『ブラックパンサー』 持てる者の義務
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「危機にあって、賢者は橋を架け、愚者は壁を作る。」
(In times of crisis, the wise build bridges, while the foolish build barriers.)
マーベル・シネマティック・ユニバースの18作目『ブラックパンサー』は、史上最高のスーパーヒーロー映画と呼ばれるだけあって、前代未聞の傑作だ。
マーベル・シネマティック・ユニバースの他の作品との絡みは抑え気味で、予備知識なしでも楽しめる。波瀾万丈のストーリーと魅力的なキャラクター、そのうえ躍動感あふれるアクションに満ちて、娯楽映画としても申し分ない。記録的なヒットを飛ばすのもとうぜんだろう。
■反転した構図
中でも特筆すべきなのが、「常識」を覆す世界観だ。
かつてアフリカは暗黒大陸と呼ばれ、未開の地として扱われた。長きにわたる奴隷貿易や植民地化、また内戦・紛争等に悩まされたアフリカには、現在も後発開発途上国と位置づけられる国が多い。
けれども、本作の舞台ワカンダ王国は、最貧国と呼ばれるエチオピアや南スーダンに接しながら、世界最高の超文明を誇っている。アフリカは貧しく遅れているという思い込みを、鮮やかに引っ繰り返してくれるのだ。
しかも、未知の土地に踏み込む白人の物語といえば、アラン・クォーターメンやインディ・ジョーンズを主人公にした作品のように、高度な知識や技術を持った文明人たる白人が、野蛮で遅れた土人を相手に冒険するのが定番だったのに、本作の白人キャラ、エヴェレット・ロス捜査官は、ワカンダの進んだ科学と技術に戸惑うばかり。
これはすなわち、文明が「進んでいる」とか「遅れている」という状態が、一時的なもの、相対的なものでしかないことを表している。
人類発祥の地であるアフリカには、もともと高度な文明が存在したし、近年の発展も目覚ましい。たまたまここ数世紀はヨーロッパの躍進が目立ったからといって、それを過去も未来も不変のものと捉えるのは大間違いなのだが、一度広まった思い込みは簡単には覆せない。
本作は、そんな「常識」に囚われた世間に反省を促している。

こうして、これまでの映画とは反対の構図を示したところで、本作がテーマにしたのは、持てる者は持たざる者にどう接するべきかということだ。
こんにち、先進諸国は、貧しい国からの移民や、紛争地域からの難民への対処に悩まされている。もしかしたら自分たちの豊かな生活が損なわれるかもしれないのに、門戸を開くべきなのだろうかと、疑問に思う人もいるはずだ。
ところが本作では、真に進んだ文明を持ち、豊かさを謳歌しているのはワカンダだけだ。ワカンダから見れば、欧米もアジアも幼稚な技術しか持たない遅れた国である。
かくして、観客が属するのが先進国かどうかは相対化され、誰もが一歩引いた客観的な立場から問題を俯瞰できるようになる。
そして、三つの考えが示される。
一つは、先王をはじめ、これまでワカンダ王国の人々がとってきた態度だ。すなわち、壁を築いて外部の人間を拒み、自分たちだけが豊かな生活を謳歌し続けるというもの。
難民を大量に受け入れたり、他国の膨大な困窮者に関わっていたら、自分たちの生活まで破壊されかねない。そう考える人は、現実に少なくあるまい。
これまで先進国の多くがこのような態度をとってきたし、こうした主張をますます強める人もいる。本作が公開された2018年は、他国とのあいだに文字どおり壁を作る、難民受け入れを制限すると主張したドナルド・トランプが、第45代米国大統領に就任して政権を担った時代だった。
二つ目は、先王の弟やキルモンガーらの主張。困難な状況にある人々を放っておかず、その決起を助けようというものだ。キルモンガーらには彼らなりの正義がある。利他的でもある。世の中を良くしようという情熱に突き動かされた彼らは、同志を得て勢力を拡大する。
だが、ときに暴力に訴えてでも世界を変えようとする考えは、現実の過激派、テロリストに通じるものだ。
かつての大日本帝国にも、白人の支配からアジアを解放しようと考えた人がいたかもしれないが、2000万人以上といわれる犠牲者を出した戦争の釈明にはなるまい。
三つ目は、本作の主人公にしてワカンダ国王、ブラックパンサーことティ・チャラの考えだ。ティ・チャラは、先王のように他国の人々の苦しみに目をつぶって自国の繁栄だけを考えることはできない。さりとて、キルモンガーの急進的な意見に与する気もない。
本作は、悩み、迷うティ・チャラが、どのように決断するかが最大の見どころだ。
本作の特徴は、悪人がいないことである。
中盤に登場する武器商人のユリシーズ・クロウこそ絵に描いたような悪人だが、クロウが物語に占めるウエイトはそれほど大きくない。
クライマックスはティ・チャラとキルモンガーの戦いであり、それは一つの正義と別の正義のぶつかり合いだ。見応えあるアクションの連続だが、本作の戦闘シーンは、ティ・チャラと同胞たちの心の葛藤を視覚的に表した比喩でしかない。
だから、この物語の結末はキルモンガーを倒すことではない。ワカンダが外国での福祉施設づくりに乗り出すことであり、ティ・チャラが国家元首として国連で行う演説だ。
「我が国は、物陰から眺めているのはやめます。もうそんなことはできません。そんなことをすべきではないのです。私たちは、お互いをこの地球の仲間として扱う手本になりましょう。
今や、これまで以上に、分断の危機が私たちの生存を脅かしています。大切なのは、分断よりも繋がり合うことです。
危機にあって、賢者は橋を架け、愚者は壁を作ります。私たちは一体となって、互いに助け合う方法を見つけなければならないのです。」
壁は有刺鉄線やコンクリートでできたものだけではない。ティ・チャラが乗り越えねばならなかったのは、彼と人民の心の中の壁だった。
あらゆる自然現象と同じく、富もまた偏在する(放っておくと偏りが生じることを、物理学では「ゆらぎ」という)。その偏在に抗い、いかに偏りを解消するか。そこにこそ人間の英知が試される。
偏りが起こるきっかけは様々だ。たまたま資源があった、たまたま環境に恵まれた、たまたま富を集めるのに適した遺伝子を持って生まれた。いろいろな要因があるだろう。
本作では、たまたま鉱物ヴィブラニウムを含む隕石が落ちてきたことが、ワカンダの発展の基礎となった。ワカンダ人は、超文明を築けたのがヴィブラニウムのおかげであることを――ヴィブラニウムがなければ貧しく遅れた国だったかもしれないことを――知っている。それを知っているということが、彼らの正義の源なのだ。
本作は、米国のみならず中国でも英国でも韓国でも、各国で大ヒットしている。2018年4月15日現在、米国歴代興行収入第3位、世界歴代興行収入第10位を記録し、2013年公開の『アナと雪の女王』を抜き去っている。
多くの国の人々がこの映画を支持しているのは喜ばしい。
スティーブン・ピンカーは人類史を振り返り、長い歳月のあいだに人間の暴力は減少していると述べた。その原因の一つが、活版印刷の発明による書籍の普及だ。書籍を通じて他者の行為や考えを知るようになって、人々のあいだに共感の輪が拡大し、人道主義が広まったという。
映画もまた、他者の行為や考えを知り、思いを共有するのに有効な手段だろう。映像や音響を通して情報を伝達する映画は、印刷物以上に強い影響をもたらすかもしれない。
それだけに、世界中の観客がティ・チャラの言葉に耳を傾け、その理念に触れているかと思うと心強い。
残念ながら、日本の客足は今一つだが。

ティ・チャラが、自分たちの持てるものを他の国々と分かち合うつもりだと発表したとき、ワカンダの実態を知らない"先進国"の代表が質問した。
「農業国のあなた方が何を分かち合うというのです?」
ここでいう農業国とは、農業が発達した国という意味ではない。国の産業が農業くらいしかなく、その農業も他国が注目するほどのものではない国という意味で使っている。
ティ・チャラが分かち合おうと云っているのは、彼らの進んだ科学技術だ(資源ではない。ライアン・クーグラー監督は、ワカンダのヴィブラニウムをコンゴ民主共和国の鉱物コルタンになぞらえたという。希少な鉱物が武装勢力の資金源になり、紛争が長期化しているコンゴ民主共和国。その悲劇をよそに、コンゴ民主共和国の資源を手に入れた外国は、希少な金属をスマホやパソコン等の電子機器、工業製品に利用して繁栄を享受している。ワカンダの設定は、コンゴ民主共和国を取り巻く構図を逆転させたものでもある)。
これが本作のもう一つのテーマである。
本作は、科学技術の重要性を印象づけるために、エヴェレット・ロス捜査官に重傷を負わせる。
このままではロスが死ぬ。ロスを救えるのは、ワカンダの医療技術だけだ。
そのためティ・チャラは、禁を破って外国人ロスをワカンダに運び込み、門外不出の技術を使って、瞬く間にロスを回復させた。
この展開には重要なメッセージが込められている。
豊かな自然や農作物も大事だが、火急の際に人の命を救うのは、まず第一に科学技術であるということだ。ワカンダの人々が豊かな暮らしを送れるのも、優れた科学を有するからだ。それがあるから、彼らは世の中を変えることができるのだ。
これは、各国がSTEM教育に力を入れている状況に呼応しよう。「stem」とは「幹」とか「茎」といった意味だが、ここでは Science, Technology, Engineering and Mathematics の頭文字で、科学・技術・工学・数学を指す。もちろん、これらの分野だけを学べばいいわけではないが、その大切さは本作を観れば実感できるだろう。
国際学力調査の結果によれば、少なからぬ国で、女子よりも男子のほうが科学や数学の成績が良い。これは男女の能力差というよりも、その国の社会的価値観が影響しているといわれる。
マーベル・シネマティック・ユニバースには多くの天才科学者・発明家が登場してきた。アイアンマンことトニー・スターク、インクレディブル・ハルクことブルース・バナー、初代アントマンのハンク・ピム等々。天才外科医のドクター・ストレンジもいた。
だが、彼らはことごとく男性だった。男の子が憧れる、模範とする科学者・発明家のヒーローはいたが、女の子にはいなかった。かろうじて、マイティ・ソーの恋人ジェーン・フォスターが天文物理学者(天才物理学者ではない)だったくらいだ。
けれども、本作に至ってようやく女性の天才科学者が登場した。ティ・チャラの妹シュリ王女は、多くの女性のロールモデルになることだろう。
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監督・脚本/ライアン・クーグラー
脚本/ジョー・ロバート・コール
出演/チャドウィック・ボーズマン マイケル・B・ジョーダン ルピタ・ニョンゴ ダナイ・グリラ マーティン・フリーマン ダニエル・カルーヤ レティーシャ・ライト ウィンストン・デューク フォレスト・ウィテカー アンディ・サーキス アンジェラ・バセット
日本公開/2018年3月1日
ジャンル/[SF] [アクション] [アドベンチャー]

【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画】
【genre : 映画】
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