャンルが日本の興行界や国策映画の観客動員に寄与した事実は、それがただ懐古的に眺められるべき存在ではなく、より積極的な歴史的意義を有することをはっきりとしめしているのである。

 こうしてみると、與那覇氏が述べる(1)から(2)への流れ、すなわち『鉄扇公主』が日本でも大ヒットし、その刺戟によって『桃太郎の海鷲』の製作が決まったことは、明らかなように見える。

 しかし、よくよく考えると、これにはいささか疑問がある。
 『鉄扇公主』の日本公開は1942年9月10日だ。『桃太郎の海鷲』は公開こそ1943年だが、1942年には完成している。
『桃太郎の海鷲』は、海軍省が戦意高揚を目的に制作を命じたものなのだが、海軍省は『鉄扇公主』の日本公開の反響を見てから命じたのだろうか。

 アニメの量産体制が整っている現在でも、企画もないまっさらな中から一つの作品を完成させるのはたいへんだ。ましてや30分以上の作品なんて前代未聞だった日本の映画会社が、そんな短期間にはじめての長編アニメを完成させられるものだろうか。なにしろ『桃太郎の海鷲』の演出・撮影を担当した瀬尾光世氏にしても、前年に制作したアニメ『アリチャン』はたったの11分である。いきなり37分の作品を完成させるのは相当な苦労が伴ったはずだ。
 私には、『鉄扇公主』が日本でヒットしてから『桃太郎の海鷲』の製作が決まったとは思えない。もしも海軍省が国策アニメの制作を命じた日付をご存知の方がいらっしゃったら、ご教示たまわりたいと思う。


 さて、(1)から(2)への流れに疑問があるとなると、佐野明子氏の論考が誤っているのだろうか。
 いや、そうではない。『鉄扇公主』が日本の漫画映画(アニメ)に及ぼした影響として佐野明子氏が挙げているのは、単に長編か否かといったことだけではない。漫画映画を封切館で上映する興行形態そのものが斬新だったのだ。
 当時の映画には、劇映画、文化映画、ニュース映画があり、上映館も封切館やニュース映画館に分かれていた。漫画映画は主にニュース映画館で上映されており、封切館で漫画映画中心の興行はほとんど行われていなかった。ところが、封切館における『鉄扇公主』と文化映画『空の神兵』の二本立てが大ヒットしたことから、その後は漫画映画を封切館で公開することが増えていく。
 1943年には『桃太郎の海鷲』と文化映画『戦う護送船団』が封切館で同時上映されているし、短編アニメ4本と短編映画2本の同時上映も行われている。1944年には『フクチャンの潜水艦』が、1945年には『桃太郎・海の神兵』が封切館で公開された。
 アニメーション作家諸氏には、米国でなくとも高度なアニメを作れることを示した点で『鉄扇公主』の衝撃は大きかっただろうが、映画関係者にとってはアニメが封切館の興行として成り立つことを示した点に大きな意味があったのだ。

 これが、中国製アニメが日本にもたらした影響である。漫画映画はニュース映画館で上映するのが当たり前になっていた興行形態を、『鉄扇公主』が吹き飛ばしたのだ。
 したがって、佐野明子氏は、『鉄扇公主』が大ヒットしたから『桃太郎の海鷲』の製作が決まったと云っているわけではないのだ。
 それなのに與那覇潤氏が著書の中で「その刺戟によって日本初の長編アニメ『桃太郎の海鷲』(瀬尾光世監督、1943)の製作が決まります」と表現してしまったのは、言葉の選び方が適切とはいえないだろう。


 また、『鉄扇公主』の影響が大きいのは判るにしても、この作品がなければ日本でアニメが盛んにはならなかったのかと疑問を抱く方もいるだろう。
 歴史でifをこねくり回しても仕方がないので、それはなんとも云えないが、ひとつポイントになるのは『白雪姫』だ。
 万兄弟は『白雪姫』を観たことで、これに負けないアニメーション作品を作ろうとして『鉄扇公主』を生み出した。日本での『白雪姫』の公開は1950年を待つことになるが、たとえ『鉄扇公主』の衝撃がなくても、戦後この長編アニメを目にすれば、日本のクリエーターは奮起したのではないだろうか。
 私はそんな風に想像する。


■ジャパニメーションは戦時下の生まれ?

 続いて、(3)、(4)について検討しよう。
 こちらは大塚英志・大澤信亮共著の『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』が参考文献として挙げられている。
 しかしこの文献においても、ジャパニメーションが中国起源とは書かれていないのはもとより、ジャパニメーションが「戦時下で生まれた」とも書かれていない。

 『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』は二部構成で、第一部がマンガとアニメの歴史の俯瞰、第二部が国策としてのジャパニメーションに関する考察になっている。特に第一部はアニメよりもマンガの変遷について論じられており、アニメについてはディズニー作品をはじめとする米国アニメが日本のマンガに及ぼした影響を検討する中で触れることが多い。この論考は、ジャパニメーションの誕生の歴史を紐解いているわけではないのだ。
 もちろん、マンガとアニメの関係は濃密だし、マンガの変遷はアニメの変遷にも影響するから、マンガについて論じたことをアニメにも敷衍して考える必要はあるだろう。だから、戦時下においてマンガに生じた変容を、アニメに通じるものとして取り扱うことに異議はない。
 とはいえ、そこからジャパニメーションが「戦時下で生まれた」と云えるかどうか……。

 ここでは、大塚英志氏、大澤信亮氏が『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』において戦争に関連して述べていることを簡単に紹介しておこう。
 両氏によれば、日本のマンガには戦時下を起源とする次のような要素がある。
 ・科学的なリアリズム
 ・記号的な身体性
 ・戦局を見る視点
 ・映画的な演出理論、いわゆる「映像的手法」

 これらは、1930年代に思想統制が厳しくなる中でマンガが身に付けた(身に付けさせられた)要素である。初期のディズニー作品のように面白おかしい空想ばなしだったはずのマンガが、リアルな兵器や機械を描かなくてはならなくなり、作画上は透視図法に基づく緻密な描き方が広まり、内容面では個人の背後に大きな戦局があることがうかがわれるようになる。戦時下だからこそ求められたマンガの変容は、確実に現在のマンガ・アニメにも受け継がれている。
 日本のマンガ・アニメはディズニーから大きな影響を受けたはずなのに、今では丸っこいメカにつぶらな瞳がついたりはしないし、キャラクターが崖から落ちたらペチャンコになったりせずに死んでしまう。
 このようなマンガ・アニメの変容は、戦時下の思想統制によるものもあるし、マンガ家やその卵たちが実際に戦争を経験することで直面してしまった現実の問題によるものもある。大阪上空を飛ぶ爆撃機を見上げ、爆弾が炸裂する中で生き残った手塚治虫には、銃で撃たれてもヘラヘラしてるキャラクターなんて描けなかったのだろう。

 戦争が日本のマンガとクリエーターたちに及ぼした影響については、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』で詳述されており、今のマンガやアニメに見られる表現が戦時下に端を発していることはよく判る。
 しかし、マンガ・アニメ自体は戦争前から存在していたのも確かなのだ。
 したがって、(3)のようにジャパニメーションそのものが「戦時下で生まれた」かのように書くのは、いささかやり過ぎのように思う。「起源」とか「生まれた」という表現は、それ以前には存在しないことが前提となるからだ。


 もしかしたら、與那覇潤氏がこのような刺激的な云い回しをした理由のひとつには、大塚英志・大澤信亮両氏への共感があるのかもしれない。
 『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』の「あとがき」には、執筆の目的が次のように書かれている。
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 本書はまんが/アニメーションにとっては決してプラスになるとは思えない「ジャパニメーション」をめぐる「国策」化の動きが、いかに無効であり根拠を欠くものかを第一部ではまんが/アニメ史の視点から、第二部では実際に「国策」として示されたものを検証することで徹底して批判するものである。
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 この本は、日本のマンガ・アニメを文化ナショナリズムと結びつけようとする者たちへの牽制球なのだ。
 この本を読むと、どうやらこの国には日本のマンガ・アニメが世界で称賛されることを、日本の国威発揚のように捉える者がいるらしい。「ジャパニメーション」という呼び名そのものが西洋から見た日本文化を象徴しており、西洋ありきの発想なのだが、それをなにか特別なアニメーションであるかのように考える人が、少なくともこの本が出版された2005年当時はいたらしいのだ。
 あいにく私は国内外にかかわらずマンガ・アニメが好きであり、どこか1国(たとえそれが日本でも)の作品だけを贔屓にすることはないので、そういう人がいることはこの本ではじめて知った。

 とにかく、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』は、マンガ・アニメを文化ナショナリズムと結びつけようとする者たちが考えたこともないであろうマンガ・アニメの歴史を説明し、日本のマンガ・アニメがどこから来て、今どこに立っているのかを明らかにした本なのだ。
 それは、與那覇潤氏が『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』で見せたスタンスによく似ている。
 與那覇氏は、本書であえて刺激的な表現を多用し、左右どちらの読者にも冷水を浴びせまくっている。そんな冷水が必要なほど、偏った考えに凝り固まった人が多いと、與那覇氏は感じているのだろう。氏が、随所で参考文献を紹介し、読者に一層の考察を促すのも、同じ理由からだろう。
 その手に乗せられて、私なんぞは佐野明子氏や大塚英志氏らの著作を読む破目になったわけだ。


 ただ、『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』にはいくつか残念な点がある。
 マンガ・アニメ史を語った第一部は、前述したようにマンガの歴史が中心であり、アニメの歴史はあまり整理されていない。
 與那覇潤氏はこの本を受けて、(4)のように「ゆえに、日本のアニメは子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う独自の個性を有している。」と述べているのだが、アニメでは具体的にいつ、どのような契機で独自の個性を有するようになったのかが判然としない。


 もうひとつ『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』の残念なところは、外国マンガへの言及が少ないことだ。日本のマンガの変遷はたいへんよく判るものの、では諸外国で同じような動きがあったのか、それとも違う状況だったのかが判らない。
 もちろん、この本の目的とするところは日本のマンガ・アニメについて語ることだから、外国マンガへの言及が少なくてもまったく構わない。しかし、與那覇潤氏が「日本のアニメの独自の個性」と云うからには、それは他国では見られないことが前提となるはずだ。だが、それをこの本から読み取るのは困難だ。

 たとえば、大塚・大澤両氏は、1942年(昭和17年)のディズニーアニメ『戦争を止めろ』に登場する戦車がデフォルメされ、キャラクター化されていることに着目し、兵器のリアリズム化がディズニーの中では起きていないと述べている。一方、1937年(昭和12年)の新関青花のマンガ『愛国漫画決死隊』でのリアルな空中戦を指して、日本のマンガの方がはるかに進化していたと語っている(69ページ)。
 だが、メカの描き方について対比する相手として、ディズニーを持ち出すのが適切とは思えない。米国ではすでに1934年にアレックス・レイモンドが『フラッシュ・ゴードン』の連載をはじめている。後に従軍画家としても活躍するアレックス・レイモンドは、きわめてリアルなタッチで人物やメカを描写した。リアリズムはたまたまディズニー作品にはなかったのだ。
 こんなことを云わなくても、外国のマンガ・アニメがお好きな人なら「人の生死や戦争の当否といった重い主題」が外国の作品でも見られることは、とうにご存知だろう。そういう重い主題を受け入れる素地がなければ、アレハンドロ・ホドロフスキーマイケル・ムアコックのような個性的な人物がマンガ原作者としてやっていくことはできないだろうから。


 以上のように佐野明子氏や大塚英志氏・大澤信亮氏の著作を読んでいくと、次の結論が得られよう。

 ・中国製アニメの成功が、興行形態も含めて日本のアニメに大きな影響を及ぼした。
 ・現在の日本のマンガ、アニメには、日中戦争下を起源とする要素が濃厚にある。

 これを與那覇潤氏なりに表現すると、「中国起源の文化」という云い方になるのだろう。
 どこが起源だろうと、マンガ好き・アニメ好きの人にとってはどうでもいいことだが、アニメ好きでもなんでもない人が『中国化する日本』の記述を表面的に受け取って、新橋の飲み屋なんぞで「ジャパニメーションの起源はな……」なんて吹聴しないかと心配である。


 加えて、(5)の「『風の谷のナウシカ』が「あの戦争」をモデルとしている」という意見が乱暴であることは、先の記事で述べたとおりだ。


■子供文化という視点

 ところで、與那覇潤氏は、佐野明子氏や大塚英志氏・大澤信亮氏があまり触れていない重要な視点を提示している。
 (4)に挙げた「子供文化」という視点が、実は佐野明子氏も大塚英志氏・大澤信亮氏も希薄なのだ。
 それはもちろん、それぞれの論考を著した目的が、子供文化を述べることではないからだ。佐野明子氏は映画のひとつとしての漫画映画の変容を語っており、大塚英志氏・大澤信亮氏はマンガが形成された過程に目を向けている。いずれも「子供文化」を考察するものではない。

 しかし、(4)の「子供文化でありながら人の生死や戦争の当否といった重い主題を扱う」ことは、マンガ・アニメに限ったものではなく、本来子供文化全般の流れの中で論じられてしかるべきだ。それが『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』を読んで残念に感じた最後の点だ。
 現代の子供たちが、マンガもアニメも特撮もゲームも分け隔てなく楽しむように、戦前・戦中の子供たちだって、マンガだけ、アニメだけに集中していたわけではない。作り手たる大人たちはそれぞれの領域の中でものを考えるが、子供は楽しければ媒体を問わないのだ。
 だから、マンガやアニメの変遷を語るのであれば、本当は同時期の実写映画や小説等についても語って欲しいところである。

 とりわけ、当時の子供文化の柱のひとつとして小説があったことは見逃せない。
 少年雑誌は19世紀から存在し、1914年(大正3年)には現在の週刊少年マガジンの源流ともいえる少年倶楽部が創刊された。
 そこで娯楽の中心になったのは小説である。お伽話や童話も掲載されていたようだが、人気を博したのは熱血痛快小説だ。「少年小説」という言葉は今では死語となっているが、かつて子供たちは血沸き肉躍る少年小説に夢中になった。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で茶川先生が書いているアレだ。
 しかし、絵物語や紙芝居が姿を消したように、少年小説も子供文化の主流ではなくなってしまう。後年のジュブナイルやライトノベルなどがその末裔と云えるだろう。

 少年小説には、吉川英治のような大人向け小説の書き手も参入したし、高垣眸のように少年小説一筋の書き手も存在した。大佛次郎の鞍馬天狗シリーズといえば、天狗を慕う杉作少年を思い浮かべる人も多いだろうが、杉作少年と天狗の出会いが描かれたのも少年倶楽部に連載した『角兵衛獅子』(1927年)である。
 ジャンルも多岐にわたっている。時代小説もあれば、日露戦争に材をとった実録小説『敵中横断三百里』(1930年)もあり、海野十三はSFを、江戸川乱歩は『怪人二十面相』(1936年)にはじまる少年探偵団シリーズを執筆した。
 『敵中横断三百里』は子供向けの小説でありながら大人気を博し、1957年には森一生監督、黒澤明・小国英雄の脚本で*大人向け*映画になっている。この映画は、『虎の尾を踏む男達』(1945年)、『隠し砦の三悪人』(1958年)と並ぶ黒澤明の逃避行物として注目されていい作品である。

 このように子供たちが剣客や軍人の活躍する物語に熱狂していたのだから、マンガやアニメがいつまでもディズニーのようなホンワカしたものばかりを続けていられないのは必至ではないだろうか。
 そこを考察してこそ、「子供文化でありながら」と云えるように思うのである。

■参考文献
 佐野明子「漫画映画の時代」(加藤幹郎編『映画学的想像力――シネマ・スタディーズの冒険』収録)人文書院、2006
 大塚英志・大澤信亮『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』角川書店、2005


中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
日本初版/2011年11月20日
ジャンル/[歴史]
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【theme : 紹介したい本
【genre : 本・雑誌

tag : 與那覇潤 佐野明子 大塚英志 大澤信亮

⇒comment

No title

長大な論考ですね。 じっくり読ませていただきますね。ドリームワークスとぴ区サーの面白さは他にも理由があるとは思いますが。
ただ、ランゴが千と千尋を超えている面白さとは思えません。毎年毎年長編アニメ賞を与えるにはパイが小さすぎてよくないのではと思います。それでも、近年の洋物アニメーションは目を見張るものがあり、娯楽作としては日本作よりはるかに出来が良いと思えてなりません。『時を越える少女』は面白かったけど。
宗教を超えてポストも団があるにせよ、人間と社会を描く、その描き方に面白さとか怖さがあるのだと。そこが、クレイアニメ(イギリスのクレイアニメは本当に面白くて、DVDをたくさん買ってます)も含めて、大人の鑑賞に堪えるのだと思います。

さて、私の浅すぎる考えは脇において、次は、いよいよ『ヒューゴ‥』の評価ですね?(笑)クロエちゃんの魅力に負けず是非お願いします。私は、ナルニア国のルーシーもとっても気に入っています。日本ではヒットしませんが、子供のころからのナルニアファンなのでアレは是非シリーズを続けて欲しいものです。

No title

チャイナ化したとしてもチャイナと同じようにはならないと思います。日本人は技術にこだわる(チャイナはこだわらない。どこかにいいのがあればそれを使えばよし)、チャイナは戦略思考ができるが日本はかなりそれができない(技術にこだわるのがその一例。自衛隊がアフガンかイラクで車の並べ方は俺たちのほうが米軍より上だ、といったとか。ああ‥)。

そういった話はまあ素人なのでよく分かりませんから脇において。昨年みたアニメーション(アニメではありません)は、カンフーパンダ2、カー図、ファンタスティックMRフォックス、ランゴ、DVDではチキンラン、羊のしぇ-ん(これは機内でも見て爆笑と涙、三丁目の夕日よりなけるシーンもあり)、ウオーレストグルミット-野菜畑で捕まえて(だったかな?)。
どれも大人の鑑賞に堪える内容を盛り込んでいました。自分とコミュニティ、組織(あえて社会などと大きなことは言わないのが良いです)、自由を求めるヒーロー、などなど。

カンフーパンダでは、二人のディレクターが「2本のアニメはずいぶんと研究させてもらった。感謝する(または、その寄与を認める?)」てなことを述べてます(監督による解説)。日本も諸外国のヒットしたアニメーションを研究すれば良いのに‥いまのままじゃ、一部のマニア向けみたいで食指が動きません。そしてマニア向けに未来があるとはあまり思えません。それはジャパニメーション推進に感じる胡散臭さに通じるものがある野かもしれませんが。
ああ、難しい話には付いていけないので、この辺で退散しますね。

Re: No title

魚虎555さん、こんにちは。
おっしゃるとおり、米アカデミー賞の長編アニメ賞については、毎年ノミネート枠を埋められるほど優れた映画が作られてるのか疑問ですね。そんな中、最近はずっとピクサー作品の受賞が続いていたのに、第84回はピクサーの『カーズ2』がノミネートすらされなかったのは興味深いところです。その前年は『トイ・ストーリー3』が受賞しているので、シリーズ物が不利というわけでもないでしょうし。

ところで日本のマンガ・アニメの外国への影響は大きくて、私にとっては悲しくなるくらいです。私は日本のマンガとは違う魅力に惹かれて欧米のマンガを買っていたのに、絵柄等がどんどん日本っぽくなり、欧米のマンガを買う意味が薄れてしまいます。とはいえ、マンガやアニメの作り手は日本のマンガ・アニメに感化されても、日本のマンガが外国で商売になるほど売れるわけではありませんけど。
中国では国策として動漫(アニメ)を振興してますが、日本は国が口を出さなくて発展したんだから、余計なことをしないのが一番でしょう。行政が推進しようとしたり、規制しようとしたり、余計なことが多すぎるように思います。

『ヒューゴの不思議な発明』については考えてみます……書けなかったらゴメンナサイe-330

持永只仁氏の自伝より

僭越ながら、「桃太郎の海鷲」の製作者の一人、持永只仁の研究を専攻する身として、ご助言致したいと存じます。まず、その持永只仁氏の自伝が出版されていることをお伝え致します。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%97%A5%E4%B8%AD%E4%BA%A4%E6%B5%81%E8%A8%98%E2%80%95%E6%8C%81%E6%B0%B8%E5%8F%AA%E4%BB%81%E8%87%AA%E4%BC%9D-%E6%8C%81%E6%B0%B8-%E5%8F%AA%E4%BB%81/dp/4497206068
第一に、この本の「桃太郎の海鷲」の項に、次のようにあります。
「~瀬尾さんはとても体の丈夫な方で、この制作にかけた八ヵ月、風邪ひとつひかないで先頭に立って頑張られた。~」
これで、「~海鷲」の制作期間が八ヵ月であることがわかります。
次に、「鉄扇公主」と「桃太郎の海鷲」の公開期日が巻末の年表に詳しく載っています。
1942年 9月10日 「西遊記・鐵扇姫の巻」(原題「鉄扇公主」)日本公開
1943年 3月25日 「桃太郎の海鷲」 白系劇場公開
「~海鷲」の製作期間が八ヶ月である事実を鑑みると、これで既に、「桃太郎の海鷲」製作中に「鉄扇公主」が日本で公開されたことがわかり、更に申せば「~海鷲」の企画段階で関係する日本人は誰も「鉄扇公主」を見ていないことも明らかです。
付記すれば、持永氏は「~海鷲」で技術構成の頭目にタイトルされており、自伝を元にすれば美術監督(背景の総作画)、特殊効果パートの動画、また監督と共に四段マルチ等を扱う撮影技術を担当しています。

確かに「鉄扇公主」の影響を受けたのは「桃太郎 海の神兵」であり、海軍省が企図を得たのは間違いなくこちらです。
そして本書で瀬尾監督が「~神兵」製作前に「ファンタジア」を海軍省で見ている旨記述されており、同時に「鉄扇公主」のリズムを自作に取り入れたい、という意向があったことも別の資料で伺えます。

更に付記すれば、持永氏は「~海鷲」の後「フクチャンの潜水艦」を横山隆一氏と共に製作した後に満映へ渡り、終戦後すぐ中国に接収され流転の末に東北電影公司(後に上海)に赴任、中国人スタッフにアニメ技術を教授する傍ら自らもセルアニメ、人形アニメを製作し、それらもスタッフへの技術伝達を第一義としていたようです。
上海では後に「牧笛」を製作する特偉監督らと共に中国アニメーションの基礎作りに尽力し、「鉄扇公主」で疲弊した萬監督も上海で一時復帰を果たします。
そればかりか、国交正常化後に持永氏は中国との文化的な橋渡し役を務め、両国製作者の交流や日本作品の下請け受注の道を開いているのです。

もちろん持永氏ばかりでなく、共に中国に残った日本人製作者も上記の任を負っていましたが、これらの記述から見えることは、少なくとも日中間に創作上の優劣はなく、むしろ戦中より両者が協力してアジアでのアニメーション製作の邁進に寄与した、と捉える方が妥当です。
影響力を一方向に固定する見方は、あまりに政治的なベクトルが働き過ぎているとしか思えません。持永氏も初期はディズニーに加えフライシャー作品に傾倒していたようですし、「鉄扇公主」にしても公開当時、ディズニーの影響が大きく垣間見える、との批判が強かったということでした。

文化資産、特に創作物は双方向・多方面の影響を受け合い、その当事者同士は尊敬し合うものです。それに単一起源を定める論調は狭義としか申せませんし、第一、上記の諸先輩方に対し大変失礼にあたります。
残念ながら日本人には体系的な映画研究、殊に映画史を処するに決定的な視点が欠けています。自論を主張すべく我田引水を行なう風潮がまかり通るのも、この欠点に起因するものと見えます。
宮崎駿監督にしても、戦中既にフライシャーや正に「~海鷲」の洗礼を受け、後の自作に反映させていますし、「ナウシカ」様の作品のみをもって宮崎思想を網羅するのも早計です。
挙げれば筆は止まりませんが、様は精密な映画史の視点からすれば、「中国化する日本~」の論理展開は不毛、と断定できるものです。
併せて、日本に持永只仁という大人がいた、という事実も強調させて頂き、拙文を締めたいと存じます。

Re: 持永只仁氏の自伝より

Miyazawaさん、こんにちは。
ご教示いただきありがとうございます。
不勉強にして、持永只仁氏のことは存じませんでした。戦後の中国に残り、中国でアニメーション制作に携わるとは、たいへんなことだったろうと思います。日中の国交正常化以前に、このような方々のご活躍があったのですね。

>文化資産、特に創作物は双方向・多方面の影響を受け合い、その当事者同士は尊敬し合うものです。

おっしゃるとおりと思います。
創作物を享受する読者・観客・視聴者も、本当はこの点に思いを馳せるべきなのでしょう。

『中国化する日本』は中国版も刊行されたそうです。
全体としては面白い本であり、中国の読者の反応が気になるところですが、それと同時に、ジャパニメーションは中国起源云々の記述が変な誤解を与えやしないかと、気がかりでもあります。
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まとめteみた【『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 ジャパニメーションの起源は中国なの?】

 (この連載のはじめから読む) 最後にジャパニメーションの出自について検討しておきたい。 與那覇潤氏はその著書『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』におい
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