『グリーンブック』のただ一つのフィクション

GREEN BOOK CD, インポート 【ネタバレ注意】

 「天才であるだけでは十分ではありません。人々の心を変えるには勇気が必要です。」
 (Being genius is not enough, it takes courage to change people's hearts.)

 ピアニストの黒人ドン・シャーリーが仕立て屋の前で「自分はサイズが"42"だから」と云って買うのをためらうシーンに、思わずニヤリとしてしまった。
 米国でサイズ42といえば日本ではXLくらい。長身のマハーシャラ・アリが演じるドン・シャーリーは、こんなサイズがあるだろうかと気にしたのかもしれない。
 だが、私が"42"という数字で思い出したのは、2013年の映画『42 ~世界を変えた男~』だった。

 『42 ~世界を変えた男~』は、白人だけが活躍する1940年代のメジャーリーグに飛び込んだ黒人選手ジャッキー・ロビンソンを描いた作品だ。主演は、後に黒人国家の地位を現実世界とは逆転させた映画『ブラックパンサー』のタイトル・ロールを演じるチャドウィック・ボーズマン。
 しかし、『42 ~世界を変えた男~』は、「黒人初のメジャーリーガー」と云われる人物が白人ばかりの業界で悪戦苦闘する話でありながら、私には人種差別問題に注目すべき作品ではないと感じられた(詳しくは「『42 ~世界を変えた男~』で注目すべきは人種差別問題ではない」を参照願いたい)。

 そして、『グリーンブック』でも同じように感じた。
 黒人と白人の道中を紹介する予告編を目にしたときは、てっきり人種差別が主なテーマかと思ったが、そういう話ではなかったのだ。

 もちろん人種差別を扱った映画として観ることもできるし、現にそうでもあるのだろうが、その見方だと『グリーンブック』の語り口はかなり危なっかしい。
 傑作『ブラック・クランズマン』で『グリーンブック』と米アカデミー賞の作品賞を競っていたスパイク・リー監督が、『グリーンブック』が選ばれると怒ってアカデミー賞の授賞式会場を出ていこうとしたのも、単に自分が受賞できなくて悔しいというよりも、よりによって『グリーンブック』が選ばれたことが我慢ならなかったのだろう。もちろん、大人であるリー監は『グリーンブック』の関係者に祝福の言葉を贈ったが。

ブラッククランズマン BLACKKKLANSMAN 4K ULTRA HD+Blu-ray ※日本語なし スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』は、過去と現在の愚かで残忍な人種差別の実態を暴き、差別への怒りを強く表明した作品だ。娯楽作としても一級で、ときに笑いながら観てしまうが、最後には人種差別への怒りと抗議の気持ちを作り手と受け手が共有するメッセージ色の強い映画だ。

 対する『グリーンブック』は、差別を受けても我慢する聞き分けの良い黒人と、昨日まで黒人への差別意識で満々だったのに金のためには黒人とも仲良する白人の、平和で愉快な二人旅を描いており、人種差別の観点からしたら温くて緩くて「冗談じゃない」と蹴り飛ばしたくなるような映画かもしれない。
 差別する側の白人が、黒人を差別から守ってヒーロー然としていたり、多少の差別は我慢して受け入れるように黒人に諭す場面があったりするから、こんな映画が作品賞を受賞するなんて世も末だと嘆くのも判らないではない。
 人種差別がテーマの映画だと観るならば。


 だが、人種差別をテーマとみなすには、二人の主要登場人物は違い過ぎた。

 トニー・リップことトニー・バレロンガは、バリー・マニロウの大ヒット曲でも知られるニューヨークのナイトクラブ「コパカバーナ」で働き、フランシス・フォード・コッポラとの出会いから1970年代以降俳優としても活躍した人物だ。一方、ドン・シャーリーは、繊細で天才肌のピアニストにして作曲家。本作は、トニーがドンの運転手兼ボディガードとして雇われていた1962年の、実際にあった二人旅を描いている。

 トニーは白人、ドンは黒人、それは一つの違いではある。加えてトニーはヘビースモーカーでところかまわずタバコを吸うが、ドンはタバコの煙が苦しくて、自分のそばでタバコを吸って欲しくない。トニーは環境のことなど考えずにゴミを道端に放り出して平気でいるが、ドンはゴミの投げ捨てが環境破壊に繋がることを理解しており戒める。トニーは高カロリーの食べ物を無節操に食べて太っているが、ドンは食事に気を使っておりバランスのとれた体つき。トニーは妻のドロレスを愛し続けているが、ドンは同性愛者、いや結婚していたこともあるそうだから両性愛者か。トニーは大家族で暮らしているが、ドンは一人暮らし。トニーはコンプライアンスなんてどこ吹く風の無頼漢だが、ドンは曲がったことが大嫌い。
 白人か黒人かというだけでなく、ライフスタイルも信念も、トニーとドンはことごとく異なる。米国南部を旅する中で二人が出くわすエピソードの数々は、二人の違いを際立たせる。

 印象的なシーンがある。
 南部の片田舎でクルマが止まってしまったとき、ドンがあたりに目をやると、周囲の農場では貧しい黒人たちが働いていた。黒人労働者たちもドンに気づいて見つめ返す。高級なスーツに身を包み、白人にクルマを運転させているドンと、粗末な服で単調な労働に従事している黒人たち。「同じ黒人」とはくくれない、あまりにも立場が違う彼らの対比は、本作が白人だの黒人だのをテーマにしているのではないことを示している。

 大勢の家族や友人に恵まれ、街の顔役にも目をかけられ、巷のヒット曲にも普通に詳しいトニーが、この時代のこの世界に馴染んでいるのに対し、音楽家とはいえヒット曲一つ知らないドンはあまりにも孤高で、変わり者といっても過言ではない。
 だが、ドンが変わり者に見えるのは、世界の珍品に囲まれた自宅で、どこぞの民族衣装を着て現れた初登場のシーンのインパクトのせいだろう。物語の進行とともに観客が感情移入するのは、ナイスガイのトニーよりも変わり者っぽいドンのほうに違いない。なぜなら、本作が公開された2018年の現代人のライフスタイルは、はてしなくドンに近いから。

 今や喫煙することで自分と他者の体を傷つける人はずいぶん少なくなったし、タバコを吸うにしても喫煙所に行って他者に迷惑をかけないのが当たり前になってきた。ゴミは分別・回収するものであり、道端に投げ捨てるなどもっての外。食品には原材料やカロリー等が表示されたりして、健康を意識した食生活が送れるようになった。キリスト教社会では長らく同性愛者への迫害が続いたが、自分がセクシュアルマイノリティであることを表明する人も増えてきた。先進国では家族構成が大きく変わり、単独世帯が増えている。そしてコンプライアンスの強化は社会全体の要請だ。
 要は、劇中の1962年の世界において、ドン・シャーリー一人が観客と同じ生き方、同じ考え方を体現しており、トニーを代表とする他の登場人物は現代人から見れば(懐かしいけれど)古臭い生活を営んでいるのだ。

Green Book [Blu-ray] (輸入版) -グリーンブック ※日本語無し- なのに――知的で冷静なドンに比べてトニーはすぐに手が出る粗野な男なのに、劇中のトラブルメーカーはドンのほうで、解決するのはトニーの役目だ。
 なぜドンがトラブルメーカーになってしまうかといえば、彼が黒人だったり両性愛者だったりするからだ。黒人なのに夜間に外出する、男性同士で愛し合う、それが1962年の世界ではトラブルになる。トニーが出向いて解決はしてくれるものの、現代の観客にはトラブルの原因がドンにあるのではなくドンの行動を許容できない世界のほうにあることが判るだろう。
 しかも、トラブルを解決する役のトニーですら、イタリア移民であることをバカにされると警察官を殴って留置所に入れられてしまう。しょせん、トニーがトラブルを解決できるのは、(トニーの才覚もあることはあるが)たまたま彼が差別されたり愚弄されたりしていないだけで、ドンのような差別を受ければ彼とてトラブルを起こしてしまうのだ。

 ここから浮かび上がるのは、1962年の世界の暴力性だ。差別を差別とも思わず、周囲の人にタバコの煙の毒素を吸引させても、環境を破壊しても平気でいる心の暴力。
 『グリーンブック』は、2018年の現代人と同じ常識を身に付けた人間が1960年代に踏み込んだらどんなに異世界に見えるだろうかということを表現した作品だ。それどころかドンの信念は、2018年の人間ですら真似できないほど気高く高潔だ。
 私たちがドンに感情移入し、旅先の出来事の数々をひどいことと思えるのは、ここ半世紀の間にそれだけ世の中が変わったからだ。人種とかセクシャリティとかで差別してはいけない、自分も他人も健康に生きる権利がある、そういう意識が根付いてきたから1960年代の暴力性に気づくことができる。それは、世の中が良くなったということだろう。
 まだまだ世間には1960年代じみたところが残っているけれど、この映画は私たちが変化してきたことを示しているし、これからも変化できることを示している。

 もちろん1960年代のすべてを否定する必要はない。劇中で描かれるドンとトニーの交流を見れば、片方が一方的に正しくて他方が否定されるべきと主張しているのではないことが判る。双方の良いところを捉えながら、世の中が全体として少しでも良いほうへ変化できればいいと思う。


 私はドン・シャーリーのこともトニー・リップのことも詳しくは知らないので、本作がドンとトニーをどれほど誇張して描いているか、あるいは実態に則して描いたのか、その程度は判らない。

 ただ、トニーの息子、ニック・バレロンガが二人のことを映画にしたいと申し入れたとき、ドンは「私の死後だったいいよ」と告げた上で様々なことを話してくれたという。
 ニックは南部の旅に関することを細部に至るまで調べ、ストーリーが正しいことを確かめた。警察に拘束された窮状を打開するためにロバート・ケネディ司法長官に電話した――まるで警察庁刑事局長の兄の電話で救われる浅見光彦シリーズのような――驚くべきエピソードも、心温まるクリスマスディナーの場面も、すべて本当のことだという。

 そして、ひどい偏見の持ち主で黒人に侮蔑的だったトニーが、ドンとの旅を通して変わったことも。
 「この旅は本当に大きな影響を父に与え、父に変化をもたらしました。私たちの育て方までが変わったのです。」とニックは語っている。「誰もが平等で、誰もが同じ人間なのだと教えるようになったのです。」

 ニック・バレロンガは本作の脚本と制作で、アカデミー賞の作品賞と脚本賞を受賞した。
 ニックが唯一創作したのは、一年半にわたるドンとトニーの旅を八週間の出来事として描いたことだけであるという。


GREEN BOOK CD, インポートグリーンブック』  [か行]
監督・脚本・制作/ピーター・ファレリー
脚本・制作/ニック・バレロンガ
出演/ヴィゴ・モーテンセン マハーシャラ・アリ リンダ・カーデリーニ ディミテル・D・マリノフ マイク・ハットン
日本公開/2019年3月1日
ジャンル/[ドラマ] [伝記] [コメディ]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ピーター・ファレリー ニック・バレロンガ ヴィゴ・モーテンセン マハーシャラ・アリ リンダ・カーデリーニ ディミテル・D・マリノフ マイク・ハットン

『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』 がんばれキング!

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(オリジナル・サウンドトラック) インポート ゴジラ、ラドン、モスラはいずれも単独主演映画を持つスター怪獣だ。1954年公開の『ゴジラ』、1956年の『空の大怪獣ラドン』、1961年の『モスラ』は、タイトル・ロールの怪獣が出現することで充分に観客を魅了する作品だった。

 残念ながら、ゴジラ、ラドン、モスラのようなズバ抜けた魅力を持つスター怪獣を次々に生み出せるものではない。
 東宝怪獣映画で怪獣が単独主演した作品には、他にも『大怪獣バラン』(1958年)があるけれど、バランは、まぁ何というか、子供が絵に描きたくなるようなスター性に欠けていたように思う。
 1964年には初の宇宙怪獣、その名も『宇宙大怪獣ドゴラ』が銀幕に登場した。着ぐるみでは表現できない不定形生物への挑戦等、たいへん意欲的な作品だったが、怪獣映画なのにストーリーの多くを宝石強盗の話が占めたり、肝心なドゴラが断片的にしか登場しなかったりと、これまた怪獣映画好きには満たされないものが残る作品だった。

 そこで打ち出された新機軸が対戦ものだ。ゴジラが無名のアンギラスと戦うのとはわけが違う。米国モンスターの代表キングコングと日本のモンスターの代表ゴジラ、東西のスター怪獣が同じ映画で共演し、どちらが強いか競い合う。『キングコング対ゴジラ』はとてつもなく贅沢な、驚くべき企画だった。狙いは当たって、1962年に初公開されたこの映画は、日本怪獣映画史上最大の動員数を誇っている。
 続いて東宝は国内の二大スター、ゴジラとモスラが対戦する『モスラ対ゴジラ』(1964年)を放った。まるで三船敏郎とアラン・ドロンが共演した『レッド・サン』を発表したかと思えば、三船敏郎と勝新太郎の共演作『座頭市と用心棒』を放つようなものだ(いや、公開順では『レッド・サン』より『座頭市と用心棒』が先だけど)。

 ここまでゴジラは悪役だった。人間と交流し、ある程度人間と意思の疎通もできるキングコングやモスラは、人間の味方のいいヤツだ。一方、暴れまわり破壊するだけのゴジラは、プロレスでいえば悪役レスラー。とうぜん、勝負はいつもゴジラの負けである。
 『キングコング対ゴジラ』は引き分けと云われているが、キングコングだけ悠然と泳ぎ去り、ゴジラは水没したまま行方知れずなのだから、(ゴジラは水中を潜行したのかもしれないが)印象としてはキングコングの勝利であろう。
 
 2014年のアメリカ映画『GODZILLA ゴジラ』は、ゴジラ第一作からこのあたりまでのゴジラ映画をよく研究して作られていたと思う。日本のゴジラ映画が持つ原水爆のメタファーや、ゴジラは苦戦する側であることを、米国人の知る『怪獣王ゴジラ』のイメージと矛盾しないように混合したのは見事であった(詳しくは「『GODZILLA ゴジラ』 渡辺謙しか口にできないこと」を参照されたい)。

 さて、キングコングとゴジラの対戦カード、モスラとゴジラの対戦カードで観客動員を図った東宝だが、もういけない。あと対戦させるのはラドンくらいしか残っていないが、ゴジラとラドンではプロレスができないし、ラドンのカードを切ってしまったら後には何も残らない。
 ――と東宝の制作陣が考えたかどうかはともかく、ここで画期的な手が考案される。『モスラ対ゴジラ』の同年に『宇宙大怪獣ドゴラ』を放った後、前代未聞の大怪獣を誕生させたのだ。タイトル・ロールになってきたスター怪獣のいずれをもしのぎ、それどころかゴジラ、ラドン、モスラの全スター怪獣が総力戦を挑まなければ敵わないほどの史上最強の大怪獣、キングギドラの登場だ。

三大怪獣 地球最大の決戦 <東宝Blu-ray名作セレクション> なにしろキングギドラは強くてかっこいい!
 『三大怪獣 地球最大の決戦』のキングギドラは、ゴジラやラドンが身長50メートルなのに倍の100メートルの大きさ。黄金に輝く体に巨大な翼、サタンが三つの顔を持つように龍のごとき首が三つもある、神話伝説の集合体のような姿。
 地球怪獣の武器で一番飛距離が長いのはゴジラの白熱光線だろうが、キングギドラは三つの首のすべてから引力光線を吐くことができる。すなわち、ゴジラとラドンとモスラの三匹を同時に相手にしても、引力光線で対抗できる。キングギドラの前ではゴジラもラドンもモスラも雑魚でしかない。五千年前に一匹だけで高度な金星文明を滅ぼしたといわれるキングギドラは、宇宙最強の怪獣なのだ。

 『三大怪獣 地球最大の決戦』でのゴジラとラドンの対戦を見ればこの二匹の力はほぼ互角と判るし、『モスラ対ゴジラ』でモスラはゴジラに勝っている。だからゴジラ、ラドン、モスラの三大怪獣が揃えばゴジラ三匹以上の戦力ともいえるけれど、それでもこの映画でキングギドラを撃退するにはスター怪獣三匹が同時に死力を尽くさねばならなかった。
 しかも、そうまでしてもキングギドラを倒すことはできず、三大怪獣たちは王者キングギドラが地球に嫌気がさして宇宙に帰っていくの見送るのがやっとだった。
 ああ、なんてかっこいいんだ、キングギドラ。お前こそは怪獣映画史上最高の存在だ。

 続く1965年の『怪獣大戦争』でも、キングギドラはゴジラとラドンを相手に暴れまくった。
 『三大怪獣 地球最大の決戦』では、ゴジラ、ラドン、モスラの三大怪獣が勢揃いしてようやくキングギドラを撃退できたのだから、ゴジラとラドンだけで敵うわけがない。キングギドラはゴジラ、ラドンとともに海へ転落したあと、海面に浮上できないゴジラとラドンを尻目に悠然と宇宙へ去っていった。

 その後もキングギドラは、地球侵略を企む宇宙人の助っ人として『怪獣総進撃』(1968年)や『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』(1972年)にも登場するが、とにかく強い強い。地球の怪獣たちが協力し、集団で袋叩きにしなければ、どうにも対抗できない相手だった。
 マーベル・シネマティック・ユニバースの「インフィニティ・サーガ」に例えれば、キングギドラはちょうどサノスのポジションだ。スーパーヒーローたちが束になって挑むことでようやくどうにか対抗できる、最強の敵なのだ。

 

 最高に強くて最高にかっこいい、人気怪獣キングギドラの様子がおかしくなったのは、時代が平成に変わってからだ。

 平成ゴジラの敵として昭和ゴジラシリーズからカムバックした初めての怪獣がキングギドラなのは、その人気からしてとうぜんのことだ。けれども、そのカムバック作『ゴジラvsキングギドラ』(1991年(平成3年))は、あろうことかキングギドラをゴジラと1対1で戦わせてしまった。しかも、この映画のキングギドラはなんとゴジラに負けてしまう。
 ゴジラシリーズが『メカゴジラの逆襲』(1975年)でいったん中断した後、1984年に再開されるまでのあいだに、ゴジラ復活を願う声の高まりとともにゴジラの神格化が進んでいたのでもあろうが、曲がりなりにもキングギドラを名乗る怪獣をたかがゴジラ一匹ごときに敗北させてしまうとは、キングギドラの何たるかを見失った大失策であったと思う。

 ここからキングギドラは転落の道を歩む。

 『モスラ3 キングギドラ来襲』(1998年)では、サブタイトルに名を残すほどの大物として扱われながら、劇中では白亜紀の幼体の頃にモスラ一匹に敗北した上、成長した現代においても強化型モスラ(鎧モスラ)に敗北する。

 さらに2001年公開の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』では、バラゴン、モスラと一緒になってゴジラ一匹を倒そうとする始末。
 当初の予定どおりバラゴン、アンギラス、バランの三匹がゴジラと戦うのであればバランスが取れていたと思うが、人気怪獣のネームバリューをたのんだ会社の判断により登場怪獣が差し換えられ、ゴジラより強いはずのモスラとキングギドラがゴジラに手こずる映画になってしまった。
 映画そのものは滅法面白かったけれど、登場怪獣の選択は(作品の質の面では)判断ミスといえよう。

 キングギドラは人気があるから1996年版『モスラ』のデスギドラや『ゴジラ FINAL WARS』(2004年)のカイザーギドラといった亜種も考案されたが、いずれもモスラ一匹、ゴジラ一匹に倒される体たらく。
 アニメーション映画『GODZILLA 星を喰う者』(2018年)のギドラも、ゴジラ一匹に撃退されてしまう。

映画 ゴジラ キング・オブ・モンスターズ ポスター 2019 キング オブ モンスターズ 以前、私は怪獣映画を次の三つに分類した(詳しくは「『ガメラ2 レギオン襲来』が最高峰なわけ」を参照されたい)。
 1. タイトル・ロールの怪獣が中心の映画:『ゴジラ』『キング・コング』『空の大怪獣ラドン』等
 2. スター怪獣同士が対戦するもの:『キングコング対ゴジラ』『モスラ対ゴジラ』等
 3. スター怪獣が他の怪獣をやっつけるもの:ゴジラvsシリーズ等

 キングギドラは、分類2のスター怪獣同士が対戦する映画に、スター怪獣をしのぐ大スターとして乱入した真打のはずだった。なのに、平成以降はゴジラやモスラといったスター怪獣にやっつけられる分類3の怪獣に堕してしまった。
 あの最高に強くて最高にかっこいい、怪獣の王たるキングギドラを、東宝は敵役の中の単なる一匹にしてしまったのである。


 アメリカ映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』の制作が報じられたとき、私はとても不安だった。『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』にはラドンもモスラもキングギドラも出るという。ゴジラよりもラドンよりもモスラよりも圧倒的に強いはずのキングギドラは、そのキングとしての尊厳を守れるのだろうか。
 そもそも米国ではゴジラが「怪獣王ゴジラ(Godzilla, King of the Monsters!)」と呼ばれる一方で、キングギドラは単にギドラ(Ghidrah)と呼ばれる。キングギドラ様の「キング」を外すとはとんでもない失礼だが、「キング」の称号はすでにゴジラに捧げていたのである。

 結論からいえば、不安は的中してしまった。
 2014年の『GODZILLA ゴジラ』が昭和ゴジラシリーズに通じる雰囲気を醸し出していたのに対し、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』は平成以降のvsシリーズ色が強かった。ゴジラとラドンとモスラが出現してキングギドラと戦う点は『三大怪獣 地球最大の決戦』を、またキングギドラをモンスターゼロと呼んだり、怪獣たちを機械で操る設定は『怪獣大戦争』を下敷きにしているものの、ゴジラが『ゴジラvsデストロイア』のときのように全身真っ赤になったり、口から白熱光線を発するだけでなく全身から謎のパワーを放射して敵を倒したりと、すっかり平成ゴジラの趣きであった。

 そしてキングギドラがラドンを打ち負かし、モスラを倒すのはとうぜんながら、平成以降のゴジラシリーズの例に漏れず、ゴジラ一匹に敗北してしまう。

 なんということだろうか。
 舞台を米国に移したハレの場で、あの負けてばかりの悪役レスラーだったゴジラに、天下のキングギドラが敗れたのだ。

 キングギドラが大好きな私は悲しくてならない。
 がんばれキングギドラ。くじけるなキングギドラ。お前が宇宙最強の怪獣であることは多くの人が知っている。「キング」の座を奪い返すまで、戦い続けろキングギドラ!


ゴジラ キング・オブ・モンスターズ(オリジナル・サウンドトラック) インポートゴジラ キング・オブ・モンスターズ』  [か行]
監督・原案・脚本/マイケル・ドハティ
原案・脚本・制作総指揮/ザック・シールズ  原案/マックス・ボレンスタイン
出演/カイル・チャンドラー ヴェラ・ファーミガ ミリー・ボビー・ブラウン 渡辺謙 チャン・ツィイー ブラッドリー・ウィットフォード サリー・ホーキンス チャールズ・ダンス トーマス・ミドルディッチ
日本公開/2019年5月31日
ジャンル/[アクション] [アドベンチャー] [SF]
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【theme : ゴジラシリーズ
【genre : 映画

tag : マイケル・ドハティ カイル・チャンドラー ヴェラ・ファーミガ ミリー・ボビー・ブラウン 渡辺謙 チャン・ツィイー ブラッドリー・ウィットフォード サリー・ホーキンス チャールズ・ダンス トーマス・ミドルディッチ

『クレイジー・リッチ!』 金持ちの不条理

クレイジー・リッチ! [Blu-ray] 出演者をアジア系の役者ばかりで固めた現代作品としては『ジョイ・ラック・クラブ』以来25年ぶりといわれ、しかも徐々に公開館数が拡大した『ジョイ・ラック・クラブ』と違い、米国で封切られるや三週連続で週末興行収入ランキング第一位を記録して話題になった『クレイジー・リッチ!』。

 日本が経済大国と呼ばれ、米国の反発を抑えるために米国に工場を建設して米国の労働者を雇用しはじめた1980年代とは隔世の感がある。当時のハリウッド映画では、事件の陰で糸を引いているのが日系企業だったり、米国に進出してきた日系企業の文化に付き合うために白人が苦労したりと、とかく迷惑な存在として描かれたものだった。

 出演者をアジア系の役者ばかりで固めることができたのは、原作者ケヴィン・クワンによるところが大きい。アジア系の役を白人の人気俳優に置き換えられることを避けたかったケヴィン・クワンは、高額なギャラを蹴ってまで、自分が映画の構想とキャスティングに全面的に携わることにこだわったという。[*]


 『クレイジー・リッチ!』のヒットの背景には、米国における非白人の増加や地位の向上、西洋的な基準でも美しく見える美男美女のアジア系俳優の登場等、いろいろあることだろう。加えて、主人公の顔立ちと名前は中国系でも頭と心はアメリカ人であることを強調し、祖先のルーツがどこにあろうとアメリカ人はアメリカ人だと主張する本作は、米国の観客にとって心地好い作品だったに違いない。
 それはともかく、見逃せない重大な要素は本作が経済格差を扱ったことだ。
 米国内の格差を扱ったら深刻すぎて洒落にならないところだろうが、舞台をアジアに広げたことで本作にはほんのりと非現実感が漂い、米国の観客が客観的に楽しめる作品になったのではないかと思う。

 本作が上手いのは、"貧しい"ヒロインがニューヨーク大学最年少の教授であること。貧困層ではないどころか、努力して今の立場を勝ち取った彼女は、どちらかといえば成功者の部類である。その彼女の言動には、成功者や富裕層の観客も共感しやすいはずだ。
 ところがそんな彼女でも、資産家一族に生まれたスーパーリッチな人々に囲まれたら、無粋な貧乏人としか見られない。彼女の大事な仕事だって、スーパーリッチにとっては貧乏人の取るに足りない慰み程度のものでしかない。

 もしかしたら観客の中には、自分が今の地位や富を手に入れることができたのは自分の努力の結果だとか、貧しい人は努力が足りないんだと思っている人がいるかもしれない。そんな人はニューヨーク大の教授でさえ玉の輿を狙う貧乏娘扱いされる本作を観て、本人の努力以前に貧富が決する世の不条理に改めて気がつくと良いだろう。

 仕事のできる女性が資産家一族の男性の実家を訪れて、あまりの大富豪ぶりに目を白黒させる映画といえば、本作と同じくピーター・チアレッリが脚本を手掛けた『あなたは私の婿になる』(2009年)がある。チアレッリが本作に起用されたのはこの作品があったればこそだろうが(ピーター・チアレッリは本作のジョン・M・チュウ監督と『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』(2016年)でも組んでいるが、チュウ監督が本作に就任したのはチアレッリが脚本を仕上げた後なので、チアレッリの起用に監督との相性は関係ないだろう)、『あなたは私の婿になる』がどちらかというと、努力すれば成功すると思っていた主人公が「成功」とか「幸せ」の意味を考え直す話だったのに対し、本作はすでに財を築いた一族が考えを改める過程を描いている。

 加えて本作では、主人公に辛い思いをさせる資産家一族さえ、かつては非白人であるためにひどい差別を受けていた歴史も描かれて、単なる金持ちの嫌な奴らというステレオタイプにも陥らない。本作は金持ちの鼻をあかせて溜飲を下げる映画でもないのだ。


 近年は、王子様と結婚してハッピーエンドを迎えるシンデレラストーリーが否定される傾向にあり、特にかつてシンデレラストーリーを量産したディズニーが過去の"失態"を反省するかのごとくシンデレラストーリーを否定する作品を作りまくっている。
 だが、私はそんなに目くじらを立てなくてもいいんじゃないかと思っている。
 貧しいシンデレラはリッチな王子様と結婚したから幸せになったのではなく、恋した人と結ばれたから幸せなんだろうと思う。

[*] ハリウッド映画『クレイジー・リッチ!』、原作者の「男気」でアジア系女優が主演


クレイジー・リッチ! [Blu-ray]クレイジー・リッチ!』  [か行]
監督・制作/ジョン・M・チュウ
出演/コンスタンス・ウー ヘンリー・ゴールディング ミシェル・ヨー オークワフィナ ケン・チョン ソノヤ・ミズノ
日本公開/2018年9月28日
ジャンル/[ロマンス] [コメディ]
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