『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 どこにいる『風の谷のナウシカ』?

 (この連載のはじめから読む)

 先の記事では、與那覇潤著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』における『天空の城ラピュタ』の取り上げ方について検討した。
 今回は、『風の谷のナウシカ』について見てみよう。

■『風の谷のナウシカ』が描くのはどの戦争?

 『風の谷のナウシカ』は、本書の『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』で取り上げられている。

 アニメ映画『風の谷のナウシカ』は、ナウシカの住む「風の谷」と、クシャナ率いるトルメキア国の戦争を描いた作品だ。これを著者は、日中戦争、すなわち中華民国と大日本帝国の戦争になぞらえている。
 いや、著者は「クシャナと風の谷の王女ナウシカとのあいだで展開される闘争が、日本近世と中国近世という2つの「文明の衝突」の忠実な戯画として描かれている」(190ページ)、「同作が「あの戦争」を再現している」(200ページ)と述べ、『風の谷のナウシカ』は日中戦争になぞらえて作られたと主張する。つまり、『風の谷のナウシカ』の原作・脚本・監督等々を担った宮崎駿氏は、『風の谷のナウシカ』において日中戦争から日本の敗戦までを語っているのだと。

 それはたしかにそうなのだろう。
 帝国主義で頭に血が上った軍事国家と、あまり組織化はされていないが民衆が決起した国の戦いは、なるほど日中戦争そのものだ。終盤に登場する巨神兵の桁外れの破壊力が、「核兵器の比喩になっている」(200ページ)のも與那覇氏のおっしゃるとおりだ。
 現代の日本人にとって、戦争といえば他ならぬ先の大戦であり、それは創作物に多くの影響を及ぼしている。


 しかし、それは判るものの、著者の主張をそのまま首肯するのはためらわれる。
 なぜなら次のような疑問が浮かぶからだ。

 ・『風の谷のナウシカ』がなぞらえているのは、日中戦争だけなのか?

 『風の谷のナウシカ』に日中戦争の陰があることは否定しない。
 特に、宮崎駿氏は特攻用の航空機部品を作る一族に育ち、戦争に親を取られた子供たちと同じ教室で接すると罪悪感を覚えたそうだから、氏が戦争を描くとき念頭には日中戦争があることだろう。

 だからといって、宮崎駿氏が平和な理想郷として描いている「風の谷」が、中国文明であるとは限らない。
 宮崎駿氏が二つの文明の衝突を描くのは『風の谷のナウシカ』がはじめてではない。先の記事でも触れた『未来少年コナン』(1978年)では、農耕や漁業を中心とするハイハーバーと、工業化を推し進めたインダストリアが対比されている。『太陽の王子 ホルスの大冒険』(1968年)は、漁業に従事する村人たちと、狼を組織化して襲ってくる悪魔との戦いだ。テレビアニメ『さらば愛しきルパンよ』(1980年)も、自由人たるルパン一味と腹黒い資本家の戦いを描いており、これらの系譜に連ねて良いだろう。
 宮崎アニメのファンにとって、風の谷とトルメキアの戦いは、昔からお馴染みのモチーフなのだ。

 それは、かならずしも中国vs日本ということではなく、平等な共同体vs階級社会、自然vs工業化社会、精神文明vs物質文明等々、様々な対立軸が込められている。怒涛のごとく迫り来る王蟲の群れは、『未来少年コナン』における労働者の大群や、『太陽の王子 ホルスの大冒険』の立ち上がった村人たちにも通じよう。

 そして巨神兵の強すぎる破壊力は、『未来少年コナン』の超磁力兵器や巨人機ギガント、『さらば愛しきルパンよ』の暴走するロボット・シグマ、『天空の城ラピュタ』でラピュタを崩壊させる力でもある。それは単に核兵器を表すのみならず、物質文明の行き着く先としての「破壊」の象徴である。
 もちろん核兵器も寓意として含んでいるが、それだけではない。戦局を決着させる超兵器としては、『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲の方が原子爆弾に近いだろう(SFでは、こういう最終兵器には枚挙にいとまがない)。
 実のところ巨神兵の特徴は、その恐るべき破壊力にもかかわらず、なんの役にも立たないことだ。巨神兵の力を持ってしてもトルメキアは勝利せず、それは物質文明がどんなに高度になっても誰も利さないことを象徴するだけだ。巨人機ギガントもロボット・シグマも、天空の城ラピュタでさえも、なんの恩恵ももたらさないのと同じである。


 宮崎アニメが描く二つの文明の衝突は、労働組合の闘士だった宮崎駿氏の、社会主義への憧れも影響していよう。
 『風の谷のナウシカ』の公開は1984年、ソビエト連邦が1991年に崩壊するとは夢想だにしない頃であり、まだ世界を二項対立で描けた時代だった。
 それを「文明の衝突」と呼ぶと本書のサブタイトルになってしまうが、宮崎駿氏にとって、平等な共同体vs階級社会、自然vs工業化社会、精神文明vs物質文明の衝突は、日中戦争というよりも、二つの生き方、人間のあり方として現代人に選択を迫るものである。それは二項対立が成り立たない時代(ソ連崩壊以降)の作品が、工業化社会や資本家を責めてもどうしようもない中で対立軸が曖昧になりながら、それでも自然とのかかわりや共同体を描こうとしていることからも明らかだろう。

 だから、『風の谷のナウシカ』の頃はまだ社会主義への憧れが残っていたという意味においては、「風の谷」は中国(社会主義国家としての中華人民共和国)のアナロジーであると云えるかもしれない。しかしそれを日中戦争の相手である中国(中華民国)と見立てるのは、いささか乱暴に過ぎよう。

 もちろん、「この地に王道楽土を建設する」と宣言するクシャナのセリフに、観客は大日本帝国を思い起こすのだが。

(つづく)


風の谷のナウシカ [Blu-ray]風の谷のナウシカ』  [か行]
監督・原作・脚本/宮崎駿  プロデューサー/高畑勲
出演/島本須美 榊原良子 松田洋治 冨永みーな 辻村真人 京田尚子 納谷悟朗 永井一郎 家弓家正 宮内幸平 八奈見乗児 吉田理保子
日本公開/1984年3月11日
ジャンル/[ドラマ] [ファンタジー] [SF] [アクション] [戦争]



中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
日本初版/2011年11月20日
ジャンル/[歴史]
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【theme : 紹介したい本
【genre : 本・雑誌

tag : 與那覇潤 宮崎駿 高畑勲 島本須美 榊原良子 松田洋治 冨永みーな 辻村真人 京田尚子 納谷悟朗

⇒comment

風の谷が中国??

どうも、はじめまして。
最近、貴ブログを読み始めて、楽しみになったものです。面白くて、わくわくするブログだと思います。
でも、
風の谷が、中国とは、美化のしすぎですねー。
 むしろ、チベットVS中国と捉えたほうが、この地域の比喩としては、適切かと。
 ただ、宮崎駿さんは、おそらく親中国ですから、そんなこと、考えもしないと、思いますが。

Re: 風の谷が中国??

昔の映画さん、こんにちは。
当ブログをお読みいただきありがとうございます。
切通理作著『増補決定版 宮崎駿の<世界>』によれば、風の谷は中央アジアの乾燥地帯をイメージしたそうですね。あくまで習俗についてでしょうが、コスチュームのデザイン等を見るとなるほどと思います。
『中国化する日本』の著者與那覇潤氏も参考文献として『宮崎駿の<世界>』を挙げていますので、それはもとより知っての論考でしょう。與那覇氏の論にある中国と風の谷の共通項、日本とトルメキアの共通項は、王道楽土云々にとどまらず頷けるところがありますので、『中国化する日本』を読まれると面白いと思います。
ただ、アニメファンであれば「面白い解釈だね」で済むところ、宮崎アニメの系譜をよく知らない人が本書を読むと、なにやら誤解が生じはしないかと危惧しました。1979年生まれの與那覇潤氏は、ナウシカ公開当時の様子は書物で学ぶしかないはずですが、1964年生まれでナウシカ公開をリアルタイムに経験した切通理作氏の『宮崎駿の<世界>』ですら、ちょっとミスリードになりかねない記述(同時期公開の『少年ケニヤ』の方が話題作であったかのような記述)があります。こうしたことが増幅されて、後世の人間は、リアルタイムに感じたこととは違う印象を持つのかな、と思った次第です。

遅ればせのお礼

だいぶ、お返事遅れまして、すいません。
「中国化する日本」のおすすめで、すぐ買い求め、読了したのですが、あまりに面白く、なおかつ突っ込みドコ多数なモノで、アタマを抱えました(笑)。
ようやく自分のブログで、ここしばらく感想を書いていけるように。
駄文ですので、読む必要はなかろうと思いますが、一応、こんなに面白い本を紹介していただいた、お礼まで。

Re: 遅ればせのお礼

昔の映画さん、こんにちは。
貴ブログを拝見させていただきました。たくさん映画を観ていらっしゃいますね!
せっかくなので、ここでURLを紹介させていただきます。
http://mukasieiga.exblog.jp/17705299/

「中国化vs江戸時代化」を仁侠映画で説明されたのは、なるほどと思いました。黒澤映画で説明するよりもしっくり来ますね。

学者というものは

どうも、お読みいただき、すいません。
 たしかに、東映仁侠映画を無視するのは、納得行きません。単に見ていないだけかもしれませんが。たぶん、自分の主張とあんまりストレートすぎるせいかも?しれません。
 新進気鋭の学者としては、火のないところ(用心棒)に、煙(明治嫌悪)を、立てたかったのかも(笑)。

Re: 学者というものは

昔の映画さん、こんにちは。
せっかく引き合いに出すのなら名の通った作品で、と考えたのかもしれませんね。映画ファンならともかく、黒澤とマキノでは一般的な知名度に差があるでしょうし。
また、著者の好みもあるかもしれません。著者が取り上げている往年の邦画は、ちょっと格調高い感じのものばかりのように思います。昔、銀座並木座で上映していたような。
東映仁侠映画は浅草的ですからね:-)
Secret

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