『ウォルト・ディズニーの約束』 原作者が出した驚きの条件
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そんな条件を出したのか! それはあんまりじゃないの!?
映画『メリー・ポピンズ』が大好きな私は驚いた。
■ウォルト・ディズニーを描いたはじめての映画
『ウォルト・ディズニーの約束』は、オーストラリア出身で英国を拠点に活動する児童文学作家P・L・トラヴァースと、アニメーション映画の巨人ウォルト・ディズニーの攻防を描いた作品だ。攻防とは穏やかではないが、これはまさに原作者と映画制作者の戦いといえる映画なのだ。
P・L・トラヴァースが書いた児童文学作品『メアリー・ポピンズ』を映画にしようと考えたウォルト・ディズニーは、トラヴァースに何度も映画化を申し入れた。だが、彼女はまったく相手にしてくれない。一徹なディズニーは20年以上も打診し続け、頑固なトラヴァースは徹底的に断り続けた。
しかし、何年も新作を発表できずにいたトラヴァースは、金銭的な必要に迫られて、とうとう映画化を認めてしまう。そこから名作映画『メリー・ポピンズ』が完成するまでを描いたのが『ウォルト・ディズニーの約束』だ。
ウォルト・ディズニー・カンパニーの映画が、しばしば原作から大きく乖離してしまうことはよく知られている。ディズニーにはディズニーのやり方があるということなのだろう。ディズニーが作りたい映画と原作とのあいだに齟齬があれば、原作のほうがディズニーに合わせるべきと考えるのが、ディズニーなのかもしれない。
ハンス・クリスチャン・アンデルセンの扱いはその最たるもので、悲恋物語『人魚姫』はハッピーエンドの映画『リトル・マーメイド』に変えられてしまうし、『アナと雪の女王』に至っては原作との共通点を見つけるほうが難しい。ジャンヌ=マリー・ルプランス・ド・ボーモン原作の『美女と野獣』やE・R・バローズ原作の『ターザン』は、ステレオタイプの悪者が登場して、そいつをやっつける物語になってしまった。原作で描かれた主人公の苦悩や葛藤は影を潜め、あるいは変質してしまう。
アンデルセンにしろバローズにしろ、映画を観たら怒り出すに違いないが、幸いというべきか、これらの原作者たちはとっくの昔に亡くなっている。だから、映画の内容についてディズニーと対立することはなかった。
しかし、『メリー・ポピンズ』は違った。原作者がまだピンピンしており、自分の作品を改変するなど許さないと息巻いている。一方、ディズニーはいつもの調子で、歌と笑いが満載のハッピーな映画にする気でいっぱいだ。両者が衝突しないわけがなかった。
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・アニメーション映画の制作会社であるディズニーに対して、アニメーションはダメと云い渡す。
・数々の楽曲でアカデミー賞を受賞し、歌が自慢のディズニーに対して、ミュージカルはダメと云い渡す。
・脚本には原作者の承認を得なければならないと云い渡す。
映画『メリー・ポピンズ』を好きな私は、本作の展開に興味津々だった。映画が完成することは判っている。1964年に公開された『メリー・ポピンズ』は、たくさんの賞を受賞し、長きにわたって世界中の人に愛されてきた名作だ。劇中で歌われる「チム・チム・チェリー」や「2ペンスを鳩に」や「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」は、無意識に口ずさんでしまうほど素晴らしい曲だし、アニメーションと実写を組み合わせたシークエンスの楽しさは抜群だ。つまり、完成した映画は、トラヴァースの出した条件をことごとく反故にしたものになっているのだ。
『ウォルト・ディズニーの約束』は、ウォルト・ディズニーがあの手この手でP・L・トラヴァースに心を開かせ、譲歩を引き出し、誰もが知る名作映画の完成にこぎ着けるまでの長い道のりを描いている。あの名曲や名場面がどのようにして生まれたのか。どうやってトラヴァースに認めさせたのか。頑固なトラヴァースでさえ受け入れてしまうほど素晴らしい映画の制作秘話は、映画『メリー・ポピンズ』を好きな人はもちろん、そうでない人にも興味深いに違いない。
映画は二人の偉大な創作家のぶつかり合いを通して、創作とは何か、創作物の意義とは何かを問い、さらには生きていく上でフィクションの手助けを必要とする人間というものを掘り下げていく。
完成した映画に涙するトラヴァースの姿を目にして、観客も大きな感動に包まれるに違いない。
トラヴァース役のエマ・トンプソンと、ウォルト・ディズニー役のトム・ハンクスの名演技もあって、『ウォルト・ディズニーの約束』はとても素敵な映画に仕上がっている。
ところが、そんな調和のとれた結末とは裏腹に、P・L・トラヴァースが現実に申し入れた条件は厳しかった。
■描かれなかった後日談
米アカデミー賞の13部門にノミネートされ、うち5部門を獲得。主演のジュリー・アンドリュースはアカデミー賞だけでなくゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞までも受賞。作詞作曲のシャーマン兄弟はアカデミー賞の作曲賞も歌曲賞もとった上に、グラミー賞まで受賞した。世界中で大ヒットし、1964年の公開以来、数十年のときを経ても愛され続ける『メリー・ポピンズ』。
そんな名作が放っておかれるわけがない。
『キャッツ』や『レ・ミゼラブル』、『オペラ座の怪人』等で知られるロンドンミュージカル界の大プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュが、『メリー・ポピンズ』を舞台化しようとP・L・トラヴァースに接触したのは、映画公開から30年を経た1994年のことだった。すでにシャーマン兄弟による素晴らしいミュージカルナンバーがあるのだから、ロンドンやブロードウェイでも充分に通用すると考えたのだろう。
だが、トラヴァースは舞台化を拒否した。映画『メリー・ポピンズ』を引き合いに出し、もう二度と自著を原作として提供することはないと断ってきたのだ。長く粘り強い交渉の末、マッキントッシュはトラヴァースに舞台化を認めさせることに成功するが、そのときトラヴァースが出した条件は厳しいものだった。
・舞台化に際して米国人は参加させないこと
・特に映画版に関わった人間は――シャーマン兄弟が存命中にもかかわらず――参加させないこと

トラヴァースは、映画『メリー・ポピンズ』をこう評している。「あの手の映画としては魅力的で良い作品でしょう。でも、私の本とは似ても似つきませんね。」
完成した映画以上に、彼女は映画を作る過程が許せなかったのだろう。
アニメはダメと云ったのに結局アニメのキャラクターが続々登場し、ミュージカルはダメと云ったのにメリー・ポピンズもバートもミスター・バンクスさえも歌い出し、バート役にディック・ヴァン・ダイクは認めないと云ったのにディック・ヴァン・ダイクがキャスティングされ、脚本は原作者の承認を得ることと云ったのに、ウォルト・ディズニーは最終決定権は自分にあるといって彼女の意見を却下した(トラヴァースは、映画制作では脚本の承認権限よりも、編集権のほうが重要であることが判っていなかった)。
ウォルト・ディズニーは、必ず『メアリー・ポピンズ』を映画化するという娘との約束は果たしたかもしれないが、P・L・トラヴァースとの約束を守ったとはいえない。
彼女はこの仕打ちを忘れなかった。トラヴァースの原作小説には何冊もの続編があったから、ウォルト・ディズニーはそれらも映画化したいと懇願したが、彼女は金輪際映画化を認めなかった。
挙げ句の果てに、彼女がマッキントッシュに出した条件が「米国人は参加させないこと」だったのだ。ディズニーはダメとか、ハリウッドの映画人はダメとかではない。米国人はダメ。
30年以上前のロサンゼルスでの経験が、いかに嫌なものだったのかが察せられる。
『ウォルト・ディズニーの約束』は商業映画だから、観終わった観客をいい気分で送り出さねばならない。映画を観たトラヴァースがショックと怒りのあまり泣き出したことを、感動で泣いているかのように描くことも必要だったのだろう。
だが、現実はそんな風に調和的ではない。そこには、真に描かれるべきことがあるはずだ。
(つづく)
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監督/ジョン・リー・ハンコック
出演/エマ・トンプソン トム・ハンクス ポール・ジアマッティ ジェイソン・シュワルツマン ブラッドリー・ウィットフォード コリン・ファレル ルース・ウィルソン B・J・ノヴァク メラニー・パクソン アニー・ローズ・バックリー キャシー・ベイカー レイチェル・グリフィス
日本公開/2014年3月21日
ジャンル/[ドラマ] [伝記]

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