『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』 5年の遅れを取り戻せるか?

 長い年月であった。
 『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』の最初の制作発表は1994年だから、もう15年になる。
 この間、長引く裁判をはじめ数々の障害があり、『YAMATO2520』も中絶したままとなり、もう復活篇を観ることは叶わないと諦めていた。
 だから、本作の予告編を目にしたときは感激した。

 しかし、本当はせめて5年前に公開するべきだったのだ。


 2009年はガンダム30周年として、お台場での実物大モデルの展示をはじめ、ガンダムが大いに盛り上がった。
 30年の歳月は、少年が成長して企業等でそれなりの権限を持てるほどの時間だ。
 だから実物大ガンダムを制作できたのは、30周年というきりの良い数字もさることながら、ガンダムに熱狂した世代が自分たちの好きなことを企画・実現できるだけの権限を持つに至ったからだ。

 1980年代に吉永小百合さん(1957年デビュー)の主演作が立て続けに作られ、CM等での起用が増えたときも、サユリストが決裁権を握ったからだと云われた。
 出光興産とタイアップした『ウルトラマンゼアス』(1996)が、初代『ウルトラマン』(1966年7月17日~1967年4月9日)から30年目に制作されたのも、企業側をウルトラマン世代が占めるようになってGOサインが出やすかったのだろう。
 テレビアニメ『赤毛のアン』のシリーズ作品が、30年後に制作されたのも偶然ではない。

 したがって1974年10月6日から1975年3月30日まで放映された『宇宙戦艦ヤマト』は、2004~2005年がブームを仕掛けるのに最適だったのだ。
 5年前であれば、ガンダム30周年とぶつかることもなく、企業とのタイアップも有利に運んだことだろう。

 だから、2004年に再度『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』の制作発表をしたのは、まことに適切なタイミングであった。
 このときすみやかに公開できていれば、盛り上がり方も違ったはずだ。


 しかし、いまさら云っても詮無いことだ。

 驚くのは、15年を経ても当初の構想からそれほど変わっていないことだ。
 原案の石原慎太郎氏は、かつてインタビューにおいて、ABCD包囲網に苦しむ日本の姿を投影すると語っていたが、本作で星間国家連合に移民を阻まれる地球は、石原慎太郎氏の言葉のままである。
 さらに、米国だけが超大国だった20世紀が終わり、世界は多極化しつつあるにもかかわらず、湾岸戦争(1991)時代の様子をそのままアマール星に当てはめているのもビックリだ。

 そして、本国から遠く離れているのをいいことに、文民統制なにするものぞと暴走し始める軍人たち。満州事変から300年近く経っても日本人は進歩しない。
 なにしろ勝手に宣戦布告しちゃうのだから、のけぞらずにはいられない!


 ところで、ヤマト30周年の節目こそ逃したものの、2009年は何を隠そう『宇宙空母ブルーノア』本放映から30年目である。
 嬉しいことに、『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』にはブルーノアも登場する。

 ここはひとつ、ヤマトファンだけでなく、ブルーノアファンの力も結集して盛り上げよう。
 そして、2010年12月に公開予定の木村拓哉主演『SPACE BATTLESHIP ヤマト』に繋げるのだ。


 この作品に対して、映画的な興奮を味わいたいとか、面白さを堪能したいとか、感動したいなどと小さいことを考えてはいけない。
 ヤマトの復活を見届けるのは、(年季の入った)アニメファンの義務なのだ。


宇宙戦艦ヤマト 復活篇』  [あ行]
監督・企画・原作・脚本・製作総指揮/西崎義展  総監修/舛田利雄
副監督・メカニックデザイン/小林誠  総作画監督・キャラクターデザイン/湖川友謙
原案/石原慎太郎  脚本/石原武龍、冨岡淳広  音楽監督/大友直人
出演/山寺宏一 伊武雅刀 飯塚昭三 井上和彦
日本公開/2009年12月12日
ジャンル/[SF] [アドベンチャー]

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