『マダム・マロリーと魔法のスパイス』 スパイスの正体は?

 【ネタバレ注意】

 『HACHI 約束の犬』で観客を号泣させたラッセ・ハルストレム監督の作品だけあって、『マダム・マロリーと魔法のスパイス』は優しさと愛に満ちたハートウォーミングな物語に見える。
 南フランスのサン・アントナン・ノブル・ヴァルののどかな風景。マダム・マロリーがオーナーを務めるフレンチ・レストランと、真向かいにできたインド料理店との意地の張り合い、引っ張り合い。若きインド人コックとフランス人料理人のロマンス。次々に映し出される美味しそうな料理の数々。――スティーヴン・スピルバーグ制作、ディズニー配給というブランドからイメージされるとおりの、微笑ましい映画に見える。
 原題『The Hundred-Foot Journey(百歩の旅)』を『マダム・マロリーと魔法のスパイス』とした邦題も侮れない。ディズニーのロゴに「魔法」の組合せは、ディズニーの人気の高い日本の観客に強くアピールするだろう。

 けれども本作はそれだけじゃない。これは緊迫した現代に作られるべくして作られた作品だ。
 舞台がフランスであることにも深く考えさせられる。
 これはフランス料理とミシュランガイドの格付けを巡る物語だから、フランスが舞台になるのはおかしくない。だが、フランスは美食を楽しむばかりの国ではない。

 2015年1月7日午前11時20分頃、パリのシャルリー・エブド新聞社が黒装束の男たちに襲撃され、マンガ家、編集者、警察官ら12名が射殺された。犯人は「アッラー・アクバル(アラビア語で神は偉大なりの意)」と叫び、シャルリー・エブドがイスラームの開祖、預言者ムハンマドをおちょくる風刺画を掲載してきたことに報復したらしい。これに呼応して別の男がモンルージュで警察官1名を、バンセンヌのユダヤ系食品スーパーで買い物客ら4名を殺害した。シャルリー・エブド襲撃の犯人2名と食品スーパー立てこもりの犯人1名は、フランスの特殊部隊によって射殺された。彼らはイスラム圏からの移民の子供たちだった。
 この直前、フランス各地で死傷事件が続発している。12月20日には「アッラー・アクバル(神は偉大なり)」と叫ぶ男が警察官3人を刃物で切り付ける事件が、翌21日には同じ言葉を叫びながら男が車で通行人に突っ込む事件が、22日にもクリスマスマーケットにバンが突入する事件が起きている。

 もちろんムスリム(イスラーム教徒)がみんな暴力的なわけではない。かつて世界を震撼させた日本人テロリストたちが日本全体の代表ではなかったように、シャルリー・エブド襲撃犯たちはムスリム代表でも移民の代表でもない。
 シャルリー・エブド襲撃テロを受けて、イスラームの指導者たちは一斉にテロ行為を非難した。殉職した警察官がムスリムであったことから、フランスではムスリムやムスリムの友人家族が「私はアメッド」(殉職した警察官の名で「アメッドの心は死んでいない」の意味)というプラカードを掲げて、警察官の死を悼んだという。

 テロ行為は許されることではないが、シャルリー・エブドの挑発的な風刺画を批判する声もある。
 米国のディクソン・ヤギ博士は、事件後の反テロ行進を指して「『表現の自由』の名の下にこの風刺新聞が侮辱したのはイスラム教過激派テロリストではなく、15億人のイスラム教徒だ。(略)欧米人が『シャルリエブド』の下劣な風刺画の存在には目をつむり、『表現の自由』にすり替えて声高に叫んでいるのは、まさに『Judeo-Christian-Caucasian Arrogance 』(白人のユダヤ教・キリスト教的傲慢さ)以外のなにものでもない」と指摘する。

 フランスでは2011年に通称「ブルカ禁止法」が制定され、公共の場でムスリムの女性がブルカ(全身を覆う衣装)やニカブ(ベール)を着用することが禁じられた。これに対して、同法は信教の自由の侵害であるとしてムスリムの女性が欧州人権裁判所に訴え出た。また、スカーフの着用を理由に解雇されたムスリムの女性が訴える事態もあった。ブルカ禁止法に関しては、違反者の取り締まりをきっかけとして暴動も起きたという(裁判はいずれも原告の敗訴)。
 2012年3月には、サン・アントナン・ノブル・ヴァルを含むミディ=ピレネー地域圏で、ユダヤ人学校の生徒ら7人が殺害される連続銃撃事件が起きた。犯行はムスリム女性のベールの着用を禁止したことへの抗議でもあったという。
 2008年にはパリに巣食う移民たちの犯罪組織をこてんぱんにやっつけるフランス映画『96時間』が公開されて大ヒット、シリーズ化もされている。

 フランスのイスラム系移民は400万人超と欧州で最も多く、ユダヤ人のコミュニティーもイスラエル、米国に続く世界第3位の規模である。
 そんな豊かな人材を擁する国ならではの悩みもあろう。
 『マダム・マロリーと魔法のスパイス』はそのフランスを舞台に、しばしば人種差別の問題を取り上げるユダヤ系アメリカ人、スティーヴン・スピルバーグが、奴隷貿易廃止運動を描いた『アメイジング・グレイス』の脚本家スティーヴン・ナイトを起用して、『カラーパープル』の出演や黒人の貧困家庭を描いた『プレシャス』の制作総指揮で知られるオプラ・ウィンフリーと共同で制作した映画だ。


 本作が描くのはズバリ移民問題、民族・文化の衝突だ。
 一方の主人公カダム一家は、インドからの移民である。一家はまず同じイギリス連邦の英国に移り住んでインド料理店を営むが、安住できなくて欧州を転々とする。英国は「美味いものを食べたければインド料理店に行け」と云われる国だから、一家が英国に定住したら、インド料理で成功しましたメデタシメデタシで終わってしまう。物語は、欧州を旅した一家がクルマの故障に見舞われて、よりによってフランスに居つくところからはじまる。

 英国とはうって変わって、フランスは美食の国だ。フランス料理には長い伝統があり、多くの国で最高級のレストランといえばフランス料理だ。
 カダム一家がインド料理店を開いた町にも、道を挟んだ向かい側に(たった百歩の距離のところに)マダム・マロリーのフレンチレストランがあった。カダム一家はそんなことにはお構いなしだが、ミシュランガイドの星一つを獲得する名店を営むマダム・マロリーからすれば、電飾をギラつかせて、騒々しいインドの音楽を流して、インド料理の匂いをプンプンさせるカダム一家の店は、目にも耳にも鼻にも不愉快でしかない。
 マダム・マロリーとカダム一家は、すぐに激しい嫌がらせ合戦をはじめた。

 本作におけるフランス、特にフランス料理は、移民される側の象徴だ。ミシュランの星一つを誇りにするフレンチレストランは、移民が入る余地のない伝統と文化を表している。
 対するインド人家族とインド料理は移民する側の象徴だが、マダム・マロリーとの戦いを通して明らかになるのは、移民する側にも伝統があり、文化があり、誇りがあるということだ。移民したばかりだからミシュランの星なんぞ持ってはいないが、料理の素晴らしさではインドだって一歩も引けを取らない。
 本作の特徴は、両陣営を均等に描き、一方だけには肩入れしない点である。一人の主人公の視点で描いた方が観客は感情移入しやすいかもしれないけれど、本作はカダム一家の天才料理人ハッサンとパパ、そしてマダム・マロリーと美貌の副料理長マルグリットを均等に描き、観客が双方を等しく愛せるように配慮する。

 興味深いのは、舞台になるのが2012年の連続銃撃事件があったミディ=ピレネー地域圏であることだ。
 2010年に刊行された原作小説では、プロヴァンス地方のリュミエールが舞台だった。カダム一家がスイスからフランス国境を越えてしばらくしたらクルマが故障してしまい、近くの町に逗留することになる展開は、スイスに近いプロヴァンス地方ならではの設定だ。ところが映画ではスペインに近いミディ=ピレネーに舞台を移したため、スイスからフランスに入ったところで故障する展開が奇異に感じられる。
 物語の辻褄を犠牲にしてまで、わざわざ舞台を連続銃撃事件の現場に近いサン・アントナン・ノブル・ヴァルに移したところに、作り手の意志を感じないではいられない。

 両陣営はまるで現実の国家のように、異文化同士の摩擦のようにいがみ合ったが、マダム・マロリーがハッサンの才能に気づいたことから映画は急展開する。
 対立していた二つの集団は、しばしば共通の困難に立ち向かうことで関係を変えるものだ。マダム・マロリーとカダム一家も協力してミシュランの星を目指すようになる。
 ここにきて、映画の冒頭からミシュランの星が話題に上っていた理由が判る。料理店を営む者ならだれもが知っているミシュランの星。それは伝統も文化も異なる者でさえ協力しなければ乗り越えられない大きな試練を表すのだ。その過程で両者の感情的なもつれも解消していく。共に闘い、共に喜ぶことが、いがみ合っていた彼らを同志にしていく。

 こうして映画は大団円を迎えるかに見えるのだが、作り手たちの思慮深さが発揮されるのはここからだ。
 フランス料理にインド料理のエッセンスを持ち込んだハッサンは、時代の寵児となる。彼の新しい料理は旋風を巻き起こし、フランス中の注目を集めた。彼の腕をもってすれば、ミシュランの最高点、星三つも夢ではない。
 しかし、フランス料理界の頂点に昇りつめたにもかかわらず、ハッサンはすべてを投げ出してしまう。
 ミシュランの星、それをみんなは目指すけれど、しょせんは評価軸の一つに過ぎないことをハッサンは悟るからだ。映画が意味するところは明らかだろう。文化の素晴らしさは一つの物差しでは測れない。その多様性こそが素晴らしさの源泉なのだ。

 古い伝統を守り続けるだけではフランス料理もインド料理も発展しない。さりとて新奇をてらうばかりでは、大事なものを置き去りにする。
 本当に大切なのは、異なる文化、異なる伝統のどちらをも尊重し、それぞれの良いところを認めながら、両者の出会いがもたらす化学反応を受け入れること。生じる変化を怖がらず、変化を楽しむことなのだ。
 「マダム・マロリーと魔法のスパイス」とは、マダム・マロリーが大事にしてきた伝統に、移民が持ち込む異文化というスパイスを加えることを指していよう。そこから生じる変化こそ、これまでの伝統や文化の延長にはない魔法の味わいなのだ。

 フランスだけのことではない。
 日本でも欧州でも、世界のいたるところで異国・異文化の人々との摩擦が生じ、ヘイトスピーチが飛び交っている。
 本作は口当たりの良い映画だが、作り手の訴えにはずっしりとした手応えがある。重いテーマを軽やかに描く手腕に舌を巻いた。


マダム・マロリーと魔法のスパイス ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]マダム・マロリーと魔法のスパイス』  [ま行]
監督/ラッセ・ハルストレム
出演/ヘレン・ミレン オム・プリ マニシュ・ダヤル シャルロット・ルボン ミシェル・ブラン
日本公開/2014年11月1日
ジャンル/[ドラマ] [コメディ]
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【theme : アメリカ映画
【genre : 映画

tag : ラッセ・ハルストレム ヘレン・ミレン オム・プリ マニシュ・ダヤル シャルロット・ルボン ミシェル・ブラン

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