『彼女が消えた浜辺』 あなたは何を知っているのか?

 面白い映画は、最初から面白い。
 大きな事件が起こったり、派手な見せ場があったりということではない。
 面白い映画では、画面にみなぎる緊張感や、研ぎ澄まされた会話などが、最初から観客を魅了する。

 『彼女が消えた浜辺』は、クルマから身を乗り出し、狂ったように叫ぶ男女の姿で幕を開ける。
 交わされる会話から、同乗者の一人が他のメンバーには内緒で来ているらしいことが知れる。
 目的地に着いても、予約を入れたはずの宿には手違いのために泊まれない。
 映し出される一つひとつはたいしたことではないけれど、少々意外な行動や、予想外の展開が続き、何やら胸騒ぎを覚えて画面から目が離せない。

 本作はオカルトでもミステリーでもない。起こるのは日常的な出来事ばかりだ。
 数組の家族がバカンスを楽しむために旅行する。ただ、それだけのことだ。
 ところが、計算違いのことが少しずつ積み重なっていく。

 そして、一人の女性の姿が見えなくなる。
 彼女の荷物はどこだ?
 彼女の携帯電話は?

 彼らのあいだに疑問が生じる。
 彼女はどこへ行った?
 彼女に何が起こった?
 彼女は何者だったのだ?


 本作は、黒澤明監督の『羅生門』を薄味にしたような味わいである。
 薄味といっても、決して悪い意味ではない。
 映画『羅生門』を、芥川龍之介の原作どおり『藪の中』と『羅生門』に分解し、盗賊や人殺しなどの非日常的な要素を排して、誰の日常にでも起こり得る些細な出来事に置き換えてみたら、この作品のようになるのではないだろうか。

 本作では、普通の人たちが普通のことをしているだけだ。
 ただ、困ったときに、その場しのぎのことを云ってしまう。
 保身のために、本当のことは口にしない。
 とっさにウソでごまかしてしまう。
 それら、小心者たちの悪気のない行動が、事態を謎めいた不可解なものにしてしまう。

 みんなで楽しくゲームに興じた前夜のことが嘘のように、人間関係が変容していく。

 そして、その場にいない人が悪者にされるのも、よくある話だ。
 誰だって、他人のせいにしたいのだ。
 真実は、みるみるうちに藪の中に隠れていく。


 やがて、人々のウソやごまかしの果てに、一つの質問が浮上する。
 それは、イエスかノーかで答えられる、ごく単純な質問だ。
 しかし、その質問でさえも、ほんの少しタイミングが違うだけで、答えが変わってくる。
 人によっては、その答えを一生かみしめることになるというのに。それほど重要なことだというのに。
 イエスになるもノーになるも、偶然の産物でしかない。
 いったい、私たちが真実だと思って掴みとっているものは何なのか。


 『彼女が消えた浜辺』は、そんなやり切れなさを残す映画だ。
 砂に車輪をとられたクルマのように、容易には抜け出せない。


彼女が消えた浜辺 [DVD]彼女が消えた浜辺』  [か行]
監督・脚本/アスガー・ファルハディ
出演/ゴルシフテ・ファラハニ タラネ・アリシュスティ シャハブ・ホセイニ メリッラ・ザレイ
日本公開/2010年9月11日
ジャンル/[ドラマ] [ミステリー]

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【genre : 映画

tag : アスガー・ファルハディゴルシフテ・ファラハニ

⇒comment

No title

TB ありがとうございます。

緊迫感ある 面白い映画でした
ちょっとした出来事で こんな事件にはならなかったのかも・・・

イラン文化も垣間見えますね

Re: No title

リバーさん、コメントありがとうございます。

> イラン文化も垣間見えますね

そうですね。
各人が勝手に気を回しすぎてしまうのが、興味深いです。
日本に負けずに、中東もかなりハイ・コンテクストですね。

ムスリムでない我々の期待に反して、「コーランに誓って」という言葉が意外に軽く使われていたのも驚きでした。

また、男女間の関係にたいへん厳しいのが物語の核となりますが、日本でも『君の名は』の真知子が「結婚したからもう会えない」と泣いたのはまだ半世紀前のことなんですよね。
他文化の作品に接することで、日本を振り返るのも面白いと思います。

No title

映画の予告編がイイトコドリだったw。でも予告編だけで全て把握できる『アバター』『悪人』に比べりゃ「この先どうなっちゃうの?どきどき」という期待を持たせるので。ある意味、CMの勝利でしたねww。映画は可もなく不可もなくという感じでした。
予告編がイイトコドリなだけあって間延びしていた感じがしましたね。設定としては面白いのだけどなぁ。

Re: No title

ブリさん、こんにちは。
予告編には、映画がかなり進行してからのカットも使われていましたね。
私は、ストーリーが転がりだす後半よりも、前半部分の方が面白いと思いました。
予想外の出来事が少しずつ蓄積されていくところや、みんなに悪気はないにもかかわらずエリが孤立感を深めていくところとか。ベルリン国際映画祭で銀熊賞(監督賞)を受賞したのも納得の演出です。

『アバター』も『悪人』もストーリーで引っ張る映画ではないですね。映像あるいは演出やセリフの妙を楽しむ作品だと思います。
ストーリーを知っていても、シェイクスピア作品を観てしまうようなものでしょうか。

イランの宗教観

「ペルセポリス」はご覧になりましたか?
指導者層は原理的なイスラームを押しつけているようですが、市民はあまりイスラームを厳格には信仰していない感じでした。
もともとゾロアスター教の国で、イスラームは強制させられていて、根本からの信仰心はあまりない・・・といったことを聞いたことがあります。
その辺があるのかどうか、イランの話って、あまり抹香臭くないなあと思います。

映画は結構ないらいら感を味あわせてもらいました。
それがこの映画の持ち味なんだろうな、と思ってきましたが、さりげない日常の、市井の人々の悪気のない行動が思いもかけない方向に行ってしまう・・・。
にしては、あまりに考えなしの行動で。。。
その考えなしがなければ、新たな展開はないのでしょうが、かなりいらいらさせられました。

Re: イランの宗教観

sakuraiさん、コメントありがとうございます。
残念ながら『ペルセポリス』は未見ですが、古来からの風習・習慣として定着したものは、指導者層の考えに係らず変えようがないですよね。イランでは今もミトラ教のお祭りをするそうですし。
映画では、たしかに「ここで何もそんな言動を取らなくても」と思わせるところがありましたね。
でも、私はそこが興味深く感じました。日本人は頭のどこかで「(腹を割って)話せば判る」と思っていますが、それはとても稀有な考え方かもしれないなぁ、と…。

No title

あんなに大勢、登場人物を出しておいて、みんなキャラが薄いので混乱しました。

Re: No title

ふじき78さん、こんにちは。
私なんか、どれが"彼女"だか判らなくて、何が何やら。
でも、みんなキャラが薄いのがリアルなのかもしれません:-)
良く考えたら「類は友を呼ぶ」というのに、なぜのび太の友だちがスネ夫やジャイアンなんでしょう。
リアルを追求したら、みんなのび太みたいなヤツで混乱するかも。
Secret

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