『ベイマックス』 期待される日本

 【ネタバレ注意】

 年末に配られた冊子に、面白い一覧が載っていた。
 読売新聞の購読者に配られる読売家庭版2015年1月号のディズニー映画特集だ。「時代を超えて愛され続けるディズニー長編アニメーション」と題して、長編映画第1作目の『白雪姫』から最新の54作目『ベイマックス』までがズラリと掲載されているように見えた。

 だが、記事本文には「『ベイマックス』まで入れて54作品。心に残る名作ばかりです。」と書かれていながら、作品の一覧には22作しか載っていない。
 しかも未掲載の作品は、『バンビ』(1942年)から『シンデレラ』(1950年)までのあいだに作られたオムニバス6本とか、『くまのプーさん』(1977年)から『リトル・マーメイド』(1989年)までのあいだに作られた5本とか、『ライオン・キング』(1994年)から『塔の上のラプンツェル』(2010年)までのあいだの(『リロ・アンド・スティッチ』(2002年)を除く)16本といった具合に、ある時期の作品がまとまって無視されている。

 たしかにその時期の作品は、4,400万ドルもの制作費を注ぎ込んで鳴物入りで公開されながら大ゴケ(米国の興行収入は2,128万ドル)した『コルドロン』(1985年)や、日本では公開すらされなかった『イカボードとトード氏』(1949年)や『ホーム・オン・ザ・レンジ にぎやか農場を救え!』(2004年)等、なかなか思い出せないものが多い。
 「時代を超えて愛され続ける」と書きつつも、ディズニー長編アニメーションの半分も取り上げなかった読売家庭版は、それらが心に残る名作ばかりではないことを如実に示している。

 ご存知の方も多いだろうが、ウォルト・ディズニー社の90年以上の歴史には幾つもの激しい浮き沈みがあった。

 草創期:『白雪姫』(1937年)が大成功したものの、興行的には後が続かなかった時代

 第1期黄金期:ベテランアニメーターの主導の下、『シンデレラ』(1950年)、『ふしぎの国のアリス』(1951年)、『ピーター・パン』(1953年)等の名作を連発した時代

 第2期黄金期:1980年に社長に就任していたウォルトの娘婿ロナルド・W・ミラーを追放して経営陣を一新、会長、社長を外部から迎えるとともに、パラマウント映画の製作責任者だったジェフリー・カッツェンバーグを映画部門の責任者に据えて立て直し、『リトル・マーメイド』(1989年)、『美女と野獣』(1991年)、『アラジン』(1992年)といった人気作を送り出した時代。特に『美女と野獣』はアニメーション映画初のアカデミー賞作品賞ノミネートとなるほどの評価を得た。

 第3期黄金期:社内の対立からジェフリー・カッツェンバーグがディズニーを去った後、ドリームワークスで『シュレック』(2001年)や『マダガスカル』(2005年)等のヒットを飛ばすカッツェンバーグの後塵を拝していたディズニーは、またも外部の力で立ち直った。2006年に買収したピクサーのエド・キャットムル社長がディズニーのアニメーション制作部門の社長に就き、ジョン・ラセターがチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任したのだ。ラセターの指揮の下、『プリンセスと魔法のキス』(2009年)のような優れたアニメーション映画を生み出すまでになったディズニーは、遂に傑作『シュガー・ラッシュ』(2012年)を世に送り出す。

 現在、第3期黄金期の真っ只中にあるディズニーは、自社と子会社のピクサー双方でヒット作を連発している。ピクサーの買収によりジョン・ラセターという強力な人材を得た上に、ピクサー作品のキャラクターをテーマパークで使用することもできた。買収によるシナジー効果が判り易く出た好例だろう。
 だが、ディズニーの暗黒時代とも呼ばれる1980年代、『コルドロン』の上映館はガラガラで、誰もディズニーのアニメーションを観たいと思っていなかったことや、2000年代の低迷期をピクサー作品の配給によってかろうじて乗り切っていたことを思い返すと、この成功もいつまで続くか危ぶまずにはいられない。
 それに、『ヒックとドラゴン』のドリームワークス・アニメーションや、『怪盗グルーの月泥棒』のイルミネーション・エンターテインメント、『アイス・エイジ』のブルースカイ・スタジオ等、手強い競合がひしめいている。

 そんな中、さらなる買収が、ディズニーを他のアニメーションスタジオより頭一つ抜きん出た存在にした。
 2009年、ディズニーはマーベル・エンターテイメントを買収し、マーベルの豊富なキャラクター資産を手に入れたのだ。これにより、マーベル・スタジオズが制作した『アベンジャーズ』以降の映画はディズニーが配給することになった。
 そしてマーベル買収の効果をアニメーション制作にも反映させたのが、2014年公開の『ベイマックス』だ。


 『ベイマックス』を観ると、その見事な作りに感心せざるを得ない。ディズニー、ピクサー、マーベルの良さが上手く混合されている。

 マーベルのよりどりみどりの豊富なキャラクター群からは、少年が主人公のコンテンツが提供された。
 14歳の少年を主人公にしたのは、これまでの"ディズニーらしさ"の延長だろうが、青少年向けのコンテンツを強化するためにマーベルを買収したディズニーにすれば、今後は『アナと雪の女王』のエルサ(21歳)とアナ(18歳)くらいの青少年を活躍させたいはずだ。
 何はともあれ、ディズニーの長編アニメーションでマーベルのスーパーヒーローが題材になるなんて、かつては想像もできなかった。本作はその第一弾となるのだろう。

 ピクサーからはストーリー作りの方法論が持ち込まれている。
 ピクサー作品は、主人公が「大切なもの」に執着しており、それが失われたために分別のない行動に出てしまうというパターンで作られているそうだが、『ベイマックス』もそのパターンをきちんと踏襲している。
 両親のいないヒロにとって、たった一人の兄は大切な存在だ。思慮に欠けるのがヒロの弱点だが、ロボット工学に抜きん出た才能を持つ彼は、兄とともにロボットを研究するべく大学に入ろうとする。だが、大切な兄を失い、仮面の男「ヨウカイ」に襲われたヒロは、復讐のために暴走してしまう。
 ピクサー作品と同じパターンを、きれいになぞったストーリーだ。しかもケア・ロボットのベイマックスがいつも冷静に口を挟むから、ヒロの分別のなさが際立つ構造になっている。ジョン・ラセターは、人間と人間でないものとの絆を描く本作が『ヒックとドラゴン』に通じると云うが、ピノキオとその良心役のコオロギの構図をも彷彿とさせる。

 そして本作のアレンジの仕方は、いかにもディズニーらしい。
 原作のベイマックスはスーパーヒーローらしく筋骨隆々でこわもてのモンスターだが、本作では白くて柔らかい、温厚そうなキャラクターに変更された。マーベル・スタジオズが制作するスーパーヒーロー映画だったら、このようなアレンジはあり得ないだろう。
 こうしてディズニーの下で、『トイ・ストーリー3』の感動と『アベンジャーズ』の楽しさを併せ持つ作品が誕生した。
 これはジョン・ラセターが云うところの二つの使命――「伝統的なディズニー映画の新作を作ること」と「別のタイプの映画を探求すること」の後者に位置する作品だ。前者を代表する51作目の『くまのプーさん』や53作目の『アナと雪の女王』と、後者の52作目『シュガー・ラッシュ』や54作目『ベイマックス』とが、きれいに交互に発表されているのは、さすがとしか云い様がない。


 特にストーリー面で感心するのは、「大切なものに執着し、それが失われたために分別のない行動に出てしまう」というパターンを多重奏にしていることだ。ジョン・ラセターの"Story is King"という哲学は、本作にも徹底されている。
 本作の主人公ヒロと、敵対する仮面の男「ヨウカイ」とは、実は似た者同士なのだ。ともに科学の発展に寄与したいと願っていたのに、愛する者を失って、無分別に暴走する。内容が盛りだくさんな本作だけに、敵味方を同じ動機で同じ行動にさせることで、登場人物の心の動きを増幅し、説明不足に陥るのを避けているのだ。ヒロの葛藤を目にすれば、仮面の男の破壊的行動の理由が判る。仮面の男の言動を目にすれば、ヒロの暴走がどんなに危険であるかが判る。

 全編を覆うのは大切な人を失った悲しみであり、それは簡単に乗り越えられるものではない。
 それでも、ヒロと仮面の男の対比が気持ちの整理の付け方を示す。やっていることはほとんど変わらないヒロと仮面の男だが、二人の行く末を分けるのは悲しみを分かち合える仲間の有無だ。ヒロの周りには一緒に悲しんで、ときには教え諭してくれる仲間がいた。だからヒロはギリギリのところで暴走を止められた。
 チームのヒーロー物である本作の特徴を、巧く活かした展開だ。 

 しかもこのチームには、ディズニー映画らしく「教育的配慮」も施されている。
 原題の『Big Hero 6』のとおり、本作は6人のヒーローが活躍するアクション物だが、彼らの中には誰一人として他の星で生まれた超人や偶然クモに噛まれた者はいない。超能力に頼るのではなく、勉学に勤しんで理学・工学を学び、その研究成果でスーパーパワーを実現する。至って真面目な学生たちなのだ。しかも大学の場面では、科学する喜びや技術開発の楽しさも存分に描かれる。
 主人公のヒロだけはロボット工学の天才という設定だが、彼とて努力を惜しむわけではなく、大学進学のために知恵を絞って工夫を凝らす様子が描かれている。ちゃんと勉強して、みんなで協力しながら難題を解決する彼らの姿は、子供に観せる映画として申し分ない。
 もちろん大人の観客も深い教訓を読み取るだろう。しかも彼らの活躍は、科学者にして冒険家のドック・サヴェジと5人の仲間≪ファビュラス・ファイブ≫の伝統に連なる、正統派ヒーローチームとしても非の打ちどころがない。


 さて、『ベイマックス』にはもう一つ、日本の観客には見逃せない要素がある。
 主人公ヒロ・ハマダは日系人、舞台は東京とサンフランシスコを混ぜ合わせた架空の都市「サンフランソウキョウ」、ヒロの部屋の時計にはショーグン・ウォリアーズとして米国デビューも果たしたボルテスV(ファイブ)そっくりなロボットの絵、さらには鈴をモチーフにしたというベイマックスの顔のデザイン等々、そこここに日本を連想させるものが散りばめられている。『カーズ2』の舞台となったきらびやかな東京をも凌ぐ、賑やかに発展した世界である。
 読売家庭版に掲載されたインタビューによれば、本作の共同監督を務めたドン・ホールとクリス・ウィリアムズは、「この映画は日本へのラブレター」と述べ、「この映画で日本文化に恩返しをしたい」(クリス・ウィリアムズ監督)、「日本のポップカルチャーは、キュートなキャラクターに敬意を払っている。ロボット『ベイマックス』も間違いなくその範疇に入る」(ドン・ホール監督)と語っている。

 インタビュー記事は「ディズニーが日本文化に魅せられて、これほど"日本愛"を表現したのは初めてのことだそう。なんだか誇らしくもあります。」と結ばれているが、誇ってる場合だろうか。
 劇中の天才少年ヒロはもとより、兄のタダシもベイマックスを発明するほど優秀な研究者であり、ポップカルチャーのみならずロボット開発においても世界をリードする日本人像が描かれる。
 しかし、ポップカルチャーの先兵たるアニメーション映画に関していえば、『ベイマックス』は11月7日に公開されてから2ヶ月も経たずに3億ドル以上の興行成績を叩き出したが、日本でこれほど稼ぐ映画が作られたことはない。
 科学技術の分野に目を向ければ、日本の理系専攻率は他国に比べて男女ともに極めて低い。その上、研究資金の大幅な不足も指摘されている。
 ディズニーが魅せられた日本文化とやらは、本物なのだろうか。買い被られた幻想ではないだろうか。
 期待されるほどの文化を日本から発信できるのか、問われるのはこれからだ。


ベイマックス MovieNEX [ブルーレイ+DVD+デジタルコピー(クラウド対応)+MovieNEXワールド] [Blu-ray]ベイマックス』  [は行]
監督/ドン・ホール、クリス・ウィリアムズ  製作総指揮/ジョン・ラセター
出演/スコット・アツィット ライアン・ポッター ジェームズ・クロムウェル T・J・ミラー ジェイミー・チャン デイモン・ウェイアンズ・Jr ジェネシス・ロドリゲス ダニエル・ヘニー マーヤ・ルドルフ
日本語吹替版の出演/菅野美穂 川島得愛 本城雄太郎 小泉孝太郎
日本公開/2014年12月20日
ジャンル/[アドベンチャー] [コメディ] [ファミリー] [SF]
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【theme : ディズニー映画
【genre : 映画

tag : ドン・ホール クリス・ウィリアムズ ジョン・ラセター スコット・アツィット ライアン・ポッター ジェームズ・クロムウェル 菅野美穂 川島得愛 本城雄太郎 小泉孝太郎

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