『LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』 歴史に残らない特別な日

 (連載のはじめから読む。)

 日本国憲法第9条第1項は、パリで締結された「戦争抛棄ニ関スル条約」すなわち不戦条約の第1条をモデルに作成されたという。
 その第1条の現代語訳は、次のとおりである。

 「締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えないこととし、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。」

 不戦条約が発効したのは、1929年7月24日のことだ。
 この条約に60ヶ国以上が署名し、戦争の放棄を約したにもかかわらず、残念ながら1929年以降も戦争が絶えることはない。
 そも、この条約が実効を伴っていれば、日本が自国の憲法にわざわざ戦争放棄の条文を入れる必要はなかったろう。また、多数の国が批准しながら不戦条約に実効性がないのなら、日本一国が憲法でその条文をなぞったところで他国から見れば意味がない。
 とはいえ、多国間で戦争の放棄を取り決めて条約の形にしたことは、戦争を違法行為とする流れを作るのに貢献したという。


 そして、その81年後の2010年7月24日、世界にとって特別なことが起こった。
 世界192ヶ国の人々が、一斉に自分たちの暮らしを動画に収めたのだ。
 2011年8月現在、国際連合の加盟国は193であり、未加盟の国を加えても204とされているから、192ヶ国とはほぼ全世界に近い。
 『LIFE IN A DAY』プロジェクトによるYouTubeを通した呼びかけに応じて192ヶ国から寄せられた動画は約8万件、4,500時間に及ぶ膨大な量だという。
 そこから7ヶ月かけて332組342人の映像を選び出し、95分の映画にまとめたのが『LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』である。

 この映画は幾つもの点で画期的だ。
 これまでも複数人で共同監督した作品や、異なる監督の作品を束ねたオムニバスはあったものの、300人以上が共同監督した映画なんてなかった。
 従来、世界の奇習を収めたモンド映画にしろ真面目なドキュメンタリーにしろ、撮影隊が機材を担いで各地に分け入り、現地住民に密着して"事件"を待ったりインタビューを実施する必要があった。機材の小型化、高性能化により、今では監督一人がいればドキュメンタリーを撮ることは可能になったが、それでも長い撮影期間を要することには変わりがない。
 ところが本作は、そんな映画作りのスタイルを完全に過去のものにした。
 なにしろ、現地の住民がみずから撮影した映像が、各地から自発的に寄せられるのだ。もう取材旅行なんてものは不要である。

 しかも、撮影日を7月24日に限定したことで、人々は事件性の有無にかかわらずこの日の様子を収めざるを得なかった。もっと対象期間に幅があれば、人々は何かの記念日や特別な行事を収録したかもしれないが、たった一日ではその日の出来事を素直に取り入れるしかない。
 それが功を奏して、本作は世界中の人々のごく自然な営みを伝える作品になっている。

 映画はまず夜明け前から活動している人々の姿を映し出す。
 そして太陽が昇ると、多くの人々が目覚め、朝食を取る。数え切れないほどの人々が卵を割る。割り方や手の色は様々だが、世界中の人々が卵を割って調理している。
 同時にみんながコーヒーを飲む。色も形もまちまちのカップにコーヒーが注がれる。何気ない日常でありながら、全世界で同じことをしているかと思うとたまらなく愉快である。

 私は前回、「私たちが対峙する相手も単なる人間だ」と書いたが、まさしく世界のどこでも同じような朝を迎えて、同じような行動を取っていることが良く判る。寝坊した子供が母親に起こされるところなど、日本の家庭と何の違いがあろう。

 そんな中で印象的なのは、自転車で世界を旅する韓国人男性だ。
 世界中を見てきた彼は、世界の多様性を知っている。同時に各国が多くの共通点を持つことも知っている。
 彼によれば蝿の大きさは国によって違うそうだ。ところが彼は、中国と朝鮮と日本の蝿の大きさが同じであることを知って感動したという。


 『LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』は、素人が撮影した動画を繋ぎ合わせただけだから、一貫したストーリーがあるわけではない。
 しかし、何の変哲もない一日でありながら、無数のドラマが生まれている。
 ある男は女にプロポーズし、ある夫婦は金婚式を祝う。結ばれるカップルもいれば、別れる男女もいる。この日に生まれた子もいれば、この日に死んだ人もいる。
 人間が一生のうちに接するだろうありとあらゆる出来事が、この一日に起こっているのである。
 その事実をこうして映像で突きつけられると、改めて驚きを禁じえない。

 そして1番の驚きは、これほどまでに多くの国がインターネットで結ばれ、YouTubeへアクセスできることだろう。
 映像の中には電気が通っていない家も登場するが、少なくともそこにはビデオカメラなりスマートフォンなりを充電して撮影している人がいる。ジャングルだろうが山奥だろうが、どこの景色でもカメラに収め、YouTubeにアップロードできるのだ。
 たとえ世帯年収が50万円でも、壁掛けの液晶テレビを持ち、インターネットを利用するのが今の世の中なのである。
 試写会で配布されたリーフレットには、ケヴィン・マクドナルド監督の言葉が紹介されている。
 「何千人、何万人、もしかしたら何十万人という人がプロジェクトに参加して、コミュニケートし、同じ時にそれについて考えるというアイデアは、われわれが生きている今の時代ならではのものだ。『LIFE IN A DAY』は、100年前では存在しなかったし、20年前でも、6年前ですら不可能だった。」


 思えば、人間はこれまで何度も絶滅の危機に瀕してきた
 7万年前にはスマトラ島のトバ火山が大噴火した影響で、人類は1万人ほどに激減したという。1万人なんて、東京ドームの客席の5分の1も埋められない。
 そのたった1万人が、その後の7万年で69億人まで繁殖し、2050年には91.5億人になる見込みである。
 しかしどんなに増えようとも、私たちはたかだか1万人から再出発した同胞なのだ。祖先を遡れば、同じ女性同じ男性にたどり着く間柄である。
 69億人になったとしても、その生活、喜怒哀楽に、親しみを覚えるのは不思議ではない。

 この映画で取り上げられた2010年7月24日は、歴史に残る日ではない。2011年7月24日だって、2012年7月24日だって、人類にとって歴史的な日というわけではないだろう。
 けれどもそこには、無数のドラマが生まれているのだ。


 ひとつ残念なのは、この映画にはYouTubeが遮断されている国や地域の映像がない。
 今回のプロジェクトを告知する文面には、対象外となる国が挙げられている。

  イラン、シリア、キューバ、スーダン、北朝鮮、ミャンマー

 いつか、これらの国を含めた作品も観られる日が来ることを願ってやまない。


LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語』  [ら行]
監督/ケヴィン・マクドナルドと332組342人
制作総指揮/リドリー・スコット、トニー・スコット
日本公開/2011年8月27日
ジャンル/[ドキュメンタリー]
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【genre : 映画

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LIFE IN A DAY 地球上のある一日の物語 / Life in a Day 2011/08/27公開 公式HP:http://www.unitedcinemas.jp/lifeinaday/ ある日の映像を集めたものがどうしてソーシャル・ネットワーク映画と呼ばれる...
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