『聯合艦隊司令長官 山本五十六』 映画を観る2つのポイント

 「その根拠を示していただきたい。」
 『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の中で、山本五十六(やまもと いそろく)は何度も人々に問いかける。
 映画は140分のあいだ山本五十六を追い続け、その功罪を含めて彼がしたこと、云ったことを描き出すが、最後まで山本五十六は国がどうあるべきかを口にしない。
 彼は理念を振りかざしたり、「あるべき論」に突き動かされることなく、常に実現可能か否かを吟味するのだ。人と議論するときも、相手に意見の根拠を数字で示せと迫る。

■異なる意見・立場の人との議論を成立させる方法

 映画は、日独同盟を推し進めようとする陸軍及び海軍にあって、米内光政海軍大臣、山本五十六海軍次官、井上成美軍務局長の三人だけが、反対を唱えるところからはじまる。
 すでに1933~1934年の海軍良識派の追放によって山本五十六の友人・堀悌吉中将らが海軍を去っており、対米英戦争に抵抗する者はほとんどいなくなっていた。そんな中、薩摩長州が主流の軍において、盛岡、越後長岡、仙台(いずれも薩長と戦った奥羽越列藩同盟)出身の傍流である彼ら三人が抵抗を続け、いったんは日独の軍事同盟成立を押しとどめる。
 そこでも山本五十六が問うのは「根拠は何か」ということだ。

 本作の宣伝に当たって『太平洋戦争70年目の真実』という副題が付けられているが、70年経っても私たちが苦手とするのは、根拠を数字で確かめること、あるべき論に陥らずに実現可能性を吟味することだ。
 机上のディベートであれば「是か・非か」を論じるのも良いだろう。しかし、現実の施策を考える際には「可能か・不可能か」を突き詰めることが欠かせない。にもかかわらず、是非を論じ出すと「可能か・不可能か」という検討が置き去りにされ、ひとたび「是」となれば、「できない」とは云わせない空気が私たちにはあるのではないか。
 これは、「是・非」論と「可能・不可能」論の区別ができない日本的思考の弱点だと指摘されるところである。
 そして可能・不可能を論じることなく突き進めば、「欲しがりません勝つまでは」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」等の標語が登場することになる。国民みんなで我慢や節約を唱えるようでは、もう負け戦でしかないのだが。


 本作で山本五十六が日独同盟に反対して語るのは、この「可能か・不可能か」に尽きる。日米の戦力差、造船等の能力差、それらを数字で比較してみせる。

 「是・非」論に陥って迷走するのを防ぐには、「可能か・不可能か」を数字で議論することだ。
 この映画では軍人同士が戦争について語るので、航空機や艦船の数を挙げているが、違う立場の人が異なるシチュエーションで議論するときには、どんな数字を使えば良いのだろう。

 経営手法として知られるシックス・シグマでは、異なる意見・立場の人とでも議論を成立させるために、いったんすべての要素を金額に換算することを提唱している。世界中の誰もが価値の大小を認識できる数字は、金額ぐらいしかないからだ。
 面白いことに、金の話というと胡散臭く感じる人が必ず存在する。
 しかし、ただの紙切れが貨幣として流通できるのは、そこに人々の信用があればこそだ。無人島に漂着した二人の男が最後の食料を奪い合うとき、どんなに札束を積んでも相手は譲ってくれないだろう。金が価値を発揮するのは、人々が信用で結ばれた平和な世界だけなのだ。金額には換算しにくい価値もあろうが、貝殻や石を貨幣とした時代から数千年を経てもなお、人類はこれ以上の価値の数量化方法を編み出していない。

 そしてまた、「可能か・不可能か」を検討するには、金額的に見合うかどうかを議論すれば充分なはずだ。
 金額で表現できなくなったら、そこには「是・非」論が混ざり込んでいる。70年前と同じ過ちに陥る危険信号である。


 残念なことに、山本五十六らの反対にもかかわらず、日独伊三国同盟は成立してしまう。
 本作の監修を務めた半藤一利氏の著書『[真珠湾]の日』には、日独伊三国同盟締結時の山本五十六の憂慮と怒りの言葉が載っている。
 「実に言語道断だ。……自分の考えでは、この結果としてアメリカと戦争するということは、ほとんど全世界を相手にするつもりにならなければ駄目だ。もうこうなった以上、やがて戦争となるであろうが、そうなったときは最善をつくして奮闘する。そうして戦艦長門の艦上で討死することになろう。その間に、東京大阪あたりは三度ぐらいまる焼けにされて、非常なみじめな目にあうだろう。」[*1]

 残念なことに、山本五十六の言葉はほとんど当たってしまう。
 彼は戦争半ばで討死し、全国各地に爆弾が落とされ、東京はまる焼けになり、広島、長崎はまる焼けどころではない被害に合う。日本は、民間人が住む街を新旧爆弾の実験場にされるという、非常にみじめな目に遭うのだ。


■映画を観る上での二つのポイント

 過去の時代を描いた映画を観るときには、二つの重要なポイントがある。
 一つは、現代人に何を訴えるかということだ。鑑賞するのは現代の観客なのだから、作品は現代人に向けて作られているはずだ。単なるノスタルジーや、ネームバリューへの依存を超えて、現代の作品として観客にどんなメッセージを届けるのか。それが明確でなければ、わざわざ過去を舞台にする意味がない。

 その点、『聯合艦隊司令長官 山本五十六』は70年前を舞台にしながら、前述したようにセリフの一つ一つが今の私たちに響いてくる。
 不安定な内閣、「閉塞感」が覆うという世の中、数字での議論を置き去りにした是非論。作り手たちが今の日本と重ね合わせているのは明らかだ。そこで語られる言葉のすべては、現代人へのメッセージである。

 たとえば日独同盟推進派の軍人たちが日本語に訳されたドイツの本を読んで彼の国を知ったつもりになっている場面。
 実は翻訳段階で一部が削られており、原書を読まねば本の真意が判らないのに、軍人たちは日本語訳を信じ込んでいるところなど、現代の私たちが情報源も確かめないでWebページを鵜呑みにするようなものである。
 公式サイトの撮影日誌によれば、本作が企画されたのは東日本大震災より前とのことだが、震災を経てそのメッセージはますます重みを増していよう。


 重要なポイントの二つ目は、現代ならでは考察がなされていることだ。
 すでに過去の考察があろうとも、新たに発見された事実や、今でなければ考えが至らないこと、発言できないことがあるはずだ。もし過去の評価を上書きするような現代ならではの考察がないならば、新作なんぞ作らずに過去の作品をリバイバル上映すれば良い。

 では、本作の題材である戦争を、かつて日本人はどのように見ていたのだろう。
 それを端的に表した惹句がある。

 「巨大な組織が育てた一人の独裁者…その野望と狂気が日本を戦争へかり立てた!」

 これは1970年公開の堀川弘通監督『激動の昭和史 軍閥』のポスターに書かれたものだ。この惹句の下には東條英機に扮した小林桂樹さんのアップがあり、当時の人々が東條英機と軍部こそ国民を戦争へ引きずり込んだ張本人だと見なしていたことが判る。
 もちろん彼らの責任も大きいが、この映画そのものはポスターほど一方的ではなく、東條英機だって戦争を避けようとしたことや、戦争が始まって大喜びしたのは国民みんなであることも描いている。そもそも、ヒトラーが10年以上にわたって権力を掌握し続けたのに対し、日本は戦争中でも首相がころころ変わっていたのだから、独裁とはいいがたい。
 とはいえ戦後の長い間、軍部が暴走したから戦争になったとか、国民は被害者であるといった言説が流布していたのは確かである。

 その点で、市井の人々が戦争を待ち望む姿を描いた本作は、20世紀には作りづらかったものであろう。
 2011年2月公開の『太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男』でも軍人より好戦的な民間人が登場したが、本作は一刻も早い開戦を望むのが国民の日常の姿であったことを描いて印象的だ。
 実際に日米開戦が報じられると、日本国民は快哉を叫んだ。前述の『[真珠湾]の日』には、喜びに湧き返る日本の様子がたっぷりと収められている。
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首相官邸には、激励の声や電話が殺到し、当時の電話交換手の証言によれば、電話回線がパンクしそうなほどであったという。「よくやってくれた」「胸がスーッとした」「東条さんは英雄だ」「みんな頑張れ、オレも頑張るぞ」……それらはすべて泣き声に近いような声をはりあげていたともいう。
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 現在の私たちは、この戦争の行く末を知っている。だから『聯合艦隊司令長官 山本五十六』で、軍令部総長らが真珠湾の戦果を聞いて有頂天になる様を見て愚かしく思う。しかし、それは当時の国民みんなの姿だったのだ。


■あおらせるのは誰か

 映画は、人々を煽るマスコミの責任も取り上げる。
 前述の『激動の昭和史 軍閥』では、毎日新聞の竹槍事件をモデルとしたエピソードが描かれる。すでに戦況が悪化していた1944年、竹槍訓練なぞを実施させる軍に対して、毎日新聞は「竹槍では間に合わぬ」と批判する記事を掲載したのだ。
 竹槍事件の中心にいたのは新名丈夫記者だが、本作で似たような位置づけなのは、新名記者と半藤一利氏の名を組み合わせたとおぼしき真藤利一記者である。玉木宏さんが演じる真藤記者は、人々を煽る報道に疑問を感じている。
 けれども竹槍事件のような批判記事は書かない。竹槍事件は例外中の例外なのだ。

 たとえば朝日新聞は、日本が敗戦することを1945年8月10日には掴んでいながら、ポツダム宣言を受諾するまさに8月14日においてもなお、その社説で「一億の信念の凝り固まった火の玉は消すことはできない。」と主張し、最後の最後まで国民を鼓舞し続けた。[*2]

 本作では、日独同盟を推し進めて世の閉塞感を打ち破るべしと主張する東京日報の主幹に対し、山本五十六が「その閉塞感を煽っているのはあなた方ではないのですか」と切り返している。

 なぜ新聞は人々を煽るような記事を書いたのか。
 右翼の圧力、不買運動等もあろうが、読者が望んだことも見逃せない。
 朝日新聞を例に取れば、1931年の満州事変を機に発行部数はウナギ登りになる。1931年の1,435,628部が敗戦の前年には3,669,380部へと増加し、実に2.5倍以上の伸びだ。日中戦争の期間だけでも1.5倍になっている。
 読売新聞も「戦争は新聞の販売上絶好の機会」とばかりにそれまで手を出せなかった夕刊を発行して成功したというから、新聞は読者の要望に応えることで支持されたのである。[*2]
 そして静かに事実を伝えるよりも、センセーショナルな記事で読者の気持ちを昂らせるのは昔も今も変わらない。

 さらに、今や警戒すべきは新聞ばかりではない。
 私たちが目にする本や雑誌や映画が、真実を伝えているとは限らない。
 ましてやインターネットの発達は、情報を発信するための巨大な編集システムや輪転機を不要にし、新聞社に属さないフリーのジャーナリストでも、ジャーナリストでない人でも、いともたやすく発信できるようにした。そこには原稿をチェックする人も掲載の適否を判断する人もいない。
 だからこそ、情報の受け手であると同時に送り手にもなる私たちは、情報を吟味するだけでなく、情報を発信するべきなのかを自問しなければならないのだ。


■山本五十六の誤算

 本作の冒頭、日独同盟に反対する山本五十六は暗殺されるおそれがあるにもかかわらず、厳重な警護を付けようという意見に対して「普通でいいんだ」と聞き入れない。もしも自分が討たれても、それで人々が大事なことに気づいてくれれば良いと云うのだ。
 なるほど、世論がどれほど戦争を望んでいようとも、実際に暗殺事件が起これば、暗殺者を称賛することはないだろう。山本五十六が凶弾に倒れたとなれば、世間の同情が集まり、戦争反対の声も勢いづいたかもしれない。

 けれど、ほどなく日本は開戦し、山本五十六は戦争半ばで死亡した。そして、このときすでに世間にとっての山本五十六は、戦争反対派ではなく真珠湾攻撃以来の英雄だった。
 朝日新聞は1943年5月22日のコラムで「(山本五十六の)戦死によって、皇軍将兵の士気はいやが上にも高鳴るものがある」と述べ、同5月23日夕刊には「(戦死を受けて)かえって鉄より固き米英撃滅の信念を植えつけられた」という投書を紹介している。死後、山本五十六は元帥を追贈され、「元帥に続け」「元帥の仇討ち」が国民の合い言葉になったという。[*2]
 このような取り上げ方は、山本五十六が喜ぶことではなかったろう。戦争が長期化する中で、彼は自分の身にもしものことがあったら国民がどう反応すると考えていたのだろうか。
 残念ながら、山本五十六の死は、国民の戦意をますますかき立ててしまったのである。


 そしてまた、生きていればやるべきこともあったろう。
 映画では描かれないが、山本五十六の死後、終戦間際に海軍傍流トリオの残る二人である米内光政と井上成美は日本の滅亡を食い止めるべく奮闘した。
 1945年、ほぼ全滅状態にあった海軍は、陸軍に統合されそうになるのだが、二人はこれに猛反発したのだ。[*3]

 海軍が陸軍に統合されるということは、海軍大臣、陸軍大臣二つの椅子が一つになることを意味する。陸海統合軍の大臣には、とうぜん陸軍の人間が納まるだろう。そうなれば、当時陸軍が主張していた「本土決戦」に反対する大臣がいなくなる。
 日本の内閣は連帯責任を負い、明治憲法制定から今に至るまで閣議の全会一致制を採用している。つまりすべての閣僚が拒否権を持っているのだ。
 だから海軍が独立していればこそ、内閣に大臣を送り込み、「本土決戦」に反対することができた。
 本土決戦をしていたなら、当時人口7000万人の日本国民のうち2000万人は死亡しただろうと云われている。ソ連の侵攻も樺太だけにとどまらなかっただろう。
 そんなことになったら、敗戦から6年で独立国に復帰することはできなかったかもしれない。
 日本列島にあるのは、今の日本国とはまったく異なるものだったかもしれない。それは国ですらなかったかもしれない。

 奇しくも、『聯合艦隊司令長官 山本五十六』が封切られた12月23日は、A級戦犯7名が処刑された日である。
 戦争の終わらせ方を模索していた山本五十六なら、どのように終わらせただろうか。

 今こそ私たちは、目と耳と心を大きく開いて、世界を見る必要があるのだろう。


参考文献
[*1] 半藤一利 (2001) 『[真珠湾]の日』 文藝春秋
[*2] 安田将三・石橋孝太郎 (1995) 『朝日新聞の戦争責任……東スポもびっくり!の戦争記事を徹底検証』 太田出版
[*3] 半藤一利・戸高一成 (2006) 『愛国者の条件 ――昭和の失策とナショナリズムの本質を問う』 ダイヤモンド社


聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-【愛蔵版】 (初回限定生産) [Blu-ray]聯合艦隊司令長官 山本五十六』  [ら行]
監督/成島出  監修/半藤一利
脚本/長谷川康夫、飯田健三郎
出演/役所広司 玉木宏 柄本明 柳葉敏郎 阿部寛 吉田栄作 椎名桔平 香川照之 益岡徹 袴田吉彦 五十嵐隼士 河原健二 碓井将大 坂東三津五郎 原田美枝子 瀬戸朝香 田中麗奈 中原丈雄 中村育二 伊武雅刀 宮本信子
日本公開/2011年12月23日
ジャンル/[ドラマ] [戦争]
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【genre : 映画

tag : 成島出 役所広司 玉木宏 柄本明 柳葉敏郎 阿部寛 吉田栄作 椎名桔平 香川照之 五十嵐隼士

⇒comment

評価

 半藤一利氏は、『いま戦争と平和を考える』(2010, 日本経済新聞出版社)の中で山本五十六を次のように評している。
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残念ながらあの人はどういう考えで自分がこの作戦をやろうとしているのかを人に話さないんですよ。やはりリーダーシップをとる人は、自分が何をやろうとしているのか、自分が今やろうとしていることは何を意味しているのかを広く部下に徹底しておかなきゃいけません。これは会社の組織だって同じで、リーダーはプロジェクトが組織にとってどういう意味を持っていて、それがどういう結果を生むかをきちんと説明するでしょう。それを山本は何もやっていません。
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 戦場において、将棋を指す姿から思いを読み取らせるようでは、戦に勝つのは難しかろう。

こんにちは

良い映画でした。
山本五十六という人は、評伝などを読むと思慮深い人ではあったのでしょうが、現場のリーダーとしては必ずしも有能ではなかった様に思います。
ただそれ故に人物がニュートラルで、彼を通して時代を俯瞰するにはピッタリでした。
今、作る意味のある力作だったと思います。

Re: こんにちは

ノラネコさん、こんにちは。
今、この作品を送り出した作り手の思いが強く伝わってきますね。
本作の山本五十六像は、良くも悪くも日本のリーダーの典型ではないでしょうか。人物的な魅力と、危急の際のリーダーとしての資質が一致するとは限らない。そんな難しい役どころですが、役所広司さんが演じると魅力ばかりが倍増されていたような気もします:-)
とはいえ、日本人は必見作ですね。

神風特攻隊の心理

ナドレック様、何度か掲示板に記述させて戴き、感謝致します。今の若者は、山本五十六の名前すら知りません。「ごじゅうろく?」という程度しか…。文科省の偏向教育(私は間違いなく偏向だと確信していますが)によって、日本の若者は天皇陛下、靖国の意味すら知らない。硫黄島の大切な遺骨を拾わない日本ですので、当然の結果かも知れません。ナドレック様の「メディアの情報操作」のことで、私自身が当時のことを調べていて、どうしても明確にならないことが1つあります。神風特攻隊の心理です。私が調べる限りでは、当時、神風特攻隊に志願した先人は、自分が「悲惨」であるという自覚が無かった、と思われるのです。当時、政府のプロパガンダのような偏向情報(実質的には敵国の情報を一切集めない盲目状態でした)により、「もしアメリカ軍が日本に上陸したら、日本の女性、自分の妹が暴行される」という情報操作がなされていたと思われます。そのため、神風特攻隊は「自分の妹を必ず守ってやる」と信じて敵に「玉砕」(嫌な言葉です)したと思われるのです。神風特攻隊に関する著作を読むと、意図的に「悲劇」が強調され、本当の心理はどうだったのか、正確に理解しがたいのが現状だと私は思っています。いずれにしましても、日本の首相がアメリカのアーリントン墓地を表敬訪問するくせに、靖国には訪問しない。こういう先人蔑視の態度が現代日本の病魔を象徴していると思います。日本が1991年のバブル崩壊まで「世界一」だったのは、ロシアがあったからです。アメリカはロシアとの冷戦のために、とにかく日本に過剰・寛大な支援をしてきました。日本は3食満腹で、ホームレスですら糖尿病を患い、日本人は「大切な何か」を失いました。ハングリー精神というものです。映画「山本五十六」がどんなに力作でも、たぶん若者は見ないと思います。もはや日本には「先人に敬意を払う文化」が失われたからです。アーリントン墓地を守る軍人は最高の名誉を感じますが、日本は自閉隊が災害救助隊として、軍人のくせに他国の軍隊(オランダ軍)に「守ってもらっている」情けなさ。北朝鮮のトップが死去して政治家が「テレビで知った」と言ってしまう国=日本タイタニック号には、常に「死を忘れなかった山本五十六」艦長は必要ないと思ってしまいます。トムクルーズの映画「ラストサムライ」の冒頭に「これは日本の名誉の物語である」という一言が忘れられません。名誉、もう死語なのでしょうか。

Re: 神風特攻隊の心理

プチ不眠症さん、こんにちは。
コメントを拝見して、さっそく本文に山本五十六の読みを書き加えました:-)

>「もしアメリカ軍が日本に上陸したら、日本の女性、自分の妹が暴行される」という情報操作がなされていたと思われます。

この部分を読んで、いろいろ考えさせられました。
私が気づかされたのは次の点です。

(1) 私なぞは、「日本の女性、自分の妹が暴行される」と考えることが普通の感覚として理解できるのですが、私より若い人(プチ不眠症さん)にはその感覚が無くなってきていること。

(2) 「日本の女性、自分の妹が暴行される」と考えることの原因を、メディアの情報操作としている。すなわち、メディアの情報操作により、それまで人々が抱いていなかった考えが吹き込まれたと思ってらっしゃるらしいこと。


(1)の感覚については、過去の記事でも取り上げました。
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-154.html
 http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-182.html
このような感覚が日本人から失われてきたのであれば、私は喜ばしいことだと思います。代わりに問われるのは、国際法の知識や交渉術を重視する姿勢等であり、それが日本人の中にどれほど育ってきているかに注目したいと思います。


(2)については、情報の送り手と受け手の関係の捉え方が興味深いと思いました。
私はメディアの情報操作の有無にかかわらず、「日本の女性、自分の妹が暴行される」と考えることは普通の感覚だったと思います。しかしプチ不眠症さんは、その感覚が日本人に内在するものとも、自発的に抱いたものとも思っておらず、メディアによって注入されたのだと考えていらっしゃる。
するとそこには、情報の送り手がそのようなことをする目的意識と、送り手の操作によって人々の心理や行動を変えられるという実現性があることになります。
しかし、もしも受け手が懐疑心を抱き、送り出される情報を吟味する姿勢を持っていたら、そう易々と乗せられてしまうものでしょうか。

『朝日新聞の戦争責任』によれば、朝日新聞とてある時期までは軍の行動を批判していたそうです。
しかし、相次ぐ嫌がらせや不買運動等を受けて白旗を掲げ、満州事変後の1931年10月12日の重役会議にて「軍部及び軍事行動に対しては絶対非難批判を下さず極力これを支持すべきこと」を決定しました。それにより、嫌がらせや不買運動はなくなり、販売部数は面白いように増えたわけです。
当時の新聞社の立場としてはどう考えるでしょう?情報を操作しようとみずから企んだのでしょうか。もしかしたら当時の新聞社は、提灯記事を書かされていると感じていたかもしれません。大衆が求めるから、求めるものを提供しているだけなんだと。
池田信夫氏はこのときの状況を指して、朝日の記事が好戦的な世論をあおり、それによってすべてのメディアが翼賛する……というループだと表現しています。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51763972.html
私もこれはループ構造だろうと思います。メディアは受け手に迎合し、受け手が欲するからますます論調がエスカレートする。
メディアが何を書きたてようが、部数が落ちたらその論調は続けられません。部数の急増は、すなわち受け手が支持したということでしょう。

最近でも、NHKの番組に対して捏造だという指摘がありました。
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51765226.html
たとえば、自分が詳しい分野が報道番組で取り上げられるので見てみたら、とんだデタラメだったという経験を持つ人は少なくないと思います。そのとき送り手から感じられるのは、番組を面白くしようとする意思です。驚くべき事実なんかなく、誰もが普通に善意と愚かさに基づいて行動しているだけなんて番組は、面白くもなんともないのです。刺激的にしなければ視聴者が喜ばない
上でリンクを張った番組への指摘では、「予断をもって海外取材したが、相手が思ったような答をしないので、話を捏造したのだ」ろうと述べていますが、捏造とまではいかなくても、予断に沿った答しか採用しない態度は、取材を受けた人なら感じるところでしょう。
ループ構造が成立するのは一方の当事者だけの責任ではありません。共犯関係の他方があることでループが成り立たっているのを忘れてはならないと思います。


特攻隊員の心理については、私にも判りません。
ただ、誤解をおそれずに云えば、必ずしも特殊なものではないだろうと思います。
仕事がきつくて、過労で倒れる人は今でもいますよね。その人が倒れるまで仕事したのは、使命感なのか、プライドなのか、仕事を完了したときの達成感なのか、命令で嫌々やったのか、それともしっかり稼がなければ家族を養えないという危機感なのか。おそらく、そのいずれもあり得るでしょう。しかも、一人の人間の中にどの思いも共存し得ることでしょう。

だから、おっしゃるように「自分の妹を必ず守ってやる」という決意もあったと思います。(1)の過去の記事でも述べたように、軍人でなくても、戦争で自決するのは当たり前のことでしたから、自分たちが悲惨であるとは思っていなかったかもしれません。半藤一利氏によれば、乗艦が沈むと乗組員が運命を共にしてしまうので、海軍では一緒に沈むことを禁止する命令を出さなくてはならなかったそうですし。
今の日本でも、私たちは時代劇で切腹する武士を見て美学だと思ったりします。特攻隊はもちろん悲劇ですが、その心理については時代や状況の特殊性よりも、日本人に連綿と続く精神・文化を重視すべきではないか。私はそう思います。

日本人論?

なるほど、
是非論と、可能不可能論ですか…。
そのあたりをきちっと整理しないから、
日本人は、感情に流されるのかもですね。
興味深く、拝見させていただきました。

Re: 日本人論?

えいさん、こんにちは。
本作は、戦争映画というよりも、まずキチンとした日本人観に基づく映画だと思います。日本人について描く題材として先の大戦があったのだろうと。
また、明治以来の政府が薩摩長州勢の影響下にあったことも、映画で取り上げるのは珍しいのではないでしょうか。連綿と続く歴史の中での大戦であることを理解しないと、本作が戊辰戦争から始まる意味も捉えそこなうと思います。
この映画を単なる戦記物や山本五十六伝と見てはもったいないですね。

長文

じっくり、読ませていただきました。
一応主婦なもんで、年末年始といそがしく、やっとゆっくりしました。
改めまして、あけましておめでとうございます。
今年もいろいろとご教授、よろしくお願いします。

数字で示す、根拠を考える。。
日本人はこのことは決して苦手なことではなかったと思うのですが、いつからかこういう作業が自分たちは苦手なんだと!思いこませてのではと思います。

五十六について、勉強不足でした。
もう一度、キチンを見なおしたいと思います。

Re: 長文

sakuraiさん、新年早々コメントありがとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
「ご教授」なんて恐縮ですe-330こちらこそ、いろいろ勉強させていただきます。

> いつからかこういう作業が自分たちは苦手なんだと!思いこませてのではと思います。

なるほど~。
ちょっと違うかもしれませんが、戦国の武将藤堂高虎は主君をころころ変えて「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」という言葉を残したとか。にもかかわらず、一人の主君に忠義を尽くすのが尊いことだと考えるようになったのは、やはり江戸時代における儒教の浸透によるものでしょうか。
計算高いのを、まるで悪いことのように云うのも、儒教的な価値観のような気がします。
福沢諭吉が儒教を否定し、実学を重視したのも、儒教のマイナス面を憂慮したからでしょうか。

思いつくまま書いてみましたが、「日本人はこのことは決して苦手なことではなかった」という点についてご教示いただければ幸いです。

日本人

という大くくりではないのですが、明治維新の功労者の一人、大久保利通が、人のいやがる計算、見通し、こと細かい法律の研究、根回し等々、とにかく明治政府が抱えていた様々な問題を一手に引き受けたと認識しています。
あの大雑把な西郷が、突き進んで行ったあと始末をやり、維新の真の立役者は大久保ではないかと思っています。
でも、大久保は裏方の仕事に終始し、西郷を死に追いやった張本人見たくされてしまい、どうも人気がないんですよね。
大久保みたいなちまちました仕事をしてくれる人がいなければ絶対に国は立ちいかないけど、好かれない。
大久保みたいな人間が評価されてこなかったのが、いけー、突き進め!なんとかなる!!の姿勢を作ったんじゃないかなあと思ってます。


Re: 日本人

sakuraiさん、コメントありがとうございます。
計算、見通し、こと細かい法律の研究、根回し等々……今でもみんなが嫌がることばかりですね。大久保利通は権謀術数を弄したような云われ方もしますが、裏方仕事をきちんとする人間だったと。なるほど。
玄孫の第92代内閣総理大臣様は、どうなのでしょうか;-p

> 大久保みたいな人間が評価されてこなかったのが、いけー、突き進め!なんとかなる!!の姿勢を作ったんじゃないかなあと思ってます。

ここは、どちらが原因でどちらが結果か考えてみると面白そうですね。
東条英機はポツダム宣言受諾決定後も「一億一人となるを敢然戦うべきは当然なり」とか「(ポツダム宣言を受諾するのは)国政指導者及国民の無気魂なり」なんてことを手記に書き残しています。戦争の勝敗が魂の話になってしまうとは、計算や見通しとはだいぶ次元が異なるわけですが、大久保利通の頃からわずか70年しか経っていないんですよね。
で、日米開戦からもちょうど70年経ちましたが、はたして私たちは何が変わって何が変わってないのやら……。

父と戦争

私の父親は大東亜の名のもと赤紙一枚で中国に出兵しました。
寡黙な父は戦争のことは年をとるまで語りませんでした。私が小学校4年の正月でした。
当時リモコンの戦車が流行っておりました。
私がソビエトの戦車で遊んでいると少し酒に酔った父が「こいつらがこつらが」と
言いながら私の戦車を粉々に踏み壊しました。
このとき初めて父親の涙をみました。
その後私が成人を向かえ父が定年退職を迎えた頃ぽつりぽつりと戦争の事を語るようになりました。
ソビエト軍の捕虜になり4年間抑留されたことその時大勢の仲間が死んだこと
。日本兵が中国人相手に行った酷い行為のこと。日本陸軍の上官による不条理な暴力のこと。
士官幹部のみが敗戦を見越し日本に逃げ帰ったこと。戦後の抑留者への職業就職差別のことなど。
私にとってはどんな戦争映画やドキュメンタリーフィルムよりも衝撃的でした。
私は学問もありませんし戦争の知識もありません。ですが決死と必死の違いはわかります。
特攻作戦で亡くなった方達がどんな気持ちで参加したかは私のような無学なものにもわかります。
この映画は少々山本五十六さんを美化し過ぎのような気がいたします。
人は間違いを起こすものです。

Re: 父と戦争

MSさん、コメントありがとうございます。
お父様はソ連の捕虜として抑留されたとのこと、たいへんな経験をされたのだと思います。映像作品が頑張っても、実体験を語る肉声にはなかなか迫れないでしょう。

また、この映画が山本五十六さんを美化し過ぎとのご指摘は、おっしゃるとおりかもしれません。美化し過ぎというか、役所広司さんが演じたおかげで魅力的な人物に見え過ぎるのだと思います。
実際に魅力的な人物でもあったのでしょうが、この映画での采配ぶりはリーダーとしてもマネジメントのあり方としても感心しません。にもかかわらず魅力的に見えるのは、役者さんの力と監督の演出プランによるものでしょう。そういう見せ方を選んだことも、それはそれで理解するところではありますが。

Re: 日本人

與那覇潤氏は、自著『中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史』(2011, 文藝春秋)において「気分としての陽明学」に触れ、小島毅氏の『近代日本の陽明学』を野口武彦氏が評した際の言葉「動機オーライ主義」を紹介しています。
「動機オーライ主義」を説明した部分を引用しましょう。
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動機オーライとはもちろん「結果オーライ」の対義語で、「おわりよければすべてよし」ではなく「はじめよければあとはどうなってもよし」、純粋にピュアな気持ちで考えて「今の世の中は間違っている!こっちが正しい!」と心の芯から感じ入ったのであれば、(略)自分の行為がもちらす帰結についても一切考慮することなく突っ走ってよい、結果は必ずついてくるはずだ(略)というような発想のことです。
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そして、明治維新とは動機オーライ主義に染まった陽明学者や他の儒学者、さらには国学者や神道家等々が暴れまわった側面が大きいとしています。
でも、こんな連中に政権運営を委ねていたら国家破綻してしまうので、大久保利通ら「合理主義的マキャベリスト」が、西郷隆盛のような「ピュアイズムで非妥協的」な人々を追放したのですが、これ以降「政府の現実主義と民間の理想主義」という構図が定着してしまったといいます。
そして昭和の戦争については、「従来の政権担当者の『結果重視』のバランス思考が民間世論の『動機重視』の強硬一辺倒路線に飲み込まれて、勝算のない戦争へ押し流された」という側面がかなりあると述べています。

今でも、テレビのコメンテーター等の発言には、「そんなことをしたら国が滅ぶよ」と思うほど"ピュア"な意見がありますね。

なるほど

>「はじめよければあとはどうなってもよし」
これにつきそうですねえ。
入試が一番顕著にそれが表れてるような。
まず、入ることが大事で、まあ大事ですが、その時点で目的達成。
私も含めて、いかに怠惰で間抜けた高校生、大学生ばっかりといういびつな構図になってると。
特攻隊のようなもんは、この精神がなかったら、ありえないかもしれません。

実は私の旧姓がokuboでして、名前もほとんど同じ。最後の一字だけが違います。
なもんで、小学生のころから、ものすごく興味があった人物だったのです。
教科書に描いてある名前や、授業でさらっと聞くだけで、どういう人物なのかよくわからない。
中学生のころから、自分でちょこちょこ調べたりして、この人が評価されてない風潮が悔しいなあと思っていたのでした。
実家のある鶴岡は奥羽列藩同盟の一つで、最後の最後まで幕府側について戦った。会津の次は、庄内藩だったろうと言われていたところ、西郷が戦いを収め、庄内藩を救った。。。ということで、私が子供の頃には、いまだに『西郷南洲翁』と、心酔している人が多かったです。
そんなこんなで、興味をひかれていたのですが、日本の戦争への道は、明治維新から始まっていたと思います。

ご紹介、ありがとうございました。

Re: なるほど

sakuraiさん、こんにちは。
入試ですか……いやはや、耳が痛い。

庄内には西郷隆盛に心酔している人が多かったのですか。
日本人は志し半ばでたおれた人を贔屓にしますからね。鎮魂でもあるのでしょうけど。

ナドレックさんこんにちは!
トラバとコメント賜りましてありがとうございます!

質素な食卓で驚きました。白い服で墨を扱うのにも驚きです!

日本の敗戦は分かっていたとの話をよく聞きます。しかし、実際どれくらいの人がそう思っていたのかよく分かりません。

私の知り合いに戦時中、お兄さんは行方不明となった話が。
ロシアの方の戦車隊だったらしいのですが。
どうやらお兄さんの死の真相を母親に報告出来なかったとの事でしたがその母親が亡くなってようやく実は‥とお身内にお兄さんは爆弾を抱えてロシア軍の戦車に突っ込んで行った最期を報告してくれたとの事‥。
戦時中の非常時の過酷な体験を話す事は勇気がいるものなのだなぁと思いました。
多分言わんでいい!と圧力もあった事でしょうが。
私は戦時中や戦後を戦犯の身内の女性がどうやって生き抜いたのか興味深いのですがあまり映画化されてませんね。
女性はなおのこと話しにくいですね。

Re: タイトルなし

愛知女子さん、こんにちは。

>ロシア軍の戦車に

ロシアじゃなくてソ連ですよね。ロシアはソ連を倒した国のことです。

それにしても、母親がお亡くなりになってから打ち明けられたとのこと、それまで黙っていた方も苦しんだのでしょうね。

> 日本の敗戦は分かっていたとの話をよく聞きます。しかし、実際どれくらいの人がそう思っていたのかよく分かりません。

庶民の多くは判っていなかったでしょう。というより、ちゃんと考えていなかったと思います。政治的判断は「お上」に任せて、自分たちは待遇の要求(増税反対とか)だけするのが戦国時代以来の日本人の伝統だそうですから。

戦犯の身内の女性ですか……。たいへんな思いをされたのでしょう。なかなか語れることではない気がします。
私は常々映画化してない題材はたくさんあると考えていますが、その方々の物語もいつか映画にできるときが来るのでしょうか。
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