『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』が避けた百年戦争

 【ネタバレ注意】

 『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』は期待にたがわず面白いが、大事なことを描いていない。

 『ライアーゲーム シーズン2』では、プレイヤーが2チームに分かれ、互いの手の内が判らない中で賞金の獲得を目指すゲームが描かれた。
 これは、劇中でも吉瀬美智子さん演じるエリーが口にしたゲーム理論の「囚人のジレンマ」である。

 それに対して、『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』で描かれる「エデンの園ゲーム」は、プレイヤー全員が一堂に会して充分に話し合いながら進める協力ゲームだ。
 シーズン1の放映当時、小島寛之氏が「ライアーゲームっていうのは、要するに協力ゲームなのだ」と述べている。
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「協力ゲーム」というのは、集団の中の部分的なグループそれぞれに共同の利益があるような環境を分析する理論だ。全員で協力すると最も大きな利益が得られるが、その利益を全員にどう配分すれば、離脱が起きずに「集団全体での協力」が達成できるか、そういうことを分析するものである。「ライアーゲーム」に出てくるゲームは、みんなおおよそこういう構造をしているのだ。
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 たしかに、当初「エデンの園ゲーム」はプレイヤー間の協力を重視して進む。

 あらかじめ『ライアーゲーム シーズン2』全9話に続く『ライアーゲームX』を観れば、ファイナルステージのプレイヤーや「エデンの園ゲーム」のルールを紹介してくれるし、公式サイトでもゲームのルールを掲載しているので、「早口の説明ではルールを理解できない」と嘆く方は、予習をしておくと良いかもしれない。

 この「エデンの園ゲーム」は、金、銀、赤の3種のリンゴのうちどれをプレイヤーが投票したかによって各員の賞金が変わってくるゲームだ。
 そのポイントは2つ。
 ・11人全員が赤いリンゴを投票すれば、全員が1億円を獲得できる。
 ・他者を出し抜いて最大の賞金を獲得した者は、ライアーキングとして50億円を獲得できる。

 これまでのライアーゲームは、プレイヤー間で賞金の奪い合いをしていた。
 それに対して『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』は、ゲーム事務局との対決色を強調するため、他のプレイヤーの賞金を奪うのではなく、事務局からいくら賞金を引き出すかというゲームになっている。
 だから神崎直(かんざき なお)と秋山深一は、協力の和を全プレイヤーに広げて、全プレイヤー対事務局という構図に持ち込もうとするのだが、プレイヤーの足並みを乱すのが優勝者への破格の賞金である。

 赤いリンゴが揃えば全員に1億円が配分されるので、13回の投票においてすべて赤いリンゴを入れれば各プレイヤーは13億円を手にすることができる。
 ところが優勝賞金が13億円を上回っているため、最大賞金を獲得する見込みのある者は、他者に同調して赤いリンゴを投票する動機がない。

 では全プレイヤーの協力関係を築くにはどうすれば良いのか?


 そこで神崎直と秋山が展開する戦いでは、「最大賞金を獲得する見込みのある者」を発見し、ペナルティを課して賞金を減額することで最大賞金の獲得見込みをなくしてしまい、これにより赤いリンゴを投票することへの動機付けとするのである。

 とうぜんのことながら「最大賞金を獲得する見込みのある者」はありとあらゆる手立てを使って優勝者になろうとするから、まるで悪人に見える。それに対して、みんなで一緒に行動することを説く神崎直は、善人に見える。
 しかし、神崎直と秋山を除く全員から、最大賞金を獲得する可能性を奪わなければ、赤いリンゴが揃わないことを理解している点において、秋山のみならず神崎直も「赤リンゴをお願いする」だけではどうにもならないことを知っている。


 残念なのは、『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』の作り手が、『ライアーゲーム』の大事な要素を封印してしまったことだ。

 それは「契約」である。
 これまでも『ライアーゲーム』の中では契約書(念書、覚書)が1つの役割を果たしてきた。互いに騙し合い裏切り合っているプレイヤーたちだが、ひとたび契約を交わしたら、決して裏切ることはなかった。
 たとえ口約束であろうとも約束は約束なので、取り交わしたことを立証できれば法的にも効力を有する。しかし通常、口約束があることは立証しにくいので、書面を残すわけである。
 『ライアーゲーム』では契約を反故にすることはないから、実社会と同様の遵法精神に貫かれている。
 シーズン2で葛城リョウが実践していたのも、契約ベースの信頼である。

 神崎直が築こうとするのは、みんなで同じ行動を取ることによる安心であり、他方に、契約を取り交わすことで成立する信頼がある。
 前者は伝統的なムラ社会、後者は近代西欧に特有の契約社会である。
 池田信夫氏は、『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』という書籍に関連して次のように述べている。
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伝統的な小集団では、「村八分」のような繰り返しゲーム型のメカニズムが機能するが、こうした安心社会では異分子を排除するので、未知の人は疑うことがデフォルト値になっている。これに対して、契約ベースの信頼社会では基本的な約束は守ることが共通のルールになっている。

したがって囚人のジレンマの実験を行なうと、「集団主義」と思われている日本人のほうが、猜疑心が強いためナッシュ均衡(互いに裏切る)に落ち込みやすく、アメリカ人のほうがパレート最善解(互いに協力する)に到達しやすい。これは著者が『信頼の構造』で初めて明らかにした実験経済学の業績だが、今の日本はムラ型から契約型への過渡期にあるという。
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 神崎直の主張が、なかなか他のプレイヤーに受け入れられないのはとうぜんで、ムラ社会特有の安心を、未知の人にも適用しようとしているからだ。
 クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』が、見知らぬ者への信頼を描いて米国で大ヒット(興行収入5億3300万ドル)したのに対し、日本では中ヒット(興行収入16億円)にとどまったのも、日本人の猜疑心が強いため、なぜ裏切らないかという点に共感できなかったのかも知れない。

 だが西欧においても、すんなりと契約社会へ移行できたわけではない。
 ふたたび池田信夫氏の記事から引用しよう。
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近世の欧州で続いた宗教戦争の原因は、経済システムが契約ベースに変わったのに対して、カトリック圏の伝統的文化が適応できず、それが宗派間の争いとして表面化したことにあった。
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いま日本の直面している変化は、人々が自覚している以上に大きなものである。それは伝統的な共同体から日本人が継承した長期的関係によるガバナンスから、近代西欧に特有の契約社会への移行だ。
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 欧州の宗教戦争は100年以上の長きにわたった。
 日本が契約社会へ移行するのに、どれだけの時間と動乱を要するだろうか。


 『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』において「契約」を封印したのは、映画のテーマを「安心か裏切りか」に集約するためだろう。しかし、いまの日本でもっと大事なのは「みんなと同じ安心か、契約による信頼か」なのだ。
 本作がこの点を避けてしまったのは残念である。

 「契約」が封印された段階で、本作はだいたい先が読めてしまう。
 「『ライアーゲーム』の違法な結論」でも書いたように、人が、自分に多少の損があっても誰かを助けるのは、助ける行為そのものが喜びだからだということが、脳科学の研究で判っているからだ。
 その喜びを覆すほどの破格の賞金を取り上げれば、人は脳が喜ぶ行動を取るのである。


ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ プレミアム・エディション(本編DVD付) [Blu-ray]ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』  [ら行]
監督/松山博昭  原作/甲斐谷忍  音楽/中田ヤスタカ
出演/戸田恵梨香 松田翔太 田辺誠一 鈴木浩介 荒川良々 濱田マリ 和田聰宏 関めぐみ 秋本祐希 永山絢斗 鈴木一真 松村雄基 吉瀬美智子 渡辺いっけい
日本公開/2010年3月6日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー]
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【theme : サスペンス・ミステリー
【genre : 映画

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