『その夜の侍』 口を塞いでいるのは何か?
タバコ――その意味するものは何だろうか。
無思慮、無学、貧困、粗暴、不幸……。タバコはこれらの象徴だ。
タバコを吸う人はこういう人であり、タバコを吸う場面はその人がこのような状態にあると伝えている。明らかに欧米の映画は、登場人物を特徴付ける印としてタバコを使用している。
だが邦画では、しばしば無頓着にタバコを吸う場面がある。待ち合わせの場面や酒を飲む場面で、あまり深い意味もなく登場人物がタバコを吸うのだ。
そこには、登場人物が何かしていないと画面が持たないから、という消極的な意味しかない。あるいは作り手が無学、無思慮で、しかもそのことに気づいていないのかもしれない。
『その夜の侍』は、タバコの意味をハッキリ意識して撮られた映画だ。
映画の中心になるのは、妻を轢き逃げされた中村と、轢き逃げした木島。中村は出刃包丁を持って木島を付け狙い、一方木島は事件の反省もなく非道な振舞いを繰り返している。
彼らは一見すると逆の立場のようだが、タバコを手放せない点で共通している。すなわち、ニコチン依存症を病んでいるのだ。
中村は義理の兄からタバコの害を諭されても、止めることができない。そういう人間だから、糖尿病のおそれがあってもプリンをドカ食いしてしまう。妻から止められていたにもかかわらず。
木島はひどく暴力的で、相手を殺してしまいかねない。轢き逃げ事件で捕まって刑務所暮らしをしていたが、反省した様子は微塵もなく、周囲の人間は腫れものに触るように接している。
本作は、そんな二人と、二人を取り巻く人間たちが、たまらなく切ない映画である。
ニコチン依存症の人間がタバコを手放せないように、木島の周りの人間は木島から離れられない。木島に迷惑しているし、他人には木島から離れるように忠告していながら、自分は木島のそばを去ろうとしない。それが木島のような人間でも、独りをかこつよりはマシだからだ。
劇中、中村はコガネムシの話をする。工場で溶接作業をしていると、溶接の光の中にコガネムシが飛び込んでくる。嫌な臭いがして、食欲がなくなる。
木島の周りに集まる人間は、火に入る夏の虫と同じだ。嫌な思いをすると判っているのに、集まってしまうのだ。それはニコチン依存症患者にとってのタバコのようなものだ。糖尿病になりかけた男にとってのプリンのようなものだ。
誰かにそばにいてもらっても、何がしたいわけでもない。昨日見たテレビのこととか、他愛もない会話をしたいだけだ。
「こんにちは。」
「プリン食べちゃダメだからね。」
そんな他愛のない言葉。
たいして意味はないけれど、会話するには相手が必要だ。業務連絡や指揮命令ではなく、他愛もない会話ができる日常。他愛もない会話ができる相手。
私たちが渇望し、手に入れようともがいているのは、実はただの日常ではないだろうか。
それは火の中になんかない。
虫が目指した火はまばゆい光を放っているけれど、その中には何にもない。そこは空っぽの空間で、飛びこんだら嫌な臭いで焼けるだけだ。
けれども危険な火には虫が集まるのに、悲しいかな、無害な中村には集まらない。
ずぶ濡れになってトボトボ歩く中村を置いて、知人のクルマは走り去ってしまう。
そんな寂しさと葛藤が、『その夜の侍』全編を貫いている。
はたして、火の周りに集まることを止められず、でも火に飛びこんだら焼けてしまうとしたら、どうすれば良いのだろう。
まずはタバコを止めることだ。そして目の前にプリンがあっても食いつかないこと。
タバコやプリンで口が塞がっていては、他愛のない言葉も交わせないのだから。
『その夜の侍』 [さ行]
監督・脚本/赤堀雅秋
出演/堺雅人 山田孝之 綾野剛 高橋努 山田キヌヲ 坂井真紀 谷村美月 安藤サクラ 田口トモロヲ 新井浩文 でんでん 木南晴夏 峯村リエ 黒田大輔 小林勝也 三谷昇
日本公開/2012年11月17日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス] [犯罪]
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無思慮、無学、貧困、粗暴、不幸……。タバコはこれらの象徴だ。
タバコを吸う人はこういう人であり、タバコを吸う場面はその人がこのような状態にあると伝えている。明らかに欧米の映画は、登場人物を特徴付ける印としてタバコを使用している。
だが邦画では、しばしば無頓着にタバコを吸う場面がある。待ち合わせの場面や酒を飲む場面で、あまり深い意味もなく登場人物がタバコを吸うのだ。
そこには、登場人物が何かしていないと画面が持たないから、という消極的な意味しかない。あるいは作り手が無学、無思慮で、しかもそのことに気づいていないのかもしれない。
『その夜の侍』は、タバコの意味をハッキリ意識して撮られた映画だ。
映画の中心になるのは、妻を轢き逃げされた中村と、轢き逃げした木島。中村は出刃包丁を持って木島を付け狙い、一方木島は事件の反省もなく非道な振舞いを繰り返している。
彼らは一見すると逆の立場のようだが、タバコを手放せない点で共通している。すなわち、ニコチン依存症を病んでいるのだ。
中村は義理の兄からタバコの害を諭されても、止めることができない。そういう人間だから、糖尿病のおそれがあってもプリンをドカ食いしてしまう。妻から止められていたにもかかわらず。
木島はひどく暴力的で、相手を殺してしまいかねない。轢き逃げ事件で捕まって刑務所暮らしをしていたが、反省した様子は微塵もなく、周囲の人間は腫れものに触るように接している。
本作は、そんな二人と、二人を取り巻く人間たちが、たまらなく切ない映画である。
ニコチン依存症の人間がタバコを手放せないように、木島の周りの人間は木島から離れられない。木島に迷惑しているし、他人には木島から離れるように忠告していながら、自分は木島のそばを去ろうとしない。それが木島のような人間でも、独りをかこつよりはマシだからだ。
劇中、中村はコガネムシの話をする。工場で溶接作業をしていると、溶接の光の中にコガネムシが飛び込んでくる。嫌な臭いがして、食欲がなくなる。
木島の周りに集まる人間は、火に入る夏の虫と同じだ。嫌な思いをすると判っているのに、集まってしまうのだ。それはニコチン依存症患者にとってのタバコのようなものだ。糖尿病になりかけた男にとってのプリンのようなものだ。
誰かにそばにいてもらっても、何がしたいわけでもない。昨日見たテレビのこととか、他愛もない会話をしたいだけだ。
「こんにちは。」
「プリン食べちゃダメだからね。」
そんな他愛のない言葉。
たいして意味はないけれど、会話するには相手が必要だ。業務連絡や指揮命令ではなく、他愛もない会話ができる日常。他愛もない会話ができる相手。
私たちが渇望し、手に入れようともがいているのは、実はただの日常ではないだろうか。
それは火の中になんかない。
虫が目指した火はまばゆい光を放っているけれど、その中には何にもない。そこは空っぽの空間で、飛びこんだら嫌な臭いで焼けるだけだ。
けれども危険な火には虫が集まるのに、悲しいかな、無害な中村には集まらない。
ずぶ濡れになってトボトボ歩く中村を置いて、知人のクルマは走り去ってしまう。
そんな寂しさと葛藤が、『その夜の侍』全編を貫いている。
はたして、火の周りに集まることを止められず、でも火に飛びこんだら焼けてしまうとしたら、どうすれば良いのだろう。
まずはタバコを止めることだ。そして目の前にプリンがあっても食いつかないこと。
タバコやプリンで口が塞がっていては、他愛のない言葉も交わせないのだから。
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監督・脚本/赤堀雅秋
出演/堺雅人 山田孝之 綾野剛 高橋努 山田キヌヲ 坂井真紀 谷村美月 安藤サクラ 田口トモロヲ 新井浩文 でんでん 木南晴夏 峯村リエ 黒田大輔 小林勝也 三谷昇
日本公開/2012年11月17日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス] [犯罪]

