『龍三と七人の子分たち』 高級料理のシェフが戻ってきた!

映画「龍三と七人の子分たち」オリジナルサウンドトラック Soundtrack 「みんなが喜ぶエンターテインメントなんて、その気になれば簡単なんだよ。漫才にたとえれば区民ホールで5000人の観衆相手にやる芸と同じ。ストレートにやれば受ける。浅草の小屋に来る小うるさい客相手にやる方がよっぽど難しいよ」

 こう云って観客を手玉に取った北野武監督は、2010年公開の15作目『アウトレイジ』でまんまと7.5億円もの興行収入を稼ぎ出した。続く監督16作目の『アウトレイジ ビヨンド』(2012年)は、興収14.5億円のヒットとなった。
 まったく余裕しゃくしゃくだ。さぁ受ける映画を撮るぞと云って本当にヒットさせてしまうのだから、この人の才能は恐ろしい。

 『アウトレイジ』を世に送り出したとき、監督はこうも云っている。
 「腕のいい高級料理店のシェフが、あえてカツ丼を作って、いつも間抜けなカツ丼食ってるやつらに『どうだ、こっちの方がうまいだろ』って出す感じかな」
 北野監督にとって、エンターテインメントの王道をいく映画は「あえて作ったカツ丼」なのだ。

 そこには寂しさもあるだろう。
 高級料理店のシェフは、間抜けなカツ丼食ってるやつらのために腕を磨いてきたのではない。ストレートにやれば受ける区民ホールの大観衆を相手にするよりも、浅草の小屋の小うるさい客との真剣勝負の方がやり甲斐があるに違いない。
 「日本人は想像力を使えなくなっている。映画では前より倍しゃべって説明しないとダメになった」
 『アウトレイジ ビヨンド』の公開に際して、北野監督はこうもこぼしている。しゃべって説明しないと判らない観客に、わざわざ歩み寄るのは苦痛だろう。

 それでも「基本的には漫才の出身だから、お金払って見に来る人にもう実験はしちゃいかんと思ったんだ。この先撮ってみたいのは大物スターが出るようなヤクザ映画とか純愛映画。やっぱり映画はエンターテインメントじゃないとね」と発言するようになった北野監督のことだから、17作目の『龍三と七人の子分たち』もてっきりカツ丼路線だろうと予想していた。『アウトレイジ』二部作の興行的成功の後に、大物スターの藤竜也さんを主演に迎えてコメディを作るのであれば、きっと区民ホールで5000人の大観衆を相手にやるようなエンターテインメントなのであろうと。
 それはそれで面白いだろうが、北野武監督作品といえば『HANA-BI』や『Dolls』が好きな私はいささか残念な気がしていた。


 ところが、北野監督はやってくれた。
 『アウトレイジ』二部作の成功で調子に乗ったのか、カツ丼路線に見せかけてカツ丼じゃないものを出してきた。ペロッと舌を出しながら、高級料理を作るシェフに戻ったのだ。

 『龍三と七人の子分たち』の台本は何年も前に書いてあったという。暴力映画が連続したので、このまま暴力映画を続けることになるのを防ぐためにお笑い系を入れたそうだ。[*]
 どうりでカツ丼路線以前の懐かしい感じがするわけだ。さしずめ本作は口直しのグラニテといったところか。

 『龍三と七人の子分たち』はコメディ映画ということになっている。北野監督みずから「"ベタ"な誰でも笑える作品を作りたかった」と云うのだからコメディ映画には違いない。
 だが、北野監督が暴力映画と呼ぶ『アウトレイジ ビヨンド』だって、以前の記事で書いたようにその正体はコメディだった。本作も『アウトレイジ ビヨンド』も、漫才やショートコントの積み重ねでできている点は同じである。
 ただ、『アウトレイジ ビヨンド』は怒号や暴力が多すぎて楽しく笑えない。映画データベースのallcinemaは『アウトレイジ ビヨンド』のジャンルを「犯罪/ドラマ/任侠・ヤクザ」に分類しており、コメディとしては扱っていない。それでも、『アウトレイジ ビヨンド』を貫くノリは明らかにお笑い由来のものだった。

 『アウトレイジ』で路線変更する直前の作品、北野監督をして「もうしちゃいかん」と云わせた実験の最後の作品であろう14作目『アキレスと亀』もコメディだった。こちらはallcinemaのジャンル表記も「ドラマ/コメディ」になっている。
 しかしこの映画も笑えなかった。挫折続きの画家の人生があまりに痛々しく、繰り出されるギャグは寒々しく感じられた。『アウトレイジ ビヨンド』が北野監督お得意の漫才、それも怒涛のしゃべくり漫才だとすれば、『アキレスと亀』はコントの「間」でおかし味を醸し出すものだった。ただ、その主題の暗さ、悲惨さがおかし味を上回ってしまったのだ。

 こうして(『アウトレイジ ビヨンド』では怒号や暴力が多すぎるために、『アキレスと亀』では暗さや悲惨さのために)笑うに笑えぬ悲喜劇を連発してきた北野武監督が、またも世に送り出した悲喜劇が『龍三と七人の子分たち』だ。
 相変わらずヤクザの話だし人は死ぬし、実のところやってることは過去の作品とそれほど変わらないが、本作では怒号や暴力を抑え、暗さ悲惨さも控えたおかげで、これまでになくおかし味が浮上した。
 北野監督自身が好きだという品川徹さんの「おひけえなすって」の場面はもちろんのこと、身動きできないのをいいことに出演者をいじりまくる懐かしいハナ肇さんの銅像コントの再現には大笑いだ。

 人の生き死にをもてあそぶ、毒気たっぷりのギャグでも心置きなく笑えるのは、元気なジジイを描いているからだ。「金無し、先無し、怖いモノ無し!」という惹句のとおり、本来なら辛く寂しいはずの「金無し、先無し」が、いやだからこそ元気なんだという「怖いモノ無し!」に転化する、その豪快さが本作の魅力だ。
 手が震えて銃口が定まらない「早撃ちのマック」とか、襲撃に使うクルマが霊柩車とか、「"俺たちに明日は無い"ってもうすぐ死ぬからな」というセリフとか、ジジイならではのギャグは高齢者へのエールにもなろう。

 主人公たちが極悪非道なヤクザであることも笑いに貢献している。
 寂しいお年寄りというと、得てして善人を思い浮かべがちだが、彼らは決してそうではない。龍三と七人の子分たちが企むのはどれも犯罪であり、成功させてはならないことばかりだ。
 『アキレスと亀』が笑えないのは、画家として成功できない主人公の悲劇性が強すぎるからだが、本作では主人公が失敗しても悲劇と受け止める必要がない。『アキレスと亀』の絵筆がドスに変わったことで、主人公の失敗を幾らでも笑い飛ばせるようになった。
 説教臭くないのもいい。若い連中に不満を抱いた老人の物語は、ややもすれば説教じみてしまうものだが、このジジイたちは若者に勝るとも劣らぬはみ出し者だから教訓なんてありゃしない。

 北野監督にとって、笑いと暴力と芸術は一つに結びついている。
 「殺し方のバリエーションにはものすごく頭を使った。例えば機関銃を前に向かって撃ってるやつがいたら、普通そいつは前から撃たれると思うけど、横から来たやつに撃たせて殺しちゃうとか。お笑いでいうと『フリ』と『落ち』の発想なんだよね。映画の中の暴力はアートだと思う。殴ったりけったり、どんな暴力を使うかを創造するのは芸術行為だ」
 これは『アウトレイジ』について語ったものだが、お笑いの発想で殺し方を考え、暴力の創造を芸術行為と云い切る北野監督にとって、昔気質のヤクザと新興勢力が激突するコメディの本作は、まさに笑いと暴力と芸術の融合であろう。

 とりわけ、『アウトレイジ』二部作では漫才らしいノリを優先して控えられていたトボけた間が、本作で味わえるのは嬉しい。
 北野作品の随所に見られる止め絵のような間は、あるときは美しいショットを印象付け、あるときは悲喜劇のおかし味を醸し出してきた。
 本作では映画のスピード感を削ぐ緩い間が、鈴木慶一氏のトボけた音楽とともに脱力させてくれる。至福の時間である。


[*] 2015年4月18日放映『情報ライブ ミヤネ屋』での北野武監督の発言

映画「龍三と七人の子分たち」オリジナルサウンドトラック Soundtrack龍三と七人の子分たち』  [ら行]
監督・編集・脚本/北野武  編集/太田義則
出演/藤竜也 近藤正臣 中尾彬 品川徹 樋浦勉 伊藤幸純 吉澤健 小野寺昭 安田顕 矢島健一 下條アトム 勝村政信 萬田久子 ビートたけし
日本公開/2015年4月25日
ジャンル/[コメディ] [犯罪]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : コメディ映画
【genre : 映画

tag : 北野武 藤竜也 近藤正臣 中尾彬 品川徹 樋浦勉 伊藤幸純 吉澤健 小野寺昭 安田顕

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示