【投稿】ガミラス第二帝国の戦争準備 イスカンダル帝国の興亡史 /『宇宙戦艦ヤマト2199』ガミラス考察補論集1 小説~ガトランティス戦争編~
豊富な資料を駆使し、小説形式を織り交ぜながらヤマト2199の世界に迫る論考だ。先に公開した投稿「イスカンダルの王権とデスラーの人物像について」の一部を構成するものである。
本稿では、次の興味深い論点が提示されている。その比類ない考察に、ヤマトファンは興奮を禁じ得ないだろう。
- ガミラスが永きにわたり波動砲を持たなかったのは何故か。
- ガミラスとイスカンダルには、実は科学技術の格差は存在しないのではないか。
- スターシャが古代達に語ったイスカンダル帝国とはどのような国であったのか。地球の歴史を元に想像を試みる。
- 波動砲を使った戦争の姿と、兵器としての限界
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『宇宙戦艦ヤマト2199』 ガミラス考察補論集1
思考実験としての続編小説~ガトランティス戦争編~
(前回から読む)
2. ガミラス第二帝国の戦争準備

食卓を囲み、ヴェルテ一家とガデル一家は久しぶりに全員揃った団欒の時間を過ごした。そこで二人と二人の妻、子供達は団欒らしい取り留めのない会話を交わす。話題の多くは艦内での暮らし向きや“市街地”での世間話、今住居艦がいるザルツ恒星系の話といったものだった。今現在、住居艦ではこのような光景を艦内の至る所で見ることができた。政府機関の多くが住居艦に移るに伴い、職員の家族達も住居艦に移り住むようになっていたからである。事実上の帝国の中枢として機能するようになっていた住居艦の艦内では、帝都バレラスを髣髴とさせる都市生活が営まれるようになっていた。タラン兄弟の家族達はそうした民間人の一人としての日々を送っていたのである。
もっとも、住居艦の住人達の生活がバレラスと全く同じかというとそういうわけでもなかった。食事中、家族から住居艦が長く停泊するようならザルツを旅行しても良いかという話が出てきた。住居艦が新たなモジュールとドッキングする拡張工事が行われる場合、住居艦は数週間恒星系内に留まる事になる。その際住民には日程や機密保持等の条件が整えば恒星系内の旅行をする事も認められていた。また、住居艦内に設けられた商業区画での買い物の話も家族の話題の多くを占めていた。艦の停泊中は星系の業者が来て商業区画で食料から工業製品に至るまで様々な特産品の市が立つため、住民達はそれを楽しみにしていたのである。住民達にとって、住居艦での生活はさながら遠大な旅行をしているようなものでもあった。
ヴェルテとガデルはこうした家族達の会話を聞きながらそれぞれに違った思いを巡らせていた。ヴェルテはこの住居艦での暮らしがうまく永続してくれたらいいと願っていた。艦内では総統はもうバレラスに戻らないのではという噂が流れるようになっていたが、この時点では総統が再び遷都を行うつもりでいるのかは不明であった。どちらにせよ、住居艦建造の責任者であったヴェルテは住居艦での住民達の暮らしがうまくいき、住居艦が帝国の当面の政治的中枢として機能する事を望んでいた。
一方、ガデルは住居艦の暮らしは悪くないとは思っていたが、それでも帝都としてのバレラスの事が頭から離れないでいた。仮に総統がバレラスに戻るつもりがないのであれば、バレラスは一体どうなるのか。それに此処の住民達の暮らしも平穏であり続ける事はできるのか。帝国各地を巡回し続ける総統が政務をやりやすくするためという名目で住居艦に住む事になった人々とその家族達である。総統はバレラスに戻らないのではという噂が流れるようになっていても、ここでの暮らしはあくまで一時的なものと信じている人も多かった。ガデルは将来に一抹の不安を感じていた。このようにヴェルテとガデルは、帝国に一波乱もたらすかもしれない思惑の違いを孕みつつ家族との団欒のひと時を過ごしたのだった。
食事が終わり、妻達は使用人達と食事の片付け、子供達は遊びへと散っていった。二人だけになったのを見計らうと、ガデルがヴェルテに言った。
「ところで今日の話になるが兄さん、兄さんの部下は随分とハッキリものを言うのだな、驚いたよ」
波動砲を巡る会議で、ヴェルテのスタッフがガデルにした直言の事だった。彼は地位が相当上のガデルに対し波動砲の運用に気をつけるよう臆する事もなく言ったのである。ヴェルテは言った。
「なに、それだけ我々が波動砲について危惧しているという事だよ」
「それは今日の事でよく分かった。だが波動砲は今度の戦争では必要になるものだ。危険であっても使わなければならない」
ガデルの言にヴェルテはふむ、と少し考えた後で言った。
「それにしてもガデル、元々は総統の気紛れで作られる事になった波動砲(※1)をお前が使いたいと言い出したのは今にして思えば意外だったな。デウスーラ二世の時は特に何も言わなかったお前が、デウスーラ三世を作った時は急に波動砲艦がたくさん欲しいと言い出したじゃないか。総統以外にそんな事を言う人がいるとは思わなかったぞ」
「親衛艦を開発してくれた事には感謝しているよ、兄さん。あれを作るのは大変だったのだろう?」
「純粋に技術的な話なら」
ヴェルテは言った。
「波動砲そのものの開発はさほど難しいものではなかった。原理自体は大昔から知られていたものだからな。言うなれば書物に書かれた古代の兵器を復元したようなものだよ。強いて言うなら、宇宙を引き裂く事のない技術の模索にひたすら時間をとられた事か。結局どうにもならなかったがね」
ヴェルテの発言のように、ガミラスにとって波動砲を開発する事は実に容易なものであった。ガミラスは太古の昔よりイスカンダルに仕える僕として、彼らから波動エネルギーをはじめとする科学技術の知識を与えられ続けていたからである。何百年もの時間をかけてイスカンダルの科学技術を深く理解し、自家薬篭中の物としていたガミラスは、波動砲の開発に必要な知識の全てを非常に古い時代から持ち合わせていた(※2)。にもかかわらずガミラス人が歴史的に波動砲を持たなかったのは、むしろその波動エネルギーへの深い理解ゆえであった。波動エネルギーを古くから使用して来た結果、その有用性と危険性の両方を知り尽くしていたガミラス人は、同時に波動砲の危険性だけでなくその克服の困難さについてもよく理解していたのである。
ヴェルテ・タランがデスラーの命により行った波動砲の開発は、ガミラス人が伝統的にやっても無駄と理解していた試みを再び行っていたに過ぎなかった。宇宙を引き裂く危険を回避できる画期的な技術を模索し続けたのである。しかしその試みは多くの先人達と同様無駄に時間を費やすだけに終わった。結局彼が考え付いたのは、波動砲の運用に細心の注意を払うという陳腐な方法論に過ぎなかったのだった。
(※2)ヤマト2199の劇中の描写や資料を見る限り、ガミラスは古い時代から波動エネルギーについて深い知識を持っていたと考えられる。例えば第18話でヤマトが回収したイスカンダルの波動コアには、ガミラスが少なくとも四百年以上前から宇宙で活動していたことが記録されていた。また、第七章パンフレットにはデウスーラ・コアシップに関して次のような記述がある。
「――(コアシップの)ロケット状の艦体は、ガミラス古来の星を渡る艦の姿が継承されたもの。」
これらのことから、ガミラスはかなり古い時代から波動エネルギーを使用していたと同時に、波動エネルギーについて深い知識と理解を有していると考えられる。
ヴェルテは話を続けた。
「むしろ難しかったのは艦の性能のバランスを考える事だった。親衛艦をデウスーラの護衛だけでなく敵の大軍の攻撃にも使うというお前と総統の要望を満たすためには、艦の火力と防御力、機動性能を非常に高い水準でバランスさせなければならなかった。そこが苦労の大半だよ。どれもこれもと欲張る無茶を強いられたからな、あの時は。それはそうとガデル、お前は何で波動砲を戦争に使いたいと言い出したんだ?波動砲は古代に廃れて以来、ずっと使われなかった兵器だろう?」
ヴェルテは以前から考えていた疑問をガデルにぶつけた。軍需国防相としてガミラスの兵器開発にも責任を負う立場であったヴェルテは、総統とガデルの要請で波動砲の実用化に尽力してきたものの弟がどのような経緯で波動砲の使用を考えるに至ったかについて、まだ本人から体系的な話を聞いた事がなかった。ガトランティスとの大規模艦隊戦に波動砲が必要だと言われ想定される運用の詳細についてもよく知ってはいたが、根本的なことについては今まで訊く時間が取れなかったのである。その彼に対し、ガデルは言った。
「それについてきちんと説明するには大小マゼランの戦争史から現代の我々の戦い方まで順を追って話す必要がある。聞きたいかい、兄さん」
「ああ。ぜひ聞かせてくれ。丁度今日の“講義”はお前の番だろう?」
「そういえばそうだったな。分かった、今夜はそれについて話そう。上に上がろうか、兄さん」
ガデルがそう言うと、二人は邸宅の二階にあるガデルの私室へと上がっていった。二人が食後の話をするのに結構な時間が経っていたが、仕事の話をしているらしい二人の姿を家族達は遠慮して離れた所から見ていた。
元々仲の良い兄弟であり、ガミラス帝国の軍政と軍事のそれぞれを担うテクノクラートであった二人は、仕事の時の打ち合わせだけではなく私生活においても軍政と軍事の様々な話題について話をする習慣を設けていた。例えば駆逐艦や巡洋艦といった様々な艦種をそれぞれどれだけの割合で生産すべきか、新規の艦艇の改良で用兵側が望む事は何か、といった軍政側と用兵側が行うべき対話を二人は非公式の場でも行っていたのである。その際の二人の対話は、多分に彼らの遊び心から一方が一方に対して行う個人講義の形で行われる事が多かった。二人は日により代わる代わる交代で、自身の教養を交えながら話を行っていたのである。軍事と軍政のそれぞれに一家言を持つ二人の会話は、実に多岐に渡るものであった。ヴェルテが講義を行う時は大小マゼランの歴史や技術史の話をする事が多かったし、ガデルが講義を行う時は大小マゼラン世界の軍事史や兵学の話をする事が多かった。今日はガデルが話をする番であった。
「では、兄さん。」
ガデルの私室において、ガデルがヴェルテに語りかけた。
「兄さんはさっき、波動砲は古代に廃れて以降は使われなかったと言っていたね。兄さんがよく知っている通り、波動砲は古代イスカンダル帝国の時代に最も盛んに使用され、帝国が滅んで以降急速に廃れていったとされている。どうしてそうなったのだろうか?」
ガデルはガミラスの知識人の間ではよく知られている歴史的事実について質問した。一般に、太古の昔より数多くの種族が宇宙で活動してきた大小マゼラン世界では、非常に古い時代から恒星間航行技術を持つ種族達の間で活発な交流がおこなわれていた。彼らは地球の部族や民族と同様に、互いに争い、同盟し、交易で文物を交換し合っていたのである。(※3)その結果、大小マゼランの歴史は諸種族の知識人の間ではある程度共有される知識となっていた。ガミラスの知識人達は――地球の例えば日本人が地球の反対側の地域の古代史を知っているように――他の種族から書物を輸入し、あるいは自ら他の星へ考古学調査に赴くなどすることで、古代イスカンダル帝国の時代の大小マゼラン世界について様々な事を知っていたのである。
ガデルの問いかけに対し、ヴェルテは答えた。
「それは古代の“破局”で波動砲の危険性が誰の目にも明らかになったからではないのか?歴史書によれば、古代イスカンダル帝国は末期の時代に王位を巡る争いで大マゼランに一大惨禍をもたらしたとある。惨禍の詳しい内容はよく分かっていないが、彼らが兵器に多用していた波動エネルギーによるものではないかと一般的にいわれている。つまり、波動砲だよ。今日会議で披露したように波動砲で宇宙を引き裂いたのではないかと考えられている。ただ、この学説の難点は、では彼らがどうやってその惨劇を解決したのか全く分かっていないという事だ。解決できなければ大マゼランが今存在しているはずはないが、彼らがどのような技術を使ったのかは帝国の末裔のイスカンダルの女王に訊かなければ分からないだろうといわれている。困った事にね」
ヴェルテの発言は大小マゼラン世界に伝わる古代の文献の記述によるものだったが、それらの資料には古代イスカンダル帝国末期の事について次のように記されていた。
- 「イスカンダル帝国は王位を巡る争いで大マゼランに一大惨禍をもたらした後、大マゼラン諸族に叛かれて滅亡した」
- 「イスカンダル帝国は自らがもたらした大マゼラン銀河の一大惨禍を、正体不明の技術により沈静化した」
文献中にある「惨禍」という部分については、波動砲による事故の事を指しているのではないかと大小マゼランの識者の間では言われていた。しかしその正確な内容はよく分かっておらず、ましてそれを解決した技術に至っては全く以て不明の状態だった。イスカンダル人自体がその秘密を明かさないまま帝国と共に滅んでしまったからである。その末裔であるイスカンダルの女王ならばその事について何か知っているのかもしれなかったが、今となっては誰にも問いただす術はなかったのだった。
ヴェルテは言葉を続ける。
「それはともかくとして、そもそも、波動砲は波動エネルギーの初歩の知識があれば製作できる兵器だ。大小マゼランに星間国家を築いた種族は今も昔もたくさんいるが、彼らは皆波動エネルギーを理解していたのだから、その危険性を知っていたとでも考えないと彼らが波動砲を持たなかった理由を説明できないのではないか」
ヴェルテの回答は主に技術的な観点から述べたものであった。
一般に大小マゼラン世界では、いくつか存在する空間跳躍の方法と技術の内(※4)、波動エネルギーが多くの種族の間で一般的に用いられてきた。その利用と普及の歴史は非常に古く、古代イスカンダル帝国の時代にまで遡る事ができる。古代イスカンダル帝国はその高度な波動エネルギーの技術を強力な武器とし、大マゼランに一大帝国を築いた。彼らは波動砲と称される波動エネルギーの兵器転用技術を秘密とし、どこにも伝える事がなかったが、それ以外の利用法は帝国が存在する間に大小マゼランに広まっていき、帝国が滅亡すると一気に普及していく事となった(※5)。波動エネルギーが普通に使用され、波動砲の製作が技術的に容易であるにもかかわらず――恒星間航行技術を持たないほど科学技術の遅れた地球人が波動砲をあっさりと開発できた事からもそれは明らかである――波動砲が長きに渡り使用されなかったのは、それが危険と理解されていたからと考えるしかない、というのがヴェルテの意見だった。
(※5)その点では、波動エネルギーは地球の古代の製鉄技術とよく似たものであった。古代に初めて製鉄技術を確立したとされるヒッタイトは、鉄器を強力な武器としてメソポタミアを征服し、その製鉄法を極秘として周辺民族には伝えなかった。しかし鉄の製法はヒッタイトが紀元前1190年頃に滅亡すると周辺民族に知れ渡る事になり、エジプト・メソポタミア地方で鉄器時代が始まる事となったのだった。
こうしたヴェルテの見解に対し、ガデルは言った。
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「どのように役に立たなくなったのか、それと役に立たないはずの兵器を何故今使おうとしているのか、というのが今日の話の主題になるわけだな」
「その通りだ、兄さん」
ガデルが相槌を打った。
「よく知られているように、古代イスカンダル帝国は波動砲により宇宙の覇者となった。そして王家の内紛を経て大マゼラン諸族の反乱により滅亡した。反乱軍は波動砲を持たなかったにもかかわらず滅んでしまったのだ。イスカンダルの勃興も滅亡も、戦争の様相の変化が大きく関係していると考えられる。勃興の時代、イスカンダルの波動砲は当時の戦争の状況に有効であったがために彼らは宇宙の覇者となり得た。そして滅亡の時代、波動砲が用を成さない戦い方が行われるようになると彼らは滅んでしまった。実は現代の我々の戦い方は、この滅亡の時代に起源を持つと自分は考えている。そして、兄さんと自分が生きている現在、再び戦争の状況が様変わりした。この新しい状況下では波動砲は再び有効な武器となり得る。だからこそ自分は総統と兄さんに波動砲の配備を提案した、というのが今日話す内容になる」
「お前がこれから話す事は参謀本部の戦史研究の成果なのか?」
「そうだ。俺自身が前々から研究に携わってきた事柄でもあるんだ。そしてこれから話す戦争史は、軍の高級指揮官の間では知られている事でもある」
ガデルはヴェルテの疑問に答えた。
一般の人にはよく見過ごされるが、参謀組織は作戦を立てると同時に研究を行う組織でもある。平時においてガミラスの参謀本部では、戦時の戦争計画を立てるのに必要な地理や戦史、種族や文化の研究が盛んに行われていた。ガデルやキーリングのような参謀本部首脳部も例外ではなく、若い頃から様々な分野について調査や研究を行っている(※6)。研究者としてのガデルは今まで、星図の作成や古代の戦争史の研究と調査を手がけてきていた。彼と、他の参謀達による戦争史研究の成果は、軍の上層部の間では指揮官が知っておくべき知識として共有されていた。かのエルク・ドメルもガル・ディッツも、古代の戦史についてはよく知っていたのである。
――近代参謀本部システムを完成させたのは大モルトケ時代のプロイセン・ドイツ参謀本部である。プロイセン・ドイツ参謀本部こそが、参謀本部の理想型である。
大モルトケが総長に任命されたときのプロイセン参謀本部は、ささやかな研究所的組織でしかなかった。だが、研究所的組織、すなわち頭脳集団として出発したことが、プロイセン参謀本部が巨大な軍事組織革命を引き起こす原動力となった。すなわち、大モルトケのプロイセン参謀本部の画期的な意義は、戦時の統帥機構としての活動にあるのではなく、戦時に備えて平時の間に徹底した仮想敵国軍と想定される戦場、さらには将来の戦争様相、用兵について研究を積み重ねていた点にあるのだ。
予想される戦地について研究する上では地図情報が不可欠となる。1821年、参謀本部が陸軍省から独立したときのミュフリンク総長以降、第一次世界大戦勃発の1914年までの間、七人の総長がプロイセン・ドイツ参謀本部に在任したが、そのうち四人に陸地測量部すなわち地図製作部門での勤務歴があり、さらに三人には地図に関する著書がある。その典型が大モルトケである。
(歴史群像シリーズ『決定版 太平洋戦争 第5巻』 P.112)
――トルコに派遣された大モルトケが陸軍大学校学生時代、最も熱心に聴講したのはベルリン大学の地理学者、カール・リッターの講義であった。リッターは歴史の舞台としての地理、自然環境と人間の経済、社会、文化生活のつながりを研究する人文地理学の祖と位置付けられている。そして大モルトケがトルコから送った通信をまとめて出版された『トルコ書簡』は、現在でも十九世紀のトルコを知る上で最良の文献の一つという評価を保っている。
(歴史群像シリーズ『決定版 太平洋戦争 第5巻』 P.115)
また、第一次大戦直前のドイツ軍参謀総長だったシュリーフェンは第一次大戦の戦争計画であるシュリーフェンプランを考えるにあたり、古代ローマのカンナエの戦いを参考にしている(グラフィック戦史シリーズ 戦略戦術兵器辞典(4) 【ヨーロッパW.W.2】陸空軍編 P.83)。
地球の参謀本部のような組織形態を持つガミラスの参謀本部でも、上記のような参謀達による戦史や地理や文化の研究が地球のそれと同様に盛んに行われているのではないかと思われる。
「では、古代から話を始めよう」
講義の前置きとなる会話を交わした後、ガデルはヴェルテに対し、大小マゼラン世界の戦争史の話を始めた。
「太古の昔、大小マゼランから銀河系にかけての広大な領域で活動していた古代アケーリアス文明は、勃興期の古代イスカンダル帝国によって滅ぼされ、イスカンダルは大マゼラン、一説にはさらに小マゼランと銀河系をも版図に納める巨大な帝国を築き上げた。この“勃興の時代”における両者の戦いの姿は、それぞれ次のようなものだったと考えられている」
ガデルが話しながら空中に手をかざすと、そこに奥行きのある窓状のホログラムが現れた。彼はこれからそれに図を描いて見せるのである。ガデルは話を続ける。
「まず、アケーリアス文明だが、彼らがそもそも軍事的な思考を有していたかどうかには論争がある。歴史学、これは兄さんの方が詳しいと思うが、その分野ではアケーリアスは平和的な文明であったと言われる事が多い。昔から全ての文明の起源となったと称えられ、武勇で鳴らすイスカンダルが勃興するとあっという間に姿を消してしまったからだ。しかし、軍事史の分野では、いくつかの物的証拠から彼らは稚拙ながらも軍事的な思考能力を有し艦隊も保有していたと考えられている」
ここまで言うとガデルは“ホログラムボード”にワープゲートネットワークの図を表示させた。
「例えば、アケーリアスの遺したワープゲートネットワークを見ると、ネットワークを稼動させる中枢は大小マゼランからも銀河系からも離れたバラン星に置かれ、バラン星を通らなければ銀河系と大小マゼランのどちらにも迅速に移動できないようになっている。ワープゲートの配置がこのようになっているのは明らかに軍事的な配慮によるものだ。つまり、銀河系と大小マゼランのどちらに敵対者が現れても彼らがワープゲートを掌握できないよう、離れた場所に集中制御方式の中枢を置いているのだ(※7)。こうすれば、敵対者が勢力を広げようとした場合は中枢を停止させ、敵のワープゲートの利用を防ぐ事ができる。また、仮に敵がワープゲートを通り銀河系から大小マゼラン、あるいは大小マゼランから銀河系へ侵攻しようとしても、敵は必ずバラン星を経由するため、守備側は兵力をバラン星にのみ集中させれば容易に侵攻を食い止める事ができる。ワープゲートから顔を出す敵を片端から砲撃すれば、小兵力でも簡単にバランを守りきれるのだ」
ガデルはワープゲートネットワークの図の表示を様々に変えながら、用兵家の視点からそれを解説してみせた。さらにそこから、古代アケーリアスの艦艇について言及していく。
「このように、ワープゲートの配置を見るだけでも古代アケーリアス人が軍事的な素養を持っていたことを証明する事ができる。そしてこの事は同時に、彼らが少なくともワープゲートを守るための艦隊を保有していた事をも示唆している。ワープゲートが彼らの軍隊の実在を証明する有力な証拠となっているのだ。では、彼らの艦艇はどのようなものだったのか。絵画や文献、遺跡から推定すると、巨大建造物を好んで建造した彼らの艦艇は全長数kmにも及ぶ巨大なものであったとされている。根拠としては二つある。一つは彼らが遮蔽装置を使用したと文献に明記されている事だ(※8)。現在の我々が使用している基地用の遮蔽装置からも明らかなように、遮蔽装置は大出力の動力を必要とする。当然、それを搭載する艦は非常に巨大なものとなる。そしてもう一つは各地のワープゲートに船の動力と接続するためと思しき接続器の遺構が確認されている事だ。彼らは有事の際は、バラン星の中枢を停止し敵がワープゲートを使えなくした上で、自分達は艦の一隻をワープゲートに接続してそれを局所的に稼動させ、目的の場所に移動していたと考えられている(※9)。つまり、アケーリアス艦はワープゲートを安定して稼動させられるだけの巨大な動力を持つ船だったのだ」
(※9)ヤマト2199第25話では、ゲール指揮下のガミラス艦部隊がワープゲートに電力ケーブルのようなものを繋ぎエネルギーを供給して稼動させる描写が出てくる。この事から、ワープゲートには艦からエネルギーを供給するための電気コンセントのような設備があると考えられる。筆者はこの設備はアケーリアス時代からのものではないかと想像している。
「船については、ここまでは私が前にした講義と同じだな」
ガデルが言及したアケーリアスの艦艇の特徴について、ヴェルテが感想を述べた。
「古代アケーリアスは我々とは異なる空間跳躍の理論を持ち、それが船の大きさに関係していたという技術史の論文を前に紹介したが、採用している技術の相違も戦い方の違いに関わってくるのだろう?」
ヴェルテの質問にガデルが答える。
「そうだな。兄さんの言を借りれば、我々の艦艇は遮蔽装置もエネルギーシールドも技術的には可能だがあえて採用していない。現代の我々の戦い方とそれらは相性が悪いからだ。それについてはまた後で話そう。アケーリアスの話に戻ると」
ガデルはアケーリアスの話に戻り、彼らの戦争についての話を始めた。
「一般に、こうした巨大な艦は大量生産できない。また、我々の艦艇のように機敏に動いて敵弾をかわせないため、遮蔽装置で敵から姿を隠す必要性は大いにあっただろう。しかし遮蔽装置を用いれば、艦隊機動を行う事が困難になる(※10)。アケーリアスの戦い方は、文献だけではなくこうした艦の性質からも演繹して考えていく事ができる。まず、文献によるとアケーリアスの艦隊は、十数隻から百隻を大きく下回る程度のアケーリアス艦と、数百隻の“眷属”、あるいは“同胞(はらから)”と(彼らに)呼ばれた従属種族の中小艦で構成されていたと考えられている。
その中でアケーリアス艦は、縦横に艦を連ねて動き回る事のない“横隊戦列”を形成したとされる。艦の巨大さと遮蔽装置のために、機動重視の縦隊を作って艦隊機動を行う事が難しかったからだ。基本的に彼らは、遮蔽装置で姿を隠した後は動かずに敵を待ち伏せたと考えられる。
一方、眷属の中小艦はアケーリアス艦が待ち受ける地点に敵をおびき出す囮の役を引き受けていたとされるが、彼らもアケーリアスと同様に縦横に艦を連ねた横隊戦列を形成したと考えられている。アケーリアスで使われていた推進器では中小艦でも高速の機動は難しかった上に、なによりも敵味方の位置が激しく入れ替わる機動戦をやると待ち伏せるアケーリアス艦がうまく標的を狙えないからだ。
従って、眷族の中小艦は横隊戦列を形成すると敵と正面から向かい合い、遠距離で撃ち合う射撃戦を行いつつ、ゆっくりと味方が待ち伏せる所まで移動していったと考えられている」
「当時の宇宙では、多くても数百隻程度の艦が小規模な横隊の戦列を組んで戦っていたのか」
「そうだ。艦は大きくて鈍く、数も少ない。それがこの時代の艦の特徴だったんだ。そして当時の戦いは、こうした艦の特徴を反映して、あまり動かない小規模な横隊戦列同士が撃ち合うものだったとされている。古代イスカンダル帝国は、こうした戦いの様式に挑戦し、文字通り全てをひっくり返してしまったのだ」
ガデルはヴェルテの言に答えて古代アケーリアスの戦い方の総括を行うと、古代イスカンダルについての言及を始めた。
「では、アケーリアスに戦いを挑んだ古代イスカンダル帝国の艦艇はどのような特徴を持っていたのか。これについては、現代の我々はアケーリアスの場合よりもずっと豊富な史料を参考にする事ができる。より時代が新しい事に加え、同時代人がイスカンダルの艦と軍隊に注目して多くの文献を書き記したと思われるからだ。遺された絵画や文献によると、イスカンダル艦はアケーリアス艦よりもずっと小さな、全長六百m級の大型艦だったと考えられている。この事は昔行われたイスカンダル星の考古学調査でも裏付けられている。そうだね、兄さん」
「ああ。宇宙からの重力測定でイスカンダル星の帝国時代の遺構を探査したところ、丁度それぐらいの大きさの船を作ったと思しき建艦ドックの跡が確認されている。イスカンダルは軍艦の大量生産は行わず、艦は地上の小さな施設で建造したと考えられているが、地上からはそれ以上の大きさのドックの遺構は見つからなかった。その事から、イスカンダルの船はそれらに収まる大きさ、つまりお前の言う六百m級の大きさだった可能性は高いだろう」
ヴェルテはガミラスが行ったイスカンダルの考古学調査について話した。ガミラスは帝国を打ち立てて以来、大規模な考古学調査を大小マゼラン全域で何度か実施している。それらはアケーリアスの遮蔽技術をはじめとする古代の技術解明のために行われたものであったが、その調査対象にはガミラスが歴史的崇拝対象としてきたイスカンダルも含まれていた。イスカンダル星を調査する際、ガミラスはイスカンダルが一応は独立国であったことから地表を直接掘り返さず、地表の重力探査のような非破壊的手段で遺跡を調査していた。
ヴェルテの発言にガデルはそうか、と言うと話を再開した。
「大きさ以外にも、イスカンダル艦はアケーリアス艦とは全く異なる特徴を備えていたとされる。一言で述べるなら、帝国時代のイスカンダル艦は、重武装・重防御、機動性はそこそこだがそれでもアケーリアスの巨大艦よりは上回る、という船だったようだ。多くの文献がイスカンダル艦について『容易く船を沈め、星を破壊し、極めて堅牢』であると述べている。この事からイスカンダル艦は、有名な波動砲に加え有力な砲と強力なエネルギーシールド(波動防壁)を備えていた事が確実視されている。その姿は、いうなれば七年前にバレラスを襲ったあのヤマトのようなものであっただろう。イスカンダルの技術供与で作られたというあのテロン艦は、強力な砲(ショックカノン)とエネルギーシールドを備え、我々の艦艇の攻撃を全く寄せ付けなかった。古代イスカンダル艦は、あれよりもずっと大きな船体と動力を持ち、より強大な戦闘力を持っていたと考えられている」
話をしながらガデルは、ホログラムボードに古代イスカンダル艦の復元画とヤマトの図を表示した。ヴェルテはヤマトの画像に見入ると、低い声でつぶやいた。
「テロンの“イスカンダル艦”か……」
ヴェルテはガミラスが行ったヤマトの技術調査の事を思い返していた。かつてガミラス艦に対して強大な戦闘力を見せつけ、バレラスに襲来し、果てはガトランティス軍の大侵攻をもたらすきっかけを作ったヤマトは(当然の事ながら)多くのガミラス人の興味を引く存在となっていた。ヤマトとはいかなる艦であるのか。こうした声を受け、兵器開発局はヤマトについて詳細な調査を実施した。
調査にあたり彼らは、かつてヤマトに潜入したジレル人のミレーネル・リンケが得た「ヤマトはイスカンダルの技術供与で作られた」という情報に基づき、彼女の得たヤマトの艦内構造の情報と、大昔にガミラスがイスカンダルから受けた技術供与の記録、そして考古学調査を行ったイスカンダル艦艇の残骸(例えばヤマト2199第17話に出てきたイスカンダル船のような遺物など)とをそれぞれ比較してみた。その結果、ヤマトの波動エンジンの中枢部分はイスカンダルの艦船のそれと全く同じ構造をしている事が明らかになった。その事から、ヤマトは(外見はともかく)機能や性能の面で古代イスカンダル艦に類似したものになっているという結論をガミラスは下していた。ガミラスにとって、ヤマトは言わば古代のイスカンダル艦を現代に蘇らせたようなものだったのである。(※11)

「…しかし、強大な戦闘力を持つ一方、イスカンダル艦は非常に数が少なかったと考えられている。アケーリアス艦と比べても少ない数しか配備されていなかったと思われるのだ。各種の文献には、『わずか十数隻のイスカンダル艦』という表現がたくさん出てくる。そのことから、イスカンダルの艦隊は十数隻のイスカンダル艦を中心とした構成だったと考えられている」(※12)
そこまで言ったところで、ガデルはヴェルテに質問した。
「ところで兄さん、イスカンダル艦の数の少なさはイスカンダルの技術の性質に深く起因していたと聞いているのだが、そこのところはどうなのだろうか」
ガデルの質問に対し、ヴェルテは今までとは打って変わってガデルに軽い“逆講義”を行った。
「イスカンダルの技術と機械は、我々、特に技術分野の人間の間では“高性能だが実用性と量産性に欠ける”というのが通り相場となっている。この特徴は技術史の研究によれば、古代イスカンダル帝国の時代から変わらなかったようだ(※13)。例えば…そうだな、波動エンジンを例にとってみよう。
現在、我々の知っている波動エンジンは二つの系統に分ける事ができる。一つは“高出力系統”で、イスカンダルが歴史的に使用してきたものだ。もう一つは“低出力系統”で、我々や大小マゼラン諸族はこの系統を使用している。この二つの系統の内、高出力系統の特徴は“高性能だが扱いが極めて厄介”という一言に尽きる。かなり前、考古学調査の一環で発見されたイスカンダルの船を元にイスカンダルの波動コアとエンジンを再現する実験が兵器開発局で行われた事があった。この時復元されたエンジンは、我々のものと比べ非常に大きな出力を発揮したがその反面、故障が多くて到底我々の基準を満たさなかった。(※14)
また、その実験では高出力系統波動コアの製造は極めて難しく、大量生産が困難である事も明らかになった。逆説的なことだが、史書で言及されているイスカンダル艦の配備数の少なさは、この種のエンジンが古代イスカンダルで使われていた事を示す一つの証拠になっているんだ、ガデル」
興味深く話を聞く弟にヴェルテはさらに話を続ける。
「実用性と量産性を犠牲にしてでも性能を追い求めるというイスカンダルの技術思想は、おそらくは彼らの居住する環境に起因したのではないかと言われている。知っての通りイスカンダル星は表面積の殆どを海洋が占め、人間の居住できる陸地は僅かしか存在しない。そのため、イスカンダル人の人口は陸地に見合う形で非常に少なくならざるを得なかったとされている(※15)。帝国を形成した時でさえ、その人口は現代の我々(※純血ガミラス人)を大きく下回っていたらしいのだ。その事は戦力の造成に非常に否定的な影響を及ぼしただろう。極端な事を言えば、艦の建造に人手を割けず、乗せる人間もいないという事にもなり得たからだ。
現代の我々の場合、艦でも工場でも省力化が追及され、人は普通、指令室のようなシステムを支配する中枢部分にしか配置されていない(※16)。そうまでしても、我々はこれまで艦隊の人員の確保に悩み続けてきた。我々よりも遥かに人口の少なかったイスカンダルでは、問題は遥かに切実だっただろう。数より何より、性能を追求しなければならない必然性が彼らには確かにあったのだ。
結局、史実からも明らかなように、イスカンダルは人員と数の不足を波動エネルギーという当時としては画期的なテクノロジーを極限まで追求する事で克服しようとした。イスカンダル艦はその一つの表れだよ。波動エネルギーの技術を用い、量産性と機械的信頼性を犠牲にしてでも攻撃力と防御力を極限まで追求した船。それがイスカンダル艦だったんだ。」
(※14)兵器開発局の実験と同様に“復元されたエンジン”であるヤマトの波動エンジンは劇中において頻繁にエンジントラブルを起こしている。また、ヤマトの航海日程はガミラスと戦っていた往路だけではなく戦闘の心配のない復路においても予定より大幅に遅れていたことが劇中のセリフで示されている(第25話)が、そうなった第一の原因として波動エンジンの不調が考えられる。つまり、エンジントラブルでワープできない日が多かったために航海日程の遅れが生じていたのではないか。そして復路において航海日程の遅れが相変わらず生じ続けていたところを見ると、結局ヤマトのエンジントラブルの問題は地球帰還まで解決できなかったものと考えられる。
(※15)公式設定資料集[GARMILLAS]にあるイスカンダル星の地表図を見ると、イスカンダルの陸地の割合は地球よりも小さいと考えられる。そのため、人間を養うのに必要な耕地や資源採掘地が限られ、必然的に養える人口が少なくなると考えられる。(さらに言えば、狭く貧しい故地を捨てて地中海全域に殖民を行った古代ギリシア人の事例を考えると、古代イスカンダルが帝国を形成した究極の要因をイスカンダル星の土地の乏しさに求める事もできるだろう。)
(※16)ヤマト2199第23話では第二バレラスの波動コア制御室周辺に全く人員が配置されていない描写が出てくるが、この事からガミラスは施設や艦の省力化が非常に進んでいると考えられる。

「以上のように、イスカンダルの技術とその産物であるイスカンダル艦はイスカンダル星の地理と自然条件に適合したものだったと考えられている。問題はそうした艦と技術がどのようにして戦場を支配するに至ったかなのだが、それについてはガデル、解説をよろしく頼む」
再びガデルに講義のバトンが渡された。ガデルはうむ、と返答すると“勃興の時代”のイスカンダルの戦争について話を始めた。
「勃興期のイスカンダルの艦隊とその戦い方は、当時のアケーリアス人の目にはおそろしく単純で安上がりに見えた事だろう。随伴艦を伴わない、たかだか十数隻のイスカンダル艦が縦横に展開して波動砲を発射するだけだったからだ。しかしその単純な戦い方はアケーリアス軍に対し非常に効果的だった。小規模な横隊戦列を組み動きも緩慢なアケーリアス軍の艦艇を、イスカンダルの波動砲は一気に薙ぎ倒してしまったのだ(※17)。戦いが始まると眷属達の部隊は波動砲の斉射を受けて全滅し、残されたアケーリアス艦もイスカンダル艦に対抗できずに覆滅された。イスカンダル艦は遮蔽装置で隠れたアケーリアス艦の攻撃を耐え切ると、アケーリアス艦の潜む宙域を丸ごと波動砲で掃射したのだ。遮蔽装置を使った戦いはイスカンダル艦には全く通用しなかった。古代の文献の記述から推定される両者の戦いは、以上のようなものだったと考えられている」
「随分とあっさり勝負がついたように聞こえるのだが、本当にアケーリアスは為すすべがなかったのか?」
ヴェルテの疑問にガデルが答えた。
「当時のアケーリアス軍は複数の艦種から成る複雑な編成を持ち、陽動や待ち伏せといった複雑な戦術を駆使する事ができた。しかしその軍隊は、結局のところアケーリアス艦を全ての中心にして組み立てられた融通の利かないシステムだった。アケーリアス艦のために眷属の艦が奉仕し、アケーリアス艦が戦いの全てを決定付ける存在となっていたのだ。だからアケーリアス艦が敗れた時点で、アケーリアス軍は敗北するしかなかったのだよ、兄さん」
ガデルはさらに補足して言った。
「イスカンダルの波動砲は小規模な横隊戦列を組む眷属やアケーリアス艦に対し絶大な威力を発揮した。これとは対照的に、アケーリアス軍のシステムは波動砲の脅威に対抗できなかった。眷属の中小艦は火力を発揮するために横隊戦列を組めば波動砲で薙ぎ倒され、戦列を解いて散開すれば個々にイスカンダル艦の火砲(※ヤマトのショックカノンのような砲)の餌食となり、アケーリアス艦に敵を誘導する役割を果たせなかった。遮蔽装置が役に立たないアケーリアス艦は遮蔽を解いて自らイスカンダル艦隊に戦いを挑もうにも、彼らはあまりにも図体が大きく鈍重だった。アケーリアス軍のシステムはイスカンダル艦によって完全に破綻してしまったのだ。
さらに言えば、巨大艦で構成されるアケーリアス艦隊は非常に高コストで、一旦破壊されれば戦力をすぐには再建できなかった。これに対し勃興期のイスカンダル軍はアケーリアスとはあらゆる意味で対照的だった。彼らの艦隊は単一の艦種だけで構成され、それ故に戦い方はただ波動砲を撃つだけの単純なものにしかなり得なかった。だがそれにより部隊の機動性はアケーリアス艦隊に勝り、しかもより低コストで戦力を造成できた。兄さんの言っていたイスカンダルの乏しい人的資源でも、彼らは必要な戦力をより簡単に賄う事ができたのだ。端的に言って、イスカンダル軍のシステムはアケーリアスと戦う上で極めて有効だった。だからこそ彼らはアケーリアスを極めて短期間の内に滅ぼす事ができたんだ」
「つまりはイスカンダルの簡素なシステムが、アケーリアスの重厚で複雑なシステムを打ち倒したという事なのだな。だがガデル、“融通が利かない”という点ではイスカンダル軍もアケーリアス軍とよく似ているのではないか?波動砲に頼り切っていたというのが事実なら、波動砲が通用しない敵が現れればイスカンダル軍もたちまち負けてしまうのではないか」
イスカンダル艦によるアケーリアスの敗北と滅亡の話を聞くと、ヴェルテはガデルに質問した。
「兄さんの疑問はもっともな事だ」
ガデルが答えた。
「確かにイスカンダル帝国は、滅亡の時代に波動砲を無力化される事で滅んでいる。だがそこに至るまでにイスカンダル軍は、その姿を時代と共に変化させている。敵対者が波動砲への対策を講じるようになるとイスカンダルもまた、システムを変更する事でそれに対処していたのだ」
そう言うとガデルはホログラムボードに図を表示し、用兵の観点から見たイスカンダル軍の変遷について話を始めた。最初に、敵対者が採った波動砲への対処策について語っていく。
「アケーリアスとの戦いで見たように、数百隻程度の艦が横隊戦列を組み撃ち合う戦いでは、波動砲は常に最強の存在たり得た。波動砲の一斉射はそれだけで敵を全滅させる決戦兵器となったのだ。これに対抗するにはどうすれば良いか。答えは簡単だ。横隊戦列を組まずに小グループに散開し、敵の側面に回り込めばいいのだ。
…この図を見てくれ。青がイスカンダル艦隊、赤が敵方だ。見ての通り、赤の敵軍は囮・本隊・予備の三隊に分かれている。まず、敵軍の囮がイスカンダル艦隊に接近し、イスカンダル艦隊を横隊戦列に展開させる。続いてイスカンダル艦隊の展開を確認後、囮は間合いを取り、同時に敵軍本隊は小グループ毎に散開し側面への機動を開始する。味方が機動する間、敵軍は予備を投入し、囮と共に遠距離からの射撃を続けイスカンダル艦隊を牽制する。本隊が側面へ回り込んだところで敵軍は囮と予備を前進させ正面と側面から射撃を浴びせる。(※図1参照)

…以上のような戦い方をイスカンダルの敵対者達は行うようになっていったと考えられている。こうした横隊戦列を組まない、散開した戦い方は何よりも波動砲による瞬時の壊滅を避けるためのものだが、イスカンダル艦のみで構成された初期のイスカンダル軍には効果的だったようだ。勃興の時代にアケーリアスを滅ぼした後、イスカンダル帝国は大マゼランの外へと遠征を繰り返しているが、それらはしばしばイスカンダルの敗退に終わったと伝えられているからだ。重要なのはこの戦術が数の差を前提としている事だ。イスカンダルの敵対者達は殆どの場合、数百隻の戦力でイスカンダル艦十数隻しかいないイスカンダル軍を攻撃していた。常に数で大きく上回るからこそ、囮を使い味方の機動を援護するという、少なくない犠牲が出るがともかくも戦える方策を採る事ができたのだ」
イスカンダルの敵対者がどのように波動砲に対抗したのかを述べると、ガデルはそれに対するイスカンダル軍の変化について言及を始めた。
「では、イスカンダルはこうした敵の戦い方の変化にどのように対応したのか。大量生産できないイスカンダル艦では数を揃える事は不可能だった。それに加え、単一の艦種しかない軍隊があまりにも柔軟性を欠く事は明らかだった。敵が戦い方を変えただけでイスカンダルは版図拡大の停滞を余儀なくされてしまったのだ。この問題に対しイスカンダルが出した答えとは、『従属種族の中小艦に自らの艦隊を支援させる』というものだった。つまり、かつて滅ぼしたアケーリアスのような姿へと、イスカンダル軍は自らのシステムを変化させていったのだ」
ここまで話すとガデルは、再びホログラムボードに図を表示した。イスカンダル艦を表す青色の記号の背後に中小艦を表す記号が多数整列している。ガデルはそれを動かしながら話を続けた。
「勃興の時代に大マゼランを征服した後、イスカンダルは小マゼランや天の川銀河で半世紀から一世紀もの間断続的な戦争を繰り返している。この“停滞期”の間に変化は進行していったようだ。古代の文献にはこれについて『戦列を組まない相手への対処のため』と述べているものがある。変化が完了し、再び版図の拡大を始めた時代のイスカンダル軍の姿は次のようなものだったとされている。
まず、通常のイスカンダル軍は十数隻のイスカンダル艦と数百隻の従属種族の中小艦で構成されていた。中小艦の役割は陽動や牽制、掃討であり、敵への決定的な打撃はイスカンダル艦が受け持った。
次に彼らがどのように戦ったのかを見てみよう。図に示したように、イスカンダル艦部隊のすぐ後ろを中小艦部隊が随伴している。最も基本的な運用では、中小艦部隊はイスカンダル艦が波動砲を発射したあと前進して残敵の掃討に当った。(※図2参照)

では、敵が散開して側面に回り込む戦術を採ってきた場合はどうするか。敵の囮と思われる部隊が後退した時点で、イスカンダル側は予備を除く中小艦部隊を側面に展開させる。側面に回り込もうとする敵が中小艦部隊と接触したら、イスカンダル側は予備を自軍の前面に展開させ、遠方から牽制攻撃を続ける敵部隊に応戦させる。前面の部隊が戦う間イスカンダル艦部隊は、自軍側面の敵を波動砲で掃射できる位置に機動し各個撃破を行う。(※図3参照)

ここで述べたのは中小艦部隊を防御に使ったケースだが、逆に攻撃的に運用する事もあったようだ。例えば 前進する宙域に敵が兵力不明の戦力を伏せている場合、中小艦部隊を前に出して敵を狩り出す戦術が採られた。中小艦部隊を先に交戦させ、イスカンダル艦部隊が敵側面に回り込み打撃する、或いは待ち伏せを行い敵を誘い込ませる、といった方策を状況に応じ使い分けたのだ。(※図4参照)

…以上のように、変化を遂げたイスカンダル軍はそれ以前に比べ、遥かに柔軟に状況に応じた戦いができるようになった。だが、これにはいくつか補足すべき事がある」
変化したイスカンダル軍とその戦い方について語るとガデルはイスカンダル軍の中小艦の復元画をいくつか表示した。様々な外観をしたそれらを、新たに表示したイスカンダル艦の図像と並べる。六百m級のイスカンダル艦に比べ中小艦は半分以下の大きさしかなかった。イスカンダルに従属した大マゼランの諸種族が使用しただけにその外観は雑多なものであったが、一つの共通点があった。艦首に大型の固定砲が装備されているのである。波動砲でこそないものの、その艦首砲は中小艦が同時に備えていた旋回砲塔の砲よりも大威力である事は明らかだった。ガデルは再び話を始めた。
「まず、従属種族の中小艦についてだが、中小艦部隊はイスカンダル艦が敵を波動砲で掃射できるように敵と距離を置いて戦う必要があった。そのため彼らはアケーリアスの中小艦と同様に横隊戦列を組んで戦ったとされている。イスカンダル帝国の時代においても、敵味方が艦首を向けて向かい合い、距離を置いて撃ち合う様式に変化は無かったのだ。
もっとも、敵も同じような戦い方をしていた事には留意しておくべきだろう。古代の艦艇は現代とは異なり、どの種族のものも大威力の艦首砲を装備しているのが一般的だった。(※18)そのため古代の戦いは、戦列を組むにせよ散開するにせよ艦首砲の火力を最大限に生かすため距離を置いて撃ち合い、敵味方の位置がめまぐるしく変わる機動戦は一般的ではなかった。(※図5参照)こうした戦争の状況下では、波動砲は最強の艦首砲であるが故に有用な兵器であり続ける事ができた。実を言えばこれこそが、イスカンダルが波動砲で宇宙の覇者と成り得た最大の理由だったんだ」


ガデルはイスカンダルの中小艦について語った後、古代アケーリアスからイスカンダル帝国に至る古代大小マゼラン世界の戦いを総括する発言をした。彼がヴェルテに示した古代の戦いの姿は、兵器開発者としてヴェルテが常に想定していた現代の戦い方とはおよそ異なるものだった。機動力よりも火力が重視される戦い。敵味方が入り乱れる乱戦にならず、艦が縦一列に並ぶ縦隊を束ねた縦隊戦列同士が有利な位置を取ろうとドッグファイトを繰り広げる事もない戦い。ヴェルテはガデルに言った。

「そういう事だ、兄さん」
ガデルが答えた。
「兄さんの言うように、戦いの様態が火力を最重視するものだったからこそ、波動砲とイスカンダル艦は戦場を支配し続ける事ができたんだ。
しかし、この状況が変わったら波動砲はどうなるだろうか?これがイスカンダル軍の変化について補足すべき第二の事柄となる。今一度イスカンダル軍の変化を思い出して欲しい。システムを変更し一見敵への柔軟な対応力を身に着けたかに見えるイスカンダル軍だが、それでも最終的に波動砲に依存する点で変わらなかった事に注意しなければならない。戦いの様態が変わり自軍の『決戦兵器』が役に立たなくなると、かつてのアケーリアス軍同様、一気に崩壊する危うさをこのシステムは孕んでいたのだ。
さらに言えば、長期的な視野で見ると、波動砲が衰退し戦場から姿を消すに至る芽は既にこの時に現れていたというべきだろう。かつては波動砲さえあれば容易に勝てたものが、波動砲が有効に機能するために多数の艦艇の支援を必要とするようになっていったからだ。波動砲の運用コストは上昇し、イスカンダル軍のコストも勃興の時代とは比較にならないぐらいに上昇した。戦争の様態が一変した滅亡の時代には、イスカンダル帝国は変化に応じる余力が残されておらず滅亡する事になる。
火力を重視する戦争が、何故、どのように変わったのか。それをこれから話すのだが、その前に一つ兄さんに聞いておきたい事がある」
今まで古代の戦争についてヴェルテに長広舌を奮っていたガデルが、急に話題を変えるかのようにヴェルテに質問を投げかけた。
「滅亡の時代に戦いが変わった要因として二つを挙げる事ができる。一つは低出力系統波動エンジンの完成。もう一つは大マゼラン諸族の反乱だ。二つはイスカンダル帝国の統治と深く関わっていたと聞いているのだが、イスカンダル帝国の統治とはどのようなものだったのだろうか?」
ガデルの質問に対し、ヴェルテは少しの間考え込んだ。顎の辺りに手をやり考えを巡らせる。多岐に渡るであろうその話題をどのように弟に話すか考えをまとめると、ヴェルテは口を開いた。
「イスカンダル帝国の統治について語るにはいろいろ言及する必要があるが…そうだな、さしあたっては帝国の社会構造からはじめた方がいいだろう。そこからイスカンダルの波動エネルギーの施策と従属種族の話に繋げて行くことにしよう」
まずそのように話を切り出すと、ヴェルテは古代イスカンダル帝国の統治の姿について言及した。
「ではガデル、お前はイスカンダルがどのような帝国だったと古代の史料が記述しているか見た事があるだろう。曰(いわ)く、恐怖の帝国であると――。
刃向かった数多くの種族を惑星ごと波動砲で滅ぼした古代イスカンダルは、宇宙の覇者としての武勇と共に恐怖のイメージで語られる事が多い。イスカンダルは巨大な帝国を維持するために、各種の方策を講じている。その中で最も有名なものの一つが、“造物主政策”として知られる種族の創造だ。(※19)彼らは反抗した種族の多くを根絶やしにする一方で、自らの忠実な僕(しもべ)となる新しい種族を創造している。(※20)種族の創造そのものは、古代アケーリアスも先史時代に行ったのではないかとも言われている。だが、記録が全く存在しない時代であるために、それを歴史学的に検証するのは困難であるとされる。これに対し、古代イスカンダルが行った造物主政策は、歴史上に記録が残るものとしては、その組織性と規模において史上例を見ないと史書では記述されている。特に帝国時代の中期には、拡大した領土での反乱防止と、兵士の確保の為たびたび行われたようだ。(※21)(※22)
このように、古代イスカンダル帝国は、力による強圧的な統治がよく伝えられ、その支配を特徴付けると言われている。そうなった理由としては、当時のイスカンダル人の人口の少なさを指摘する説が一般的だ。被征服民に数で圧倒的に劣る彼らは、その反乱を恐れ、それへの対抗として軍の強化と恐怖支配を徹底するようになったと言うのだ。乏しい人口は、イスカンダルの技術だけではなく統治の性格をも決定付けたと言われているんだ。(※23)」
上記記事での論考に加え、いくつかの劇中描写と資料から、筆者はこの文章において「古代イスカンダル帝国もアケーリアスのように種族の創造を行ったのではないか」という想定を行った。
(※20)「古代イスカンダルは戦争で種族を滅ぼす一方、新たな僕となる種族を創造していた」と筆者が想像しているのは作品世界において次のような描写があるからでもある。
- 作品世界でクローン人間をはじめとするヒューマノイドの製造が大々的に行われている事。例えばガミラスでは、親衛隊将兵の多くがクローン人間となっている。(※公式設定資料集[GARMILLAS] P.181より。)映画「星巡る方舟」においても、アケーリアスが宇宙の各地でヒューマノイドを創造した事が示唆されている。そうした世界であれば、忠実な僕を作る目的で種族の創造を行う者がいくつもいてもおかしくないのではないだろうか。
- 波動砲による種族の抹殺が行われている事。ヤマト2199第24話においてイスカンダル帝国が波動砲で惑星を破壊するシーンが出てくるが、「大マゼランを血で染め上げた」程の破壊が波動砲により行われたのであれば、その後税や貢納を取り立てる種族はどこから調達したのか。征服以外にも惑星の再生と種族の“作り直し”が行われたと想像することができるのではないだろうか。
- 人身御供が必要なコスモリバースの存在。そもそも何故コスモリバースシステムは開発され、「人身御供が必要」という仕様は改良されなかったのか(ガミラスが冥王星に多数設置していた無人環境改造プラントは人の犠牲を必要としない)。コスモリバースは元々帝国時代に次のように使われていたのではないか。「惑星と種族を滅ぼした後、予め捕らえておいた捕虜を人身御供にしてコスモリバースを稼動させる。それにより再生された惑星に新しい種族を創り住まわせる――。」このように考えれば、イスカンダルがコスモリバースを改良する必要を感じなかった理由を説明できるのではないだろうか。
- ガミラスとイスカンダルの主従関係。劇中の描写を見る限り、ガミラスとイスカンダルは同じ親から生まれた兄弟というよりも主人と奴僕の関係に見える。もし太古のガミラスがイスカンダルから征服と支配を受けたのであれば、何故ガミラスはイスカンダルの帝国が滅んだと思しき時代になってもイスカンダルの為にワープゲートの管理のような労役に従事していたのか。(※ヤマト2199第18話の描写より。)ガミラスにとって、イスカンダルは自らの造物主であり文明を授けた恩恵者であったから、とでも考えないと説明しづらいのではないだろうか。(このように考えれば、ヤマト2199第18話においてデスラーが述べた「太古の昔に分かれた(ガミラスとイスカンダルという)二つの民族」という文言は、「我々はイスカンダルから“分岐する”という形で創造された」というガミラス特有の修辞的表現と解釈することも可能だろう。)
(※21)「宇宙で初めてあまねく種族を創った」と思しき古代アケーリアスの種族の創造は、ヴェルテ達にとって歴史学として検証不可能な程古い出来事であると考えられる。その手法も、「生物の進化に手を加える」という遠大なものであり、数十万年という時間を要したと思われる。(その為、アケーリアス文明は数十万年というスパンで存続したと想像できる。)
これに対し、古代イスカンダルの造物主政策は、追放と強制移住により人工的なコミュニティーを多数作った古代アッシリアの大量捕囚政策をモチーフとしている。軍役や労役を課すための種族を創造し育成するこの政策は、次のようなプロセスで行われたと筆者は想定している。
- 最初に人工的に生成したヒューマノイドを数十万人という単位で惑星に移住させる。
- 人口の急激な増大を促進する為の技術供与(医療・食料・居住地域の拡大)を行い、惑星居住者が数百万人から数千万人の規模まで増えるように促す。(※地球における人口爆発が主に発展途上国で起きていることを考えると、イスカンダルは創造した種族の文明レベルを人口が増えるまで意図的に“低く”保つ事も行ったと考えられる。)
- 人口がある程度増えたところで中小艦や兵器を生産させる為の波動エネルギー等の技術供与を行う。
(※22)映画「星巡る方舟」のクライマックスにおいて、ジレル人のレーレライはその場にいた地球人とガミラス人に「同じアケーリアスの遺伝子を持つ、銀河の同胞よ」と呼びかけ、シャンブロウを発動させている。あくまで筆者の想像ではあるが、アケーリアスにとっては自らが創った種族も、その種族が創った人間達も、等しく「銀河の同胞」と捉えるのではないだろうか。
(※23)歴史上、支配者側が人口の少なさゆえに恐怖支配を徹底するようになった事例の一つに古代スパルタを挙げることができる。スパルタは十八歳以上の成年男子で構成されるスパルタ市民(人口八千~一万人)がヘイロタイと呼ばれる被征服民(人口約十五万人とも二十五万人ともいわれる)を支配していた。スパルタ市民は数で圧倒的に勝るヘイロタイの反乱に備え市民皆兵主義を導入し、日頃から厳しく軍事訓練を行ったとされる(Wikipedia「スパルタ」の記事より)。またスパルタはヘイロタイに対しクリュプテイア(軍事教練の一環として若年スパルタ人が夜にヘイロタイ達を襲い殺害する行事)に代表される恐怖支配を徹底して行った事でも知られている。
また古代に限らず現代においても、シリアのアサド政権(少数のアラウィー派が多数のスンニ派を支配)やイラクのフセイン政権(少数のスンニ派が多数のシーア派を支配)のように社会的少数者が恐怖政治や強権政治を行う例は数多い。
ここまで言うとヴェルテは、ガデルが表示していたイスカンダル軍の中小艦の復元画の方に視線を移した。
「…具体的な面から見てみよう。ガデル、お前の表示したイスカンダルの中小艦は外見がまちまちになっているな。作戦行動をとるため性能は規格化されていたと言われるが、我々が征服地で生産している艦艇と違い、形状は全く統一されていない。これは生産工程、ひいては生産施設の運営自体をイスカンダル人が掌握していなかったために生じたとされているんだ。絶対数が少ない彼らは、帝国を維持できるだけの軍隊や兵器を全て自分達のみで賄う事はできなかった。史書によればイスカンダルは、従属種族に軍役を課して中小艦を生産させたとされる。
だがこれは言うまでも無く危険な状態だ。従属種族はその気になればいつでも艦隊を設(しつら)えて反乱を起こせるからだ。現代の我々の場合、特に宇宙の工業施設は全て支配者たる一等臣民と名誉臣民が掌握している。そして被征服民に軍役を課して兵員や兵器を徴集していない。(※24)信頼性に欠ける上に反乱の温床になりかねないからだ。我々と正反対の施策を採らざるを得なかったイスカンダルは、したがって実際に度々、被征服民との戦争に見舞われる事になった」
艦艇史や技術史の観点からイスカンダル帝国の造艦に軽く言及した後、ヴェルテは反乱という次元を超える大規模な戦争(※25)がイスカンダル帝国内で何度も起きていた事を述べた。かつてヤマトがイスカンダル星に辿り着いた際、スターシャ・イスカンダル女王がヤマトの乗員にいみじくも語ったように、イスカンダル帝国は勃興から滅亡に至るまでの間、幾たびも「大マゼランを血で染め上げた」のである。ヴェルテは話を続ける。
「これに対してイスカンダルはどのような施策を行い、また行い得たのか。
人口の乏しいイスカンダル人は基本的に征服地の社会に干渉せず、貢納だけを要求したとされる。帰順した者は貢納と引き換えに帝国の保護を受け、自らの文化や社会の保持を許されるというやり方を採ったのだ。だが、その方策だけでは帝国を長期にわたり維持する事は不可能だっただろう。単純にそうするだけでは、従属種族達は帝国の支配が揺らぎでもすれば忽ち独立を求めて立ち上がるからだ。(※26)
征服地の支配機構に手を付けず有力者の地位を保証し、時に帝国の位を与え登用するという施策も行われたとされるが、史実を見る限りそれでも諸種族の忠誠を繋ぎとめるには不十分だったようだ。(※27)
イスカンダルのこうした事例を考えれば、帝国の支配を永続させるには人々が帝国に属する事で物質的な利益を得られ、なおかつ人々が帝国と言う一つの共同体の仲間であると意識するという、二つの条件を満たす必要があるだろう。我々の帝国は、正にそのような考えに基づき同化政策を推進している。征服地の人間にガミラスの製品を与え、ガミラスの生活様式を普及させる事で帝国を一つの共同体にしようとしているんだ」
(※27)征服地の有力者に官職を与える統治手法として有名なものに唐の羈縻(きび)政策がある。唐は服属した周辺民族の族長らをそのまま地方の行政機構(都督府・州・県)の長官に任命し、都護府がその長官達を監督した。しかしこの仕組みは周辺諸民族が独立の気運を高めるとあっけなく瓦解した。例えば突厥は七世紀半ばに唐に服属すると部族長達が都督府の長官である都督や州の長官である刺史に任命され、唐朝の官僚を都護とする燕然都護府の統制下に置かれたが、七世紀末に独立し突厥第二帝国を樹立している。
「兄さんがやっている同化政策は、歴史に学んだものだったのか」
イスカンダルの統治について語っていたヴェルテが、比較の対象としてガミラスの統治に触れたところでガデルが兄に尋ねた。ガデルにとって、兄が主体となって行っている同化政策の思想的背景を聞くのは初めてのことだったのである。今まで軍政について兄といろいろ語り合ってきたが、内政については基本的に関わる事無く深い知識も持たなかったガデルには、兄の語るガミラスの統治の話は新鮮な驚きであった。その弟に、ヴェルテは次のように答えた。
「それだけではないが、過去の帝国の事例を参考にしているのは確かだ。ついでに言えば、人々に物質的な利益を与えるという点では、私はアケーリアス文明が参考になるのではと思っている。アケーリアスは太古の昔から現代に至るまで全ての文明の源と称えられているが、それはアケーリアスが巨大建造物の建設などで諸惑星に確かな恩恵を与えてきたからだ。そしてその建造物のいくつかはワープゲートを代表として今でも人々に利便性を与え続けている。我々も、そのような国造りを目指すべきだろう」
ヴェルテの言葉には、単に実務家であるに留まらない、理想家としての彼の一面が現れていた。実のところ、ガミラスの同化政策とはいくつもの思惑が交錯する複雑な経緯を経て生み出された政策であった。征服地の同化を通して自らを支える忠臣を獲得したいデスラーと、純血ガミラス人を含む臣民の懐柔を目指す官僚団、そして征服地からの富により軍事力の増強を図る軍部。その全ての要望を満たす策として、各地に送り込んだ純血ガミラス人移民に事業を行わせる事は妙案と言えた。
――事業により移民達は富を得て、被征服民は財とサービスを与えられ、帝国政府に懐柔される。事業による生産の拡大は軍備拡充に直接に結びつき、さらにはガミラスの生活様式の普及を後押しする。結果として、共通の文化圏・共同体が誕生し帝国に帰属意識と忠誠心を持つ臣民が完成する。
ガミラスが大小マゼラン征服に乗り出した当時、新進気鋭のテクノクラートだったヴェルテは、こうしたガミラスの同化政策の構想を纏め上げるのに大きな役割を果たしたのだった。(※28)
遠大な構想と言うべき同化政策をヴェルテが纏め上げ得た背景には、彼の「ただ収奪するだけでは支配の永続は不可能」という、ごく現実的な判断と共に「被征服民に恩寵を施す事でその怨嗟を解消し、征服者と被征服民の融和を図る」という理想主義的な考えがあった。彼はガミラスの同化政策を、融和政策と位置付けていたのである。あくまで支配者側の一方的な考えであり、種族固有の文化の抹消にもつながる考えであったが、こと「帝国の支配を完成させる」という一点において、ヴェルテは一般的な純血ガミラス人とは少々異なる思想的立場にいた。(※29)
もっとも、ヴェルテが理想主義的な考えを持ち得た要因として、アケーリアスのような過去の文明に憧憬の念を抱いていたという側面も否定する事はできないだろう。哲学と歴史を好む文人たる彼にとって、過去の歴史に範を求める発想はごく自然な事であった。(※30)
軍人として「勝利か、死か」という無骨な世界に生きてきたガデルは、兄のそうした一面を自分には無いものと思っていたし、洗練された尊敬すべき美点であるとも思っていたのだった。
(※29)ただし、ヴェルテは被征服民の政治的登用に関しては他の純血ガミラス人同様消極的であり、その態度が変わったのはデスラーがガミラスに復権して以降の事であった。詳しくは第2節を参照の事。
(※30)その意味でヴェルテ・タランは、ローマをはじめとする古代文明を理想、或いは模範とした大勢の地球人とよく似たメンタリティを確かに有していた。

ヴェルテは再びイスカンダル帝国の統治について話し始めた。
「帝国を形成して以来、我々は、おそらくはアケーリアスもだが、人々の忠誠を得るために物質的な恩恵を与える政策を実施している。しかし、これをやるには一つの条件がある。支配する側に一定以上の人的資源がある事だ。建造物の建設や物品の製造とは、優れて人間的な営みだ。それらを考え出し、生み出すには多くの人手を必要とする。まして、生活様式、言ってしまえば文化は、人の営みそのものである為に多くの人間の活動がなければ広まらない。一人や二人の傑出した人間がいるだけではどうにもならないのだよ。
アケーリアスに文明を広め、人々に恩恵を施すだけの人的資源があった事は、(大小マゼラン)各地に残るアケーリアスの巨大建造物が証明している。これに対し、人口の乏しいイスカンダルはどうだったか。私の知る限り、イスカンダル帝国が建造したとされるものは大マゼランにおいてさえ殆ど見つかっていない。発掘される遺物の量もアケーリアス時代と比べ遥かに少ないんだ。つまり、イスカンダルは征服した者達に物質的な恩恵を殆ど何も与えられなかったと言う事だ。諸種族の上に君臨はしても、生産活動と軍隊のかなりの部分を彼らに委ねなければならなかったイスカンダルは、本質的に収奪するだけの存在にしかなり得なかった。
人心を得る最大の手段を使えないのであれば、後は強圧的な手段で支配する他無い。貢納や軍役に不満を抱き、反抗する軍事力まで有する従属種族達への恐怖から、イスカンダル帝国はいかなる反抗も粉砕できる強大な武力と、反抗した者は絶滅させるという恐怖で以って星々を治めるようになったと言われる。これが歴史学で一般的に語られる、イスカンダル帝国の統治の姿なんだ」
イスカンダルの統治に関するヴェルテの解説は、人口と言う要素が一つの国の社会や歴史に重大な違いをもたらすというものだった。アケーリアスとイスカンダルという二つの古代国家の相違。もし地球の知識人がヴェルテの話を聞いたなら、その人物はアテナイとスパルタ、ローマとカルタゴの相違を語る地球の歴史家達を脳裏に思い浮かべたことだろう。(※31)
――アテナイとスパルタは全く異なった方法で、農業が戦争形態に押し付ける物質的、財政的、倫理的な制約を解消した。スパルタは隣国メッセニアの全住民を奴隷化した。どの都市国家も――テッサリアの封建制、あるいはクレタ島の孤立した都市でも――これほどの規模の奴隷化を実行したことはなかった。しかし、スパルタはこれでそのエネルギーを農耕にではなく、無料の食料を確保するための軍事トレーニングにむけることになったのである。アテナイも紀元前五世紀には海軍力に目を向けるようになった。やがて海外の属国から貢納を集めることで、穀物の収穫期と戦闘期間を一致させる必要がなくなった。アッティカ地方の農民が総力戦という新ブランドの戦争のための課税に応じようとしなくても、あるいはできなくても、アテナイとスパルタは同盟国を脅すだけで資金が調達できた。紀元前五世紀のアテナイはしばしばアッティカ地方から全面的に撤退して、住民の安全を守った。その間、艦隊は無傷でパトロールを続けたのである。
こうしてアテナイとスパルタはポリスの経済的、軍事的制約から自らを解放したとはいえ、この二国の実情は全く異なっていた。アテナイは交易に熱心で、多数の外国人住民をかかえ、紀元前五世紀には海軍と見事に要塞化された都市や港湾を擁する国家へと発展した。アテナイはおそらくギリシアで最初の急進的な民主制国家だった。土地を持たない自由民にも選挙権を拡大したのである。また、アッティカ地方は当時のギリシアの基準から見れば人口――おそらく二十五万から三十万人――は多く、豊かだった。海運、鉱山収入、二十万エーカー以上の耕地があったのである。土地を持たない人々への選挙権の拡大で、政治に参画する市民の人口は二倍になり、かなりの規模の海軍の漕手が確保できるようになった。これが、その後の海外領土拡大と強化の原動力になった。
(中略)
これとは対照的に、スパルタは偏狭で孤立していた。海軍は小規模で、城壁もなく、貨幣経済とは全く無縁で、ラコニアの聖域に異邦人を歓迎するつもりなど全くなかった。その保守主義はアテナイの自由と同じくらい伝説的だった。年齢と階級による厳格な連隊編成は、人口が少ない――貧弱な人口はスパルタ人の呪詛の種だった――ことを意味していた。スパルタが一万以上の市民戦士を動員することはめったにない。アテナイとは違い、スパルタの戦略は単純だった。農奴(へロット)を抑圧せよ、ペロポネソス半島を北方人から守れ、できるだけ寡頭体制を支えよ、である。
(ヴィクター・デイヴィス・ハンセン「図説 古代ギリシアの戦い」 東洋書林 P.91~P.93)
――前264年、シキリア北端の都市メッサナへの干渉をめぐり、ついに両国は開戦した。第一次ポエニ戦争(前264~241)である。
この戦争は本質的に、ローマの人口と陸軍、カルタゴの経済力と海軍の戦いであった。ローマは、市民権制度を堅固な柱とした天才的な統治および植民政策、そして同盟政策(「分割せよ、しかして統治せよ」)によってイタリア全域に培ってきた約三百万もの人口を抱え、膨大な兵力の重装市民軍の動員が可能であった。この軍隊は市民意識に支えられた高度な規律と士気を誇っていたが、基本的にはアマチュアの指揮官=選挙で任命された政治家に率いられるアマチュアの軍隊であり、練度も技量も決して高くはなかった。また当時のローマ人は海を知らず、開戦当初にはごくごく小規模の警備艦隊を持つのみであった。
対するカルタゴの国制は、ローマのそれとは似ても似つかぬもので、あえて比べるならば、かつての第一回アテナイ海上同盟(デロス同盟)と軌を一にするものであった。カルタゴ市民権を持つ者の数は、せいぜい数十万でしかなかった。この数十万人が、野蛮に浮かぶ文明の砦として、内陸の原住民と各地の殖民都市を支配していたのである。ローマと同様、カルタゴの最高意思決定機関も元老院であったが、議員たちは富裕な商人貴族であった。人口が小であり、また貿易国家として長期戦が好まれなかったことから、カルタゴにはギリシアやローマのような市民軍制度はなく、貯えられた富を守るのはプロフェッショナルの傭兵部隊の仕事であった。これらの部隊を率いるのは同様にプロフェッショナルの将軍たちであったが、元老院の商人たちは決して彼らを信用しなかった。戦地より帰還した将軍たちは、元老院の百人委員会に詳細な報告を提出することを義務付けられ、敗北した者は、ほとんどの場合、召還され処刑された。将軍の誰かが華々しい戦功を挙げ、民衆の人気を集め、いずれは独裁者になることこそが、元老院の最大の悪夢であった。必ずしも安定しない体制防衛の必要から、外征したカルタゴ軍は優位な状況下でしばしば攻勢の中止を命ぜられ、軍事的な好機を逃すことも珍しくなかった。
しかし、カルタゴの軍事力の真の中心は陸軍ではなく、戦闘艦数百隻を擁する海軍であった。熟達した海の民であるカルタゴ人は、紀元前五世紀、ジブラルタルを出てアフリカ大陸を周航する探検隊を送り出し、少なくとも西サハラ、後世のもっとも大胆な解釈ではギニア湾にまで達せしめていた。
(有坂純 「世界戦史 歴史を動かした七つの戦い」 学研M文庫 P.99~P.101)
一人二人の天才だけでは文化は発展せず普及もしない、という文化論にも及ぶヴェルテの解説をガデルはじっくりと聴いた上で感想を述べた。
「用兵の世界では、手持ちの兵、即ち人の数によって採り得る策がまるで変わってくる。統治も同じと言う事なのか、兄さん」
これに対しヴェルテは次のように答えた。
「人の数というのは確かに一国の社会に重大な影響を及ぼし得る。だが、統治の性格は他の要因で決まる事も多いんだ。ここで述べたのは、あくまでイスカンダルの場合は人口が大きな要因になったのではないか、という事だ。そこには注意しておいてくれ、ガデル。…では次に、イスカンダル帝国での波動エネルギーの施策について話を進めよう。諸種族を心服させる事ができず、強圧的に支配せざるを得なかったイスカンダルが、波動エネルギーで何を行ったのか」
そのように言うと、続いてヴェルテはイスカンダル帝国の波動エネルギーの施策について言及を始めた。

イスカンダル艦に有効な支援を行う必要上、中小艦には波動エンジンが搭載されたとされる。イスカンダルは従属種族達に技術供与を行い、中小艦と共に波動エンジンをも生産させていたのだ。しかし、従属種族の反抗を防ぐ為、このエンジンにはいくつもの制約が設けられていた。まず、イスカンダルは従属種族達に波動コアの製造法を決して教えなかった。イスカンダルは彼らに、必要な数のみ波動コアを与えるようにしていたんだ。
(※32)そして、与えられた波動コアはイスカンダル自身が使用していたもの(※高出力系統波動コア)に比べ低品位のものだった。出力が低く、波動砲の装備はできない。必要最低限のスペック、それでもアケーリアスの中小艦より高性能だったとされるが、そういうものしか発揮できないようになっていた。しかも、イスカンダル製の機械の常として、信頼性も低い。全くの劣化品とも言うべきコアとエンジンだったわけだ。だが、実はこの従属種族達のエンジン。これこそが、現代の低出力系統波動エンジンの原型となったものなんだ」
イスカンダルが歴史的に使用してきた高出力系統波動エンジンと、ガミラスや他の大小マゼラン諸族が現代において使用している低出力系統波動エンジン。二つのエンジンが、古代イスカンダル帝国の波動エネルギー政策に起源を持つことをヴェルテは述べた。高出力だが故障が多く大量生産が困難な高出力系統に対し、現代型の低出力系統のエンジンがどのように生み出されたのか。ヴェルテはその過程について話を進めた。
「イスカンダルの支配を受ける従属種族達は、当然、あるいは必然と言うべきか、波動エンジンの自主開発に乗り出した。まず、波動コアをどのようにして製造するか。そこが最大の問題だった。何しろ原理も製造方法も分からないのだ。イスカンダルから与えられた低品位のコアを元に密かに研究が続けられたが、開発は困難を極めた。ただ模造品を作るだけで一説には百年以上を費やしたとも言われている。
そうして創られた低品位のコアを元に、更に二つの方向で研究が進められた。一つはイスカンダル艦と同等の高出力波動コアを創る事。もう一つは低品位のコアを実用的なものに改良する事だ。つまり、故障が少なく大量生産できるものにするという方向だ。彼らは超高性能のエンジンだけではなく、中小艦を上回る優良な量産エンジンをも作ろうとしたのだ。
前者の試みは、結局うまくいかなかったようだ。理由は高出力系統波動コア自体が抱えていた問題に帰せられる。一般に波動コアは、高密度――専門用語を使わずにそう言うが、高密度になるほどコンパクト化し高出力となる。(※33)高出力系統と低出力系統の違いとは、一言で言えばコアの密度の違いなのだが、高出力系統は高密度であるが故に安定化させるのが難しい。だからこそ大量生産が困難で完成品も故障が多かったのだ。イスカンダルはこの問題に目をつぶったままイスカンダル艦に使用していた。
一方、従属種族達は波動コアを高密度かつ安定的なものにしようとしたが、これが大きな失敗だった。イスカンダルでさえ解決できなかった事を、元々波動コアの製造ノウハウが未発達の従属種族達が成功できる見込みはなかったのだ。結局、彼らの試みは満足いく成果を得られないまま、後者の試みの成功、即ち低出力系統波動エンジンの完成を迎える事になった。
後者の試み、低品位コアの実用的な改良は、コアの高出力化に比べれば遥かに難易度は低かった。しかし、それでも低出力系統波動エンジンの完成までに百年から二百年もの時間を要したとされる。理由はエンジニアリングの本質に関わるものだ。
一般に、機械を生産しやすく故障しないものに改良するにはありとあらゆるものを改善する必要がある。製造設備、生産ノウハウ、材料の選定に製品の評価。これら全ての改善は一朝一夕にはいかない。時間をかけて積み上げるしかないんだ。まして、従属種族はイスカンダルの目を警戒しつつゼロからそれを行っていかなければならなかった。だからこそ何百年もの時間を要したのだ。しかし、その結果生まれたエンジンは現代に通じるものだった。即ち、出力こそ低いが故障が殆ど無く、大量生産も可能という、現代の我々のものと同じ種類のエンジンが誕生したんだ。こうして、イスカンダル帝国が滅びる滅亡の時代には、従属種族達は低出力系統波動エンジンを量産できるようになっていた。
一方、波動エンジンを密かに作ろうとした従属種族達の動きにイスカンダル帝国はどう対応したのか。当初、イスカンダル帝国は波動コアの研究自体を厳しく禁じていたとされる。禁を犯したものは滅ぼすという態度で挑んでいたんだ。しかし、帝国時代も後期になる頃には態度を軟化させ、低品位のコアに限り軍事目的以外での製造と使用を認めるようになったという。そうなった理由として様々な説が唱えられているが、ともかくそのような経緯を経て現代の低出力系統波動エンジンは広まっていったと考えられている」
「兄さん、一ついいだろうか」
ヴェルテによる波動エンジンの歴史の解説が一段落すると、ガデルが兄に尋ねた。何だというヴェルテにガデルは一つの質問をした。
「イスカンダル帝国は支配した種族に波動エンジンの技術供与を行ったとの事だが、それは被征服民に恩恵を与えたという事にはならなかったのか?波動エンジンを(被征服民が)勝手に作り出した後期の時代はともかく、彼らに民生用にいくらか波動コアを与えてやれば懐柔できたように思えたのだが、どうだったんだ?」
ヴェルテは少し考えを巡らせると、弟の質問に答えた。
「…史実を見る限り、波動エンジンの技術供与は従属種族達の懐柔にはならなかったようだ。イスカンダル帝国は、その存続期間を通じて数多くの反乱が起きている。中でも滅亡の時代以前に起きた三つの大反乱は特に大規模なもので、多くの種族が反乱に加わりイスカンダルの心胆を寒からしめたと言われている。(※34)歴史書においても、イスカンダルが諸種族に波動エネルギーの恩恵を与えたとするものはいくつかの例外を除き殆ど無いんだ。その理由は…そうだな、大抵次のように説明されている。
まず一つ、イスカンダル人の乏しい人的資源と生産力では大量の波動コアを作り与える事はできなかった。イスカンダルの低品位コアは高出力系統ほどではないにせよ製造に手間がかかり、大量生産が難しかった。そのため、波動コアは軍事用に供給するのが精一杯で民生用には殆ど供給されなかった。諸種族に恩恵を与えたとはっきり自覚してもらうには大量のコアの供与が必要だったろうが、それはそもそも無理な相談だったんだ。
そして二つ目、波動エネルギーそのものは中小艦を建造する従属種族達にとってさほど魅力的ではなかった。当時の彼らの多くがアケーリアス由来の空間跳躍技術を既に持っており、交易船や食料プラント(※ヤマトに装備されたオムシスに相当する設備)といった民生の用途にそれを使用していた。彼らは軍事目的以外で波動エネルギーに大きな価値があるとは思わなかったようだ。実のところ、波動エネルギーの民生分野での利用と普及は、(イスカンダル)帝国以後の時代まで待たねばならなかったんだ。
そして最後に三つ目。これが特に大きかったようだが、技術供与して作らせた中小艦の負担が非常に重かった。従属種族達からすれば、イスカンダルは自分達から収奪する為に技術を教えたと映っただろう。これについては後で詳しく話そう」
ガデルが腕組みをして考え込むように聞く中、ヴェルテは次の話題、イスカンダル帝国における従属種族について話を始めた。
「では、次にイスカンダル帝国と従属種族の関係について話を進めよう。滅亡の時代へと至るまでにイスカンダルと支配下の諸種族との間に何があったのか。
イスカンダル帝国は、先史時代から続いたアケーリアス文明よりも遥かに短命だったとはいえ、それでもかなりの長期にわたり大マゼランを支配している。その間、多くの種族が反乱を起こし滅ぼされる事となった。その多くはアケーリアスに縁(ゆかり)のある種族であり、イスカンダルは彼らを滅ぼした後に代わりとなる種族を創造している。そのため帝国が滅びる頃には大マゼランの種族のかなりの部分が入れ替わっていたと言われている。(※35)何故多くの反乱が起きたのか。それは多分に軍役の負担の重さや従属種族の地位の低さが原因であろうとされている。それぞれについてみていこう。

このように、イスカンダルの艦艇は非常に高コストだったと考えられているが、イスカンダル軍は史書によれば、最も版図を拡大した後期の時代には三百隻程度のイスカンダル艦と一万隻の中小艦を有していたと言われている。これだけの艦隊を造成するには、単純に考えても今現在大軍拡を行っている我々の艦隊のそれに匹敵するコストを要しただろう。現代の我々は艦艇生産を支配する側が行い、コストも負担しているが、イスカンダルはそれとは逆だった。被征服民は艦艇の生産を課せられ、その巨大なコストをも負担させられたんだ。
こうした苛斂誅求に加え、従属種族達は軍中においても粗末な扱いしか受けられなかった。彼らの中小艦は戦うための有用な捨て駒であり、その低い地位は呼び名にも現れていた。イスカンダルは彼らを“下僕(しもべ)”と呼んでいたんだ。それは同じ従属種族を“眷属”、“同胞(はらから)”と称したアケーリアスとは対照的だった。
以上のような重い軍役負担と冷遇ぶりから、多くの種族が帝国時代を通じて反乱を起こす事になったと言われている」
ヴェルテが従属種族についての話で最初に示したのは、巨大な軍事国家としてのイスカンダル帝国の姿だった。諸種族の反乱への恐怖が巨大な軍隊を生み、その負担が多くの反乱を引き起こし、それが更なる軍隊の拡大へと連鎖する。その結果としての宇宙の覇者か――。ガデルはそのように思いながら兄の解説を聞いていた。ヴェルテは話を続ける。
「では、これ程反乱に見舞われながら、何故イスカンダル帝国は長期にわたって存続できたのか。一つにはやはり、彼らの統治が巧みだった事を挙げねばならないだろう。反乱の発生は押さえられなくても、それへの対応には優れていたんだ。彼らは反抗した者を根絶やしにする恐怖を見せつける一方、従属種族の文化や言語、宗教や政治体制に関する情報を詳細に収集し、それに基づく飴と鞭を使い分ける対応を採ったとされている。その意味では彼らは、決して無能な統治者ではなかったんだ。
そしてもう一つの理由として、帝国末期を除き反乱を起こした種族達は決して一つに纏まろうとしなかった事も大きい。多くの種族が参加した三つの大反乱の時でさえ、反乱者達は互いの利害が揃わず別個に行動していたんだ。そして大反乱の際それに加わらない種族も多かった。イスカンダルはそうした種族達に反乱者の土地と財産を与える事で彼らを味方につけ、反乱を鎮圧していった。結局のところ、被征服民の全てが反抗しない限り、帝国の支配は揺らぐ事がなかったと言えるだろう(※36)」
ここまで語ったところで、ヴェルテは大きく息をついて話を小休止させた。巨大な軍事力と恐怖で以って宇宙に君臨し、諸種族の反抗を粉砕し続けたイスカンダル。この史上稀に見る帝国が、いかにして滅亡への道を辿ったのか。それについて話すため、ヴェルテは少し考えをまとめている様子だった。
これまでヴェルテの話を考え込むように聞いていたガデルが口を開いた。
「……恐怖と武断政治が(イスカンダル)帝国の実際の姿だったという事か、兄さん。現代の我々はイスカンダル帝国に様々なイメージを抱いている。宇宙の覇者、多くの敵を討ち滅ぼし、多くの種族を創造したという破壊と創造の体現者。恐怖の帝国のイメージも強いが、それ以上に現代(大小マゼラン)世界全ての人間がロマンと憧憬の念を抱く存在でもある。だが同時代の人間にとっては恐怖の圧制者でしかなかったのか。帝国への畏敬と憧憬のイメージは、全て後世になって生まれたという理解でいいのか、兄さん」
「今までの話を聞けばそう思うだろう」
ヴェルテは言った。
「ところが、イスカンダル史を見るとそうとも言い切れないんだ」
むっと意外そうな顔をしたガデルにヴェルテは続けて言った。
「あまねく星々、その知的生命体の救済――。宇宙の救済を旨とする現代イスカンダルの有名な言葉だが、この思想と我々を含め大小マゼランの方々で見られる、救済者としてのイスカンダル信仰の起源は、皮肉にも破壊と殺戮に彩られた帝国時代にまで遡る事ができるんだ」
数多くの種族を星ごと滅ぼした恐怖の圧政者と、地球をはじめとする数々の種族を救ってきた救済者。全く相反する両者が古代イスカンダルとどう結びつくのか。ヴェルテは話を再開した。
「思想としてのイスカンダル主義(※37)と、イスカンダルへの信仰。それらは帝国後期の版図が最大となった時代に生じたとされている。時の王だったアサルコス・イスカンダル(※38)は、それまで帝国が進出を続けていた天の川銀河での版図を拡大し、長らく抵抗を続けていた小マゼランの征服を完成させた。彼の為した征服の中でも小マゼランの戦争は、とりわけ凄惨なものであったという。
当時小マゼランはアケーリアス由来の有力な種族が数多く存在しており、彼らとの戦争は時にイスカンダル軍が敗走する程の激戦だったと伝えられている。そして戦争の結果、小マゼランの諸種族は殆ど全てが滅び去った。種族も、文明も、有人惑星も、全て失われてしまったんだ。一説には、現代の小マゼランに有人惑星が少ないのはその為であるとまで言われている。アサルコス王はこの戦争を深く後悔し、これ以降対外戦争を取りやめ『宇宙の救済』の実現を目指すようになったと伝えられている。
このアサルコス王の逸話は、彼自身や後世の脚色があるとも考えられるが、王の救済者としての行いはある程度史料的に実証することができる。彼は小マゼラン征服後各地に勅令を発して軍役の大幅な軽減を行い、自身の救済の考えを宣伝した。そしてその考えに則り、造物主政策により創造された種族達に技術を教え、その発展に力を注いだ他、諸種族に対し彼らが密かに開発していた低出力系統波動エンジンの軍事目的以外での使用を認めたと伝えられている。
このようにアサルコス王はそれまでの帝国の武断政治を転換したのだが、その中でも特に彼が征服活動を取りやめ、低出力系統波動エンジンの製造と使用を認めた背景については様々な事が言われている。
まず一つ、これまでの反乱で多くの種族が滅ぼされた結果、中小艦を提供できる技術を持つ種族が枯渇しつつあった。造物主政策により新たな僕となる種族達が創造されてはいたが、彼らは生まれて日が浅く、兵士以外に提供できるものがなかった。兵器、特に中小艦の供給源は少数の種族に限られるようになっていたんだ。そのため彼らがそれまで厳しく禁じられていた波動エンジンの独自開発を行っていても、それを理由に滅ぼすのはためらわれた。創造した種族達が中小艦を提供できる程“育つ”までは、彼らの活動を黙認せざるを得なかったという訳だ。
次に二つ目として、中小艦の供給源となる種族を育てるという側面がこの政策にはあった。反乱による種族の討滅と創造が繰り返された結果、当時帝国内に存在した種族の多くが宇宙船の建造技術すら持たない状態となっていた。彼らに波動エンジンを持たせ、造船技術と経済基盤の発展を促すためにも低出力系統波動エンジンとコアの製造を認める必要があったんだ。つまり、生産力の乏しいイスカンダル自身は大量の波動コアを提供できないため、かわりに諸種族へ在野の低品位波動エンジンの導入と製造を促したという訳だ。それにより、アサルコス王は諸種族、特に(宇宙船の建造技術すら持たない)未開だった者達に交易や惑星開発による発展の道を与えたと考えられている。(※39)
次に三つ目だが、イスカンダルが諸種族の反乱をそれまでずっと粉砕し続けてきた事も理由に挙げられるだろう。高出力の波動コアさえ禁じておけば、従属種族達が低出力の波動エンジンを量産し反乱を起こしたとしても、これまで通り鎮圧できると帝国は考えていたようだ。史実を見る限り、帝国は後の滅亡の時代に顕在化する低出力系統波動エンジンの利点と脅威に全く注意を払っていなかったと考えられる。
そして最後に、これは私個人の想像だが、アサルコス王もやはり一人の人間としてこれ以上種族を滅ぼすのはためらわれたのかもしれない。
以上のようにして、イスカンダル帝国の拡大はアサルコス王の治世で終わりを告げ、現代型の低出力系統波動エンジンが諸種族の間に広まっていったと考えられている」
――ガミラス大公国は解体され<大ガミラス帝星>となり、デスラーは永世総統の地位に収まった。彼は「宇宙恒久の平和を達成させる為にはイスカンダル主義の拡大浸透が必要であり、その為には他星へ進攻し武力をもって併合するのが神の意思でありガミラス民族の使命である」と説く、<デスラー・ドクトリン>を宣言。周辺惑星国家への進攻を開始したのである。
(ヤマト2199第三章パンフレットより抜粋)

(宇宙戦艦ヤマト2199全記録集 vol.2 P.142より抜粋 )
これらの記述から、イスカンダル主義は次のような要素で構成される思想体系ではないかと考えられる。
- 〔狭義のイスカンダル主義〕
- 〔広義のイスカンダル主義〕
- 〔デスラー・ドクトリンにおけるイスカンダル主義の『拡大』『浸透』〕
(※38)“アサルコス・イスカンダル王”とは、筆者がアショーカ王をギリシア語風に変換して創作した人物である。(アショーカ王の祖父であるチャンドラグプタはギリシア語資料(プルタルコス)ではサンドロクプトスと表記されているため、それに因んだ命名を行った。)スターシャ・イスカンダルがヤマトの乗員に語ったように、イスカンダルはかつて大マゼランを血に染め上げた恐怖の帝国だった。それが何故宇宙の救済を掲げるようになったのか。これについては、アショーカ王に相当する人物がいたのではないかと想像することも可能ではないだろうか。アショーカ王は伝説によれば多くの大臣や兄弟を殺すなど暴虐を極め、カリンガ戦争で大量殺戮を行った末に自らの行いを深く後悔したとされる。それ以後王は対外遠征には消極的になり「法(ダルマ)の政治」の実現を目指すようになったという。
(※39)従属種族の反乱の後に創造された、アケーリアス由来の技術を持たない(即ち宇宙船の建造技術さえ持たない)種族達には波動エネルギーへの大きな需要があったと考えられる。彼らは一度アサルコス王から「波動エンジンを作っても良い」と許されれば積極的に低出力系統波動コアとエンジンの技術導入を行っただろう。イスカンダル側は将来の中小艦調達に向け彼らに波動エネルギーの技術供与を行う一方、彼らの低出力系統波動コア導入の動きを“黙認”したと想像出来るのではないだろうか。
また、低出力系統波動エンジンを開発していた種族達は他の種族が低出力系統波動エンジンを導入する際ライセンス料を取ったと考えられる。その意味では開発者側の種族達にとってもアサルコス王の政策は利益のあるものだったと想像出来るのではないだろうか。
地球の歴史上の帝国でもよく見られた、武断政治から文治政治への転換がイスカンダル帝国においても為された事をヴェルテは述べた。ガミラスとの戦争で滅亡に瀕した地球を救った現代イスカンダルの行動規範は、実にこの過程で形成されていったのである。ヴェルテは話を続けた。
「…こうしたアサルコス王の政治がイスカンダルの声望を高めるのにどれだけ成果を収めたのかは定かではない。とはいえ彼は、歴史上に名高い王としてその名を記憶されている。はっきりしているのは、彼が現代イスカンダルの思想と救済者としてのイスカンダル信仰の原型を作ったという事だ。
イスカンダル信仰の起源については、学説の一つに次のように述べているものがある。
『アサルコス王の時代、当時未開だった種族達の間で王への崇拝と神格化が生じた。それらは数百年から千年以上の時間をかけて、イスカンダルそのものへの信仰へと変化していった――』
この学説では、イスカンダルの歴史的イメージの反転は帝国の滅亡後長い時間をかけて生じたとしている。帝国の恐怖の記憶が薄れ、帝国の末裔達による星々の救済が行われ続けた結果、恐怖の帝国から宇宙の救済者、そして歴史的ロマンの体現者へと帝国のイメージは変化していったと述べているんだ。
したがって、アサルコス王の時代、イスカンダル帝国そのものが同時代の諸種族に救済者と見られるようになったかについては、多くの論者は懐疑的だ。
だが、これはあくまで私個人の考えなのだが、もしかすると王は、イスカンダルを宇宙の救済者として諸種族に認めさせるのに成功していたかもしれない。というのは、イスカンダル帝国が滅んだ時、王族達はイスカンダルの民のように反乱軍によって根絶やしにはならなかったからだ」(※40)
イスカンダル帝国の統治について語るヴェルテの講義は、帝国の社会や制度にまつわる話題を遍歴した末に、いよいよその滅亡の話へと移っていった。
「…では、そろそろイスカンダル帝国の滅亡について話を進めよう。これまで話したように、イスカンダル帝国は長い恐怖支配の果てに破壊者から救済者へと姿を変えた。しかし、その転換を果たしたアサルコス王の死後、帝国は僅か数十年で滅んでしまう。この滅亡の時代についての王家に関する記録は殆ど残っておらず、多くを推測に頼るしかない。
まず、帝国滅亡のきっかけとなった、王位を巡る争いの起きた経緯だが、アサルコス王の晩年から記録が途切れている事から、その頃に政治混乱が起きたと推測されている。王自身の晩年はよく分かっていない。地位を追われ幽閉されたという伝説がある一方、諸種族の苦難を救う巡幸の旅の途上で没したとも言われている。争いが起きた理由も、王が急死した為と言う説や王の政策に反発した勢力がクーデターを起こしたと言う説があり分かっていない。
ともかく、帝国時代の末期に起きた王家の内紛は、帝国を二分する凄惨な戦いとなり、大マゼランに一大惨禍をもたらしたと伝えられている。…まあこれは今夜(の会話)の一番最初に話した通りだが、その時に波動砲で宇宙が引き裂かれたとも言われている。イスカンダルはこの大マゼランの危機を何らかの方法で解決したようなのだが、それから二十年ほど後に帝国を滅ぼす一大反乱が起きた。史書によれば、大マゼランの全ての種族が帝国に叛いたと言う。大マゼランの一大惨禍は、帝国の声望を決定的に失わせてしまったらしい。
この大マゼラン諸族の反乱はそれまでの大反乱とは幾つかの点で決定的に違っていた。一つは、反乱を起こした諸種族が統制された行動を取った事だ。彼らは『帝国を滅ぼす』という一点で結束し、バラバラに行動しなかった。そしてもう一つ、大マゼラン諸族の間には既に完成された低出力系統波動エンジンが普及していた。反乱軍の艦艇は現代型のエンジンを装備していたんだ。この新しい艦艇が、イスカンダル軍を破る決定的な要因となったようなのだ。
この二つの要因により、内乱で弱体化していたイスカンダル軍は反乱軍に敗北し、全滅したと伝えられている。こうして、イスカンダル帝国は崩壊し、イスカンダル人もまた、帝国と共に僅かな王族を残し滅亡したとされている」(※41)
――アッシリア人は歴史上ではひたすら武力を頼みとした民族として知られ、強大な軍事組織を持ち、軍事技術に多くの進歩をもたらした。しかし概して、極端な残忍さの故に記憶されている事が多い。彼らは世界で最初の巨大な軍隊と大帝国を作った。その成立には二つの要因がある。攻囲戦に秀でていた事、さらには徹底的な恐怖政治によって支配した事である。アッシリアの方針は、つねに、彼らに抵抗した者を見せしめにすることであった。これには、全住民の追放や、身体に恐ろしい罰を与える事も含まれていた。都市ニムロドの神殿から出土した碑文には、アッシュールバニパル王(前668~前626)が反乱を鎮圧した、ユーフラテス川沿いの都市スルの指導者達について述べている。「余は町の城門に柱を立て、反逆者の主だった者全ての皮をはぎ、柱を皮で覆った。ある者は柱の中に閉じ込め、ある者は串刺しにして柱に飾った」。こうした罰は珍しくなかった。さらに、このような非道な懲罰を記した碑文が、警告として帝国全土に建てられている。しかし、この種の国家公認の残虐さは逆効果だったように思われる。アッシリア人とその軍隊は敬意を払われ恐れられていたが、それ以上に憎まれており、帝国の支配地ではほとんど絶え間なく反乱が起きていた。このことは、アッシリアの歴史上、常に軍の水準を高める結果となっていた。中核となる兵士が極めて多くの経験を積む事ができ、常に臨戦体制にあったからだ。しかし長引く戦乱がついにはアッシリアの兵力を枯渇させた。前七世紀半ば、帝国は勢力が頂点に達した後、すぐに崩壊を始めた。帝国の諸民族はアッシリア人に深い恨みを抱いていたため、最初の亀裂が現れるやいなや機会に乗じ、終末は驚くほど早かった。前七世紀の終わりには、帝国の殆どいたるところで反乱が起きており、これは自由のための闘争だけでなく報復戦争でもあった。前612年、連合した反乱軍が首都ニネヴェを占領し焼き払った。聖書(ナホム書三章七節)によれば、世界で最も残忍な帝国の一つが無惨な最期を迎えたとき、中東全体が次のような感想を抱いた。「ニネヴェは滅んだ。誰が嘆くだろう?」
(サイモン・アングリム他 『戦闘技術の歴史1 古代編』 創元社 P.294~295)
イスカンダル帝国の滅亡の話を語り終えると、ヴェルテは大きく息をついて言った。
「…以上が、制度の面から見たイスカンダル帝国の統治の歴史だ。随分と長い話になったが、次はお前の番だな、ガデル。では聞かせてもらおうか、軍事面から見たイスカンダル帝国の滅亡と、波動砲が廃れていった過程を」
イスカンダル史についての長く極めて詳細なヴェルテの解説が終わり、ガデルに話のバトンが手渡された。ガデルはヴェルテに了解したと短く答えると、少しの間ヴェルテが語ってくれた内容を頭の中で反芻させた。恐怖支配への対抗として諸種族の間に広まった低出力系統波動エンジンと、一大惨禍の果ての諸種族の離反。これに破壊者から救済者へのイスカンダルの変遷が複雑に絡み合う。簡単ではないが、それだけにガデルにとっては知的好奇心を満足させる内容の話だった。
ヴェルテの話を頭の中で整理し終えると、ガデルはこれから話す波動砲の歴史について何から話すべきか考えを巡らせた。これから彼が話す内容もまた、兄と同じくらい長く詳細な話になるはずであった。宇宙の覇者だったイスカンダルが、どのようにして大マゼラン諸族に敗れ去ったのか。そして、最強の兵器だったはずの波動砲が、何故戦場から姿を消したのか。それは、イスカンダルの滅亡と不可分の話であるはずだった。
少しの時間が過ぎ、話すべき内容を頭の中ですっかり纏め上げるとガデルは自らを納得させるように軽く頷いた。そして、古代の戦史についての解説を始めた。
「…ではまず、古代の戦いについて軽くおさらいしよう。一般に、古代の戦いは機動力よりも火力が重視され、波動砲は正にその頂点に立つ存在だった。火力を最重視する戦いの様式が続く限り、波動砲を擁するイスカンダルは宇宙の覇者であり続ける事ができた。滅亡の時代、反旗を翻した大マゼラン諸族はこれに挑戦し、それ以降の戦いの全てを変えてしまったのだ」
そのように話を切り出すと、ガデルは古代の戦争の変化に言及した。
「火力を重視する戦争が、何故、どのように変わったのか。それには大マゼラン諸族の反乱と、低出力系統波動エンジンの完成が深く関係している。
まず、大マゼラン諸族はこれまでの従属種族達の反乱の失敗に鑑み、自分達の戦い方を変える決心をした。これまで言及した古代の戦いのように、横隊戦列を組むにせよ散開するにせよ、火力に任せ遠距離からの射撃に終始するやり方では、イスカンダル艦に粉砕される可能性が高いと思われたからだ。大マゼランの諸種族が反乱に参加する以上彼らの数の優位は圧倒的だったが、過去の大反乱の失敗からそれでも勝利は覚束ないと考えられたんだ。その意味で過去の従属種族達の反乱は、戦いの様態を変える決定的な要因の一つとなった。
そして、大マゼラン諸族には戦い方を変えるための道具が与えられていた。それが低出力系統波動エンジンだったのだ。この現代型のエンジンは、イスカンダルのそれと比べ出力こそ低いが低コストで大量生産ができ、機械的信頼性も高かった。軍用のエンジンとしては理想的なものに仕上がっていたんだ。
それに加えこのエンジンは、大軍の迅速な機動が可能という、それ以前のエンジンには無い画期性を有していた。それは古代アケーリアスのエンジンにも、イスカンダル帝国のエンジンにもない利点だったと聞いているが、それで間違いないな、兄さん」
低出力系統波動エンジンについてのガデルの質問に、ヴェルテが答える。
「ああ、それで間違いない。低出力系統波動エンジンの利点とは、ごく短い休憩時間を挟んでの連続ジャンプ(※ゲシュタムジャンプ、ワープの事)が可能で、ジャンプ時の空間負荷が小さく数千隻以上の大部隊が一度にジャンプする事も可能である事だ。それはこのエンジンが低出力であるが故に可能になった事なのだが、同時にイスカンダルのエンジンとは全く対称的な性質でもあったんだ。
イスカンダルの高出力系統波動エンジンは、高出力であるが故に一回のジャンプの跳躍距離が長く、長距離をより短期間で移動する事ができた。しかしその反面、短時間での連続ジャンプは不可能であり、しかもジャンプ時の空間負荷が大きく数百隻の部隊が一度にジャンプする事さえ困難だった。
実はこれが、イスカンダル艦が常に少数で運用され続けた理由の一つだったのだが、大部隊の迅速な機動が困難と言う点では中小艦部隊も同じ問題を抱えていた。イスカンダル製の低品位コアを用いた中小艦のエンジンは、本質的にイスカンダル艦のそれより低出力なだけで同じ性格を持ち、連続ジャンプは不可能で、数千隻単位の大部隊の一斉ジャンプも困難だったんだ。その為、イスカンダル軍は大部隊がジャンプする際は一隊ずつ順番にジャンプさせていたと考えられている。
一方、アケーリアスも状況はイスカンダルと似たり寄ったりで、彼らのエンジンも大部隊が一度にジャンプする事はできなかった。従って、低出力系統波動エンジンは大部隊の迅速な機動が可能と言う点で、両者のエンジンには無かった利点を確かに持っていたと言えるだろう」(※42)
- 短時間の休憩を挟んだ連続ワープができる他(第10話、第15話)、緊急ワープも可能(第23話)。これに対しイスカンダルのエンジンはそのいずれもできないと考えられる。(第15話でヤマトがワープアウト地点で攻撃された際、ヤマトはワープを行わずに逃げようとしている)
- 大部隊が敵の直近にワープアウトできる。(第15話)
- イスカンダルの波動エンジンと比べ出力が低く、ヤマトと同じサイズでは波動砲を装備できない。(波動砲装備を行うとデウスーラ2世のように艦体が大型化する)
- 予告ナレーションの地球滅亡までの日数から逆算すると、復路においてヤマトは二ヶ月弱でサレザーからバラン星に到達している。これに対しガミラスの基幹艦隊はバラン星からサレザーまで移動するのに三ヵ月を要している。この事から、イスカンダルのエンジンは通常のガミラス艦のエンジンに比べ一回のワープの跳躍距離が長く、長距離をより短期間で移動する事ができると思われる。(ただし、第25話ではデウスーラ2世やセレステラの宙雷艇 がヤマトを先回りしてバラン星に到達しているので、ガミラスのエンジンの長距離機動能力は艦の性能や運用によって大きく変わると考えられる)
低出力系統波動エンジンの特性とそれ以前のエンジンとの違いについてヴェルテが説明すると、ガデルは話を再開した。高出力系統のエンジンに対し空間跳躍距離という仕様上の性能では劣る一方、「大軍のワープによる素早い機動が可能」というこのエンジンが、古代の戦いをどのように変えたのか。
「うむ、よく分かった、兄さん。では話を再開しよう。大マゼラン諸族が利用できた低出力系統波動エンジンは、大量生産が可能な上、兄さんが話してくれたように大部隊をゲシュタムジャンプで迅速に機動させる事が可能だった。大マゼラン諸族はその利点を生かすべく艦艇に大きな変更を加えた。…まずはこれを見て欲しい。ここに表示した中小艦と新しい艦艇を見れば、幾つかの違いを見て取る事ができるだろう」
ガデルは話をしながらホログラムボードに旧来の中小艦と大マゼラン諸族の“新型艦艇”の図像を表示した。それぞれいくつも種類があったが、新しい艦艇にはいずれも艦首砲が装備されていなかった。しかも、旋回砲塔の配置が中小艦とは異なっている。ガデルはこの相違点について解説する。
「見ての通り、大マゼラン諸族が創った艦艇には艦首砲が装備されていない。これは艦艇の建造コストを大きく引き下げ、量産可能なエンジンと相まって艦隊の短期間の造成を可能にした。こうすることで大マゼラン諸族は、新型艦艇の数の優位をイスカンダル艦や中小艦に対しより大きなものにしたんだ。それと同時に、エネルギー消費の大きい艦首砲の廃止は、艦のエネルギーを機動へと集中させ、新型艦艇に非常に良好な機動性能を持たせる事に繋がった。大マゼラン諸族は、軍の移動だけではなく個艦単位においても敵を機動力で圧倒する事を意図したのだ。
火力ではなく、機動力の重視。これは砲塔の配置からも見て取る事ができる。砲塔の配置を見ると、中小艦が艦の前方に最大の火力を投射できるようになっているのに対し、新型艦艇は(艦の)横方向に最大の火力を投射できるようになっている。これは新型艦艇が機動力重視の縦隊で戦う事を想定していた為だ。従来の中小艦が火力を発揮するため横隊で戦っていたのとは対極の思想だった。(※図6参照)

このように、大マゼラン諸族は数と機動力でイスカンダル艦を頂点とするイスカンダル軍に戦いを挑もうとしていた。では、具体的にどう戦おうとしたのか。イスカンダル艦は波動砲により多数の艦を一度に薙ぎ倒せる火力を持ち、極めて堅牢なエネルギーシールドをも有している。対する新型艦艇は、機動力は非常に良好ながら火力は中小艦にさえ劣り、防御力は中小艦と同程度で貧弱だった。こうした船でどう戦ったのか。
結論を先に言えば、大マゼラン諸族は現代的な“機動戦”を行う事で敵の波動砲を封じ、打ち破ろうとしたのだ。この試みは大きな成功を収め、後に戦いの様態を決定的に変え、波動砲を衰退させる直接の原因となった」
火力を重視する戦争から機動力が求められる戦争へ――。イスカンダル帝国の滅亡の時代に生じた戦争の変化が、まず艦艇の構造の変化から始まった事をガデルは述べた。次に彼は、機動力を用いた新しい戦いの様式 である“機動戦”について説明を始める。
「ここで機動戦の概念について簡単に説明しておこう。現代の(大小マゼラン世界の)戦いの主流となっている機動戦とは、戦闘力の主要な構成要素である『火力』と『機動力』のうち、機動力を用いる戦闘の事をいう。機動戦は、戦闘行動として『有利な位置への機動』、『包囲』、『近接戦闘』の三つの形態に分ける事ができる。(※図7参照)機動戦を行う者は、状況に応じこの三つの形態を使い分けるが、その転換は非常に素早く行われる。機動から包囲へ、包囲から近接戦闘へ、あるいは近接戦闘から包囲へ。こういった戦いの転換が素早く行われるため、戦場の状況が目まぐるしく変わるのが機動戦の特徴となる。

このような特徴を持つ機動戦を行うには、何よりも『速度』が必要とされる。速度を発揮するためには、指揮官の果断な判断は元より、機動の容易な縦隊を基本とする隊形と、機動を前提とした艦艇が必要となる。
現代の我々の軍は、知っての通り機動戦を用兵の根幹に据え、それに適した兵器体系を構築している。例えば我々の艦艇は、火力や防御力は大した事ないが、機動性能がとにかく良好で数を揃える事ができる。この特性は、何より機動戦を行う為に必要となるものだ。理由は後で述べるとして、ここで兄さんに問いかけたい。現代の我々の艦艇と、(イスカンダル帝国)滅亡の時代に創られた新型艦艇が同じ構造をしているのに気付かないだろうか」
ガミラスの用兵理論を交えた機動戦の説明(※43)を述べた後、ガデルは滅亡の時代に生まれた艦艇と、現代のガミラス艦の類似性に言及した。彼は更に話を続ける。
「低出力系統波動エンジンという現代型のエンジンを備え、火力より機動力を重視する構造。これは、現代の我々や、我々と戦った大小マゼラン諸国軍の艦艇と全く同じものだ。この点において、現代の艦艇の原型は滅亡の時代に生まれたという事ができる。更に、滅亡の時代の大マゼラン諸族の戦いを詳細に分析すると、そこには現代の機動戦と全く同じ姿を見て取る事ができる。大マゼラン諸族とイスカンダル帝国の戦いは、現代的な機動戦が行われた、史上初めての戦いだったと考えられるのだ。
以上の事から、自分は現代の戦い方の起源がこの滅亡の時代にあると考えている。『現代型艦艇』と機動戦は、波動砲との戦いで生み出されたと結論できるのだ。(※図8参照)

では、機動戦はどのようにイスカンダルの波動砲を打ち破り、現代の戦いの主流となったのか。そして、現代型艦艇の特徴と性質は、機動戦とどう関係してくるのか。
それらについて述べる為に、次は機動戦の三形態である『有利な位置への機動』、『包囲』、『近接戦闘』のそれぞれが、現代型艦艇の特徴とどう関係するかを述べよう。その上で、大マゼラン諸族とイスカンダル帝国の戦いを見てみる事にしよう」(※44)

また、プラモデルを元にガミラス艦の内部構造を考えると、「波動エンジンの効能で燃料タンクが必要ない上にガミロイドの使用で乗員とその居住スペースを大幅に節約できるガミラス艦は艦の中央から艦首にかけて一体何が詰まっているのか」と疑問を覚える人もいるだろう。この問題については「ガミラス艦は内部の殆どがエンジンで占められている」と想像することができるのではないだろうか。劇中における高速を生かしたガミラス艦の戦い方や、波動エンジンやガミロイドといったガミラスの科学技術を考慮するとその方が合理的だからである。(艦橋が分離するゼルグート級航宙戦闘艦の場合、乗員が居住しているのは文字通り艦橋部分だけではないかと思われる。)

『現代の艦艇と戦いの源流はイスカンダル帝国滅亡の時代にある』という参謀本部の戦史研究で得た持論を話したところで、ガデルは話を小休止させた。今夜のガデルの講義の主要なテーマの一つである、「波動砲が古代に廃れた理由」はこれからが本論であった。ここまでのガデルの話を、ヴェルテは考え込むようにして聞き入っていた。技術史に造詣の深い彼にとって、滅亡の時代の艦艇の変化は既知の事柄であったが、それが波動砲を打ち破り衰退させる原因となったと言うのは初めて聞くことだった。彼が今まで読んだ技術史書や歴史書では、艦艇の変化は機動力を発揮できる現代型(低出力系統)波動エンジンの特性を生かす為であると解説されていたのである。そこでは現代型艦艇が波動砲を敗退させたという記述はおろか、波動砲とどのように戦ったのかという説明さえ為されていなかった。その意味で今ガデルが話している、参謀本部の戦史研究は彼にとって極めて示唆に富む内容であった。
とはいえヴェルテは弟の話を聞きながら、一つの疑問を思い浮かべていた。滅亡の時代に生まれた現代型艦艇が、何故波動砲を衰退させる決定打となったのかと言う点である。ガデルが話してきたように、現代型艦艇が登場するずっと以前に波動砲への対抗策は考案されていたし、イスカンダル軍もそれによりしばしば敗北を喫していた。現代型艦艇など作らなくても、従来型の艦艇だけで波動砲を打ち破るには十分なはずだったのである。波動砲に対抗する上で、従来の艦艇と現代型艦艇は何が違っていたのか。それを説明できないからこそ、技術史書や歴史書は「現代型艦艇は波動砲を敗退させた」と記述していないのではないか。それに対する解答を、これからガデルは述べてくれるだろう。そのように思いながらヴェルテは、ガデルがホログラムボードに図を何枚か表示していくのを見ていた。
少しの時間が過ぎ、話の準備が整うとガデルは講義を再開した。
「ではまず最初に、機動戦の三形態の一つ、『有利な位置への機動』について話そう。この形態は、敵の側面や背後といった弱点に機動して攻撃を加えるというものだ。これは後で述べる包囲や近接戦闘に繋がる行動でもあるのだが、現代型艦艇は中小艦やイスカンダル艦といった古代型の艦艇よりもこれを行うのに適した構造をしている」
そのように言うとガデルはホログラムボードに表示した図の一つを指し示した。
「これはイスカンダル軍と、中小艦と同じ『古代型艦艇』の軍が対峙していると想定したものだ。この図では、青がイスカンダル軍、赤が敵方となる。ここで、敵軍の一隊がイスカンダル軍の側面に廻り込もうと機動を始めたとしよう。イスカンダル軍は中小艦の一隊で敵軍の機動の阻止を図る。この場合は古代型艦艇同士の戦闘となるが、彼我の機動力が同じなため、イスカンダル軍は敵軍の機動を容易に阻止できる。図を見ても分かるように、イスカンダル軍は敵軍の進撃路上に先回りし、艦首砲で迎撃する事ができるだろう」
ガデルは話しながら図を変化させた。図上演習のように艦艇の記号が多数並ぶ図があたかもアニメーションのように動く。その図では、敵の側面に廻り込もうと斜め方向に進む敵軍艦艇を、イスカンダル軍艦艇が横にスライドして遮ろうとしていた。敵軍はイスカンダル軍よりも長い距離を進まなければイスカンダル軍の側面に廻り込む事ができない。同じ速度で進む両者の機動は、イスカンダル軍が敵軍の進撃を遮り、艦首砲で砲撃する所で終了した。(※図9参照)

ガデルは続けて解説する。
「このようにイスカンダル軍が敵軍を遮ると、敵軍は機動を止めて応戦せざるを得ない。機動中は艦首砲を敵に向けて使用できないからだ。もし仮に、両軍が移動中に撃ち合いとなりイスカンダル軍が艦首砲を使えなかったとしても、両者が相手に向けられる旋回砲の数は同じなため、イスカンダル軍は敵軍に対し劣勢に陥る事はない」
そう言うとガデルは図の一部を指で円を描くようになぞった。すると図が拡大され、両軍の艦艇が同航戦で撃ち合う様子が表示された。確かに両軍とも同じだけの旋回砲塔を相手に向け、射撃している。(※図10参照)ガデルの表示した図からは、古代型艦艇同士の機動戦は防御側が有利といえそうだった。ガデルは総括を述べる。

「こうした事から、古代型艦艇同士が戦う限り、イスカンダル艦を中小艦が援護するシステムはうまく機能する事ができた。現代型艦艇が登場するまでは、このシステムは鉄壁であったのだ。では、現代型艦艇が機動戦を行えばどうなるだろうか」
ガデルは今まで操作していた図を消すと、別の図を指し示した。
「今度は、イスカンダル軍と現代型艦艇の軍が対峙したと想定しよう。さっきの図と同様に、青がイスカンダル軍、赤が現代型艦艇の敵方となる。ここで、敵軍の一隊がイスカンダル軍側面への機動を仕掛けたらどうなるか」
ガデルは先程と同様に図を変化させた。敵軍の現代型艦艇が敵の側面に廻り込もうと斜め方向に進み、それをイスカンダル軍艦艇が横にスライドして遮ろうとする。そこまでは前の図と一緒だった。しかし両者の機動の結末は違っていた。イスカンダル軍に比べ優速の敵軍艦艇が、イスカンダル軍艦艇の側面に廻り込むのに成功したのである。機動の途中、イスカンダル軍艦艇は艦首を敵に向け砲撃しようとした。しかし、敵軍艦艇はそれをかわしてイスカンダル軍の側面へと機動を達成してしまった。(※図11参照)

ガデルは解説する。
「図のように、機動力に優れた現代型艦艇なら敵の艦首砲の迎撃をかわし、イスカンダル軍の側面に機動する事が可能だ。イスカンダル軍艦艇がそれを防ごうとすれば敵軍艦艇と同航戦を続けなければならないが、そうなるとイスカンダル軍艦艇は艦首砲を使用できなくなり、しかも撃ち合いで劣勢に陥ってしまう」
ガデルが図をなぞると図が拡大され、両軍の同航戦の様子が表示された。現代型艦艇と古代型艦艇の戦いは、艦の横方向に最大の火力を投射できる前者が見るからに優勢だった。ガデルは話を続ける。
「見ての通り同航戦を行うと、現代型艦艇の敵軍は全ての旋回砲塔を敵に向けられるのに対し、古代型艦艇のイスカンダル軍は一部しか旋回砲塔を向けられない。両者の射撃戦は敵軍が大きく優勢となる。イスカンダル軍艦艇は自らの最大の武器を封じられた上射撃戦で劣勢に陥るのだ。(※図12参照)この機動における現代型艦艇の優位は、現代型艦艇がゲシュタムジャンプを併用した場合更に顕著となる」

ガデルは別の図を指し示した。
「…この図のように、イスカンダル軍の直近に敵軍がゲシュタムアウトすれば、現代型艦艇の敵軍は優速を生かし一気にイスカンダル軍の側背に廻り込む事ができる。(※図13参照)機動する部隊が大規模であれば、古代型艦艇のイスカンダル軍はこれに対応できずに撃破されてしまうだろう。こうした機動と攻撃は、低出力系統波動エンジンの実用化により初めて可能となった事だ。その意味でこのエンジンは、正に機動戦における現代型艦艇の優位を決定的なものにしたのだ。

以上、ここでまとめておこう。砲塔配置の工夫や現代型エンジンの装備により、現代型艦艇は古代型艦艇より巧みに『有利な位置への機動』を行う事ができる。これにより大マゼラン諸族は、イスカンダルの中小艦部隊を打ち破りイスカンダル軍のシステムを崩壊させる事となった」
機動戦の三形態の一つ、『有利な位置への機動』についてのガデルの解説が終わったところでヴェルテが質問した。
「有利な位置を巡(めぐ)って互いに機動する戦いは、現代型艦艇が中小艦を凌駕するということは分かった。なら、中小艦が機動せず遠距離からの射撃に徹した場合はどうなるのだ?敵の機動に無理について行くより艦の向きだけを変えて砲撃する方が簡単だろう。まして艦首砲の射程は現代の我々の艦載砲の数倍に及んだとされるのだから、敵の動きに追従するのは容易だったはずだ。遠距離からの砲撃だけで敵の機動を撃退する事はできなかったのか?(※図14参照)」

「良い質問だ」
ガデルはそう言うと兄の質問に回答した。
「それは“高速で機動する相手に静止した状態で砲撃すれば防御できるか”という話になる。結論から言えばそれは不可能だ。中小艦が機動せず艦首砲で迎撃しようとした場合、迎撃は中小艦の一方的敗北に終わっただろう。機動する現代型艦艇は最大戦速で敵弾をかわし、動かない中小艦に容易に命中弾を与えられるからだ(※45)」

「もう一つ質問してもいいか」
ガデルの回答にヴェルテは重ねて質問した。
「古代と現代の旋回砲の射程の違いについてだが、古代の中小艦や大マゼラン諸族の現代型艦艇は、現代の我々を遥かに上回る遠距離から旋回砲の射撃を行っていたと技術史書では書かれている。艦首砲と同様に、古代の旋回砲は我々のものの数倍の射程を持っていたとされているんだ。ところが、古代と現代の旋回砲は出力等に殆ど違いはなかったと同じ書には記述されている。仕様が同じなのに何故ここまで射撃距離が違ったんだ?」
ヴェルテの質問は古代と現代の艦隊戦の交戦距離に関するものだった。現代のガミラス艦の場合、通常は距離八千(km?)を切る辺りで射撃が開始される。(※46)これに対し古代の艦艇は、その数倍の距離である二万から三万(km?)もの遠距離で射撃を行うのが普通だった。(※47)しかも古代の戦いは、艦首砲だけではなくそれより遥かに小口径の旋回砲もそのような遠距離の射撃に使用されていた。ガミラス艦が装備するものと変わらないビーム出力と収束率であったにもかかわらずである。何故このような交戦距離の違いが生じたのか。ヴェルテはそれを戦史研究を行ったガデルに尋ねたのだった。(※48)
(※47)ヤマト2199第3話において、収束型のヤマトの波動砲は二万三千kmの距離にある浮遊大陸を破壊しているが、より強大な出力を持つイスカンダル艦の波動砲は二万から三万km、あるいはそれ以上の距離の標的を拡散状態で破壊できたと考えられる。古代イスカンダルの波動砲は数万kmもの遠距離から行われる古代の射撃戦のチャンピオン的存在だったと想像する事ができるのではないだろうか。
(※48)映画「星巡る方舟」冒頭では、ガミラス艦隊が“通常の射程距離”以上の遠距離からガトランティス艦隊に向け射撃を開始している。何故ガミラス艦は遠距離射撃を行ったのか。「命中が期待できず、しかも命中しても破壊できない距離からはそもそも射撃しない」と考えると、ガミラス軍は“射程外”のガトランティス艦を撃破可能と見て射撃を行ったと考えられる。この事から、宇宙の戦いにおける交戦距離は戦いの様態によって大きく変化するのではないかと考えられる。(詳しくは後で述べるが、映画においてガミラス艦隊は横隊戦列を敷くガトランティス艦隊に対し、超遠距離からの射撃でも命中弾が期待できるため射撃を開始したと考えられる。)
兄の疑問に対しガデルは答えた。
「兄さんの言う古代と現代の違いは、一言で言えば戦いの様式の違いに起因しているのだが、それについて述べる前にまずは『射程』の概念について整理しておこう。一般に、宇宙における『射程』は、兄さんも知っての通り標的を破壊できる『最大射程』と、移動する標的に命中できる『有効射程』の二つに分ける事ができる。このうち有効射程は、最大射程に比べ距離が非常に短くなると同時に、戦いの状況によって極端に値が変わるものでもある。標的が動かなければ長くなるし、高速で動き回れば逆に短くなる。(※図16参照)それを踏まえた上で回答すると、古代の旋回砲の『有効射程』が現代の砲の数倍であるのはひとえに、古代の戦いが言わば『動きの少ない』ものであった為だ」

そのように言うとガデルはホログラムボードに横隊戦列の図を表示し、古代の戦いについて言及した。
「図のように古代型艦艇が横隊戦列を形成していたとしよう。戦闘が始まれば彼らは艦首砲を敵に向け射撃を開始する。その際個々の艦はどのように敵弾を回避するだろうか。普通に考えれば艦側面のサブスラスターを噴射して艦を横滑りさせ、敵弾を回避するだろう。サブスラスターの推力を考えれば、回避運動を行った際の位置変化は小さいはずだ。また、横隊戦列自体も戦闘中は激しく動き回る事はない。このような戦いの様式なら、仮に敵が遠距離から砲撃しても命中弾が期待できるだろう。敵からすれば、標的があまり動かないからだ。したがって、横隊戦列や散開した部隊同士が艦首砲を敵に向け、撃ち合うのが主流だった古代の戦場は、敵味方共に敵弾回避の必要上相当な遠距離から射撃戦を行うことになった。(※図17参照)

旋回砲は艦首砲共々、現代の戦いの数倍の距離から使用されていたわけだが、射撃を行うにあたり古代型艦艇は、最初に砲門数の多い旋回砲で敵の動きを止め、次に大威力の艦首砲で敵艦のエネルギーシールドと装甲を突破し撃破するという使い分けを行っていたと言われている。ともあれ古代の旋回砲が現代のそれの数倍の有効射程を持っていたとされるのは、古代の戦いは射撃の特性から艦艇があまり動かない様式であった為だ。
では、古代には極めて長大だった交戦距離が現代では何故短いのか。これも戦いの様式が大きく関係している」
古代の戦場の姿について解説すると、次にガデルはホログラムボードにガミラス艦の縦隊の図を表示し、現代の戦いについて言及した。
「知っての通り、我々の艦艇をはじめとする現代型艦艇は図のように縦隊戦列をとって戦う。この様式では戦列自体が戦闘中に大きく動き回り、個々の艦艇の回避運動も極めて位置変化が大きくなる。機動にメインスラスターを使用できるからだ。そのため敵は遠距離からの射撃では命中弾が期待できず、旋回砲の有効射程は古代と比べて非常に短くなる。(※図18参照)歴史的に言えば、旋回砲の有効射程が変化したのはイスカンダル帝国が滅び機動戦が戦いの主流になってからと言えるだろう。

…では、そろそろ本題に戻ろう。『有利な位置への機動』を仕掛ける現代型艦艇に対し、イスカンダル軍は対処し得なかったのか」
ヴェルテの質問に丁寧に答えた後、ガデルは再び機動戦の話へと戻った。話題は大マゼラン諸族の現代型艦艇とイスカンダル軍の中小艦の対決から、イスカンダル艦との対決へと移っていく。
「兄さんの質問のように、一箇所に留まったまま射撃を続ければ中小艦部隊は現代型艦艇に敗北する。それを避けようとすればイスカンダル軍は、中小艦部隊を敵に追従して機動させねばならない。しかしそれを行ってもイスカンダル軍のシステムは次の困難に直面した。まず、話したように中小艦では敵の機動を止められない。そして何より、機動を続ける味方が邪魔になって波動砲が使用できなくなる。イスカンダル軍は深刻なジレンマに陥ってしまうのだ。現代型艦艇が登場する以前なら、こうしたジレンマは生じなかった。敵が古代型艦艇で機動を仕掛けても、彼らは艦首砲を使う為必ずどこかで艦の向きを変え、機動を終了させたからだ。イスカンダル軍はそこで波動砲を使用すればよかった。
しかし、現代型艦艇ではそうはいかなかった。艦首砲の無いそれらは機動を止める必然性が無かったからだ。それらはいつまでもイスカンダル軍の周囲を動き続け、旋回砲で攻撃を加え続けた。その方が最大の火力を発揮でき、イスカンダル軍の防御砲火もかわせたからだ。
こうした現代型艦艇の特性により、中小艦にイスカンダル艦を支援させるシステムは破綻した。中小艦は全く戦いの役に立たなくなったのだ。従って、現代型艦艇と戦ったイスカンダル軍はどこかの時点で中小艦部隊の機動を止めさせ、イスカンダル艦自らが現代型艦艇を迎撃に出ざるを得なくなった。(※図19参照)

中小艦部隊が阻止行動を止めれば、当然の結果として現代型艦艇の部隊はイスカンダル軍を包囲に追い込む事ができる。そのため現代型艦艇とイスカンダル艦の対決は、包囲を行う現代型艦艇をイスカンダル艦が波動砲で迎撃するという形になった。果たして波動砲は状況を打開できるだろうか。史実を先に言えば、できなかった。それどころか波動砲は包囲により無力化されてしまったのだ。
このことに関連して、次は機動戦の別の形態である『包囲』について話そう」
機動戦の三形態の一つ、「有利な位置への機動」についてすっかり語り終えると、ガデルは機動戦の別の形態である「包囲」について話すべく資料の準備を始めた。ホログラムボードに図を表示させ、様々に変化させる。どのように話を進めるか考えをまとめているようだった。ヴェルテはその間、ガデルが語った内容を頭の中で整理する。弟が解説してくれた「有利な位置への機動」は、主に大マゼラン諸族の現代型艦艇とイスカンダル軍の中小艦の対決の話だった。イスカンダル艦を支援する中小艦を打ち破るのに、「有利な位置への機動」という戦い方は決定的な効果を挙げた。ならば、次に語られる「包囲」はイスカンダル艦、ひいては波動砲を打ち破るのに決定的な戦い方となるのであろう。ヴェルテはそう思いつつガデルが話すべき内容を頭の中でまとめ終わるのを待っていた。
やがて、ガデルは作業を終えるとヴェルテの方を向き、宇宙の戦いにおける「包囲」について解説を始めた。
「…では、まず最初に原則的な事から話を始めよう。一般に、宇宙の戦いにおける包囲は多くの用兵家が目指す事だ。現代の我々に限らず、滅亡の時代の大マゼラン諸族も、更にそれ以前のイスカンダルの敵対者達もそれを行おうとしてきた。何故か。それは単に敵を殲滅できるという理由からではない。包囲を達成すれば敵の砲火を分散させ、逆に味方の砲火を集中させる効果が期待できたからだ。それはイスカンダルの敵対者達にとって波動砲と戦う上で死活的に重要な効果だった。…まずはこの図を見て欲しい」
そう言うとガデルはホログラムボードに向かい合い、表示モードを平面から立体へと切り替えた。やがて一つの立体ホログラムが表示される。大きな球の内部に小さな球が一つ入った映像だった。ある軍が別の軍を立体的に包囲しているのだろう。ガデルが説明する。
「これはイスカンダル軍を敵が包囲したモデルだ。外側の赤い球が敵軍、中央の青い球がイスカンダル軍…正確には百隻程度のイスカンダル艦部隊だ。今、包囲されている中から三十二隻のイスカンダル艦が外側に向かって波動砲を発射したとしよう。包囲陣に対する波動砲の照射範囲は次のようになる」(※49)(※50)
一方、ガミラスの波動砲は第23話でデスラーが総統府に突き刺さったヤマトに対しデスラー砲を「出力を絞って」使用しようとしていた事から、出力と照射範囲を任意に変更できる仕様になっていると考えられる。波動砲の本家本元とも言うべき古代イスカンダルの波動砲は、ガミラスの波動砲と同様に出力と照射範囲を任意に変更できる仕様になっていたと思われる。
では、イスカンダル艦の波動砲はどれ程の範囲を照射できたのか。収束状態で発射されるヤマトの波動砲は二万三千kmの距離からオーストラリア大陸程の大きさ(四千km程度)の浮遊大陸を破壊している(※ヤマト2199第3話より)。
この描写を元に、筆者は「より強大なイスカンダル艦の波動砲は二万kmの距離からは直径四千kmの範囲、そして三万kmの距離からは直径六千kmの範囲の艦艇を拡散状態で照射し破壊できた」と仮定し、論考を行う事とした。(※図20参照)

(※50)イスカンダル軍の球形陣の直径は四千km、それを包囲する包囲陣の直径は四万四千kmと想定している。
ガデルはホログラムを変化させた。包囲されたイスカンダル軍から三十二の円錐状のビームが外側へ向かって伸びていく。波動砲のビームは包囲陣に到達すると変化を止め、包囲陣への波動砲の照射範囲が示された。その大きさは包囲陣に対しごく小さなものでしかなかった。もし一般人がこれを見たなら、「敵を一気に覆滅できる」という波動砲のイメージを裏切る結果に見えただろう。ガデルが解説する。(※図21参照)

「見ての通り、波動砲は包囲陣のごく一部しか照射できていない。ここで示した三十二隻というのは、今日の(デスラー砲運用の)会議で兄さん達が示した『宇宙を引き裂かない最大限の発射数』だ。(※詳しくは第3節を参照の事)それを以ってしても包囲陣を覆滅できていない。無理に例えば敵の三分の一を屠ろうとすれば同じ射撃を五、六回はしなければならないだろう。(※図21参照)そうなれば宇宙は引き裂かれてしまう。したがって、イスカンダル艦は自滅を避けようとすれば波動砲で敵を覆滅できない事になる。
では、次はこの図を見て欲しい。これは横隊戦列をとる十六隻のイスカンダル艦が正面の敵に波動砲を発射したモデルだ」
ガデルは別の立体ホログラムを表示した。十六隻のイスカンダル艦が展開して正面の敵戦列と向かい合っている。ガデルがホログラムを変化させると十六本の円錐状のビームが伸びて行き敵戦列を捉える。波動砲は敵戦列の殆どを照射していた。(※図22参照)ガデルが解説を加える。

「このケースでは波動砲は敵を殆ど照射できている。これで明らかなように、さっきのモデルより少ない砲数でも正面に集中させれば敵を一気に覆滅できる。イスカンダル艦が歴史上十数隻という少ない単位で運用された最大の理由がこれだ。正しく運用できればその程度の数でも、当時において標準的な数百隻規模の戦列を一気に撃滅できたのだ。
以上、提示した二つのモデルから次の事が言えるだろう。正面に対し絶大な威力を持つ波動砲も、包囲されれれば砲火が分散し敵を覆滅できなくなる。宇宙を引き裂く危険を考えれば射撃を何回も行うことはできず、なおさら敵の撃破が困難になる。イスカンダルの敵対者にとって包囲は、したがって自らの身を守る戦い方となり得たのだ。
では次に、今度は見方を変えて攻撃の観点から包囲について考えてみよう。先程の包囲のモデルをもう一度見て欲しい」
そう言うとガデルはイスカンダル軍を敵が包囲した立体ホログラムを再び表示した。イスカンダル軍が発射した波動砲の表示をリセットすると、像は元の大きな球の内部に小さな球がある状態に戻る。ガデルは続けて言った。
「百隻規模のイスカンダル軍が図のように小規模な球形陣をとり、それを包囲側が砲撃した場合砲火はこのようになる」
ガデルがホログラムを変化させると、包囲陣から内側の球形陣へ向け数十本の細い棒状のビームが伸びていった。球形陣に到達したそれらは陣内で複雑に交差し絡み合い、球形陣はビームの塊で霞んで見えない状態になってしまった。(※図23参照)ガデルが解説する。

「見ての通り砲火が包囲の中心で極端に集中し、球形陣は支離滅裂の状態になってしまう。逆に今度は包囲された側が反撃したとしよう。さっきと同数の砲を発射したとするとその砲火はこのようになる」
ガデルが再びホログラムを変化させる。球形陣から外側へ向け同じ数十本のビームが伸びてゆくが、包囲陣に到達したそれらはひどく疎らな状態だった。包囲の中心と外側では砲火の密度が全く異なるのが一目瞭然だった。(※図24参照)ガデルが解説を加える。

「…どうだろうか、外側へ行けば行くほど砲火の密度が薄くなってしまうのが分かるだろう。もし包囲された側が包囲の中心と同じ密度の砲火を包囲陣へ浴びせようとすれば、今の数よりずっと多くの艦が必要となる。
これを包囲する側から見ればこう言い換えることができるだろう。『常に敵と同数以上の砲を揃えれば、敵に包囲で絶対的な優位に立てる』。
そして、今一度包囲された波動砲の件を思い出して欲しい。大威力だが極端に数の少ないそれは、包囲されると無力化し包囲を全く破ることができなかった。
これらの事から一つの原則を導き出す事ができる。即ち、三次元空間における包囲は、砲の威力よりも数の方が重要な要素になってくるんだ。戦闘形態としての包囲は、攻める側も守る側も数を揃える事が決定的に重要になる。
ここで兄さんに問いかけたい。現代型艦艇である我々の艦艇は、火力や防御力は大した事ないが機動性能がとにかく良好で、数を揃える事ができる。これは何故だろうか」
ガデルはヴェルテに問いかけを行うと、その答えを待つ事無く言葉を続けた。
「機動力、そして数という我々の艦艇の特性。それこそが、機動戦の一形態である『包囲』を行うのに必要となるものだからだ。機動力で包囲を成し、数で以って敵を制圧する。これを行うが為に艦首砲やエネルギーシールドを省略してでも機動性と量産性を追求しているんだ。艦首砲の省略による火力の低下は、包囲で砲火を集中させれば十二分に補える。簡易シールドによる貧弱な防御も、高速の機動で敵弾をかわせば問題ない。その意味で我々の艦艇は、機動戦を為す速度こそが最大の武器となるのだ。古代の大マゼラン諸族も、同じ方法論を用いた。我々と同種の現代型艦艇に包囲を行わせる事で、その貧弱な火力と防御力を補ったのだ。
以上、ここでまとめておこう。機動戦の一形態である『包囲』は、別の形態である『有利な位置への機動』により達成される。包囲により、包囲する側は敵の砲火を分散させて身を守り、逆に自軍の砲火を集中させ攻撃力を高めることができる。この性質により包囲は、攻める側も守る側も数を揃える事が決定的に重要となる。滅亡の時代、大マゼラン諸族はこうした『機動戦の包囲の原則』を用い、イスカンダル艦の波動砲を無力化しその強固なエネルギーシールドを突破しイスカンダル艦を撃破していった」
「ガデル、質問してもいいか」
宇宙における「包囲」の原則について、ガデルの解説が一段落するとヴェルテは質問した。
「包囲は砲の威力よりも数が重要になるという事だが、なら何故古代の艦首砲は滅亡の時代までずっと使われ続けてきたんだ?イスカンダル軍を包囲して撃破する試みは滅亡の時代以前にもずっと行われてきたのだろう?お前が図で表示していたイスカンダル軍側面への移動と攻撃も包囲の内に入るのではないか。もしそうであれば『砲の威力よりも数が重要』という原則は繰り返し確認されていた筈だ。何故滅亡の時代以前の(イスカンダルの)敵対者達は艦首砲を捨てて艦をひたすら量産する方向に向かわなかったんだ?
それともう一つ、包囲による砲火の集中についてだが、包囲の中心に留まるのではなく球形陣を膨らませて空間を確保すれば集中砲火を浴びる事は避けられるのではないか?」(※図25参照)

包囲の原則についてのヴェルテの疑問にガデルは答える。
「兄さんの疑問についてそれぞれ回答すると次のようになる。
まず、艦首砲が滅亡の時代まで使われ続けてきたのは、 機動が失敗した時の為に必須の装備だったからだ。包囲の為に機動を仕掛け敵に行く手を遮られた場合、戦いは正面からの撃ち合いとなる。そうなった時の為に艦首砲は必要とされたんだ。
確かに兄さんの指摘どおり、イスカンダル軍を包囲で破る試みは滅亡の時代以前も数多く試みられてきた。滅亡の時代以前の戦いでイスカンダル軍が敗れたのは大抵それが成功した時だった。だから『包囲の原則』それ自体はかなり早い時代から認識されていたと考えられる。しかし艦首砲を廃し理論どおりの包囲を行うのは現実には困難な事だった。中小艦部隊を決定的に破る必要があったからだ。
もし仮に、滅亡の時代以前のイスカンダルの敵対者が艦首砲を廃止し、現代型艦艇のような船を多数作ったとしてもおそらく滅亡の時代のような成功は得られなかっただろう。なぜなら、現代型艦艇の古代型艦艇に対する速度の優位や機動時の火力の優位は、あくまで相対的なものであって絶対的なものではなかったからだ。滅亡の時代以前にそのような船が現れれば、イスカンダル軍は中小艦に砲塔を増やす、エンジンを大型化するといった改良を施して不利な部分を補っていただろう。
滅亡の時代、現代型艦艇が中小艦を決定的に破る事ができたのは低出力系統波動エンジンの装備によるところが大きい。敵の直近に大部隊でゲシュタムアウトできるこのエンジンのおかげで、現代型艦艇は小手先の改良ではどうにもならない程の機動力の差をつけることができたんだ。逆に言えば、このエンジンで中小艦を破る算段がついたからこそ、大マゼラン諸族は艦首砲を捨て去る決断ができたと言えるだろう。
以上、艦首砲についてまとめよう。滅亡の時代以前、艦首砲は機動が失敗したときの為に必須の装備だった。艦首砲をなくすにはイスカンダルの中小艦部隊を機動戦で決定的に打ち破る必要があったが、それは低出力系統波動エンジンの登場まで待たねばならなかった。このエンジンにより、滅亡の時代の大マゼラン諸族は艦首砲を廃した現代型艦艇で中小艦部隊を打ち破り、理論通りの包囲を行うことができるようになった。
…艦首砲についてはそれでいいだろうか、兄さん」
ヴェルテの質問の内一つ目の疑問について回答するとガデルはヴェルテに確認を取った。ヴェルテが「よく分かった」と答えるとガデルは二つ目の疑問について回答を始めた。
「では、二つ目の疑問について説明しよう。包囲が行われた時、包囲された側は狭い領域に固まれば砲火が集中して壊滅する。そこで包囲の中心から外側に向かって広がれば兄さんの指摘どおり集中砲火を避ける事ができる。包囲された側は空間を確保する事が重要になるのだが、それをやるにもやはり数が必要となる。なぜなら、包囲する側がされる側より数で大きく勝る場合、包囲される側は個々に分断・包囲され各個撃破される危険が高まるからだ」
ホログラムボードに図を表示しつつ説明すると、ガデルは結論を述べる。
「したがって、包囲された側が空間を確保するには包囲する側と同等以上の兵力が必要になる。(※図26参照)この事から次の事が言えるだろう。宇宙の戦いでは数で劣る側は包囲を受けると絶対的な危機に陥る。そのため(数で)劣勢な側は敵が包囲を仕掛けてきた場合、それが完成する前に自軍の一隊で敵の機動の阻止に努めそれに失敗した場合は敵の一隊に接近戦を挑み突破しなければならない。(※図27参照)結果として戦闘形態としての包囲は、それが為される過程で艦同士の接近戦が行われる傾向にある。殊に有利な位置への機動と、それに続く包囲が頻繁に行われる現代の機動戦は、かなりの確率で敵との近接戦闘が行われる。このことに関連して、次は機動戦の最後の形態である『近接戦闘』について話そう」


機動戦の三形態の一つ、「包囲」についての解説が終わり、ガデルの講義は機動戦の最後の形態である「近接戦闘」の話題へと入っていった。ガデルはホログラムボードに図を何枚か表示すると、それ以上資料の準備に時間を掛ける事無く話を始めた。
「機動戦の三形態の一つである『近接戦闘』は、今述べたように他の形態である『有利な位置への機動』や『包囲』を行う際、それを阻止しようとする敵との間で生起する事が多い。そして機動戦における近接戦闘の特徴は、他の二形態とはっきり区別できる戦いをしない事だ。つまり、近距離で敵味方入り乱れる状況であっても敵を小部隊レベルで包囲する事は行われるし、敵を効果的に打撃できる位置へ組織的に機動する事も行われるという事だ。他の二形態と違うのは、それらが敵と極めて近い距離で行われる事だ。
こうした戦いでは『組織的な機動力』と『数』が重要になる。それぞれ説明しよう。
まず、『組織的な機動力』だが、近接戦闘では艦艇が単独で戦うことはやってはならない事とされる。敵の格好の標的になるだけだからだ。多数で一隻を襲う、この戦争の基本を徹底するには、部隊が組織的かつ迅速に機動できなければならない。艦には機動性能が求められ、部隊には容易に機動できる隊形が求められる。
そして『数』だが、近接戦闘では小規模な包囲が多数行われる。今まで話したように、宇宙での包囲は数が重要になるため、近接戦闘においても数が必要とされる。
こういった数と組織的な機動力が求められる近接戦闘に、現代型艦艇は極めて適している。数を揃えられ、機動力に富み、機動が容易な縦隊をとって戦うからだ(※図6及び図8参照)。尚、余談ではあるが現代の我々は五隻程度の縦隊を円筒形に配置する隊形を取って戦う。これは近接戦闘で小規模な包囲ができるようにする為だ。(※図28参照)この隊形を始めとして現代の機動戦は、敵を近接戦闘で分断・包囲する様々なノウハウが考案され発展を遂げている」

話を続けながらガデルは、ガミラスの戦闘隊形を表した図を指し示した。五隻のガミラス艦による一列縦隊が縦に二つ並べられ、その計十隻のガミラス艦の縦隊が円筒状に配置されている。近接戦闘の際、ガミラスはこの円筒を狭めたり広げたりして敵の隊列を寸断し包囲に持ち込むのである。かつて地球艦隊やヤマトが目の当たりにした戦闘隊形の図をヴェルテに示すと、ガデルは近接戦闘の歴史について言及を始めた。
「こうした機動戦の一環としての近接戦闘は、歴史的には滅亡の時代以降に一般的に行われるようになったとされる。それ以前の時代では、近接戦闘は包囲を突破するといったやむを得ない場合を除き殆ど行われなかった。というのは、近接戦闘は古代的な艦首砲が全く意味を成さない戦いだったからだ」
そのように言うとガデルはホログラムボードの図の一つを指し示した。艦首砲の射界を示す扇状の図形を敵艦が横切る図だった。ガデルは説明を加える。
「この図を見れば明瞭に分かることだが、艦首砲を備える艦は標的が接近すればするほどそれを艦首砲の射界に捉える事が難しくなる。(※図29参照)そして標的が味方の隊列に突入し混戦状態になれば大威力を持つ艦首砲の一斉射は行えなくなる。近接戦闘になると艦首砲は威力を封じられてしまうのだ。

そのため艦首砲による射撃戦が行われていた古代の戦場では、近接戦闘は包囲を突破するといったやむを得ない場合を除き避けられていた。敵味方とも相手が懐に飛び込んで来ないよう距離を置いて戦っていたんだ。 滅亡の時代、大マゼラン諸族はこの当時の戦いの方式に反し近接戦闘を機動や包囲と並ぶ戦いの主軸に据えた。理由は言うまでもなく波動砲を封じる為だ。一旦混戦状態を作り出してしまえばイスカンダル軍は波動砲を使えなくなる。戦いは敵弾を回避する機動性能と旋回砲の数で決せられ、そうなると高速で数に勝る現代型艦艇に分があった。イスカンダルとの戦いにおいて大マゼラン諸族は、機動と包囲でイスカンダル軍に大損害を与えた後、最後の段階で近接戦闘を挑みイスカンダル艦に止めを刺すこととなった。
…以上が、現代型艦艇と機動戦の関係だ。長い話になったが、機動戦の三形態である『有利な位置への機動』、『包囲』、『近接戦闘』のそれぞれが現代型艦艇の特徴と密接に関係している事が分かっただろうか、兄さん」
近接戦闘についての話を終えると、ガデルはこれまでの講義を総括し、ヴェルテに確認した。ヴェルテは少しの間腕組みをして考え込み、弟の講義の内容を頭の中で反芻させる。決して簡単ではない内容だったが、ヴェルテにとっては艦艇史にまつわる大きな疑問を解消してくれる講義だった。
滅亡の時代に生まれた現代型艦艇が、何故波動砲を衰退させる決定打となったのか。それ以前の古代型艦艇でもイスカンダル軍を破ることはできたのに、波動砲に対抗する上で従来の艦艇と現代型艦艇は何が違っていたのか。ガデルが示した解答は、つまりはこういう事であった。
こういった説明は用兵学に通じていなければ不可能であっただろう。なるほど史書や技術史書で「現代型艦艇は波動砲を敗退させた」と解説されていないわけだ、とヴェルテは思った。
今夜のガデルの講義は一つの山場を迎えた。何故波動砲は古代に廃れたのか。そして何故今、波動砲は使われようとしているのか。二つのテーマの内前者の理由の一端がガデルにより明かされた。次は古代イスカンダルがどのように戦いに敗れ滅び去ったのか、その姿が語られるだろう。
ヴェルテは弟の語った内容を頭の中で整理し終えると、話の続きを促した。ガデルは分かったと頷くと、滅亡の時代に行われた古代イスカンダルと大マゼラン諸族の戦いについて語り始めた。
「…では、話に入ろう。滅亡の時代の古代イスカンダル帝国と大マゼラン諸族の戦いはどのようなものであったのか。
イスカンダル帝国が破れ滅びることになったこの戦いは、我々の星であるサレザー恒星系の近傍で行われた事から“サレザーの戦い”と称されている。まず、戦いまでの大まかな経緯から見てみよう。
アサルコス王の死後、王位を巡る争いがあってから二十年程のち、大マゼラン諸族は一斉に反旗を翻した。反乱はイスカンダルが内乱で半壊した軍を再建する最中(さなか)に起きたとされる。反乱のきっかけは大マゼラン諸族に課せられた中小艦の軍役負担であったといわれるが詳細は不明だ。
反乱軍の装備の充実振りから、反乱は周到に準備されたものだったとされる。大マゼラン諸族は互いに密約を交わし、現代型艦艇を創りそれを使う戦いを訓練した。イスカンダルは反乱の企てを察知できなかったようだ。内乱による体制の混乱に加え大マゼラン諸族が総がかりで計画の秘匿に努めたからだ。また、戦力が極めて急速に整備された事も大きい。イスカンダルにはある日突然大軍が姿を現したようにも見えただろう。
反乱軍の戦力は次のようなものだった。まず、従来型の中小艦が二千隻。これは軍役で建造した分をそのまま流用したとされる。そして現代型艦艇が一万隻。大マゼラン諸族はこの新戦力を数年で造成したとされる。中小艦よりもずっと低コストな現代型艦艇だったからこそできた芸当と言えるだろう。
対するイスカンダル軍の戦力はどうだったか。まず、戦力の中核であるイスカンダル艦は二百隻余りいたとされる。内乱で最盛期より数が減ったとはいえそれでも多数のイスカンダル艦が動員された。そしてそれを支援する中小艦が二千二百隻。大マゼラン全土で反乱が起きた為、イスカンダルは主に天の川銀河や小マゼランから戦力をかき集めたようだ」
ここまで言うとガデルはホログラムボードに大マゼラン銀河の模式図を表示させた。彼は話を続ける。
「この図を見て欲しい。反乱は次のような経過を辿った。まず、大マゼラン全土で暴動と蜂起が起こりイスカンダルの代官達が殺された。そして蜂起した大マゼラン諸族は、艦隊を大マゼランの四箇所に短期間で集結させると、一斉にサレザー恒星系へ向け進撃を開始した。
対するイスカンダル軍はワープゲートを介し天の川銀河や小マゼランから中小艦を召集すると、サレザーで(大マゼラン)諸族軍を待ち受けた。そうしたのは次のような理由からと考えられる。
まず、諸族軍の行動から、イスカンダルは反乱がバラバラに起きたのではなく組織的なものであると正しく認識した。そして、明確な意図の下行動する諸族軍を、サレザーから討って出て各個撃破するのは困難と判断した。なぜなら、四手に分かれて進撃する諸族軍の一つを攻撃した場合、攻撃された軍は後退して時間を稼ぎ、その間に残りの軍がサレザーに殺到する公算が大きかったからだ。その為イスカンダル軍は、サレザーの近傍で合流した諸族軍を迎え撃つ方策を採ったと考えられる」(※図30参照)

大マゼラン銀河の模式図に両軍の動きを表示させつつ、ガデルはそれぞれの軍の状況について解説した。その話し振りは非常に手馴れたものだった。用兵家であるガデルにとっては正に自らの専門分野である。ヴェルテは弟の解説を真剣な面持ちで聴いていた。ガデルはイスカンダル軍の思惑について言及する。
「…イスカンダル軍は諸族軍の戦力をどのように見ていたのか。敵の各個撃破を目指さなかった事から、イスカンダル軍は諸族軍の艦艇を『足は速いが戦闘力は低い』と見ていたと思われる。イスカンダル軍の行動から判断する限り、彼らは逃げ足の速い敵を無理に追い掛け回すのではなく、敵に決戦を決意させ戦力を一つにまとめた所を叩くつもりだった。
このイスカンダル側の判断は一定の合理性があった。イスカンダルの基準では、諸族軍の現代型艦艇は出力の低いエンジンを使った、速度が速いだけの貧弱な船に過ぎなかったからだ。大型火砲もなければ防御力も無い。こんな船がたくさん集まったところで射撃戦で脅威にならないし、むしろ纏めて撃破した方が反乱を早期に鎮圧できると考えていたようだ。それまで火力を最重視する戦いで最強の存在だったイスカンダル軍は、戦いの様態が変わろうとしている事に気付かなかった。そしてそれ故に、現代型艦艇の脅威を全く認識していなかった」
重武装重防御の艦こそが戦場を支配する。こうした思想で長年勝利し続けてきたイスカンダル軍と、その思想を捨て去った諸族軍。戦いを前にしたイスカンダル側の思惑は、さながら旧約聖書のダビデと戦ったゴリアテのようであった。重厚な槍を手にし、重く堅固な鎧をまとったゴリアテの目の前に、肌着同然の姿のダビデが投石紐を片手に向かって来る。ゴリアテはダビデを簡単に倒せると思った事だろう。宇宙のゴリアテとなったイスカンダル軍は、この後どうなったのか。ガデルの話は両軍が戦端を開くところにさしかかった。
「…こうしたイスカンダル側の事情から、諸族軍はサレザー近傍で合流を果たすことができた。合流後彼らはイスカンダル軍に決戦を挑むべく周囲に斥候を放ち、彼らを待ち受けるイスカンダル軍を発見した。こうしてサレザーの戦いは、両軍の望む形で戦端が開かれる事となった。
戦いは、諸族軍がイスカンダル軍に襲撃を仕掛ける所から始まった。現代型艦艇の一隊が本隊から遠く離れて先行し、イスカンダル軍の前で申し訳程度に撃っては逃げる事を繰り返した。イスカンダル軍はあからさまな挑発を行う諸族軍の襲撃隊を見て、諸族軍が待ち伏せを行っていると判断し立体方陣を敷いた」
戦いの経過を話していたガデルは、イスカンダル軍が敷いた陣形の立体図をホログラムボードに表示した。ガデルが説明を加える。
「…これはこの時にイスカンダル軍が敷いた陣形だ。中央にイスカンダル艦百隻強の中核部隊があり、その前後左右上下の六箇所に中小艦部隊が配置された。中小艦部隊、それぞれ四百隻弱の背後には十六隻のイスカンダル艦部隊が配置され、中小艦部隊を援護する形になっていた。(※図31参照)

また、六つの中小艦部隊は複数のイスカンダル艦部隊が波動砲を使えるよう十分な距離を取って配置された。中小艦部隊と中央のイスカンダル艦部隊はおよそ四万(km?)程の距離をとっていたとされる。
このように、イスカンダル軍は部隊の間隔が広い立体方陣を形成して前進した。どの方向から攻撃されても容易に対処できるこの陣形は、イスカンダル軍にとって効果が実証済みのものだった。過去の従属種族達の大反乱の際、イスカンダル軍はこの陣形で何倍もの数の反乱軍を打ち破ってきたからだ。…この図のように」
ガデルはホログラムボードに表示していたイスカンダル軍の陣形図を変化させた。六つの中小艦部隊の一つに敵軍が攻撃を仕掛ける。応戦しつつ後退する中小艦部隊の背後で十六隻のイスカンダル艦部隊が動き、中小艦部隊の前に出て波動砲を発射、数で勝る敵を打撃する。その間に周囲のイスカンダル艦部隊が次々に増援に駆けつけて波動砲の一斉射を浴びせ、他の中小艦部隊が敵側面に機動する。最終的に敵軍はイスカンダル軍に半包囲され壊滅してしまった。(※図32参照)

図の変化が終わると、ガデルはもう一つ同じ陣形図を表示しそれを変化させた。次は六つの方向から敵が攻撃を仕掛けてくる。イスカンダル軍の立体方陣は包囲された状況である。六つの中小艦部隊が立体方陣の中心に向かってじりじりと後退する。その間中央にいたイスカンダル艦部隊が機動を開始し、包囲の手薄なところから強引に突破する。包囲を突き破ったイスカンダル艦部隊は六つの敵の一つを波動砲で壊滅させ、残りの敵も次々に屠っていった。強固なエネルギーシールドと強力な旋回砲(ショックカノン)を持つイスカンダル艦を、数百隻単位で打撃戦力に用いた戦いだった。(※図33参照)

滅亡の時代以前に行われた、従属種族の反乱軍とイスカンダル軍の戦いの戦例をヴェルテに示すとガデルは話を再開した。
「もし大マゼラン諸族が古代型艦艇主体の戦力で戦いを挑んだとしたら、図で示したように勝利は難しかったかもしれない。おそらくイスカンダル軍は、立体方陣を敷いた自分達が惨敗するとは思っていなかっただろう。だが、諸族軍はイスカンダル軍がこの陣形を敷くのを待っていたのだ。諸族軍は現代型艦艇を一斉にゲシュタムジャンプさせイスカンダル軍に攻撃を仕掛けた。その結果イスカンダル軍に勝利をもたらしてきた立体方陣は、逆にイスカンダル軍に死をもたらす事となった」
ガデルは変化させた状態のままとなっていたイスカンダル軍の陣形図を消した。そしてまた新しく同じ図を表示する。ガデルはホログラムの図に手をかざすとそこに図形を次々と書き加えていった。六つの中小艦部隊の近傍にそれぞれ四つの図形が、そして中小艦部隊の中間地点、丁度中央のイスカンダル艦部隊を立方格子状に包囲できる位置八箇所に図形が書き込まれた。(※図34参照)ガデルがヴェルテの方を向き解説する。

「今書き込んだ図形は諸族軍がゲシュタムアウトした地点だ。図をよく見て欲しい。中小艦部隊の周囲四箇所に現代型艦艇の部隊がゲシュタムアウトし、中小艦部隊と中小艦部隊の中間点、計八箇所にも現代型艦艇の部隊がゲシュタムアウトした。諸族軍は現代型艦艇一万隻の内六千隻を立体方陣外側の六つの部隊の攻撃に向け、四千隻を中央のイスカンダル艦部隊へと向けた。諸族軍は、ゲシュタムアウトした後イスカンダル軍の各部隊を各個に包囲するよう機動を開始した。図の変化を見てもらいたい」
ガデルは図形を書き込んだイスカンダル軍の陣形図を変化させた。中小艦部隊の周囲にいる四つの現代型艦艇の部隊が筒状の隊形を作り、中小艦部隊の横隊戦列を背後のイスカンダル艦部隊ごとすっぽりと覆ってしまう。(※図35参照)そして中小艦部隊の中間地点にいる部隊はイスカンダル軍の立体方陣の内部へと一斉になだれ込み、球殻状の隊形を作って中央のイスカンダル艦部隊を完全に包囲してしまった。(※図36参照)


「…図で示したように、諸族軍はイスカンダル軍の各部隊を各個に包囲した。(※図37参照)イスカンダル軍は諸族軍の機動を阻止できなかった。諸族軍は遠方から徐々に近づいて来るのではなくいきなり直近に大軍で現れ、高速で陣形内に雪崩れ込んできたのだ。現代型艦艇の強みが発揮された瞬間だった。立体方陣の各部隊の状況はどうだったか。個別に分けて説明しよう」

ガデルは立体方陣のホログラム図の、中小艦部隊のある辺りをいくつか手でなぞるようにして拡大させた。
「まず、六つの中小艦部隊の内の一つ。諸族軍の現代型艦艇一千隻が中小艦の横隊戦列の側面四箇所にゲシュタムアウトし、筒状の包囲陣を作るように機動した。中小艦の戦列は側面を周回する諸族軍の射撃を浴びて崩壊し、生き残った中小艦はイスカンダル艦を捨てて、包囲陣の開口部から外へと逃亡してしまった。(※図38参照)

そして、別の中小艦部隊の一つ。さっきのものと同様、ゲシュタムアウトした諸族軍が筒状の包囲陣を作るように機動した。中小艦部隊はやはり諸族軍の最初の射撃で大損害を出したが、壊乱状態にならず戦列を解き、いくつかの集団に分かれた。そして諸族軍の機動を遮ろうと包囲陣に向かって機動を開始した。だが、この対応は逆効果だった。彼らは包囲陣に到達する前に壊滅したばかりか、イスカンダル艦は彼らが邪魔となり波動砲を撃てないまま、諸族軍の砲火を浴び続ける事となった。(※図39参照)

似たような事が他の中小艦部隊でも起きた。そのケースでは、中小艦が敵の砲火を回避する為戦列を解き、諸族軍の艦艇と同航戦を始めた。そして彼らが筒状の包囲陣の内側に沿っていつまでも周回を続けた為、イスカンダル艦は波動砲を撃てず敵の砲火を浴び続けた。その結果一部では味方の中小艦を敵ごと波動砲で砲撃する事態が生じた。サレザーの戦いについて記した史料の中には、『イスカンダル軍はある時点で同士討ちを始めた』と述べているものがある。中小艦部隊は最後には、イスカンダル艦の邪魔にならないよう包囲陣の中心に後退させられた後、壊乱状態となり包囲陣の開口部から逃亡するという顛末をたどった」(※図40参照)

現代型艦艇と中小艦部隊の戦いは、まさに機動戦の講義で解説した通りの経過を辿った事をガデルはヴェルテに示した。続いてガデルは残された一六隻のイスカンダル艦部隊について言及する。
「こうして、中小艦部隊は撃破され、それを援護するはずだったイスカンダル艦部隊が丸裸の状態となって残された。イスカンダル艦部隊はこのまま全周囲にバラバラに波動砲を撃っても包囲陣を覆滅できないため、包囲陣の一角に波動砲の一斉射を浴びせた後、空いた穴から包囲を脱出しようとした。しかし、包囲陣は巧みに機動してイスカンダル艦部隊を逃がさなかった。このように動いたのだ」
そう言うとガデルは別の新しい図を表示した。小さな円錐を大きな半透明の筒がすっぽりと覆っている。筒の表面には多数の円錐が筒を周回するような形で並べられていた。
ガデルが図を変化させる。最初に中央の円錐が先端を包囲陣である筒の開口部から側面の方へ向けた。すると筒の表面の円錐達が先端を筒の開口部へと一斉に向ける。続いて筒が円錐達を表面に沿わせたまま向きを変える。変化後の図は、中央の円錐と筒表面の円錐達が同航戦を行うような形となった。(※図41参照)

「…図で示したように包囲陣は機動し、イスカンダル艦と並走して射撃を浴びせ続けた。イスカンダル艦部隊がどのように方向を変えても、包囲陣は同じように向きを変え同航戦を行い続けた」
ガデルは諸族軍が行った複雑な艦隊機動を何でもない事のように話した。話を聞くヴェルテもそれを問題にする様子はない。これはひとえに、機械を操る情報処理の技術が極めて発達した大小マゼラン世界ならではの光景だった。ガミロイドやイスカンドロイドのような極めて高度なヒューマノイド・ロボットが使用される大小マゼラン世界では、太古の時代から大量の艦艇が一つの生き物のように運動できるソフトウェアとハードウェアの技術が存在していたのである。(※51)
ガデルの話は包囲から逃れられなかったイスカンダル艦部隊の最期へとさしかかった。
「…これにより、イスカンダル艦はその強固なエネルギーシールドを突破され次々に撃破されていった。彼らに最後の止(とど)めを刺したのは遅れてやってきた諸族軍の中小艦部隊であったかもしれない。諸族軍の中小艦二千隻は六つの隊に分けられ、それぞれイスカンダル軍の立体方陣外側の部隊への攻撃に投入された。一度にゲシュタムジャンプできない彼らは、それ故に遅れて戦場に到着し、生き残ったイスカンダル艦を艦首砲で狙撃した。実のところ諸族軍の中小艦は、イスカンダル艦撃破の切り札にされていたようだ。
こうして、イスカンダル軍の立体方陣の外側にいた部隊は壊滅し、そこにいたイスカンダル艦は全て撃破される事となった」
イスカンダル軍の立体方陣の外側にいた部隊がどのように壊滅したのか説明すると、ガデルは立体方陣中央にいたイスカンダル艦部隊について言及を始めた。
「では、立体方陣の中央にいたイスカンダル艦部隊はどうなったか。彼らは機動する諸族軍を波動砲で砲撃しようとしたが、立体方陣外側の味方が邪魔になって満足な射撃ができず、なけなしの砲撃も分散して全く意味を成さない状態だった。その後包囲が完成すると、彼らは他のイスカンダル艦部隊と同様に一つに纏まって包囲から逃れようとしたが、包囲陣が巧みに機動したために失敗した。…これがその時の包囲陣の機動だ」
ガデルは包囲陣の立体ホログラムを表示した。イスカンダル艦部隊を表す小さい円錐を大きな半透明の球が覆い、球の表面には多数の円錐が球を周回するように配置されていた。ガデルが図を変化させると球は筒状に変化して向きを変え、筒表面の円錐達と中央の円錐が同航戦を行う形になった。(※図42参照)

ガデルは話を続ける。
「このようにして、イスカンダル艦部隊は包囲から脱出できずに射撃を浴び続けた。その後彼らは一つに纏まっての脱出は無理と悟り、二手に分かれて包囲陣に突入し包囲を食い破ろうとした。その結果諸族軍とイスカンダル軍との間で大規模な近接戦闘が起きた」(※図43参照)

ガデルの語る大マゼラン諸族とイスカンダル帝国の戦いは最後の段階を迎えた。中小艦部隊が壊滅し、それを援護するイスカンダル艦部隊が全滅していく中、イスカンダルの中核部隊が諸族軍との近接戦闘に突入する。ガデルはこのイスカンダル帝国そのものの終焉となった最後の戦闘について言及を始めた。
「このサレザーの戦いの最後に行われた近接戦闘は、おそらく古代の戦いの中では最大規模のものであっただろう。この時点で両軍とも既に損害を出していて、イスカンダル艦部隊は百隻を割り、包囲していた諸族軍も数千隻に減少していた。イスカンダル軍としてはあくまで脱出を目的とした行動だったが、諸族軍はイスカンダル軍に猛然と襲い掛かり戦いは乱戦となった。イスカンダル軍は波動砲を完全に使用できなくなり、隊列もズタズタになった。こうなると数で大きく勝り、組織的な近接戦闘の訓練を重ねてきた諸族軍に分があった。
イスカンダル軍はイスカンダル艦の強大な戦闘力を以て諸族軍の現代型艦艇を多数沈めたが、諸族軍に(イスカンダル軍の)立体方陣外側の部隊を撃滅した味方が加わるに及んで戦況は絶望的となった。この時の諸族軍の戦いは、犠牲を厭わない苛烈なものだったという。指揮官達は『イスカンダル艦を一隻沈めれば味方を百隻救える』と味方を鼓舞したと伝えられる。
こうして、イスカンダル軍は敗れ去った。諸族軍は指導者以下多くの指揮官と兵力のおよそ半数を失うのと引き換えに、イスカンダル艦を一隻残らず殲滅したと伝えられている」(※52)
サレザーの戦いについて語り終えると、ガデルは一息ついて小休止した。そして、「波動砲が古代に廃れた理由」についての総括に入った。まず、イスカンダルと波動砲のその後について言及する。
「以上が、サレザーの戦いの顛末だ。戦いに敗れたイスカンダル軍は全滅し、諸族軍はイスカンダル星を焼き払ったと伝えられる。伝説によれば、イスカンダル帝国最後の王は、地表と民が焼き尽くされる中、炎に身を投じて命を絶ったという。史料の語るところでは、この時生き延びるのを許されたのは僅かな数の王族達のみであったようだ。
こうして、波動砲により宇宙に君臨したイスカンダル帝国は滅亡した。
では、その後波動砲はどうなったのか。帝国を滅ぼすまでは結束していた大マゼラン諸族も、帝国が滅びると次代の覇権を巡って互いに争い始めた。この戦乱の時代に、いくつかの種族は波動砲を作り実戦に使用したとされる。しかしそれで戦場を支配し、大マゼランを統一する種族はついに現れなかった。滅亡の時代以降の戦争は、現代型艦艇と機動戦の有効性が繰り返し確認される場となったのだ」
イスカンダルの滅亡について語ると、次にガデルはイスカンダル帝国以後の戦争の状況について言及した。
「イスカンダル帝国が滅亡し、小国が多数群立する状態となった(大小マゼラン)世界の戦場では、殆どの場合数十から数百隻程度の現代型艦艇が機動戦を行っていた。そこに波動砲を持ち込んでも、もはやそれが活躍する余地は殆どなかった。波動砲搭載艦はゲシュタムジャンプや高速の機動を駆使する現代型艦艇に簡単に背後を襲われた上に、それを防ぐため護衛を付けたとしても、護衛が敵と戦うために機動を行えばその時点で波動砲は使用できなくなった。端的に言って、機動戦が一般化した戦場では波動砲は全くの役立たずとなってしまったのだ。
こうして、波動砲は戦場から姿を消していった。それと同時に、波動砲を最強の武器たらしめた最大の要因である、横隊戦列で遠距離から射撃を行う“火力戦”の様式も廃れる事となった」
今夜のヴェルテとガデルの会話の、主要な話題の一つがついに幕切れを迎えた。古代イスカンダル帝国と大マゼラン諸族の戦い、そしてその後の波動砲の衰退について語り終えたガデルはヴェルテに言った。
「以上が、参謀本部の戦史研究で得た『波動砲が古代に廃れた理由』だ。『宇宙を引き裂く』という危険性以上に、『戦場で役に立たない』という事が決定的な理由となって波動砲は古代に姿を消した。そしてそれ以降、現代まで使われる事はなかった。…波動砲の歴史についてはこれで終わりだ、兄さん」
ヴェルテが感想を述べる。
「社会的な要因や技術的な要因で戦いの姿が変わり、それまで最強の兵器だった波動砲が使いようのない兵器に変わってしまったという事か。なるほど。戦争史の分野ではそのような見方をするのだな。歴史学の視点とは随分違う。示唆に富む良い講義だった。
ではガデル、次を話してもらおうか。役に立たないはずの波動砲が、なぜ今使われようとしているのか」
次の話を促すヴェルテに、ガデルは少し考えるように腕組みをして言った。
「それについてだが、兄さん。今夜はそれも話すつもりだったが、いささか話が膨らみすぎて夜も遅くなった。続きは明日にしたいのだが、どうだろうか」
「お前さえ良ければそれで構わないが、都合はつくのか、ガデル」
「それは問題ない」
ガデルはヴェルテに簡潔に答えた。
「デスラー砲の実射テストに出るのは明後日だ。細かい準備はあるが、夜に話をする程度の時間はとれる。それに波動砲についての自分の考えは兄さんに話しておかねばならない事だ。これも言わば軍務の一環だよ。明日も少し込み入った話になると思うがよろしく聞いてくれ、兄さん」
ガデルの言葉にヴェルテは軽く笑みを浮かべた。軍務を気遣っての発言に弟はこれも軍務だと返したのである。ヴェルテは分かったと短く答えると、弟に就寝の挨拶をした。二人は部屋から出ていくと、それぞれの家族の寝ている寝室へと向かっていった。
こうして、この日の波動砲にまつわる二人の対話は終了したのであった。
2. ガミラス第二帝国の戦争準備

書籍や端末と思しきものが並ぶ部屋の一角において、ガデルが話を切り出す。
「では、兄さん。昨日の話の続きに入ろう。古代に廃れた波動砲が、なぜ今使われようとしているのか」
昨日のガデルの講義は、古代に波動砲が廃れた理由を語ったところで中断していた。今日は現代の話である。古代イスカンダル帝国の滅亡後、使いようのない兵器となり現代まで使用されなかった波動砲が、何故今ガトランティスとの戦争で使われようとしているのか。
ヴェルテはガデルの前で椅子に腰掛け、彼の話を真剣な面持ちで聴いていた。ヴェルテにとって今日の話は、軍需国防省の長として実施した事と正に関係する事だったからである。彼はこれまで、ガトランティスとの戦争に向け通常のガミラス艦を大量生産する一方、波動砲装備の親衛艦を開発し実戦配備を行ってきた。全てはデスラー総統とガデルの要請によるものであった。
そのような考えを脳裏に巡らせながら、ヴェルテは弟であるガデルの講義へと耳を傾けていた。
ガデルの講義は序論の部分へと入った。
「まず最初に、大まかな内容について話しておこうと思う。
そもそも波動砲は、古代イスカンダル帝国の滅亡後急速に廃れ、現代まで使われることのなかった兵器だった。何故使われなかったのか。それは、古代イスカンダル滅亡の時代以降に行われるようになった機動戦に、波動砲の大火力が有効でなかった為だ。
兵器としての波動砲は、横隊戦列を組み大火力を投射する戦い、即ち“火力戦”で最大の効果を発揮する兵器だった。その為火力の戦いから機動力の戦いへと戦争の様相が変わると、波動砲は活躍の場を失い命脈を絶たれて消えていったのだ。
しかし、およそ数千年の時を経て、再び戦争の様相が変わろうとしている。我らガミラスという統一帝国の誕生、そしてガトランティスという同じ統一帝国との衝突により、戦争が大規模化した結果、再び戦いに火力が要求されるようになったのだ。
こうした状況下では、波動砲は再び有効な武器となり得る。そこで自分はこの新しい戦争の様相に対応できるよう、軍と兵器システムの再構築を行った。波動砲の導入もその一環である。
では、新しい戦争の様相とはどのようなものなのか。そして我々はそれにどう対応しようとしているのか。これらについて述べるために、これから次のように話を進めていきたい。
まず第一に、従来の我々の軍隊のシステムについて解説する。従来の我が軍は、一言で言えば『機動戦に最適化されたシステム』を持つ軍隊だった。一方で我が軍は、同じく機動戦を駆使する大小マゼラン諸国軍を凌駕する特長を有していた。後(のち)の議論に向け、まずはそれらについて概観しておく。
続いて第二に、戦争の変化をもたらした敵、ガトランティスについて述べる。ガトランティス軍は判明した限りでは、我々と全く異なる兵器システムを持ち、全く異なる戦い方をする軍隊だった。彼らと我々の相違点とは何か。それについて解説を行う。
続いて第三に、ガトランティスによりもたらされた戦争の変化について述べる。この変化とは、一言で言えば『火力戦の復活』という、数千年ぶりに起きた巨大な変化だった。従来の我が軍のシステムはこの変化に対応できず次々に問題を露呈し、ついには小マゼランで破滅的な敗北を喫するに至った。続く大マゼランの会戦においても、我々はかろうじて勝利したものの敵に対するシステムの劣勢ぶりが明らかとなった。では、具体的に何が起きたのか。それについて解説を行う。
続いて第四に、戦争の変化に我々がどう対応したのかについて述べる。我々は数千年ぶりという戦争の変化に対応するため、軍と兵器システムそのものの再構築を迫られた。その結果生まれたシステムは、機動戦で必須の機動力を損なわずに火力戦を行えるものとなった。波動砲はそこである重要な役割を担うことになる。新しいシステムとはどのようなもので、どのような戦い方をするのか。それについて解説する。古代に廃れた波動砲を現代に用いる意味も、そこで明らかとなるだろう。
最後の第五に、新しい戦争のシステムの課題について述べる。このシステムはデストリア(級巡洋艦)やクリピテラ(級駆逐艦)といった従来の装備を使用しているが、これらはいずれ変更されなければならない。それについての自分の考えを述べて、この話を締めくくる事としたい」
今夜のガデルの“個人講義”は昨晩のものとは違い、参謀本部で行われる講義と遜色ない程の整った内容になっていた。ガデルは職務の間に話すべき内容をしっかり頭の中で纏めてきたのだろう。ヴェルテはそのように思った。昨日の即興で行った講義とは随分と趣きが異なっていた。
一方のガデルは、今夜の話を職務に準じたものにするつもりだった。昨日の話は雑談の延長のようなものである。だが今日話す内容は、これからガミラスが銀河系で行う大規模な戦争の帰趨に直結する事だった。講義を進める過程で自分はおそらく、軍需国防相としての兄の意見を求める事になるだろうとガデルは考えていた。
兄弟としてのヴェルテ・タランとガデル・タランではなく、軍需国防相と参謀本部参謀次長が相対している。今夜の話は遊びではない。ヴェルテとガデルの二人はそうした意識で講義と対談を行おうとしていたのだった。
ガデルの講義は本論に入った。
「では第一の話題、『従来の我が軍のシステム』について解説する。ガトランティス軍の大侵攻を受けるまでの我が軍は、『機動戦に最適化されたシステム』を持つ軍隊だった。そしてそのシステムは、同じく機動戦を駆使する大小マゼラン諸国軍を凌駕する特長を有していた。この“従来のシステム”について、装備と編成の二つの面から説明する。
まず装備についてだが、この図を見て欲しい」
そのように話を切り出すと、ガデルはガミラス艦のいくつかをホログラムボードに表示した。
(「ガミラス第二帝国の戦争準備 ガトランティス軍とガデル・タラン」につづく)

総監督・シリーズ構成/出渕裕 原作/西崎義展
チーフディレクター/榎本明広 キャラクターデザイン/結城信輝
音楽/宮川彬良、宮川泰
出演/山寺宏一 井上喜久子 菅生隆之 小野大輔 鈴村健一 桑島法子 大塚芳忠 麦人 千葉繁 田中理恵 久川綾
日本公開/2012年4月7日
ジャンル/[SF] [アドベンチャー] [戦争]

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【theme : 宇宙戦艦ヤマト2199】
【genre : アニメ・コミック】
『バクマン。』実写映画の3つの魅力

週刊少年ジャンプの王道ともいえる新妻エイジのマンガに対抗するため、原作担当の高木秋人(たかぎ あきと)と作画担当の真城最高(ましろ もりたか)が編み出した戦法、それが「邪道」だ。彼らは邪道なマンガを引っ提げて、少年ジャンプの激烈な人気競争に飛び込んでいく。
というのが『バクマン。』のストーリーだが、本来これはおかしなことだ。王道の反対は、邪道ではないからだ。
■王道の反対は邪道ではない
王道とは、「儒教で理想とした、有徳の君主が仁義に基づいて国を治める政道」(以下、言葉の意味はデジタル大辞泉より)のことである。すなわち、もっとも正当な道・方法を意味する。
同時に「royal road」の訳語であり、「安易な方法。近道。」を意味する。
後者は、アケメネス朝ペルシア帝国のダリウス大王が駅伝制のために建設した「王の道」に由来する。20~30キロメートルごとに宿駅が整備され、普通なら三ヶ月かかる距離でも七日程度で書状を届けられたという。ここから、近道・楽な道という意味が生まれた。
もちろん天才マンガ家・新妻エイジが安易な方法、近道を選んでいるわけではない。彼のマンガは少年ジャンプらしい、もっとも正当な作品として扱われる。
これに対して、高木秋人と真城最高が描いた「王道マンガ」は編集長に却下される。近道、楽な道を選んだことを見透かされたからだ。
かくして『バクマン。』は、王道という言葉の二つの意味を使い分ける。
ところが、「王道マンガ」を否定された高木と真城の行き着いたのが「邪道」だというのだ。
邪道とは、「正当でない方法。本筋から外れたやり方。また、よこしまな道。」のことである。「正当な道」を意味する王道の反対なのだから、「正当でない方法=邪道」でいいじゃないかと思われるかもしれないが、王道という考えを唱えた儒者孟子は、王道に対立する概念として覇道を挙げた。覇道とは、「武力や権謀をもって支配・統治すること」だ。
誰もが認め、それだけに楽な「王道」ではなく、自分たちにしか描けないマンガを考えに考え抜いた高木と真城は、「邪道」というより「覇道」であろう。もとより「邪道」の反対は「正道(正しい道理。正しい道。また、正しい行為。)」だ。「王道」と対比するものではない。
『バクマン。』の面白さは覇道にある。
アンケート至上主義を標榜し、読者の人気投票で上位の作品なら巻頭カラー等の目立つ扱いをする一方、下位の作品は容赦なく打ち切ってしまう少年ジャンプにおいて、競争に勝ち抜いて連載を持ち続けるマンガ家は、仁徳に満ちた王者(王道で天下を治める君)ではなく、権謀を巡らす覇者(覇道によって天下を治める者)なのだ。
有徳のマンガ家が仁義に基づいた作品を発表する。そんな本来の意味での王道のマンガが面白いとは限らない。善し悪しはともかく、面白さだけを追求するマンガ家や編集者たちの生存競争が、『バクマン。』の面白さの源泉だ。
それに加えて、本作には実写映画ならではの三つの魅力がある。

世の中には映画にしやすいものとしにくいものがある。スポーツやダンスのように体を動かすことは、視覚的に映えるから映画にしやすい。他方、勉強とか事務作業等はその行為を撮ってもパッとしない。
創作も同様だ。作家や画家を主人公にした映画はその人生を描くものが多く、執筆作業や絵を描く行為そのものにはあまり時間を割かない。机に向かって文を書く様子をスクリーンに映しても、面白くもなんともないからだ。
これは映画というメディアにとってけっこう深刻な問題だ。
誰もがスポーツやダンスで活躍するわけではない。世の中は少なからず勉強やプログラム作りや事務作業といった見栄えのしない行為で回っている。にもかかわらず、取り上げられる領域に偏りがあるのなら、映画は世の中の真の姿を映し出しているとはいえない。
マンガを描くとかアニメを作るなんてのは、地味すぎて映画に向かないことだろう。これほどマンガやアニメが普及しても、マンガ家やアニメーターは映画のヒーロー・ヒロインになれない。
そんなことが積み重なって、世間のイメージは形作られていく。
それでいいのか、と私は常々思っていた。
だから、マンガを描く行為そのもので盛り上がる映画『バクマン。』に感心した。
ペン先からインクが飛び散り、マンガのコマが宙を舞う。視覚効果を利用したその表現は、ケレン味が過ぎるようにも思える。だが、マンガを描く行為そのものを視覚化する試みとして、大いに注目されるべきだ。『のだめカンタービレ』が音楽を視覚化したように、最新技術を使うことでこれまで表現できなかったものが表現できるようになったのだ。
その表現は、少年ジャンプに相応しいバトル物になっている。
新妻エイジの新作と、高木・真城の対抗作がぶつかり合う。アンケートの得票数は、『ドラゴンボール』の戦闘力を測るスカウターのように、彼らの力を数値で示す。
マンガの執筆でバトルする。これまでこんな実写映画はなかっただけに、本作は際立ってユニークだ。

さて、本作の主人公たちはマンガ好きやマンガ家だが、マンガ好きとは具体的にどんな人物なのだろうか。
頻繁に映画やテレビのヒーロー・ヒロインになってきたスポーツマン等と異なり、マンガ好きやマンガ家を代表するビジュアルはないように思う。
人間はよく知らないものをよくは思わないものだ。知らないものには好感を抱いたりしない。ヒーロー・ヒロインとして描かれることのないマンガ家やその予備軍は、(当事者を除けば)よく知られてないものの最たる例ではないだろうか。
だからこそ、マンガ家たちが大挙して登場する『バクマン。』のキャスティングとビジュアルは、マンガ家やマンガ好きのイメージ形成に大きな影響を及ぼすかもしれない。
そんなことを考えていた私は、佐藤健さんが演じる真城最高や神木隆之介さん演じる高木秋人のかっこよさに魅せられた。染谷将太さんや桐谷健太さんらが演じる他のマンガ家たちも、なんとかっこいいことか。映画にはいろいろなマンガ家が登場するが、誰も彼もバトル物に相応しい個性的な面々だ。
しかも、声優を目指すヒロインの愛らしいこと。
マンガ雑誌のアンケート至上主義やアイドルの恋愛禁止の是非はともかく、そんな制約の中で必死にもがく若者たちに共感せずにいられない。
マンガ家や声優を中心に据えて、これほどまでにかっこよく、素敵な青春映画が誕生したことに私は驚いた。
さすが、サブカル漬けの男を主人公に、ロマンチックな恋愛映画『モテキ』を作り上げた大根仁監督だ。その手腕に舌を巻く。
■ 3. テーマ――友情・努力・勝利を超えろ
友情・努力・勝利をキーワードに盛り上がる青春物語。それが映画『バクマン。』だ。
なにしろ原作は、「友情」「努力」「勝利」で知られる少年ジャンプに連載されたマンガだし、その少年ジャンプでいかに人気を獲得するかが物語の主軸だから、『バクマン。』そのものと劇中劇(劇中マンガ)の双方に友情・努力・勝利が溢れている。
これで熱くならないはずがない。面白くないわけがない。
しかし――友情・努力・勝利は映画のテーマたり得るだろうか。
週刊少年ジャンプならいい。対象読者は主に小中学生だ。友情と努力と勝利に彩られた物語は、とても受けるに違いない。
だが、一本観るのに少年ジャンプ一ヶ月分の料金を要求する映画は――少なくとも本作は、小中学生をメインターゲットにはしていない。進路を考える高校生や、マンガ産業の熾烈な競争を描く本作は、ビジネスパーソンも含めた十代後半以上がターゲットだろう。
それらの観客を前に友情・努力・勝利を繰り返すか?
大人だって友情・努力・勝利は嫌いじゃない。そこに心惹かれるのは確かだ。
しかし、それだけでは魅力的とはいえない。ピクサーが子供向けアニメを通して努力しても報われないことを描き、ディズニーすらも友情・努力・勝利(だけ)が大切ではないことを描くご時世なのだ。
それだけに本作の着地は見事だ。
原作マンガがたび重なるアンケート順位1位獲得へ突き進むのに対して、本作は友情も努力もそして勝利も描きながら、そこで大団円にはしない。挫折やほろ苦さを織り込んで、そもそも人生に大団円なんてものはないことを知らしめる。
友情・努力・勝利に酔いたい観客を裏切らず、友情・努力・勝利では物足りない観客をも満足させる。こんな結びが待っていようとは。
最後の1分1秒まで工夫が凝らされた『バクマン。』は、いつまでも心に響く映画である。

監督・脚本/大根仁
出演/佐藤健 神木隆之介 染谷将太 小松菜奈 山田孝之 桐谷健太 新井浩文 皆川猿時 リリー・フランキー 宮藤官九郎
日本公開/2015年10月3日
ジャンル/[青春] [ドラマ]
