『SING/シング』の素敵な仕掛け
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それはキャラクターたちが個性的だから?
オリジナルを含む62曲もの歌が素晴らしいから?
いずれもそのとおりだが、それだけではない。
シンプルでツボを押さえたこの映画には、とても素敵な仕掛けがある。
長編アニメーション映画にあまり制作費をかけないイルミネーション・エンターテインメントの作品だから、本作も比較的低予算の7500万ドルで作られている。7500万ドル(日本円にして81億円以上)だって邦画よりは巨額だが、ディズニーが一本の長編アニメーション映画に1億5000万ドル以上かけているのに比べればたいへんな差だ。
本作は低予算を様々な工夫でしのいでいる。ブタのロジータがスーパーマーケットで踊る場面はその最たるものだろう。ロジータは広い店内で縦横に踊りまくるが、閉店間際だからスーパーには誰もいない。ディズニーだったらロジータの周りにたくさんの客を配置して、楽しいリアクションを見せたに違いない。
『ミニオンズ』に続いて既成のヒット曲を散りばめたのも、イルミネーション・エンターテインメントらしい。これだけの楽曲を揃えるのに制作費の15%を費やしたというが、それでもオリジナル曲をたくさん作ってアカデミー賞の歌曲賞をとり続けるディズニーとは対照的だ。
あまりにも素晴らしい曲ができたので、その曲を歌うキャラクターを主役に昇格させ、ストーリーもすっかり変えてしまった『アナと雪の女王』は、ディズニーらしさの極北だった。他方、本作はたとえばガース・ジェニングス監督自身が「おそらく誰も聴いたことがない楽曲だと思う」というシュービー・テイラーの「スタウト・ハーテッド・マン」を使用する。ジェニングス監督は大好きなこの曲を使うことで、脳卒中で歌えなくなり、貧困のうちに亡くなったシュービー・テイラーの魅力を今の人に知らしめるとともに、困窮する遺族に金が渡ることを願った。そんなジェニングス監督の選曲の妙を存分に楽しみたい。
そうした工夫や思惑もさることながら、本作の一番の魅力は、何といっても歌のコンクールというコンセプトが瓦解してしまうことだろう。
倒産寸前のムーン劇場の支配人バスター・ムーンは、起死回生の出し物として一般公募による歌のコンクールを企画する。歌さえ上手ければ資格は問わない、大勢が優勝を目指す競技会だ。NHKの『NHKのど自慢』やテレビ東京系で2014年から放映している『THEカラオケ★バトル』と同じような趣向である。これらの番組が何年も人気を保っているのを考えれば、バスター・ムーンの着眼点は悪くない。
オーディションに残ったのは、毎日同じことの繰り返しにうんざりしていた主婦ロジータや、パンクロッカーの少女アッシュら個性的な面々。エリートミュージシャンのマイクは賞金を獲得する気満々だし、ゴリラの少年ジョニーは父を保釈してもらうためにどうしても賞金が欲しい。彼らは本番での対戦に向けて、歌に踊りに磨きをかける。
このまま歌を競う映画にしても面白かったと思うが、とんでもないアクシデントが競技会を頓挫させてしまう。
ここからが本作の真骨頂だ。競技会ができなくなって、出場者たちとムーンはどうするか。
みんなはそれでもステージの幕を開けようとするのだ。賞金は出ない、優勝の栄誉もない、だけどただ歌いたいから、多くの人に歌を聴いてほしいから力を合わせる。
この、競争から協同への転換が実に見事だ。説教臭くなったり、感動の押し売りになったりせず、キャラクター一人ひとりの心情をすくい取った描き方がとても上手い。

ゴリラのジョニーはオーディションの落選者だ。合格したキリンのダニエルではコミュニケーションしにくいと感じたバスター・ムーンが、出場者を取り換えたからジョニーにお鉢が回ってきたのである。かと思えば、オーディションに合格したカエル3人組は、仲違いして途中でいなくなってしまう。にも関わらず競技会の企画は続行されるのだから、出場者は誰でも良かったのだ。誰でもいい……では云い過ぎであれば、歌が格別上手い人に絞り込むより、間口を広げてバラエティに富む参加者を揃えたことがコンサートの成功の秘訣だったのだ。
オーディションでは合格できず、舞台係をしていたゾウのミーナが、素晴らしい歌声で観衆を沸かせるのも本作の見どころだ。
優れた才能はどこに隠れているか判らない。そして、人を魅了するほどの実力(本作でいえば歌の上手さ)の持ち主が、自己アピールに長けていたり、機をみるに敏であるとは限らない。駄目なヤツだと烙印を押されている人が、実はもっとも優れた技能を持っているかもしれないのだ。
本作の魅力は、楽曲の素晴らしさや個性的なキャラクターの面白さに加えて、様々な背景を抱えた多彩な出場者たちが協力し合い、工夫を凝らして、精一杯コンサートを盛り立てる姿への共感にあるのだろう。
もう一つ、本作には大事な点がある。公演は失敗続き、従業員に賃金も払えず、銀行からは返済を迫られ最低最悪の状況にいたバスター・ムーンが、それでもへこたれずに云うセリフだ。
「どん底に落ちるのも悪くはない。もう行き先は一つしかない。上にあがるだけ!」
(When you've reached rock bottom, there's only one way to go, and that's up!)
この言葉は、フリードリヒ・ニーチェが『ツァラトストラかく語りき』に書いた「没落」を思わせる。
ニーチェは、人間が高みを目指すには没落することが必要だと説き、没落する人間とはどういうものか例を挙げて説明した。その例はあまりにも多く、およそ考えられる限りのありとあらゆる人間が何らかの形で取り上げられる。それはすなわち、没落とはありとあらゆる人間に当てはまるということであり、ありとあらゆる人間が高みを目指せるということだ。
「どん底に落ちるのも悪くはない。」そう云い放つバスター・ムーンは、ニーチェの思想を体現するかのようだ。
バスター・ムーンだけではない。本作の登場人物は誰もが期待と希望を挫かれて、失意のどん底にいた。遂には目標だった優勝も、期待していた賞金もなくなってしまう。それでも立ち上がる先にあるのは、もう期待でも希望でもない。歌をうたう行為、ステージを作り上げる行為そのものが、立ち上がることそのものが悦びであり愉しさなのだ。
映画の主人公が優勝したり賞金を得ても、しょせん観客には関係がない。けれども、本作の主人公たちが歌う姿には、共感し、元気づけられること間違いなしだ。
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監督・脚本/ガース・ジェニングス
出演/マシュー・マコノヒー リース・ウィザースプーン セス・マクファーレン スカーレット・ヨハンソン ジョン・C・ライリー タロン・エガートン トリー・ケリー ニック・クロール ジェニファー・ソーンダース ジェニファー・ハドソン ピーター・セラフィノウィッツ
日本語吹替/内村光良 MISIA 長澤まさみ 大橋卓弥 山寺宏一 坂本真綾 田中真弓 大地真央 斎藤司 宮野真守 水樹奈々
日本公開/2017年3月17日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ] [ミュージカル]

【theme : SING/シング】
【genre : 映画】
tag : ガース・ジェニングスマシュー・マコノヒーリース・ウィザースプーンセス・マクファーレンスカーレット・ヨハンソンジョン・C・ライリータロン・エガートン内村光良MISIA