『アングリーバード』 アメリカ対アメリカ
![アングリーバード [Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/91uA8yTsCjL._SL160_.jpg)
今どき『アングリーバード』ほど凶暴な映画は珍しいのではないだろうか。
原題『ANGRY BIRDS』を50年代っぽく訳せば「怒れる鳥たち」となるだろうが、50年代の「怒れる若者たち」の怒りが社会に向けられていたのに対して、本作の鳥たちの怒りは他国に向いている。映画『アングリーバード』は、一見するととんでもない戦争万歳映画なのだ。
『アングリーバード』の内容を簡単に紹介すれば、単一の民族だけで平和に暮らしていた国が、外国の他民族に略奪されて怒り出し、相手国まで遠征して戦争する話だ。
それでいいの?と云いたくなるほど、今どきの映画とは逆の展開だ。
大人向けの映画なら判らなくもない。個人的な復讐話はアクション映画等の定番だ。
だが、子供の観客も想定しているはずのアニメーション映画で、国を挙げて他民族と戦う話をつくるとは、しかも最後まで和解も反省もせずに敵をこてんぱんにやっつける作品をつくるとは、ひっくり返るほどの驚きだ。
『ズートピア』が人種や民族の違いを認め合い、共存することを呼びかけて大ヒットし、『インサイド・ヘッド』が怒りや悲しみを上手にコントロールして平穏に暮らすよう諭して映画賞を総ナメにする時代に、頭に来たぜ、戦争だ、という映画を作るのだから恐れ入る。
原作を尊重した面もあろう。
映画の元になったのはフィンランドのロビオ・エンターテインメントが開発したモバイルゲームだ。鳥のキャラクターを飛ばして敵を倒したり標的を破壊するアクションパズルゲームである。それがテレビアニメ化を経て、フィンランド・米国合作の本作になったわけだから、鳥たちが怒って敵をやっつける形式は変えようがなかったのかもしれない。
けれども、これほど凶暴な味付けにしたのは映画制作陣の手腕であろう。さすが、『怪盗グルーの月泥棒 3D』や『ザ・シンプソンズ』の作り手たちと云うべきか。本作を彩るのは強烈な風刺とブラックユーモアだ。
とりわけニヤリとさせられるのが、徹底した自虐ネタである。
鳥だけが住む島バードアイランド。そこはたくさんの鳥が仲良く暮らす楽園のような国だが、癇癪持ちの主人公レッドはみんなと上手くつきあうことができない。いさかいを起こしてばかりいる彼は、みんなの家から離れた海辺の一軒家に寂しく暮らしている。そんな彼が裁判で命じられたのは、アンガーマネジメント教室に通って怒りを抑えることだった。
冒頭のこの状況だけでも、本作は皮肉たっぷりだ。平和に仲良く暮らす楽園の正体は、強烈な同調圧力で異論を許さない閉鎖的な社会である。鳥たちはレッドを受け入れられないと判断し、その性向を矯正しようとする。そんな鳥たちは羽が退化し、腹が出て、飛ぶこともできない。島の外に出られないからバードアイランドだけが全世界だと信じていて、彼らの世界地図にはバードアイランドしか載っていない。
平和な暮らしの代償が何かを端的に表す描写である。
民主党支持者が多いハリウッドにあって、珍しく共和党を支持している(すなわちハリウッドでは変わり者の)クリント・イーストウッドは、最近の風潮を嘆いてこんなことを云っている。
---
内心ではみんなポリティカルコレクトネスに媚びるのはうんざりしているんだ。俺たちは今、お世辞だらけの時代に生きている。俺たちは本当に、軟弱な時代にいるんだ。誰もが細心の注意を払っている。みんな、レイシストだとか何だとか責めているのを目にする。
---

豚たちは鳥を甘言でたぶらかし、油断させて、鳥たちの世界に入り込む。
だが、豚の真の狙いは鳥の卵だった。豚は鳥たちの村を破壊し、何よりも大切な卵を奪ってしまう。卵料理にして、美味しくいただくためだ。
これは、現実の世界で行なわれていることでもある。
資源を狙って外国から来た者たちが、自然環境を破壊し、現地の人の暮らしを滅茶苦茶にして、資源をごっそり奪い去ってしまう。こうして入手した資源から、スマートフォンや携帯電話等の製品が作られ、それらを手にした人たちは資源の出どころや現地の犠牲を気にもせずに利便性を享受している。
本作で注目すべきは、豚どもがカウボーイの恰好をしていることだ。機械とダイナマイトの力で、他国、他民族の平和な暮らしを破壊する彼らは、カウボーイすなわち米国人なのだ。
強大な軍事力を有し、機械化が進んだ都市に住む豚たちは、自分たちの欲望を満たすために他国から資源を吸い上げている。米国のスタッフ・キャストを結集して米国で作られたこの映画が描く豚たちの、なんと醜いことか。
これらは歴史上の出来事をも思わせる。
豚がもたらした享楽によって鳥たちが骨抜きにされ、その隙に豚たちに好き勝手にされた挙句、武力衝突に至るのは、阿片を輸出する英国と輸出をやめさせようとする清とが衝突した19世紀の阿片戦争を彷彿とさせる。
豚たちが突然船で乗り付けて、外の世界と没交渉だった鳥たちの太平の世を乱す様子は、江戸幕府を揺るがした黒船来航を思わせる。彼の国に対抗するために鳥たちの取った手段が、みずから武器となっての体当たり、すなわち特攻であることも(原作のゲームのとおりとは云え)考えさせる展開だ。
本作を観ながら、私は大好きな英国の小説を思い出していた。ヒロイック・ファンタジーを代表する作品の一つ、マイケル・ムアコックのホークムーン・シリーズだ。
南仏を舞台にしたこの小説は、グレートブリテン島に巣食う邪悪な暗黒帝国の侵略に立ち向かうため、ヨーロッパ大陸の人々が力を合わせる物語だ。暗黒帝国は大陸に先んじて産業の機械化に成功したが、精神的に歪んでしまい、ヨーロッパに恐怖をもたらしている。そのためドイツ人のホークムーンを中心に、心ある者たちが戦いを挑む。
読んでお判りのとおり、これは第二次世界大戦の各国の立場を逆転させたものになっている。徹底的に英国を茶化し、愚弄したこの小説は、英国人のムアコックにより発表され、人気シリーズとなっている。
『アングリーバード』が米国を豚扱いするのも同様の趣向だろう。過去、そして現在の米国の所業を、本作は茶化し、皮肉っている。
このユーモアのセンスには脱帽だ。日本映画界が数十億円の予算を投じて、悪逆非道な大日本帝国の侵略に中国の小村が立ち向かうなんて映画を撮ったら観てみたいものだが、本邦ではそういうユーモアはなかなか理解されないだろう。

面白いことに、この鳥たちもまた米国のカリカチュアになっている。バードアイランドは伝説の英雄マイティーイーグルに庇護されており、鳥たちが戦いに臨むとき、マイティーイーグルも立ち上がる。マイティーイーグルは米国の国鳥ハクトウワシであり、彼を紹介する場面での米国らしいマンガチックな描写が印象的だ。
ハクトウワシを象徴に戴き、事件が起きると怒りにまかせて他国に攻め込む鳥たちは、まさに米国の一面を表していよう。
とはいえ、鳥たちはすぐに怒り出すわけではなく、マイティーイーグルも口ばっかりでしばらくのあいだは腰が重い。
これを、軍事介入に及び腰でかえってクリミア半島やシリアの情勢を悪化させたと批判される米オバマ政権への揶揄と見るのはうがちすぎか。
ともあれ、こうして豚対鳥の、すなわち他国を蹂躙して資源を奪う米国と、怒りにまかせて他国に攻め込む米国との、米国対米国の戦いがはじまる。
この構図には恐れ入った。他国から資源を奪うことも、他国に軍を進めることも、米国だけがやっているわけではない。対立する二つの国のどちらも米国として自虐たっぷりに描くことで、米国以外の特定の国を悪者扱いするのを避けながら、現実世界の諸問題を見事に投影している。もちろん、米国の大衆がこのユーモアを受け止めてくれると信頼してのことだろう。
本作はどこを切っても風刺とブラックユーモアに溢れた作品だが、あっぱれなのは愉快で楽しいアドベンチャーとしてもしっかり成立していることだ。諧謔的になり過ぎて、カタルシスが損なわれるようなことはない。
クライマックスに城での大立ち回りを持ってくるところなど、『長靴をはいた猫』や『ルパン三世 カリオストロの城』でもお馴染みの伝統的な展開で、安心して楽しめる。
最後の最後に、レッドが怒りにまかせるよりも知恵を巡らせて事態を解決する展開は、ちょっぴり教訓的でもある。
平和を愛する鳥たちが、結局のところ癇癪持ちのレッドに感化されて戦争に突き進む様子は、"良識ある"観客の目には胡散臭く映るかもしれない。だが、常に世界のどこかで戦争・紛争が起きている現実を考えれば、島の外に目を向けずに平和が永遠に続くと錯覚していた鳥たちの暮らしのほうこそ胡散臭かったと云えるだろう。
しばしば平和ボケと云われる日本では、これくらい刺激的な内容でちょうど良いのかもしれない。
![アングリーバード [Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/91uA8yTsCjL._SL160_.jpg)
監督/ファーガル・ライリー、クレイ・ケイティス
出演/ジェイソン・サダイキス ジョシュ・ギャッド ダニー・マクブライド ショーン・ペン ビル・ヘイダー ピーター・ディンクレイジ マーヤ・ルドルフ ケイト・マッキノン
日本語吹替/坂上忍 山寺宏一 岩崎ひろし
日本公開/2016年10月1日
ジャンル/[コメディ] [ファンタジー]

tag : ファーガル・ライリークレイ・ケイティス坂上忍山寺宏一岩崎ひろしジェイソン・サダイキスジョシュ・ギャッドダニー・マクブライドショーン・ペンビル・ヘイダー