『小さな命が呼ぶとき』に学ぶ出口戦略

 【ネタバレ注意】

 『小さな命が呼ぶとき』という邦題からは、あたかも可哀そうな難病モノを思い浮かべるが、原題は『Extraordinary Measures(非常手段)』である。
 まさしく本作は、目的のためには手段を選んでいられない男の猪突猛進ぶりを描いた作品だ。
 面白いことに、その内容はビジネスにおける典型的な出口戦略となっている。


 主人公ジョン・クラウリーは、ハーバード大学のビジネススクールを卒業した秀才である。
 広告業をなりわいにして、もうすぐ部長と目されているが、それが彼の能力に見合ったポジションなのかは、映画の中では語られない。

 スタンフォード大学のビジネススクールを出た原丈人氏は、ハードード大学で学んだ米倉誠一郎氏のインタビューに答えてこう語っている。
---
原 (略)卒業したら大きい会社に行くなんてのは少なかったですね。だいたい、自立精神はできてないけど、頭だけは良いという連中はコンサルティング会社に行くんです。学校の延長をやっていればいいんですから、とスタンフォード出身の企業家はよく言っています。
 優秀な若い人はベンチャーに行き、その上のもっとできる連中は自分でつくる。見ていてそうですね。

米倉 スタンフォードは面白そうですね。私はどうも、間違えたなあ。ハーバードはもっと保守的でしたね。

   (金井壽宏、米倉誠一郎、沼上幹 (1994) 『創造するミドル』 有斐閣 p203)
---

 ハーバードを出たジョン・クラウリーが会社勤めをしていたのは、保守的だからとはいえない。
 彼には、ポンペ病に侵されて余命いくばくもない二人の子がおり、その治療のために安定した収入と保険が必要だったのだ。冒険する余地などなかったのである。

 しかし彼はロバート・ストーンヒル博士と出会うことで、「もっとできる連中」同様に自分でつくることにする。
 ストーンヒル博士の理論に賭けて、治療薬を開発するベンチャー企業を立ち上げるのである。
 ここから物語は、邦題がミスリードを図った闘病モノから離れ、ジョン・クラウリーというビジネスパーソンの猛進撃を描く。

 まずは出資者を捉まえる過程が興味深い。
 優れたアイデアなら出資しようという者はいるのだが、「アイデア止まり」に金を出すほど酔狂な者はいない。
 そこでクラウリーの出番となるわけだ。治療薬の開発には門外漢のクラウリーだが、出資者を相手に何を譲歩し何を得るかという点については知恵が回る。

 よく見るものとして、ビジネスの成果に関する次の方程式がある。

  成果 = 能力 × やる気

 クラウリーのやる気は無限大である。
 何しろ子供の命がかかっているのだから、治療薬という成果を何が何でも出さなくてはならないのだ。
 やる気が無限にあれば、能力なんて小さくても、成果は必ず出せる道理である。


 さらにクラウリーは、立ち上げた会社をexitする方法にも考えを巡らせる。
 開発中の治療薬を完成させて自社から売り出す、というのも1つの考え方だが、未完成でも将来性をチラつかせて会社を売却するのも巧い手である。
 クラウリーの工作が奏功して、彼とストーンヒル博士は巨額の金と、大企業でのポジションを手に入れる。劇中でストーンヒル博士が600万ドル(約5億円)を手にしていることからすると、クラウリーも同等の額を得たのだろう。
 これだけでも出口戦略の例として物語になる。


 しかし、生活の心配がなくなった彼は、いよいよもって子供のことだけを考えれば良くなるのだが、そこには突っ走っているビジネスパーソンが陥りやすい罠が待っていた。
 ガバナンスの欠如だ。

 『小さな命が呼ぶとき』の巧いところは、ジャレッド・ハリス演じる上司ケント・ウェバーの描き方だ。
 ケント・ウェバーはガバナンスを体現する役回りだが、微妙に嫌なヤツである。だから、ケント・ウェバーの云うことはいちいちもっともなのに、観客はケント・ウェバーに反するクラウリーを応援してしまう。
 そして、クラウリーが一大事を引き起こしたとき、観客もクラウリーと一緒に叱られることになる。
 ケント・ウェバーは食品医薬品局(FDA: Food and Drug Administration)の名前を持ち出して一喝するが、そんなこと云われなくても製薬会社の役員になったクラウリーなら判ってしかるべきなのだ。
 単に子供のために頑張る美談に終始しそうなところ、ケント・ウェバーがコーポレート・ガバナンスを効かせるおかげで、物語全体が引き締まる。事後処理の仕方も含めて、巧い展開だ。


 これは事実に基づいた話だそうだが、医薬品の開発は長い時間を要するものだ。映画でどこまで描くか判断するのは難しいだろう。
 にもかかわらず、105分の尺にビジネスを進める上でのポイントとリスクを手際よく収めて、映画そのものの出口戦略も成功している。


小さな命が呼ぶとき [DVD]小さな命が呼ぶとき』  [た行]
監督/トム・ヴォーン  製作総指揮/ハリソン・フォード、ナン・モラレス
出演/ブレンダン・フレイザー ハリソン・フォード ケリー・ラッセル メレディス・ドローガー ジャレッド・ハリス
日本公開/2010年7月24日
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

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⇒comment

ごもっともで

その通りなんですが、見たい方の思いと、見事に違って、えらく肩すかしをくらいました。
配給会社も、感動もん!!だと思って買ったものの、あれ?ちょっと違ってるぞ・・という戸惑いが生じたのではないかと、思いますわ。

Re: ごもっともで

sakuraiさん、コメントありがとうございます。
私なんぞは「また難病モノかぁ」と思って危うく観ないところでした。
この映画は、「難病に立ち向かう子供の物語」「家族のために頑張る父さんの物語」「努力してビジネスに成功する男の物語」が交じり合っていますが、米国ではそれでいいのだと思います。どれも人間賛歌ということで1本スジが通っている。とくに、誰かに頼らず自分の努力で成果を掴もうとするのが、共感を得るでしょう。
でも日本だと、別々に分けた方が歓迎されるんでしょうね。
なぜかな。
感動モノは感動モノ、成功物語は成功物語、の方が、判りやすいからでしょうか?

感動風味 涙添え

3.11以降に増えた強制的に泣かせる記事・・・

この話も良い話だとは思うが
仮に貧しい家族の子供だったら
助かる命も助からなかったかも
と逆も考えてしまった

Re: 感動風味 涙添え

すわっと優優さん、こんにちは。
貧しい(少なくとも金持ちじゃない)家庭の子供が難病で……という話は既にあるでしょうから、優秀なビジネスパーソンならどう行動するか、を描いた本作が浮かび上がるのだと思います。
難病という題材を、泣かせるための所与の条件とするのではなく、克服すべき課題として捉えているのが本作の魅力ですね。
Secret

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