『舞妓はレディ』は『マイ・フェア・レディ』と全然違う!

【Amazon.co.jp限定】舞妓はレディ スペシャル・エディション(Blu-ray2枚組)(オリジナルジャケットカード付) オードリー・ヘプバーンのファンで、ミュージカルが好きな私にとって、オードリー・ヘプバーン主演のミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』はとりわけ好きな映画の一つだ(歌声はマーニ・ニクソンが吹き替えているが)。
 粗野で下品な花売り娘を、立派なレディに仕立てられるか。言語学者ヒギンズ教授と友人ピカリング大佐との賭けに使われたイライザは、訛りを矯正すべくヒギンズ教授の猛特訓を受ける。アカデミー賞8部門を制したこの映画は、ロマンチックな物語と心躍るミュージカルナンバーで世界中の人に愛されている。

 その名作の舞台を京都に置き換えた愉快な映画が『舞妓はレディ』だ。
 抜群に楽しい映画だった。思い返すと気分が高揚してくる。
 まず目に付くのが、『マイ・フェア・レディ』からの移植の妙だ。
 きつい鹿児島弁と津軽弁のハイブリッドを話す少女を、一人前の舞妓に仕立てられるか。言語学者の京野教授と呉服屋の北野社長との賭けに使われた春子は、優雅な京ことばを習得すべく、京野教授の猛特訓を受ける。いやはや、『マイ・フェア・レディ』が巧く舞妓に置き換えられたものだ。

 小技も効いている。
 イライザ(オードリー・ヘプバーン)が練習する「スペインの雨は主に広野に降る(The rain in Spain stays mainly in the plain)」[*]という文は、「京都の雨はたいがい盆地に降る」に変えられた。原文では発音の練習用に韻を踏んでいるのに、本作の文は地名を京都にしただけでちっとも京ことばの練習になっていない。そのおかしさに笑ってしまった。
 クライマックスでは女将役の富司純子さんが、『マイ・フェア・レディ』の舞踏会でのオードリー・ヘプバーンによく似たドレスをまとっている。華奢な体つきでありながら毅然とした立ち姿の富司純子さんは、なるほどオードリー・ヘプバーンを思わせる。エスコートする京野教授役の長谷川博己さんと北野社長役の岸部一徳さんもアスコット競馬場の紳士のようなフロックコートで、『マイ・フェア・レディ』の再現ぶりが楽しい。

 『マイ・フェア・レディ』だけではない。映画の記憶はあちこちに散りばめられている。
 冒頭、草刈民代さん演じる芸妓が片肌脱ぎになって刺青を見せる場面は、富司純子(ふじ すみこ)さんが藤純子(ふじ じゅんこ)だった時代の当たり役「緋牡丹のお竜」を彷彿とさせる。
 京野教授が京ことばをマスターさせるために実践する「京野メソッド」は、京野教授を演じる長谷川博己さんのテレビドラマ初主演・映画初主演作『鈴木先生』の教育理論「鈴木メソッド」のもじりではないか。
 さらに周防監督作品のファンには嬉しいことに、竹中直人さんと渡辺えり子さんが『Shall we ダンス?』のダンス大会で見せた抱腹絶倒のコスチュームを再現してくれる。
 キャストたちの過去作への言及に、客席の私はニヤニヤしっ放しだった。

 キャストの中でも肝になるのは舞妓役の田畑智子さんだ。
 春子は先輩舞妓が録音した言葉を手本に京ことばを練習する。
 春子が懸命に京ことばを習得しようとしているのに、もしも先輩の京ことばが正確でなかったら映画は成立しないだろう。
 その点、京都で三百年続く老舗料亭の娘で、祖母も母も芸妓・舞妓で、京ことばや作法を厳しくしつけられて育った田畑智子さんほどの適任者はおるまい。小学校の卒業文集の将来の夢に「舞妓さん」と書いていたほどだ。本作で先輩舞妓を演じるに当たっては、母に指導してもらったという。
 役者が方言のセリフを喋ると地元の人は違和感を覚えたりするものだが、田畑智子さんの言葉や所作には口の悪い京都の人も文句のつけようがないだろう。

 注目すべきは、半年ものオーディションを経て主役を射止めた上白石萌音(かみしらいし もね)さんだ。
 『ファンシイダンス』(1989年)、『シコふんじゃった。』(1992年)と男性中心の映画が続いた後、今度は"女の子が頑張る映画を作りたい"と考えた周防正行監督は、舞妓を題材に新作を撮るはずだったという。それなのに20年も中断してしまった企画が今ようやく結実できたのは、上白石萌音さんと出会えたからでもあるだろう。オーディションの時点ではまだシナリオがなく、周防監督は最終的に萌音さんに決まってから彼女のイメージでシナリオを書いたという。
 これが映画初主演になる萌音さんを見るのは、まるでオードリー・ヘプバーンが『ローマの休日』で登場したときに立ち会っているようだ。


 そして驚かされるのは、本作がまさかのミュージカルであることだ。
 いくら『マイ・フェア・レディ』の移植とはいえ、『マイ・フェア・レディ』の物語を換骨奪胎するのと、ミュージカルを作るのとではわけが違う。
 和製ミュージカル映画が少ないのは、それだけミュージカルを作るハードルが高いからだろう。しかも京都の花街(かがい)は、ミュージカルのイメージからほど遠い。
 にもかかわらずミュージカル仕立てで作られた本作は、実にチャーミングで面白い。

 22年前から京都を取材してきた周防監督は、ミュージカルにした理由をこう語る。
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お茶屋さんに行っていて楽しいことがいっぱいあったんです。その楽しいことを映画にすればいいんじゃないかと思いました。(略)その楽しさを皆さんに伝えるのに歌と踊りというのはうってつけではないか。まさにお座敷遊びには唄と踊りがつきものなので、ミュージカルという手法を使って京都を明るく楽しく描こうと思いました。
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 ミュージカル映画のもっとも難しいところ――それは歌や踊りとリアルな芝居との切り替えだろう。『シェルブールの雨傘』のように全編歌で進行させて、切り替えを発生させない例もある。
 ところが周防監督はリアルな芝居の合い間あいまに歌や踊りを挿入しながら、その切り替え方がまことに巧い。日本舞踊の練習がジャズに変化するのはもとより、単に酒を飲むシーンでも卓を叩く音が曲のイントロになったりして、監督の腕は冴えている。
 女将の回想から書割の幻想的な世界に突入するシークエンスは、これまでのリアリズム重視の周防作品からは想像もつかない展開だ。
 映画全体をリアリズムとファンタジーの微妙な境界上に位置付けて、どちらにでも傾ける自由を確保したのが本作の特徴である。

 周防監督作品ではお馴染み、周防義和氏の音楽も心地好い。
 小春(上白石萌音)さんが唄う主題歌『舞妓はレディ』は、そこはかとなく『マイ・フェア・レディ』の代表曲『踊り明かそう』を思わせる名曲だ。

 しかし、周防監督は本格的ミュージカルにするつもりはなかったという。ここが『マイ・フェア・レディ』との大きな違いだ。
 高嶋政宏さんのようにミュージカルで活躍する役者をキャスティングする一方で、「歌にはコンプレックスがある」という富司純子さんにも容赦なく曲を割り当てる。
 それというのも、本作が歌唱力で魅了する作品ではないからだ。周防監督は、ここで歌って踊ってくれたら楽しいなという思いだけでミュージカル場面を設計したという。
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旨い歌を聞きたいのであれば、歌手の歌を聞けばいい。でも役者の歌にはそれぞれの個性、役柄がにじみでてくるので面白いんです。
(略)
最初から本格的ミュージカルを目指す気はさらさらありませんでした。だからミュージカル俳優をキャスティングするつもりはなかったし、むしろこの人がこんな歌い方をするんだという驚きと楽しさを味わってほしいと思っていました。
(略)
いわば面白い映画にするための歌と踊りのシーンなんです。もっといえば、ファンタジーとしての京都を表現するための手段でもあります。それこそ京都のお座敷は、ある意味ミュージカルですから。ミュージカル・シーンは、お茶屋のお客さん気分で楽しんでほしいと思っています
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 ここで、ミュージカルと表現するのは方便だろう。
 ミュージカルファンの中には、本作を(特に『マイ・フェア・レディ』との比較において)ミュージカルと認めがたく感じる人がいるかもしれないけれど、もとよりミュージカルとしての完成度は眼中にないのだ。これは楽しく歌ったり踊ったりするだけの映画なのだ。
 強いていえば、『鴛鴦歌合戦』や『ニッポン無責任時代』や『愛と誠』の系譜に連なる作品だ。いずれもミュージカルとして評価されることはないが、ズバ抜けて楽しい映画である。


 『マイ・フェア・レディ』を移植したといっても、本作の狙いは『マイ・フェア・レディ』を再現することでも『マイ・フェア・レディ』にオマージュを捧げることでもない。『Shall we ダンス?』が映画『王様と私』の名曲をタイトルに戴きながら、特段『王様と私』を意識した作品ではないように。だから本作は『マイ・フェア・レディ』のようにはじまりつつも、まったく異なる着地を見せる。
 上流階級のヒギンズ教授と貧困層のイライザを対比した『マイ・フェア・レディ』には、服装や立ち居振る舞いで人間の価値を判断する階級社会への痛烈な批判が込められていた。一方、本作は社会の格差に目を向けた作品ではない。津軽弁と京ことばに格差なんて関係ないのだからとうぜんだ。
 本作が津軽から来た少女の修行を通して描くのは、京都の文化である。それは過去の周防監督作品と同様の取り組みだ。
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皆さんには『Shall we ダンス?』や『ファンシイダンス』や『シコふんじゃった。』はコメディだと思われますが、僕としてはリアルに日本文化というものを映画の中で表現しよう、実際にあるその世界観をきちんと表現しようと思って作った映画で、今回の映画もそれに連なる企画でした。だから、当初は京都というものを真面目にきちっとリアルに追及しようと思っていました。
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 なるほど、仏僧、相撲、舞妓のいずれも日本文化の一端でありながら、映画ではなかなか取り上げられない題材だ。リアルに描き出すことには価値があるだろう。
 だが本作の企画を20年温めた周防監督は、京都をリアルに追及するのではなく、ファンタジーとして捉えようと考え直したという。
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京都を知れば知るほど、「お茶屋遊び」のリアルな世界を描くことなど、到底できるわけがないと悟った。それくらい京都は奥が深い。
(略)
僕にとって京都は、まさに非日常、ファンタジーそのものだった。だったら、「リアルな花街」ではなく、僕が愛してやまない「ファンタジー」として花街を描けばいいのではないか。
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 京都をファンタジーと捉える感覚は、西洋人が東洋に期待するオリエンタリズムに近いかもしれない。
 カール・リンシュ監督が少年時代に留学した日本をファンタジーの世界のように感じ、忠臣蔵をファンタジー化した『47RONIN』を撮ったことに似ている。
 外部の者に真の姿は判らない。判らないから奥が深く感じられる。劇中、濱田岳さん演じる青年が舞妓や花街にシニカルな意見を述べるシーンがあるけれど、本作は決してそこを掘り下げ過ぎない。ベールを剥ごうとせず、判らないままにしておくから魅力的なのだ。

 本作には京都を訪れる外国人旅行者も登場するが、2013年の宿泊旅行統計調査によると実は京都府の外国人延べ宿泊者数は日本で四番目に過ぎず、東京都の983万人に及ばないのはもとより、大阪府の431万人、北海道307万人をも下回る263万人に留まる。
 同じ関西地域の大阪にも差をつけられているのは、リピーターが少ないためだそうだ。水津陽子氏によれば、大阪の観光がリピーターを掴みやすい食や買い物などの能動体験型なのに対し、京都の観光はリピーターの獲得が難しい名所旧跡を見て歩く物見遊山型だという。京都は2012年にトリップアドバイザーの「世界の人気観光都市TOP25」から脱落し、2014年には「アジアの人気観光都市ランキング」でも圏外になった。
 でも本作を観れば、京都には一見さんお断り、すなわちリピーター客だけを相手にするお茶屋遊びのような世界があることが判る。物見遊山の観光客の知りえない、神秘の国だ。
 そんな世界の存在を知らしめたことも、本作の意義の一つだろう。

 祇園に通い続けた周防監督ならではの描写もある。
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舞妓さんがお座敷でいきなり「しゃちほこ」という芸を見せてくれたんです。それまであった京都のアイコンとしてのかわいい舞妓さんが、お座敷の流れの中ではこんな芸まで見せてくれるのかとたまげました。それから僕はこの「舞妓はレディ」という映画は京都の楽しさ、お茶屋さんや花街の楽しさをきちんと伝える映画にすればいいんだと割り切れました。
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 本作には「しゃちほこ」のシーンもちゃんとある。
 舞妓さんがこんな芸まで見せるのか、と驚くこと請け合いだ。


[*] 「The rain in Spain stays mainly in the plain.」の「plain」の訳としては「平野」の方が相応しいように思うが、ここでは劇場公開時の記憶に従って「広野」と表記した。

映画「舞妓はレディ」 ミュージカル・ソングス&サウンドトラック・コレクション舞妓はレディ』  [ま行]
監督・脚本/周防正行
出演/上白石萌音 長谷川博己 富司純子 田畑智子 草刈民代 渡辺えり 竹中直人 高嶋政宏 岸部一徳 濱田岳 小日向文世 中村久美 岩本多代 高橋長英 草村礼子 大原櫻子
日本公開/2014年9月13日
ジャンル/[コメディ] [ミュージカル]
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【theme : 日本映画
【genre : 映画

tag : 周防正行 上白石萌音 長谷川博己 富司純子 田畑智子 草刈民代 渡辺えり 竹中直人 高嶋政宏 岸部一徳

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