『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 半世紀遅れた『天空の城ラピュタ』?

 アニメファンが読むとどう思うのだろう?
 前々回で與那覇潤著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』のことを紹介し、前回は本書で得た視点から各国の映画を見直してみた。
 小・中・高等学校で歴史を学んだだけの者にとって、大学での講義をまとめた本書は、近年の研究の成果に触れ、新たな視点を獲得するためにぜひ読んでおきたい本である。

 しかし、ジャパニメーション及び宮崎アニメに関する記述は、アニメファンが首をひねる内容だ。
 本書がジャパニメーションに触れている箇所と、対象作品は次のとおりだ。

 『第6章 わが江戸は緑なりき――「再江戸時代化」する昭和日本』163ページ……『天空の城ラピュタ』
 『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』190ページ……『風の谷のナウシカ』
 『第7章 近世の衝突――中国に負けた帝国日本』209ページ……ジャパニメーション全般


■『天空の城ラピュタ』は、半世紀遅れの『わが谷は緑なりき』なのか

 なぜ、日本通史を解説する『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』で、『天空の城ラピュタ』を取り上げるのか。
 それは著者がジョン・フォード監督の名作『わが谷は緑なりき』と対比することで、日米文化の差異を説明するためである。

 1986年に公開された『天空の城ラピュタ』を制作するに当たって、イギリスのウェールズ地方を取材したことはよく知られている。
 そしてウェールズ地方の炭坑町を舞台にした映画といえば、誰もが涙なくしては観られない1941年公開の『わが谷は緑なりき』だろう。『天空の城ラピュタ』の公開時、主人公パズーの住む町に『わが谷は緑なりき』の情景を思い出して、あのモノクロ映画の感動が蘇った人も多いはずだ。

 宮崎駿監督は、他のクリエイター同様に、完全な無から作品を創造しているわけではない。ストーリーにしろ風景にしろ、人の動きにしろカメラアングルにしろ、意識するしないにかかわらず何かにヒントを得ている。『天空の城ラピュタ』の舞台を機械文明が上り調子の活気あふれる町にしようと考えたとき、男たちがみんなすすだらけになって働いている『わが谷は緑なりき』を思い浮かべたのは自然なことだろう。

 そして著者は、この両作の類似と公開時期の半世紀の開きから、次のように論を立てる。

(1) 『わが谷は緑なりき』のモチーフは、「父親」の不在ないし機能不全(を、長兄らが結成した労働組合が代替する)である。

(2) その半世紀後に作られた『天空の城ラピュタ』でも、主人公パズー及びヒロイン・シータの父親は不在である。

(3) 欧米人が20世紀前半に家父長制的な生活保障システムの限界に気づいた後も、日本人は「父親」を中心とした「イエ」を強化し続けた。そして「父親」を頂点として地域や家庭ごとに集約されていた秩序がもはや通用しなくなったことに気づくまでに半世紀の遅れがあった。

 著者の主張をざっと要約するとこのようになる。
 『中国化する日本』はアニメ等のサブカルチャーについて論じた本ではないから、とりたててアニメに詳しくはないビジネスマン等の読者は、この論を素直に受け入れるかもしれない。また、『風の谷のナウシカ』によってはじめて宮崎アニメの新しさ、凄さを知った年長の評論家[*]や、ものごころ付いたときには『天空の城ラピュタ』等のジブリ作品がもう揃っていたという年少者も、受け入れるかもしれない。
 しかし、リアルタイムに宮崎アニメの登場に接してきた者や、一定以上のアニメ・マンガ等の知識を有するファンにとって、この論はしっくりこないだろう。


 問題点は(2)だ。
 なぜなら、1986年の『天空の城ラピュタ』を待たずとも、父親不在の作品は日本にたくさんあるからだ。それどころか、父親の不在は日本の伝統といえるかもしれない。
 宮崎アニメであれば、まず思い浮かぶのが『未来少年コナン』(1978年)だろう。このテレビアニメは、父親がわりのおじいを失い天街孤独となったコナンが、労働者の決起に立ち会い、農村的コミュニティの人々に迎えられる様を描く。さらに遡れば、宮崎駿氏が場面設定として参画した『太陽の王子 ホルスの大冒険』(制作は1965~1968年)も、この点において同様である。

 宮崎アニメの他に目を向ければ、父親不在の例はたくさんあって書ききれない。
 特に、出版数の多さでギネスに認定されているマンガ家・石森章太郎(後の石ノ森章太郎)氏は、自身と父との関係が良好ではなかったために、父親不在の作品を大量に世に送り出し、日本のマンガ、アニメ、特撮の世界に大きな影響を与えた。天涯孤独な者たちが集まって、ひとつのチームを結成するマンガ『サイボーグ009』(1964年)は、その代表作といえよう。

 だから、『天空の城ラピュタ』で父親不在が描かれ、それは『わが谷は緑なりき』よりも半世紀遅れてるから……と云われても、アニメファン、マンガファンにはしっくりこないのだ。


 では日本における父親不在の作品の登場が『天空の城ラピュタ』公開の1986年でないとするなら、どこまで遡れるのだろう。マンガ『サイボーグ009』の連載が開始され、『太陽の王子 ホルスの大冒険』が公開された1960年代だろうか。

 実は、『わが谷は緑なりき』と同じ1940年代にも、父親不在の映画はある。成瀬巳喜男監督の『三十三間堂通し矢物語』(1945年)は、父の無念を晴らすべく、子が通し矢の修行に励む物語だ。
 それどころか、父親不在の作品は1930年代、1920年代までも軽く遡れてしまう。もっとも、このころはアニメなんてないから、主にマンガや小説での例になる。

 たとえば1931年に少年倶楽部で連載がはじまったマンガ『のらくろ』は、題名のとおり野良犬が主人公だ。親はいない。まぁ、この作品に関しては、のらくろの所属する猛犬聯隊が、日本社会の「イエ」に相当するのだといえなくもない。
 だが、1933年に少年倶楽部ではじまったマンガ『冒険ダン吉』も、家族がいない。
 それは家族の設定を作り忘れたんだろうとおっしゃる方には、はっきり父親不在を謳った作品として、大友柳太朗主演で何度も映画化された『快傑黒頭巾』を紹介しよう。高垣眸によるこの傑作小説は、1935年に少年倶楽部に連載された。幼い姉弟が黒頭巾の男に助けられながら、父親をはめた陰謀と戦う痛快作だ。
 同じく高垣眸のデビュー作である『龍神丸』(1925年)も、父親不在の中で海賊たちとわたり合う少年が主人公である。

 切りがないのでこのへんにしておくが、父親不在の作品はいくらでもあるのだ。
 思うに、これは仇討とも関係があるかもしれない。仇討――すなわち父の無念を晴らすことは、武士なら当然やるべき務めだった。理由はともかく殺人だから、本来は取り締まるべきであるが、江戸時代には仇討を法制化までして認めていた。
 こういう伝統を持つ国で、父親のいない子供が活躍する話が多々生まれるのは、不思議でもなんでもない。
 したがって、『中国化する日本』が、上の(2)のように父親不在の物語が1986年に作られたことをもって論を進めるのは、はなはだ無理がある。


 もっとも私は、日本人が家父長制的なシステムの限界に気づくのが遅れたという(3)について、否定するものではない。
 遅れたどころか、今でも日本人は家父長制的なシステムに恋焦がれている。

 ただ、歴史を解説する方便として映画やアニメを引用するのはともかく、まるで映画やアニメを根拠とするかのような本書の語り口はいただけないと思うのだ。
 これが論文だったら、もっと実証的な手続を踏んだ上で論を進めるはずだ。本書は一般向けの読み物だから、細かく論証するよりも、著名な作品を挙げて読者の理解を促進する方が大切だと考えたのかもしれない。

 たしかに、いつの時代の作品にもその作品が生まれた背景があるから、作品に言及すればその時代の文化や情勢を説明するとっかかりにはなるだろう。
 しかし、膨大な作品群からたった一作を取り出して社会の動向を代表させてしまうのは、いかにも乱暴だ。『天空の城ラピュタ』以前の作品を知るアニメファン・マンガファンなら、その乱暴さを感じ取って本書を読む気が失せてしまうかもしれない。
 せっかくの好著なのに、それが残念である。

(つづく)

[*]川本三郎 (2008)『増補決定版 宮崎駿の<世界>』(筑摩書房刊)所収の解説より


天空の城ラピュタ [Blu-ray]天空の城ラピュタ』  [た行]
監督・原作・脚本・作詞/宮崎駿  プロデューサー/高畑勲
出演/田中真弓 横沢啓子 初井言榮 寺田農 常田富士男 永井一郎 糸博 鷲尾真知子 安原義人 槐柳二
日本公開/1986年8月2日
ジャンル/[アドベンチャー] [ファンタジー] [SF]



中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』 [書籍]
著者/與那覇潤
日本初版/2011年11月20日
ジャンル/[歴史]
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tag : 與那覇潤 宮崎駿 高畑勲 田中真弓 横沢啓子 初井言榮 寺田農 常田富士男 永井一郎 糸博

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