日本映画部門への投票 日本インターネット映画大賞 2017年度

映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険 [Blu-ray] 微力ながら、日本インターネット映画大賞への投票を通じて幾つかの作品を応援できればと思う。
 優れた作品、面白い作品はたくさんあるが、応援したい気持ちの強さは、必ずしも優秀さ面白さと一致するわけではない。だから、もっと優れた作品があるのに、と思われることは百も承知だ。それどころか、ヒット作やすでに高評価を得ている作品に比べると、そうでない作品にはより一層応援したいバイアスがかかることをご承知いただきたい。 応援するのが目的だから、点数を付けたり順番を付けたりは控えさせていただく。
 各作品についてはリンク先をご覧いただきたい。

 また、長年にわたり同賞の運営を続けてこられ、広く投票の機会を提供してくださっている日本インターネット映画大賞運営委員会に感謝を申し上げたい。

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[作品賞投票ルール(抄)]
■選出作品は3作品以上10作品まで
■選出作品は2016年1月~2017年12月公開作品
■1回の鑑賞料金(通常、3D作品、4DX作品、字幕、オムニバス等)で1作品
■持ち点合計は30点
■順位で決める場合は1位7点、2位5点、3位4点、4位3.5点、5位3点、6位2点、7位1.75点、8位1.5点、9位1.25点、10位1点を基礎点
■作品数で選ぶ場合は3作品各10点、4作品各7.5点、5作品各6点、6作品各5点、7作品各4.28点、8作品各3.75点、9作品各3.33点、10作品各3点
■自由に点数を付ける場合は1点単位(小数点は無効)とし1作品最大点数は10点まで可能
■各部門賞の1票は2ポイントとなります
■各部門賞に投票できるのは個人のみ
■ニューフェイスブレイク賞は男優か女優個人のみ
■音楽賞は作品名で投票
■ベスト外国映画作品賞は作品名で投票
■外国映画ベストインパクト賞は個人のみ
■私(ユーザー名)が選ぶ○×賞は日本映画外国映画は問いません
■日本映画の作品賞3作品以上の投票を有効票
■以上のルールを満たさない場合は賞の一部を無効
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日本映画

【作品賞】 作品数にて投票
 「映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険
 「勝手にふるえてろ」
 「この世界の片隅に
【コメント】
 『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』は、いま必要とされる物語だと思う。
 『勝手にふるえてろ』が公開されたおかげで、2017年は素晴らしい年になった。
 『この世界の片隅に』は昨年度も投票したが、あまりにも素晴らしい映画なので今回も投票する。投票対象は2016年1月~2017年12月の劇場公開作品だし、『この世界の片隅に』は2016年11月の封切り以降、2018年1月に至るもロングランを続けているので、2017年度の作品賞の対象として問題あるまい。

【監督賞】
  [高橋敦史] 『映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険
【コメント】
 脚本、絵コンテ、監督、演出を兼務して大活躍だった高橋敦史氏に。

美しい星 通常版 [DVD]【主演男優賞】
  [リリー・フランキー] 『美しい星』
【コメント】
 リリー・フランキーさんの決めポーズをはやらせたい。

【主演女優賞】
  [蒼井優] 『彼女がその名を知らない鳥たち
【コメント】
 蒼井優さん演じる十和子は本当に嫌な女だった。

【助演男優賞】
  [松崎悠希] 『BRAVE STORM ブレイブストーム』
【コメント】
 『シルバー仮面』と『スーパーロボット レッドバロン』を合体させて一つの映画にするという、特撮ファン驚き・感涙の作品にあって、シルバーと互角以上に戦うサイボーグを演じた松崎悠希さんの印象が強烈だった。

【助演女優賞】
  [恒松祐里] 『散歩する侵略者』『サクラダリセット 前篇・後篇』
【コメント】
 両作において常軌を逸した能力者を演じ、観客を震え上がらせた。『くちびるに歌を』の可憐な少女から大変化である。

【ニューフェイスブレイク賞】
  [兼松若人] 『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』
【コメント】
 すでにキャリアがある方なので、ニューフェイスと呼ぶのは適切ではないかもしれないが、私はこの映画ではじめて認識した。日本人役のキャストの中で、中国人料理人を演じた兼松若人さんの異物感が印象深い。

【音楽賞】
 「勝手にふるえてろ」
【コメント】
 音楽担当は高野正樹氏。「絶対に高野さんで」という大九監督からの指名だったとか。悲劇?喜劇?シリアス?ミュージカル?と得体のしれないこの映画ならではの音楽だった。主人公の歌を作曲した、その曲のファイル名が「アンモナイト」[*]というのがいかしている。
 [*] 『映画テレビ技術』 №785 大九明子監督インタビューより

【ベスト外国映画作品賞】
 「KUBO/クボ 二本の弦の秘密
【コメント】
 多くの人に、是非ともこの魅力を知って欲しい。

【外国映画 ベストインパクト賞】
  [クリストファー・ノーラン監督] 『ダンケルク
【コメント】
 外国映画で強烈なインパクトを残したのは『ダンケルク』。2017年最大の収穫といえよう。

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【映画パンフレット】勝手にふるえてろ 監督 大九明子 キャスト 松岡茉優 渡辺大知 石橋杏奈 北村匠海【私が選ぶ最優秀編集賞】
   [米田博之] (『勝手にふるえてろ』)
【コメント】
 『勝手にふるえてろ』の鑑賞中、大九明子監督が脚本も編集も手掛けているのだろうと思っていて、後になって編集は米田博之氏と知った。監督とこうも息が合うとはお見事。

【私が選ぶニューフェイスブレイク賞】
   [ジョナサン・ペレラ] (『女神の見えざる手』)
【コメント】
 こんなに面白い映画なら、同じ脚本家の過去の作品も面白いだろうと調べてみたら、なんとこれがジョナサン・ペレラ初の脚本であった。別の記事でも取り上げたが、改めて新人脚本家を顕彰したい。

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 この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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 以上をこちらに投票した。

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【theme : 年別ベスト映画
【genre : 映画

外国映画部門への投票 日本インターネット映画大賞 2017年度…もしも投票したなら

PK ピーケイ [Blu-ray] ここ数年、日本インターネット映画大賞への投票を通じて幾つかの作品を応援してきた。
 ところが、たいへん残念なことに、日本インターネット映画大賞の運営体制を考慮すると日本映画部門と外国映画部門の二部門開催は困難との判断から、2017年度は日本映画部門を中心に統廃合されるとのことである。
 そのため、今回は外国映画部門への投票ができないが、もしも投票したなら……と想定して、作品を挙げてみた。

 優れた作品、面白い作品はたくさんあるが、応援したい気持ちの強さは、必ずしも優秀さ面白さと一致するわけではない。だから、もっと優れた作品があるのに、と思われることは百も承知だ。それどころか、ヒット作やすでに高評価を得ている作品に比べると、そうでない作品にはより一層応援したいバイアスがかかることをご承知いただきたい。 応援するのが目的だから、点数を付けたり順番を付けたりは控えさせていただいた。
 各作品についてはリンク先をご覧いただきたい。

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[作品賞投票ルール(抄)]
■選出作品は3作品以上10作品まで
■選出作品は2016年1月~2017年12月公開作品
■1回の鑑賞料金(通常、3D作品、4DX作品、字幕、オムニバス等)で1作品
■持ち点合計は30点
■順位で決める場合は1位7点、2位5点、3位4点、4位3.5点、5位3点、6位2点、7位1.75点、8位1.5点、9位1.25点、10位1点を基礎点
■作品数で選ぶ場合は3作品各10点、4作品各7.5点、5作品各6点、6作品各5点、7作品各4.28点、8作品各3.75点、9作品各3.33点、10作品各3点
■自由に点数を付ける場合は1点単位(小数点は無効)とし1作品最大点数は10点まで可能
■各部門賞の1票は2ポイントとなります
■各部門賞に投票できるのは個人のみ
■ニューフェイスブレイク賞は男優か女優個人のみ
■音楽賞は作品名で投票
■私(ユーザー名)が選ぶ○×賞は日本映画外国映画は問いません
■作品賞3作品以上の投票を有効票
■以上のルールを満たさない場合は賞の一部を無効
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外国映画

【作品賞】 作品数にて投票
 「KUBO/クボ 二本の弦の秘密
 「新感染 ファイナル・エクスプレス
 「マグニフィセント・セブン
 「メッセージ
 「人魚姫
 「pk」
【コメント】
 『お嬢さん』『哭声/コクソン』『オペレーション・クロマイト』と、2017年は韓国映画の面白さに圧倒された。特に『新感染 ファイナル・エクスプレス』は、ゾンビ映画の新しい地平を見せてくれたと思う。
 サスペンス仕立て、ミステリー仕立ての作品で観客を魅了するアスガー・ファルハディ監督(『セールスマン』)、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督(『ブレードランナー 2049』『メッセージ』)の新作を観られたことでも嬉しい年だった。とりわけ、世界の認識の仕方の転換を迫る『メッセージ』は圧巻だった。
 その他、予想を上回って極上のエンターテイメントだった『ザ・コンサルタント』『ナイスガイズ!』、実話に基づく映画作りの意義を考えさせられたピーター・バーグ監督の『バーニング・オーシャン』『パトリオット・デイ』、レゴ映画の連発(『レゴバットマン ザ・ムービー』『レゴ ニンジャゴー ザ・ムービー』)等、当サイトでは充分に取り上げられなかったが、面白い作品、興味深い作品がたくさんあった。
 なお、『pk』の日本公開は2016年だが、私が劇場で観たのは2017年なので、作品賞の対象に含めた。この映画のことを考えるだけで幸せな気持ちになる。

お嬢さん スペシャル・エクステンデッド版&劇場公開版 2枚組 [Blu-ray]【監督賞】
  [パク・チャヌク] 『お嬢さん』
【コメント】
 役者の演技の引き出し方。異様な世界の構築力。どこをとってもパク・チャヌク監督は尋常ではない。

【主演男優賞】
  [デイヴ・ジョーンズ] 『わたしは、ダニエル・ブレイク
【コメント】
 ダニエル・ブレイクが実在の人物としか思えない。

【主演女優賞】
  [ジェシカ・チャステイン] 『女神の見えざる手』
【コメント】
 いま美しい女性を演じるとはこういうことだ、というお手本。

【助演男優賞】
  [笈田(おいだ)ヨシ] 『沈黙‐サイレンス‐
【コメント】
 信仰心の揺らぎを描いた映画にあって、揺らぐことのないイチゾウ(じいさま)の存在が、揺らぐ人物たちを浮かび上がらせていた。笈田ヨシさん演じるイチゾウの存在感に敬意を表して。

【助演女優賞】
  [李千娜(リー・チエンナ)] 『52Hzのラヴソング』
【コメント】
 同性婚カップルの花嫁役で目にしたが、これからもっと注目していきたいと思う。

【ニューフェイスブレイク賞】
  [キム・テリ] 『お嬢さん』
【コメント】
 新人とは思えない堂々たる演技に恐れ入った。

【音楽賞】
 「マンチェスター・バイ・ザ・シー
【コメント】
 素晴らしい映画には素晴らしい劇伴がある。

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Miss Sloane/ [Blu-ray] [Import]【私が選ぶニューフェイスブレイク賞】
  [ジョナサン・ペレラ] (『女神の見えざる手』)
【コメント】
 こんなに面白い映画なら、同じ脚本家の過去の作品も面白いだろうと調べてみたら、なんとこれがジョナサン・ペレラ初の脚本であった。ニューフェイスブレイク賞はキャストのみが対象なので、新人脚本家をここで顕彰したい。


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【genre : 映画

『キングスマン:ゴールデン・サークル』 アメリカなんて大嫌い!?

【米国版・日本語対応】キングスマン: ゴールデン・サークル (4K Ultra HD) 【ネタバレ注意】

 『キック・アス』、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』、『キングスマン』と傑作を連発してきたマシュー・ヴォーン監督だが、続編のメガホンをみずから取るのははじめてのことだ。
 しかし、さすがはヴォーン監督。傑作の続編『キングスマン:ゴールデン・サークル』は、またも傑作だった。


■「ゴールデン・サークル」とは?

 気になったのは副題の「ゴールデン・サークル」だ。原題は『Kingsman: The Golden Circle』で、邦題はそのままカタカナ表記にしただけだ。

 前作は原題が『Kingsman: The Secret Service』で、キングスマンの説明である「シークレットサービス」が副題になっていた。
 本作の副題「ゴールデン・サークル(黄金の環)」は敵の組織名なのだが、副題にするにはインパクトが弱い。『007/スペクター』のように半世紀以上も敵として知られた組織の名前なら、副題につくと「おぉ、とうとうスペクターと正面切って対決か」と興味もそそられるが、本作で初登場の組織名を副題にしても宣伝効果はたかが知れている。しかも、劇中の「黄金の環」は、敵組織の手下がメンバーの印として金の環の刺青をしているだけで、さして重要なアイテムではない。

 金に執着する怪人物ゴールドフィンガーが登場する『007/ゴールドフィンガー』や、万年筆やらライター等のお洒落アイテムを組み合せると黄金銃(golden gun)になる『007/黄金銃を持つ男』や、秘密兵器ゴールデンアイを巡って戦う『007/ゴールデンアイ』にあやかって、「ゴールデン…」という副題にしたかったのだろうが、007シリーズの諸作に比べるとインパクトの弱さは否めない……。
 そう思っていたら、もともと予定されていた副題は「ゴールデン・トライアングル」だと知って納得した。

 ゴールデン・トライアングル、すなわち「黄金の三角地帯」は、世界最大の麻薬密造地帯として知られてきた。タイ、ミャンマー、ラオスの国境が接する三角形の地域で、麻薬の原料となるケシが大規模に栽培されている。サイボーグ009たちが麻薬を生産するネオ・ブラックゴーストと戦う『サイボーグ009 黄金の三角地帯編』でご存知の方も多いだろう。
 なるほど、「黄金の三角地帯」なら知名度は高いし、ポピー・アダムス率いる麻薬密売組織との戦いを描く本作を的確に表現しており、まさに副題にピッタリだ(ちなみに「ポピー・アダムス」という名前は、麻薬の原料となるケシ(ポピー)の仄めかしと、ボンドガール最多出演のモード・アダムスへの敬意を表したものだろう)。

 だのになぜトライアングル(三角)がサークル(円)になってしまったかというと、一般公開に先駆けて三回ほど試写会を開いたところ、集まった観客の誰も「黄金の三角地帯」を知らなかったからだという。
 ギャフン。

 「黄金の三角地帯」の麻薬取引には、CIAの関与が取り沙汰されたこともあるというのに、米国人は呑気なものだ。
 まぁ、それはそれで良かったのかもしれない。悪名高き「黄金の三角地帯」だが、現在ケシ栽培は減少し、合法的なコーヒー栽培観光業が盛んになっている。いまさら麻薬密造地帯として知名度を上げることはないかもしれない。

 それに本作は、ポピー・アダムスのアジト「ポピーランド」の場所をカンボジアと設定している。しかし、カンボジアは、タイ、ミャンマー、ラオスからなる「黄金の三角地帯」から外れているので、ゴールデン・トライアングル扱いするのは筋違いであろう(ポピーランドのセットがカンボジアの有名なタ・プローム寺院に似ていたこともあり、カンボジア政府は同国および同国の有名な寺院を「犯罪の温床」と描写した場面が「容認できない」として、本作の国内上映を禁止した)。


映画ポスター キングスマン 2 ゴールデンサークル US版 hi12 [並行輸入品]■異質な世界のぶつかり合い

 さて、前作『キングスマン』は、英国人が寄ってたかって米国人をとっちめる話だった。傲慢な米国人の悪党だけでなく、教会に集まっていた米国の民衆まで皆殺しにして、英国人――スウェーデンの王女も関わっているからヨーロッパ人というべきか――だけが勝利を味わう映画だった。イギリス人のマシュー・ヴォーンが制作・監督・脚本を兼ねて、ブリティッシュ・ユーモアを全開にしていたわけだが(『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』では、マシュー・ヴォーンは監督・脚本だけを担当したせいか大人しい)、『キングスマン:ゴールデン・サークル』は前作以上に米国人をおちょくり、けちょんけちょんにしていて面白い。

 まず、オープニングで米国人の心の歌「故郷に帰りたい(カントリー・ロード)」が流れてニヤリ。2017年は『エイリアン:コヴェナント』『ローガン・ラッキー』そして本作と、同曲を取り上げた映画が続いたけれど、他の二本の米国映画が故郷に帰りたい気持ちを素直に歌い、特に『ローガン・ラッキー』では感動的に使われたのに対して、ブラック・ユーモアの権化マシュー・ヴォーンがそんな使い方をするはずがない。
 案の定、本作には、カンボジアの奥地に1950年代の米国の街並みを再現して故郷を懐かしむ、狂った米国人犯罪者ポピー・アダムスが登場する。そして、ポピーランドに乗り込んだ英国人のマーリンが、ポピーの手下どもに向けて大声で歌いまくるのがこの曲だ。マーリンの心情としては「こんなところまで来て何してやがるんだ、米国の田舎者。とっとと故郷へ帰りやがれ、バカヤロー」くらいの思いであろう。米国ウェストバージニア州の州歌となるほど親しまれているこの曲を、米国人犯罪者への挑発として歌うとは、嫌がらせにもほどがある。

 ポピーが行う処刑の方法もひどい。ポピーは気に入らない人間をミンチにして、ハンバーガーを作るのだ。よりによって、米国を代表する料理ハンバーガーにするところがミソである。これを見たら、もうハンバーガーを食べたくない……。

 犯罪を取り締まるべき米国大統領も、独りよがりのひどい人間として描かれる。おそらく劇中で最低の人物だが、独特の話し方や長すぎる赤いネクタイや高価なカフリンクス等の特徴が、第45代米国大統領ドナルド・トランプ共通するといわれる。

 そして、劇中の事件を報じるテレビ局がよりによってFOXニュース。FOXニュースは、トランプを支持し、トランプに支持される右派メディアとして知られる。ドナルド・トランプの支持者が普段見ているメディアこそがFOXだ。トランプを支持する観客は、反トランプ色の強いCNNの画面がスクリーンに映ったら引いてしまうかもしれないが、FOXニュースであれば普段から見慣れているから違和感なく受け入れるだろう。本作はそうやって右派の観客に歩み寄っておきながら、トランプによく似た大統領の傲慢さと残酷さを見せつける。
 もとより、本作を配給する20世紀フォックスもFOXニュースも、同じ21世紀フォックス傘下のグループ会社だから、FOXニュースを取り上げてそのニュースキャスターを本人役で起用するのはおかしなことではない。しかし、皮肉屋のヴォーン監督が、視聴するニュース番組にも党派性が現れる米国に向けてFOXニュースばかりを取り上げる意味を、勘繰らずにはいられない。
 しかも、暴走する大統領を諌めて、リベラルな(CNN的な)発言をする首席補佐官の名前がフォックスなのだ。もうFOXニュースを運営する21世紀フォックスのグループ全体への皮肉としか思えない。


 英国のキングスマンに相当する米国の諜報機関ステイツマンの扱いもひどい。ケンタッキー州を拠点とするステイツマンのメンバーは、どいつもこいつもテンガロンハットを被ったステレオタイプのカウボーイ野郎。しかも必殺技が投げ縄ときた。米国東部のエスタブリッシュメントや西海岸のIT業界や映画界の人間は無視して、南部や中西部の白人を戯画化したような設定だ。南部・中西部の白人は、まさに共和党の支持層ドナルド・トランプの支持層と重なっており、本作は彼らをキングスマンに匹敵するヒーローとして持ち上げて、劇中に引っ張り出したのだ。前作で皆殺しにされたのは、他ならぬこれらの人々なのに。

映画 キングスマン : ゴールデン サークル ポスター 42x30cm Kingsman: The Golden Circle コリン・ファース 公式サイトに掲載されたマシュー・ヴォーン監督の言葉は、とても知的でかっこいい。
 「アメリカとイギリスは同じ言語を使うが、文化的には大きく違っている。この特別な関係を扱ってみたかった。前作で人々が気に入ったのは、ハリーとエグジーの異質な世界がぶつかり合う部分だった。アメリカ文化とイギリス文化の衝突で、その点を継続したいと思った。(略)私は子供の時にはカウボーイ映画が大好きだった。カウボーイはものすごくクールなキャラクターだと思い、アメリカらしいもので楽しみたいと思った。」

 かく云うヴォーン監督が描いたステイツマンは、男性ばかりが表舞台で活躍し、黒人女性が裏方に押し込められている組織だ。人気俳優チャニング・テイタムが登場するからどれだけ活躍するかと思えば、下手を打ってただ寝てるだけ。凄腕エージェントのジャック・ダニエルズことウィスキーは、とんでもない悪党だ。
 結局、こんな米国人たちには頼らずに、またしても英国人ばかりが活躍して米国人犯罪者をやっつける。ついでに米国大統領も投獄される。ハリーなんて、米国風にテンガロンハットを被っているときは調子が悪いが、英国風のスーツ姿になると絶好調。
 出来上がった映画は、またも米国人をけちょんけちょんにこき下ろすものだった。

 かくの如き映画で、雪山で危機に陥ったウィスキーが、米国人の誇りともいえる星条旗のパラシュートをなぜか背負っていたなんて、米国をおちょくるにもほどがあろう。もちろんこれは『007/私を愛したスパイ』のオープニング、雪山で危機に陥ったジェームズ・ボンドが、なぜかユニオンジャックのパラシュートを背負っていたシーンのパロディだ。


 このユーモアを米国の観客に感じ取ってもらいたいものだが、残念ながら米国での興行成績は前作の128百万ドルから100百万ドルへ下がってしまった(いずれも2018年1月8日現在)。残念なことだ。代わりといってはなんだが、英国での成績が24百万ドルから33百万ドルに増加したのは面白い。
 中国での成績も74百万ドル(香港を合せると79百万ドル)から116百万ドル(同121百万ドル)に増加し、米国の成績を上回った。おちょくる側ではなく、おちょくられる側でもなく、他人事であるほうが気楽に笑えるのかもしれない。


【映画パンフレット】 キングスマン ゴールデン・サークル■007への愛と超越

 前作の記事で、私は『キングスマン』の面白さを語るのに『007は二度死ぬ』を引き合いに出した。
 前作に負けず劣らず007シリーズへのオマージュやパロディに溢れた本作だが、今回なんといっても目立つのは、これまた私の好きな映画『女王陛下の007(On Her Majesty's Secret Service)』との類似だ。

 『007は二度死ぬ』を最後にショーン・コネリーが(この時点では)降板した後に作られた『女王陛下の007』(1969年)は、過去の007シリーズとは違うカラーを出そうとした、アンチテーゼのような映画だった。プレイボーイで、いつも違う女性をはべらせているジェームズ・ボンドが、一人の女性を真剣に愛して結婚する。それまで海を舞台にすることが多かった同シリーズが、『女王陛下の007』ではアルプスの雪山での戦いを中心とする。重要な女性キャラクターが死亡する等。
 これらの特徴は『キングスマン:ゴールデン・サークル』にも見受けられる。

 『キングスマン』シリーズはマシュー・ヴォーン監督の007愛から生まれたわけだが、愛すればこそ自分でも同じことをやり、心の中で「知ってる奴、本物を思い出して感動してくれ!」と叫びたくなることもあれば、愛すればこそ違う要素を加えたくなることもあるだろう。完璧な作品というものはそうそうないから、何度も見返すほど好きであれば、「自分ならこうするのに」という"修正点"も見えてきてしまうものだ。

 たとえば、E・R・バローズの小説をこよなく愛するフィリップ・ホセ・ファーマーは、その模倣作、階層宇宙シリーズで、バローズ作品の至らない点を改善している。E・R・バローズの作品ではヒーロー、ヒロインが狭い部屋に何日も閉じ込められることがよくあるのだが、ファーマーは同じような状況下で排泄物をどう処理するのか等をきちんと書いた。バローズ作品を一読しただけでは気にならないような細かいことまで敢えて書くその姿勢に、バローズ作品への愛情の深さがうかがえる。『宇宙戦艦ヤマト2199』も、作り手が『宇宙戦艦ヤマト』を愛すればこその作品だろう。

 結果として『女王陛下の007』に似たのは、007シリーズ全般へのアンチテーゼとしての意味と、先行するアンチテーゼ作品である『女王陛下の007』へ敬意を払ったからだろう。『女王陛下の007』はなかなか人気があるようで、クリストファー・ノーラン監督も自作『インセプション』で『女王陛下の007』にならって雪山のアクションシーンを撮っている。

 それにしても、本作の主人公エグジーが、てっきり行きずりの関係だと思われた前作の王女と真剣な交際を続けていたのは驚きだし、美女クララと寝る任務を与えられて拒絶するのも、007らしくなくていい。というか、多くのアクションヒーローらしくない(エグジーを演じたタロン・エガートンは実際にクララと寝る場面の演技を拒絶したため、彼女の股間に延びる手はクララ役のポッピー・デルヴィーニュの夫のものだ)。
 前作で国際的な秘密組織のエージェントに、そして紳士になったエグジーが、相変わらず下層階級の友人たちを大切にしているのも嬉しい。主人公の故郷や古くからの友人を描き続けるのも、007をはじめとするスパイアクション映画に見られないものだし、同時に、紳士であることと生まれとは関係ないという前作のテーマを受け継ぐものでもある。
 こうして本作は、007シリーズと同様のスパイアクションでありながら、007シリーズとは一線を画す魅力を放つ。


ポスター/スチール写真 アクリルフォトスタンド入り A4 パターン36 キングスマン ゴールデン・サークル ジュリアン・ムーア しかも、『キングスマン:ゴールデン・サークル』は、007シリーズがいまだ成し得ないことも実現した。

 1962年公開の第一作から2015年の第24作『007/スペクター』に至るまで、007シリーズでは女性がラスボスになったことがない[*]。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』ではラスボスに近い位置に女性がいたが、ともあれ女性の殺し屋や幹部はいても、女性が悪の組織の最高権力を握ることはなかった。善玉に関しては、1995年の『007/ゴールデンアイ』から007の上司をジュディ・デンチが演じるようになったけれど、これはMI5初の女性長官ステラ・リミントンが情報公開を推進し、情報機関の長官が女性であることが知れ渡ったためだ(007が所属するMI6の長官には、実際にはまだ女性が就任したことはない。なお、劇中で007の上司は「M」と呼ばれるが、現実のMI6長官は「C」と呼ばれる)。

 本家007シリーズが女性を悪の親玉にできないのであれば、自分がやってやろうと思うのがクリエイターたるものだろう。
 1960年代風のアクションコメディ『ミニオンズ』(2015年)には、悪党の中の悪党としてサンドラ・ブロック演じるスカーレット・オーバーキルが登場した。そして本作のラスボスを務めるのが、麻薬王、おっと麻薬女王のポピー・アダムスだ。

 もっとも、たとえラスボスといえども、女性を殺して物語を締めくくるのは気が引けるのか、本作の最後にはボスでもない男性との対決が待っている。

 日本では、『宇宙からのメッセージ』(1978年)のように皇帝ロクセイア12世を操る真のラスボスが太公母ダークで、善玉の中心がエメラリーダ姫だったり、『里見八犬伝』(1983年)のようにラスボスが妖婦玉梓で、善玉の中心が静姫だったり、『』(1985年)のようにラスボスが楓の方だったり、『隠し砦の三悪人』(1958年)のように善玉の中心が雪姫だったりと、善悪問わず女性が最高位にあり、女性のラスボスを倒して物語を終えるのは珍しくない。米国でも、『眠れる森の美女』(1959年)のマレフィセントや『リトル・マーメイド』(1989年)のアースラのように、女性のラスボスの例がある。
 暴力的な描写を特徴とするマシュー・ヴォーン監督でさえ、女性を倒して締めくくるのを避けるとは、紳士の国イギリスならではの配慮だろうか。

 いずれにしろ、『キングスマン:ゴールデン・サークル』が、前作に続いて007シリーズへの愛とアンチテーゼをたっぷり盛り込んで楽しませてくれることは間違いない。

               

 だが、それだけでは済まさないのがマシュー・ヴォーン監督だ。監督は、ラストの結婚式のシーンによって、「ゴールデン・サークル(黄金の環)」が結婚指輪の意味でもあることを示す。ポピー・アダムスが手下の体に黄金の環を刻み込んだのも、彼女へ忠誠の証として身につけさせたかったのだろう。
 結婚式は順調に進み、指輪の交換になるのだが、これが他の映画と全然違う。指輪の交換と云いつつ、映画やテレビドラマの多くが、花婿が花嫁に指輪をはめるところしか映さないのに対して、本作は花嫁である王女が花婿であるエージェントに指輪をはめるところしか映さない。

 007シリーズだったら、女性に指輪をはめてもらうジェームズ・ボンドなんて想像できない。ところが本作は、あっさりと女性のほうを能動的な存在として描き切った。いともたやすく007の先へ行ってしまったのだ。

 『On Her Majesty's Secret Service(女王陛下の諜報部員)』というのであれば、やっぱりそれくらいやってみせなきゃ。


映画 キングスマン : ゴールデン サークル ポスター 42x30cm Kingsman: The Golden Circle マーク・ストロング■はじまりの終わり

 本作は、キングスマン創設者による次の言葉を紹介して終わる。

  「This is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning.」
  (これは終わりではない。終わりのはじまりですらない。しかしあるいは、はじまりの終わりかもしれない。)

 これは、1942年11月10日に、英首相ウィンストン・チャーチルが述べた言葉だ。第二次エル・アラメイン会戦で遂に英軍がドイツ軍を撃破したことを受けて、ここから英国の勝利に転じるであろうことを謳ったものだ。
 映画の最後のこの言葉には、二つの意味が込められているだろう。
 一つは、キングスマン創設メンバーの一人がウィンストン・チャーチルであること。もう一つは、『キングスマン』シリーズはこれで終わりではなく、まだシリーズ化の足固めを終えたばかりだということだ。


 なお、先に試写会での観客の反応について述べたが、もう一つ、試写の反応を受けて変わってしまったことがある。
 試写バージョンでは、最後の戦いが終わったところにマーリンが這ってきて、助けてもらうシーンがあったのだ。そしてマーリンは、義足をつけて結婚式に列席する。
 ところが、試写を観た観客の「騙された」「感動が台無しだ」という反応に、ヴォーン監督はマーリンが生きていることをうかがわせるシーンをすべてカットしてしまった。

 たしかに、死んだと思われていた人物が実は生きていたというネタを一本の映画の中で二度もやるのは興醒めかもしれない。だが、このカットのおかげで、マーリンは死んだままになってしまった。映画の冒頭でチャーリーが義手をつけて出てきたのは、後々マーリンが義足になっても唐突に感じさせないための伏線でもあったろうに。

 現在構想中と伝えられるシリーズ第三作や、ステイツマンのスピンオフ映画では、是非ともマーリンを登場させて欲しいものだ。


[*] 007シリーズ全24作のうち、次の6作品はエルンスト・スタヴロ・ブロフェルドがラスボス(黒幕)である。
 『007/危機一発』(後に『007/ロシアより愛をこめて』に改題)
 『007/サンダーボール作戦』
 『007は二度死ぬ』
 『女王陛下の007』
 『007/ダイヤモンドは永遠に』
 『007/スペクター』
 なお、イオン・プロが関わっていない『007/カジノ・ロワイヤル』(1967年)と『ネバーセイ・ネバーアゲイン』を加えて全26作としても、女性のラスボスがいないことには変わりない。


【米国版・日本語対応】キングスマン: ゴールデン・サークル (4K Ultra HD)キングスマン:ゴールデン・サークル』  [か行]
監督・制作・脚本/マシュー・ヴォーン  脚本/ジェーン・ゴールドマン
出演/コリン・ファース タロン・エガートン ジュリアン・ムーア マーク・ストロング ハル・ベリー ジェフ・ブリッジス ペドロ・パスカル チャニング・テイタム エドワード・ホルクロフト ソフィー・クックソン ポッピー・デルヴィーニュ エミリー・ワトソン マイケル・ガンボン ビヨーン・グラナート エルトン・ジョン
日本公開/2018年1月5日
ジャンル/[アクション] [アドベンチャー] [サスペンス]
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【genre : 映画

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『宇宙からのメッセージ』 面白さの秘密

宇宙からのメッセージ [DVD] 【ネタバレ注意】

 どうしてこんなに面白いんだろう!
 昔は好きだった作品なのに、今ではショボく感じてしまうことがしばしばある。だが、久しぶりに観た『宇宙からのメッセージ』は、はじめて観たときのままに――否、記憶していたものよりはるかに面白く、それどころか昔観たときは判らなかった良さを痛感して、これまで以上に感動した。日本映画界はこんなにも素晴らしい作品を生んでいたのだ。


■誰が誰のフォロワーなのか

 『宇宙からのメッセージ』は1978年4月29日に公開された。この年のゴールデンウィークの大作映画だ。前年に米国で大ブームを巻き起こした『スター・ウォーズ』(エピソード4『新たなる希望』)が同年夏に日本に上陸することになった。そこで「SF元年」と呼ばれたこの年の話題に便乗しようと、『スター・ウォーズ』に先行して公開されたのだ。
 このような経緯から、『宇宙からのメッセージ』は『スター・ウォーズ』の亜流、フォロワーだと思われている。マーク・クラーク著『STAR WARS FAQ』でも、『スター・ウォーズ』の影響を受けた作品の一つとして紹介されている。

 確かに、当時『スター・ウォーズ』に関する情報が米国から流入していたから、『宇宙からのメッセージ』を作るに当たって真似した点は少なくない。『スター・ウォーズ』で実物大のXウィングが作られたと聞けば、こちらも実物大のシロー号やアロン号、エメラリーダ号を作り、『スター・ウォーズ』でミレニアム・ファルコンのコックピットに現実の航空機のような機器を取り付けた聞けば(それまでのSF映画では、宇宙船の操縦席にあるのは現実離れしたつるつるピカピカの機器ばかりだった)、こちらも現実の機器を設置するといった調子である。
 そもそも『宇宙からのメッセージ』が企画されたのは『スター・ウォーズ』ブームあったればこそなのだから、亜流と位置づけられるのは致し方ないところだろう。

 けれども、スター・ウォーズ・シリーズの純然たるフォロワーとしてエピソード7『フォースの覚醒』がエピソード4『新たなる希望』を焼き直し、エピソード8『最後のジェダイ』がエピソード5『帝国の逆襲』を焼き直すのを目撃した後で改めて『宇宙からのメッセージ』を観ると、『スター・ウォーズ』との類似点より相違点が目に付くはずだ。
 とうぜんだ。『宇宙からのメッセージ』は、『スター・ウォーズ』を観て真似した作品ではないのだから。本作は『スター・ウォーズ』の日本公開に先んじて作られており、おそらくスタッフの多くは『スター・ウォーズ』を観ていない(当時『スター・ウォーズ』をすぐに観ようと思ったら、渡航費を工面して渡米しなければならなかった)。だから意外にも(!?)『スター・ウォーズ』にあまり似ていないのだ。
 それどころか、『スター・ウォーズ』に関する断片的な情報をヒントにしつつ、想像力を思い切り働かせて、『スター・ウォーズ』を凌駕しようと努めたものと思われる。

1/160 リアベ・スペシャル 宇宙からのメッセージ バンダイ だから面白いことに、本作は『スター・ウォーズ』と似て異なる作品として、『スター・ウォーズ』のフォロワーとは一線を画したポジションに収まっている。
 というのも、『スター・ウォーズ』のフォロワー作品が、少しでも本家『スター・ウォーズ』とは違うものを見せようとするとき、本作を手本にしていると思われるからだ。

 エピソード5『帝国の逆襲』に登場する戦闘機スノースピーダーは、本作の高速宇宙機アロン号(特に改造前)にそっくりだし、本作のクライマックス、狭いパイプを通り抜けて敵の動力炉を叩く流れは、エピソード6『ジェダイの復讐』(後に『ジェダイの帰還』に改題)に逆フィードバックをかけたのではないかと云われる。

 本作の惑星ジルーシア――惑星全体が要塞化され、本来の軌道を外れて雪に埋もれた極寒の星――が動力炉を破壊されて惑星ごと崩壊する様子は、そっくりそのままエピソード7『フォースの覚醒』のスターキラー基地――惑星全体が要塞化され、雪に埋もれた極寒の星――が内部のコアを破壊されて惑星ごと崩壊するシークエンスで再現されている。惑星ジルーシアが雪に覆われているのは、ガバナス帝国の移動要塞にされたからだが、スターキラー基地は恒星のそばに留まっていたのに雪に覆われている。惑星ジルーシアが元ネタと考えなければ説明がつかない(惑星全体を移動要塞と化すアイデアは、1940年代のレンズマンシリーズに遡れるが、移動惑星の表面は氷もしくは岩塊で覆われているのが一般的なイメージだろう。雪に覆われている要塞惑星を映像で見せたのは、『宇宙からのメッセージ』が嚆矢ではないか)。

 それに、エピソード8『最後のジェダイ』における洞窟内の宇宙船同士の追撃戦は、『宇宙からのメッセージ』序盤の宇宙暴走族と宇宙パトロールの追跡劇を彷彿とさせる。

 そういえば、ジルーシア人が悪党を討つために生まれ故郷の惑星を犠牲にして、自分たちは小さな宇宙船で脱出する展開は、2017年公開の『マイティ・ソー バトルロイヤル』でもやっていた。『宇宙からのメッセージ』の脱出民は、ガバナス帝国との長い戦いの末のわずかな生き残りだったから小さな宇宙船で収容できたのだが、『マイティ・ソー バトルロイヤル』ではそういった過程を端折って、全アスガルド人がいきなり宇宙船一隻に収まってしまった。『宇宙からのメッセージ』を知らない観客は、ビックリしたのではないか。


 『スター・ウォーズ』に関しては、もともとダース・ベイダーのデザインの元ネタが『変身忍者嵐』の血車魔神斎だとか、ストームトルーパーのデザインの元ネタは『イナズマンF』のマシンガンデスパーだと云われるほど、日本の特撮番組からの影響が見られる。
 それにしても、『宇宙からのメッセージ』の後続作品への影響の大きさは特筆すべきであろう。それもこれも、『宇宙からのメッセージ』が『スター・ウォーズ』に似てもいるけど異なってもいるという微妙な(後続作品のネタになりやすい)ポジションにある上に、できる限り『スター・ウォーズ』を凌駕しようと努めたことで『スター・ウォーズ』の発展形としての一つのビジョンを示したことにあるのではないか。
 たとえ、後続作品が『宇宙からのメッセージ』を直接参考にしたのではないとしても、これほどの類似があるということは、『宇宙からのメッセージ』が世界のSF映画を何年も何十年も先取りしていたことを示していよう。


スター・ウォーズ エピソードIV/新たなる希望 [Blu-ray]■評価を低めた二つの理由

 公開当時、『宇宙からのメッセージ』の評価は低かったようだ。
 その原因は、大きく二つあると思う。

 米国での『スター・ウォーズ』大ヒットのニュースは日本にも入ってきていたのに、日本公開は一年以上先になってしまった。そのため、日本では奇妙な現象が起きていた。
 氷川竜介氏は次のように解説している。
---
SWの日本公開は、1年遅れ78年まで延期されてしまった。当時雑誌媒体では著名人が渡米して見てきたコメントを載せ、事前情報を山のようにフカして回った。結果、SFファンたちの脳裏には膨らみまくったイメージによる華麗なるSW映像ができあがってしまった。ライトセイバーの光る玩具を始めとするグッズ先行販売も拍車をかけ、本物の映画が公開されると各自の中にできあがった「オレSW」よりはどこかしら劣る映像とのギャップに激しく悩んだ人も多かった。
---

 一年も待たされるあいだに人々の妄想は膨らみ続け、本物の『スター・ウォーズ』でも埋められないほど大きな期待が寄せられるようになっていたのだ。
 そんなところに、従来の日本特撮のショボさを引きずった『宇宙からのメッセージ』が『スター・ウォーズ』に先駆けて公開されたら、「これじゃない」と反発されるのは必至である。『宇宙からのメッセージ』には野心的な試みも多々あったと思うのだが、「膨らみまくったイメージによる華麗なるSW映像が脳裏にできあがってしまっていた」SFファンは、美点に目を向けることができなかったのだろう。


 もう一つの原因は、科学的知見のお粗末さ――というか、常識のなさだろう。これは『宇宙からのメッセージ』に限らず、従来の日本の特撮の特徴でもあったのだが、とにかく宇宙が宇宙に見えない。宇宙の色が黒ではなく紺色で、星はまばらに光っているだけ。都会から見上げた夜空そのままなのだ。
 『スター・ウォーズ』が凄かったのは、大気のない宇宙であれば(光の散乱がないから)青みがかることはなく、光が遮られずに数えきれないほどの星が見えるはずという、小学生でも知っているようなことをちゃんと映像にしたことだった。2010年代の今から見れば全然凄いことではなさそうだが、『スター・ウォーズ』が世の中を席巻するまで、日本のアニメも特撮番組も宇宙は青かったのだ。

 宇宙ボタルのシーンもひどかった。主人公たちは光り輝く宇宙ボタルを捕まえようと、肌の露出した服にマスクを付けただけで宇宙に出て行き、素手でホタルを掴むのだ。
 人類初の宇宙遊泳は1965年のこと、アポロ11号の月着陸は1969年のことだ。宇宙服に身を包まなければ、宇宙で人間が生きられないことは誰でも知っているはずなのに、本作ではなぜか酸素マスクらしきものを付けただけで楽しく宇宙を漂っている。
 しかも、宇宙ボタルの正体は放射性廃棄物だという。化学反応を起こして光っている大量の放射性物質を素手で触りまくったら、体調を崩してガバナス帝国と戦うどころではないはずだ。

 さらには、ガバナス人もジルーシア人も日本語を話し、地球人と平気で会話できる始末。
 『スター・ウォーズ』でも異星人たちが英語を喋ったりしていたが、この作品は冒頭に「A long time ago in a galaxy far, far away....(昔々、はるか彼方の銀河で…)」というテロップを置くことで、これから地球の常識が通じないお伽話をはじめますよと宣言しているから、観客は受け入れることができた。劇中に地球の言葉とは異なる言語を混ぜることで、多様な言語の問題があることは承知していますよと弁解もしていた(とはいえ、大きさを表すのにメートル法を使ったのはどうかと思うが)。
 『フラッシュ・ゴードン』(1980年)でも、冒頭で異星人が使うオモチャのような装置に「HURRICANE」とか「HOT HAIL」といった英語が書かれていて、ここから先にリアリティはありませんと高らかに宣言していたから、安心して笑いながら観ることができた。
 しかし、『宇宙からのメッセージ』にはそういう配慮もなく、子供が見ても「そりゃないよ」と思うことのオンパレードだった。


 だが、振り返ってみれば、この「常識のなさ」については『宇宙からのメッセージ』ばかりが責められるものではないはずだ。
 本作公開の二年後に発表された『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』でも、小惑星の洞窟内を宇宙服を着ずに歩き回るシーンがあった。せいぜい数キロメートル程度の大きさの小惑星に、大気を留めるだけの重力があるはずはないのに。『帝国の逆襲』公開時は、ハリウッドの大作映画に『宇宙からのメッセージ』と同程度の描写を見せられて驚いたものだが、なんと2014年の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』に至っても、主人公がマスクをしただけで宇宙に飛び出すシーンがあった。2017年の『エイリアン:コヴェナント』の宇宙船乗組員たちは軽装で未知の星に降り立ってしまうし、同年の『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』ではマスクすら付けずに宇宙を漂い、無事に戻ってくるシーンがある。

 とどのつまりは、『宇宙からのメッセージ』を制作した日本の映画人が非常識なのではなく、「いつの世も」「世界中の」映画人が非常識なのだ。こういう映画を観続けると、「そりゃないよ」と思ってもグッと堪える耐性が身につくものだ。
 もちろん、科学的――どころか常識として当たり前のことをちゃんと表現してくれる映画のほうが観ていて気持ちがいいし、どの映画もそうあって欲しいけれど。科学的に裏づけられた深い考察があれば、より一層気持ちがいい

 もしかしたら、これらの作品には、宇宙服を着なくても無事でいられる不思議な裏設定があったのかもしれない。だが、劇中でそれを示唆できなければ表現者として失格だし、いずれにしろ『宇宙からのメッセージ』だけが非難される筋合いではない。

 何の断りもなく異星人と日本語で会話できることも、当時としては仕方のないところだろう。
 なにしろ、異星人が英語を話したり読み書きできることが物語上のキーでありながら、なぜ異星人の言語がよりによって英語なのか疑問に思わない映画『猿の惑星』(1968年)が名作として高く評価されるくらいなのだ(『猿の惑星』の原作小説では、異星人はとうぜん地球にはない言語を話している)。それを思えば、『宇宙からのメッセージ』でジルーシア人の美女エメラリーダが、とっさに「あなた方は?」と日本語で呼びかけるくらい、どうってことない。


〈ANIMEX 1200シリーズ〉 (57) 交響組曲 宇宙からのメッセージ (限定盤)■映画の面白さ

 それでは、『スター・ウォーズ』フィーバーの渦中における「これじゃない」感や、科学的なデタラメさを脇に置き、虚心坦懐に『宇宙からのメッセージ』を観てみたらどうだろうか。

 いやこれが面白いのだ。いま見ても掛け値なしに面白い。
 結局映画の面白さとは、厳密な科学考証でも、驚異的なVFXでも、目をみはるセットでもないのだ。それらも大事なんだけど、なんといっても映画の面白さは軽快なテンポと話運びの切れの良さに尽きる。
 ヤクザ映画やアクション映画で鳴らし、時代劇『柳生一族の陰謀』を大ヒットさせていた深作欣二監督と、数々の映画で深作監督と組んできた脚本家の松田寛夫氏、編集マンの市田勇氏らの手になる本作は、娯楽映画のお手本といえよう。

 とにかく話に無駄がない。少しでも会話が続くと、何かが飛び込んできて平穏が破られる。寄り道かと思われたエピソードが次の展開の呼び水となり、話が速度を増して転がっていく。
 『仁義なき戦い』シリーズでお馴染みのナレーションも効果的だ。説明のための描写なんか素っ飛ばして、冒頭の惑星ジルーシアの状況や中盤の地球連邦の動き等を名ナレーター芥川隆行さんがきびきび語る。物語が矢継ぎ早に、スピーディーに進んでいくから、退屈する間がまったくない。

 吹き替えもそうだ。本作にはビック・モローはじめ外国人俳優が多数出演しており、日本での公開に当たってはセリフが声優によって吹き替えられている。ところが深作監督は、外国人俳優のみならず、日本人のサンダー杉山さんの声までわざわざ声優に吹き替えさせている。これは、滑舌の良さと勢いのあるセリフ回しを重視したためだろう。こうまでしてテンポの良さにこだわった演出は、見事というしかない。

 私は、スター・ウォーズ・シリーズの一作目『スター・ウォーズ』は傑作だと思うが、冒頭の20分は砂漠をてくてく歩いたり、農作業について話し合ったりしていてスピーディーとは云い難い。後の展開を素早く見せるための"溜め"なのだろうが、二作目以降でもただ歩くシーンや落ち着いた会話のシーンが見受けられる。云ってみれば、派手な展開の前の「待ち時間」だ。
 ところが、『宇宙からのメッセージ』にはそういう"溜め"がない。『仁義なき戦い』シリーズのあのノリで、圧倒的なスピード感で突っ走る。
 『宇宙からのメッセージ』の上映時間は105分。『仁義なき戦い』シリーズは97~102分、大傑作『県警対組織暴力』は100分だから、軽快な映画にはこれくらいの尺がいいのだろう。映画のスピード感とは、乗り物が高速で動くことではないのだ。ちなみに、スター・ウォーズ・シリーズは最短のオリジナル版『スター・ウォーズ』でも121分、特別篇で129分。以降はどんどん長くなる。


 『宇宙からのメッセージ』のベースになっているのは、曲亭馬琴の伝奇小説『南総里見八犬伝』だ。安房国(あわのくに)の里見家の下に、霊玉を持つ八人の犬士が集まって活躍する『八犬伝』は、本作の聖なるリアベの実を持つ八人の勇者の物語に置き換えられ、一人また一人と勇者が加わる旅とガバナス帝国の地球侵攻が並行して描かれる。

 何もないところから手探りでストーリーを紡ぐのではなく、(『スター・ウォーズ』が『隠し砦の三悪人』等を換骨奪胎したように)しっかりした先行作品をベースにしたのは堅実だが、『八犬伝』のパターンには特有の問題がある。勇者の登場と集結までの面白さに比べて、集結後のストーリーがパッとしなくなりがちなのだ。
 『七人の侍』のように、侍たちが結集する前半が面白い上に、身分違いの農民と侍の共闘という骨太のテーマに貫かれた後半も面白い傑作だってときには存在する。一方で、山田風太郎著『八犬傳』のように、八人の犬士が集まるまでは丁寧に描かれたのに、集まった後は駆け足で、もっぱら曲亭馬琴の執筆生活の描写に軸足が移ってしまう作品もある。本宮ひろ志著『男一匹ガキ大将』も、万吉一家28人衆が揃うまでがもっとも面白かったと思う。

 『宇宙からのメッセージ』が上手いのは、八人の勇者が集まるまでと、ガバナス帝国と戦ってジルーシア人を解放する部分を分けなかったことだ。ガバナス帝国の侵攻のスピードが早く、勇者が八人集まる前に主人公たちは最終決戦に臨まざるを得なくなる。こうして、残る勇者は誰なのか、いつ姿を現すのかという謎を残したまま、映画はクライマックスを迎える。
 この構成によって中弛みが排除され、いよいよスピード感が増している。


映画パンフレット 「宇宙からのメッセージ」■スペースオペラの面白さ

 『宇宙からのメッセージ』は東映京都撮影所で撮影され、製作には東映、東北新社とともに東映太秦映画村が名を連ねている。このことからも判るように、本作は時代劇の宇宙版だ。しかも、宇宙暴走族やらチンピラ連中が主人公格であるところから、ヤクザ映画の宇宙版でもある。これぞ日本ならではのスペースオペラのあり方だろう。

 「スペースオペラ」という呼び名は、舞台を宇宙にしただけで、その内実は安っぽいメロドラマの「ソープオペラ」や、安直な西部劇の「ホースオペラ」のようなものという意味で付けられた蔑称だが、安っぽい西部劇の宇宙版で上等だ。スペースオペラファンとしては、それで全然構わない。安っぽくても作品が量産されてこそ、傑作も生まれ得るというものだ。
 したがって、米国のスペースオペラが西部劇の宇宙版と目されてきたのなら、日本のスペースオペラは堂々と時代劇の宇宙版やヤクザ物の宇宙版を標榜すべきだ。

 それに、ジョージ・ルーカスは黒澤明監督の時代劇映画を下敷きにスター・ウォーズ六部作を撮り、ライアン・ジョンソン監督は『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』のストーリー作りの参考に五社英雄監督の『三匹の侍』をスタッフに観せたくらいだから、時代劇の本家本元たる日本の映画会社こそスペースオペラ作りに打ってつけといえよう。

 ただし、単に時代劇を宇宙に持って行っただけではスペースオペラにはならない。さすがに異星人が羽織袴を着るわけにはいかない。
 そこで『宇宙からのメッセージ』をよく見ると、ガバナス帝国関連の美術にはフィリップ・ドリュイエ風の意匠が凝らされていることに気づく。つまり、バンド・デシネ(フランスやベルギーのマンガ)に学んで異世界風味を出しているのだ。

Salammbô, L'intégrale (フランス語) AlbumSalammbô, L'intégrale (フランス語) Album フィリップ・ドリュイエはフランスのマンガ家で、異世界を描く独特のタッチで知られる巨匠である。日仏文化サミット'85だったと思うが、日本からマンガ家代表として手塚治虫氏が参加した際に、フランスのマンガ家を代表したのがフィリップ・ドリュイエだった。風忍氏はフィリップ・ドリュイエの影響を受けてマンガ『地上最強の男 竜』を描いたというし、テレビアニメ『ゴワッパー5 ゴーダム』(1976年)の地底魔人側の美術もフィリップ・ドリュイエ風だったように、日本のマンガ・映像関係への影響は決して小さくない。

 米国発の『スター・ウォーズ』に対抗するため、日本の時代劇の様式とヨーロッパのマンガ独特の美しさを融合させたのが、『宇宙からのメッセージ』だったのだ。これはもう、『スター・ウォーズ』の亜流どころの話ではない。


■宇宙からのメッセージ

 そのメッセージも感動的だ。

 『南総里見八犬伝』の八犬士が「仁、義、礼、智、忠、信、孝、悌」の八つの徳目(仁義八行)の霊玉を一つずつ持ち、それぞれ優れた人格者であるのに対し、リアベの勇者となるアロン、シロー、メイアは宇宙パトロールをきりきり舞いさせて喜ぶ宇宙暴走族だ。ジャックはどうしようもないチンピラで、アロン、シローと組んでエメラリーダを売り飛ばしてしまう。はみ出し者が改心してヒーローになる話はよくあるが、人身売買までする人間のクズは珍しい。
 そんな彼らにもリアベの実は現れてくれて、人間はどこまで堕ちてもやり直せることを教えてくれる。

 さらにガバナス帝国の皇位継承者でありながら皇位を簒奪され追放されていたハンス王子と、堕落しきった地球連邦軍に愛想を尽かしたゼネラル・ガルダにもリアベの実は現れる。ジルーシア人を助けるリアベの勇者に彼らが加わることで、本作は「ジルーシア人対ガバナス人」という民族対立でもなく、「地球連邦対ガバナス帝国」という国家間の戦争でもなく、圧制(ガバナス帝国)と腐敗(地球連邦)を嫌う者たちが自由のために立ち上がる物語になっていく。これは当時大ブームを起こしていた『宇宙戦艦ヤマト』の「地球人対ガミラス人」「地球対ガミラス帝国」という図式を打ち破るものであった。

 また、聖なるリアベの実が勇者の許に出現したり、リアベで編んだ輪でガバナス要塞の弱点を突き止めたりすることから判るように、ジルーシアの文明はガバナスや地球の機械文明とは大きく異なる。それは自然と調和し、自然のもたらす力に支えられた、精神文明のようなものだ。本作の原案者・石ノ森章太郎氏が好んだ対比法だが、本作においてはこの二つが大和民族(和人)とアイヌらとの隠喩であることは容易に知れよう。だからガバナス帝国の皇帝ロクセイア12世や太公母ダークは、西洋風の名前にもかかわらず、「いざ、地球征服の詔(みことのり)をお出しなされ」などと朝廷のような話し方をする。そして、彼らの野望の前に立ちはだかるのは、団結した「まつろわぬ民」なのだ。


 戦い終わって、リアベの勇者とジルーシアの人々を歓迎するという地球連邦評議会議長の言葉を振り切り、彼らは新しい国作りのために宇宙の彼方へ旅立つ。
 革命で古い政権を倒し、新しい国作りに邁進する、そんな時代の残り香が漂う1970年代らしい終わり方だろう。当時は「地上の楽園」と謳われた国への「帰国事業」が行われていた時期でもある。

 21世紀に生きる私たちは知っている。どんなに旅を続けても、理想の国はないことを。「地上の楽園」はどこにもなかった。
 だからこそ、いま70年代のメッセージが胸に響く。地球に戻れば勲章を貰えたかもしれない、その誘惑を退け、新しい国を作ろうとする素朴な理想主義に心を打たれる。その国は宇宙の彼方にあるのでないのだ。それは私たちの心の中にあるのだ。腐敗への誘惑を断ち切り、理想を掲げ、自分たちで作っていくのだ。それが難しいことを知ればこそ、それでも理想を掲げる心意気が感動的だ。
 ゼネラル・ガルダは云う。「我々はちっぽけな存在にすぎないが、せめて夢だけは無限でありたい。」
 夢と希望を詰め込んだお伽話の形で語りかけるもの、それが『宇宙からのメッセージ』なのだ。


宇宙からのメッセージ [DVD]宇宙からのメッセージ』  [あ行]
監督・原案/深作欣二
脚本・原案/松田寛夫  原案/石森章太郎、野田昌宏
出演/ビック・モロー 志穂美悦子 フィリップ・カズノフ ペギー・リー・ブレナン 真田広之 岡部正純 千葉真一  成田三樹夫 天本英世 佐藤允 織本順吉 丹波哲郎 三谷昇 サンダー杉山 中田博久 小林稔侍 林彰太郎 ウィリアム・ロス
日本公開/1978年4月29日
ジャンル/[SF] [アクション] [ファンタジー]
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