『わたしは、ダニエル・ブレイク』 一人でも多くの人が観よう

わたしは、ダニエル・ブレイク [Blu-ray] 金曜の深夜、12回にわたって放映されたドキュメンタリー山田孝之のカンヌ映画祭』を見れば、カンヌ国際映画祭で賞をとるのがいかに大変かよく判る。
 『味園ユニバース』や『ぼくのおじさん』等の優れた映画を連発する山下敦弘監督が、国内外で高い評価を得ている俳優・山田孝之さんとタッグを組んで、カンヌで賞をとれる映画を作ろうとジタバタする様子を目にして、視聴者は今さらながらカンヌのハードルの高さを痛感しただろう。

 しかし、世の中には恐ろしい人がいる。
 カンヌ国際映画祭に限っても、新作を発表するたびにコンペティション部門に選出され、パルム・ドール(最高賞)をとること二回、審査員賞を三回、現代映画賞を一回、FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞を三回受賞と、とてつもなく高い評価を得ているのがケン・ローチ監督だ。
 同監督が、栄えある二度目のパルム・ドールに輝いたのが、『わたしは、ダニエル・ブレイク』だった。ジョージ・ミラーがコンペティション部門の審査員長を務めた第69回カンヌ国際映画祭でのことである。

 パルム・ドール受賞作だからといって、構える必要はない。『わたしは、ダニエル・ブレイク』は、平易で判りやすい作品だ。ただ、ひたむきで真摯で誠実で、そして完成度が極めて高い。

 主人公ダニエル・ブレイクは、英国北東部のニューカッスルで40年も大工をやってきた。曲がったことが大嫌いで、他者への思いやりに溢れ、誇り高く生きてきた男だ。
 その彼が心臓を悪くして、医者から仕事を止められる。働けないので行政の支援を受けるしかないが、行政の審査では就労可能と判断され、病気理由の支援は得られなかった。求職活動に励んでいることを証明すれば雇用支援援助を受けられると云われるが、医者に仕事を止められているのに求職活動をするなんてナンセンスだ。長年真面目に働いてきたダニエルは、何の支援も受けられないまま、突然、無職どころか無収入になってしまう。
 同じく役所の審査で弾かれて困っていた女性と助け合いながら、ダニエルは何とか役所に支援を認めさせようと悪戦苦闘する。

 無収入となって暮らしが立ち行かなくなるのを避けるために、役所に手当を申請する。ただそれだけのことが、困難にぶち当たって苦悩する人間のドラマになってしまうことが衝撃だ。なんて生きづらい世の中なのか。

 ケン・ローチ監督は云う。「いくつかの都市に出かけて調べてみたら、これまで語られていない話があった。ひどいレベルの貧困。しかも、彼らは失業者ではなくて、働いているのに貧しいんだ」[*1]
 実際、本作のエピソードには、脚本のポール・ラヴァーティが出会った人の実話が織り込まれている。

 日本でも、生活保護を受けられない人の餓死、自殺、孤立死が多々発生している。
 福岡県北九州市の元タクシー運転手が、病気で仕事ができないにもかかわらず就労可能と判断され、生活保護を辞退させられて、「腹減った。オニギリ食いたい」と書き残して餓死したのは2007年のことだった。北九州市では、市の職員によってあまりにも多くの人が死に追いやられたことから、2007年に生活保護行政検証委員会が設置され、生活保護行政のあり方が検討されたが、その後も困窮した市民を孤独死させる事件を起こしている。
 北海道札幌市では生活保護を受けられなかった姉妹が病死・凍死し、千葉県銚子市では生活保護を受けられない上に県営住宅を強制退去させられることになった母親が心中を図って娘を殺してしまった。東京都立川市では、生活保護で暮らしていた男性が保護を打ち切られ、直後に自殺してしまった。同様のことは全国で起きている。

 「私は怠け者でもたかり屋でも乞食でも泥棒でもありません。私はきちんと税金を払ってきました。誇りをもってそうしてきました。私は施しを求めているのではありません。私はとうぜんの権利を要求しているのです。私に敬意をもって接してください。私は市民(citizen)です。それ以上でもそれ以下でもありません。」というダニエル・ブレイクの言葉は、ニューカッスルだけに留まるものではない。


 注目すべき動きがある。
 日本では本作にちなんで、貧困に苦しむ人々を援助するダニエル・ブレイク基金が設立された。そのWebサイトには、こう書かれている。
---
映画が、社会に出来ること
30年間続く、ダニエル・ブレイク基金

 世界で拡大しつつある格差や貧困をテーマにケン・ローチ監督がこの作品に込めたメッセージ「誰もが享受すべき生きるために最低限の尊厳」や「人を思いやる気持ち」に賛同し、本作を提供する株式会社バップ、有限会社ロングライドは、“チーム「ダニエル・ブレイク」”を結成し、映画の上映権を保有する30年間の間、本作品によりもたらされる全ての収益の一部から、貧困に苦しむ人々を援助する団体を助成することを目的とした「ダニエル・ブレイク基金」を設立いたします。
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 本作を観に行けば、有料入場者一名につき50円が、貧困に苦しむ人々を支援する団体に寄付されるという。

 映画は贅沢な道楽だ。映画を観ても腹の足しにならないし、二時間も使いながら一円も稼げない。それどころか一本観るのに千数百円かかる。このような贅沢に投じられた金を困窮している人に移すのは、とても有意義であると思う。
 ケン・ローチ監督も「今こうして実際に貧困にある人たちがいて、苦しんでいる人を放っておけないのは当然ですから、この企画はとても素晴らしいと思います。」と賛辞を贈った。[*2]

 ただし、監督はこう云い添えている
 「ひとつだけ付け加えたいのは、ともかくチャリティーは一時的であるべきだということ。ともすると、チャリティーというものは不公正を隠してしまいがちだが、むしろ不公正の是正こそが最終目的であることを忘れてはならない(略)チャリティーの寄付金が政府のツケを払ってくれるとみなされると、不公正が絶えず、貧困が止まらず、困窮する人が減らない。それは間違っているし、不当な状況は変えなきゃいけない。つまり、チャリティーと同じくらいに、政治に働きかけることも大事なのです」

 本作は、一人の中高年男性と彼が出会う数人の人々を描いただけの映画だが、同時にそれは世界を描くことでもある。
 「描いたのは弱者でも貧困でもない。階級についてです。世界で何が起きているのか。その中でのささやかな抵抗を称賛したかった。」[*1]
 この映画を観たならば、誰もが感じているはずだ。より良い世界にするために、やれることがたくさんあると。


 本作には、職業安定所で気分が悪くなったダニエルが、ウォータークーラーの水を飲ませてもらって一息つく場面がある。
 だが、それはフィクションだ。2010年、歳出削減の一環で、職業安定所のウォータークーラーは撤去された。今は水さえ飲めない。


[*1] 朝日新聞 2017年3月24日夕刊
[*2] 上映館の掲示


わたしは、ダニエル・ブレイク [Blu-ray]わたしは、ダニエル・ブレイク』  [わ行]
監督/ケン・ローチ
出演/デイヴ・ジョーンズ ヘイリー・スクワイアーズ ディラン・フィリップ・マキアナン ブリアナ・シャン ケイト・ラッター シャロン・パーシー ケマ・シカズウェ
日本公開/2017年3月18日
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : ケン・ローチ デイヴ・ジョーンズ ヘイリー・スクワイアーズ ディラン・フィリップ・マキアナン ブリアナ・シャン ケイト・ラッター シャロン・パーシー ケマ・シカズウェ

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