『ライアーゲーム -再生-』 遂に出てきた現実解

ライアーゲーム -再生- プレミアム・エディションBD [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 映画第二弾の『ライアーゲーム -再生-』は、これまで以上にゲームの面白さが前面に出た作品だ。
 テレビシリーズ映画前作でお馴染みの、鈴木浩介さん演じるキノコこと福永ユウジや、鈴木一真さん演じる横谷ノリヒコ等が顔を出すものの、それはあくまでファンサービス。彼らの活躍はBS日本映画専門チャンネルのスピンオフドラマ『フクナガVSヨコヤ』の方で存分に楽しめる(後にDVDの特典映像として収録された)。

 彼らがほとんどストーリーにかかわらない本作は、これまでのシリーズに比べて二つの特徴を有している。

(1) ゲームのプレイヤーがヒロインを含めて一新されたことで、お馴染みの(行動を読める)キャラクターはいなくなり、誰が味方になるのか敵対するのか観客にはまったく判らない。プレイヤーの人となりの説明もできるだけ排されて、個人的な特殊事情が入り込むこともない。おかげでゲームによってあぶりだされる人間心理が際立ってくる。

(2) 前作にあったゲーム事務局との対決色を薄めることで、正体不明の黒幕と戦う陰謀論的な展開は影を潜めた。そのためゲームの進行に応じて合従連衡を繰り返す人間模様に重心が置かれている。

 このような状況下で、プレイヤーはゲームの勝敗を競うことになる。

 ・ゲーム参加者には特典として1億円がプレゼントされる。
 ・ゲームの賞金は20億円
 ・けれども参加者は全員2億円を払わなければならない。

 かように、ゲームに勝ちさえすれば大金を得られるが、負ければ差し引き負債のほうが大きい。ゲーム参加者は必死である。


 ところが、このゲームは実のところ誰も損しないし得もしない。数学の試験問題を解いていくと答えが1になるように、とても単純な構造なのだ。
 ゲーム事務局の立場で見てみれば判りやすい。

 ・20人の参加者に特典として1億円ずつ、計20億円を配る。
 ・ゲーム終了時に賞金20億円を支払う。
 ・20人の参加者から2億円ずつ、計40億円を回収する。

 つまり、40億円を提供して、40億円回収するので、まったく損得がない。
 ゲーム事務局に損得がないということは、参加者にも損得がないということだ。事務局に払うべき2億円のうち、1億円は参加特典を充てれば良い。残り1億円は、賞金の20億円を1人1億円ずつ分ければ充当できる。
 誰一人損しない。

 しかし、これができないのだ。私たちの社会のように。
 たとえば、国際連合世界食糧計画(WFP)によれば、世界にはすべての人に行き渡るだけの充分な食糧があるという。それなのに、現在、世界ではおよそ7人に1人、計9億2,500万人が飢餓に苦しんでいる。
 それは食糧が偏在しているからだ。9億2,500万人が飢餓に苦しむ一方で、日本では食品の腐敗を防ぐ努力もそこそこに年間約1,900万トンの食品が廃棄されている。
 まさしく、ライアーゲームの世界だ。


 では、どうすれば良いのだろう。
 前作のヒロイン神崎直は、全プレイヤーで協力しようと呼びかけた。他者を出し抜いて自分だけ賞金を獲得しようなんてせず、みんなで協力しあえば、一人の脱落者も出さずに済むと考えた。
 しかしその主張がなかなか他のプレイヤーに受け入れられないのは、「『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』が避けた百年戦争」に書いたとおりである。

 そこで本作は、より現実に根ざした展開となる。
 それがクニ取り合戦だ。
 本作ではプレイヤーが集まっていくつかのクニを作る。前作のようにプレイヤーが単独で行動するのではなく、事務局に勝手にチーム分けされるのでもなく、プレイヤーが任意に集まってグループになるのだ。このクニが意味するものを、国家と捉えるか、地域と捉えるか、はたまた企業、同族、派閥等、なんの比喩と捉えるかは観客次第である。 

 それぞれのクニの中では人々が協力し合い、クニ同士は対抗して争いを繰り広げる。
 また、クニのメンバーは必ずしも固い絆で結ばれているわけではなく、ときとしてクニの中でも他者を出し抜こうとする者が出るし、他のクニに移る者もいる。

 なるほど、これは利己主義のみならず利他主義を考察するモデルなのだ。私は設定の妙に舌を巻いた。
 池田信夫氏は、人類が小集団で戦争を繰り返した氷河期から私たちの遺伝子はほとんど変わっておらず、戦闘のための感情が遺伝的に備わっているのだと述べる。
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一つの部族の中では利己的な個体が利他的な個体に勝つが、部族間の競争では利他的な個体からなる部族の団結力が強いので戦争に勝つ。したがって利己主義と並んで、それを抑制する利他主義が遺伝的に備わっていると思われる。経済学の想定しているようなエゴイストだけからなる部族は、戦争に敗れて淘汰されてしまうので合理的ではない。
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 人間は集団を形作って、他の集団に勝とうとする生き物なのだ。
 だからクニ同士は激しく争うものの、クニの中では協力し、自分たちのクニが優位に立てば我がことのように喜ぶ。ときにはエゴイストも出現するが、エゴイストは集団の結束を危うくするので、集団から追放される。
 本作の観客は、同じクニの仲間同士が意外にあっさり協力するので、拍子抜けするかもしれないが、私たちはそういう生き物なのだ。何万年もかけてそういう生物に進化してきたのだ。本作は現実社会の縮図であるにとどまらず、人類史の縮図である。

 前作の、全員が一致して協力しようと呼びかけることにいささか無理があったのに対して、本作の、いくつかの集団に分かれることは認めた上で、集団間のバランスを取るにはどうしたら良いかを考えるのは、まことに現実的だ。
 まさに、私たちの社会がそうであるように。


 さらに、本作の肝になるのは、社会の脱落者たちである。勝ち残っている者たちだけで、すべてが決するわけではない。
 社会の脱落者といえども選挙権を持っていて、彼らの票はときとして力になる。いや、彼らの票をまとめることこそが、勝った者同士で椅子を争うよりも大切なのだ。
 勝ち残ったつもりの者たちには、彼らが脱落者に見えるだろう。しかし、彼らは実は脱落者なんかじゃないのだ。立派な社会の構成員なのだ。
 それに気づいて、彼らをきちんと遇した者がゲームを制する。

 私たちの社会には、退場者なんていないのだから。


ライアーゲーム -再生- プレミアム・エディションBD [Blu-ray]フクナガVSヨコヤ』  [は行]
演出/森脇智延
出演/鈴木浩介 鈴木一真 芦田愛菜 江角マキコ
日本公開/2012年2月24日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー]

ライアーゲーム -再生-』  [ら行]
監督/松山博昭  原作/甲斐谷忍  音楽/中田ヤスタカ
出演/松田翔太 多部未華子 船越英一郎 小池栄子 新井浩文 野波麻帆 池田鉄洋 芦田愛菜 鈴木浩介 濱田マリ 要潤 高橋ジョージ 渡辺いっけい 春海四方 江角マキコ 鈴木一真 斎藤陽子 川村陽介 竜星涼 大野拓朗 前田健 青木忠宏 上原敏郎 上野なつひ 桝木亜子
日本公開/2012年3月3日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー]
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【theme : 映画ライアーゲーム※ネタバレ
【genre : 映画

tag : 松山博昭 松田翔太 多部未華子 船越英一郎 小池栄子 新井浩文 野波麻帆 池田鉄洋 芦田愛菜 鈴木浩介

『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』が避けた百年戦争

ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ プレミアム・エディション(本編DVD付) [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』は期待にたがわず面白いが、大事なことを描いていない。

 『ライアーゲーム シーズン2』では、プレイヤーが2チームに分かれ、互いの手の内が判らない中で賞金の獲得を目指すゲームが描かれた。
 これは、劇中でも吉瀬美智子さん演じるエリーが口にしたゲーム理論の「囚人のジレンマ」である。

 それに対して、『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』で描かれる「エデンの園ゲーム」は、プレイヤー全員が一堂に会して充分に話し合いながら進める協力ゲームだ。
 シーズン1の放映当時、小島寛之氏が「ライアーゲームっていうのは、要するに協力ゲームなのだ」と述べている。
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「協力ゲーム」というのは、集団の中の部分的なグループそれぞれに共同の利益があるような環境を分析する理論だ。全員で協力すると最も大きな利益が得られるが、その利益を全員にどう配分すれば、離脱が起きずに「集団全体での協力」が達成できるか、そういうことを分析するものである。「ライアーゲーム」に出てくるゲームは、みんなおおよそこういう構造をしているのだ。
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 たしかに、当初「エデンの園ゲーム」はプレイヤー間の協力を重視して進む。

 あらかじめ『ライアーゲーム シーズン2』全9話に続く『ライアーゲームX』を観れば、ファイナルステージのプレイヤーや「エデンの園ゲーム」のルールを紹介してくれるし、公式サイトでもゲームのルールを掲載しているので、「早口の説明ではルールを理解できない」と嘆く方は、予習をしておくと良いかもしれない。

 この「エデンの園ゲーム」は、金、銀、赤の3種のリンゴのうちどれをプレイヤーが投票したかによって各員の賞金が変わってくるゲームだ。
 そのポイントは2つ。
 ・11人全員が赤いリンゴを投票すれば、全員が1億円を獲得できる。
 ・他者を出し抜いて最大の賞金を獲得した者は、ライアーキングとして50億円を獲得できる。

 これまでのライアーゲームは、プレイヤー間で賞金の奪い合いをしていた。
 それに対して『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』は、ゲーム事務局との対決色を強調するため、他のプレイヤーの賞金を奪うのではなく、事務局からいくら賞金を引き出すかというゲームになっている。
 だから神崎直(かんざき なお)と秋山深一は、協力の和を全プレイヤーに広げて、全プレイヤー対事務局という構図に持ち込もうとするのだが、プレイヤーの足並みを乱すのが優勝者への破格の賞金である。

 赤いリンゴが揃えば全員に1億円が配分されるので、13回の投票においてすべて赤いリンゴを入れれば各プレイヤーは13億円を手にすることができる。
 ところが優勝賞金が13億円を上回っているため、最大賞金を獲得する見込みのある者は、他者に同調して赤いリンゴを投票する動機がない。

 では全プレイヤーの協力関係を築くにはどうすれば良いのか?


 そこで神崎直と秋山が展開する戦いでは、「最大賞金を獲得する見込みのある者」を発見し、ペナルティを課して賞金を減額することで最大賞金の獲得見込みをなくしてしまい、これにより赤いリンゴを投票することへの動機付けとするのである。

 とうぜんのことながら「最大賞金を獲得する見込みのある者」はありとあらゆる手立てを使って優勝者になろうとするから、まるで悪人に見える。それに対して、みんなで一緒に行動することを説く神崎直は、善人に見える。
 しかし、神崎直と秋山を除く全員から、最大賞金を獲得する可能性を奪わなければ、赤いリンゴが揃わないことを理解している点において、秋山のみならず神崎直も「赤リンゴをお願いする」だけではどうにもならないことを知っている。


 残念なのは、『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』の作り手が、『ライアーゲーム』の大事な要素を封印してしまったことだ。

 それは「契約」である。
 これまでも『ライアーゲーム』の中では契約書(念書、覚書)が1つの役割を果たしてきた。互いに騙し合い裏切り合っているプレイヤーたちだが、ひとたび契約を交わしたら、決して裏切ることはなかった。
 たとえ口約束であろうとも約束は約束なので、取り交わしたことを立証できれば法的にも効力を有する。しかし通常、口約束があることは立証しにくいので、書面を残すわけである。
 『ライアーゲーム』では契約を反故にすることはないから、実社会と同様の遵法精神に貫かれている。
 シーズン2で葛城リョウが実践していたのも、契約ベースの信頼である。

 神崎直が築こうとするのは、みんなで同じ行動を取ることによる安心であり、他方に、契約を取り交わすことで成立する信頼がある。
 前者は伝統的なムラ社会、後者は近代西欧に特有の契約社会である。
 池田信夫氏は、『日本の「安心」はなぜ、消えたのか』という書籍に関連して次のように述べている。
---
伝統的な小集団では、「村八分」のような繰り返しゲーム型のメカニズムが機能するが、こうした安心社会では異分子を排除するので、未知の人は疑うことがデフォルト値になっている。これに対して、契約ベースの信頼社会では基本的な約束は守ることが共通のルールになっている。

したがって囚人のジレンマの実験を行なうと、「集団主義」と思われている日本人のほうが、猜疑心が強いためナッシュ均衡(互いに裏切る)に落ち込みやすく、アメリカ人のほうがパレート最善解(互いに協力する)に到達しやすい。これは著者が『信頼の構造』で初めて明らかにした実験経済学の業績だが、今の日本はムラ型から契約型への過渡期にあるという。
---

 神崎直の主張が、なかなか他のプレイヤーに受け入れられないのはとうぜんで、ムラ社会特有の安心を、未知の人にも適用しようとしているからだ。
 クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』が、見知らぬ者への信頼を描いて米国で大ヒット(興行収入5億3300万ドル)したのに対し、日本では中ヒット(興行収入16億円)にとどまったのも、日本人の猜疑心が強いため、なぜ裏切らないかという点に共感できなかったのかも知れない。

 だが西欧においても、すんなりと契約社会へ移行できたわけではない。
 ふたたび池田信夫氏の記事から引用しよう。
---
近世の欧州で続いた宗教戦争の原因は、経済システムが契約ベースに変わったのに対して、カトリック圏の伝統的文化が適応できず、それが宗派間の争いとして表面化したことにあった。
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いま日本の直面している変化は、人々が自覚している以上に大きなものである。それは伝統的な共同体から日本人が継承した長期的関係によるガバナンスから、近代西欧に特有の契約社会への移行だ。
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 欧州の宗教戦争は100年以上の長きにわたった。
 日本が契約社会へ移行するのに、どれだけの時間と動乱を要するだろうか。


 『ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』において「契約」を封印したのは、映画のテーマを「安心か裏切りか」に集約するためだろう。しかし、いまの日本でもっと大事なのは「みんなと同じ安心か、契約による信頼か」なのだ。
 本作がこの点を避けてしまったのは残念である。

 「契約」が封印された段階で、本作はだいたい先が読めてしまう。
 「『ライアーゲーム』の違法な結論」でも書いたように、人が、自分に多少の損があっても誰かを助けるのは、助ける行為そのものが喜びだからだということが、脳科学の研究で判っているからだ。
 その喜びを覆すほどの破格の賞金を取り上げれば、人は脳が喜ぶ行動を取るのである。


ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ プレミアム・エディション(本編DVD付) [Blu-ray]ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ』  [ら行]
監督/松山博昭  原作/甲斐谷忍  音楽/中田ヤスタカ
出演/戸田恵梨香 松田翔太 田辺誠一 鈴木浩介 荒川良々 濱田マリ 和田聰宏 関めぐみ 秋本祐希 永山絢斗 鈴木一真 松村雄基 吉瀬美智子 渡辺いっけい
日本公開/2010年3月6日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー]
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【theme : サスペンス・ミステリー
【genre : 映画

tag : 松山博昭 戸田恵梨香 松田翔太 田辺誠一 鈴木浩介 吉瀬美智子 渡辺いっけい 関めぐみ

『ライアーゲーム』の違法な結論

 本作の主人公・神崎直(かんざき なお)は、ライアーゲームの参加者たちに、社会的には違法と思われることをそそのかす。
 シーズン2を放映中の『LIAR GAME』は、その神崎直と、適法な行為を貫こうとする者たちのせめぎ合いを描いたドラマである。

 正直者の神崎直は、誰の云うこともすぐに信じる。
 彼女がライアーゲーム(嘘つきのゲーム)に巻き込まれることから物語は始まる。

 ゲームのプレイヤーたちは、勝者となって事務局の用意した賞金を獲得するために、騙し合い抜け駆けしようとする。
 それに対して神崎直は、みんなで協力するよう呼び掛ける。事務局の術中に陥らず、誰も敗者とならないように、手を組むことを勧めるのだ。


 この図式を単純化してみよう。
 金を持っている者A、Aの呼び掛けに応じて集まったB、Cら多数の者。集まった中で金を手にするのはただ1人。B、Cらは金のために知恵を絞り、競争相手に手の内を知られないように策を練る…。

 お判りだろう、Aは発注者、B、Cらは入札者、勝者とは落札者と同じである。
 では、協力を呼び掛ける神崎直は?
 こういう者を、世間では談合の仲介役と呼び、刑罰の対象とする。
 神崎直のやっていることは、世の中では許されないのだ。

 神崎直は、ゲームの事務局を闘う相手と見据え、金をプレイヤー同士で分け合うように、事務局の手元に残る金が少なくなるように努力する。
 入札において安い応札額を競うのではなく、談合して順番に落札者となり、発注者の持ち金をきっちりいただくのと同じことだ。

 では、それは悪いことだろうか?


 かつて東京地検特捜部等で活躍した郷原信郎氏は、制度が不合理だから談合が生まれるのだと説く。
---
 工事発注先の業者選定において価格だけではなく品質・技術の要素もバランス良く評価すること、発注官庁側が算定した価格は絶対的なものではなく、入札の結果によってはそれを上回る金額での落札も認めること、これらは国際的には常識だ。

 しかし、日本では長らく、入札価格が最低だった業者が自動的に落札し、予定価格を1円でも上回る落札は認めないという制度で公共調達が行われてきた。それは、もともと工事の発注にはなじまない制度であるうえに、工事が複雑化、多様化するにつれて、発注実態とのギャップが一層大きくなっていった。その中でも公共工事の発注を行わなければならないとすると、制度外の「非公式な行為」が、そのギャップを埋める機能を果たすことになる。それが、業者間の話し合いで受注者を決める受注調整、つまり談合の恒常化だった。それによって品質・技術の面での評価が行われ、受注業者の信頼性が担保されることで、入札における価格だけの競争という制度の不合理性がカバーされてきた。
---

 談合は、過当競争によって品質や技術が犠牲になるほど消耗することを避けるためには必要だったというわけだ。

 同様に神崎直は、ゲームのルールさえ守れば何を犠牲にしても構わないというライアーゲームに抵抗し、話し合うことを繰り返し説く。


 『LIAR GAME』のプレイヤーのひとり葛城リョウは、次のように説明した。
 人間とは、助け合うことをDNAレベルで備えた生き物であると。
 そして葛城リョウは、それを見返りを求める偽善であるとした。

 しかし「偽善」と呼ぶのは適切ではない。
 人が、自分に多少の損があっても誰かを助けるのは、助ける行為そのものが喜びだからだということが、脳科学の研究で判ってきた。

 人間はお互いに助け合ったからこそ、猛獣よりも弱く、馬などより遅いのに生き残れた。猛獣が生まれついて牙を持ち、馬が生まれついて俊敏なように、人間は生まれついて助け合う生き物なのだ。
 だから助け合うことを「悪」とはいえない。人間はそうせずにはいられないのだから。

 目の前に入札という試練があったら、話し合って参加者みんなが利益を得るように努める。
 これは人間として自然なことなのである。


 もちろん、談合を禁止するにはわけがある。
 高田直芳氏の記事を引用しよう。
---
右下がりの需要曲線と右上がりの供給曲線

問題は,カルテルや談合です。
(略)
これによって生まれるマーケット全体の機会損失(三角形FHK)は,到底容認されるものではありません。そのために,独占禁止法で処罰の対象となるわけです。なお,カルテルの主犯格企業への課徴金を重くし,違法行為を自主申告した企業の課徴金を軽減するのは,ゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ」の効果を狙ったものです。
---

 話し合いの参加者だけを考えたら、談合という手段もアリかも知れない。
 しかし世の中の直接間接の関係者がすべて話し合いに参加するのは不可能だから、どこかに損する人が出てくる。
 たとえ参加できたとしても、話し合いで全員が必ず得するように結論を出すのは不可能だ。
 だから、参加者だけで話し合う談合は違法とせざるを得ない。

 神崎直が見落としているのは、事務局とてプレイヤーの1人だということだ。事務局だけ損させれば良いわけではない。

 視聴者が神崎直の行動にいくら共感しようとも、実社会で同様のことをしたら違法行為になってしまう。
 ましてや実社会では発注者も話し合いにかかわると、官製談合としてますます非難を浴びる。

 高田直芳氏が、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」の効果を狙っていると紹介した課徴金減免制度は、話し合いの仲間を裏切って、自分だけ得することをそそのかす制度だ。
 まさにライアーゲームの事務局が仕掛けているのと同じこと。
 神崎直を裏切る福永は、ドラマでは油断ならない人物だが、実社会なら法令遵守に努める者と評価されるのである。
 

 それでも人間は、自然の摂理に従ったら、話し合わずには、談合せずにはいられないのだ。

 合法・非合法の判断と、生き物としての在り方に由来する善悪とが食い違うとき、いずれの行動をとるべきなのか。
 我々は固唾をのんで神崎直の行動を見つめている。


ライアーゲーム DVD BOXLIAR GAME』  [テレビ]
演出/松山博昭、大木綾子、佐々木詳太 植田泰史 長瀬国博
出演/戸田恵梨香 松田翔太 鈴木浩介 吉瀬美智子 渡辺いっけい 菊地凛子
日本公開/Season1 2007年 4月14日~2007年6月23日
     Season2 2009年11月10日~2010年1月19日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー]
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【theme : ライアーゲーム
【genre : テレビ・ラジオ

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