『愛のむきだし』 そっちとこっちを分かつのは?
私の大好きな映画に『エル・トポ』がある。美しく、刺激的で、面白い、最高の映画だが、残念ながら重大な欠点がある。
『エル・トポ』は、123分で終わってしまうのだ。
『愛のむきだし』はその欠点を克服した映画だ。
上映時間は237分。途中の休憩を含めて、4時間以上にわたって楽しむことができる。
その長大な時間の中には、美しい場面と、刺激的な場面と、面白い場面がごった煮になり、我々をぐつぐつと煮込んでくれる。
『エル・トポ』が素晴らしいのは破格のウェスタンだからだ。
なにもウェスタンにしなくてもと思うのだが、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が『エル・トポ』の4年後に作った『ホーリー・マウンテン』が単なる前衛風メタフィクションに収まっていることを考えると、『エル・トポ』がまずウェスタンのフレームワークにのっとって始まり、しかしすぐにフレームワークを破壊してしまうことで、映画が奈辺に転がっていくのかまったく判らない状態を作り出す、その面白さのためにはやっぱりウェスタンが必要だったのだろう。
『愛のむきだし』が『エル・トポ』を彷彿とさせるのは、前半が章立てになっているとか、後半が解放の物語になっているといった形式的なことばかりではない。
『エル・トポ』がウェスタンであるように、『愛のむきだし』もアクションシーンがいっぱいの楽しい活劇である。
女囚さそりシリーズになぞらえたアコーハットとコートの黒装束も、なんだか『ホーリー・マウンテン』のホドロフスキーを白黒逆転させた扮装に見えてくるから面白い。
アクションに加えて、神聖と倒錯と、宗教への帰依と反発と、抑圧と解放と、愛と裏切りとが、テンポ良く描かれていて、とても楽しい作品である。
なにも園子温(その しおん)監督がホドロフスキーを意識したわけではないだろう。面白さを追求すると、同じような境地に至るということか。
そんな映画は滅多なことでは作られないと思っていたから、21世紀の日本で『愛のむきだし』と出会えたのはとても嬉しい。
本作について、園子温監督みずから「完全なエンターテインメント」と語っている。
---
「外から見ると非常に社会的であったり、アート的であったりするように見えるかもしれません。でも、自分の主張やメッセージよりも、とにかく物語を面白く展開するのはどういうことなんだ、ということばかりを考えていた」
「小さなころに見てわくわくした映画の記憶を大切にした。なおかつ、そういう映画を見たことがなくても楽しめる、いろんな好みの最大公約数を、観客の目になって考えた」
---
本作は、6時間もの長さがあったものを、切れるところは切っていったそうである。
そのためか、3時間57分もありながら説明的な部分は省かれている。
安藤サクラ演じるコイケの計画の詳細も判らないし、BUKKAKE社とゼロ教会の関係も判らない。
というよりも、そもそも盗撮マニアの友人がカルトに入団していた妹を「こっちの世界に戻ってこい」と説得したという事実ありきから出発した作品だから、改まった説明は必要ないということなのかも知れない。
1番判らないのは、なぜ「こっちの世界」に戻さなければならないか、ということだ。
カルトが起こした事件はたびたび報道されているから、いまさら説明しなくても世間は理解するだろう。
しかし、主人公の家族は、カルトにはまって初めて一家団欒を楽しむことができる。その姿は、既成宗教の世界や盗撮の世界や矯正施設の世界よりも幸せそうである。
映画では、テレビレポーターがカルト集団の反社会活動を報道する場面もあったが、それは妹ヨーコの幸せには関係ない。少なくとも、「金目当ての邪教」と云うほどあくどい行為は描かれていない。
園子温監督が友人に対して「そっちの宗教もあれだけど・・・お前の"こっちの世界"もかなり微妙だぞ」と思うように、どちらの世界が正しいかなんて決めることはできない。
園子温監督は語る。
---
宗教というのは一番わかりやすい形だけれど、人は皆、ある種の洗脳や情報操作を受けて生きている。そういったものの呪縛から一切自由になって愛をむきだし、自分の思いを遂げる姿を描きたかった
---
どっちの世界が正しいかなんて、本作の主人公には関係ないのだ。
ヨーコを愛する彼は、"こっちの世界"に、彼のいる世界に一緒にいて欲しかったのだ。
主人公は、映画の中ですべてを失う。
親も、学校も、仕事も、母の形見も、ことごとく失くしてしまう。
そして、長い遍歴の末に手にするものは、ただ一つ。
愛。
『愛のむきだし』 [あ行]
監督・原案・脚本/園子温(その しおん) 主題歌/ゆらゆら帝国
出演/西島隆弘 満島(みつしま)ひかり 安藤サクラ 渡辺真起子 渡部篤郎 板尾創路
日本公開/2009年1月31日
ジャンル/[アート] [ロマンス] [アクション]
http://bookmarks.yahoo.co.jp/bookmarklet/showpopup?t='+encodeURIComponent(document.title)+'&u='+encodeURIComponent(location.href)+'&ei=UTF-8','_blank','width=550,height=480,left=100,top=50,scrollbars=1,resizable=1',0);">
『エル・トポ』は、123分で終わってしまうのだ。
『愛のむきだし』はその欠点を克服した映画だ。
上映時間は237分。途中の休憩を含めて、4時間以上にわたって楽しむことができる。
その長大な時間の中には、美しい場面と、刺激的な場面と、面白い場面がごった煮になり、我々をぐつぐつと煮込んでくれる。
『エル・トポ』が素晴らしいのは破格のウェスタンだからだ。
なにもウェスタンにしなくてもと思うのだが、アレハンドロ・ホドロフスキー監督が『エル・トポ』の4年後に作った『ホーリー・マウンテン』が単なる前衛風メタフィクションに収まっていることを考えると、『エル・トポ』がまずウェスタンのフレームワークにのっとって始まり、しかしすぐにフレームワークを破壊してしまうことで、映画が奈辺に転がっていくのかまったく判らない状態を作り出す、その面白さのためにはやっぱりウェスタンが必要だったのだろう。
『愛のむきだし』が『エル・トポ』を彷彿とさせるのは、前半が章立てになっているとか、後半が解放の物語になっているといった形式的なことばかりではない。
『エル・トポ』がウェスタンであるように、『愛のむきだし』もアクションシーンがいっぱいの楽しい活劇である。
女囚さそりシリーズになぞらえたアコーハットとコートの黒装束も、なんだか『ホーリー・マウンテン』のホドロフスキーを白黒逆転させた扮装に見えてくるから面白い。
アクションに加えて、神聖と倒錯と、宗教への帰依と反発と、抑圧と解放と、愛と裏切りとが、テンポ良く描かれていて、とても楽しい作品である。
なにも園子温(その しおん)監督がホドロフスキーを意識したわけではないだろう。面白さを追求すると、同じような境地に至るということか。
そんな映画は滅多なことでは作られないと思っていたから、21世紀の日本で『愛のむきだし』と出会えたのはとても嬉しい。
本作について、園子温監督みずから「完全なエンターテインメント」と語っている。
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「外から見ると非常に社会的であったり、アート的であったりするように見えるかもしれません。でも、自分の主張やメッセージよりも、とにかく物語を面白く展開するのはどういうことなんだ、ということばかりを考えていた」
「小さなころに見てわくわくした映画の記憶を大切にした。なおかつ、そういう映画を見たことがなくても楽しめる、いろんな好みの最大公約数を、観客の目になって考えた」
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本作は、6時間もの長さがあったものを、切れるところは切っていったそうである。
そのためか、3時間57分もありながら説明的な部分は省かれている。
安藤サクラ演じるコイケの計画の詳細も判らないし、BUKKAKE社とゼロ教会の関係も判らない。
というよりも、そもそも盗撮マニアの友人がカルトに入団していた妹を「こっちの世界に戻ってこい」と説得したという事実ありきから出発した作品だから、改まった説明は必要ないということなのかも知れない。
1番判らないのは、なぜ「こっちの世界」に戻さなければならないか、ということだ。
カルトが起こした事件はたびたび報道されているから、いまさら説明しなくても世間は理解するだろう。
しかし、主人公の家族は、カルトにはまって初めて一家団欒を楽しむことができる。その姿は、既成宗教の世界や盗撮の世界や矯正施設の世界よりも幸せそうである。
映画では、テレビレポーターがカルト集団の反社会活動を報道する場面もあったが、それは妹ヨーコの幸せには関係ない。少なくとも、「金目当ての邪教」と云うほどあくどい行為は描かれていない。
園子温監督が友人に対して「そっちの宗教もあれだけど・・・お前の"こっちの世界"もかなり微妙だぞ」と思うように、どちらの世界が正しいかなんて決めることはできない。
園子温監督は語る。
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宗教というのは一番わかりやすい形だけれど、人は皆、ある種の洗脳や情報操作を受けて生きている。そういったものの呪縛から一切自由になって愛をむきだし、自分の思いを遂げる姿を描きたかった
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どっちの世界が正しいかなんて、本作の主人公には関係ないのだ。
ヨーコを愛する彼は、"こっちの世界"に、彼のいる世界に一緒にいて欲しかったのだ。
主人公は、映画の中ですべてを失う。
親も、学校も、仕事も、母の形見も、ことごとく失くしてしまう。
そして、長い遍歴の末に手にするものは、ただ一つ。
愛。
![愛のむきだし [DVD]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51vrYK8LZKL._SL160_.jpg)
監督・原案・脚本/園子温(その しおん) 主題歌/ゆらゆら帝国
出演/西島隆弘 満島(みつしま)ひかり 安藤サクラ 渡辺真起子 渡部篤郎 板尾創路
日本公開/2009年1月31日
ジャンル/[アート] [ロマンス] [アクション]

