『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』 一刻も早く観よう!
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「脚本を読んだのは2017年2月で、すごい迫力で迫ってきました。報道機関が直面している壊滅的な攻撃を思い起こさせ、撮影中だった一つの作品に関する仕事以外はスケジュールを空けて、この映画を撮ることにしました。17年中に完成させるという目標に向かってみながまとまり、自分の作品で最も短期間で完成しました。この映画は私たちにとっての『ツイート』のようなものです。」[*2]
スティーブン・スピルバーグ監督のその言葉どおり、2016年9月27日に撮影を終えていた『レディ・プレイヤー1』のポスト・プロダクションと並行して『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』の制作は開始され、撮影され、そのポスト・プロダクションを終え、2018年3月の『レディ・プレイヤー1』公開に先駆けて2017年12月には本作の限定公開に漕ぎ着けた。翌年1月には米国で拡大公開されている。つまり、制作陣が猛スピードで作っただけではないのだ。配給会社も興行会社も一丸となり、この映画を一刻も早く観客に届けようと邁進したのだ。
それだけ、この映画を作らずにいられなかったのだ。その映画人たちの決意と危機感に、身が引き締まる思いがする。
本作の時代設定は1971年。第37代大統領リチャード・ニクソンの政権下での現実の出来事を追っているが、ニクソン政権によるマスコミへの攻撃や嫌がらせの描写を見れば、誰もが本作公開時のドナルド・トランプ政権によるマスコミへの攻撃や嫌がらせを連想するに違いない。そしてフェイクニュースがはびこり、SNSがそれを蔓延させてしまう「ポスト真実」の時代にあって、事実を国民の目にさらそうとする内部告発者とマスコミ人の人生を賭けた闘いの物語に、深く考えざるを得ないはずだ。
トランプ政権の発足直後にこの脚本を手にしたスピルバーグが、今すぐこの映画を作らなければと考えたのはとうぜんだろう。
もちろん、本作は単なるトランプ政権批判ではない。スピルバーグ監督はこうも述べている。
「人の心を動かす力強い物語で、脚本を2年前に読んでいたらそのときに撮影していただろうし、今から2年後に読んだらそのときに撮っていたでしょう。オバマ政権下でもブッシュ政権下でも通用する映画だと思います。」[*2]
本作が取り上げた報道の自由と権力の問題、国民の知る権利の問題は、時代と国を超えて普遍的なテーマである。
「彼らが負ければ、我々も終わりだ。」
ニューヨーク・タイムズ紙が記事差し止めの仮処分命令を受けたのを見て、ワシントン・ポスト紙の面々が報道に及び腰になる中で、トム・ハンクス演じるワシントン・ポスト編集主幹ベン・ブラッドリーが発した言葉は、ナチズムに抵抗して強制収容所に入れられたマルティン・ニーメラーの詩「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」を思わせて、胸に響く。

権力におもねないのはもちろんのこと、読者に受けそうな記事に終始もしない。徹底的に事実を追求し、国民に正確に知らしめる。新聞社といえども営利企業であるから、それは難しいことでもある。
「質が上がれば、収益はついてきます。」
ワシントン・ポストの社主キャサリン・グラハムはそう云おうとして、体が固まってしまう。その難しさがよく判っているからだろう。少し前のシーンで、彼女はブラッドリーに対して、女性が喜びそうな記事を増やすようにと云ったばかりなのだ。
結局のところ、メディアの姿勢を左右するのは大衆の支持の有無なのだ。本作が描くのは、ワシントン・ポストの社内事情だけではなく、同紙を支持した米国社会だ。同様の覚悟が今もあるのか、現代社会の一人ひとりが問われている。

スピルバーグ監督の凄いところは、この硬派の映画を、政治的主張に凝り固まったお堅いだけの作品に終わらせず、スリルとサスペンスに満ちた抜群に面白い娯楽作に仕上げ、最後には観客を感動させてしまうことだろう。
以前、私は、スピルバーグ監督の欠点は映画を面白くし過ぎるところだと書いたことがある。スリルやサスペンスで盛り上げずに、落ち着いたトーンでじわじわ胸に迫るようにすればいい映画でも、スピルバーグはつい観客をワクワクさせてしまう。それがやり過ぎだと感じることがあったのだ。
けれども本作は、そんなスピルバーグの特徴が活きた映画になっている。硬派な題材と、政府や銀行・法律家との闘いと、刻一刻と迫る新聞発行の締め切りとが入り混じって、絶妙なサスペンスを醸し出す。
近年のスピルバーグ監督作の中でも、ズバ抜けた面白さだろう。

スピルバーグをして「すごい迫力」と云わしめた脚本を書いたリズ・ハンナ、プロデューサーのエイミー・パスカル、クリスティ・マコスコ・クリーガーらとの仕事も、スピルバーグには充実していたようだ。
公式サイトには、彼のこんな言葉が紹介されている。
「グラハムが自身の声や個人的な責務を見い出していく様には勇気づけられる。私自身も、毎日現場で素晴らしい女性たちに囲まれて光栄だった。(略)皆が才能にあふれている。とてもエキサイティングな撮影だった。」
羨ましいのは、本作のマクガフィンとなるのが「ペンタゴン・ペーパーズ」、すなわち非公開の政府文書であることだ。政府内で文書がきちんと保管されており、本作では文書公開の是非は争われても、文書の存在の信憑性については疑う余地がない。
奇しくも日本は、本作が公開された2018年、財務省の決裁文書が改竄されていた事件で揺れに揺れていた。政府内に存在する文書が存在しないとされていたりと、文書の扱いの軽さ、ずさんさには目を覆うものがあった。そんな我が国では、本作のような文書を巡るサスペンスは作れそうもない。
ともあれ、この映画がいま作られたことに――スピルバーグが「すぐに作って公開したかった」と云うその時代に生きて、いま観ることができたことに、心から感謝したい。
[*1] 「スピルバーグが「ペンタゴン・ペーパーズ」を「すぐに公開したかった」理由とは?」 2018年3月23日 映画.com
[*2] 「言論の自由は崖っぷちに スピルバーグ、米国のいま語る」 2018年3月6日 朝日新聞デジタル
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監督・制作/スティーヴン・スピルバーグ
脚本/リズ・ハンナ、ジョシュ・シンガー
出演/メリル・ストリープ トム・ハンクス サラ・ポールソン ボブ・オデンカーク トレイシー・レッツ ブラッドリー・ウィットフォード アリソン・ブリー ブルース・グリーンウッド マシュー・リス
日本公開/2018年3月30日
ジャンル/[ドラマ] [サスペンス] [伝記]

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