『ラブ&ピース』は「愛と平和」ではない

ラブ&ピース コレクターズ・エディション(Blu-ray初回限定版) みなさん、大事なことをお忘れではありませんか。
 園子温監督の新作が公開されるたび、私は首を捻っていた。

 2015年公開の『ラブ&ピース』の公式サイトには「『ヒミズ』『冷たい熱帯魚』など…で高い評価を受け続ける園子温監督が…『愛のむきだし』以来に直球に愛を描いた待望のオリジナル作品」と書かれている。
 2014年公開の『TOKYO TRIBE』の紹介記事には「『愛のむきだし』『地獄でなぜ悪い』の鬼才・園子温監督が…」とあり、2013年公開の『地獄でなぜ悪い』の記事では「『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』の園子温監督が…」と紹介され、『ヒミズ』では「『冷たい熱帯魚』『恋の罪』の園子温監督」、『恋の罪』では「『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』の鬼才・園子温監督」と紹介されている。

 ここから判るように、園子温監督の作品ではベルリン国際映画祭でカリガリ賞と国際批評家連盟賞を受賞した『愛のむきだし』の評価が極めて高く、それに次ぐのがブルーリボン賞の作品賞や報知映画賞監督賞に輝いた『冷たい熱帯魚』、そして全国79スクリーンとそれまでにない規模で封切られた『ヒミズ』や全国72スクリーンで封切られた『地獄でなぜ悪い』が知名度の高い作品といえるだろう。

 『愛のむきだし』と『冷たい熱帯魚』の評価が高いことに誰も異存はないはずだ。かくいう私も当ブログに取り上げた園子温監督作はこの二作だけだ。

 しかし、園監督の新作が発表され、監督のプロフィールが紹介されるたびに気になることがあった。2009年1月に公開された『愛のむきだし』の興奮も冷めやらぬ中、同年8月に公開された『ちゃんと伝える』のことがどこにも出てこないのだ。『ラブ&ピース』公式サイトをはじめ、園監督のプロフィールに関する記事の多くで『ちゃんと伝える』は無視されている。
 それが『ちゃんと伝える』の評価と成績の結果なのかもしれないが、『ちゃんと伝える』に滂沱の涙を流した私はひどく寂しかった。

 自分もブログに取り上げなかったので大きなことは云えないけれど、『ちゃんと伝える』は愛すべき作品だ。「オヤジ、先に逝ってくれ。」という惹句は刺激的だが、内容は余命物の王道である。父と息子が時を同じくして短い余命を宣告される。父の死は辛いけれど、父に自分を看取らせるのはもっと辛い息子の苦悩。園監督の亡父への思いが込もった、心温まる映画だった。
 無茶苦茶に弾けた『愛のむきだし』の次が情感たっぷりの『ちゃんと伝える』であることに、園監督の幅の広さを見せつけられた思いだった。

 しかし、『ちゃんと伝える』は数ある余命物の一つとして埋もれてしまったようだ。たしかに園子温監督が手掛けなくても、余命物はいつでも誰かが撮っている。そこに園監督の作品が一つ付け加わっても、インパクトはないのかもしれない。
 かくして園監督は『ちゃんと伝える』から一転、埼玉愛犬家連続殺人事件に材を取った『冷たい熱帯魚』や東電OL殺人事件にインスパイアされた『恋の罪』でエロティシズムと猟奇性を爆発させる。さらに、ヤクザの抗争を描いた『地獄でなぜ悪い』、ストリート・ギャングが戦う『TOKYO TRIBE』、スカウトマンたちの抗争を描く『新宿スワン』、女子高生が次々に殺される『リアル鬼ごっこ』と、血と暴力とエロを売りにした作品を連発してきた。

 監督の快進撃はめでたいかもしれないけれど、プロフィールから『ちゃんと伝える』が消えたばかりか、園監督自身も感動路線に興味を失ってしまったようで、私の寂しさは募った。

映画 ラブ&ピース オリジナルサウンドトラック だが、遂に、園子温監督は極めつけの感動作を発表した!
 園監督が「家族連れで楽しんでほしい」と語る『ラブ&ピース』だ。
 "LOVE & PEACE"といえばジョン・レノン、愛と平和、反戦運動等々が連想される。東日本大震災を受けて『ヒミズ』の台本を大幅に書き換えたり、架空の原発事故を描いた『希望の国』を発表した園監督のことだから、「ラブ&ピース」なんて聞くとさぞかし政治的・社会的メッセージが込められているだろうと身構えてしまうけれど、ちっともそんなことはない。「ラブ&ピース」というカタカナ表記はフェイントで、本作は"LOVE & PEACE(愛と平和)"ではなく"LOVE & PIECE(愛とカケラ)"なのだ。

 映画の中心をなすのは捨てられたペットやオモチャたちだ。捨てられ、下水道を漂った彼らは、ホームレスの老人に拾われて、地下でひっそり暮らしている。うだつの上がらないサラリーマンに捨てられたカメも老人の許に流れ着き、汚れた人形マリアや壊れた猫の縫いぐるみスネ公や、犬や猫や兎やアヒルたちと暮らしはじめる。捨てられても主人を愛し続ける彼らは、主人の願いをかなえるために奮闘する。
 以前、『トイ・ストーリー3』が描くいらなくなったオモチャの悲劇は、現実にペットの身に起こっていることだと書いた(「『トイ・ストーリー3』 これは現実だ!」参照)。ペットのような境遇のオモチャを観てあれほど泣いたのだから、捨てられたペットとオモチャの両方が出てくる本作には涙を止めようがない。

 本作の台本は、25年前、園監督が商業映画でデビューするために最初に書いたものだそうだ。自分がやりたかったことの原点が全部詰まっているという。そんな園監督は、カメのかわいらしさにこだわったと語る。
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僕、もともとかわいいものが大好きなんです。世界で一番好きな映画は「ベイブ」ですし。もともと、25年前は血みどろ映画を撮り続けるつもりは少しもなくて......いわば、アンプラグドで勝負しようとしてたミュージシャンが、全然売れなくて、40歳になったときに、メイクアップしてライブで血を吐いたらウケちゃってっていう感じです。なので、「ラブ&ピース」みたいな映画が自分のメインなんですよね、実は。

― ファンタジーや、ファミリー映画が撮りたかったということでしょうか?

そうですね。当時は、「何か目立たなきゃ」という思いもあったし、全部のプライドを捨てて一から出直す時に、スプラッタ映画も好きなジャンルではあったから、そういうジャンルでトライしたら、今までと違う可能性があるんじゃないかなって思って撮りだしたので、スプラッタが大好きだったからこうなった、というわけではないのです。
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 2013年のトークショーで、園監督が「年末に撮る映画はファンタジー。6歳までの子どもたちに見せるための、クリスマスを舞台にした3匹の動物の心温まる話」と語ったのは、構想段階の本作を指したものかもしれない。

 夏休み前と冬休み後は捨てられる子犬・子猫の数が増えるという。長期の旅行に行くため捨ててしまったり、クリスマスプレゼントに買ったはいいけど育てきれなくて捨てるそうだ。クリスマスシーズンは捨て犬・捨て猫の予備軍が増える悲しい季節なのだ。
 それだけに、捨てられても主人に無償の愛を注ぎ続けるカメたちが愛おしくてならない。
 本作は、血と暴力とエロに満ちた近年の園監督作品からは想像もつかない、夢と愛に溢れたファンタジーだ。


 園監督みずから「子供たちにも観て欲しい」「早く、こういう映画を撮りたかった」と語る本作だが、社会性を前面に打ち出した『ヒミズ』や『希望の国』のような作品を期待する観客を取りこぼさない工夫もなされている。
 それが『ラブ&ピース』という題であり、ピカドンというカメの名前だろう。人によってはラブ&ピースを「愛と平和」と受け取るだろうし、原爆を意味する"ピカドン"という名や、東京オリンピックと引き換えに忘れられていくものたちに、政治的・社会的メッセージを見出すかもしれない。

 怪獣と化す"ピカドン"の名に、私はゴジラが水爆大怪獣であったことやガメラが原爆の爆発で目覚めたこと以上の意味を感じない。かつて原水爆は怪獣を出現させる云い訳に過ぎなかった。小さい頃はテレビでも映画でも特撮作品が当たり前に存在して、怪獣は空気みたいなものだったという園監督にとって、怪獣を原水爆に関連づけることにたいした意味はない気がする。
 しかし、原発事故を扱う園子温監督を政治性・社会性のある映画監督として注目する人たちは、そこに特別な意味を見出すかもしれない。加えて、地下世界でのペットやオモチャの哀切さと並行して描かれる地上の人間たちの悲喜劇は、規格に沿ったピース(部品)であることを強要する社会への風刺にも見えるのではないか。ピカドンが移動すると風刺SF『時計じかけのオレンジ』のようにベートーヴェン交響曲第9番が流れるのは、そういう見方を否定しないということだろう。

 もっとも、本作には反戦歌ではない歌に反戦メッセージがあると云ってもてはやす人々が登場する。彼らの存在は、なにやら皮肉めいている。

 いずれにしろ、深読みしたい人は深読みすれば良いし、意味を見出したい人は見出せば良い。
 そんなこととは関係なく、本作はすこぶる面白いし感動的だ。
 園監督は、『ラブ&ピース』に子供時代に観たゴシックホラーとか、ウルトラマンみたいな特撮とか、そういうものから受けた影響をすべて詰め込んだと述べている。振り返れば、『ウルトラマン』にはシーボーズが登場した「怪獣墓場」やジャミラが登場した「故郷は地球」のように哀切な話が少なくない。本作は、園監督が小さい頃には当たり前にあった特撮ものをもう一度仕掛けてみる企てだそうだから、過去の特撮作品のテイストも大量に流れ込んでいるのだろう。ピカドンはメガトン怪獣スカイドンのようにユーモラスな上に、子供の夢が具現化した二次元怪獣ガヴァドンのように切ない。
 とはいえ、園監督は空気のようなものにわざわざオマージュはしないという。大いに共感を覚える発言だ。クリエイターたるもの、オマージュを捧げる暇があったら自分なりの面白さを追求すべきだ。だから、下水道にバイラス星人そっくりのイカの縫いぐるみが落ちているのは、おそらく偶然なのだろう。

 新作ラッシュが続く園子温監督は、こう断言する。
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やっぱり、作品数は多くても、やりたいことをできる「僕の映画」と、「ビジネスの映画」があって。どっちが良い、悪いってことはないんですけれど。「ラブ&ピース」は、完全にやりたいことを自由にできた「僕の映画」です。
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 多くの人は『愛のむきだし』が好きだろう。私もそうだ。
 そして『ラブ&ピース』は大好きだ。


ラブ&ピース コレクターズ・エディション(Blu-ray初回限定版)ラブ&ピース』  [ら行]
監督・脚本/園子温
出演/長谷川博己 麻生久美子 西田敏行 渋川清彦 奥野瑛太 マキタスポーツ 深水元基 手塚とおる 松田美由紀 星野源 犬山イヌコ 中川翔子 大谷育江
日本公開/2015年6月27日
ジャンル/[ドラマ] [ファンタジー] [ファミリー]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : 園子温 長谷川博己 麻生久美子 西田敏行 渋川清彦 奥野瑛太 マキタスポーツ 深水元基 手塚とおる 松田美由紀

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