『サンドラの週末』 世界がここに

サンドラの週末 [DVD] 【ネタバレ注意】

 私はできるだけ白紙の状態で映画を観たいので、紹介記事の類はあまり読まない。
 だが、少しは情報がないと観るかどうかも決められないから、深入りしない程度に紹介記事を眺めることがある。
 『サンドラの週末』は、主人公の置かれたシチュエーションを知るだけで衝撃を受けた作品だ。いったいどのように展開するのか、どんな結末が待ち受けるのか、是非とも確かめたいと思った。

 みんなボーナスが欲しいから、あなたに辞めてもらいたい。
 これはそんな酷な状況に直面した人間の、二日と一晩の物語だ。

 サンドラは太陽パネルを製造する小さな会社の従業員だ。彼女は病気で長らく休職しており、その間、残った16人が職場を切り盛りしていた。
 金曜日のこと、ようやく病気が癒えて職場に復帰できるサンドラの許に、一本の電話が入る。同僚のジュリエッタによれば、サンドラが復帰したらみんなにボーナスは出せないと社長が云い出し、ボーナスを取るかサンドラの復帰を望むかみんなに投票させたという。結果は14対2でボーナス派が圧倒的な多数。サンドラの復帰に投票したジュリエッタは、あまりのことに社長に掛け合い、社長がサンドラと話し合う約束を取り付けてくれた。駆け付けたサンドラは、ジュリエッタの取り成しで、月曜日に投票をやり直すことにしてもらう。
 サンドラの家計は苦しい。夫と共働きしなければ、二人の子供を養って家賃を払うことはできない。サンドラは月曜日の朝までに、職場復帰できるようにみんなを説得して回らなければならない。

 凄いシチュエーションを考えたものだと驚いた。
 本当にこんな投票をする企業があるかどうかは判らない。
 にもかかわらず、これは実にリアルな設定だ。私たちは同じような状況にいつも直面しているから。

 サンドラは週末を使って職場の同僚一人ひとりに会いに行く。
 サンドラの復帰に投票すると云ってくれる者もいる。ボーナスを選んだことを後悔し、やり直させて欲しいと願う者もいる。
 他方、サンドラに同情しつつ、ボーナスは必要だと苦しむ者もいる。暮らしが厳しいのはサンドラだけではないのだ。ボーナスがなくなれば、生活に困る。サンドラを罵倒する者もいる。なぜ自分が稼いだ金を諦めなければならないのかと。現実を見ろ、という者もいる。サンドラ抜きの16人でも仕事はこなせる、お前は必要ないという。
 ボーナスはどうでもいいという者もいる。ただ、サンドラに投票したら職場でいじめられるから、サンドラには投票できないのだと。
 笑顔で追い返す者もいれば、会ってくれない者もいる。

 たった16人を訪ねるだけの映画なのに、ここには世界が凝縮されている。世界中の出来事が描かれている。

 たとえば学校で班を決めるとき、余ってしまう子がいる。その子がいなくても、みんなは平気なのだ。
 就職先が決まらない人がいる。どこの企業もその人を必要としていないのだ。
 ボーナスはいらないから、もっとたくさんの人を雇えと声を上げる労働者はいない。労働組合は給料を上げろとかボーナスを上げろとか要求するが、ボーナスを下げて失業者を雇えとは主張しない。
 労働者の家族も同じだ。もしも働き手がボーナスを受け取らないと云い出したら、配偶者は猛反対するだろう。他の人を雇うためと云われて、それならボーナスを放棄しようという家族がいるだろうか。

 タクシーを減らそう、というビラ配りに遭遇したことがある。タクシーが多すぎて運転手の賃金が下がっている、タクシーを減らして問題を解決しよう、とタクシーの運転手が主張していた。もちろん、自分が辞めるとは云わない。その主張をひらたく云えば、「自分は運転手を続けるから、他の運転手を失業させろ、他の運転手を参入させるな」ということだ。主張している本人が廃業すれば確実に一台はタクシーが減るのだが、それは云わない。

 国と国、企業と企業の関係も同様だ。
 特定の国とのあいだで協定を結び、関係を緊密にする一方で、他の国は排除する。企業同士で提携する一方で、他社の排除を狙う。

 このような行為の是非を論じたいわけではない。
 個人でも集団でも、みんな多かれ少なかれ同じようなことをしているのだ。
 ただ本作は、顔の見えない人を相手にするのとはわけが違う。排除する者と排除される者との一対一の話し合いを延々と描写する。誰かを排除する/されるのは日常茶飯事でも、その相手と一対一で話すことは滅多にないだろう。その特別な展開――誰もが経験している状況で、誰も経験したことのない出来事を創出する――が、本作を際立たせている。
 そして一人ひとりの話を聞くことで――その事情や主張を聞くことで、人生の真実があぶり出される。私たちは誰しも、あるときはサンドラの立場であり、またあるときはボーナスを選ぶ側だ。劇中の会話は、私たちの本音なのだ。これは社会の、世界の縮図である。

 サンドラも同僚も生活は苦しいけれど、本作は安易に経済格差の話にはしない。
 富める者対貧しい者という構図からは、富める者へのルサンチマンしか生まれない。富める者は悪人だから、そいつを懲らしめれば貧しい者が救われる――そんな物語は溜飲を下げるには都合がいいが、人生の真実とはいえまい。
 リュック・ダルデンヌ監督は云う。「これは“悪い奴ら”と“可哀想な女性”の戦いではないのですから!」

 お前には投票できない、お前は必要ないと云われ続けるサンドラが踏みにじられるのは自尊心だ。彼女の存在価値、社会での居場所が否定されているのだ。収入の多寡の問題ではない。人間は自尊心を踏みにじられ続けて生きていくことはできない。他者を排除する者は、それが人の自尊心を踏みにじっているのだと自覚しているだろうか。排除された者は、どうやって自尊心を取り戻したらいいのか。
 他者から認められることがなく、自分で自分を肯定することもできなくなったサンドラは苦悩する。心が抉られる映画だ。

 はたしてサンドラは過半数の賛同を得られるのか。職場に残れるのか。期限が切られる中、サスペンスが高まる。
 たどり着いた果てに見出すのは、他者承認と自己承認を切り離して受け止める境地であろう。
 そこにあるのは人生を生きていく覚悟だ。
 誰もがその覚悟を持てるといいのだが。


サンドラの週末 [DVD]サンドラの週末』  [さ行]
監督・制作・脚本/ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演/マリオン・コティヤール ファブリツィオ・ロンジォーネ クリステル・コルニル オリヴィエ・グルメ カトリーヌ・サレ
日本公開/2015年5月23日
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : ヨーロッパ映画
【genre : 映画

tag : ジャン=ピエール・ダルデンヌ リュック・ダルデンヌ マリオン・コティヤール ファブリツィオ・ロンジォーネ クリステル・コルニル オリヴィエ・グルメ カトリーヌ・サレ

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