『幸せはシャンソニア劇場から』よみがえる
【ネタバレ注意】
巴里の空の下、建物の屋根が連なる。カメラはゆっくりと下がり、街角の石畳を映し出す。
そこに流れる懐かしい音楽。
『巴里の屋根の下』(1930)を髣髴とさせる導入部に、ルネ・クレールのファンである私は嬉しくなった。
導入部だけではない。
『幸せはシャンソニア劇場から』は1936年という時代設定のみならず、戦前の名画を思い起こさせる要素が一杯で楽しませてくれる。
『巴里の屋根の下』の主人公は、楽譜を配って歌を教えることで生計を立てている。だから歌うシーンが頻繁にある。
『幸せはシャンソニア劇場から』もミュージック・ホールが舞台なので、歌と音楽に溢れている。
一方で描かれる洗濯工場の労働者たちは、『自由を我等に』(1931)の蓄音器工場に重なる。
シャンソニア劇場を訪ねてきた美女ドゥースの意外なしたたかさも注目だ。
『巴里の屋根の下』のヒロイン・ポーラは、少々ずるい女だった。
不良の親分フレッドに誘われればどこへでもついていき、困れば主人公アルベールの好意に甘え、アルベールが不在のときにはアルベールの親友ルイと仲良くなる。
悪女でも計算高いわけでもないが、男を頼ることをためらわないずるさがあった。
『幸せはシャンソニア劇場から』のドゥースも、街の顔役ギャラピアの援助を受け入れながら、"アカ"のミルーと仲良くなり、そのくせチャンスがあればみんな捨ててしまう。
劇中、ギャラピアは悪玉扱いだが、冷静に考えてみるとそれほど悪い男ではない。少なくともドゥースへ貢ぐ姿はいじらしい。
でもドゥースには利用されっ放しだ。
ドゥースだって取り立てて悪女なわけでも計算高いわけでもない。
でもギャラピアの真心(下心とも云う)を利用するとは、80年近いときを隔てても、フランス女性はしたたかだということか。
そして物語は、パリ祭が山場となる。
もちろん『巴里祭』(1932)を思い起こすところだが、以前の記事にも書いたとおり、フランスでは革命記念日を「パリ祭」とは呼ばない。
しかし日本で「パリ祭」と呼ぶ伝統にならって、字幕では「パリ祭」と訳してくれているのが嬉しい。
そして、パリ祭がハッピーに終わらないのもお約束だ。
さらに、すったもんだの挙句、友人のために投獄されるのも、『巴里の屋根の下』と同様で懐かしい。
ラストは、街角の石畳からカメラが引いていき、巴里の街を俯瞰するというこれまた心憎いカット。
『巴里の屋根の下』に始まり『巴里の屋根の下』に終わるということか。
映画の最後に、クリストフ・バラティエ監督の叔父であるジャック・バラティエ監督への献辞があるが、ジャック・バラティエは1969年にルネ・クレールのドキュメンタリーを作った人物である。
だからといってクリストフ・バラティエ監督がどこまでルネ・クレールを意識したかは知らないけれど、ルネ・クレールのファンには嬉しい2時間だった。
『幸せはシャンソニア劇場から』は腹がよじれるほど大笑いさせる映画ではない。
号泣させて涙を搾り取る映画でもない。
けれど、ちょっと微笑み、ホロリと泣いて、ちょいとばかり苦さもあって、パリジャンの粋を味わえる映画である。
『幸せはシャンソニア劇場から』 [さ行]
監督・脚本/クリストフ・バラティエ 脚本/ジュリアン・ラプノー
作詞/フランク・トマ 音楽/ラインハルト・ワーグナー
出演/ジェラール・ジュニョ ノラ・アルネゼデール ピエール・リシャール マクサンス・ペラン
日本公開/2009年9月5日
ジャンル/[ドラマ] [音楽]
映画ブログ
巴里の空の下、建物の屋根が連なる。カメラはゆっくりと下がり、街角の石畳を映し出す。
そこに流れる懐かしい音楽。
『巴里の屋根の下』(1930)を髣髴とさせる導入部に、ルネ・クレールのファンである私は嬉しくなった。
導入部だけではない。
『幸せはシャンソニア劇場から』は1936年という時代設定のみならず、戦前の名画を思い起こさせる要素が一杯で楽しませてくれる。
『巴里の屋根の下』の主人公は、楽譜を配って歌を教えることで生計を立てている。だから歌うシーンが頻繁にある。
『幸せはシャンソニア劇場から』もミュージック・ホールが舞台なので、歌と音楽に溢れている。
一方で描かれる洗濯工場の労働者たちは、『自由を我等に』(1931)の蓄音器工場に重なる。
シャンソニア劇場を訪ねてきた美女ドゥースの意外なしたたかさも注目だ。
『巴里の屋根の下』のヒロイン・ポーラは、少々ずるい女だった。
不良の親分フレッドに誘われればどこへでもついていき、困れば主人公アルベールの好意に甘え、アルベールが不在のときにはアルベールの親友ルイと仲良くなる。
悪女でも計算高いわけでもないが、男を頼ることをためらわないずるさがあった。
『幸せはシャンソニア劇場から』のドゥースも、街の顔役ギャラピアの援助を受け入れながら、"アカ"のミルーと仲良くなり、そのくせチャンスがあればみんな捨ててしまう。
劇中、ギャラピアは悪玉扱いだが、冷静に考えてみるとそれほど悪い男ではない。少なくともドゥースへ貢ぐ姿はいじらしい。
でもドゥースには利用されっ放しだ。
ドゥースだって取り立てて悪女なわけでも計算高いわけでもない。
でもギャラピアの真心(下心とも云う)を利用するとは、80年近いときを隔てても、フランス女性はしたたかだということか。
そして物語は、パリ祭が山場となる。
もちろん『巴里祭』(1932)を思い起こすところだが、以前の記事にも書いたとおり、フランスでは革命記念日を「パリ祭」とは呼ばない。
しかし日本で「パリ祭」と呼ぶ伝統にならって、字幕では「パリ祭」と訳してくれているのが嬉しい。
そして、パリ祭がハッピーに終わらないのもお約束だ。
さらに、すったもんだの挙句、友人のために投獄されるのも、『巴里の屋根の下』と同様で懐かしい。
ラストは、街角の石畳からカメラが引いていき、巴里の街を俯瞰するというこれまた心憎いカット。
『巴里の屋根の下』に始まり『巴里の屋根の下』に終わるということか。
映画の最後に、クリストフ・バラティエ監督の叔父であるジャック・バラティエ監督への献辞があるが、ジャック・バラティエは1969年にルネ・クレールのドキュメンタリーを作った人物である。
だからといってクリストフ・バラティエ監督がどこまでルネ・クレールを意識したかは知らないけれど、ルネ・クレールのファンには嬉しい2時間だった。
『幸せはシャンソニア劇場から』は腹がよじれるほど大笑いさせる映画ではない。
号泣させて涙を搾り取る映画でもない。
けれど、ちょっと微笑み、ホロリと泣いて、ちょいとばかり苦さもあって、パリジャンの粋を味わえる映画である。
『幸せはシャンソニア劇場から』 [さ行]
監督・脚本/クリストフ・バラティエ 脚本/ジュリアン・ラプノー
作詞/フランク・トマ 音楽/ラインハルト・ワーグナー
出演/ジェラール・ジュニョ ノラ・アルネゼデール ピエール・リシャール マクサンス・ペラン
日本公開/2009年9月5日
ジャンル/[ドラマ] [音楽]
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『女の子ものがたり』の反則
【ネタバレ注意】
黄色いなっちゃん、緑のみさちゃん、ピンクのきいちゃん。
『女の子ものがたり』に登場する3人の基本カラーである。
なっちゃんがいつも黄色い服もしくは黄色いバッグを持っていることが、後々の伏線になる。
3人はいつも一緒、ふるさとでウサギを追う仲である(小ブナは釣らずに、川遊びするだけだが)。
大人になり、漫画家になっていた菜都美は、締め切りに追われて友だちの一周忌にも顔を出せなかったことから、だんだん作品を描けなくなる。
自分の想いを素直に作品にすることができなくなり、型どおりの三角関係のマンガなぞ書いている。
そしてスランプのどん底にいた菜都美は、ある日とつぜんふるさとに出立する。
「戻っておいで」と云ってるかのようなピンクのウサギの人形を残して。
終盤、壁に落書きしている女の子が登場する。
彼女はピンクのなっちゃんである。
きいちゃんの、菜都美への想いを受け継いだ子。
壁を取り巻く花はいつも黄色い。
そして、ふるさとを再訪した菜都美を、一面のひまわりが出迎える。
咲き乱れるひまわりを観ながら、私は「これは反則だ」と思った。
映画ファンなら誰しも、ひまわりを見たらヴィットリオ・デ・シーカ監督の『ひまわり』とヘンリー・マンシーニの切ないテーマ曲を思い出すだろう。
大地を埋めつくすひまわりを見るだけで泣けてしまう。
咲き乱れるひまわりの黄色い花に、菜都美の黄色い服がとけ込んでいく。
女性客ばかりの劇場で、私は涙を禁じえなかった。
『女の子ものがたり』 [あ行]
監督・脚本/森岡利行
出演/深津絵里 大後寿々花 森迫永依 波瑠 高山侑子 福士誠治 板尾創路 奥貫薫
日本公開/2009年8月29日
ジャンル/[ドラマ] [青春]
http://bookmarks.yahoo.co.jp/bookmarklet/showpopup?t='+encodeURIComponent(document.title)+'&u='+encodeURIComponent(location.href)+'&ei=UTF-8','_blank','width=550,height=480,left=100,top=50,scrollbars=1,resizable=1',0);">
黄色いなっちゃん、緑のみさちゃん、ピンクのきいちゃん。
『女の子ものがたり』に登場する3人の基本カラーである。
なっちゃんがいつも黄色い服もしくは黄色いバッグを持っていることが、後々の伏線になる。
3人はいつも一緒、ふるさとでウサギを追う仲である(小ブナは釣らずに、川遊びするだけだが)。
大人になり、漫画家になっていた菜都美は、締め切りに追われて友だちの一周忌にも顔を出せなかったことから、だんだん作品を描けなくなる。
自分の想いを素直に作品にすることができなくなり、型どおりの三角関係のマンガなぞ書いている。
そしてスランプのどん底にいた菜都美は、ある日とつぜんふるさとに出立する。
「戻っておいで」と云ってるかのようなピンクのウサギの人形を残して。
終盤、壁に落書きしている女の子が登場する。
彼女はピンクのなっちゃんである。
きいちゃんの、菜都美への想いを受け継いだ子。
壁を取り巻く花はいつも黄色い。
そして、ふるさとを再訪した菜都美を、一面のひまわりが出迎える。
咲き乱れるひまわりを観ながら、私は「これは反則だ」と思った。
映画ファンなら誰しも、ひまわりを見たらヴィットリオ・デ・シーカ監督の『ひまわり』とヘンリー・マンシーニの切ないテーマ曲を思い出すだろう。
大地を埋めつくすひまわりを見るだけで泣けてしまう。
咲き乱れるひまわりの黄色い花に、菜都美の黄色い服がとけ込んでいく。
女性客ばかりの劇場で、私は涙を禁じえなかった。
![女の子ものがたり [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/517O%2BwgRvuL._SL160_.jpg)
監督・脚本/森岡利行
出演/深津絵里 大後寿々花 森迫永依 波瑠 高山侑子 福士誠治 板尾創路 奥貫薫
日本公開/2009年8月29日
ジャンル/[ドラマ] [青春]


『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』 日本人はひ弱になった?
私は、鑑賞した映画すべてをブログの記事にしているわけではない。
この『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』についても、すでに多くの人が語っており、今後も多くの人が語るであろうから、私が語る余地などないと思った。
しかし、この映画を取り上げた「切通理作 中央線通信」で目にした次の記述が気になった。
---
「あの問題を『イジメ問題』に矮小化している」(略)といった声が耳に入ってきていた。どちらかというと批判的な声が大きく聞こえていた。
---
切通理作氏は映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を肯定的に受け止めているのだが、それにしても「あの問題を『イジメ問題』に矮小化している」という批判的な意見のあることが気になった。
この映画は、1972年2月19日から10日間にわたる浅間山荘での立てこもりをクライマックスに据え、そこに至る道程を描いているのだが、映画の緊張が最も高まるのは山岳ベースでのリンチ殺人である。
山岳ベース(という掘立小屋)に29人がこもり、1ヶ月半のあいだに12人も殺した恐るべきリンチは、映画ではたしかにイジメ問題のようにも見える。
だがそれは「矮小化」なのだろうか。
逆にイジメ問題のようであることが、問題の根深さを表しているのではないだろうか。
山岳ベース事件には次の特徴がある。
(1) 外部から隔離された閉鎖社会(外集団認識の低下)
(2) 委員長をトップとしたメンバー内の序列
(3) 法規範・社会規範を超えた思想、信条
(1)と(2)に関していえば、程度の差こそあれ学校でも企業でも地域のコミュニティ(ムラ社会)でも見られる特徴だ。
イジメやパワハラによる自殺者を出すこともしばしばである。
特に(2)の序列の存在は、上位者による力の誇示や下位者の抑え込み、競合者との対立など、必然的に内部抗争を生み出す。
さらに(3)が加わった例として、オウム真理教による一連の事件を想起する人も多いだろう。革命を志向するグループは法律に縛られないし、独自の宗教観を持てば一般社会の規範は通用しない。
法規範以上に人間の行動を制約するのが、幼少のころから使ってきた言葉だが、これさえも「殺し」を「総括」や「ポア」と云い換えることで乗り越えてしまう。
とはいえ、学校や企業や地域コミュニティはいくら閉鎖社会といっても完全な密室ではなく、社会規範や国家の定める法律が及んでおり、イジメやパワハラが殺人に発展することは稀である。
しかし自殺するまで追い込む行為には、山岳ベース事件やオウム真理教事件と通底するものがあるのではないか。
もしも、激しいイジメが行われている集団を社会規範の及ばないところに隔離したら、イジメはどこまでエスカレートするだろうか。殺されない保証はあるだろうか。
人は革命の理想に燃えるとリンチするわけではない。信仰を深めるとサリンを撒くわけでもない。
(3)の思想、信条は、ときに集団を隔離する装置として機能してしまうのだ。
河合薫氏は、自殺者が急増している企業において、社員の健康増進を図るための1次予防よりも、自殺者が出た"後"の対応に力を入れている状況を嘆く。
---
某大手企業に勤める知り合いから聞いた話では、一月に1、2回は「自殺告知」が職場にあり、公にはなっていないが自殺をする従業員は急増しているという。そして、その対策としてトップが最も力を入れているのが、3次予防(健康問題が発生した場合に行われる専門的治療、再発防止策の対処)とも、4次予防とも言われるもの。つまり、自殺者が出た“後”の会社側の対応だ。
遺族への所属部長や役員、トップの対応だけでなく、それまでどれだけ会社側が「そうならないような努力とケアをしてきたか」を主張する問答集を作るなど、“事件”が起こった後の対応を完璧にし、訴訟を起こされないようにするというのだ。
(略)
余裕がある時でさえ、「本当は、1次予防が必要なんだよね」と考えるリーダーは全体数からいえば圧倒的に少ない。
そして、1次予防に関心を示さないリーダーは、決まって「最近の日本人はひ弱になったね」と言うのである。
前述の知人の会社のトップもそうだった。
そのトップは、一代で小さな小売業者を大企業に躍進させた名経営者として経済界でも名の知れた方だ。その人が「なんで最近のヤツラは仕事が多くなって、ウツだのなんだのってなるのかね。普通は仕事がたくさんあるとうれしいんじゃないのかね」と平気で言うのだそうだ。
---
「最近の日本人はひ弱になったね」という企業トップと、「共産主義化できてない」とメンバーをなじる連合赤軍リーダーとに、いかほどの違いがあるだろうか。
どちらの発言も事実に即した根拠などなく、自己の行為を正当化しているだけだ。
この映画で連合赤軍事件がイジメ問題に見えても、それは矮小化ではなく汎化である。
池田信夫氏は『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』に関連して次のように述べる。
---
こうした「日本的」な中間集団の性格は、今も変わらない。都市化して個人がバラバラになると、人々は自分の所属すべき集団を求めて集まる。それが学生運動が流行したころは極左の党派であり、その後は原理であり、またオウムだったというだけだ。創価学会や共産党も同じようなもので、さらにいえば会社も中間集団だ。この意味で団塊世代は、学生運動というカルトが挫折したあと、日本株式会社という巨大なカルトに拠点を移しただけともいえる。
---
老若男女、時と場所を選ばず、集団があるところにはいつでも山岳ベース事件に至る萌芽がある。
映画での、リンチ殺人事件を生き残った16歳の少年の叫びは、観客に向けられている。
「みんな勇気がなかったんだ! あんたも、あんたも!」
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』 [さ行]
監督・製作・企画・脚本/若松孝二 脚本/掛川正幸、大友麻子
出演/坂井真紀 ARATA 並木愛枝(あきえ) 奥貫薫
日本公開/2008年3月15日
ジャンル/[ドラマ]
映画ブログ
この『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』についても、すでに多くの人が語っており、今後も多くの人が語るであろうから、私が語る余地などないと思った。
しかし、この映画を取り上げた「切通理作 中央線通信」で目にした次の記述が気になった。
---
「あの問題を『イジメ問題』に矮小化している」(略)といった声が耳に入ってきていた。どちらかというと批判的な声が大きく聞こえていた。
---
切通理作氏は映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』を肯定的に受け止めているのだが、それにしても「あの問題を『イジメ問題』に矮小化している」という批判的な意見のあることが気になった。
この映画は、1972年2月19日から10日間にわたる浅間山荘での立てこもりをクライマックスに据え、そこに至る道程を描いているのだが、映画の緊張が最も高まるのは山岳ベースでのリンチ殺人である。
山岳ベース(という掘立小屋)に29人がこもり、1ヶ月半のあいだに12人も殺した恐るべきリンチは、映画ではたしかにイジメ問題のようにも見える。
だがそれは「矮小化」なのだろうか。
逆にイジメ問題のようであることが、問題の根深さを表しているのではないだろうか。
山岳ベース事件には次の特徴がある。
(1) 外部から隔離された閉鎖社会(外集団認識の低下)
(2) 委員長をトップとしたメンバー内の序列
(3) 法規範・社会規範を超えた思想、信条
(1)と(2)に関していえば、程度の差こそあれ学校でも企業でも地域のコミュニティ(ムラ社会)でも見られる特徴だ。
イジメやパワハラによる自殺者を出すこともしばしばである。
特に(2)の序列の存在は、上位者による力の誇示や下位者の抑え込み、競合者との対立など、必然的に内部抗争を生み出す。
さらに(3)が加わった例として、オウム真理教による一連の事件を想起する人も多いだろう。革命を志向するグループは法律に縛られないし、独自の宗教観を持てば一般社会の規範は通用しない。
法規範以上に人間の行動を制約するのが、幼少のころから使ってきた言葉だが、これさえも「殺し」を「総括」や「ポア」と云い換えることで乗り越えてしまう。
とはいえ、学校や企業や地域コミュニティはいくら閉鎖社会といっても完全な密室ではなく、社会規範や国家の定める法律が及んでおり、イジメやパワハラが殺人に発展することは稀である。
しかし自殺するまで追い込む行為には、山岳ベース事件やオウム真理教事件と通底するものがあるのではないか。
もしも、激しいイジメが行われている集団を社会規範の及ばないところに隔離したら、イジメはどこまでエスカレートするだろうか。殺されない保証はあるだろうか。
人は革命の理想に燃えるとリンチするわけではない。信仰を深めるとサリンを撒くわけでもない。
(3)の思想、信条は、ときに集団を隔離する装置として機能してしまうのだ。
河合薫氏は、自殺者が急増している企業において、社員の健康増進を図るための1次予防よりも、自殺者が出た"後"の対応に力を入れている状況を嘆く。
---
某大手企業に勤める知り合いから聞いた話では、一月に1、2回は「自殺告知」が職場にあり、公にはなっていないが自殺をする従業員は急増しているという。そして、その対策としてトップが最も力を入れているのが、3次予防(健康問題が発生した場合に行われる専門的治療、再発防止策の対処)とも、4次予防とも言われるもの。つまり、自殺者が出た“後”の会社側の対応だ。
遺族への所属部長や役員、トップの対応だけでなく、それまでどれだけ会社側が「そうならないような努力とケアをしてきたか」を主張する問答集を作るなど、“事件”が起こった後の対応を完璧にし、訴訟を起こされないようにするというのだ。
(略)
余裕がある時でさえ、「本当は、1次予防が必要なんだよね」と考えるリーダーは全体数からいえば圧倒的に少ない。
そして、1次予防に関心を示さないリーダーは、決まって「最近の日本人はひ弱になったね」と言うのである。
前述の知人の会社のトップもそうだった。
そのトップは、一代で小さな小売業者を大企業に躍進させた名経営者として経済界でも名の知れた方だ。その人が「なんで最近のヤツラは仕事が多くなって、ウツだのなんだのってなるのかね。普通は仕事がたくさんあるとうれしいんじゃないのかね」と平気で言うのだそうだ。
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「最近の日本人はひ弱になったね」という企業トップと、「共産主義化できてない」とメンバーをなじる連合赤軍リーダーとに、いかほどの違いがあるだろうか。
どちらの発言も事実に即した根拠などなく、自己の行為を正当化しているだけだ。
この映画で連合赤軍事件がイジメ問題に見えても、それは矮小化ではなく汎化である。
池田信夫氏は『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』に関連して次のように述べる。
---
こうした「日本的」な中間集団の性格は、今も変わらない。都市化して個人がバラバラになると、人々は自分の所属すべき集団を求めて集まる。それが学生運動が流行したころは極左の党派であり、その後は原理であり、またオウムだったというだけだ。創価学会や共産党も同じようなもので、さらにいえば会社も中間集団だ。この意味で団塊世代は、学生運動というカルトが挫折したあと、日本株式会社という巨大なカルトに拠点を移しただけともいえる。
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老若男女、時と場所を選ばず、集団があるところにはいつでも山岳ベース事件に至る萌芽がある。
映画での、リンチ殺人事件を生き残った16歳の少年の叫びは、観客に向けられている。
「みんな勇気がなかったんだ! あんたも、あんたも!」
『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)』 [さ行]
監督・製作・企画・脚本/若松孝二 脚本/掛川正幸、大友麻子
出演/坂井真紀 ARATA 並木愛枝(あきえ) 奥貫薫
日本公開/2008年3月15日
ジャンル/[ドラマ]
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『戦場のメリークリスマス』は恐くない!
【ネタバレ注意】
「赤信号、みんなで渡れば恐くない!」
ハラ軍曹を演じたたけしが、ツービート時代に飛ばしたギャグである。
日本映画は、このギャグをもっと考える必要がある。

私は、2008年11月から公開された福澤克雄監督の映画『私は貝になりたい』を観て愕然とした。
1959年に橋本忍氏が監督・脚本を務めた映画『私は貝になりたい』には、私は感銘を受けていた。
主人公・清水豊松(しみず とよまつ)は、戦時中に捕虜を処刑したとして裁かれる。豊松としては、上官の命令に従っただけのことであり、兵士として当たり前のことをしただけなのに、なぜ自分が罪に問われるのか判らない。しかし連合国による法廷では、豊松の行為が弾劾される。
・なぜ武器を持たず捕らわれの身である米兵を処刑したのか。
・上官の命令に納得して行動したのか。
・みずから殺そうという意思を持っていたのか。
豊松は、ここではじめて自分が戦争していた相手を知る。
豊松にとって上官の命令は絶対だ。命じられたことは実行するのみ。そこに自分の意思が入る余地はない。まわりの兵士もそう思っていたはずだ。
しかし裁判官はみずからの意思を問うている。正しいか正しくないか、やるべきかやらざるべきか、豊松個人としてどう考えたのかを問うている。
そんなもの、豊松にはなかった。まわりのみんなにも、ありはしなかった。
豊松は、詰問する裁判官が自分とは異質な存在であることを思い知った。これまで戦争してきた相手は、個人の考えを問いただすと知っておののいた。そんな考え方は自分にはない。いわれたからやった、ただそれだけだ。
それを罪として裁くとは、なんと異質な文化だろう。
いや文化というよりも、価値観、信仰と呼んだ方がいいかも知れない。
豊松は、自分とは異なる存在に邂逅し、自分との絶望的なまでのギャップを感じ、異質な存在から裁かれる自分の無力さを知り、遂には貝のように目も耳も口も閉ざしてしまうことを夢想する…。
『私は貝になりたい』(1959)を観た私は、豊松の受けた衝撃と絶望に思いを馳せた。
ところが、この作品は黒澤明監督にも脚本家の菊島隆三氏にも不評だったそうだ。
『羅生門』以来、黒澤明監督と一緒に脚本を作ってきた橋本忍氏は、『私は貝になりたい』の映画化が決まり、黒澤邸へ初監督の挨拶に行ったときの思い出を公式サイトに書いている。
---
だが私の差し出す脚本を受け取ると、首を捻り、掌に乗せ、目方を測るように少し上下に動かした。
「橋本よ……これじゃ貝にはなれねぇんじゃないかな」
ライター仲間の知友の菊島隆三氏が私にいう。「橋本君よ、世の中って不思議なもんだね」「え?」「君の書いた脚本だよ、私は貝になりたい……えらく評判がいいが、正直にいうと、君の脚本のレパートリじゃCクラス、それがどうしてあんなに評判になるのかねぇ」
黒澤さんはなにか足りないといい、菊島隆三は完成度の低いCクラスの出来だという。いずれにしても、世評と実態には大きな乖離があるらしいが、それがなんだか私には分からない。
---
そして橋本忍氏は、50年にわたって黒澤明の言葉を気にし続け、みずからの手で脚本を書き換えることにしたという。
はたして50年のときを経て橋本忍氏が何を考えたのか、それを確かめるべく私は福澤克雄監督版『私は貝になりたい』を観に映画館へ足を運んだ。
しかし、『私は貝になりたい』(2008)は、前作とはまったく異なる作品だった。
豊松は、上官の命令を押し付けられた犠牲者になっていた。自分は悪くないという被害者意識を抱き続けるばかりである。
豊松の妻は、無実の夫のために助命嘆願に奔走する。
中将閣下は、カメラに向かって連合国への恨み節を述べる。
豊松は自分があまりにもかわいそうで、世の中が嫌になり、貝のように海の底で生活することを夢想する。
前作は鑑賞後に苦い味わいが残ったが、今作は豊松の悲劇に泣ける映画になっていた。
しかしこれが、橋本忍氏が書きたかったことなのか!?
50年かけて、書き加えたかったことなのか?
『私は貝になりたい』はフィクションである。ありもしない判決をこしらえて連合国を恨んでみせても、何も主張したことにはならない。
橋本忍氏がこのような考えでいたのなら、私が長年のあいだ抱いてきた感銘は勘違いだったのだろうか。
あちこちからすすり泣きが漏れる劇場内で、私は海の底に沈んでしまいそうな心持ちであった。

さて、『戦場のメリークリスマス』では、冒頭で騒ぎが持ち上がる。
朝鮮人軍属による強姦事件である。
こわもてのハラ軍曹は、軍属に対して「ここでもう一度やってみせろ」「切腹しろ」とまくし立てる。
周囲を取り巻く日本兵たちは、ハラ軍曹が軍属にどんな仕打ちをしても顔色ひとつ変えずに直立不動のままである。軍曹殿の言葉に、喜怒哀楽を表すなどもってのほかだからだ。
ここに清水豊松がいたとしても、やはり顔色ひとつ変えずに立っていたことだろう。「強姦させろ」といわれれば強姦させ、「切腹させろ」といわれれば切腹させたであろう。
しかし、その場に居合わせた俘虜のロレンス英軍中佐は、「あ~ぁ」という顔で首を振る。ロレンスから見れば、ハラ軍曹は無茶苦茶だ。口を出さずにはいられない。
顔色ひとつ変えない日本兵たちの中にあって、「あ~ぁ」と首を振るロレンス。
それこそ異質な文化(あるいは価値観、信仰)の邂逅だ。
『私は貝になりたい』(1959)で私が感じたものが、このワンショットにあった。
ハラは典型的な鬼軍曹のように見えるが、ただ暴虐なばかりの人物ではない。
部下が不祥事を起こしても上層部への報告を控え、部下の家族が恩給をもらえるように取り計らうなど、みずからの保身と部下への配慮を怠らない。
現代の日本にもよくいるタイプである。
敗戦後、憑き物が落ちたかのようなハラ軍曹は、英語を覚える努力をし、ロレンスにへつらうような態度を取る。
あたかも軍国主義の呪縛から解放されたかのようだが、そう単純なことではあるまい。
敗戦と同時にやってきたマッカーサーのもとへは、およそ50万通もの手紙が寄せられたという。
尹雄大(ゆん・うんで)氏は次のように書く。
---
手紙の主は農民から学生、はては元右翼の巨頭でA級戦犯容疑者、公職追放中の政治家、さらには工場労働者、県会議長、教師、医師とその職業、階層を選ぶことはなかった。
(略)
手紙の内容はといえば、松茸を送るから受け取って欲しい。就職の斡旋を頼みたい。マッカーサー元帥の銅像をつくりたい。村内のもめ事の裁決を願いたい。挙げ句のはてには、原文は存在しないが、「あなたの子供をうみたい」といった内容までがあったという。
(略)
「マッカーサー元帥ノ万歳ヲ三唱シ併テ貴国将兵各位ノ無事御進駐ヲ御祝ヒ申上ゲマス」と、敗戦から三週間後、速達で送りつけるといった具合にマッカーサーをいち早く称えた人らは、かつて「天皇陛下万歳」を叫び、醜の御楯として死ねよと唱導していた立場にいたものも少なからずいた。
確か一億玉砕まで誓った戦争だった。神国は不滅であり、必勝不敗は揺るがせない国是だった。
だから総力戦の敗北は、帝国臣民を深い挫折へと追いやったはずであり、日本の滅亡を認めないものは、決起したはずだ。
だが、現実はどうかといえば、ひとりのパルチザンも生まなかった!
---
日本人はマッカーサーをまるで水戸黄門様がやってきたかのように歓迎し、賛美し、みずからの問題の解決を願い出た。
人々の中にある「誰かに支配して欲しい」という願望が、このときはマッカーサーに向けられたのだ。
『戦場のメリークリスマス』において日本人代表として描かれるハラ軍曹は、敗戦後の振る舞いについても日本人らしいのである。
デヴィッド・ボウイ演じるセリアズ少佐が、捕らわれの身ながら個人として反抗し、反抗を貫いたがゆえに死んでいくのとはまるで違う。
処刑を前にして、ハラはつぶやく。
「私は、他の兵士と同じことをしただけなんです。」
赤信号を、みんなと渡った者の末路であった。
『戦場のメリークリスマス』 [さ行]
監督・脚本/大島渚 脚本/ポール・メイヤーズバーグ 原作/ローレンス・ヴァン・デル・ポスト
出演/デヴィッド・ボウイ 坂本龍一 トム・コンティ ビートたけし ジャック・トンプソン
日本公開/1983年5月28日
ジャンル/[ドラマ] [戦争]
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「赤信号、みんなで渡れば恐くない!」
ハラ軍曹を演じたたけしが、ツービート時代に飛ばしたギャグである。
日本映画は、このギャグをもっと考える必要がある。

私は、2008年11月から公開された福澤克雄監督の映画『私は貝になりたい』を観て愕然とした。
1959年に橋本忍氏が監督・脚本を務めた映画『私は貝になりたい』には、私は感銘を受けていた。
主人公・清水豊松(しみず とよまつ)は、戦時中に捕虜を処刑したとして裁かれる。豊松としては、上官の命令に従っただけのことであり、兵士として当たり前のことをしただけなのに、なぜ自分が罪に問われるのか判らない。しかし連合国による法廷では、豊松の行為が弾劾される。
・なぜ武器を持たず捕らわれの身である米兵を処刑したのか。
・上官の命令に納得して行動したのか。
・みずから殺そうという意思を持っていたのか。
豊松は、ここではじめて自分が戦争していた相手を知る。
豊松にとって上官の命令は絶対だ。命じられたことは実行するのみ。そこに自分の意思が入る余地はない。まわりの兵士もそう思っていたはずだ。
しかし裁判官はみずからの意思を問うている。正しいか正しくないか、やるべきかやらざるべきか、豊松個人としてどう考えたのかを問うている。
そんなもの、豊松にはなかった。まわりのみんなにも、ありはしなかった。
豊松は、詰問する裁判官が自分とは異質な存在であることを思い知った。これまで戦争してきた相手は、個人の考えを問いただすと知っておののいた。そんな考え方は自分にはない。いわれたからやった、ただそれだけだ。
それを罪として裁くとは、なんと異質な文化だろう。
いや文化というよりも、価値観、信仰と呼んだ方がいいかも知れない。
豊松は、自分とは異なる存在に邂逅し、自分との絶望的なまでのギャップを感じ、異質な存在から裁かれる自分の無力さを知り、遂には貝のように目も耳も口も閉ざしてしまうことを夢想する…。
『私は貝になりたい』(1959)を観た私は、豊松の受けた衝撃と絶望に思いを馳せた。
ところが、この作品は黒澤明監督にも脚本家の菊島隆三氏にも不評だったそうだ。
『羅生門』以来、黒澤明監督と一緒に脚本を作ってきた橋本忍氏は、『私は貝になりたい』の映画化が決まり、黒澤邸へ初監督の挨拶に行ったときの思い出を公式サイトに書いている。
---
だが私の差し出す脚本を受け取ると、首を捻り、掌に乗せ、目方を測るように少し上下に動かした。
「橋本よ……これじゃ貝にはなれねぇんじゃないかな」
ライター仲間の知友の菊島隆三氏が私にいう。「橋本君よ、世の中って不思議なもんだね」「え?」「君の書いた脚本だよ、私は貝になりたい……えらく評判がいいが、正直にいうと、君の脚本のレパートリじゃCクラス、それがどうしてあんなに評判になるのかねぇ」
黒澤さんはなにか足りないといい、菊島隆三は完成度の低いCクラスの出来だという。いずれにしても、世評と実態には大きな乖離があるらしいが、それがなんだか私には分からない。
---
そして橋本忍氏は、50年にわたって黒澤明の言葉を気にし続け、みずからの手で脚本を書き換えることにしたという。
はたして50年のときを経て橋本忍氏が何を考えたのか、それを確かめるべく私は福澤克雄監督版『私は貝になりたい』を観に映画館へ足を運んだ。
しかし、『私は貝になりたい』(2008)は、前作とはまったく異なる作品だった。
豊松は、上官の命令を押し付けられた犠牲者になっていた。自分は悪くないという被害者意識を抱き続けるばかりである。
豊松の妻は、無実の夫のために助命嘆願に奔走する。
中将閣下は、カメラに向かって連合国への恨み節を述べる。
豊松は自分があまりにもかわいそうで、世の中が嫌になり、貝のように海の底で生活することを夢想する。
前作は鑑賞後に苦い味わいが残ったが、今作は豊松の悲劇に泣ける映画になっていた。
しかしこれが、橋本忍氏が書きたかったことなのか!?
50年かけて、書き加えたかったことなのか?
『私は貝になりたい』はフィクションである。ありもしない判決をこしらえて連合国を恨んでみせても、何も主張したことにはならない。
橋本忍氏がこのような考えでいたのなら、私が長年のあいだ抱いてきた感銘は勘違いだったのだろうか。
あちこちからすすり泣きが漏れる劇場内で、私は海の底に沈んでしまいそうな心持ちであった。

さて、『戦場のメリークリスマス』では、冒頭で騒ぎが持ち上がる。
朝鮮人軍属による強姦事件である。
こわもてのハラ軍曹は、軍属に対して「ここでもう一度やってみせろ」「切腹しろ」とまくし立てる。
周囲を取り巻く日本兵たちは、ハラ軍曹が軍属にどんな仕打ちをしても顔色ひとつ変えずに直立不動のままである。軍曹殿の言葉に、喜怒哀楽を表すなどもってのほかだからだ。
ここに清水豊松がいたとしても、やはり顔色ひとつ変えずに立っていたことだろう。「強姦させろ」といわれれば強姦させ、「切腹させろ」といわれれば切腹させたであろう。
しかし、その場に居合わせた俘虜のロレンス英軍中佐は、「あ~ぁ」という顔で首を振る。ロレンスから見れば、ハラ軍曹は無茶苦茶だ。口を出さずにはいられない。
顔色ひとつ変えない日本兵たちの中にあって、「あ~ぁ」と首を振るロレンス。
それこそ異質な文化(あるいは価値観、信仰)の邂逅だ。
『私は貝になりたい』(1959)で私が感じたものが、このワンショットにあった。
ハラは典型的な鬼軍曹のように見えるが、ただ暴虐なばかりの人物ではない。
部下が不祥事を起こしても上層部への報告を控え、部下の家族が恩給をもらえるように取り計らうなど、みずからの保身と部下への配慮を怠らない。
現代の日本にもよくいるタイプである。
敗戦後、憑き物が落ちたかのようなハラ軍曹は、英語を覚える努力をし、ロレンスにへつらうような態度を取る。
あたかも軍国主義の呪縛から解放されたかのようだが、そう単純なことではあるまい。
敗戦と同時にやってきたマッカーサーのもとへは、およそ50万通もの手紙が寄せられたという。
尹雄大(ゆん・うんで)氏は次のように書く。
---
手紙の主は農民から学生、はては元右翼の巨頭でA級戦犯容疑者、公職追放中の政治家、さらには工場労働者、県会議長、教師、医師とその職業、階層を選ぶことはなかった。
(略)
手紙の内容はといえば、松茸を送るから受け取って欲しい。就職の斡旋を頼みたい。マッカーサー元帥の銅像をつくりたい。村内のもめ事の裁決を願いたい。挙げ句のはてには、原文は存在しないが、「あなたの子供をうみたい」といった内容までがあったという。
(略)
「マッカーサー元帥ノ万歳ヲ三唱シ併テ貴国将兵各位ノ無事御進駐ヲ御祝ヒ申上ゲマス」と、敗戦から三週間後、速達で送りつけるといった具合にマッカーサーをいち早く称えた人らは、かつて「天皇陛下万歳」を叫び、醜の御楯として死ねよと唱導していた立場にいたものも少なからずいた。
確か一億玉砕まで誓った戦争だった。神国は不滅であり、必勝不敗は揺るがせない国是だった。
だから総力戦の敗北は、帝国臣民を深い挫折へと追いやったはずであり、日本の滅亡を認めないものは、決起したはずだ。
だが、現実はどうかといえば、ひとりのパルチザンも生まなかった!
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日本人はマッカーサーをまるで水戸黄門様がやってきたかのように歓迎し、賛美し、みずからの問題の解決を願い出た。
人々の中にある「誰かに支配して欲しい」という願望が、このときはマッカーサーに向けられたのだ。
『戦場のメリークリスマス』において日本人代表として描かれるハラ軍曹は、敗戦後の振る舞いについても日本人らしいのである。
デヴィッド・ボウイ演じるセリアズ少佐が、捕らわれの身ながら個人として反抗し、反抗を貫いたがゆえに死んでいくのとはまるで違う。
処刑を前にして、ハラはつぶやく。
「私は、他の兵士と同じことをしただけなんです。」
赤信号を、みんなと渡った者の末路であった。
![戦場のメリークリスマス [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/514chV6-z8L._SL160_.jpg)
監督・脚本/大島渚 脚本/ポール・メイヤーズバーグ 原作/ローレンス・ヴァン・デル・ポスト
出演/デヴィッド・ボウイ 坂本龍一 トム・コンティ ビートたけし ジャック・トンプソン
日本公開/1983年5月28日
ジャンル/[ドラマ] [戦争]


『ATOM』 科学の子から父さんの子へ
【ネタバレ注意】
またか。
科学技術の粋を集めた空中都市メトロシティとスクラップに覆われた地上がスクリーンに映し出されるのを見つめながら、私は感じていた。
どうも未来の地球はゴミやスクラップに覆われて荒廃する、というのが現代の映画制作者の共通認識らしい。
『ウォーリー』でも地球は(成層圏も含めて)ゴミだらけになっており、人類は科学技術に守られた宇宙船の中で安穏としていた。
『ATOM』と同じく手塚治虫原作で先ごろリメイクされたテレビアニメ『ジャングル大帝』でも、地球は荒廃してしまい、ジャングルが残っているのは人工島の上だけだった。
かつて手塚治虫がマンガに描いた世界をそのまま現代に蘇らせるのは照れ臭いのか、そんな世界はあり得ないとみんなが思っているのか。
もちろん、科学技術の影の部分が描かれることはこれまでもあった。
ゴジラはヘドラと闘ったし、スペクトルマンは公害から生み出された怪獣たちと闘った。
H・G・ウェルズが『タイムマシン』(1895)にモーロックを登場させたときから、影の部分はいつも描かれていた。
しかし近年の作品が異なるのは、影の部分が世界の大部分を占めてしまい、手塚マンガのような明るい世界は空中都市や人工島などの閉鎖空間にしか存在が許されない点だ。
ここで、毎日新聞の科学環境部の記者による次の記事を思い起こさずにいられない。
---
高校に出前授業に出かけた研究者がため息まじりに話してくれた。
「科学技術が役に立っていると思う人?」と生徒に聞いたら、しばらくして半分ぐらい手が挙がった。「科学技術が環境を壊していると思う人?」と聞いたら、間髪入れず全員の手が挙がったという。「若者は科学技術より環境を大切に思っているんですね」
---
-毎日新聞 2009年6月27日 東京朝刊 発信箱-
また、アトムの日本語吹き替えを務めた上戸彩さんもインタビューに答えてこう話している。
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ところで「ATOM」のような、全てがオートメーション化された便利な世界は来ると思う?
「実現することはありえると思いますけど、やっぱり来ないでほしいな~。便利であるほど人間の心も薄くなりそうだし、自分で歩かないと健康にも悪そうで。」
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- Highway Walker 2009年10月号 -
科学技術の進展と、環境破壊や人間関係の希薄化に、因果関係があるかのように語るのは本来おかしい。環境を破壊するのは、環境を犠牲にすることを厭わない人間の欲望だし、人間関係を希薄にするのは人々が濃密な関係を避けるからだ。
しかし人々は、本来は手段でしかない科学技術を、原因であるかのように錯覚している。
手塚治虫の想いとは裏腹に、いまや科学技術を発展させることは夢や希望にならないのだ。
それどころか、世界の荒廃を招くだけだと思われている。
その思いを表したのが、スクラップに覆われた広大な地上と、箱庭のような空中都市である。
両者のあいだをつなぐのは何か?
『ATOM』のラストでは、アトムと少女コーラがメトロシティと地上の双方につながりを持つことから、仲立ちを務めていくだろうことが予感される。
しかし、『ウォーリー』の人々がみずからの脚で立ち、みずからの意思でゴミだらけの地球に戻るのとは違い、空中都市メトロシティの住民はアクシデントのために地上に降りる羽目になったにすぎない。はたして地上の住民と手を取り合っていけるのだろうか。
メトロシティの大統領選では穏健派の候補者が支持率を伸ばしていることから変化の兆しは示唆されているものの、アトムとコーラの前途は多難である。
『ATOM』 [あ行]
監督・脚本/デヴィッド・バワーズ 脚本/ティモシー・ハリス
出演/フレディ・ハイモア ニコラス・ケイジ ドナルド・サザーランド ビル・ナイ
日本語吹替版の出演/上戸彩 役所広司
日本公開/2009年10月10日
ジャンル/[SF] [アドベンチャー]
映画ブログ
またか。
科学技術の粋を集めた空中都市メトロシティとスクラップに覆われた地上がスクリーンに映し出されるのを見つめながら、私は感じていた。
どうも未来の地球はゴミやスクラップに覆われて荒廃する、というのが現代の映画制作者の共通認識らしい。
『ウォーリー』でも地球は(成層圏も含めて)ゴミだらけになっており、人類は科学技術に守られた宇宙船の中で安穏としていた。
『ATOM』と同じく手塚治虫原作で先ごろリメイクされたテレビアニメ『ジャングル大帝』でも、地球は荒廃してしまい、ジャングルが残っているのは人工島の上だけだった。
かつて手塚治虫がマンガに描いた世界をそのまま現代に蘇らせるのは照れ臭いのか、そんな世界はあり得ないとみんなが思っているのか。
もちろん、科学技術の影の部分が描かれることはこれまでもあった。
ゴジラはヘドラと闘ったし、スペクトルマンは公害から生み出された怪獣たちと闘った。
H・G・ウェルズが『タイムマシン』(1895)にモーロックを登場させたときから、影の部分はいつも描かれていた。
しかし近年の作品が異なるのは、影の部分が世界の大部分を占めてしまい、手塚マンガのような明るい世界は空中都市や人工島などの閉鎖空間にしか存在が許されない点だ。
ここで、毎日新聞の科学環境部の記者による次の記事を思い起こさずにいられない。
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高校に出前授業に出かけた研究者がため息まじりに話してくれた。
「科学技術が役に立っていると思う人?」と生徒に聞いたら、しばらくして半分ぐらい手が挙がった。「科学技術が環境を壊していると思う人?」と聞いたら、間髪入れず全員の手が挙がったという。「若者は科学技術より環境を大切に思っているんですね」
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-毎日新聞 2009年6月27日 東京朝刊 発信箱-
また、アトムの日本語吹き替えを務めた上戸彩さんもインタビューに答えてこう話している。
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ところで「ATOM」のような、全てがオートメーション化された便利な世界は来ると思う?
「実現することはありえると思いますけど、やっぱり来ないでほしいな~。便利であるほど人間の心も薄くなりそうだし、自分で歩かないと健康にも悪そうで。」
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- Highway Walker 2009年10月号 -
科学技術の進展と、環境破壊や人間関係の希薄化に、因果関係があるかのように語るのは本来おかしい。環境を破壊するのは、環境を犠牲にすることを厭わない人間の欲望だし、人間関係を希薄にするのは人々が濃密な関係を避けるからだ。
しかし人々は、本来は手段でしかない科学技術を、原因であるかのように錯覚している。
手塚治虫の想いとは裏腹に、いまや科学技術を発展させることは夢や希望にならないのだ。
それどころか、世界の荒廃を招くだけだと思われている。
その思いを表したのが、スクラップに覆われた広大な地上と、箱庭のような空中都市である。
両者のあいだをつなぐのは何か?
『ATOM』のラストでは、アトムと少女コーラがメトロシティと地上の双方につながりを持つことから、仲立ちを務めていくだろうことが予感される。
しかし、『ウォーリー』の人々がみずからの脚で立ち、みずからの意思でゴミだらけの地球に戻るのとは違い、空中都市メトロシティの住民はアクシデントのために地上に降りる羽目になったにすぎない。はたして地上の住民と手を取り合っていけるのだろうか。
メトロシティの大統領選では穏健派の候補者が支持率を伸ばしていることから変化の兆しは示唆されているものの、アトムとコーラの前途は多難である。
『ATOM』 [あ行]
監督・脚本/デヴィッド・バワーズ 脚本/ティモシー・ハリス
出演/フレディ・ハイモア ニコラス・ケイジ ドナルド・サザーランド ビル・ナイ
日本語吹替版の出演/上戸彩 役所広司
日本公開/2009年10月10日
ジャンル/[SF] [アドベンチャー]
映画ブログ