『母なる証明』 天才の仕事

 原題は『MOTHER』。
 『母なる証明』という邦題は、多分にミスリーディングである。

 「ヒューマン・ミステリー」とか「永遠に失われることのない母と子の絆。」なんて惹句を目にすると、あたかも涙々の感動作のようだ。
 しかし本作で描いたものが母なる証明だと云われては、世の母親たちは悲鳴を上げるだろう。
 本作で見せつけられる狂気、奇行が、あまりにも本質を突いているから。

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「単純で本質的なものを掘り下げる作品を撮ってみたかった。母親というテーマはすべての源となる原始的なものだが、最も身近な存在である母親の極限の姿を映画的にとらえてみたいと思いました」
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 ポン・ジュノ監督の云うように、ここでは母親の強さ、愚かさ、そして恐ろしさが徹底して描かれる。

 女がいきなり踊りだす冒頭からして、その強烈さに観客は唖然とする。
 ポン・ジュノ監督はそれを宣戦布告だと云う。
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「最初のシーンでいきなり“母”が踊り出すというのは唐突かもしれませんが、オープニング・シーンで観客に宣戦布告をしたいと思ったんです。この映画は予想とかけ離れた方向に行くこと、この映画はキム・ヘジャの映画だということ、この女(母)は気が触れているのかもしれないということを伝えたかった。そもそも、白昼の野原でひとり踊ること自体、狂気に感じるでしょう?」
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 こうして始まる『母なる証明』には、ポン・ジュノ監督のあり余る才能が結実している。
 それはたとえば、暗闇を描く技巧的な面にも表れている。
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「ほかの映画で描かれる夜よりもさらに暗く、暗やみの果てに何があるのか気になるような暗さ」を目指した。(略)「事件の起きた細い道は、“暗やみの心臓部”ということになる。いかにして暗やみを細かくとらえていくのか、撮影監督と話し合いながら撮影をしていきました」。
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 その画面は、美しさにしろ緊迫感にしろ感情表現にしろ最高のものを追求しているので、観る方も相応のエネルギーを要する。
 並の映画なら1度か2度見られれば御の字の素晴らしいカットが、129分のあいだ続くのだから息もつけない。

 そして変幻自在のカメラワークは、ときにおそろしくロングになり、ときに顔がはみ出さんばかりのアップになり、(澤井信一郎流に云えば)とても映画らしい。

 
 アップが印象的なのは、役者の顔が良いからだ。
 母親を演じるキム・ヘジャの顔と目線は、観客を狂気に引きずり込む。

 ポン・ジュノ監督は、キム・ヘジャについてこう語る。
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「この映画は、先生のために作った」と監督。「人間であれば、誰でも内面に暗闇や狂気を抱えているものですが、テレビでの表現には様々な制約があり、そうした部分はあまり表現されない。けれども、芸術家でもある先生の内面に隠されてきたものをスクリーンで思う存分爆発させたい、そして、それはきっと大爆発になると思ったのです」
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 たしかに大爆発である。
 冒頭の踊りに始まって、母のテンションの高さは、衰えることがない。


 ところで、これほどの傑作を物したポン・ジュノ監督だが、『グエムル -漢江の怪物-』公開時のインタビューでは次のように語っていた。
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僕は監督の中でも比較的若いほうなので、自分が一番何が得意なのか、どんな事ができるのかというところをまだ掴めてないのが現状です。
(略)
今はまだ実験段階であれこれ試みているから、これまでの作品全てが違うものになっているんです。次回作もこれまでと違ったものが2本予定されます。1本は規模的には小さいものになるんですが、観た人たちの心に傷が残るような破壊力がありますよ。
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 この「次回作」が『母なる証明』のことだろう。たしかに、ざっくり傷が残る破壊力だ。
 それにしても、これでまだ実験段階とは!
 あれこれ試みているからこそ、美しさにしろ緊迫感にしろ感情表現にしろ全力投球なのかも知れない。

 将来、ポン・ジュノ監督が何が得意なのかを掴んだら、はたしてどんな作品が生まれてくるのだろうか。

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あともう1本はフランスの漫画が原作になったSF色の強い作品です。
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 早くも次回作が待ち遠しい!!


母なる証明 [Blu-ray]母なる証明』  [は行]
監督・原案・脚本/ポン・ジュノ  脚本/パク・ウンギョ
撮影/ホン・クンピョ  音楽/イ・ビョンウ
出演/キム・ヘジャ ウォンビン チン・グ ユン・ジェムン チョン・ミソン
日本公開/2009年10月31日
ジャンル/[サスペンス] [ミステリー] [ドラマ]
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