『天空の蜂』 刺せば解決するのか

天空の蜂 豪華版(3枚組) [Blu-ray] 素晴らしい!
 あまりの面白さに度肝を抜かれた。原発、軍需産業、自衛隊の災害派遣等、タイムリーな題材の濃縮に驚かされる。
 『天空の蜂』が公開されたのは2015年9月12日。前々日に栃木・茨城・宮城を襲った大雨と鬼怒川の堤防決壊に日本中が衝撃を受けたときだった。
 タイムリーなだけに、ちゃちな作りの映画なら観客に見透かされてしまう。なにしろ観客は、映画公開の前日、前々日に自衛隊のヘリによる現実の救出劇を目撃したばかりなのだ。にもかかわらず、『天空の蜂』の自衛隊による救出作業は手に汗握った。ハラハラドキドキしっ放しだった。見事な完成度だ。

 原発の問題や軍需産業の扱いにも感心した。
 これらは作り手の主義主張が出やすい題材だ。問題の複雑さや理解の難しさのために、主義主張がなければ敬遠しがちだし、主義主張があると描写が一方的一面的になりがちだ。あえて原発問題に手を出したがために、作り手の無知や不勉強をさらしてしまうこともある。
 その点、本作は難しい題材に挑戦して、思慮深く乗り切ったと思う。
 原子力産業に従事する人のプロ意識や危機に際しての心意気を描きつつ、マイナスの面も描写する。軍需産業に働く人に理想を語らせるとともに、その欺瞞も指摘する。どんなことにも光と影の両面があるのを忘れずに、それぞれの面を代表するキャラクターを配置して、まんべんなくスポットを当てている。

 公式サイトの製作チームのコメントにも、「この映画は様々なキャラクターが登場しますが、大切にしたのはそれぞれの人物の立場と思い、そして行動を丁寧に描く事でした。」とある。

 私たちは物事の白黒をつけようとしたり、是非を論じたりしがちだ。「是・非」論と「可能・不可能」論の区別ができないのが日本的思考の弱点だといわれる。
 竹中正治氏は先の大戦と戦後の議論を振り返り、「原爆は是か非か、戦争は是か非か、軍事力は是か非か──。白か黒かの二分法の論理だけに議論が支配されている。興味深いことに、旧日本軍では戦争の展開までも、勝利か玉砕かの二分法に支配され、「投降」という選択肢が最初から否定されていた。「撤退」という言葉すら否定されて「転進」と言われた。」と指摘する。

 しかし、世の中の諸問題は本当に白黒つけられるものだろうか。
 善か悪か、安全か危険か、ゼロか100か。物事を二項対立で捉えれば簡単だ。どちらかの陣営に与して、相手をやっつければ気持ちがいい。だが、現実はそうはいかないし、それでは創作もできない。
 映画監督・テレビディレクターの是枝裕和氏は、かつて行政の不備を告発するドキュメンタリーを作ろうとして、頭の中にある二項対立の構図に映像をはめ込むべく取材したという。だが、是枝氏が出くわしたのは、そんな構図を壊す事件だった。
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世の中は何と複雑だろうと思わされました。分かりきった構図で切り取ろうとした事件の背景には、二項対立では描ききれない深い矛盾が闇のように横たわっているのだと。
(略)
僕は、このドキュメンタリーの取材を通じて、自分が想定した「答え合わせ」をすることよりも、自分が見知らぬことを発見し、常識を壊されてしまうことこそが、新たなモチベーションになると感じたのです。そして、映像作品を創る初期の段階でこの体験ができたことは、今でもラッキーだったと思っています。
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 是枝氏のような体験をできた──気づけた──創作者は幸せだ。
 残念ながら二項対立から脱却できず、「○○が悪い」「○○はかわいそう」といったあらかじめ作った「答え」との「答え合わせ」に終わる作品は多い。

 『天空の蜂』の深い配慮とバランスの取れた構成は、第一に原作者東野圭吾氏の功績だろう。大学で電気工学を学び、民間企業の技術者としてキャリアを積んだ東野氏は、科学技術と産業への見識を備えているに違いない。
 そのバランスを損なわず、映画に仕上げたスタッフの力量にも敬服する。上映時間が限られる映画では、大鉈を振るって長大な原作を整理せざるを得ないものだが、本作のバランス感覚は見事である。

 堤幸彦監督は、「この作品でもって原発が良いとか悪いとか、自衛隊の新規の兵器の開発なり、もっと言えば、最近の防衛政策の変更を論じあってくれということでは全くありませんので、そこだけはご承知ください。」と語っている。
 堤監督の云うとおり、映画全体を観れば原発が良いとか悪いとか、自衛隊の兵器開発や防衛政策を論じるような、二項対立を煽る作品でないのは明らかだ。


天空の蜂 (講談社文庫) とりわけ面白く感じたのは、高速増殖炉の関係者が施設の安全性を説明する場面だ。
 関係者は、高速増殖炉「新陽」は戦闘機が落ちても平気だと主張する。ところがよくよく問いただしてみると、ミサイルを積まない訓練中の戦闘機を想定しているという。なんと欺瞞に満ちた答えだろう。
 こうした例は官民問わずよく見られる。経済が成長する想定で立てられた国家の方針、右肩上がりに業績が伸びる想定の企業の中期計画、イジメがないことになっている学校、老後資金に困らない想定で消費を続ける家庭……。劇中の欺瞞に満ちた答えを嗤えば、それは即座に私たちにはね返ってくるだろう。

 堤監督はこうも云う。
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私自身は原子力発電に関して個人的な見解はありますが、しかし映画化に当たっては、多くの方に喜んでいただく作品を作るという立場において、原発の良い悪いを申し上げる立場にはまったくありません
(略)
お金を払って観ていただくものですから、緊迫感もあり、面白くもあり、同時に家族の話でもある。それぞれの人が背負っているだろう職業意識だったり、あるいは人と人との関係だったり、そういうことを見ていただくための作品でもあります。ただ、背景として日本の現実がここには横たわっているんだよということを感じていただければ幸いです。
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 そして本作は、劇中人物の口を借りて「警戒心を持てよ」「それを考えないこと自体が罪なのだ」と訴える。
 東日本大震災で福島第一原子力発電所に被害が生じたとき、「東京の電気を福島で発電しているとは知らなかった」というネットの書き込みを目にした。たいへん驚いたが、そんなものなのかもしれない。
 電気だけではない。一例として堤監督は『リスク対策.com』誌のインタビューで「今、たとえば毎日飲んでいる水はどこから来るのかは誰も意識しないわけです。特に子どもは蛇口をひねれば無尽蔵に出るものなんだと思っている。」と述べている。日本に住む人が飲んだり浴びたりしている水の多くは川を流れてきているのだが、ではたとえば東京都民はどの川の水を飲んでいるかご存じだろうか。利根川、多摩川、荒川と、東京を流れる川は幾つもあるが、どの川の水質や量が誰に影響するか知っているだろうか。

               

 現代の『天国と地獄』だ、と私は思った。
 黒澤明監督が1963年に発表した『天国と地獄』は、誘拐事件を扱った名作だ。世間を揺るがす卑劣な犯行、犯人と捜査陣との息詰まる攻防、そして犯人と被害者それぞれの人間像を通してあぶり出される社会の背景に横たわる問題。
 単なる勧善懲悪や追跡劇に留まらない本作もまた、現代版『天国と地獄』というべき第一級のサスペンスだ。

 目を引くのは、本作と『天国と地獄』とで子供の扱いが逆転していることだ。
 『天国と地獄』では誘拐されたのが他人の子でも身代金を払うのかが問われたが、本作では他人の子供がヘリに取り残される原作を、わざわざ主人公の子に変えている。多くの人物が錯綜する本作で、主人公に求心力を持たせるには有効な手立てといえる。

 物語の舞台を現場に限ったのも巧い。
 国家を揺るがす大事件ともなれば、内閣の動きや政財界の思惑等を描写して、この国を俯瞰したくなるところだが、本作は警察庁長官の記者会見がテレビで流れる程度で、カメラは現場を離れない。おかげで緊迫感が持続するとともに、現場ならではの真実味が強調された。
 書くべきところは緻密に描写し、他のところは思い切りよく省略する。脚本のメリハリが効いている。


 さて、本作の時代設定は1995年、阪神・淡路大震災の後である。1995年秋に発表された原作小説の設定をそのまま引き継いでいるのだが、映画を2015年に発表するからにはとうぜん2011年の東日本大震災に触れねばならない。東日本大震災の大津波による原発の被害が念頭にあっての、今回の映画化だろう。

 本作は最後に東日本大震災と結びつく。グッと来る場面だが、そこで原子力発電所の様子は描かれない。
 はたして、本作の犯人「天空の蜂」のひと刺しを受けて原発の事故対策は強化されたのか、それとも無為無策のまま2011年の震災を迎えたのか、あるいは蜂のひと刺しを恐れて何もかも捨て去ったのか。映画はあえて語らない。
 それは映画が示すことではなく、私たちが映画を離れて語り合うべき問題なのだ。


天空の蜂 豪華版(3枚組) [Blu-ray]天空の蜂』  [た行]
監督/堤幸彦  脚本/楠野一郎
出演/江口洋介 本木雅弘 仲間由紀恵 綾野剛 國村隼 柄本明 光石研 佐藤二朗 やべきょうすけ 手塚とおる 松島花 石橋けい 落合モトキ 永瀬匡 松田悟志 向井理 前川泰之 竹中直人 石橋蓮司
日本公開/2015年9月12日
ジャンル/[サスペンス] [アクション] [ドラマ] [ミステリー]
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【genre : 映画

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