『マレフィセント』は『眠れる森の美女』より『アナと雪の女王』!?

 【ネタバレ注意】

 『マレフィセント』は『眠れる森の美女』の翻案でありながら、一見すると『アナと雪の女王』のようだ。
 『アナと雪の女王』の米国公開は2013年11月、『マレフィセント』は2014年5月だから、ディズニーは立て続けに似たような映画を公開したことになる。


■『マレフィセント』は『アナと雪の女王』にそっくり!?

 『マレフィセント』の基になった『眠れる森の美女』は、チャイコフスキーのバレエ音楽でも知られるヨーロッパの民話である。他方、『アナと雪の女王』の原案はハンス・クリスチャン・アンデルセンの創作童話『雪の女王』だから、まったく無関係な別物だ。
 しかし、両者に符合を見出す人は多いだろう。

a. 原作では悪役(主人公に不幸をもたらす存在)である女性を主人公にして、不幸をもたらすようになった経緯を解き明かしている。

b. 彼女は根っからの悪人ではなく、元は明るく優しい少女だった。変わってしまったのは、それだけ悲しい過去があったからだ。

c. 石のような心の女王になった今は、他者との交流を拒絶する。

d. かつてヒロインを幸せにするのは素敵な王子様と相場が決まっていたが、現代では男性は役に立たない。特に一目惚れは信用ならない。

e. (氷になったり、目覚めぬ眠りについたりして、)普通の暮らしができなくなった娘を救い、社会復帰させるのは、大人の女性の真実の愛だ。

f. 自分の中に真実の愛があることに気付いて、彼女もまた孤独から救われる。

 ウォルト・ディズニーがアニメを制作していた頃は、王子様にキスしてもらってヒロインが幸せになったことを思えば、ディズニーアニメも時代に合わせてずいぶん変わったものである。
 年若いプリンセスより女王の方に物語のウエイトがあるのは、幼い頃ディズニーアニメを観て育った女性たち(母親たち)にもアピールしたいからだろう。
 『クレヨンしんちゃん』の映画が子供を連れてくる親も満足できるように作られているのと同じように、ディズニーもまた観客動員を高めるには誰にアプローチするべきなのかを心得ているのだ。
 だから同時期に並行して企画開発された『マレフィセント』と『アナと雪の女王』が、似たような傾向になるのはもっともだ。

 『アナと雪の女王』におけるd(男性は役に立たない)やe(少女を救うのは女性の愛)をもって、過激なメッセージを持つ物語と評する向きもあるが、それは1937年の『白雪姫』や1959年の『眠れる森の美女』に比べればの話で、2009年の『プリンセスと魔法のキス』で王子様に頼らないヒロイン像を確立済みのディズニーにあっては、『アナと雪の女王』といえども時代に即した保守的な話である。
 それどころか、庶民の子供が主人公の『雪の女王』をベースにしながら、相も変わらずプリンセスストーリーに仕立ててしまうところを見れば、昔ながらのディズニーらしさが濃厚だと思う。

 とはいえ私がここで注目したいのは、『マレフィセント』と『アナと雪の女王』の類似ではない。
 その違いなのだ。


■『眠れる森の美女』の謎

 アンデルセンの童話を跡形もなく改変した『アナと雪の女王』に比べ、『マレフィセント』は『眠れる森の美女』を損なわないように配慮している。
 基になるのは1959年にディズニー自身が作った長編アニメ『眠れる森の美女』だ。みずからの夢と魔法の世界を至上のものとするディズニーにとって、自社作品を尊重するのはとうぜんだろう。
 だから『マレフィセント』と『眠れる森の美女』は大きく違うようでいて、次のような差異に留まる。

・オーロラ姫(眠れる森の美女)の父ステファン王を悪人にした。
 ←『眠れる森の美女』ではステファン王の人間性を掘り下げてなかったから、たいして支障はない。

・オーロラ姫の母リア王妃は、姫の16歳の誕生日を待たずに死ぬ。
 ←『眠れる森の美女』でもストーリーにはほとんど絡まないから支障はない。

・マレフィセントはオーロラ姫に眠りの呪いをかけつつ、みずから「真実の愛のキスを受ければ目覚める」と呪いの終了条件を設定する。
 ←本来、呪いに終了条件を設定するのはオーロラを祝いに来た妖精だ。本作のマレフィセントは妖精のお株を奪ってしまうのだが、彼女は真実の愛など存在しないと考えているから、終了条件を設定したのではなく皮肉を利かせたつもりでいる(どうせ永遠に目覚めないと思っている)。また、オーロラにかけられた呪いは、結果的に『眠れる森の美女』と同じ内容である。

・オーロラ姫はフィリップ王子のキスでは目覚めない。
 ←一目会ったくらいで真実の愛のキスができるなんて、今どきの観客は納得しないだろうから仕方がない。それに後述する理由から、一目惚れを否定するのは社会の要請なのだ。フィリップは善人だし、これからオーロラと恋愛関係になるであろうことが示唆されるから、それで良しとすべきだろう。

・魔女マレフィセント(とドラゴン)は姫の救出を阻むのではなく、姫を救うために戦う。
 ←これが最大の違いだ。その必然性は追い追い説明するとして、ここではドラゴンがちゃんと登場して『眠れる森の美女』唯一の戦闘シーンが再現されていることを指摘しておこう。

 さて、『眠れる森の美女』には幾つかの謎がある。
 なぜマレフィセントは、オーロラを目覚めぬ眠りにつかせるほどに恨みを募らせていたのか。
 『眠れる森の美女』では、祝宴に招かれなかった恨みからオーロラを呪うことになっているが、そんなことで人の一生を滅茶苦茶にするほど恨むだろうか。
 そもそも、なぜマレフィセントはオーロラ誕生を祝う場に招かれなかったのか。マレフィセントとはどのような人物だったのか。
 それを明らかにするのが本作だ。


■二時間に収めるためカットされた描写

 映画はマレフィセントの少女時代からはじまる。
 王や女王がおらず、妖精たちが仲良く暮らすムーア国。大きな翼で国中を飛び回るマレフィセントは、揉め事の仲裁役を買って出たりして、信望の厚い妖精だった。
 ある日、隣の人間の国からやってきた少年ステファンに出会った彼女は、簡単に心を奪われてしまう。

 ところが、長じて野心を募らせたステファンは、マレフィセントの翼を切り取って人間国の王ヘンリーに献上し、王の娘と結婚して次の王となった。
 大切な翼を切られて身も心も傷ついたマレフィセントは、ムーア国全体を闇で覆い、陰湿な支配者となる。
 やがてステファン王に王女が誕生すると、マレフィセントは祝宴の場に乗り込み、王女が16歳で死のような眠りにつくという呪いをかける。
 それからというもの、ステファン王はマレフィセントの復讐を恐れ、国政も家庭もないがしろにして、マレフィセントを滅ぼすことだけを考えるようになる。

 一方、マレフィセントは呪いの成就を見届けるために、王女オーロラの成長を観察する。
 だが、オーロラが16歳になって眠りにつくのを見届けようという気持ちは、いつしか16歳までは無事に生かさなければという思いに変わり、オーロラの後見人(ゴッドマザー)として陰から見守るようになる――。

 実は少女時代のマレフィセントとムーア国の様子については、もっと描写があった。
 ムーア国には妖精の王キンロックと女王ウラがおり、姪であるマレフィセントはウラ女王から嫌われていた
 けれども映画を二時間以内に収めるために、『しあわせの隠れ場所』や『ウォルト・ディズニーの約束』の監督ジョン・リー・ハンコックを助っ人に迎えて、冒頭部分が再撮影された。そして97分に縮められた完成版からは、キンロック王役のピーター・キャパルディやウラ女王役のミランダ・リチャードソンの出演シーンが削られてしまった

 この改変により、マレフィセントが王位継承者(プリンセス)であることを示す描写がなくなってしまった。翼を失ったマレフィセントがムーア国の女王に納まるのは唐突に感じられる。
 だが、物語の軸をマレフィセントとステファンの関係に絞る上では必要な措置だったかもしれない。
 「マレフィセントは、なぜオーロラを目覚めぬ眠りにつかせるほどに恨みを募らせていたのか」「なぜオーロラ誕生を祝う場に招かれなかったのか」という疑問に答えるには、ステファンがマレフィセントに何をしたかが重要だからだ。


■『アナと雪の女王』とは正反対の『マレフィセント』

 ステファンの野心の犠牲になり、心身ともに傷ついたマレフィセントは、明るさも朗らかさも失い、氷のように冷たい女王になってしまう。
 これが本作と『アナと雪の女王』の最大の類似であり、最大の違いである。
 『アナと雪の女王』の主人公エルサも明るく朗らかな少女だった。
 しかし、エルサの両親はなんでも凍らせる彼女の能力を忌み嫌い、その力を隠すように命じた。エルサは社会と折り合っていくために、自分の個性を抑えつけて生きねばならなかった。

 多くの映画は逆である。
 しばしば映画の主人公は未熟な状態からスタートして、社会に認められるように変化していく。努力しろ、頑張れ、そうはっぱをかけられて成長していく。

 ところが『アナと雪の女王』の主人公エルサは、すでに自分ならではの特別なものを持っているのに、それを抑圧することを強いられた。彼女にとって、社会に受け入れられるように頑張るのは、本来の自分を押し殺すことだった。
 日々頑張ることに疲れていた観客には、もう自分を抑えるのはやめようと歌うエルサこそが本当に共感できる主人公だったのだろう。『アナと雪の女王』が大ヒットし、エルサが歌う主題歌『レット・イット・ゴー ~ありのままで~』をみんなが口ずさむのは、疲れ切った現代人が珍しく解放感を味わえたからに違いない。

 『マレフィセント』の主人公もありのままの自分ではいられないが、その方向はエルサと正反対だ。
 自分を抑えて社会に合わせることを強制されたエルサとは逆に、悲劇に見舞われたマレフィセントは社会性を失ってしまう。

  マレフィセント ←(社会性を失う)← 《ありのままの私》 →(無理に社会に合わせる)→ エルサ

 エルサは社会の要請に従ったために、かえって人付き合いできなくなってしまう。マレフィセントは他者と友情や愛情を交わせなくなり、主従関係しか構築できなくなってしまう。
 エルサにとっては社会のために無理をするのをやめること、ありのままの自分を受け入れてもらうことが喜びだ。マレフィセントにとっても本来の自分を取り戻し、以前のように他者と仲良くなるのが喜びだ。

 エルサとマレフィセント、『アナと雪の女王』と『マレフィセント』は裏表の関係なのだ。
 『アナと雪の女王』は社会に溶け込もうと無理をしている多くの人に受け入れられるだろうが、それでも残る『アナと雪の女王』に共感できない人――社会との関係を考えさえしない人に向けられた作品が『マレフィセント』なのだ。
 いずれも、ありのままの自分を強く肯定する作品だ。

 でも、『アナと雪の女王』に共感できない人とは、どんな人物だろうか。
 社会で生きていくために、誰もが多かれ少なかれ我慢したり無理を重ねたりして頑張っている。そんな苦労からの解放を歌う『アナと雪の女王』に共感できない人とは?


■『マレフィセント』が暗示するもの

 それは大きな悲劇に見舞われた人だ。
 社会の一員として生きていく意欲すら失ってしまうほどの苦しみを味わった人だ。

 マレフィセントにとって、ステファンは特別な存在だった。とりわけ信頼し、好意を寄せる相手だった。
 なのにステファンは彼女を裏切った。彼女に薬を飲ませ、意識を失わせて切り刻んだ。
 マレフィセントを演じたエグゼクティブ・プロデューサーのアンジェリーナ・ジョリーは、これはレイプのメタファーなのだと語る。「女性から女らしさや母性を失わせて、凶悪にさせてしまうものは何でしょう。それはもちろん、暴力的で攻撃的なものに違いありません。脚本家のリンダ・ウールヴァートンと私は、問題のシーンをレイプのメタファーとして意図しました。」

 マレフィセントは好意を寄せていた男にレイプされ、捨てられた。
 なのに、その男は金と地位のために愛のない結婚をし、子供をもうけて、人々から祝福されている。こんなことが許せるだろうか。
 本作がマレフィセントとステファンの和解に至らずに終わってしまうのもとうぜんだ。こんな男は彼女の視界から消えるしかない。

 『アナと雪の女王』も『マレフィセント』も、会ったばかりの男に気を許すことを強く戒めている。
 10代の妊娠の多さに頭を悩ます米国では、子供が観るディズニー作品は、会ってすぐにキスだの結婚だのは否定してくれないと困るのだ。

 また、マレフィセントを襲う悲劇がレイプだと考えれば、本作がいかに深い愛を描いているかも判る。
 マレフィセントはレイプ犯が他人とのあいだにもうけた子供を見守り、その子を引き取って一緒に暮らそうとする。レイプ犯の面影が宿る子供をだ。
 子供に罪はない、といってもなかなかできることではない。
 けれども本作はマレフィセントの心情を丁寧に綴り、どんなに親を憎んでも子供は愛せることを示す。

 ここに至って、本作はナチス高官の子供たちを描いた『さよなら、アドルフ』にも似た境地に達する。
 子供に罪はない。たとえ親を憎んでも、親世代と戦争しても、それは親との問題だ。生まれた子供をちゃんと見れば、愛をもって接することができる。
 憎しみの連鎖を断ち切ること。それは親や生まれに囚われず、一人ひとりの人間と真正面から向き合うことなのだ。


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監督/ロバート・ストロンバーグ
出演/アンジェリーナ・ジョリー エル・ファニング シャールト・コプリー サム・ライリー イメルダ・スタウントン ジュノー・テンプル レスリー・マンヴィル ケネス・クラナム ブレントン・スウェイツ イゾベル・モロイ ハンナ・ニュー ヴィヴィエン・ジョリー=ピット
日本公開/2014年7月5日
ジャンル/[ファンタジー] [ドラマ]
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