『シン・ゴジラ』 ゴジラの正体

シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組 【ネタバレ注意】

 前々回前回とガメラについて述べてきたのは、ゴジラを語るためでもあった。東宝のゴジラ映画第29作となる『シン・ゴジラ』が、おそらくゴジラ映画史を覆す傑作だろうと思われたからだ。ガメラシリーズの変遷を振り返ることで、ゴジラシリーズの特徴も浮き彫りになり、その結果『シン・ゴジラ』の位置付けも明らかになると考えたのだ。


■世にも奇妙なゴジラシリーズ 

 私もゴジラシリーズは大好きだ。『キングコング対ゴジラ』の日米頂上決戦に痺れ、『モスラ対ゴジラ』の不良ゴジラに魅了され、『怪獣大戦争』のストーリーテリングの巧みさに唸ったものだ。一般的な評価は高くないかもしれないが、『ゴジラ対メガロ』だってジェットジャガーのかっこよさと相まって私にはストライクだ。21世紀に目を向ければ、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』の面白さに、さすが平成ガメラの金子修介監督だと敬服した。

 だが、どんなにゴジラ映画が作られても、燦然と輝くのは1954年の第一作『ゴジラ』だ。「ゴジラ映画としては」とか「怪獣映画としては」なんて前提をつける必要はない。ジャンルを超えた素晴らしい傑作だ。
 それは東宝も重々承知のことだろう。過去、ゴジラシリーズは何度もリブートされたが、1954年の第一作だけは無視できなかった。平成ゴジラシリーズ(vsシリーズ)もミレニアムシリーズも、第一作の続きという位置付けだった。第一作こそゴジラ映画の原点であり最高傑作であり、その特別なポジションは揺るがなかった。

 先の記事では怪獣映画を次の三つに分類した。

 1. タイトル・ロールの怪獣が中心の映画:『ゴジラ』『キング・コング』『大怪獣ガメラ』等
 2. スター怪獣同士が対戦するもの:『キングコング対ゴジラ』等
 3. スター怪獣が他の怪獣をやっつけるもの:二作目以降の昭和ガメラシリーズやゴジラvsシリーズ等

 (詳しくは「『ガメラ 大怪獣空中決戦』の衝撃とゴジラシリーズ」、「『ガメラ2 レギオン襲来』が最高峰なわけ」を参照)

ゴジラ この三つで考えたとき、一番目に分類されるのは第一作目の『ゴジラ』しかない。第二作『ゴジラの逆襲』から第28作『ゴジラ FINAL WARS』に至るすべての作品は、二番目か三番目に分類される。
 ゴジラシリーズは『ゴジラ』からはじまったのだから当たり前……と思われるだろうか。

 あまりにも『ゴジラ』の存在が大きいので当たり前のように感じてしまうが、他のシリーズに目を向ければ必ずしもそうではない。ゴジラ誕生のヒントとなったキングコングは、南の島で発見されて人間世界に連れてこられ、という同じ話をもう三回もやっている。
 怪獣映画以外にも目を向ければ、第一作に拘泥しない例はさらに多い。ソニーピクチャーズは2002年の『スパイダーマン』にはじまるシリーズが行き詰まると早々にリブートし、2012年の『アメイジング・スパイダーマン』でスパイダーマン誕生ばなしからやり直した。007シリーズもスタートレックシリーズも、ある時点で設定を刷新して新しいシリーズにしている。ウルトラマンや仮面ライダーは云わずもがな、日本一の長寿シリーズ「男はつらいよ」だって、テレビ版から劇場版に発展する際に一から話を説き直した。

 映画各社がシリーズを一からやり直すのは、ことの起こりが一番面白いからだ。ヒーローなりモンスターなりがはじめて世に現れ、世界と交わるときの驚き、ときめき、衝撃に勝る面白さはない。
 『ガメラ 大怪獣空中決戦』が傑作たり得たのも、過去作のしがらみから解放され、設定を一から構築できたからだ。平成ガメラ三部作は、一貫してガメラとは何なのかを解き明かす物語であり、昭和ガメラシリーズに縛られることなく超古代文明だの超自然的な「マナ」だのの設定を盛り込めた。だからこそ、あれほど面白くなったのだ(もちろんリブートしても面白くない映画はあるし、ターミネーターシリーズのように毎回新しいターミネーターがやってくることで陳腐化を防ぐ例もある)。

 だから、ゴジラ映画の中で、1954年の『ゴジラ』が燦然と光り輝くのはとうぜんなのだ。一番面白い、おいしいところを描いた第一作を絶対視し、二作目以降しかリブートしない、正確にはリブートとはいえないことしかしてこなかったのだから。

 本当に面白いゴジラ映画を作ろうと思ったら、第一作をリメイクすることだ。ゴジラがはじめて人間の前に現れ、日本中が人智を超えた存在に恐れおののき絶望の淵に立たされる。ゴジラシリーズを覆うタブーを打ち破り、そういう映画を作るしかないと私は思っていた。
 そして、遂にそれを実現したのが『シン・ゴジラ』だ。第一作が持っていた要素を完全に備え、なおかつ現代風に、2016年に相応しくアレンジされた映画。これが傑作になるのは必然だった。


映画「ゴジラ」(1954)全曲版~ライブ・シネマ形式完全劇伴全曲録音■ゴジラは何を考えているのか?

 ゴジラ映画には60年以上の歴史があるから、接した時期は人それぞれだし、人によって好きなところも違うだろう。誰もが自分なりのゴジラ像を抱いているに違いない。
 劇中でゴジラに関する研究が進み、その細胞が分析・増殖されていることをよしとする人もいるだろうし、ゴジラ対策機関が設置され、ゴジラ災害を防ぐべく官民が努力しているのをよしとする人もいるだろう。対ゴジラ用に開発された超兵器をかっこいいと思う人もいることだろう。
 同時に、ゴジラを鬼神や破壊神のように捉え、愚かな人間に対する怒りや裁きの象徴と見る人もいるだろう。

 しかし、第一作『ゴジラ』にこれらの要素はなかった。
 正体不明のモンスターが現れ、ただ歩き回って海に帰っていく。『ゴジラ』はそういう映画だった。あとは人間が大騒ぎするだけだ。劫火に逃げ惑い、泣き叫び、死んでいく。政府も学者もなすすべもなく、ただ街を破壊されるだけだ。
 大戸島の伝説の怪物になぞらえる老人もいるけれど、その伝説が本当にこの怪物のことかどうかは判らない。水爆実験の影響で出現したと云う学者もいるが、本当のところは判らない。
 人間が歩くときにいちいち蟻をよけたりしないように、蟻はなぜ人間が自分の上を歩いたのか永遠に理解することがないように、ゴジラもただ歩き、足下のものを踏み潰していく。
 『シン・ゴジラ』はこれをそっくり再現した。一つ一つのセリフやエピソードは違っても、描こうとしているのは同じことだ。

 とりわけ忠実に再現されたのがゴジラのデザインだ……などと書くと、過去作のゴジラと似ても似つかないじゃないか、と云われそうだ。
 私は『キングコング対ゴジラ』のデザインがかっこいいと思うけれど、『モスラ対ゴジラ』の不敵な面構えのゴジラも人気があるし、平成以降の怒りを込めた顔つきのゴジラを愛する人もいよう。どのゴジラもそれぞれの良さがあるけれど、いずれもゴジラがキャラクターとして人気を確立した後のものだ。
 初代ゴジラの特徴は、表情のなさだ。とりわけ魚のような、感情のない真ん丸い目が恐ろしい。
 本作のゴジラは無表情な丸い目をきっちりと受け継いでいる。キャラクターデザインの竹谷隆之氏によれば、特に海から上がったばかりの第二形態に関する庵野秀明総監督の要望は「深海魚のラブカみたいに、眼は真ん丸で何も考えていない感じにしたい」というものだった。[*]

シン・ゴジラ音楽集 Soundtrack 劇中の最後の形である第四形態では人間の目を模した。竹谷氏は次のように語る。
 「庵野さんは目にも強いこだわりを持っていて、『人間の眼でいこう』ということになってから白目と黒目の比率をとても慎重に吟味されていました。生き物の中で人の目がいちばん恐いと」
 人間の目といっても、人間らしい眼差しはない。ゴジラには瞼がなく、表情筋もないから無表情だ。醜くゴツゴツした頭に、ただギョロリとした人間の目玉がついているだけ。この不気味さは、まさに初代ゴジラに通じるものだ。
 怖さだけを狙ったのではない。瞼がないのは、完全生物のゴジラは身を守る必要がないからだ、という理由付けがなされている。[*]


 怒ったような表情や、眼を細めて睨みつけるような表情は、実はあまり怖くない。
 怒った顔が怖いのは、人間とか犬とか猿とか、感情豊かな生き物の場合だ。平静な人に比べれば、そりゃあ怒った人は怖い。だが、怒りの表情を見せるのはそれだけ人間的ということだ。いくら怒っても、人間のすることはたかが知れている。表情があるのは、表情によるコミュニケーションを必要とする証拠であり、理解し合ったり共感を覚えたりする余地がある。
 本当に怖いのは感情が読めないもの、感情がない存在だ。怒りがないということは、平静な状態もないのだから、いつ何をされるか判らない。何を考えているか判らない存在ほど怖いものはない。
 だから、これまで私が怖いゴジラは初代のみであり、他のゴジラはかっこいいと思うことはあっても全然怖くなかった。

 実をいえば、『シン・ゴジラ』を見てもいないのに傑作に違いないと確信したのは、『ガメラ2 レギオン襲来』のトークショーのときだった。
 平成ガメラの歴代スーツアクター三人がはじめて揃ったこの日、撮影裏話として『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』でガメラを演じた福沢博文氏が明かしてくれたことがある。
ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒 デジタル・リマスター版 [DVD] 『ガメラ3 邪神<イリス>覚醒』の終盤、前田愛さん演じる少女とガメラが見つめ合う場面がある。このときどのような気持ちで演じたらいいのか、福沢氏は特技監督の樋口真嗣氏に尋ねたという。
 「しょせん人間が勝手に思ってるだけだからね。」樋口監督の答えは意外だった。怪獣が考えてることなんて判らない。人間はガメラが守ってくれたとか思っているけど、それは人間の勝手な想像だという。
 トークショーに同席していた平成ガメラ三部作の特撮助監督神谷誠氏も「怪獣は災害のメタファーなわけで。人間に台風の気持ちは判らないから」と言葉を添えた。

 ガメラが人間の、特に子供の味方であることは、昭和のシリーズから平成シリーズまで一貫した設定だ。まして平成ガメラ第三作は、「THE ABSOLUTE GUARDIAN OF THE UNIVERSE (世界の絶対的な守護者)」と副題がついた作品だ。その終盤で、少女を助けたガメラがじっと少女と見つめ合うクライマックスの場面での、ガメラを演じる役者への指示が慈愛でも博愛でもなく「何を考えているか判らない」というのだから嬉しくなってしまう。

 ガメラですら何を考えているか判らないのだから、まして人間の味方でもなんでもないゴジラに人間らしい怒りなんてあるはずがない。私がゴジラでもっとも重要視している「無感情」という要素を樋口監督も押さえていることが判って、私の『シン・ゴジラ』への期待は高まったのだ。


 残念ながらゴジラが丸い目をして無表情だったのは、これまで『ゴジラ』第一作だけだった。その後のゴジラは昭和後期の善玉時代を経て、怒りに満ちた凶暴そうな表情を特徴とした。
 これは人間のとうぜんの反応だ。人は何にでも因果関係を求める。良くないこと、不幸なことには原因があるはずだと考える。愚かなことをしたからだとか、道理に反することをしたからだとか、人間の行いに原因を求める。それはすなわち、悪い行いをすれば罰が下されると考えることにも繋がる。心理学者ジェシー・ベリングによれば、こうして人間の行いを見ている者――神の概念が生まれたのだという。(「『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』 幸せを感じる秘密」参照)
 ゴジラが街を壊し、人を踏み潰して暴れるのは、人間の行いに怒っているからだと考えるのは自然なことだ。

 だがそれは、いわば台風の気持ちを読み取るようなものである。東日本大震災が起きたのは天罰だといった政治家と同じだ。原子力発電所の事故は罰が当たったのだという学者と同じである。本能に根差した素朴な反応だが、これらの発言は激しい非難を浴びた。

 『シン・ゴジラ』ではゴジラから一切の表情を排することで、災害のメタファーとしてのゴジラを極限まで突き詰めた。
 私たちは台風に限っていえば発生の可能性や進路を予測できるようになってきたが、地震や噴火等々、発生時刻も場所も規模も判らない災害はまだまだ多い。『ゴジラ』第一作は戦争や原水爆のメタファーであると云われるが、空襲や原爆投下だって爆弾を落とされるほうにしてみればいつどこにどれだけの被害が生じるか判らないのだから天災と変わらない。突如としてやってきて、街を紅蓮の炎で焼き尽くし、どこへともなく去っていくゴジラは、天災そのものだ。
 人間は己の卑小さ、矮小さにおののくばかりだ。

ゴジラ 怪獣王シリーズ ゴジラ2016 『シン・ゴジラ』がとても似ているのが宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』だ。
 『崖の上のポニョ』は金魚のような海の生き物が(人間の科学者が開発した高エネルギー物質を摂取して)手や足を生やしながら巨大化し、上陸して大災害を起こす話だ。『シン・ゴジラ』でも、オタマジャクシのような第一形態[*]から深海魚のラブカ(ウナギザメ)のような第二形態、二足歩行の第三形態を経て、手や足を生やしながら巨大化し、上陸して大災害を引き起こす。
 ポニョとゴジラでは外見がまるで異なるが、注目すべきは目の描き方だ。宗介の前では可愛い女の子の姿をしているポニョだが、魔力が弱まると半魚人のようになってしまう。そのときポニョを特徴づけるのが表情のない丸い目だ。人間とは違う世界の生き物を表現するには魚のような丸い目がポイントとなることを、優れたクリエイターは心得ている。


 私はゴジラの本質が無表情で感情がないことだと考えているが、怒り顔のゴジラの映画が何本も作られたのは、ゴジラに怒りや怨念を重ねる人が多いからだろう。
 本作はそれらの人たちも置き去りにはしない。そのための仕掛けが科学者、牧悟郎だ。放射性物質を憎む牧悟郎の恨みつらみを描くことで、本作は観客が怒りや怨念の象徴としてゴジラを見ることを可能にしている。
 しかも、牧悟郎は行方不明になっているので、劇中に登場しない。だから、劇中人物が彼に真相を問い質したり、改心させたりができない。残された人たちは(観客も含めて)牧悟郎の怒りや恨みの大きさを想像し、勝手に共感することができる。
 人間側のドラマを精緻にすることで多様なゴジラ観を可能にするとは、巧い作り方だ。


■選ばれた方式

 本作はゴジラ映画がタブーとしていた第一作のリメイク(第一作からのリブート)に挑戦した映画といえるだろうが、下敷きにしたのはそれだけではない。優れた作品がTTP(徹底的にパクる)によって生まれるように、本作にも数々の手本があろう。
 未曽有の大災害が日本を襲い、甚大な被害が生じる中、政府関係者が各国と連絡を取りながら国を揺るがす危機に対処する――というと1973年公開の『日本沈没』あたりが思い浮かぶが、この映画からの影響は限定的だろう。『日本沈没』は政府首脳よりも庶民に近い潜水艇の操縦士を主人公に、大災害に翻弄される日本人を多面的に描き出した。しかし、樋口監督は2006年に『日本沈没』の再映画化に挑戦し、庶民と災害をたっぷり描写したから、同じことをまたやる気にはならなかったに違いない。

 庵野秀明総監督も樋口真嗣監督も正直なので、特に重要な手本については映画の中でちゃんと明らかにしている。科学者牧悟郎の写真として、亡き岡本喜八監督のご尊顔が映し出されるのだ。岡本喜八監督のお孫さんの前田理沙さんがこう呟いている。
 「岡本喜八を敬愛してくださっている庵野秀明監督、樋口真嗣監督の希望で劇中で写真が使われています。」

日本のいちばん長い日 本作は多くの時間が会議に割かれる。登場するのは政府や軍の中枢ばかりで、現場や市井の人々は断片的にしか映らない。
 国を揺るがす危機にあって政府の中枢でなされた議論を、緊迫感溢れる会議の連続で描いた映画といえば、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』(1967年)が真っ先に挙がるだろう。
 この映画は、原爆が落とされ、英米のみならずソビエト連邦にも攻撃される中で、なおも戦争を続けようとする陸軍大臣らと戦争を終わらせようとする海軍大臣らのせめぎ合いを、1945年8月15日に至る出来事の積み重ねで描き出した。157分もある映画のほとんどは会議や下工作の繰り返しだが、題材の重さとテンポの良さが相まって抜群に面白い。この映画も現場や市井の人々の描写はほとんどなかった。

 岡本喜八監督が戦争を描いた大作といえばもう一本、1971年の『激動の昭和史 沖縄決戦』も思い出される。こちらは軍上層部や現場や市井の人々をまんべんなく描いて、多くの犠牲者を出した沖縄戦の経緯を解き明かしている。
 こちらも見応えある作品だが、『シン・ゴジラ』の下敷きとしては『日本のいちばん長い日』が相応しい。
 なぜか。

 映画とは、観客が見たこともないものを見せて楽しませるものだからだ。
 『日本のいちばん長い日』が公開された1967年当時、戦争の悲惨さはまだ人々の記憶に残っていただろう。ベトナム戦争特需の好景気に沸いていたとはいえ、戦争中の辛さや戦後の苦しさは誰でも語ることができたはずだ。
 一般の人々が知らなかったのは、あの8月15日正午の玉音放送までに何があったのかということだ。なぜ、他でもない8月15日なのか、と云い換えてもいい。もしも8月15日に放送できなければ、大日本帝国は戦争終結のタイミングを失い、さらに犠牲を出し続けていたかもしれない。その知られざる戦争秘話が明かされるから、『日本のいちばん長い日』は面白いのだ。

激動の昭和史 沖縄決戦 『激動の昭和史 沖縄決戦』も同様だ。
 第二次世界大戦は1945年に終わったけれど、沖縄が米軍に占領されていたこともあり、日本の他の地域では戦争末期に沖縄で何があったのか知られていなかった。多くの民間人にも犠牲を出す悲惨な戦いがあったことが知られるようになったのは、1953年に映画『ひめゆりの塔』が公開されてからだ。この映画の大ヒットにより、壮絶な沖縄戦が広く知られるようになった。
 その後、沖縄住民らの激しい運動や日本政府の交渉を経て、1971年6月17日にようやく日米間で沖縄返還協定が調印される。実際に沖縄が日本に返還されたのは翌年の5月15日のことだ。『激動の昭和史 沖縄決戦』が公開されたのは1971年7月17日。沖縄返還協定が調印されてから返還されるまでのあいだの、これまで"外国"だった沖縄がようやく帰ってくるというタイミングで、沖縄戦の経緯となぜひめゆり学徒隊のような悲劇が起きたのかをつまびらかにしたのがこの映画だった。

 『シン・ゴジラ』も観客が見たことのないものを見せる映画だ。
 作り手は『シン・ゴジラ』を作るに当たって各府省や自衛隊に綿密な調査を行ったという[*]。これを踏まえて、大災害が起きたら政府の各機関がどう動くかをリアルに表現した。


タミヤ 1/48 ミリタリーミニチュアシリーズ No.88 陸上自衛隊 10式戦車 プラモデル 32588 云うまでもなく、日本を襲う未曽有の大災害を描く本作にはモデルとなる大災害がある。2011年3月11日にはじまった東日本大震災だ。大震災についてはほとんどの日本人が何らかの形で当事者であろうが、あのとき政府中枢で何が行われていたのかは必ずしもよく知られているわけではない。本作は、大災害に直面した政府の動きを克明に綴って興味深い。
 もちろん、東日本大震災の再現ドラマではないから、少なからぬ改変が施されている。国家を揺るがす危機が生じた場合は、官邸地下の危機管理センターが情報集約拠点となるが、東日本大震災当時の首相はそこを離れて官邸地下中二階や官邸五階の会議室に移ってしまった。そのため意思決定に必要な情報の不足と偏在が生じたことが問題として指摘されている。官邸危機管理センターでの情報集約そのものも上手くいってなかったことが指摘されているが、本作ではそういった問題は割愛されている。

 東日本大震災以降、3月11日になるとテレビ各局が震災を特集した特別番組を放映している。だが、『シン・ゴジラ』が公開された2016年はそれら特別番組の視聴率が低かった
 その理由は様々だろうが、2011年3月11日の大惨事についてすでに全国民が知っていることも理由の一つだろう。当時の連日にわたる報道、そして毎年繰り返される報道等により、程度の差こそあれ日本人の誰もが大震災のことを知っている。2016年になって新たに報道される事実もあるにはあるが、番組全体としては新たな衝撃や新たな知見がもたらされるわけではない。

 事実を報道するテレビ番組の意義はともかく、娯楽映画、商業映画において、観客が目新しさを感じないものを描くために尺や予算を使うのは得策ではない。終戦から22年経って公開された『日本のいちばん長い日』でさえ、現場や市井の描写を必要としなかった。ましてや東日本大震災から五年足らずで公開された『シン・ゴジラ』に、これ以上の被災する人々の描写が必要とは思えない。
 軍人であると民間人であるとを問わず、多大な犠牲者が出たことを知らしめる『激動の昭和史 沖縄決戦』方式ではなく、会議を重ねる政府中枢に焦点を当てた『日本のいちばん長い日』方式を選ぶのは妥当な判断といえよう。

 それに2016年の今でも、津波の映像が含まれる予告編等には断りのテロップを入れる配慮がなされるくらい、災害の映像に観客は敏感だ。
 本作をご覧になればお判りのように、これは希望と明るさを感じさせる映画だ。大災害を題材としながら明るく感じる映画にするには、繊細な配慮が求められる。具体的には、犠牲者が出るネガティブな描写と困難に立ち向かうポジティブな描写のバランスが重要だ。
 ましてや災害を描くことが東日本大震災の記憶を甦らせ、それによってネガティブな思いを抱かせるおそれがあるなら、その描写にはなおのこと注意が必要だろう。
 この点からも、本作のバランスの取り方は首肯されるところだ。


ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ 大型本■ゴジラの正体

 2016年現在の観客にとって、本作は2011年の大地震と大津波、それに伴う大火災や原子力発電所の事故を思い出させる。
 しかし、「災害のメタファー」であるゴジラの上陸が示すのは、すでに起きた災害ばかりではない。首都の壊滅と残された者が奮闘する姿は、いずれ起きる首都直下型地震の暗喩としても見ることができる。近い未来には、本作が首都直下型地震に伴う出来事を予見した映画とみなされているかもしれない。ゴジラが甚大な被害をもたらしながら次の活動までしばらく停止する様子は、本震と余震のようでもある。

 私たち人間は災害を消滅させることはできない。台風の進路は変えられないし、地震を止めることもできない。人間が起こす戦争ですら、完全消滅は難しい。
 だから『シン・ゴジラ』では、人間は完全な勝利は得られない。かろうじて危機を乗り越えるものの、すべての脅威が消えてなくなるわけではない。再び来るであろう危機に備える必要を感じさせるから、本作はより一層現実的だ。

 大災害はいつでもどこでも起こり得る。
 それは同時に、本作が描く希望と明るさが、いつでもどこでも人々を元気づけるということでもある。
 本作はゴジラ映画や怪獣映画といった枠に留まらず、時を超えて誰の心にも響く映画だ。

 この永遠不滅の傑作を観せてくれた庵野秀明総監督、樋口真嗣監督、尾上克郎准監督、そしてすべての関係者の方々に心から感謝したい。


[*] パンフレット記載の PRODUCTION NOTES から

シン・ゴジラ Blu-ray特別版3枚組シン・ゴジラ』  [さ行]
総監督・脚本・編集・D班監督/庵野秀明  監督・特技監督/樋口真嗣  准監督・特技総括・B班監督/尾上克郎
出演/長谷川博己 竹野内豊 石原さとみ 野村萬斎 高良健吾 松尾諭 市川実日子 余貴美子 國村隼 平泉成 柄本明 大杉漣
日本公開/2016年7月29日
ジャンル/[SF] [特撮] [サスペンス]
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