『海街diary』 小津をほうふつって本当?

海街diary Blu-rayスペシャル・エディション まるで外国の映画を観るような、日本映画らしからぬ作品だ。
 褒め言葉として適切かどうか判らないが、『海街diary』に抱いたのはそんな感慨だ。

 外国の映画の方が日本の映画より上等だとか、是枝裕和監督が外国の作品をなぞっているというわけではない。日常のディテールをきっちり押さえた作り込み、無駄のないセリフ、冴えた映像、研ぎ澄まされた編集、そして家族という普遍的なテーマが、日本とかどうとかいう枠を超えた至高の境地に達して、実に心地好い映画なのだ。
 日本人なら判ってねという甘えに陥らず、本作は人間誰しも感じるであろうことを一からきちんと積み上げている。
 これほどまでに端正に、繊細に作られた映画を観られたことが何より嬉しい。

 ぼたもち、花火、梅酒、葬式……。描かれる習俗は日本のものだが、日本の暮らしを描くことが主眼ではない。四人の姉妹の生活を丁寧に描写する上で、これらがディテールを埋めてくれたというだけだ。

 日本の文化や日本人の暮らしを通して、家族というものを丁寧に端正に撮った監督といえば、小津安二郎が代表だろう。そんな小津が影響を受けたのは、エルンスト・ルビッチ監督らのアメリカ映画だ。骨太の時代劇で知られる黒澤明監督が敬愛したのも米国のジョン・フォード監督だった。
 小津や黒澤が世界で高く評価されるのは、日本の文化や伝統を描いたからではない。作品に普遍的なテーマや胸を打つドラマがあり、そのディテールとして寸分の妥協もなく描いた文化、習俗がたまたま(主人公が暮らす)日本のものだったに過ぎない。

 是枝裕和監督の作品も同じだ。
 撮影に当たって監督は「自分で取材し、目にしたものを膨らまし、キャラクターに肉付けし、生活感やディテールを大事にしていきたいと思っています」と述べている。鎌倉での姉妹の暮らしが細部に至るまでじっくりと描き出されることで、鎌倉を訪れたことのない(どこの国の)人にも彼女たちの存在感が伝わろう。
 米国の海沿いの家に住む姉妹を描いた『八月の鯨』(1987年)や、英国の良家の子女を描いた『眺めのいい部屋』(1986年)が、米国や英国に限らず高い評価を得たように、生活感やディテールを大事にした映画は万国共通で見応えがある。


 面白いのは、それほどディテールをきっちりしながら、観客を現実に引き戻したりしないことだ。
 観客は多かれ少なかれ映画に非日常を求めている。わざわざ映画館に行ってまで、日頃自分が身を置いている日常にまみれたいとは思わない。
 その点、『海街diary』は暗くドロドロした題材にこだわることで、非日常を演出する。この映画が取り上げるのは、子供を捨てる親や不倫、失恋、親しい者の死だ。世間を騒がす事件ではないが、当事者にとっては大きな出来事が四姉妹に訪れる。
 にもかかわらず、全編を覆う落ち着きと美しさはどうしたことだ。ここには調和と平安がある。

 ここに私は、小津安二郎に似た作家性を感じる。
 小津安二郎は、子供を捨てる親や不倫を扱った『東京暮色』(1957年)等の路線と、結婚話を軸に調和の取れた大人の暮らしを描いた『麦秋』(1951年)等の路線、味わいの違う二つの作品群を交互に発表した。それはまるで、二人の異なる監督がいるようだった。
 是枝裕和監督も、育児放棄を取り上げた『誰も知らない』(2004年)や子供の交換を題材にした『そして父になる』(2013年)を撮る一方で、久しぶりに顔を合わせた家族の様子をユーモアを交えて描いた『歩いても 歩いても』(2008年)を発表してきた。

海街diary オリジナルサウンドトラック Soundtrack 『海街diary』の特筆すべき点は、名匠小津安二郎ですら二つの路線に分けていたものを、一つに融合してみせたことにある。『東京暮色』の娘たちを捨てて男と出奔した母や、母を許せない長女や、奔放な次女は、『海街diary』にも見られる要素だ。母の転居先が北海道であることすら符合している。一方、鎌倉の風物を背景に娘の恋や結婚問題を淡々と描く『麦秋』と同じ雰囲気が『海街diary』にも感じられる。
 その二重構造は是枝監督の狙うところだ。
 「一見、ほのぼのとしたホームドラマにも見えますが、血がつながった4姉妹というシンプルな話ではなく、それぞれが秘密を抱えていたり、すずが新たに家族の一員となることで今まで見えなかった棘が見え隠れするところが好きで、新しい時代の家族劇だと思っています。」

 新しい時代の家族劇――。
 小津安二郎、山田洋次等々、家族劇を得意とする監督は多く、これまでに数々の家族劇が作られてきたけれど、子供を捨てて出奔する親や不倫を題材にしながらほのぼのとしたホームドラマに仕立てた映画は新しいかもしれない。
 一つには、小津が活躍した頃に比べて時代も人の意識も変わってきたことがあるだろう。小津の時代、不倫劇をほのぼのと描くなんて考えられなかったに違いない。
 とはいえ、現在でもほのぼの不倫とか、子供を捨てた親とほのぼの会話する映画を大衆向けに作るのはハードルが高い気がする。
 新しい時代の家族劇、それは挑戦なのだ。『東京暮色』のようなドロドロした題材を、『麦秋』のように淡々と美しく撮るという挑戦だ。

 「デビュー以来ずっと、小津安二郎から受けた影響を聞かれることも多くて、はじめのころは『あんまり観ていないし、影響もうけていません』と答えていた」という是枝監督だが、『海街diary』では参考のために小津作品を見直したそうだ。
 「ヨーロッパに作品をもってくるとよく『小津の孫』だと言われた。それが最高の褒め言葉だということはわかるが、こそばゆい感じが続いていた。ただ今回は原作(吉田秋生の漫画)がたたえる世界観が小津を思わせた。単なる人間ドラマというより、人間を取り巻く時間を描いている。過ぎ去るというより、積み重なっていく時間。それが小津的だなと感じたのは事実だ。何本かの小津作品を参考のため見直した。今までより身近なものとして小津をとらえられたかもしれない」

 たしかに小津は『麦秋』について次のように語っている。
 「ストーリーそのものより、もっと深い《輪廻》というか《無常》というか、そういうものを描きたいと思った」
 小津の言葉は、そのまま本作にも当てはまる。
 葬式ではじまり葬式で終わる本作は、鎌倉の三姉妹と腹違いの妹の物語だが、四人が一緒に暮らせる時間は長くない。結婚したり独り立ちしたりで、いずれ誰かか(誰もが)家を出ていくだろうことが物語の節々で示唆される。
 だからこそ、この短い時間――四人で暮らす日常の大切さとはかなさが伝わってくる。
 なるほど、小津を思わせる世界観だ。


 2015年5月18日の日経新聞では、本作が小津安二郎の映画を連想させるものとして、「鎌倉を舞台にしていること、家族の日常の物語であること、嫁入り前の女性たちが登場すること、葬式が3度も出てくること」を挙げている(正しくは三度の葬式ではなく、二回の葬式と七回忌)。
 ロイターも本作を「鎌倉で暮らす3姉妹が疎遠になった父親の葬儀をきっかけに異母妹と生活をともにするという物語。故・小津安二郎監督の作品をほうふつとさせる仕上がりだ。」と紹介する。
 だが、鎌倉を舞台にした小津映画、『麦秋』や『晩春』で葬式は描かれないし、葬式が描かれる『東京物語』や『小早川家の秋』の舞台は鎌倉ではない。小津の全フィルモグラフィーから鎌倉やら葬式やらを共通点として挙げだしたら、多くの映画が小津映画を連想させることになってしまう。

 鎌倉での生活や葬式は原作にあることなので、そこを起点に小津映画を連想してもあまり意味はないだろう。
 それよりも注目したいのは、是枝監督が述べた世界観と、映画のスタイルだ。私は後者が、過去の作品も含めた是枝監督作と小津映画における最大の共通点だと思う。

 小津安二郎の映画のスタイル。それは小津自身の次の言葉に要約されよう。
 「私は、画面を清潔な感じにしようと努める。なるほど、穢(きたな)いものを、とり上げる必要のある事もあった。しかし、それと画面の清潔、不潔とは違うことである。現実を、その通りにとり上げて、それで穢いものが、穢らしく感じられることは、好ましくない。映画では、それが美しく、とり上げられなくてはならない。」

 そう、小津映画の画面は清潔なのだ。是枝監督の映画も。
 是枝監督は美しいもの、たとえば桜の花や縁側の風景はしっかり映す。他方、酔ったすずが吐きそうになる場面では、すずは早々にフレームの外に退場する。穢いもの、不潔なものは画面に出さない。

写真集 「海街diary」 是枝監督の作品を観ると、カメラマンは誰だろうと思う。小津映画に厚田雄春(あつた ゆうはる)や宮川一夫といった名カメラマンが欠かせなかったように、是枝監督作品の美しい光景もカメラマンの腕によるところが大きい。
 本作の撮影は、ダイワハウスのCMで是枝監督を魅了した瀧本幹也氏が『そして父になる』に続いて担当し、清潔な画面を作り上げている。
 長年CMの仕事をしてきた瀧本氏は、面白いことに小津安二郎と似たようなことを云っている。
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映画は観たくなければ劇場に行かなければいいけど、CMは違います。見たくなくても目に入ってきますよね。しかも、広告って、悪い言い方すると、強制的に見せて、商品を売り込むためのものだから、洗脳力がある。
1億もの人の脳の細胞のどこかに、無意識のうちにでも僕の撮った映像が蓄積されていくことになる。それだけに粗悪なものだったり、暴力的なものだったりしていいわけがないと思うんです。責任を取ることはできないけど、せめて責任感はもってないといけないんじゃないかなと思って、やっています。
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 粗悪なもの、暴力的なものは撮らないことを心掛けてきた瀧本氏なればこそ、穢いものでも美しくとり上げるのが映画だという小津作品のような清潔さが出せるのだろう。

 主要人物に当代きっての美男美女を配するのも、小津安二郎と是枝監督の共通点だ。
 平凡な日常を描くようでいて、小津安二郎は佐田啓二、原節子、司葉子ら絶世の美男美女を好んで起用した。小津映画は美男美女の世界なのだ。
 是枝監督も美男美女が大好きだ。庶民のしょぼくれた日常を描くときも、阿部寛さんや真木よう子さんのように目鼻立ちのはっきりした美男美女を配してしまう。
 本作の四姉妹にしても、長女が綾瀬はるかさん、次女が長澤まさみさん、三女が夏帆さん、四女が広瀬すずさんと、驚くほどの美女を揃えた。キャストの知名度ばかりで集客する商業映画ならともかく、カンヌに持っていく勝負作でこのキャスティングとは是枝監督らしい。もちろん、四人とも素晴らしい役者であることは云うまでもない。


 もう一つ、是枝監督の映画の特徴として、後味の良さが挙げられるだろう。
 本作でも、中盤では家族の衝突や苦悩があるものの、観終わったあとに残るのは温かさと爽やかさだ。
 撮影に当たり、是枝監督はこうも述べている。
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幸たちが、すずという存在を通して自分たちを捨てた父親や母親をどう許していけるのか、
また、自分が産まれたことで人を傷つけていると知ったすずが、姉たちと暮らすことで「産まれてきてよかったんだ」と思えるようになるのか、
その2つを柱に、4人が姉妹になっていく、家族になっていく1年間の過程を描けたらと思っています。
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 家族になった四人の姿に、観客は心洗われる。
 小津安二郎監督も、こんな言葉を残している。
 「一口でいえば、見終わったときの後味だね。いくらいい話でも、後味の悪いものは御免だ。我慢して見ても、後味のいいものはいい。」

 本当にいいものは、後味がいい。


海街diary Blu-rayスペシャル・エディション海街diary』  [あ行]
監督・脚本・編集/是枝裕和
出演/綾瀬はるか 長澤まさみ 夏帆 広瀬すず 大竹しのぶ 堤真一 風吹ジュン 樹木希林 リリー・フランキー 加瀬亮 鈴木亮平 キムラ緑子 前田旺志郎 池田貴史 坂口健太郎
日本公開/2015年6月13日
ジャンル/[ドラマ]
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