『予告犯』 世界を変える方法
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予告犯は、犯行前日にメッセージを配信する。
明日の予告を教えてやる。
勘違いするな。
俺は自分の為にやってるわけじゃない。
何がしたいかって?
まあ、黙って見てろよ。
俺が世界を変えてやる。
切なくて涙が止まらなかった。
男たちの人生に。彼らの生き様に。
■表
やばい、面白い……。
『予告犯』がはじまって早々、私は焦った。
スクリーンに映し出されたのは、私的制裁の数々だ。シンブンシと名乗る男は、予告どおりに食品加工会社に火を点け、元アルバイト店員にゴキブリの天麩羅を食わせ、学生のケツにバイブを突っ込み、入社志望者のどもりをバカにした会社員を拉致監禁して歯の根が合わなくなるほど怖がらせた。標的になった者たちは、懲らしめられてとうぜんだった。
しかし、だからといって本当に私的制裁を加えて良いはずがない。
……はずはないのだが、客席の私は痛快に感じてしまった。
一つには、彼らがヒーロー然として巨悪を捻じ伏せたり、命を奪うようなことはせず、ゴキブリを食わせるといった低レベルの嫌がらせに留まるところが等身大で共感しやすかったのだと思う。
もう一つ、標的になった者には多かれ少なかれモデルがあり、その悪質さが思い起こされたからでもあろう。
食中毒事件の記者会見に臨んだ社長が逆ギレして、かえって騒ぎを大きくした石川県の食品加工会社とくれば、モデルは焼肉レストランチェーンの「焼肉酒家えびす」を展開した株式会社フーズ・フォーラスだ。2011年、食中毒で五人の死者を含む181人もの患者を出した同社の社長は、記者会見の席上、提供してはいけない料理なら法律で禁止すればいい、禁止すべきだと発言した。まるで禁じない行政機関が悪いと云わんばかりの態度は、激しい非難を呼んだ。
社長の云い分はともかく、死者まで出したレストランが営業を再開できるはずもない。株式会社フーズ・フォーラスは事件発生から3ヶ月を待たずに廃業となった。
劇中の放火はやり過ぎにも見えるが、当時のバッシングの強さを思えば、もし放火した者がいたらヒーロー扱いされたかもしれない。
法で禁じなければ危険な料理を出してしまう店は少なくない。事件を受けて厚生労働省は「食品、添加物等の規格基準」を厳しくしたが、それでも足らず、『予告犯』が公開された2015年6月には生食用の豚肉の販売・提供まで禁止するに至った。E型肝炎ウイルスや細菌、寄生虫を含むかもしれない豚肉を生で食べるなんて、出すほうも食うほうもどうかしてると思うけれど、2010年代には国が明文化して禁止しないとこういうことをする人間がいたのである。
2010年代には「バイトテロ」「バカッター」という言葉も存在した。
バイトテロとはアルバイトの店員が店の評判を落とすような悪ふざけをソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に投稿することであり、バカッターとは主にTwitterにバカげた行為の様子を投稿することを指す。投稿の内容は主に飲食関係の店舗での不潔な行為だったから、インターネットで投稿が広まると店は営業停止や閉店に追い込まれた。蕎麦屋「泰尚(たいしょう)」のように、相次ぐ「不衛生だ」というクレームから閉店せざるを得なくなり、そのまま倒産してしまった例もある。
「バイトテロ、一生許せない」 あのそば店社長からの手紙
バイトの悪ふざけで倒産した多摩市「泰尚」の慟哭
劇中では、アルバイト店員が店でゴキブリを揚げる様子をSNSに投稿し、それが原因で店は倒産の危機にあることが語られる。
バイトテロ、バカッターによる被害は甚大で、閉店のために解雇された従業員や負債を抱えた経営者は人生を滅茶苦茶にされている。とうぜん店側は、元店員に損害賠償を請求する。この状況ではゴキブリを食わせる程度の制裁なんてかわいいものだ。
現実に吹き荒れた事件の悪質さを思えば、シンブンシのささやかな制裁は痛快だった。
私的制裁に共感するなんて、そんなことでいいのか自分。そう思って私は焦った。
世間では因果応報の物語が好まれる。現実に事件が起きたときも、多くの人がバッシングに加わった。レイプ被害者を侮辱した学生の件では、内定先の企業にも抗議が寄せられ、学生の内定は取り消された。
とはいえ、報いをなすのが「俺が世界を変えてやる」なんて云ってるイカレポンチでいいのだろうか。そんな行為への共感は、断ち切るべきではないだろうか。
私の焦りをよそに、劇中のシンブンシの行動は一気にスケールと面白さを増し、国会議員を襲撃するに至った。
さすが『ゴールデンスランバー』の中村義洋監督と脚本家林民夫氏のコンビ、スリルとサスペンスはお手のものだ。
だが、サスペンスとして面白いだけに、そしてシンブンシたちに肩入れしたくなるがために、私のジレンマは高まった。
制裁のネット配信で人気を博し、英雄視されだしたシンブンシ。私刑への共感を高める彼らは、バイトテロで注目を集めたり、ネットに暴言を垂れ流す者よりも危険な存在に見えた。
ところが、私が焦るまでもなかった。
私的制裁が許されないことを一番理解しているのは、当のシンブンシだった。
『予告犯』が辛辣なのは、シンブンシの最後の標的が自分自身であるからだ。
もしも悪いヤツを私的に懲らしめるだけで終わってしまえば、本作は『必殺仕事人』のような私刑を称賛する作品に堕してしまう。
しかし、シンブンシたちは、そんなものは正義じゃないことを知っていた。バッシングしたり私刑する者がのさばってはならないことを、彼らは理解していた。そんなヤツらこそ退場しなければならない。ひとっかけらのカッコよさもなく、みじめな結末を迎えなければならない。
この展開に、私は大いに感心した。
シンブンシはネットで世間の注目を集め、「悪いヤツ」を叩いて鬱積したものを晴らしたい民衆との一体感を演出した上で、彼らの代表として哀れな末路を辿ってみせた。
実に筋の通った物語だ。SNSが普及し、バッシングが激しさを増す時代に紡がれるべき物語だ。
ネットを通してシンブンシの活躍を見ていた民衆に、シンブンシは教訓を残すことだろう。
■裏
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映画館でスクリーンを見つめる観客にとって、『予告犯』は切ない友情の物語だ。
シンブンシを名乗る男たちは、友だちのヒョロのささやかな夢を叶えるために、それだけのために体を張る。
シンブンシの一人カンサイを演じた鈴木亮平さんは、公式サイトに寄せたコメントで「僕の中で一番ガツンと来たのが、“無償の友情”というテーマ」だと語っている。
彼らは職にあぶれ、履歴書に空白があってどこにも採用してもらえない。真面目に働きたいと思っているのに、それだけの能力だってあるはずなのに、世間は彼らを受け入れない。
山岸俊男氏の研究によれば、日本人が求める秩序ある社会とは、外部の者、異分子を徹底的に排除し、集団に同調できる者だけで固まった社会だという。外部に対して閉ざされた社会では、集団間を渡り歩くことは許されない。集団に所属しない者は「外部の者」「異分子」として扱われ、どの集団も受け入れないのだ。このような社会では、ひとたびレールから外れると、再チャレンジが極めて難しい。
本作の主人公たちは、それぞれの事情で"正社員社会"からはみ出したために、行き場がなく苦しんでいた。
そんな彼らが、法を犯してまでヒョロの夢を叶えようとすることで、ようやく自分の夢も(意図せず)叶えられる。
何かでっかいことをやりたいと思っていたカンサイは、やり遂げた満足感を得る。彼女を欲しがっていたノビタは、仲間との連絡のために通っていた店で素敵な出会いに恵まれる。腹いっぱい寿司を食べるのが夢だったメタボは仲間に寿司を振る舞ってもらえるし、友だちが欲しいと願っていたゲイツは固い絆で結ばれた仲間を得る。
真っ当な社会人として真っ当に振る舞おうとしても叶えられなかったものが、警察に追われる身になったときに手に入る。なんて皮肉な、なんて悲しいタイミングだろう。
彼らがヒョロのためにやろうとしたのは、実はたいしたことではない。
戸田恵梨香さん演じる吉野警部が「それだけ!?」と驚くほど(他人にとっては)小さなことだ。
でも彼らにはそれが大切だった。
中村義洋監督はインタビューで語っている。
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キーになるセリフは「どんな小さなことでも、それが人のためなら人は動く」。ここから、皆さんに想像を膨らませてもらえればと思います。
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中村義洋監督の作品は、ちっぽけなことをする映画ばかりだったように思う。
名もなき人たちの行動が積み重なっていく『フィッシュストーリー』、空き巣に入っても何もしない『ポテチ』、団地から一歩も出ない『みなさん、さようなら』……。
主人公たちは、小さなことかもしれないけれど、人のために何かをしていた。
得てしてエンターテインメント作品は、大事件を解決したり巨悪を倒したりと、大きな出来事を描こうとする。
しかし、世の中は大事件ばかりではない。たくさんあるのは小さなことだ。
私たちが直面しているのは、大事件を解決するか何もしないかの二者択一ではなく、小さなことでも人のために動けるかどうかなのだ。
これしきのことをしたって世界は変わらないと思うのではなく、このちっぽけなことが世界を変える第一歩なんだという思いが、中村作品からは感じられる。ちっぽけなことをする過程で夢が叶ったり、満足感を味わったり、ときには大きなことを成し遂げる。
本作もまた、青年たちが傷つき悩みながら、人のために小さな何かをしようとする物語だ。それが小さなことでも、いや小さなことだからこそ、それをやるのだ。
もしかしたらその小さなことが、10年後、100年後、1000年後の世界を変えているかもしれない。
注目を集める大騒ぎよりも、小さなことでいい、人のために何かをしたり、それをネットに投稿したりしたなら、広がる波紋がやがて世界に影響するかもしれない。
だから本作は未来の予告なのだ。
この映画を観た人が、今日、人のために何かをするかもしれない。小さなことであっても、それがやがて新しい世界をもたらす。
さあ、想像を膨らませよう。それをやるのは、どこかの誰かじゃない。
明日の予告を教えてやる。
勘違いするな。
俺は自分の為にやってるわけじゃない。
何がしたいかって?
まあ、黙って見てろよ。
俺が世界を変えてやる。
![映画 「予告犯」(通常版)[Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/91tAR9iB-xL._SL160_.jpg)
監督/中村義洋 脚本/林民夫
出演/生田斗真 戸田恵梨香 鈴木亮平 濱田岳 荒川良々 宅間孝行 坂口健太郎 窪田正孝 小松菜奈 福山康平 仲野茂 田中圭 滝藤賢一 本田博太郎 小日向文世
日本公開/2015年6月6日
ジャンル/[サスペンス]
