『人魚姫』 人魚対ヘドラ

The Mermaid (Mei Ren Yu) [Blu-ray] こういうこともあるのか!
 そう驚いたのは、チャウ・シンチー監督・制作・脚本の『人魚姫』を観終わったときだ。

 例によってヘンテコなヒロインに魅了され、くだらないギャグに大笑いし、存分に楽しませてもらったが、鑑賞してから時間を確かめたら映画の尺はたったの94分。てっきり2時間超えの大長編だと思っていた!

 逆のことはたびたびある。同月に観た『土竜の唄 香港狂騒曲』は、128分もあるのに全然時間を感じさせなかった。面白さとアホらしさのオンパレードを楽しんでるうちに、2時間以上が経っていたのだ。
 一般的には時間を感じさせなくて褒められるのだろうが、94分の中にあれもこれも詰め込んで、それでたらふく満腹大満足になる映画の充実感は半端ではない。

 本作の下敷きになっているのは、云わずと知れたハンス・クリスチャン・アンデルセンの童話『人魚姫』だ。
 二本の足を得て王子のそばにいられるようになったものの、王子の理解を得られずに、王子が隣国の王女と結婚するのを見ているしかない人魚姫。絶望した彼女が、せめて人魚に戻って海へ還るためには、愛する王子を殺し、その血を足に浴びなくてはならない。魔女の短剣を手に、眠っている王子に近づく人魚姫――。

 『人魚姫』を映像化した作品は数々あれど、その多くは人魚姫の恋心に焦点を当てており、彼女が王子暗殺を企んだことは重視していない(あろうことかディズニー映画『リトル・マーメイド』では、人魚姫と王子が相思相愛でハッピーエンドになってしまう!)。
 そんな中、王子暗殺に目を付けるとは、さすがチャウ・シンチーだ。


The Mermaid (Mei Ren Yu) [Blu-ray] 本作で王子に当たるのは実業家のリウ。イルカの棲む美しい青羅湾を買い取り、その海を埋め立てて大儲けしようと企んでいる。人魚のシャンシャンは、棲みかを失い、傷ついた仲間たちのために、にっくきリウを殺そうとする。
 ここから物語はアンデルセンの『人魚姫』を逆にたどるように、シャンシャンとリウの恋と、隣国の王女ならぬ美貌のビジネスパートナー・ルオランとの三角関係になっていく。

 『人魚姫』を下敷きにした作品としては異色の構成だが、『リトル・マーメイド』を思わせる部分もある。人魚の物語なのに、シャンシャンを地上に送り出すのは金髪で下半身タコのタコ兄(にい)だ。これは、『リトル・マーメイド』の魔女アースラのデザインを意識したものだろう。そのため、はじめはタコ兄を悪いヤツだと思ってしまいかねないが、これが抜群のコメディリリーフなのだからチャウ・シンチーの計算は巧い。

 チャウ・シンチーの映画は、笑わせるためなら何でもありだ。
 赤いメカが空を飛ぶシーンでは、いきなり『ゲッターロボ』の主題歌が流れる。
 観客が判ろうが判るまいが、面白いと思ったものは突っ込む気概におそれ入る。

 チャウ・シンチー作品にお馴染みのモチーフも健在だ。
 はじめはおかしな外見で素っとん狂なヒロインがだんだん魅力的になっていくところや、富も名声も得た男がもっと大切なものに気づいて変化していくところなど、過去の作品にも見られたものだ。
 映画にしろ小説にしろマンガにしろ、一つの作品を楽しむに留まらず、同じ作り手のものをいくつも続けて鑑賞するのは、単に作品が好きなのではなくて作り手の人間性に惹かれるからだ。チャウ・シンチーの映画がヒットするのは、極め付けの面白さもさることながら、人間の真価は外見や貧富では測れないという彼の強い思いが多くの人の共感を呼ぶからだろう。


 しかも本作は、社会的なメッセージにも貫かれている。映画はのっけから水質汚染、大気汚染の映像を映し出し、自然破壊の酷さを訴える。劇中で仕掛けられる海洋生物を追い払うソナーが、汚水や排水による汚染の暗喩であることは誰の目にも明らかだろう。
 21世紀、中国の環境汚染は凄まじかった。大気汚染のために人々は体を壊し、土壌汚染が農作物を毒し、海洋汚染で漁獲量は激減した。

 日本も20世紀に酷い汚染を経験した。東京の空は黒く霞み、各地で公害病が発生した。大気汚染のため喘息になったり、汚染された農作物や魚類を口にして障碍が出たり痛みに苦しんだりした。1970年には、学校のグラウンドで運動していた生徒が集団で喉の痛みを訴えたり、呼吸困難で倒れる光化学スモッグ事件が起きた。これ以降、光化学スモッグ注意報が発令されると、子供たちは急いで屋内に避難したものだ。

ゴジラ対ヘドラ 【60周年記念版】 [Blu-ray] このような状況を背景に、1971年に公開された映画が『ゴジラ対ヘドラ』である。ヘドロの中から生まれたヘドラが、毒性の高い硫酸ミストをまき散らし、ドロドロのヘドロをぶちまける。ヘドラが通ると人々はバタバタ倒れ、ヘドロに埋まってみんな死んでしまう。まさに環境を破壊する汚染物質の塊のような怪獣だった。
 坂野義光監督みずから作詞した「ヘドラをやっつけろ!」では、こんな風に歌っている。

  ヘドロの中から 生まれたヘドラ
  くじらも さめも 皆殺し
  海も さかなも 全滅だ
   ……
  ヘドロの弾丸 猛毒だ
  光る!ヘドラの熱線銃
  走る!ゴジラの放射能
  がんばれ がんばれ 僕らのゴジラ

 1954年に登場したゴジラは原水爆の象徴であり、放射能を帯びた巨体で街を破壊する恐怖の存在だった。
 ところが、『ゴジラ対ヘドラ』が公開される頃には放射能より公害のほうが切実な問題だったのだろう、ゴジラの放射能の力で公害怪獣をやっつけて欲しいと願われるまでになっている。
 同じ頃、テレビでは『宇宙猿人ゴリ』が放映され、公害怪獣ヘドロンやゴミを食べて無限に巨大化するダストマンや公害病を蔓延させる公害人間の襲撃に、公害Gメンとスペクトルマンが対抗していた。

 『ゴジラ対ヘドラ』の公開から少し後、私は海上自衛隊の護衛艦に乗って東京湾を一周するイベントに足を運んだ。
 護衛艦に乗るのははじめてのことで面白かったのだが、護衛艦よりも印象的なのが真っ黒い海だった。快晴にもかかわらず、行けども行けども海は黒く濁ったままで、あまりの汚らしさにイベントの楽しさも半減した。
 こんな海で海水浴なんてできるはずもなかったが、NPOや行政等、多くの方々の水質改善への取り組みのおかげで、2013年の夏に葛西海浜公園の一部において、13日間限定の、東京都内湾では半世紀ぶりとなる海水浴場がオープンした。2016年にはこれが33日に拡大されている。今では東京湾に鮎も戻ってきた。
 こうして海を美しくする努力は続けられているが、それでもあの墨汁を溶いたような海の黒さは忘れられない。


The Mermaid (Mei Ren Yu) [Blu-ray] 『人魚姫』が中国で興行収入33億元(591億円)以上の大ヒットを飛ばし、アジア歴代ナンバーワンの記録を打ち立てたのは、本作の並み外れた面白さだけではなく、きれいな空気と海の大切さを訴えるメッセージに多くの人が共感し、切実に感じたからに違いない。
 日本では、環境破壊に怒って海から出てきたのは怪獣だった。公害がヘドラの姿を借りて街を破壊し、人間を苦しめた。
 一方、中国では可憐な人魚がやってきた。彼女もはじめは環境破壊の首謀者の暗殺という物騒な考えを抱いていたが、やがて人間の男性と恋に落ちる。事態に立ち向かう武器は、ゴジラの放射能ではなく、二人の愛の深さだった。

 本作の観客たちが期待するハッピーエンド、それは二人の恋が成就することだけではなく、中国を覆う環境汚染が改善されることだろう。本作が示唆するのは、そのゴールの素晴らしさだ。
 これほど多くの人が本作を支持するのだから、きっとその日は来るはずだ。
 それが半世紀後か数世紀後かは判らないけれど。


The Mermaid (Mei Ren Yu) [Blu-ray]人魚姫』  [な行]
監督・脚本・制作/チャウ・シンチー
脚本/ケルヴィン・リー、ホー・ミョウキ、ツァン・カンチョン、ルー・ジェンユー、アイヴィ・コン、フォン・チーチャン、チャン・ヒンカイ
出演/ダン・チャオ ジェリー・リン キティ・チャン ショウ・ルオ ツイ・ハーク
日本公開/2017年1月7日
ジャンル/[ファンタジー] [コメディ]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : チャウ・シンチー ダン・チャオ ジェリー・リン キティ・チャン ショウ・ルオ ツイ・ハーク

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