『百円の恋』+(?)=百八円の恋

百円の恋 特別限定版 [Blu-ray] 【ネタバレ注意】

 斉藤一子(いちこ)は死んでいた。
 黒澤明監督の名作『生きる』になぞらえれば、「彼女には生きた時間がない。つまり彼女は生きているとはいえないからである。駄目だ。これでは死骸も同然だ。」というありさまだった。

 『百円の恋』が描く「死骸も同然」な暮らしはズルい。
 公式サイトのストーリー紹介には「32歳の一子(安藤サクラ)は実家にひきこもり、自堕落な日々を送っていた」と書かれている。その自堕落な日々とは、マンガを読んだりゲームをするばかりの毎日だ。
 脚本の足立紳氏も監督の武正晴氏も、ちょっとズルい気がする。自堕落の表現としてマンガを読むことやゲームをすることを持ち出すくらいなら、映画館に入り浸ってるとか、映画のDVDを借りてばかりいるシークエンスを描いた方が、映画を見ている客たちにもっとガツンと来ただろう。
 マンガやゲームを悪者にしつつ、自分たちが関わる映画には手を突っ込まないのが人間らしいかもしれない。

 もちろんマンガやゲームは比喩だから、本当はテレビでも映画でも何でもいい。
 要は、一子は受け身でしかないということだ。マンガを読む、ゲームをする、それらを消費するだけだった。

 一子の死にっぷりは強烈だ。
 劇中、一子が「このブス!」と罵られるように、一子を演じる安藤サクラさんは本当にブスなのだ。
 自堕落な日々を描く映画は珍しくない。そこでは美しくも可愛くもない女性の、だらだらした毎日が綴られる。だが、多くの女優さんは美しいし可愛い。自堕落な主人公を演じても、その美しさ可愛らしさは隠しようもない。冴えないヒロインは、しょせん美人女優が冴えないメークをしてるに過ぎない。映画の主演を張る女優さんはとうぜん華があるし、彼女を目当てに足を運ぶ観客は、美人女優の自堕落な演技を楽しむのだ。
 ところが斉藤一子のブスはリアルだ。ブスな主人公を「ブス!」と罵倒する映画がとても新鮮だ。

 誤解のないように書いておくが、素の安藤サクラさんはブスではない。インタビュー記事の写真や舞台挨拶の映像を見てもお判りのように、見目麗しい女性である。
 けれども『百円の恋』の斉藤一子は、罵倒されてとうぜんなほどのブスなのだ。
 安藤サクラという女優を得て、『百円の恋』は類を見ない映画になった。


百八円の恋(初回限定盤)(DVD付) 2014年4月から少しのあいだ、消費税率が8%だった時代がある。
 ロックバンドのクリープハイプが主題歌『百八円の恋』で「誰かを好きになる事にも消費税がかかっていて 百円の恋に八円の愛」と歌った時代。大幅な税収不足が指摘されながら、税率を5%から8%へ増やすだけで大騒ぎになり、さらなる徴税が先送りされた時代。
 百円のものを買うと、煩悩と同じ百八になる。『百円の恋』はそんな時代に公開された。

 一子がブスな理由の一つは、自分に自信がないからだ。家の中でこそデカい態度だが、外では誰に対してもへりくだっていた。
 そんな彼女と周囲との会話がやたらめったら面白い。百円ショップの深夜労働をはじめた一子は、変な店員や変な客のおかしな発言をへりくだってやり過ごす。店員たちは一子を人間だと思って話しかけるが、彼女は"死骸"だから、生きた反応を返さない。脚本の妙と演技の妙とが相まって、奇妙な会話劇が続く。

 物語はありがちだ。生きているとはいえない一子が、他者との触れ合いを通して懸命に生きるようになる。その展開は珍しくないけれど、盛り上がり方が尋常ではない。
 一子が取り組むのはボクシングだ。
 『百円の恋』なんて題だから、どうせヒロインがちょいときれいになって、素敵な恋をするんだろうくらいに思っていた私は、完全にノックアウトされた。これは気合の入ったボクシング映画だ。試合の場面にこれほど熱くなれる映画は、そうそうあるものではない。

 しかも素晴らしいのは、試合の勝敗がどうでもいいことだ。
 死骸も同然だった一子がボクシングに打ち込むようになると、観客はぐいぐい彼女に引き込まれていく。勝利を目指す一子に感情移入していく。パンチの痛みを我がことのように感じ、一緒に悔しさを覚える。
 そんなにも主人公と一体になりながら、味わうのは勝利のカタルシスではない。

 「立てよ、この負け犬!」試合で転倒した一子に、いがみ合っていた妹が声援を送る。
 一子にとって、これは確かに声援なのだ。これまで一子は負け犬ですらなかったのだから。何の勝負もせずに生きてきた一子は、負けることすらなかった。試合で劣勢になることで、はじめて負けを感じられるようになったのだ。
 『大脱走』が脱走の成否を主眼としていないように、『ショーシャンクの空に』が刑務所を出られるか否かを主眼としていないように、本作もまた試合の結果は重要ではない。そこで描かれるのは、勝利を目指して「今日に全力を尽くすこと」の充実感だ。観客はその充実感を共有するからこそ、本作にカタルシスを覚える。

 東京国際映画祭の舞台挨拶で、出演の動機を尋ねられた安藤サクラさんは、「戦いたいと思ったからです、私自身が」と答えた。映画前半のたるんだ体から後半の引き締まったボディへの変化に観客は驚きを禁じ得ないが、安藤サクラさんはその肉体改造をたったの十日で成し遂げたという。
 仕事がなかった足立紳氏と武正晴監督は、仕事がないなら自分で作ろうと本作の脚本を書き上げたものの、映画化できずに四年の歳月が流れたという。それでも諦めきれずに、新設された松田優作賞に脚本を送り、見事受賞に輝いた。「僕らも実は戦いたかったんで」武監督は云う。「何か勝負できるシナリオを作りたかった。」
 今日に全力を尽くしたのは劇中の一子だけではないのだ。驚異の肉体改造を施した安藤サクラさんも、まったく実現の当てがないところから本作をスタートさせた足立紳氏も武正晴監督も、日々力を尽くしてきた。
 その作り手の情熱がにじみ出るから、観客は本作に感動する。リングに向かう一子の闘志、その鋭い眼差しは演技を超えて圧巻だ。

 ボクシングに打ち込む一子に対して、父は「お前、変わったな」と口にする。一子がうっすら笑ったからだ。死骸同然だった頃の一子は、笑うことがなかった。
 映画の終盤で一子は悔し涙を流す。悔しがったり、泣いたりできるようになったのも、彼女が生きた時間を過ごしたからだ。

 実は一子が泣くシーンは、2テイク撮られている。
 相手役の新井浩文さんの舞台挨拶によれば、1テイク目でグッと来る演技ができたのに、監督はOKを出さなかったという。新井浩文さんがもらい泣きしてしまったからだ。新井さんも、自分が泣いちゃダメだと悟って2テイク目に臨んだという。
 ボクシングを通して「生きた時間」を味わった一子がはじめて悔しさを感じて泣くシーンだから、長年ボクサーとして試合してきた狩野(新井浩文さん)が一緒に泣いてしまっては一子の涙の意味が薄れてしまう。
 父との会話のシーンで一子だけが笑顔を見せたように、泣くのも一子だけなのだ。満足そうに笑ったり、悔しくて泣いたりするのは、能動的に生きた人間の特権だから、ここでは一子のものなのだ。

 「痛い痛い痛い……居たい居たい居たい……」
 エンドクレジットが流れる中、クリープハイプのリフレインが映画館に響く。
 一子の痛みが、熱さが、観客に突き刺さる。


百円の恋 特別限定版 [Blu-ray]百円の恋』  [は行]
監督/武正晴
出演/安藤サクラ 新井浩文 根岸季衣 稲川実代子 早織 宇野祥平 坂田聡 重松収 伊藤洋三郎 沖田裕樹 吉村界人 松浦慎一郎
日本公開/2014年12月20日
ジャンル/[ドラマ] [スポーツ] [ロマンス]
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【theme : 日本映画
【genre : 映画

tag : 武正晴 安藤サクラ 新井浩文 根岸季衣 稲川実代子 早織 宇野祥平 坂田聡 重松収 伊藤洋三郎

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