『春を背負って』 映画を観るのに大事なもの

春を背負って 通常版(DVD1枚) 正直に告白しよう。
 私は木村大作氏が苦手だった。
 氏は名カメラマンである。美しい映像をカメラに収め、数々の名作映画を世に送り出した。その実績は誰もが知るところだ。
 けれども、私は氏の仕事を敬遠してきた。氏の映像の素晴らしさを認めるのにやぶさかではないのだが、カメラマンが木村大作氏だと知ると、映画を観る気がなんとなく削がれたのである。

 私がはじめて木村大作氏の仕事を意識したのは、1980年公開の『復活の日』だった。
 当時としては破格の制作費を投入したこの映画に、小松左京氏の原作小説が好きだった私は大いに期待した。
 映画は悪くなかった。未来に向けた論文のような緻密な原作には及ぶべくもないけれど、当時あれ以上のものが作れたとも思えない。
 この頃の映画館は入替制ではなかったから、私は映画館に居座って何度も観た。

 ただ、あまり感心しないところもあった。
 この映画は世界初となる大々的な南極ロケが売りだった。主要な舞台が南極とはいえ、本当に南極まで撮影に行ったことは自慢になるだろう。南極の雄大な景色をカメラに収めるには、大変な苦労もしたはずだ。映画のエンディングではその成果がいかんなく発揮され、エンドクレジットの背景に巨大な氷山やペンギンの群れが映し出された。
 しかし、私はこの映像にとても違和感を覚えた。

 南極が舞台なのは、生物兵器で人類が滅亡する中、南極に「隔離」された人たちだけが生き残るというシチュエーションのためだ。
 人類絶滅を前にして、生き残った一握りの人々が国や民族の垣根を越えて新たな秩序を築けるのか。その思考実験の場として、南極という閉鎖空間が必要だったのだ。それさえ描ければ、ロケ地は北海道でもグリーンランドでも良かった。
 南極の雄大な風景や氷山の珍しさを愛でる映画ではないのだから、南極の魅力を追求する必要は全然なかった。

 にもかかわらず延々と映し出される南極の風景に、私は猛烈な違和感を覚えた。
 映画としては、この映像は必要ないはずだ。映画のテーマにちっとも寄与していない。
 深作欣二監督だって、この映像が必要ないことくらい判るはずだ。『復活の日』というタイトルとそのテーマを考えれば、最後に映すのは生き残った人々を閉じ込めた極寒の地ではなく、新たな秩序の下で再び人類が踏み出す緑の大地であるべきだ。

 この映像は映画としての必然性から挿入されたのではなく、せっかく撮った貴重な映像だから捨てられなくて残してしまったのではないか。私はそう思った。
 木村大作氏が撮りまくった南極の映像が誰にも捨てられないほど素晴らしすぎたか、南極ロケを売りにする以上、無理にでも南極の映像を見せなければならなかったか。
 実際の事情は知らないけれど、私はこの映像に良い印象を持たなかった。

 それからというもの、木村大作氏が撮影した映画は映像の力が強すぎる気がして苦手だった。
 おかしなことを云っているのは承知している。
 それほど映像が素晴らしく、力強いなら、それは木村大作氏の功績だ。映像が強すぎるというなら、映像に負けてしまう他の要素が責められるべきだろう。
 そうは思うのだが、木村大作氏が撮影担当と知るとどうも気おくれしてしまった。

 氏の初監督作『劔岳(つるぎだけ) 点の記』も素晴らしい映像だった。
 険しい山での撮影と、目をみはるほど美しい映像は、木村大作氏ならではだ。過酷な環境での撮影をこなしてきた氏の経験と、立山連峰の測量という題材がマッチして、優れた映画に仕上がっていた。
 だが、やはり映像が圧倒的すぎた。映像の力強さの前に、他のすべてが消し飛んだように感じられた。
 名カメラマン木村大作がみずから監督したのだから、それも当然だろう。私はそう思って、またも苦手意識を募らせた。
 私は未熟だったのだ。


 木村大作氏の新作『春を背負って』が公開されると知ったとき、きっとまた映像が凄い映画なんだろうなと思った。
 その時点では、観に行くかどうか決めてなかった。
 けれども予告編があまりにも美しかった。見たこともないほど素敵な映像だった。切り立った崖の上で松山ケンイチさんや豊川悦司さんや蒼井優さんが山々を眺めるショット、蒼井優さんが山小屋の上から軽々と宙を舞うショットを見るにつけ、その前後の映像も見たくなった。どんなシチュエーションでこれほど美しい光景が現れるのか確かめたくなった。
 そして映画館に足を運んだ私は、大満足だった。

 作家の林真理子氏がはじめて直木賞の審査委員に呼ばれたときのことだ。
 直木賞は会議室で審査会を開くのではなく、審査委員が投票するのでもなく、料亭で飲み食いしながら決めるのだそうだ。
 林真理子氏が料亭の末席に座ると、大御所の中に井上靖先生がいらっしゃった。その井上先生が、「この作品は、こう読めば素晴らしい」という、読み手の奥深さみたいなものをおっしゃって、みんなが「ははあ」って聞いている。そういう審査会なんだという。
 WOWOWで映画の案内人を務める小山薫堂(こやま くんどう)氏は、このエピソードを紹介して映画でも受け手の心が大事だと説く。
---
僕なんか最初は、「この映画は伏線の張り方が下手だよな、まったくもう」とか思っていたのですが、そういう自分がだんだん、すごく恥ずかしくなってきて。
(略)
映画というのは、見る側に感情の豊かさがあるかとか、心のどういう部分を使えるかとかが実は大事で、豊かな人が見れば、どんなものでも面白い映画になるんだな、という気がだんだんしてきた。
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 『春を背負って』の上映館に足を運んだのは、予告編で目にした映像をどうしても本編で観たかったからだ。そこに至るシチュエーションも、その後のシチュエーションもこの目で観たかった。そしてその願いはたっぷり叶えられた。
 考えてみれば、名カメラマン木村大作渾身の映像を116分も堪能できるとは、なんて贅沢なことだろう。
 渾身という表現は大袈裟ではない。よくぞこんな山の上にカメラを持ち込んだと驚かされる映像ばかりなのだ。
 陽の光を受けてキラキラ輝く雪、澄み切った空気を通して遥かかなたまで見渡せる山々、険しい山を登頂した役者たちの満足そうな表情、どれ一つとっても他の映画では味わえない美しさだ。これ以上、何を望むことがあるだろう。

 木村大作監督は出演者を絶賛する。
---
もちろん映画だから、「10秒間だけ」といった具合に、細切れで撮影することだってできる。でも松山さんは「遠くのほうから歩かせてください。それでいちばん疲れたところを撮ってください」と言ってきた。だからあの映画に出てくる、松山さんの疲れた表情は全部リアリティなんだよ。
(略)
役者というものは、「アップだけ10秒間撮ります」なんて言ったら、疲れていてもいい顔をしようと思うものなんだよ。でも松山さんの場合はリアリティだから、完全に顔が歪んでいるよね。この映画にはそういうところが随所にあるわけ。

松山さんは試写を見終わった後に俺のところに来て、「今まで自分はいろんなことをやってきたけど、この映画では今まで見たことがない自分の自然な表情が随所にあって、本当にうれしいです。僕は芝居しないほうがいいんですかね」と言っていた。それが松山さんの感想だよ。そういうふうに言ってくれて本当にうれしかったね。
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 山の上だけではない。
 たとえばトレーダーの主人公の職場。原作では科学者の設定だったが、科学のことは判らないという木村監督は脚本の瀧本智行氏の提案を受けて、時代の最先端の仕事として綿密な取材に基づくトレーダー室を登場させた。後に出てくる山小屋とのコントラストを考えれば、信託銀行があまり魅力的ではいけないが、美しくない映像は映画の雑味になってしまう。その点を踏まえて無機質な青を基調とした職場の映像は、微妙なバランスを保っている。
 また葬式のショットでは、喪服姿の檀ふみさんを画面の中央に配した構図が印象的だ。

 あまりにも美しい映像は、必然的に映画の内容を規定する。
 晴れ渡る空、広がる紅葉、それらが映える物語でなければならないし、映えるようなキャラクターでなければならない。
 いい人ばかりが登場する物語はややもすれば物足りなく思えるかもしれないが、それもこれも最高の映像を観客に味わわせるためだ。陽光に照らされた花々を撮れるのに、何も暗く沈鬱な物語を展開することはない。
 本作は飛び切り美しい映像に相応しい、飛び切り美しい心根の人たちの物語なのだ。

 かつての私であれば、これをも不満に思ったかもしれない。映像ばかりが主張しすぎると。
 しかし、今ようやく私にも得心が行った。木村大作ならではの映像が重要なのだ。それを堪能することに勝るものはない。であるならば、映像以外のことにかまけて何の意義があるだろう。
 この作品はこう観れば素晴らしい、そう感じる受け手の奥深さが試されているのだ。まったく「ははあ」とひれ伏すばかりだ。

 本作のせいで困っているのは、この圧倒的に美しい映像を観てからというもの、他の映画が冴えない映像に見えて仕方がないことだ。
 美しすぎる映像は罪作りである。


春を背負って 通常版(DVD1枚)春を背負って』  [は行]
監督/木村大作
出演/松山ケンイチ 豊川悦司 蒼井優 檀ふみ 小林薫 新井浩文 吉田栄作 安藤サクラ 池松壮亮 仲村トオル 市毛良枝 井川比佐志 石橋蓮司
日本公開/2014年6月14日
ジャンル/[ドラマ]
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【theme : 邦画
【genre : 映画

tag : 木村大作 松山ケンイチ 豊川悦司 蒼井優 檀ふみ 小林薫 新井浩文 吉田栄作 安藤サクラ 池松壮亮

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