『フューリー』 悔しいほどの3つのこと

 悔しいなぁ。
 『フューリー』を上映している135分間、私は歯軋りしたいくらいだった。
 これは日本じゃ撮れない映画だ。

 デヴィッド・エアー監督・脚本の『フューリー』は、ナチス・ドイツ崩壊目前の1945年4月における、戦車フューリー(憤激)号に乗り込む5人の男たちの物語である。敵地ドイツの奥深く進撃する彼らは、友軍を次々に失い孤立していく。その戦いの酷さをこれでもかと描くのが本作の特徴だ。

 あくまで娯楽作だから、アクション映画の定石は外していない。とりわけ戦車の描き方にこだわって、野戦、市街戦、ティーガー対シャーマンの戦車戦と、様々な状況で戦車の活躍を見せてくれる。たった5人で300人の武装親衛隊を食い止める戦闘など、『ローン・サバイバー』の4人対200人や、『300 <スリーハンドレッド>』の300人対100万人に連なる、今はやりのシチュエーションだ。英ボービントン戦車博物館のティーガーI(VI号戦車)やシャーマン(M4中戦車)を引っ張り出した本物の映像は見応えがある。

 だが、印象的なのは戦車アクションよりも男たちの葛藤だ。特に新兵ノーマンの言動が興味深い。
 本作は"ウォーダディー"ことドン・コリアー車長の下に副操縦手としてノーマンが配属されるところからはじまる。
 ノーマンは入隊してまだ八週間、実戦経験のない若者だ。敵兵の接近に気づいても、あどけなさの残る少年兵に銃を向けられず、結果、味方に甚大な被害をもたらしてしまう。発砲をためらうノーマンに激怒したコリアーは、ドイツ兵捕虜を殺せと命じ、無理矢理ノーマンに銃を持たせて殺させる。
 本作序盤のこの展開に、殺すのをためらったら殺される戦争の過酷さを見る人もいるだろう。無理矢理捕虜を殺させるコリアーを強引だと感じつつも、殺しに慣れなければならないのが戦争だと嘆息する人もいるだろう。

 しかし、私が目をみはったのは、コリアーの命令に敢然と歯向かうノーマンの勇気だ。
 上官の命令に背くのは、通常なら重大な違反行為だ。ましてや、自分の失敗で友軍に犠牲を出したばかり。その反省を強いられ、ちゃんと敵兵を殺せと叱責される中で、捕虜銃殺を堂々と拒んだノーマン。
 捕虜を殺すのはジュネーブ条約に反しており、本来はノーマンが正しい。だが、ノーマンの「ためらい」のために自軍を殺されたコリアーにしてみれば、ノーマンには即座に敵兵を殺せる男になったもらわなければ困る。ここは戦場なのだ。
 それでもノーマンは、コリアーに怒鳴られれば怒鳴り返し、力づくで銃を持たされれば力づくで抵抗し、あくまでコリアーの命令を拒む。

 これは日本映画では描けない人物像だ。描いても現実感が伴わないだろう。
 大島渚監督は『戦場のメリークリスマス』で、個人として抵抗を貫く英国兵と、捕虜虐待を責められて「他の兵士と同じことをしただけなんです」と云い訳する日本兵を対比してみせた。
 本作と同じように上官から捕虜の処刑を命じられた『私は貝になりたい』の主人公清水は、渋々ながら命令に従うものの、うまく殺せない。堂々と反抗するのではなく、渋々従うあたりが日本での限界だろう。喜んでやったわけじゃない、自分は致命傷を負わせなかった、と弁解することで、お目こぼしを請うているのだ。
 けれどもハッキリ拒絶しなければ、従ったことに変わりはない。下手人の一人とみなされても仕方がない。

 ジョナサン・テプリツキー監督の『レイルウェイ 運命の旅路』では、元日本兵が戦争中のことを振り返って「我々は――」と話しはじめると、元英国兵に「私は、だ」と遮られる。多くの捕虜が死んだと口にすると、「殺された、だろ」と訂正される。
 みんなでやったかどうかに関係なく、個人として何を考え、どう行動したかを問い詰められる。

 ここで特徴的なのは、村八分を恐れながら集団に埋没する日本人像――よりも、神によって個人が救済されるキリスト教のエートス(倫理)を基礎とする欧米人の姿だろう。上官や戦車仲間にどう思われるか、どう扱われるかより重要なのは、神の前で恥ずかしくない態度でいることだ。
 クリスチャンのデヴィッド・エアー監督は、砲手のボイド・"バイブル"・スワンの口を通して全編に聖書の引用を散りばめ、戦争中でも神がそばにいることを思い出させる。


 さらに私が注目したのは、市街戦後に描かれるドイツ市民との交流だ。
 ドイツ兵は敵だけど、非戦闘員まで憎むことはない。ノーマンとドイツ娘との交流は、むごい戦闘が続く本作において、唯一安らぐシークエンスだ。
 それだけに安らぎが長続きしない戦争のむごさが印象的だが、ここで真にむごいのは街を破壊し人を死に至らしめる砲撃や空爆ではなく、食事時に乱入する米国兵である。ノーマンとコリアーがドイツ人母娘と静かに食卓を囲もうとしているのに、それを邪魔する戦車仲間の下品さはどうだ。ほとんど描写のないドイツ兵よりも、この米国兵たちにこそ嫌悪を感じる。

 米独の戦争を描いた映画で、米国側を、しかも主人公が生死をともにする仲間たちをこれほどクズ扱いするとは驚きだ。
 こんな映画を日本で撮れるだろうか。
 かの有名な戦陣訓は中国戦線に赴いた日本兵の乱暴狼藉を戒めるために作られたというが、日本映画で日本兵のクズっぷりや、中国人への乱暴狼藉が描かれることはあまりない。

 アクション映画の定石を外さないデヴィッド・エアー監督は、ストーリーをどんどん先へ進めてしまうけれど、自軍の兵士の醜さはしっかりと印象に残す。だからこそ彼らの人間味とのギャップに、そのギャップを生じさせる戦争と云うものについて考えさせられる。
 デヴィッド・エアー監督は、個人と仲間との距離感について深く考察したのだろう。集団への帰属意識、仲間意識が強すぎたら、仲間をクズとして描くと本人もクズに見えてしまう。他方、あまりに独立した個人を描くと、周囲のクズっぷりが響いてこない。
 こんなクズでも仲間だから、悲しくて情けなくてやり切れない。その微妙な距離感を、エアー監督は見事に描いた。


 そして注目すべき三つめの点は、敵軍の描き方だ。
 本作はアクション映画だから、けちょんけちょんにやっつける敵が必要だ。キャプテン・アメリカがドイツ人や日本人と戦ったように、第二次世界大戦絡みの敵役といえば、ナチス・ドイツか大日本帝国と相場が決まっている。本作でも、いかにドイツをやっつけるかが見どころになっている。

 ところが、本作で目に付くのは、木や軒先に吊るされたドイツ市民だ。彼らは「私は戦争なのに戦わない臆病者です」「私は子供たちを戦争に行かせません」と書かれた札を下げている。戦いを拒んだために殺された人々だ。映画が進行するにつれ、吊るされた人の数は増していく。この描写は、ドイツ人のすべてが戦争に加担したわけではないことを示している。加えてノーマンたちと交流する市民の姿から、ドイツの市民もまた戦争の被害者であることが強調される。
 一方、映画が敵意を向けるのはSS(親衛隊)だ。彼らの描き方には容赦がない。本作では、戦争を強制する非道なSSと、その犠牲になった一般市民という構図が描かれる。

 なるほど、そうきたか。
 ハンナ・アーレントが云うように、戦争犯罪を引き起こすのは悪魔のような特殊な人間ではない。職務に忠実な平凡な人間が、粛々と残虐なことを行うのだ。国民総出で戦争する総力戦において、SSだけが特別悪くて、市民はみんな哀れな犠牲なんてことはあり得ない。
 それは映画の作り手も承知だろうが、本作ではあえて市民を犠牲者と位置付ける。ドイツ軍ですら悪者ではない。SSは国家の軍隊ではなく、中国人民解放軍が中国共産党の軍事組織であるように、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)の党内武装勢力だ。そのごく一握りの連中だけを悪者にして、映画は激戦を描く。

 こうすることで本作は、多くのドイツ人に逃げ道を用意した。戦争経験者やその家族遺族に、大多数のドイツの人々に、あなた方は悪くないと伝えている。
 2500年前の古代ペルシアと古代ギリシアの戦争を描いた『300 <スリーハンドレッド>』でさえ、現代のイラン人を不快にさせてしまうのだ。本作は同じ轍を踏まないように、細心の注意を払っている。

 本作の配慮はそれだけに留まらない。最後の最後にSS隊員の情け深さを見せることで、SSもまた悪者ばかりではないことを示す。
 なんということだろう。本作はドイツとの戦いを描きながら、敵から一般市民を除き、ドイツ軍も除き、SSも敵対すべき悪魔ではないとした。敵はいなくなってしまった!

 アクション映画である本作は、緩急を心得た演出と迫力ある戦闘シーンで楽しませてくれる。にもかかわらず、悪いヤツをやっつけてスカッとする映画ではない。何しろ悪いヤツはいないのだから。
 後に残るのは、ただ戦争のむごたらしさだけだ。
 戦争もまた人間が営む行為の一つでしかないのだが、本作はあたかも"戦争"という存在がいるかのようにその恐ろしさを強調し、個々の人間に罪を被せることをしない。

 本作で本当に戦う相手は、SSでもティーガー戦車でもないのだ。
 これは人間の持つエートスへの信頼を取り戻す戦いなのだ。


FURY / フューリー [Blu-ray]フューリー』  [は行]
監督・制作・脚本/デヴィッド・エアー
出演/ブラッド・ピット シャイア・ラブーフ ローガン・ラーマン マイケル・ペーニャ ジョン・バーンサル ジェイソン・アイザックス スコット・イーストウッド アナマリア・マリンカ アリシア・フォン・リットベルク
日本公開/2014年11月28日
ジャンル/[アクション] [戦争]
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【theme : 戦争映画(第二次世界大戦)
【genre : 映画

tag : デヴィッド・エアー ブラッド・ピット シャイア・ラブーフ ローガン・ラーマン マイケル・ペーニャ ジョン・バーンサル ジェイソン・アイザックス スコット・イーストウッド アナマリア・マリンカ アリシア・フォン・リットベルク

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