『イミテーション・ゲーム』 Stay Weird, Stay Different

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 コレクターズ・エディション 【ネタバレ注意】

 やばい。面白すぎる。
 エニグマ、チューリング・テスト、ケンブリッジ・ファイヴ……。
 この映画はスパイ小説や冒険小説、ミステリーやSFが好きな人にはたまらないものでいっぱいだ。これらの要素が入り乱れ、最初から最後までワクワクしっ放しなのが『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』だ。

 エニグマとは、ナチス・ドイツが使用した暗号装置。
 その暗号を解読できれば、ドイツとの戦争において英国は一気に有利になる。――そこから構想された作品といえば、マイケル・バー=ゾウハー著『エニグマ奇襲指令』あたりが有名だろうが、大泥棒が潜入して暗号装置の奪取を謀るその小説とは違い、本作はエニグマを上回る装置を開発し、暗号を解読しちまおうというのだからスケールがデカい。しかも実話というから恐れ入る。

 英国のブレッチリー・パークに置かれた政府暗号学校。そこでベネディクト・カンバーバッチ演じる天才数学者アラン・チューリングをはじめとする暗号解読の異才秀才たちが、エニグマの暗号を相手に頭脳戦を展開するのが本作だ。

 アラン・チューリングといえば、チューリング・テストの考案者として知られている。チューリング・テストとは、いくつもの質問をすることで、回答者が機械か人間かを判別するものだ。映画ファンには、『ブレードランナー』でハリソン・フォード演じる捜査官が人間の中に紛れ込んだレプリカント(人造人間)を見分けるために行うヴォイト=カンプフ・テスト(フォークト・カンプフ検査)みたいなものと云えば判り易いだろう。あれは明らかにチューリング・テストにインスパイアされていた
 本作は、アラン・チューリング自身が刑事の尋問に答えることでチューリング・テストを受ける――すなわち自身の過去を語りながら人間性を問われるという知的な構造になっている。

 本作が英国で公開された2014年は、アラン・チューリングの没後60周年に当たる。これを記念して英王立学会で開催されたチューリング・テスト大会では、ウクライナ在住の13歳の少年という触れ込みのユージーン・グーツマン君が史上はじめて"合格"した。ユージーン君は人間ではないのだが、彼と会話した審査員たちは彼を人間と判定したのだ。
 発明家にして未来学者のレイ・カーツワイルは、コンピューターが2029年までにチューリング・テストに合格すると予想していた。だが、どうやら現実の進歩はカーツワイルの予想を上回っているようだ。いまや私たちは機械が書いた記事を読み、機械が作曲した音楽を楽しんでいる。

 カーツワイルといえば、いずれ人工知能の性能が全人類の知性の総和を越える「技術的特異点(テクノロジカル シンギュラリティ)」が訪れると提唱したことで知られるが、彼の予想する「その時」は2045年である。一方、AI研究者セバスチャン・スランは、"The Singularity is Here (シンギュラリティは今まさに起きている)"と主張する。
 このような記念すべきときに、コンピューターの父、アラン・チューリングの足跡をたどり、チューリングが目指したもの、夢見たものに思いを馳せる『イミテーション・ゲーム』が公開されたのも巡り合わせだろうか。


 物語の大半は第二次世界大戦中の諜報戦だ。
 そこにケンブリッジ・ファイヴを絡めるのだから、グレアム・ムーアの脚本は手が込んでいる。
 ベネディクト・カンバーバッチが出演したスパイ映画といえば、『裏切りのサーカス』が思い出される。あれもケンブリッジ・ファイヴの絡む実話の映画化だった。
 名門ケンブリッジ大学を卒業し、ソ連のスパイになった五人の男たち「ケンブリッジ・ファイヴ」。その一人と目されるジョン・ケアンクロスが、本作ではチューリングの同僚として登場する。
 映画はこじんまりしたチームで暗号解読に取り組む様子を描いているが、実際の職員は1万人に上り、部署の異なるチューリングとケアンクロスが厳しいセキュリティを乗り越えて接触するなどあり得なかったという。
 しかし、映画の盛り上がりを見れば、ソ連のスパイを紛れ込ませたムーアの脚本は見事といえよう。

 秘密情報部の絡ませ方も巧い。
 ブレッチリー・パークの政府暗号学校にはチューリングたちの上司としてアラステア・デニストンという長官がいるのだが、暗号解読作戦を仕切っているのは英国秘密情報部(MI6)であり、劇中にはしばしばMI6長官スチュアート・ミンギスが登場する。実際は、映画のようにチューリングとミンギスが接触することはなかったようだが、ミンギス役のマーク・ストロングの威圧感のおかげで、秘密情報部がすべての糸を引く気味悪さが醸し出されている。
 ミンギス(Menzies)は、007の上司"M"の元ネタと云われているようだ。
 ちなみに007シリーズの作者イアン・フレミングは、作家に転身する前、英海軍情報部に所属してスパイ活動にも従事していた。本作の脚本執筆のために、謎に包まれたチューリングの仕事を調査したグレアム・ムーアは、意外なところでチューリングの痕跡を発見している。「エニグマ・コード解読後のチューリングのMI6との仕事について、われわれが得た最良の証拠は、実はイアン・フレミングの日記からのものです。」


 極めて優れた戦争サスペンスである本作は、傑出した作品の例に漏れず、葛藤に引き裂かれる主人公たちの姿が描かれる。ブレッチリー・パークの面々は、欧米の作品ならではの辛く厳しい決断を迫られるのだ。
 エニグマの暗号を破ることに成功したチューリングたちは、だがしかし、せっかくドイツ軍の攻撃計画を突き止めながら、標的となる人々を助けない。そのため輸送船団は沈没し、多くの犠牲を出してしまう。
 これまで当サイトで取り上げた『ナバロンの要塞』や『ギャラクティカ』と同じだ。『ナバロンの要塞』では、目の前の怪我人一人を救うか、遠くの2,000人を救うかという葛藤が描かれた。『ギャラクティカ』では、親しい少女を含めた数隻の船を救うか、5万人の大船団を危険にさらすかという葛藤が描かれた。

 チューリングたちは確かにエニグマの暗号を破った。しかし、解読した情報に基づいてドイツ軍の攻撃を回避すれば、ドイツ軍は通信が解読されたことに気づくだろう。ドイツ軍はたちまち新しい暗号システムを構築するに違いない。ドイツ軍を欺くには、暗号解読に成功したことを悟られてはならない。そのためにはドイツ軍の標的になると判っている人々を見殺しにしなければならない。今まさに攻撃されようとしている人を助けるのか、はたまた戦局を有利に運んで将来の犠牲を最小限に留めるのか。
 どちらを選択しても犠牲が出るとしたら、はたして何を選べばいいのか。正解なんてないけれど、それでも答えを出さねばならない。

 暗号解読作戦の存在が戦後数十年にわたって秘匿されたのもとうぜんと云えよう。
 助けようと思えば助けられる人を助けないなんて、攻撃にさらされた人や家族遺族はどう思うか。
 暗号解読作戦のおかげで戦争の終結は2年早まり、1,400万人の命が救われたといわれるが、それでも激しい非難が起きたであろうことは想像に難くない。

 実際には、解読した情報の扱いについてはスチュアート・ミンギス長官とウィンストン・チャーチル首相のあいだで話し合われたようだが、映画はそれをチューリングたちの決断として描いている。さらに、ドイツ軍に襲われる船団にチームメンバーの兄が乗っていることにして、この決断が胸に迫るものにしている。
 映画は幾つかの点で事実と異なるが、脚本家グレアム・ムーアは「映画について語るのに事実確認(ファクトチェック)と云うのなら、その人はちょっと根本的なところで芸術を誤解していると思う」と述べている。
 そう、これは芸術だ。同時にトレーニングでもある。正解なんて判らなくても、人は決断しなければならないときがある。ことの大小の違いはあっても、誰もが多かれ少なかれそんな状況に直面する。本作のような作品を観ることは、その苦悩に立ち向かうための心のトレーニングなのだ。


 そして本作は、過去を舞台にしながらも現代社会を鋭く照射する。
 本作では働く女性や同性愛者への強烈な差別が描かれる。いずれも、こんにちも残る問題だ。たとえ時代とともに差別の対象が変わろうと、差別そのものはいつの世にも存在する。そして差別される少数派は、苦悩を抱えたり、将来の道が閉ざされたりする。

 劇中、暗号解読チームの選抜会場に駆け付けたジョーン・クラークは、入場を拒否されてしまう。会場に入れるのは難易度の高いクロスワードパズルを10分以内に解けた人だけ。女性に解けるわけがないと思い込んでる受付係は、クラークを門前払いしようとするのだ。

 このような偏見は今も根強い。
 経済協力開発機構(OECD)の学力調査によれば、多くの国で男子の数学の平均点は女子の平均点を上回る。この結果をもって、女子は数学が苦手なのだと考える人がいるかもしれない。しかし、それは受付係と同じ偏見に陥っているおそれがある。
 性別が数学力の原因であるならば、どの国でも同じような結果になりそうなものだ。なのに現実には、男女の差がほとんどない国や、女子の点数が男子を上回る国もある。ということは、男女の平均点の差は、その国の社会的な影響であるとも考えられる。
 実は、OECDの学力調査における数学の成績の男女差は、世界経済フォーラムが発表する男女格差指数と大きく相関すると指摘されている。男女格差が激しい社会では、数学の成績も男女で差が出るというのだ。このような社会で暮らす女子は、自分は数学の成績が悪いと思い込んでいたり、自信が持てずに数学の分野での競争を避けているといわれる。男女格差指数のランキングで底辺に近い日本は、男女の数学の点差がひときわ大きい国である。

 映画では、門前払いされかけたクラークを、アラン・チューリングが受け入れてくれる。
 チューリング自身もマイノリティであることに苦悩してきた人物だ。だからこそ偏見から自由になれるのだと、映画の作り手は主張したいのだろう。
 映画の終盤、変わり者扱いされ、差別に苦しんできたチューリングに――偉業を成し遂げたにもかかわらず孤独を強いられてきたチューリングに、クラークは優しく話しかけ、みんなと同じじゃない彼のことを肯定する。

 「あなたが普通じゃないから、世界はこんなに素晴らしい。」

 こんな風に肯定されたら、"普通"を強制されなければ、どれだけの人が救われるだろう。
 こんな言葉をかけられていたら、脚本家グラハム・ムーアは自殺未遂をせずに済んだかもしれない。

 コンピューターおたくだったグラハム・ムーアは、14歳のときからアラン・チューリングの話を書きたいと思っていたという。
 念願かなって発表できた『イミテーション・ゲーム』でアカデミー賞の脚色賞を受賞したムーアは、授賞式のスピーチで"Stay Weird, Stay Different (変でいい、違ってていい)"と熱弁した。大きな反響を呼んだこのスピーチを、WIRED誌から引用しよう。


 アラン・チューリングは
 このような舞台で皆さんの前に立つことができませんでした。

 でも、わたしは立っています。これは不公平です。

 16歳の時、わたしは自殺未遂をしました。
 自分は変わった人間だと、
 周りに馴染めないと感じたからです。
 でも、いまここに立っています。
 この映画を、そういう子どもたちに捧げたい。
 自分は変わっている、どこにも馴染めないと思っている人たちへ。
 君には居場所があります。変わったままで良いのです。
 そして、いつか君がここに立つときが来ます。

 だからあなたがここに立ったときには、君が次の世代に、
 このメッセージを伝えてください。

 ありがとう。


イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 コレクターズ・エディションイミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』  [あ行]
監督/モルテン・ティルドゥム  脚本・制作総指揮/グレアム・ムーア
出演/ベネディクト・カンバーバッチ キーラ・ナイトレイ マーク・ストロング マシュー・グード ロリー・キニア アレン・リーチ マシュー・ビアード チャールズ・ダンス
日本公開/2015年3月13日
ジャンル/[サスペンス] [戦争] [伝記]
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【theme : サスペンス映画
【genre : 映画

tag : モルテン・ティルドゥム グレアム・ムーア ベネディクト・カンバーバッチ キーラ・ナイトレイ マーク・ストロング マシュー・グード ロリー・キニア アレン・リーチ マシュー・ビアード チャールズ・ダンス

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