『ミケランジェロの暗号』 国ごとの違いは何か?

 配給会社の宣伝が、本来の作品の狙いとは別の路線で展開されるのはままあることだ。
 『恋するベーカリー』なんて、まるでパン屋さんのラブロマンスのごとき邦題と、主演女優の笑顔のポスターによって、あたかも洒落た恋愛劇のような売り方をされていた。
 オーストリアとルクセンブルクの合作映画『ミケランジェロの暗号』も、作品内容とは乖離したイメージが広められている一例である。
 たとえば本邦の allcinema ONLINE では、本作のジャンルを「サスペンス/ミステリー」としている。一方、Amazon.comが提供するIMDbでは、「コメディ/ドラマ」に分類している。ちなみにドイツ語版Wikipediaでは、本作のカテゴリを「第二次世界大戦/ホロコースト/歴史/ドラマ」としている。よりによってホロコーストとコメディとは……?

 これらを見ると、まるで捉えどころのない映画のようである。
 実態としては、なんとこの映画はいずれの要素をも併せ持つ……という希有な作品なのだが、『ミケランジェロの暗号』にサスペンスやミステリーを期待するのは、『恋するベーカリー』に洒落た恋愛劇を期待するのと同じくらい似合わない。

 そもそも、『ミケランジェロの暗号』なるミステリー的な邦題が作品内容を表していない。
 原題は「Mein bester Feind」、英題は「My Best Enemy」だ。直訳すれば「我が最良の敵」。本来ならば「我が最良の友」と表現するところを捻っており、この題なら本作がコメディであることも一目瞭然である。
 映画を観た方なら納得する題名だろう。


 『ミケランジェロの暗号』は、ナチス台頭期のオーストリアを舞台にした、二人の男の愛憎劇だ。彼らはユダヤ人とヨーロッパ人の幼馴染。その立場が変転するおかしさの中に、歴史の残酷な断面を描いて見せる。
 主人公のヴィクトル・カウフマンは裕福なユダヤ人画商だ。もう一人の主人公ルディ・スメカルは、カウフマン家の使用人の息子である。カウフマン家に育ててもらったルディだが、内心は金持ちへのルサンチマンが強い。
 ところが時代はナチスの台頭を許し、オーストリアにもその脅威が迫ってくる。カウフマン家はユダヤ人であるがために迫害され、ルディは自分の方が優位な立場にいることを知る。
 ここで二人の立場は逆転したかに思われたが、物語は二転三転、ユダヤ人のヴィクトルはナチスの威を借る愉快さを知り、ヨーロッパ人のルディは強制収容所の悲惨さを知る。

 とりわけ印象的なのは、ナチス親衛隊の制服に身を包んだヴィクトルのセリフだ。
 「君がこの制服を欲しがったのが判るよ」
 ユダヤ人にこんなことを云わせるとは――ナチスの親衛隊に入ることに理解を示すようなセリフを書くとは、驚くべき脚本である。そこには、ナチス親衛隊をただ非人間的な憎むべき存在とばかりみなすのではなく、そこにいるのも血の通った人間であり、紆余曲折を経ていまの立場に至ったことをおもんぱかる気持ちがある。
 一方、ユダヤ人が強制収容所送りになることに疑問を感じていなかったルディも、収容所に薬がないことを嘆き、食事は残飯同然だと不平を垂れる。

 監督・脚色を担当したヴォルフガング・ムルンベルガーは、公式サイトで次のように語っている。
---
この時代を舞台にした映画は、いつもユダヤ人は犠牲者として描かれていた。それにうんざりしていると語ったユダヤ人もいたんだ。でも成立させるのは簡単じゃなかった。
(略)
映画のどこを非難されるかわからない。常に自分に問いかけ、スタッフとも話合ったよ。ナチスを人間味をもって描き過ぎていないか、とかね。でも映画に出てくるナチスが、すべて同じように描かれなければいけないのだろうか? その時々で個人の人間性は存在したはずなんだ。でもナチスの恐怖の前ではなかったことにされてしまう。こういう考えを受け入れる時期が来ているのか分からないけど。(原文ママ)
---

 しばしば私たちは、相手の立場になって考えなさいと諭される。
 それはもっともな教えではあるのだが、いったい私たちはどれだけ実践できているだろうか。大きな問題が生じたときに、誰かを敵とみなして糾弾するのではなく、相手の立場も考慮しながら検証することがはたしてできているだろうか。


 本作の見どころは、相手の立場になったときの行動を、二人の男優が実に楽げに演じていることだ。
 戦争による緊張がみなぎる中で、それぞれが生き延びるために騙し合い、化かし合い、立場を偽って行動する。その愛憎入り混じる演技合戦が面白い。
 その演技合戦は、あえていうなら三谷幸喜原作・脚本の『笑の大学』のノリである。

 とりわけ彼らの表情がいい。
 本作は騙し合うゲームのような趣もあるが、勝ったとか負けたとか、嬉しいとか悔しいといった感情で観客を興奮させることを良しとしない。
 それよりも、長年の親友だったはずなのに敵同士になってしまった二人の男が、相手を許さないけど憎まないところ、出し抜かれてもまるでエールを贈るかのような表情をしてしまうところにグッとくる。

 いつか映画の中だけでなく、すべての人々が積年の恨みを超えてエールを送り合える日がくるだろうか。


ミケランジェロの暗号 [Blu-ray]ミケランジェロの暗号』  [ま行]
監督・脚色/ヴォルフガング・ムルンベルガー
出演/モーリッツ・ブライブトロイ ゲオルク・フリードリヒ ウーズラ・シュトラウス マルト・ケラー ウーヴェ・ボーム ウド・ザメル ライナー・ボック メラーブ・ニニッゼ カール・フィッシャー クリストフ・ルーザー セルゲ・ファルク
日本公開/2011年9月10日
ジャンル/[サスペンス] [コメディ] [ドラマ] [戦争]
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⇒comment

ごもっとも!

ナドレックさん、こんばんは!
拙ブログにコメントとトラバ賜りましてありがとうございます。
随分お久しぶりのような気がします( っ゜ω゜c)

ドイツ版のWikipediaって‥ドイツ語なんですよね?ゴクッ‥。

こちらの作品は国によってこんなに宣伝の仕方がバラバラなのですね。
ユダヤ人の中にも被害者として登場する映画の多さにうんざりしている方もいらっしゃるのですか‥。

出演する役者さん達の表情が分かり易くて感情が素直に伝わりました。
色々な状況下での立場が逆転し続ける2人ですが、
あのウィンクで終わるオチはなかなか笑えました。
宣伝用の題名はインパクトが大事なんでしょうけれど、こんなにツッコミ甲斐のある題名は滅多に無いかと(爆笑)

ではでは失礼致します。

Re: ごもっとも!

愛知女子さん、こんにちは!
ブログの更新が滞りがちで、久しぶりになってしまいました。
この邦題が観客動員にどれだけ貢献したかは判りませんけれど、どんな形であれお蔵入りにならなくて良かったと思います。ミステリーを期待して足を運んだ人は、はぐらかされたような気がしたかもしれませんが。
ところで、当記事からドイツ語版のWikipediaを参照していますが、私がドイツ語に堪能なわけではありません。いまはブラウザが翻訳してから表示してくれるので助かります。いやいや、自分で勉強しなければいけないのですけれど。

TBありがとうございます♪

タイトルがねぇ…どうもミステリー愛好家狙いというか迎合というか…
タイトルで逃している客が多そうでもったいない…v-15

Re: TBありがとうございます♪

別冊編集人さん、コメントありがとうございます。
予告編も、サスペンスやミステリー色を打ち出していましたからね。
400年前に行方不明になったミケランジェロの名画の謎。ナチス・ドイツとの争奪戦……。全然違う映画をイメージしますね:-)

これってサスペンスじゃないですよね。

コメディですよね。 本当だったらとっくにみんな殺されてます ((+_+))
如何にもサスペンス風に進んで行っちゃってたんで、私は少々拍子抜けしちゃったかも。。
最後の3人並んで歩くシーンの目線はよかったです。

Re: これってサスペンスじゃないですよね。

rose_chocolatさん、こんにちは。
早い時点でコメディだと割り切らないと、ちょっと拍子抜けしますね。
最後のシーンはいいですね。並んで歩く3人はもとよりですが、私は見送る側も良かったです。この作品で一番気に入ったところかな。

予告を

見ていた限りでは、コメディの要素は微塵も匂わせてませんでしたね。
なんでしょねえ、ユダヤ人の収容所とかが絡んでるのに、悲惨なものを感じさせないと、JAROが出て来る・・・などとの刷り込みがあったりして。
日本の売り方の下手さには、ほとほとあきれますが、そんな不満は吹っ飛んで、たっぷり楽しみました。
まるでシェークスピアみたいに、立場がコロコロ変わり、入れ替わり、それをどこか楽しんでる風ってのは、粋でしたね。

その昔、「僕が愛した二つの国 ヨーロッパ/ヨーロッパ」という秀作があるのですが、あの立場がコロコロ変わる面白さと通じるのもんを久しぶりに味わいました。
もし未見でしたら、お勧め作品です。

Re: 予告を

sakuraiさん、こんにちは。
本編はこんなに楽しいのに。
もちろん声を上げてゲラゲラ笑う作品ではありませんが、なんというか、腹の奥底をこっそりくすぐられるような、そんな感じを受けました。

『僕が愛した二つの国 ヨーロッパ/ヨーロッパ』は観ていません。面白そうな映画をご紹介いただきありがとうございます。機会を見つけて観てみたいと思います。

日本得意のタイトル過剰

原題をつけてサブタイトルに邦題なんかすりゃ・・・・
これはギャップがありすぎるけど、酷い作品も多数ですし。

モーリッツブライプトロイはドイツの「カメレオン俳優」ですね
案外コメディーも面白い(これは純粋なコメディーではないが)

結末は予想できていたけど殆ど死者も見なくて
(逮捕されたりあの”写真”とか出たりのドキドキ感とか)面白かったし

Re: 日本得意のタイトル過剰

すわっと 優優さん、こんにちは。
過剰なタイトルなんですよね。
『ジョン・カーター』なんて日米の知名度の差を考えたらアッサリし過ぎな例もありますけど、邦題のほとんどは思わせぶりで意味が判らない。それで客が入るなら、配給会社の取るべき手段としては正解なんでしょうが。
シリアスな設定ですけど惨い内容ではなくて、楽しめる映画ですね。
Secret

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