『イントゥ・ザ・ストーム』 息継ぎに気をつけろ!

 鑑賞中に一斉に息をする音が聞こえる映画は珍しい。
 『イントゥ・ザ・ストーム』はそんな稀有な一本だ。

 映画が佳境に差し掛かると、我知らず息を止めてしまう。まったく自覚はない。
 危険が去ってはじめて息を呑んでたことに気付き、ようやく息を吐き出す。それが場内一斉だから、あちこちからハ~ッというため息が聞こえてくる。
 このとき、しっかり深呼吸することが大切だ。危険が迫るとまた息を呑んでしまうから、ちゃんと息継ぎしないと命にかかわる。
 『イントゥ・ザ・ストーム』は恐るべき映画だ。

 本作を観ると、映画に大切なのはストーリーじゃないんだなぁと痛感する。
 土台、2時間前後の映画で込み入った波乱万丈のストーリーを展開できるはずもない。映画としては評判が良い『ボーン・アイデンティティー』が、原作のストーリーの大半を捨てざるを得なかった(原作の敵すら出てこない)のは代表的な例だろう。複雑なストーリーが緻密に織り上げられた原作に比べると、映画版にはほとんど話がないようなものだった。

 けれども、それでいいのだ。小説と違って、映画には光と音がある。目をみはる映像と迫力ある音響で、臨場感を味わわせることができる。

 しかも、受け手の時間感覚を支配できる。小説やマンガは、どんなに受け手を作品世界に引き込んでも、ページをめくる手を止められたら終わりだ。
 しかし映画なら、どのタイミングでどの映像を見せ、どんな音を聞かせるか、すべては作り手の思いのままだ。突然大きな音を立てて驚かせたりもできるし、素早い動きでスピードを実感させたりもできる。五感のうちでも重要な視覚と聴覚を刺激して、まるで現実のように体感させられる。
 「体感」という魅力の前では、「ストーリー」なんて二の次なのだ。

 それが証拠に、『イントゥ・ザ・ストーム』のストーリーを語ろうにも言葉に窮する。本作にたいしたストーリーはないのだから。大きな竜巻が田舎町を襲い、通り過ぎていく。話はこれだけだ。
 この映画には、禁じられた恋に身を焦がす男女もいなければ、闘病中の患者もいないし、出産間近の妊婦もいなければ、脱獄犯もいない。映画の作り手はドラマチックな人間模様を描く気がないようだ。

 でも、べら棒に面白い。
 竜巻に巻き込まれて粉々に砕ける家。一瞬のうちに宙を舞うクルマ。風に巻き上げられた人の恐怖に歪んだ顔。声さえ聞こえないほどの轟音。観客が目にし、耳にするのは、恐るべき竜巻の威力である。真に迫る映像と音響は、映画館を竜巻の真っ只中に変えてしまう。
 とりわけ劇中の時間進行が実時間に近くなる後半は、登場人物の恐怖が観客にも伝播する。竜巻に逃げ惑う人々のパニックを、観客も味わことになる。
 本作は竜巻の威力を体感し、その恐ろしさを経験する映画なのだ。
 私は通常の上映で観たが、椅子が揺れ、風が吹き、水滴が飛び散る4DXで観たならば、恐怖は倍増しただろう。

 『イントゥ・ザ・ストーム』のように、映画館という特殊空間で特別な体験をする映画の魅力を、映画館の外で味わうのは難しい。
 テレビ等で見たら、これほどつまらない映画はあるまい。テレビやパソコン、タブレットやスマートフォン等のパーソナルデバイスでは、映画館の大スクリーンに比べて映像の魅力が1/10にもなってしまう。音響の迫力も1/10、映画館という特殊空間に身を置けないことにより臨場感は1/100程度だろう。したがって、映画の面白さは 1/10 × 1/10 × 1/100 = 1/10000 だ。
 本作にしろ、先行する竜巻映画『ツイスター』にしろ、映画館での鑑賞に最適化された作品は、上映している空間と時間に身を置くことが最大の楽しみなのだ。


 とはいえ、『ツイスター』という超面白映画がありながら、またも竜巻映画を作る意義が、当初は判らなかった。
 しかし映画館に足を運べば一目瞭然。あの手この手で『ツイスター』を超えようとする工夫が実に楽しい。

 一番の特徴は、竜巻を怪物と捉えたことだろう。
 プロデューサーのトッド・ガーナーは「竜巻は、そのもっとも完成された形なら、怪物のようなものなんだ」と語る。
 その着想を受けたスタッフは、単なる比喩としてではなく、竜巻を本当に怪物らしく描いた。

 ちょうど『ゴジラ』(1954年)の正反対だ。ゴジラは一応生物なのだが、劇中ではまるで台風のように描かれた。ゴジラ自身に感情や意思はなく、ただただ街を破壊し、人間を死なせてしまう。無目的に破壊をまき散らすところがゴジラの怖さだった。
 ところが本作の竜巻は、あたかも意思があるかのようだ。人間の行く手を遮るがごとく出現し、複数の竜巻で取り囲み、教会へ逃げても追いかけてくる。
 自然災害は恐ろしいが、意思や計略を持たないから、物陰に隠れればやり過ごすこともできるはずだ。それが唯一の救いなのに、本作の竜巻は人間を襲う意思を持つかのように振る舞う。『ツイスター』の竜巻だって、本作の前ではただの自然災害だ。自然の猛威の恐ろしさとモンスター映画の怖さを合体させたのが、『イントゥ・ザ・ストーム』なのだ。

 特に、ディザスター・ムービーにゾンビ映画のメソッドを持ち込んだのは大正解だろう。
 吹き荒れる竜巻のために、教会へ追いつめられる人間たち。次は誰が竜巻の餌食になるか、まったく予測できない恐怖。本作の展開はゾンビ映画そのままだが、建物を片っ端からなぎ倒す破壊力と、クルマで逃げても追いつかれるスピードはゾンビの比ではない。
 空気が渦を巻きはじめると次の瞬間には行く手に立ちはだかっていたり、人間を取り逃すと雲散霧消したりと、神出鬼没な竜巻は最強のモンスターだ。

 しかも、この怪物は空想の産物ではなく、しばしば現実に被害が報道されている。
 そんな竜巻の脅威を、迫真の映像と音響で89分間たっぷり味わわされるのだから堪らない。

 登場人物もシンプルで判りやすい。
 映画の主軸は竜巻を追う撮影チームだ。彼らが竜巻の講釈をすることで、竜巻とはどんなものなのか観客の理解の助けになる。『ツイスター』の研究チームに相当しよう。
 『ツイスター』にいなかったのは、竜巻に逃げ惑う地元高校の生徒や教師だ。観客が彼らに感情移入しやすいように、生徒間あるいは親子のささやかなドラマが添えられている。もちろん、それによって人間を描こうなんて意図はない。観客が登場人物に同化して、竜巻の恐怖を我がことと感じるように仕向けてるだけだ。

 逃げてばかりだと竜巻の威力を描ききれないので、命知らずのバカ野郎たちも付け加える。無謀な彼らを登場させるのは、常識人なら近寄らない距離で竜巻の力を見せるためだ。
 こうしてすべての登場人物が、竜巻の怖さを観客に実感させるために配置される。
 これは映画だから、視覚や聴覚を通して観客自身が味わう体験だから、ドラマやストーリーの味付けは薄くていいのだ。

 本作を観終えたとき、私はひどく疲れていた。89分ものあいだ、息を呑んだり拳を握り締めたりしていたのだからとうぜんだ。
 その疲労が心地好かった。


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監督/スティーヴン・クエイル
出演/リチャード・アーミティッジ サラ・ウェイン・キャリーズ マット・ウォルシュ アリシア・デブナム=ケアリー アーレン・エスカーペタ マックス・ディーコン ネイサン・クレス ジェレミー・サンプター リー・ウィテカー カイル・デイヴィス ジョン・リープ
日本公開/2014年8月22日
ジャンル/[パニック] [アドベンチャー]
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【theme : パニック映画
【genre : 映画

tag : スティーヴン・クエイル リチャード・アーミティッジ サラ・ウェイン・キャリーズ マット・ウォルシュ アリシア・デブナム=ケアリー アーレン・エスカーペタ マックス・ディーコン ネイサン・クレス ジェレミー・サンプター リー・ウィテカー

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