『孔子の教え』 タイトルには騙されないぞ!

 ずいぶん説教くさい邦題を付けたものである。
 孔子が*偉い*教えを広めた人物であることは誰でも知っていよう。それは儒教となって中国のみならず朝鮮や日本にも伝わり、広く東アジアに浸透している。儒教から朱子学、陽明学が発生し、幕末にはこれが倒幕の思想的バックボーンになったことを思えば、日本での孔子の影響も甚大である。
 だから『孔子の教え』という邦題を目にして、さぞかしありがたく退屈な映画だろうと思い込んでも無理はない。

 しかし、そう思う人は、孔子の生きた時代が乱世だったことを忘れている。私は忘れていた。
 易姓革命によって強力な王朝が登場し、数世紀にわたって広大な領土を支配する。中国はその繰り返しを2000年以上続けてきた。
 だが、孔子が生きたのは、周が力を失い諸侯が争うようになってから秦が再統一するまでの間――春秋戦国時代であり、このときばかりは中国も多くの国に分裂し、国の中でも貴族たちが相争っていたのである。兵法で知られる孫子もまたこの時代の人であることからも、動乱の時代だったことが知れよう。
 『孔子の教え』は、そんな春秋戦国時代に知略を駆使して理想の国造りに邁進した男の物語だ。

 乱世を背景とするから、軍が出動するシーンや合戦シーンにはこと欠かない。孔子は必要とあらば軍の動員を厭わない人物であったから、反対勢力とは武力で衝突する。
 2500年も前に、映画に登場するような巨大兵器があったかどうかはともかく、本作はエキストラとCGIを駆使して、大スペクタクルを展開している。
 邦題の説教くささからは想像もつかない派手なシーンに溢れた、スケールの大きな娯楽大作である。


 とはいえ、映画はもちろん孔子の教えにも触れている。監督の意図は戦争映画を作ることではないのだから。

 ここで質問だが、もしもあなたの目の前で2歳の少女がクルマに轢かれたら、あなたはどうするだろうか?

 あなたが通行人だったら、何もせずに通り過ぎることができよう。
 あなたがバイクもしくはクルマで通りかかったなら、少女を避けて走り去ることもできるし、横たわった少女をさらに轢いて行くこともできる。
 2011年10月13日、中国広東省佛山市(ぶつざんし)の道路に設置された監視カメラは、クルマに轢かれた少女をなんと18人もの人々が知らんぷりし、通り過ぎる姿を捉えていた。
 ようやく少女に手を差し伸べたのは、19人目に通りかかったゴミ拾いの老婦人だった。老婦人は周囲の商店に向かって大声で誰の子供かと尋ねたが、誰一人としてこれに応じる者はいない。ようやく子供を探す母親と出会った後、母親は少女を病院に担ぎ込んだが、残念ながら少女は亡くなった。

 それに先立つ2006年11月20日には、江蘇省南京市で転んだ老人を助けた青年が、あろうことか当の老人から訴えられるという事件が起きた。老人は青年に怪我をさせられたと主張したのである。そして裁判所は、青年が老人を病院まで送ったのは後ろめたさの表れであると推定し、青年に損害額の4割を支払うように命じてしまった。
 この事件をレポートした北村豊氏によれば、同様の事件は他にも起こっているそうだ。
 北村豊氏は、高額な医療費を負担できない老人が、他人に怪我の責任を押しつけて医療費を負担させようとしたのだろうと述べている(たとえ助けてくれた相手であっても!)。また、南京市の事件では、転んだ老人の息子が南京市の警察官であり、警察署が証拠となる目撃者からの聞き取り調書を紛失したとして裁判所に提出しなかったことも判明しているという。

 なるほど、このような事件が続けば、倒れている人を助けるのは控えようという考えが広まるのかもしれない。
 しかし、もちろん中国人の全部がそんな考え方でいるわけではない。
 上に紹介した事件はいずれも中国で大きな反響を呼び、議論になったそうだ。とうぜん、多くの人が問題だと感じたのだ。
 困っている人がいたら助けるのは当たり前のはずだ。
 「義を見てせざるは勇なきなり」
 2500年前に孔子が残したこの言葉は、東アジアの人なら誰でも知っていよう。仁や礼に基づく孔子の思想は、暗に陽に私たちの規範となっていたはずだ。

 ところが、それが実践されない。
 中国では、文化大革命の時代に儒教を徹底的に弾圧した。21世紀になってようやく儒教を再評価する動きが出ているそうだ。
 フー・メイ監督が『孔子の教え』を撮ったのも、孔子を通して今の時代に訴えたいことがあるからだろう。実は、孔子ほどよく知られた人物でありながら、本格的な映画化はこの作品が初めてだという。
 フー・メイ監督は本作を撮った理由を次のように語っている。
---
仁、義、礼、智、信。今日の人類の文明にとって、これらはとてつもなく大きな精神的財産、東洋文明の精神的財産です。(略)キリスト教やイスラム教は“神”のものですが、儒学は“共同”のもの。他人と溶け合うこの精神が、素晴らしい未来をつくる道であり、発展の方向性だと思っています。そしてこれが、私が本当に本作『孔子の教え』を撮りたかった理由でもあるのです。(略)私たち、とりわけ若者には精神面での栄養や思想が不足していると思う。信仰がありません。何を信じてよいのか分からず、利己的になる。どの家庭の子どもも一人っ子で、何でも他人が与えてくれると思っています。それでは発展は続かず、将来が危険です
---
 日本でも、人々の無関心をテーマにした瀬々敬久監督の『アントキノイノチ』が、『孔子の教え』と同時期に公開されたのは興味深い。


 もっとも、孔子は道徳ばかりを説いたのではない。その思想の大きな部分が、国の在り方や政治についての考察であったことを、本作は描いている。
 そして君臣の関係を前提としたその思想は、現代にそのまま当てはまるわけではない。
 孔子の教えに学ぶこともあれば、孔子の教えに疑問を感じ、意見を異にすることもあるだろう。
 とうぜんだ。私たちは2500年前の孔子の言葉に触れるだけでなく、新たな思想も展開していかねばならないのだ。
 「温故知新」――それもまた孔子の教えなのだから。


孔子の教え [Blu-ray]孔子の教え』  [か行]
監督/フー・メイ
出演/チョウ・ユンファ ジョウ・シュン チェン・ジェンビン ヤオ・ルー ルー・イー レン・チュアン
日本公開/2011年11月12日
ジャンル/[ドラマ] [伝記] [歴史劇]
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論語読みの論語知らず

「自我(利己心=私)」があまりにも強烈だったので、聖書が登場して「滅私」の精神(右のほっぺを叩かれたら、反対のほっぺも叩かれよ)を説いた、という解釈は成り立たないでしょうか。同じく、中国人も昔から覇権国家(武力政治)が伝統であるため、「論語」のような「徳育」が説かれた、と解釈することは可能でしょうか。私は、そんな問題を考えています。反面教師というか、どうしても理想像を掲げなければならない。現実とは全く違った「理想像」を掲げなければ、風紀が乱れる。そんな伝統文化が諸外国にはあるような気がします。日本は、「私」の語源である「我尽くし」のように、滅私奉公が伝統文化として続いてきましたが、昔から「どうでも良い=万事中途半端」なので、まともな文学が育たない。そんな気がして仕方ありません。トルストイはあまりにも自我が強すぎて、ロシア教会から破門されましたが、そういう強烈な「自我」がない国=日本。外務省が害務省と呼ばれ、自衛隊が自閉隊と呼ばれる日本。そんな病弱な日本だからこそ、まともな文学や映画が育たない。私はそう感じるのです。日本の演劇も、結局は西洋の脚本の焼き増しばかり。シェイクスピアが描いたハムレットのような狂気に満ちた主人公や、ヘミングウェイのサンチャゴのような狂った老人が日本にはいない。ゲーテもニーチェも登場しない。そういう国が「亡国=年金・退職金出ない、税金上がり、中小零細が全滅」なのは当たり前なのかも知れません。第一、日本人は本気で「論語」を読んでいるのでしょうか。解説本レベルで「何となく理解した」で満足しているのが現状では…。論語の「友が遠方より来る、楽しいものだ」なんて、スマートフォンに慣れきった日本人には全くの無縁。携帯電話が普及するにつれ、かえって本当に大切な会話が失われたという皮肉。一体、日本人は携帯電話でどんな大切な会話をするのでしょう。携帯電話の普及に伴い、かえって会話が貧しくなったという逆説。「論語」よりも「論語の解説本」が読まれるという不可思議な現実。そもそも論語を読んで「金儲け」が出来るのかと考える実利主義の日本人。我々は、一体何を目指し、どこに向かっているのでしょうか。5千円札の樋口一葉。今、日本人のほぼ全員が樋口一葉を読まない、読む力がない。それが5千円札となる異常。いったい日本人とはどういう生き物なのでしょうか。金、女、他人の批判。それだけしか関心を示さない民族?雑文、失礼いたしました。

Re: 論語読みの論語知らず

プチ不眠症さん、こんにちは。
論語読みの論語知らずどころか、私はまともに論語を読んでいないのでお恥ずかしい限りです。
おっしゃるとおり、聖書とはある意味で戒律集ですね。旧約と新約とでは位置づけが異なりますが、古代からの戒律を守らせるべく編纂されたものではあるのでしょう。

ではユダヤ人に聖書があり、中国人に論語があるのに対して、日本はどうかといえば、日本は独自の戒律集や道徳書を作る必要がなかったのだと思います。それは日本が早くから漢字文化圏の一員であったこと、古事記によれば3世紀にはすでに論語がもたらされたとあることから、自分たちで戒律集を考案しなくても良かったのでしょう。
「滅私奉公」という言葉も、中国の戦国時代の書物をまとめた『戦国策』に由来します。二千数百年前から東アジアで使われた言葉で、それは日本の歴史よりも長いのです。

中国出身で、長く日本で活躍されている宋文洲氏は、日本は特別ではないと繰り返し述べています。「日本では」「日本だから」という言説に対して、それは他国だって同じだよ、とおっしゃいます。
たしかに、そんなものなのでしょう。日本人が日本らしさだと考えていることの多くが、大陸由来だったりします。

とはいえ、日本国内でも地域ごとの特色があるように、大陸と島国での違いはあります。
顕著な違いは、地理的な移動コストでしょう。大陸内なら容易に移動し人や物の交流ができても、200kmの海で隔てられると交流もままならない。
そのため大陸文化とのタイムラグが大きくて、孔子の教えが伝わるのに7~8世紀も要しています。
同時に大陸から侵略軍がやってくる可能性は小さく、為政者がしっかりしていなくても平和は保てました。映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』の中に「元寇といい、日清、日露の戦争といい、日本は負けたことがない」とのセリフがありますが、もちろんそれは幻想で、白村江の戦いではボロ負けしてるし、文禄・慶長の役も日本の勝利とは云いがたい。そんな状況でも他国に征服されなかったのは、ひとえに200kmの海が障壁になってくれたからでしょう。
だから、他国なら国の存続のために知恵と力を振り絞らなければならないところ、日本では問題を先送りし、お互いに足の引っ張り合いをしていても国が滅ぶことはありませんでした。そこで生じた経験値の差は、百年千年と経つ内にとてつもなく大きいものになってしまったのかもしれません。

以前こんな記事も書きましたのでご笑覧ください。→ http://movieandtv.blog85.fc2.com/blog-entry-186.html

なお、日本に独自の戒律集や道徳書が必要がなかったことについては、井沢元彦氏が著書で述べている和、怨霊や言霊信仰が果たす機能も大きいと思います。これについては別の機会に……。

はじめまして。

はじめまして!
記事に関係のないコメントで恐縮です。
もし宜しければ相互リンクして頂けますと幸いです。

突然の申請で申し訳ございませんが、是非ご検討下さい。
当方、主に映画やアニメブログになります。

タイトル
【ジャンル別映画・時々深夜アニメ】30歳A型独男の「今日はな~に観よっかなぁ~」

URL
http://ajfour.blog.fc2.com/

宜しくお願い申し上げます。

Re: はじめまして。

ajさん、こんにちは。
リンクさせていただきました。
私はあまりアニメを見ないのですが、貴ブログを訪問したら傑作『東のエデン』の記事が目に飛び込んできたのも何かの縁でしょう:-)
よろしくお願い致します。

新年おめでとうございます!

ナドレックさんへ、
いつもトラバとコメント賜りましてありがとうございます。
最近は孔子以外にもゲーテなど偉人を実写化する試みがみられますね。(と自分が思っただけです)
今度は誰に挑戦するのかワクワクします…。
実在の人物を実写化すると話が駄作になると思いましたがこれは飽きずに見られて見事でした。
製作側は命かけてましたね(笑)
凄く迫力がありました!
本年もよろしくお願い致します。

Re: 新年おめでとうございます!

明けましておめでとうございます。
愛知女子さん、こんにちは。
今年もよろしくお願いします。

実在の人物を実写化すると駄作になるんですか!
そんな風に感じたことはありませんが、何はともあれこの映画は楽しめました。
次は誰が取り上げられるのか、確かにワクワクします。

孔子さまの

教えがなかろうが、あろうが、(順番逆か・・)、人としてのありようってのは、その人のもってるもんだと思いますわ。
こう言っちゃ、身もふたもないですが・・・。
偉人といわれる人物たちは、圧倒的少数で、彼らはある意味超能力の持ち主だったではないかと思います。
エスパーとか、サイコキネシスとかの超能力ではないですが、どんなことがあっても揺るがない、物事の本質が見える、どんな困難にも屈せず、己を全うしようとする・・・そういう凡人にはない力も超能力かなあと。
その力を持ってしまった苦悩もありますよね。
南子が、「先生の苦悩を理解する者はおりましても、その苦悩から体得するものを理解するものはおりません」てなことを言ってましたが、ここに一番シンパシーが沸きました。
世の聖人、偉人、君子たちが挑んだ世界のよろしくないところが、何千年経ってもさっぱり良くならないってのがやりきれないです。

Re: 孔子さまの

sakuraiさん、こんにちは。
なるほど、超能力ですね。どんな困難にも屈せず、己を全うしようとする……というのは、確かに常人を超越した力かもしれません。
人は苦悩に直面したとき、その苦悩を低減したり、回避したり、受容したりと、様々に反応しますが、聖人と呼ばれる人はどのように対応するのでしょう。
Secret

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