『監査法人』特別賞受賞

 テレビドラマ『ハゲタカ』が高評価を得て続編映画も公開中だが、同じNHK土曜ドラマ枠の経済ドラマに『監査法人』があった。


 7月6日は「公認会計士の日」だそうで、これにちなんだ「公認会計士の日」大賞の特別賞にドラマ『監査法人』が選ばれている。公認会計士に焦点を当てたドラマは初めてのことで、公認会計士監査に対する社会的な関心を高めることに貢献したことが評価されたそうだ。

 公式サイトで、磯 智明チーフプロデューサーは次のように語っている。
 「三大国家試験と称される医師・弁護士・会計士。医者モノ、弁護士モノのドラマが多々ある中、皆さんにはあまりなじみのない会計士モノにチャレンジしました。」

 公認会計士さんからすればリアルでないところもあったかもしれないが、医師や弁護士のドラマだって本職の人が見れば云いたいことはあるはずだ。
 これまでもテレビや映画では、宇宙で星がまたたいたり[1]、零下1000度に凍りついたり[2]したわけで、我々はもう慣れっこだ。
 日本公認会計士協会は、写実的であることより、世の中に公認会計士という職業を知らしめたことを高く評価したのだろう。


 会計士モノはこれまで手付かずだったから、様々なアプローチができる。
 粉飾決算をあばく探偵物にするとか、激動の業界史を扱うとか、コツコツ働く個人の悲喜こもごもを描くとか。
 そしてこのドラマは、贅沢なことにすべてのアプローチを全6話に盛り込んだ。
 これぞ先発優位ということか。


 しかしこのドラマはぶれてない。
 様々な要素がてんこ盛りにもかかわらず、第1回「会社、つぶせますか」から最終回「会社、救えますか」まで、報酬を貰いながらその相手を監査することの難しさ、人間として何を大事にするかを、ぶれずに描き切っている。

 現職の公認会計士さんは、ここも一言云いたいところだろう。
 公認会計士の職能として指導性と批判性という異なる役割が両方とも期待されていることや、そもそも法務省が所管する会社法と金融庁が所管する金融商品取引法という2つの異なる法の下で活動しなければならないという制度上の矛盾があるわけで、個人的な問題に集約されてはたまらない、と。

 しかし広く一般の視聴者にアピールするには、人間として普遍的な問題に昇華させる必要があるわけだし、主人公・若杉健司が抱く葛藤は多くの人に共感できるものだった。


 役者はいずれも好演で、とりわけ篠原理事長を演じる橋爪功氏が素晴らしかった。
 不正を隠し通すべく臨んだ審査会で、つい声が裏返ったような喋り方になってしまうところ、これほどの緊張を、演技で出せるものなのかと感服した。


 残念なのは、全6回で終わってしまったことだ。
 いずれのエピソードも、もっと続きを見たかった。


[1] 星がまたたくのは、大気の屈折率が一様でないためであり、大気がない宇宙空間では生じない。

[2] 零下273.15度(摂氏マイナス273.15度)が物質の下限温度(絶対零度)であり、零下1000度はありえない。


監査法人』  [テレビ]
演出/渡辺一貴、柳川強  脚本/矢島正雄、小林雄次  音楽/村松崇継
出演/塚本高史 松下奈緒 豊原功補  阿部サダヲ 勝村政信 橋爪功
日本公開/2008年6月14日~2008年7月19日
ジャンル/[ドラマ]

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『モンスターVSエイリアン』のオマージュとは?

 【ネタバレ注意】

 なかなかの痛快作。
 作中に子供キャラが登場しないので「これで子供にウケるかな」と心配したが、そんなことはおかまいなしに様々な作品へのオマージュをこれでもかと突っ込んで笑わせてくれる。
 以下に、ストーリーをおさらいしながら、怒涛のごときオマージュの一端を紹介。


 主人公スーザンは、飛来した隕石にぶつかって巨大化してしまう(1958年『妖怪巨大女』)。
 連れて行かれたエリア51で仲間になるモンスターは、ゴキブリ頭のコックローチ博士(1958年『蝿男の恐怖』)、半魚人のミッシング・リンク(1954年『大アマゾンの半魚人』)、液状生物のBOB(1958年『マックィーンの絶対の危機』のBLOB)、放射能で巨大化したムシザウルス(ムシなので1954年『放射能X』のようだが、東京に出現したところは一瞬1954年の『ゴジラ』かと思わせる)。
 透明人間(1933年『透明人間』)もいたらしいが、姿は見せない(見えない)。

 リメイクされてる作品が多いものの、昔のモンスター映画のオマージュにアメリカの子供たちは楽しめるのかと疑問を感じた。
 しかしエイリアンの探査ロボットと接触するために大統領が登場する場面のBGMが The B-52's の Planet Claire であるあたりから、本作を子供向けに作っているわけではないと悟る。

 大統領はキーボードを叩いて音楽によるコンタクトを試みる(1977年『未知との遭遇』)。さらに調子に乗ってアップテンポの曲(1984年『ビバリーヒルズ・コップ』のアクセル・F)を演奏し、ヴァルカン式挨拶(1966年『スター・トレック/宇宙大作戦』)をした挙句に、ロボットに指先で接触しようとする(1982年『E.T.』)。
 探査ロボットが暴れだすと、大統領は自ら武器を取り戦う(1996年『インデペンデンス・デイ』)が、護衛のサングラスの男たち(1997年『メン・イン・ブラック』)に保護される。

 ここで、アメリカ軍と探査ロボットとの戦いが描かれるわけだが、ミサイルに書かれた "ET, GO HOME" の文字には笑った。

 作戦会議で核兵器の使用をためらわない大統領の狂いっぷりは、ストレンジラブ博士以上だ(1964年『博士の異常な愛情』)。
 会議では「ジャック・バウアーに相談するか」などと話しているが、これはもちろんW.R.モンガー将軍をキーファー・サザーランドが演じているから。『24 -TWENTY FOUR-』のファンには愉快な展開だが、残念ながら私は日本語吹替版で観た。

 会議の結果、スーザンたちモンスターズの出動となる。
 この、エイリアンにモンスターたちが対抗するというコンセプトは、ゴジラシリーズの多くが当てはまるので元ネタを特定しにくいのだが、作中でモンスター襲撃の命令を発するセリフ「Destroy All Monsters!」は『怪獣総進撃』(1968年)の米国公開時のタイトルだそうだ。なるほど。

 敵のギャラクサーはイカが成長した怪人で、バイラス人(1968年『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』)に良く似ている。
 そのクローン軍団(2002年『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』)との戦いがクライマックス。まったく同じ外見の敵が大挙して迫るのは、『マーズ・アタック!』(1996年)を思わせなくもない。
 そして宇宙船の自爆装置のカウントダウンに駆り立てられ(1979年『エイリアン』)、最後は『ゴジラ』が原典だと思っていたら『モスラ』(1961年)だったことが判明して終わる。

 とどめに、エンドクレジットで再び The B-52's の Planet Claire を流してくれる。


 かように本作は、古今東西の映画へのオマージュが満載だ。ここに挙げた他にもたくさんのネタがあるだろう。
 子供たちには判らないネタが多いだろうが、大人になって原典に触れる喜びが待っている。


 興味深いことに、この作品はデートムービーには向かない。
 なにしろ男は頼りにならず、男の愛情よりチームの友情の方が強調されるのだから。
 敵も男だからとうぜん弱い。

 すなわち、かつてのモンスター・怪獣映画が強い男性がかよわき女性を守る話だったのに対し、この作品はたくましい女性がチームワークで困難に打ち勝つ物語になっている。
 同じドリームワークス製作の『シュレック』が結婚をゴールとしていたのに、本作は結婚なんかものともしない主人公を描いて対照的だ。これでバランスが取れたということか。

 敵が弱すぎるので活劇としてはいささか物足りないが、作り手の意図はそこにはない。

 本作は、お母さんが子供の付き合いで観るのではなく、自立した女性が楽しい時間を過ごすのに適しているのかも。
 晩婚化が進んだ今日、そんな客層も多いだろう。


 もちろんそんなこと考えずに普通にストーリーを楽しんでも、老若男女だれにとっても充分おもしろい作品である。


 そしてまたこの作品に好感が持てるのは、過度に3Dを意識しすぎないところだ。
 3D映像はビックリするほどの迫力だ。
 しかし、奥行きを過剰に強調した演出に陥ることなく、しっかりした構図で作ることに徹している。
 家庭でDVD等を楽しむときに、あまりにも3Dっぽい演出ではしらけてしまうという事情もあろう。


 ところで、コックローチ博士は頭がゴキブリで体が人間なのだが、『蝿男の恐怖』にならうなら、頭が人間で体がゴキブリというのもどこかにいるのだろうか。


モンスターVSエイリアン ボブのびっくりバースデーエディション [Blu-ray]モンスターVSエイリアン』  [ま行]
監督・原案/ロブ・レターマン、コンラッド・ヴァーノン
脚本/ロブ・レターマン、マイア・フォーブス、ウォーリー・ウォロダースキー、ジョナサン・エイベル、グレン・バーガー
出演/リース・ウィザースプーン キーファー・サザーランド
日本語吹替版の出演/ベッキー 日村勇紀
日本公開/2009年7月11日
ジャンル/[アドベンチャー] [SF] [コメディ]
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『ザ・スピリット』2.64点で面白いか?

 「みんなの意見」は案外正しいという考え方がある。

 だからというわけではないが、観る映画を選ぶのにネット上のレビューを参考にすることがある。
 多くのサイトで、映画に対するコメントの書き込みと、評点の集計機能を用意している。
 それを眺めて、あまり観る気はなくても5点満点で4点以上なら観てみようとか、時間の関係で1本しか観られないときは3点未満の作品は後回しにしようとか、逆に点が低い作品は早々に打ち切られるかもしれないので早めに観ようか、などと考える。

 ちなみに今年公開の映画でいうと、mixiのレビューでは7月20日現在『グラン・トリノ』に1,358人がコメントしており、評点の平均は4.47点だ。『DRAGONBALL EVOLUTION』には572人がコメントしており、平均2.06点である。
 Yahoo!映画のユーザーレビューでは、7月20日現在『グラン・トリノ』に1,326人がコメントしており、評点の平均は4.55点だ。『DRAGONBALL EVOLUTION』には1,381人がコメントしており、平均1.78点である。

 年間800本といわれる日本公開映画をすべて観るわけにもいかないし、かつてシティロード誌の星取表を参考にしたのと同じことである。

 しかし、論理的な検討を経ても「みんなの意見」が常に正しいとは限らないのだから、映画のように個人の嗜好に依存するものに至っては、所詮だいたいの参考でしかない。


 『ザ・スピリット』も、「みんな」は面白くないだろうと思われる1本。
 mixiのレビューでは76人の平均が2.64点、Yahoo!映画のユーザーレビューでは77人の平均が2.82点、他のサイトでも総じて点が低い。

 この映画、エンドクレジットにフランク・ミラーの手によるストーリーボードが次々と映し出される。
 エンドクレジットが始まるや席を立つ人がいたが、フランク・ミラーのストーリーボードを見ずして帰るくらいなら、そもそもこの映画は観ない方がいい。

 マンガを映画化した作品は星の数ほどあるけれど、それらはマンガを題材にしているだけであくまで映画だ。どの監督も映画を作るつもりでいる。
 しかし本作は違う。
 マンガをスクリーンに焼き付けているのだ。

 映画的なノリに背を向け、映画的ビジュアルに背を向け、映画的興奮にも背を向け、マンガの構図、マンガの滑稽さ、マンガのコマを読み進むようなテンポを再現した、これぞフランク・ミラーの面目躍如。
 カラー印刷が当たり前のアメコミ界にあってモノトーンを好むフランク・ミラーが、そのスタイルをそのまんまスクリーンで表現している。

 この作品の評価の分かれ目は、2時間かけて動くマンガを楽しめるかどうかだろう。

 マンガをスクリーンに再現した映画の極致は大島渚監督の『忍者武芸帳』だろうが、さすがにマンガのコマをそのままスクリーンに映されたのでは「だったらマンガ本を読むわ」と思ってしまう。
 『ザ・スピリット』はマンガそのままなんだけど、大スクリーンのための映像をわざわざ作っているわけで、フランク・ミラーの絵を観るのが好きな人には最高のプレゼントである。


 今回、ウィル・アイズナーの作品を映画化したフランク・ミラーだが、自身の作品の映画化にはいささか厳しい。
 プログラム掲載のインタビューでは、次のように語っている。

 「僕は自分の作品をいじられることに嫌悪感があるので、『バットマン』や『デアデビル』関連の映画はあまり好きじゃない。その種の映画に対しては、意地悪な批評家になるね。客観的な視点では観られないのさ。」

 かつて石森章太郎(後の石ノ森章太郎)氏も、自作のアニメ化について「自分がもらっているのは原作料じゃなくて原作汚し料」と語っていた。
 ウィル・アイズナーが生きていたら、果たして映画『ザ・スピリット』になんと云ったことだろう。


 ところで、本作を観ながら、大胆な色使い(色を使わないことも色使いだ)や真面目そうでいて滑稽な展開などが、怪作『東京流れ者』に通じるなと考えていたら、劇場で買ったプログラムの解説文でみのわあつお氏がやはり『東京流れ者』に触れていた。
 まったく関係ないにもかかわらず、『ザ・スピリット』の解説で『東京流れ者』を説明してしまうのはさすが。

 もしかすると、『東京流れ者』を作った鈴木清順監督なら、本作を観て面白がるかも。


ザ・スピリット』  [さ行]
監督・脚本/フランク・ミラー
出演/ガブリエル・マクト サミュエル・L・ジャクソン エヴァ・メンデス スカーレット・ヨハンソン ジェイミー・キング サラ・ポールソン セイチェル・ガブリエル
日本公開/2009年6月6日
ジャンル/[アクション] [サスペンス] [犯罪]

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ウは『ウォーリー』のウ

 ウォーリーのデザインを見て、1984年にニッカウヰスキーのCMで人気を博したロボット "アポジーとペリジー" が25年を経てついに映画化されたのかと感慨を抱くこと人もいることだろう(違う?)。

 ウォーリーのデザインのみならず、この作品にSFファン、SF映画ファンは懐かしさ楽しさを覚えるはずだ。

 人類が見捨てた都市で、ロボットが忠実に働き続ける物語といえば、クリフォード・D・シマッタもといシマックの『都市』(1952年)。

 巨大宇宙船で何世代にもわたって旅するうちに、自分たちの故郷も旅の目的も忘れ去ってしまう人類の物語といえば、ロバート・A・ハインラインの『宇宙の孤児』(1941年)(あるいは『スターロスト 宇宙船アーク』とか)。

 そして何世代もの艦長に付き添った自動操縦装置AUTOは、『2001年宇宙の旅』(1968年)のHAL9000そのもの。

 『ウォーリー』を観て、これら往年のSFを思い浮かべた人も多いだろう。
 そして本作が過去のSF作品へのリスペクトに満ちていることが、ますます本作へ愛情を抱かせる。

 たとえばリヒャルト・シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』が鳴り響く中、人類が二足歩行に成功するシーンなど、『2001年宇宙の旅』のファンだって目くじら立てるよりも嬉しくなるに違いない。


 ところで私が『ウォーリー』の予告編を観て「必ず劇場へ足を運ぼう!」と決めたのは、シマックやハインラインの著名な作品を想起したからではなく、キース・ローマーの『銀河のさすらいびと』(1967年)にそっくりだと思ったからだ。
 有名な『都市』や『宇宙の孤児』ならともかく、『ウォーリー』の作り手がキース・ローマーの作品を読んでいるかどうかは判らない。SF史に残る名作ではないし、後世に影響を及ぼしたわけでもない。だがこれは私がとても好きな作品なのだ。

 『銀河のさすらいびと』は、孤独な青年が主人公だ。
 彼は、偶然の出来事から、未開の惑星でレア姫(レイア姫ではない!)と2人きりになってしまう。青年は献身的にレア姫につくして過ごすのだが、ある日、降り立った宇宙船がレア姫を連れ去ってしまう。
 青年はレア姫を救うため、果てしない宇宙を旅することになる…。


 ウォーリーが助けようとするイヴはお姫様ではないのだけれど、懸命になって宇宙まで追いかけていくところは、『銀河のさすらいびと』を彷彿とさせる。

 きっと往年のSFファンはみんな、『ウォーリー』にどこかしら懐かしいところをくすぐられているに違いない。


 映画『ウォーリー』の背景には、様々な問題が描かれる。
 ゴミが増え続けて地球に住めなくなってしまう環境問題。機械に頼った安逸な生活に溺れ、脆弱な肥満児になってしまう人間たち。
 だが、この作品の素敵なところは、シリアスな問題を背景にしながらも、物語はあくまでウォーリーとイヴに収束することだ。

 逆の感想を抱く人がいるかも知れない。ウォーリーとイヴを狂言回しにしながら、環境問題や人類のありかたを描いた作品だと。
 どちらでもいいことだけど、やはりウォーリーのイヴへの想い、イヴのウォーリーへの想いが、この作品の魅力なのだと私は思う。


 ウォーリーとイヴはその後どうなったかって?
 東京ディズニーランドに行ってみるといい。
 ウォーリーとイヴが仲良く歓迎してくれる。


 ところで、シマックの『都市』では、人類が去ったあとに残るのはロボットと犬たちだった。
 ロボットは『ウォーリー』で描かれたけど、さて犬たちは?

 大丈夫、その活躍もちゃんと楽しめる
 さすがディズニー!


ウォーリー』  [あ行]
監督・原案・脚本/アンドリュー・スタントン  脚本/ジム・リアドン
出演/ベン・バート エリッサ・ナイト シガーニー・ウィーヴァー
日本公開/2008年12月5日
ジャンル/[ファミリー] [SF] [ロマンス]

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『巴里祭』は今日

 7月14日といえばパリ祭。フランスではパレードや花火で賑わうことだろう。

 ご存知のように、パリ祭という言葉はフランスにはなく、フランスでは建国記念日のことを単に7月14日(Quatorze Juillet)と呼ぶ。パリ祭は、この日を舞台にした映画を公開するに当たって、日本で考えた言葉だ。

 ルネ・クレール監督(1898年 - 1981年)が亡くなった際、文芸座ル・ピリエでの追悼上映で観たのが 『巴里祭』 と 『巴里の屋根の下』 だった(昔のことで記憶が曖昧だが)。
 楽しいはずの祭りを背景に、若い男女の恋を描いて名作との呼び声が高い。


 それ以上に私が好きなのは、同監督の『巴里の屋根の下』だ。
 だから、『巴里の屋根の下』で可憐なヒロインを演じたポーラ・イルリが、『巴里祭』で悪女役なのは悲しかった。

 しがない独身男の部屋にある日とつぜん美女が転がり込んできて…という話は、『アパートの鍵貸します』や『うる星やつら』などにも連なる、男の妄想の黄金パターンだ。

 このパターンでは独身男が頼りない、だらしないことが多い。
 しかし、本作のアルベールは違う。りりしく、気高い。
 そして本作は、ロマンチックでありながら切なく展開する。

 恋愛映画としては、『巴里祭』の方が安心して観ていられる。
 たぶん、私が『巴里祭』よりも『巴里の屋根の下』に惹かれるは、その切なさと男気にあるのだ。


[追記]
 21世紀に入り、『巴里の屋根の下』や『巴里祭』にとても良く似た映画が作られた。
 その詳細については、別に記事を書き起こした。


巴里祭』  [は行]
監督・脚本/ルネ・クレール
出演/アナベラ ジョルジュ・リゴー ポーラ・イルリ
日本公開/1933年4月
ジャンル/[ロマンス]

巴里の屋根の下
監督・脚本/ルネ・クレール
出演/アルベール・プレジャン ポーラ・イルリ
日本公開/1931年5月
ジャンル/[ロマンス]

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