『ボーイズ・オン・ザ・ラン』 映画史上最高

 『ボーイズ・オン・ザ・ラン』の主人公・田西敏行は、映画史上最高にカッコ悪い男だ。

 何しろ仕事振りがパッとしない。
 取引先の店長から「結果出してよ、結果!」なんてどやされる。
 ライバル企業の営業マンにも出し抜かれてバカにされる。

 それに女性にモテない。
 会話もダメ、行動もダメ。
 ベッドの上で「スミマセン」なんて云っている。

 腕っぷしもからっきしだ。
 映画のしょっぱなが、女性から暴行を受けるシーンである。
 体力のなさはピカ一で、ちょっと走ればヘタってしまう。

 原作者・花沢健吾氏の実体験を織り込んだエピソードは徹底的にみじめで、観ている方が情けなくなるほどだ。
 114分の『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は、そのほとんどが、田西のダメさと、ヘナチョコぶりと、負け続け人生を描くのに費やされる。


 なのに、映画を観たあとに感じるこの元気は何だろう。
 走る田西に、希望と明るさを感じるのはなぜだろう。

 一緒になって、ちょっと走ってみようと思うのだ。
 ヘタるかも知れないけれど。


ボーイズ・オン・ザ・ラン [DVD]ボーイズ・オン・ザ・ラン』  [は行]
監督・脚本/三浦大輔  原作/花沢健吾
出演/峯田和伸 黒川芽以 松田龍平 YOU リリー・フランキー 小林薫 大谷英子 岩松了
日本公開/2010年1月30日
ジャンル/[青春] [ドラマ]

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『しあわせの隠れ場所』の目をつぶる勇気

 『あなたは私の婿になる』と同様、『しあわせの隠れ場所』もオファーはまずジュリア・ロバーツにいったという。
 しかしサンドラ・ブロックが主演した今となっては、もうサンドラ・ブロックが演じるリー・アン・テューイしか考えられないだろう。

 『しあわせの隠れ場所』は、とてもいい映画だ。
 第82回アカデミー作品賞にノミネートもされている。

 しかし、それは「いい映画」も称賛されるというポーズだ。
 第82回の作品賞ノミネートが10作品ではなく、第81回までのように5作品だったら、本作は選から漏れていたかもしれない。
 『しあわせの隠れ場所』は、『アバター』のように現実の資源ウォーズを投影しつつ画期的な映像体験をさせるわけではないし、『ハート・ロッカー』のように新鮮な素材を提示したわけでもない。

 だが、『しあわせの隠れ場所』には、巧みな脚本と、心に響くセリフと、魅力的な役者と、品格を持った演出がある。
 本作のように、主張と感動をきちんと観客に送り届ける作品を生み出せることが、ハリウッドの強さだろう。

 残念ながら、本作は作品賞を逃し、サンドラ・ブロックのアカデミー主演女優賞のみにとどまった。

 たしかにサンドラ・ブロックは、共和党支持者で全米ライフル協会会員でキリリとしたリー・アンを見事に演じていた。
 しかし彼女の他の作品と比べて、桁違いに成長したわけでも初めて演技開眼したわけでもない。もともとちゃんとした演技力の持ち主なのだから。
 主演女優賞の受賞は、サンドラ・ブロックの功績を称えるのはもちろんのこと、「いい映画」を生み出したスタッフ・キャストの代表としての意味もあるのだろう。


 それにしても、2月は『インビクタス/負けざる者たち』、3月は『しあわせの隠れ場所』と、手堅い作品をコンスタントに観ることができるのは幸せだ。

 「面白い映画が多い年は、鑑賞本数が減る」と云う人がいる。

 観た映画が食い足りないと、もっともっと観てしまうが、素晴らしい映画を1本観ればお腹いっぱいになるからだそうだ。
 かくいう私は、木曜日に本作を観た。
 月曜日に観た映画は物足りず、火曜日に観た映画も楽しめず、水曜日の映画は良かったれどまだお腹いっぱいにはならず、木曜日に本作を観て満足した。
 おかげで金曜日はゆっくりと感想を書いている。


 『しあわせの隠れ場所』には、ハッとさせられるセリフが多い。
 特に印象的だったのは、マイケルが母に云われた「辛いことがあったら目をつぶりなさい」という言葉。
 現実を直視する勇気ももちろん大切だが、目をつぶって心の平安を保つこともまた大事なのだと教えている。

 とはいえ、リー・アンがマイケルの痛々しい姿に目をつぶっていたら、この実話は生まれなかった。

 直視する勇気と目をつぶる勇気、そのいずれもがこの映画にはある。


しあわせの隠れ場所 Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)しあわせの隠れ場所』  [さ行]
監督・脚本/ジョン・リー・ハンコック  原作/マイケル・ルイス
出演/サンドラ・ブロック ティム・マッグロウ クィントン・アーロン キャシー・ベイツ リリー・コリンズ ジェイ・ヘッド レイ・マッキノン
日本公開/2010年2月27日
ジャンル/[ドラマ] [スポーツ]

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『小原庄助さん』という反逆児

 福島に伝わる民謡『会津磐梯山』に、小原庄助さんというぐうたら男が登場する。
 映画『小原庄助さん』は、てっきりこの男を主人公にした作品だろうと思っていたら、主人公は杉本左平太、小原でも庄助でもない。ただ、杉本左平太は、民謡に唄われる小原庄助のような生き方を目指しているダメ男だ。

 小原庄助とはどのような人物なのか。民謡の歌詞のすべては知らないまでも、次の箇所を耳にした方は多いだろう。

 「小原庄助さん 何で身上潰した 
 朝寝朝酒朝湯が大好きで 
 それで身上潰した 
 ハー モットモダー モットモダ」

 朝寝して、朝から酒を飲んで、朝から湯に浸かってのんびりしていれば、それは資産を食いつぶすのももっともである。

 一般的にはとても生き方の目標にはならない人物像だが、大河内伝次郎演じる杉本左平太は、毎日朝寝、朝酒、朝湯をしている。
 しかも頼みごとに弱く、村に足りないものがあると聞くと、何でも買って寄付してやる。
 そのため、村の名家で資産家だったのに、急速に没落していくのだ。

 映画『小原庄助さん』は、この主人公の飄々たる暮らしぶりをユーモアたっぷりに描きながら、なぜ敢えて没落の道をたどるのか、その想いを少しずつ滲ませる。


 劇中、印象深いエピソードがある。
 ある日、村長選が行われることになり、村人たちが杉本左平太を訪ねてくる。候補者が不甲斐ないので、ぜひ杉本に立候補してくれというのだ。
 杉本左平太はいつも暇そうにしているが、何しろ名家で、代々村長を輩出した家柄である。村人たちは、杉本こそ適任だと持ち上げる。いつもどおり、おだてと頼まれごとに弱い杉本なのだが、村人が口にした「なんといっても家柄が違う」という言葉には鋭く反応した。

 「いや、家柄より人柄だ。」

 昨今の、二世、三世の政治家が多い世にも響く言葉だ。


 映画が公開されたのは1949年(昭和24年)。
 1947年まで、日本には華族・士族という階層があった。法の下の平等を謳い、この制度を禁止したのが日本国憲法である。同年、農地改革が実施され、地主層も姿を消すことになる。
 『小原庄助さん』は、朝から晩まで酒を飲んでいる男を主人公にしているが、その実は、裕福な家柄でありながら日本国憲法に賛同し、みずから資産を払底させてみんなと平等になる気高さを描いているのだ。

 杉本左平太が村長出馬を断る理由について、「すでに対立候補の応援を約束してしまったから」と解説されることが多いが、そんな約束がなくても家柄を背負っている限り杉本は出馬しなかったろう。
 逆に、資産をとことん潰し裸一貫になったところを、人柄を見込まれて出馬要請されるなら、杉本は必要と感じれば出馬するはずだ。
 朝寝、朝酒、朝湯が大好きな男は、そんな人物なのである。


 「小原庄助さん 何で身上潰した?」

 小原庄助さんは、身上から解放されたかったのだ。


小原庄助さん』  [あ行]
監督・脚本/清水宏  脚本/清水宏、岸松雄  制作/岸松雄
出演/大河内伝次郎 風見章子 坪井哲 飯田蝶子 清川虹子
日本公開/1949年11月8日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]

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『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』が避けた百年戦争

ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ プレミアム・エディション(本編DVD付) [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』は期待にたがわず面白いが、大事なことを描いていない。

 『ライアーゲーム シーズン2』では、プレイヤーが2チームに分かれ、互いの手の内が判らない中で賞金の獲得を目指すゲームが描かれた。
 これは、劇中でも吉瀬美智子さん演じるエリーが口にしたゲーム理論の「囚人のジレンマ」である。

 それに対して、『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』で描かれる「エデンの園ゲーム」は、プレイヤー全員が一堂に会して充分に話し合いながら進める協力ゲームだ。
 シーズン1の放映当時、小島寛之氏が「ライアーゲームっていうのは、要するに協力ゲームなのだ」と述べている。
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「協力ゲーム」というのは、集団の中の部分的なグループそれぞれに共同の利益があるような環境を分析する理論だ。全員で協力すると最も大きな利益が得られるが、その利益を全員にどう配分すれば、離脱が起きずに「集団全体での協力」が達成できるか、そういうことを分析するものである。「ライアーゲーム」に出てくるゲームは、みんなおおよそこういう構造をしているのだ。
---

 たしかに、当初「エデンの園ゲーム」はプレイヤー間の協力を重視して進む。

 あらかじめ『ライアーゲーム シーズン2』全9話に続く『ライアーゲームX』を観れば、ファイナルステージのプレイヤーや「エデンの園ゲーム」のルールを紹介してくれるし、公式サイトでもゲームのルールを掲載しているので、「早口の説明ではルールを理解できない」と嘆く方は、予習をしておくと良いかもしれない。

 この「エデンの園ゲーム」は、金、銀、赤の3種のリンゴのうちどれをプレイヤーが投票したかによって各員の賞金が変わってくるゲームだ。
 そのポイントは2つ。
 ・11人全員が赤いリンゴを投票すれば、全員が1億円を獲得できる。
 ・他者を出し抜いて最大の賞金を獲得した者は、ライアーキングとして50億円を獲得できる。

 これまでのライアーゲームは、プレイヤー間で賞金の奪い合いをしていた。
 それに対して『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』は、ゲーム事務局との対決色を強調するため、他のプレイヤーの賞金を奪うのではなく、事務局からいくら賞金を引き出すかというゲームになっている。
 だから神崎直(かんざき なお)と秋山深一は、協力の和を全プレイヤーに広げて、全プレイヤー対事務局という構図に持ち込もうとするのだが、プレイヤーの足並みを乱すのが優勝者への破格の賞金である。

 赤いリンゴが揃えば全員に1億円が配分されるので、13回の投票においてすべて赤いリンゴを入れれば各プレイヤーは13億円を手にすることができる。
 ところが優勝賞金が13億円を上回っているため、最大賞金を獲得する見込みのある者は、他者に同調して赤いリンゴを投票する動機がない。

 では全プレイヤーの協力関係を築くにはどうすれば良いのか?


 そこで神崎直と秋山が展開する戦いでは、「最大賞金を獲得する見込みのある者」を発見し、ペナルティを課して賞金を減額することで最大賞金の獲得見込みをなくしてしまい、これにより赤いリンゴを投票することへの動機付けとするのである。

 とうぜんのことながら「最大賞金を獲得する見込みのある者」はありとあらゆる手立てを使って優勝者になろうとするから、まるで悪人に見える。それに対して、みんなで一緒に行動することを説く神崎直は、善人に見える。
 しかし、神崎直と秋山を除く全員から、最大賞金を獲得する可能性を奪わなければ、赤いリンゴが揃わないことを理解している点において、秋山のみならず神崎直も「赤リンゴをお願いする」だけではどうにもならないことを知っている。


 残念なのは、『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』の作り手が、『ライアーゲーム』の大事な要素を封印してしまったことだ。

 それは「契約」である。
 これまでも『ライアーゲーム』の中では契約書(念書、覚書)が1つの役割を果たしてきた。互いに騙し合い裏切り合っているプレイヤーたちだが、ひとたび契約を交わしたら、決して裏切ることはなかった。
 たとえ口約束であろうとも約束は約束なので、取り交わしたことを立証できれば法的にも効力を有する。しかし通常、口約束があることは立証しにくいので、書面を残すわけである。
 『ライアーゲーム』では契約を反故にすることはないから、実社会と同様の遵法精神に貫かれている。
 シーズン2で葛城リョウが実践していたのも、契約ベースの信頼である。

 神崎直が築こうとするのは、みんなで同じ行動を取ることによる安心であり、他方に、契約を取り交わすことで成立する信頼がある。
 前者は伝統的なムラ社会、後者は近代西欧に特有の契約社会である。
 池田信夫氏は、『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』という書籍に関連して次のように述べている。
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伝統的な小集団では、「村八分」のような繰り返しゲーム型のメカニズムが機能するが、こうした安心社会では異分子を排除するので、未知の人は疑うことがデフォルト値になっている。これに対して、契約ベースの信頼社会では基本的な約束は守ることが共通のルールになっている。

したがって囚人のジレンマの実験を行なうと、「集団主義」と思われている日本人のほうが、猜疑心が強いためナッシュ均衡(互いに裏切る)に落ち込みやすく、アメリカ人のほうがパレート最善解(互いに協力する)に到達しやすい。これは著者が『信頼の構造』で初めて明らかにした実験経済学の業績だが、今の日本はムラ型から契約型への過渡期にあるという。
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 神崎直の主張が、なかなか他のプレイヤーに受け入れられないのはとうぜんで、ムラ社会特有の安心を、未知の人にも適用しようとしているからだ。
 クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』が、見知らぬ者への信頼を描いて米国で大ヒット(興行収入5億3300万ドル)したのに対し、日本では中ヒット(興行収入16億円)にとどまったのも、日本人の猜疑心が強いため、なぜ裏切らないかという点に共感できなかったのかも知れない。

 だが西欧においても、すんなりと契約社会へ移行できたわけではない。
 ふたたび池田信夫氏の記事から引用しよう。
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近世の欧州で続いた宗教戦争の原因は、経済システムが契約ベースに変わったのに対して、カトリック圏の伝統的文化が適応できず、それが宗派間の争いとして表面化したことにあった。
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いま日本の直面している変化は、人々が自覚している以上に大きなものである。それは伝統的な共同体から日本人が継承した長期的関係によるガバナンスから、近代西欧に特有の契約社会への移行だ。
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 欧州の宗教戦争は100年以上の長きにわたった。
 日本が契約社会へ移行するのに、どれだけの時間と動乱を要するだろうか。


 『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』において「契約」を封印したのは、映画のテーマを「安心か裏切りか」に集約するためだろう。しかし、いまの日本でもっと大事なのは「みんなと同じ安心か、契約による信頼か」なのだ。
 本作がこの点を避けてしまったのは残念である。

 「契約」が封印された段階で、本作はだいたい先が読めてしまう。
 「『ライアーゲーム』の違法な結論」でも書いたように、人が、自分に多少の損があっても誰かを助けるのは、助ける行為そのものが喜びだからだということが、脳科学の研究で判っているからだ。
 その喜びを覆すほどの破格の賞金を取り上げれば、人は脳が喜ぶ行動を取るのである。


ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ プレミアム・エディション(本編DVD付) [Blu-ray]ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』  [ら行]
監督/松山博昭  原作/甲斐谷忍  音楽/中田ヤスタカ
出演/戸田恵梨香 松田翔太 田辺誠一 鈴木浩介 荒川良々 濱田マリ 和田聰宏 関めぐみ 秋本祐希 永山絢斗 鈴木一真 松村雄基 吉瀬美智子 渡辺いっけい
日本公開/2010年3月6日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー]
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『渇き』 破ったり離れたり

 【ネタバレ注意】

 守・破・離(しゅはり)という言葉がある。
 18世紀の茶人、川上不白が『不白筆記』(1794年)に書いたものである(しばしば世阿弥の言葉として紹介されるが、それは誤り)。
 技芸の上達について表しており、ウィキペディアに判りやすい説明がある。

 守=まずは決められた通りの動き、つまり形を忠実に守り、
 破=守で学んだ基本に自分なりの応用を加え、
 離=形に囚われない自由な境地に至る

というものである。
 すなわち守破離とは、形(かた)をしっかりと身に付けることではじめて高度な応用や個性の発揮が可能になるということで、茶道に限らずどんな分野にも当てはまるだろう。


 パク・チャヌク監督の『渇き』を観れば、「守」すなわち形を身に付けていることが判る。

 医学ではなく信仰を選んだものの、無力感に囚われる神父サンヒョンは『エクソシスト』のように。
 スーパーパワーを身に付ける様は『スパイダーマン』のように。
 バンパイアと人間との愛は『トワイライト』のように。
 真っ白い舞台は『東京流れ者』のように。

 もちろん、パク・チャヌク監督がこれらの影響を受けたとか真似をしたというわけではない。
 形が身に付いているから、先行する作品と同様に押さえるべき点を押さえているのだ。

 そもそも、イエスの血に見立てたブドウ酒を口にする神父が人の血を飲んだら、というおぞましい発想から出発しつつも、物語は意外にエミール・ゾラの『テレーズ・ラカン』を忠実になぞっている。
 パク・チャヌク監督によれば、ヴァンパイア物と『テレーズ・ラカン』を結合させたのはプロデューサーの提案によるそうだ。これはプロデューサー氏のお手柄である。


 そしてパク・チャヌク監督は、原作を破壊しまくる。
 ヴァンパイアになったテジュの元気ハツラツぶりには、テレーズも真っ青だ。

 またこれは破戒の物語でもある。
 アジアでは珍しく宗教人口の最大多数派をキリスト教徒が占める韓国において、テジュの「私は信仰してないから地獄には堕ちない」というセリフは挑戦的だ。
 観客の多くがキリスト教徒である中、ヴァンパイアの神父が信仰の対象となるのも痛烈である。
 もちろん、偶像は破壊されなければならない。
 パク・チャヌク監督は云う。
---
神父は、実際には強姦しておらず、しようとした振りをしただけなんです。
自分を崇拝している熱心な信者たちに、それは間違っていると教えたかったんです。
---

 結局、サンヒョン神父は無力感から脱することはできず、何をしても誰も救えないのだ。
 自分も含めて、誰一人。
---
 人体実験を受けたサンヒョン(ソン・ガンホ)の肉体には大きな異変が起こり始める。しかし中身に変化はないと監督はいう。「サンヒョンはジレンマの中にいる人物。見た目には劇的に変化しているように思うかもしれない。しかし実は中身の部分はほとんど変わっていないんだ。普通、いい映画、いい演劇といわれるものは、主人公が成長していくものだ。しかし今回の映画では、主人公がまったく成長しない。そこが特徴だね」。

 -ハリウッドチャンネル 2010年2月3日-
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 やがて『渇き』は『テレーズ・ラカン』を離れ、笑いや躍動感をたたえつつ、終局に向けて疾走する。
 もう盛り上がりが多すぎて、どこが山場なのか迷うほどだ。
 そしてこの凄惨な物語は、急転直下、明るく終わる。
 いや、この結末を明るいと感じるかどうかは、あなた次第なのだが。


渇き』  [か行]
監督・制作・脚本/パク・チャヌク  脚本/チョン・ソギョン  原作/エミール・ゾラ
出演/ソン・ガンホ キム・オクビン シン・ハギュン キム・ヘスク オ・ダルス パク・イナン ソン・ヨンチャン
日本公開/2010年2月27日
ジャンル/[ホラー] [ドラマ] [ロマンス]

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