『ニッポン無責任時代』に見る成功する方法

 【ネタバレ注意】

 『ニッポン無責任時代』は、いま観てもすこぶる面白い。
 スピード感があり、エネルギーに満ちている。
 植木等さんが『無責任一代男』などを歌うミュージカルとしての楽しさもあるし、太平洋酒、山海食品、黒田産業、北海物産の4社が繰り広げる闘いはダイナミックな企業ドラマである。

 脚本家の田波靖男氏は、「社長シリーズ」の会社に忠実な社員像を不満に感じていたそうだ。
 観客の思いも同じだったのだろう。植木等さんが演じる平 均(たいら ひとし)が、「こつこつやる奴ぁ、ご苦労さーん♪」と言い放つのは痛快だ。

 主題歌を作詞した青島幸男氏は、「大人たちの不誠実さも反吐が出るほど見せられてきた戦後の若い世代には、この唄は我が意を得たとばかり受け入れられたに違いない」と分析しているそうだ。
 しかし、やがて世の中は変質していく。
 1956年生まれの小田嶋隆氏は、次のように語っている。
---
 「必死だな(笑)」と、2ちゃんねるの連中がなにかにつけて繰り出してくるこの嘲弄の決まり文句は、実は、私にとって、心当たりのない言葉ではない。というのも、たぶん、人が必死に頑張ることを嘲笑したのは、私たちの世代が最初だったはずだからだ。そう。われわれは、ムキになって何かに取り組んでいる人間を笑った。
「ごくろうなことだね」
 とか言って。
(略)
 勝負は明らかだ。

 必死であることがまだ美しさを失っていない国からやってくる、必死で頑強で堅忍不抜な人々に、われわれの国の人間が勝てる見込みは、とても少ない。残念なことだが。
---

 明治時代、大正時代の後、昭和も太平洋戦争と60年安保闘争を経て、ニッポンが無責任時代に突入したことを、この映画と主題歌は宣言した。
 この映画はコメディの歴史を変えると同時に、日本人の精神文化にも大きな影響を及ぼしたと考えられるが、その文化的な分析は他へ譲るとして、ここではビジネス的な観点から本作を見直してみたい。

               

 この映画の始まりは、なにやらきな臭い。
 それは、乗っ取り屋として知られる黒田社長の「太平洋酒の株を買っとくといいぜ」という会話から始まる。
 株の買占めにかかわる人間が、その情報を他者に提供して自分の株を上げようとするのだから、これはインサイダー取引である。
 かつては、インサイダー取引を厳しく取り締まったりせず、逆に早耳筋と呼んで重宝がっていたことが、この映画から判るだろう。


 主人公・平 均(たいら ひとし)は、口が達者な男だ。太平洋酒のワンマン社長・氏家に近づいて会社に居場所をつくり、トントン拍子で出世していく。
 その姿は、実話を映画化した『フィリップ、きみを愛してる!』の天才詐欺師スティーヴン・ラッセルを思い起こさせる。

 しかし観客は、詐欺師も同然の平 均に痛快さを感じ、応援したくなってしまう。
 それは彼が、芸者まん丸の月賦を負担してやったり、バーの京子に店を持たせてやったり、敵対関係にある氏家家と大島家の子どもたちの恋を手助けしてやったり、氏家解任後は社長復帰に一肌脱いだりと、その場その場で他人の喜ぶことをしながら、自身は下宿住まいのままで、私腹を肥やしたりしないからだ。

 「僕は子供の頃からクビには慣れてるからね。」
 平は、上司に睨まれようが窮地に立とうが平気の平左である。
 組織の一員として悶々とするサラリーマンには、まぶしいくらいの奔放さに溢れている。

 だが、物語を概観すると、平の行動は今ひとつ判然としない。

 平が、まん丸の月賦を負担したり、京子に店を持たせるのは、それによって彼女たちの協力を得て、北海物産との商談をまとめるためだ。彼女たちとねんごろになりたいなどという下心はなく、仕事の成功のためであり、理由はハッキリしている。
 しかし、恋の手助けや、氏家の社長復帰の企みは何のためだろう。
 黒田が太平洋酒を乗っ取り、氏家社長を追い出した後でも、平は会社に居場所を確保している。この時点では黒田に楯突く理由がない。
 恋の相談に乗っても平の得にはならないし、氏家に社長復帰を頼まれたわけでもない。

 弱者の側に立つ平を、観客はなんとなく応援してしまうが、「楽して儲けるスタイル♪」の彼が、なぜそんなことをするのか、劇中では語らない。
 この映画をコメディだと思って、場当たり的な騒動の連続と見てしまうと、平の恐ろしさを理解できない。


 ここで、平が入社1日目に社長秘書と飲んだ際に、太平洋酒を評した言葉を思い出そう。
 「社長も部長もトロいからね。」
 競馬にのめり込みすぎて前職をクビになった平にとって、社長を簡単に操縦できる太平洋酒は居心地が良さそうだったのだ。

 この点を考慮すれば、平の計算が読めてくる。
 平は恋の応援をするようでいながら、氏家家と大島家に恩を売ろうとしていたのだ。恋人同士を駆け落ちさせておきながら、その居場所をネタに大島社長との交渉に臨んだのがその証左である。
 また、太平洋酒を乗っ取った黒田は、氏家前社長とは違って平の手のひらで転がすことはできない。平にとっての居心地を考えれば、氏家が社長の方が都合がいい。

 つまり平は、弱者の見方ではなく、ましてや「義を見てせざるは勇なきなり」なんて考えているわけでもなく、あくまで「楽して儲けるスタイル♪」を貫こうとしているのだ。
 その過程で、感謝されるは、女性にモテるは、いいことづくめである。


 しかし、平は結局、太平洋酒を追い出される。
 黒田の背後から太平洋酒を支配しようとしていた山海食品の大島社長が、氏家を社長に復帰させる条件として平の放逐を命じるのだ。

 乗っ取り屋として鳴らした黒田でも、洋酒業界の経営には向いていなかったようである。
 大島社長は、中途半端な切れ者である黒田に太平洋酒を任せるよりも、トロい氏家を社長に立てて自分が支配した方が良いと踏んだに違いない。
 しかし切れ者の平がいては、完全支配の邪魔になる。
 そこで、大島社長は平を追い出したのだ。

 平はおとなしくクビになり、清々しさを印象付けるが、氏家を社長にするために身を引いたわけではなかろう。
 実質的に大島社長が支配することになる太平洋酒は、平にとって居心地が悪そうだから出ていったのである。

 『ニッポン無責任時代』は、平 均のスーダラ人生を描くようでいて、その実、黒田や氏家を将棋の駒とした大島vs平の熾烈な権力闘争の物語なのだ。

 もちろん平は当てもなく出ていったわけではない。
 接待攻勢を通して北海物産の社長の裏表を把握した彼が、次に北海物産に身を寄せるのはとうぜんの成り行きだ。
 そして平は、太平洋酒にいたとき以上の成功を収めてしまう。


 もっとも、平のやり方は、現代では歓迎されない。

 湯水のごとく接待費を使い、取引先のトップを色と金で落とすのを、1962年の『ニッポン無責任時代』は業務の一環としておおらかに描いていたが、2009年の『沈まぬ太陽』では同様のことを明らかに「悪事」として描いている。
 そもそも平だけではなく、取引先の社長の方が危ない。
 平の取引に応じる代わりに、個人的に多額のリベートを受け取るなど、ガバナンスが働いている組織なら許されない。社長の解任動議を出されるおそれもある。

 とはいえ、接待攻勢をして契約を取る例は今でもあろうし、それがダメでも、平なら現代的なやり方を編み出すだろう。


 「人生で大事なことはタイミングにC調に無責任」と平は歌うが、こう歌うことが我々への目めくらましである。
 平はC調の振りをしながら、その実、人間の本性を見抜き、もっともかなめとなる人物へ、もっとも効果的な攻勢を、手を緩めることなく続けているのだ。
 「こつこつやる奴はご苦労さん」とうそぶきながら。
 今なら、「必死だな(笑)」とうそぶくことだろう。


ニッポン無責任時代』  [な行]
監督/古沢憲吾  脚本/田波靖男、松木ひろし
音楽/神津善行  主題歌作詞/青島幸男  主題歌作曲/萩原哲晶
出演/植木等 ハナ肇 谷啓 安田伸 犬塚弘 石橋エータロー 櫻井千里 重山規子 中島そのみ 団令子 田崎潤 由利徹 峰健二(峰岸徹)
日本公開/1962年7月29日
ジャンル/[コメディ]

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『スパイアニマル・Gフォース』 もう1つの『トランスフォーマー』

 『スパイアニマル・Gフォース』の原題は『G-Force』。
 G-Forceといえば、『科学忍者隊ガッチャマン』を米国で放映したときの名称である[*1]。

 本作は、ジェリー・ブラッカイマーが『科学忍者隊ガッチャマン』の動物版を作ろうとした、というわけではないだろうが、チームは5人だし[*2]、主人公ダーウィンと張り合うブラスターはレーサーだし(コンドルのジョー!)、スーパーマシンを駆って敵と戦うし(回転ノコギリを見て、燕(つばくろ)の甚平が操るG-4号機を思い出した人も多いだろう)、『科学忍者隊ガッチャマン』を髣髴とさせる要素に満ちていて楽しい。
 少なくとも実写版『とっとこハム太郎』というよりはガッチャマンに近いだろう。

 しかしもっと近いものがある。
 マイケル・ベイ監督の『トランスフォーマー』だ。

 『スパイアニマル・Gフォース』の原案者にして制作総指揮を務めたデヴィッド.P.I.ジェームズは、『トランスフォーマー』の視覚効果プロデューサーである。
 巨大ロボットが戦う『トランスフォーマー』を作りながら、対極にある小動物が活躍する物語を思い浮かべたとしても不思議ではない。
 本作の監督であるホイト.H.イェットマン.Jrも、ジェリー・ブラッカイマー制作、マイケル・ベイ監督の『ザ・ロック』や『アルマゲドン』の視覚効果監督を務めている。
 本作が、ジェリー・ブラッカイマー臭さ、マイケル・ベイ臭さがいっぱいなのも当然だ。

 たとえば予告編で何度も見ることになる、空母のそばで大爆発が起こる場面は、『トランスフォーマー』のカットだと云われても違和感がない。

 いずれにしろ、『スパイアニマル・Gフォース』は抜群に面白い痛快SFアクションだ。


 残念ながら日本での動員集計は初登場8位とさえないが、日本はドラえもんやプリキュア等、キャラクター物に事欠かないから、子どもたちの優先順位が低いのは致し方ない。
 しかし全米の興行収入は1億ドルの大台に乗せ、全世界では2.85億ドルを稼いだことでも判るように、本作は少なくとも『トランスフォーマー』に足を運んだ人なら観て損はない。

 もったいないのは、カットされたシーンが多いこと。
 日米の予告編を見ると、本編には使用されなかったシーンがたくさんある。
 DVD発売の折には、ぜひ収録して欲しいものである。


 もう1つ、特筆すべきは、日本での応援歌『飛び出せ!Gフォース!』だ。
 そもそも私がこの映画を観たのは、予告編で流れたこの曲があまりにも傑作なので興味を引かれたからだ。
 ノリの良いメロディーや、メンバーの特徴を巧みに織り込んだ歌詞は、『スーパースリー』の主題歌に匹敵する名曲だ。
 竹馬アイドル「紫SHIKIBU」、あなどれない。


[*1]もちろん、ガッチャマンのGではなくて、モルモットを意味する英語の guinea pig のGだろう(「モルモット」はオランダ語)。
 米国公開時のコピーは、"Gadgets, Gizmos, Guinea Pigs. In 3-D.(装置、仕掛け、モルモットが3Dに)" である。

[*2]天才ヒーロー ダーウィン
 熱血レーサー ブラスター
 お色気ガール フアレス
 おとぼけルーキー ハーレー(前半はスペックルズ)
 蝿のムーチ


スパイアニマル・Gフォース ブルーレイ(本編DVD付) [Blu-ray]スパイアニマル・Gフォース』  [さ行]
監督・原案/ホイト.H.イェットマン.Jr  原案・制作総指揮/デヴィッド.P.I.ジェームズ
制作/ジェリー・ブラッカイマー
出演/ビル・ナイ ザック・ガリフィアナキス ウィル・アーネット ニコラス・ケイジ ペネロペ・クルス ジョン・ファヴロー サム・ロックウェル
日本語版出演/ゴリ 川田広樹
日本公開/2010年3月20日
ジャンル/[アドベンチャー] [ファミリー] [SF] [アクション]

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『マイレージ、マイライフ』の宙ぶらりん人生

 解雇を宣告するのは命がけである。
 クビになる従業員が、宣告を冷静に受け止めるとは限らない。

 米国在住歴の長い吉田耕作氏は語る。
---
(略) 私が米国にいたころ、郵便局で働いていた職員が、高圧的な経営に従ってノルマに追いまくられた上、目標に達せず勤務評定を下げられ頭にきて、機関銃を持って局内に乱入し、何人も殺したという事件が1回ならず起きた。

 この例ほど大々的に社会に取り上げられたわけではないが、毎年何人かの管理職は年次評価の不満から部下に銃で殺されているようだ。
(略)
年次評価の結果は給料に大いに反映され、さらに何年か後には良くない評価が場合によってはクビになる前兆となるからだ。
---

 年次評価で殺されてしまうなら、解雇を宣告したらいったい何をされるだろう。

 『マイレージ、マイライフ』の主人公ライアン・ビンガムの職業は、解雇宣告の代行サービス。
 直属の上司が面と向かって「解雇だ」と云えないときに、代わって宣告してあげる仕事だ。
 寡聞にしてこのような職業が実在するかは知らないが、代行してほしいと考える上司はいるだろう。

 命がけの職業だから、従業員の前に姿を見せずネット越しに解雇を宣告するのは、効率的だし安全だ。
 ライアンの会社がネット宣告システムを導入しようとするのは、とうぜんと云える。

 ただし、このシステムには1つ問題がある。
 システムが動き出せば、対面式の解雇宣告のプロであるライアンはお払い箱になってしまうのだ。


 ジョージ・クルーニー演じるベテランのライアン・ビンガムと、アナ・ケンドリック演じる新卒のナタリー・キーナーの違いは、日米の対比を見るようで興味深い。

 ライアン・ビンガムの仕事振りは、昔の日本のようである。
 ライアンは、経験を積んで自分の技を職人芸として高めている。空港でゲートを最短でくぐるための細かな着眼点など、トヨタに代表されるQCサークルの活動のようだ。

 それに対してナタリー・キーナーは、米国流だ。
 作業をフロー図にして誰でもできるように工夫したり、ITを活用することで、職人芸からは程遠い素人たちを大量動員して、安価に数をこなす。
 モトローラ等の企業が、日本のQCサークルを参考にしつつ更に工夫してシックスシグマにまとめ上げたようなものである。
 今は日本でも、少なからぬ企業がベテランの持つ暗黙知を形式知にして、生産性を向上している。しかし、ガートナーが世界41カ国のCIO 1,600人以上から調査した結果によれば、世界のCIOにとってビジネス上の優先度第1位は2005年から6年連続で「ビジネス・プロセスを改善する」ことなのに、本項目は、日本では2年連続で第4位でしかない。日本の2010年の第1位は「企業コストを削減する」ことで、これは世界では2位である。ビジネス・プロセスを改善しないコスト削減とは、要するに我慢するということだ。投資を見送る(結果、将来のリターンを諦める)とか、買い叩くとか。本作で云えば、空港のゲートの選びかた程度のことでしかない。


 どちらが良いのだろうか。
 判定するのは顧客である。
 たとえて云うなら、厨房にベテランのシェフがいるレストランと、厨房には自動調理機や食器洗い洗浄機があるばかりでそもそも包丁も置いてないレストランとの違いだ。
 前者に足を運ぶ人がいる一方、後者で値ごろ感のある料理を食べてそれで良しとする人は多い。

 しかし、『マイレージ、マイライフ』は解雇宣告という刺激的な職種を取り上げながら、顧客、すなわち解雇をみずからは云い渡そうとしない上司のことは掘り下げない。
 この映画が本当に描くのは、主人公の仕事ではなく、仕事に疲れたビジネスパーソンを迎えてくれる家族である。

 主人公を取り巻く人々は、仕事に対するスタンスは様々ながら、みんな家庭を築いている。築こうとしている。
 解雇させられる人ですら、宣告を受け入れるかどうか判断するポイントは家族のことだ。
 劇中、こんなセリフがある。「人生で1番楽しかったことを思い出してみろ。そのとき君は1人だったか?」
 家庭を持たず、友人もいない主人公に、この言葉が突き刺さる。

 思えば、『トウキョウソナタ』の総務課長は、退職させられたことを家族に告げることすらできなかった。

 実際のところ、日本では整理解雇の4要件が厳しいので、米国ほど簡単には解雇宣告できないだろう。
 そのかわり、対象者がみずから辞めたくなるように嫌がらせをする。人格否定や誹謗中傷をする。
 入社前に不要と思えば、恫喝して内定を辞退させる。
 人事考課に関しても、正規分布に合わせた相対評価では納得性を確保するのが難しいと云われるにもかかわらず、相対評価している例は後を絶たない。
 相対評価を行うのは、平均以下になった人たち、つまり半分の人の勤労意欲を失わせることなのだが。

 企業をはじめとした中間集団を失ってしまい、心を許せる家庭もなくなりつつある現代人は、ただ孤独に立ち尽くすのみである。


 本作のエンド・クレジットには、「おれ、失業しちまったよ……曲を作ったんで聴いてくれ」という言葉と共に、素朴な歌声が流れる。
 その曲『Up in the Air (宙ぶらりん)』は、実際に勤務先を解雇された52歳のケヴィン・レニックが自身の思いを歌にしてジェイソン・ライトマン監督に贈ったものだそうである。


マイレージ、マイライフ Blu-rayマイレージ、マイライフ』  [ま行]
監督・制作・脚本/ジェイソン・ライトマン  脚本/シェルドン・ターナー  原作/ウォルター・カーン
出演/ジョージ・クルーニー ヴェラ・ファーミガ アナ・ケンドリック J・K・シモンズ ザック・ガリフィアナキス
日本公開/2010年3月20日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]

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『NINE』とは、8.5+0.5?

 1960年代、チネチッタ、モノクロ、映画監督を取り巻く美女たちとくれば、大傑作『8 1/2(はっか にぶんのいち)』だ。
 『8 1/2』の題名は、フェデリコ・フェリーニが監督してきた作品の「8 1/2」本目という意味だと解釈されているそうだ。それに対して『8 1/2』をミュージカル化した『NINE(ナイン)』とは、『8 1/2』に半歩(音楽とダンス)を加えた内容と、重要な役割を担う9歳の少年を意味しているという

 はたして半歩加えられたのかどうかはともかく、『8 1/2』をミュージカルにするとは大胆不敵だ。しかもブロードウェイ・ミュージカルならともかく、映画化して銀幕に映し出すとは、実質的に『8 1/2』のリメイクも同然のプロジェクトであり、普通の監督なら腰が引けるだろう。

 それを成し遂げたロブ・マーシャル監督は、もちろん勝算があってのことだ。
 この勝負に勝つ方法は、自分の土俵に上げることだ。
 ロブ・マーシャル監督は、『8 1/2』にはなかった華麗なダンスシーンをふんだんに盛り込み、『8 1/2』とはまったく違う映画を作り上げた。


 『8 1/2』でマルチェロ・マストロヤンニが演じたグイド・アンセルミは何を考えているのか判らない男だったが、ダニエル・デイ=ルイス演じるグイド・コンティーニは何も考えていない男だ。
 プレッシャーに弱く、衣装デザイナーの裁縫台に横たわってしまうほど精神的に追い詰められた男。

 『8 1/2』には海に打ち上げられた怪物や、宇宙船のような巨大セットが登場し、観客はマルチェロ・マストロヤンニとともに幻想世界に迷い込む。
 対する『NINE』では、歌やダンスが登場人物の妄想として登場する。歌が終われば妄想も終わる。
 ロブ・マーシャル監督は、フェリーニのような世界に踏み込むことなく、ダメ監督の物語に得意なダンスシーンを挿入して観客を魅了する。


 ミュージカル映画で難しいのは、群舞の扱い方だろう。
 舞台ならとうぜん欠かせない見せ場なのだが、いまどきの映画では、見ず知らずの人たちが走り寄って踊りだすのはギャグになってしまいかねない。
 『(500)日のサマー』のように笑いもかねて織り交ぜるなら効果的だが、うまくいかない例もある。
 その点、ダンスシーンを妄想と割り切った本作は、いくらでも群舞できるし、観客も割り切って楽しむことができる。

 また、贅沢の極みと思えるのが、ダンスシーンのカット割りだ。
 ロブ・マーシャル監督は、さすが振り付け師としてのキャリアが長いだけあって、素晴らしいダンスを見せてくれる。振り付けもイカしているので、カメラを固定させて、ダンスをじっくり堪能したいところだ。
 ところが、カットが短い上に、踊っていないダニエル・デイ=ルイスのアップが交ざったりするので、ダンスに専念できない。
 もちろん、振り付け師たるロブ・マーシャルは、観客にダンスをきちんと見てほしいだろう。にもかかわらず、映像的な刺激を優先して、みずからダンスシーンを短くカットしてしまう。
 ここにロブ・マーシャルの自信のほどが窺える。

 そしてミュージカル映画の楽しみのひとつが、意外な人物の歌声が聴けること。
 たとえば『鴛鴦(おしどり)歌合戦』で志村喬までもが歌いだしたとき、思わず快哉を叫びそうになった人も多いだろう。
 本作では、75歳のジュディ・デンチが歌って踊る姿を披露してくれる。『007/慰めの報酬』のMはいささかお疲れ気味だっだが、『NINE』では他の役者のはじけっぷりに負けていない。


 本作で興味深いのは、クラウディアの位置づけだ。

 『8 1/2』でグイドが夢見るクラウディアは、映画の妖精のようだった。当時25歳のクラウディア・カルディナーレの美しさは光り輝き、グイドの憧れの結晶として登場した。
 ところが『NINE』のクラウディアを演じるのは当年とって42歳のニコール・キッドマン。もちろん美しいのだが、クラウディア役にはちょっと年上すぎる。
 案の定、ニコール・キッドマンのクラウディアは、妖精ではなく成熟した女神として登場する。
 しかも彼女は、すぐに女神の座を降りてしまうのだ。
 そのため『NINE』には、グイドが追い求める映画の妖精も女神もいなくなってしまう。

 そして『NINE』は、映画的な広がりを見せるのではなく、夫婦の物語へと収斂していく。

 すなわち9という数字は、『8 1/2』に半歩(音楽とダンス)加えたというよりも、単に『8 1/2』じゃないという意味でしかないのだ。

 あぁ、久しぶりに『8 1/2』を観たいものだ!


NINE [Blu-ray]NINE(ナイン)』  [な行]
監督・制作・振付/ロブ・マーシャル  振付/ジョン・デルーカ
脚本/アンソニー・ミンゲラ、マイケル・トルキン  原作/アーサー・コピット
出演/ダニエル・デイ=ルイス マリオン・コティヤール ペネロペ・クルス ジュディ・デンチ ケイト・ハドソン ニコール・キッドマン ソフィア・ローレン ファーギー
日本公開/2010年3月19日
ジャンル/[ミュージカル]

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『プリンセスと魔法のキス』でカエル!

 『プリンセスと魔法のキス』の舞台となるのは、米国の南端ルイジアナ州にあるニューオーリンズだ。
 2005年のハリケーン・カトリーナのために、この地は陸上面積の8割が水没し、とりわけアフリカ系アメリカ人の住む地域が大きな被害を受けたそうだ。報道で、家をなくした人々を目にした方も多いだろう。

 ディズニーとピクサーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーを務めるジョン・ラセターは、そんなニューオーリンズを愛し、本作の舞台をここにさせた

 米国南部が舞台であるから、現在公開中の『しあわせの隠れ場所』と同じことに気づく。
 それは、裕福な白人と貧しいアフリカ系の対比だ。
 ジャズの発祥地としてのニューオーリンズや、ミシシッピ川を航行する優雅なリバーボートよりも、まず白人とアフリカ系の貧富の差がしっかり描かれる。

 だからこそ、といえようか、共同監督のジョン・マスカーとロン・クレメンツは、本作のヒロインをディズニーアニメ初となるアフリカ系アメリカ人にした。
 ワシントンポスト紙の記事にあるように、これでようやくアフリカ系の女の子が、白くないディズニープリンセスの人形で遊べるようになったのである。


 2003年に手描きアニメーションから撤退したディズニーが、久しぶりに手描きアニメを再開させた本作は、映像的には古風である。本作を見て、伝統芸が健在だと感じるか、古めかしいと感じるかは人それぞれだろう。
 ただ、米国南部は、日本人にはあまり馴染みがない。
 だから日本の観客は、食い付きが良くないかもしれない。

 けれども、ディズニーアニメ初のアフリカ系ヒロインが活躍する本作は、1920年代を舞台としながらも、いたって現代的で、日本にも共通するテーマを抱えている。


 カエルに変身して大冒険をするのは、対照的な2人だ。

 主人公ティアナは、E.D.ベイカーの小説『カエルになったお姫様』のプリンセスから一転、金を貯めるために働きづめの女性である。仕事をいくつもかけもちして、友人の誘いも断って、朝から晩まで働いている。
 対するは、遊ぶばかりで働こうとしないナヴィーン王子。金食い虫で、両親からも見放されている。
 この両極端の2人が出会って、それぞれの生き方を見つめ直すのが本作の主題だ。

 『プリンセスと魔法のキス』は、放蕩ばかりの生活や、努力もしないで星に願いをかけるだけの人間を批判する一方、過度なワーカホリックにも厳しい目を向ける。
 正直、私は、ディズニーのアニメを見て、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を勧められるとは思わなかった。
 カエルになった2人がホタルやワニと繰り広げる冒険は、テンポが早くて面白い。だから、もちろん子どもが観ても楽しいが、本作の「欲しいものと必要なものを区別しよう」という主張や、贅沢もワーカホリックも戒める姿勢は、社会人にこそ訴えるものがある。


 ちなみに、わが国の政府は、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けた取り組みを推進するために、「カエル!ジャパン」キャンペーンを行っている。
 現状を変える、働き方を変える、というわけで、カエルのキャラクターを前面に出して展開している。

 あぁ、だから本作はカエルに変身するのか!


プリンセスと魔法のキス』  [は行]
監督・脚本/ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ  原案/E・D・ベイカー
出演/アニカ・ノニ・ローズ ブルーノ・カンポス ピーター・バートレット キース・デヴィッド
日本語吹替版の出演/鈴木ほのか 丹宗立峰 石住昭彦 安崎求
日本公開/2010年3月3日
ジャンル/[ファンタジー] [ミュージカル] [ファミリー]

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