『ホドロフスキーのDUNE』 影響は日本に及んだ!

 『フラッシュ・ゴードン』と『DUNE』にどんな関わりがあるのか?
 私はそこに激しく興味をそそられた。

 『エル・トポ』、『ホーリー・マウンテン』と、立て続けに強烈な映画を世に送り出したアレハンドロ・ホドロフスキーが、次に取り組んだSF超大作『DUNE』。未完成でありながら、これほど名高い映画も珍しいだろう。
 1979年に『エイリアン』が公開されてからだと思う。奇抜なエイリアンのデザインで注目を集めたH・R・ギーガーが、かつて「別の映画」に携わっていたこと。『エイリアン』の原案者にして、ギーガーを『エイリアン』に引き込んだダン・オバノンも、「別の映画」を通してギーガーと知り合ったこと。SF映画関係の記事を読むと、そんなことが書いてあった。
 ファンの興味はいやが上にも「別の映画」――『DUNE』に向けられよう。

 その映画に関する情報は断片的でしかなかったが、それでも気違いじみたプロジェクトだったことは察せられた。キャストにもスタッフにも、冗談としか思えないような大物の名が並んでいた。本当にそんなプロジェクトが存在したとは、にわかに信じられなかった。
 だが、いかに人々の興味が注がれようと、その実態は判らなかった。ホドロフスキーの『DUNE』は実在しないのだからとうぜんだ。

 『ホドロフスキーのDUNE』は、その幻の作品に迫ったドキュメンタリーである。
 フランク・パヴィッチ監督は、『DUNE』を監督するはずだったアレハンドロ・ホドロフスキーにインタビューし、膨大な絵コンテやデザイン画・イメージ画を集めて、実在しない映画を出現させようと試みる。


■七人の侍

 前半の戦士を探す旅はスリリングだ。
 ホドロフスキーは、未曽有の超大作を創るに相応しい「戦士」を探し、一人またひとりと仲間に加えていった。ホドロフスキーが語る「戦士」との出会いや仲間になる過程は、『七人の侍』を彷彿とさせる面白さだ。

 ときにはダグラス・トランブルのように袂を分かつこともある。SF超大作を撮ろうというのに、『2001年宇宙の旅』を手がけたSFXの第一人者ダグラス・トランブルを参加させないなんて、狂った判断かもしれない。
 しかし、トランブルと話したホドロフスキーは、一緒に戦う戦士としての共感を覚えなかった。
 その代わり、たまたま観た『ダーク・スター』の特殊効果担当で、ほとんど無名のダン・オバノンを引き込んでしまうのだから愉快である。

 こうして、アレハンドロ・ホドロフスキーが"Seven Samurai"と呼ぶ人々が集まった。
 ホドロフスキーに「作りたいものを作れ」と云ってくれたプロデューサーのミシェル・セドゥー。
 絵コンテとキャラクターデザインは不世出のマンガ家メビウスことジャン・ジロー。
 皇帝の宮殿や宇宙船のデザインはSF小説のカバーアートで知られるクリス・フォス。
 悪のハルコンネン側のデザインはH・R・ギーガー。
 特撮はダン・オバノン。
 音楽はピンク・フロイド。
 今でこそ凄い面子だと思うけれど、当時は映画関連の実績がない者ばかりだから、意外な人選だったはずだ。

 キャストも常軌を逸している。
 皇帝シャッダム四世に芸術家のサルバドール・ダリ。ギーガーを紹介してくれた彼も"Seven Samurai"の一人だ。
 イルーラン姫にはダリの愛人でモデルのアマンダ・リア。
 悪役ハルコンネン男爵にオーソン・ウェルズ。もう映画には出たくないと云うのを無理矢理引っ張り出した。
 悪の貴公子フェイド・ラウサにロックミュージシャンのミック・ジャガー。
 主人公である救世主ポウルにホドロフスキーの息子ブロンティス。
 ポウルの父レトにデヴィッド・キャラダイン。
 演技経験の有無を気にしないキャスティングは、本人の個性を重視した結果だろう。

 このスタッフ、キャストの名前をはじめて目にしたとき、私はこれがまともなプロジェクトだと思わなかった。
 だが、『ホドロフスキーのDUNE』を観て、真面目も真面目、ホドロフスキーが全身全霊を捧げたプロジェクトであることを知った。
 過去ホドロフスキーが作った『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』に「演技が上手い」「人気のある」俳優が出ていないのも、低予算のためではなかった。ホドロフスキーは俳優の演技力だの人気だのに興味なかったのだ。彼が求めたのは、役者本人の内面、魂から発するものだった。

 本作が教母モヒアム役のグロリア・スワンソンら他のキャストを取り上げないのは、紹介するほど面白いエピソードがないからだろう。
 デヴィッド・キャラダインなんて、ビタミンEをがぶ飲みしたエピソードだけのために紹介される。エピソードそのものよりも、嬉々として語るホドロフスキーが面白いのだ。


■『DUNE』とは、どんな映画か

 戦士を集める旅を経て、本作はいよいよホドロフスキーの『DUNE』を見せてくれる。
 ホドロフスキーの手による脚本もある。メビウスが描いた詳細な絵コンテもある。クリス・フォスやH・R・ギーガーのデザイン画もある。それらを組み合わせ、CGで動かすことで、観客は『DUNE』の冒頭から結末までを映像で味わえる。そこにホドロフスキーの熱のこもった語りが加わり、私たちは『DUNE』を堪能する。
 ホドロフスキーと『DUNE』に惚れ込んだフランク・パヴィッチ監督の努力があればこそ、存在しない映画を楽しめるのだが、それは同時に映画の構想がすっかりできあがっていたことも示す。
 『スター・ウォーズ』がエンターテインメント業界に与えた影響は計り知れないけれど、『スター・ウォーズ』に先んじて『DUNE』が発表されていたならば、間違いなく映画の歴史は変わっていただろう。

 それはフランク・ハーバートの原作小説『デューン/砂の惑星』とはまったく違う。
 ホドロフスキーの前作『ホーリー・マウンテン』が、ルネ・ドーマルの原作小説『類推の山』と全然違うように。『ホーリー・マウンテン』と『類推の山』には、山に登ることくらいしか共通点がなかった。
 そもそもホドロフスキーは、『DUNE』の映画化を提案した時点で原作を読んでいない。友人が絶賛しているから取り上げたのだ。
 ホドロフスキーが集めた戦士たちが口々に「私は原作を読んでいない」と云うのも面白い。彼らが惹かれたのは原作ではなく、ホドロフスキーの熱意とそのビジョンの素晴らしさだった。
 ホドロフスキーは原作の映画化について次のように述べている。
---
映画を作る時は原作から自由になるべきだ。結婚と同じようなものだ。花嫁は純白のドレスを着ている。純白のままでは子供は作れない。脱がさなきゃダメだ。花嫁を犯すためにね。
そうすれば自分の映画を作れる。私はハーバートの原作をこうやって犯したんだ。大きな愛をもってね。
---

 ホドロフスキーの『DUNE』には、まず大量のスパイスを積んだ宇宙海賊の船が登場する。
 この幕開けからして驚きだ。ハーバートの小説に宇宙海賊なんて出てこない。原作の密輸業者のことだろうか。クリス・フォスは『DUNE』のためにドクロマークの海賊船の絵を描いており、パヴィッチ監督はそれをCGで動かしてみせる。
 まさにこれは「ホドロフスキーの『DUNE』」としか云いようのない独自の作品だ。最後にはオリジナルの結末が待っている。

 とはいえ、『ホドロフスキーのDUNE』を観るだけで「ホドロフスキーの『DUNE』」のすべてが判るわけではない。その長大な物語は、とても90分のドキュメンタリーで説明しきれるものではない。
 それでも原作小説を読み、このドキュメンタリーを観て、さらにホドロフスキーが発表したマンガを読めば、かなりのところが判るように思う。

 『DUNE』の制作が頓挫した後、ホドロフスキーは培ったイマジネーションをマンガに託した。
 まずはプロジェクトを通じて知り合ったメビウスが、ホドロフスキーの想いを絵にした。そのマンガ――『アンカル』と『DUNE』の共通点は以前の記事で説明したから、ここでは繰り返さない。
 本作のインタビューでも、『DUNE』を受け継いだ作品が『アンカル』であることをホドロフスキー自身が語っている。

 本作はまた、挫折のショックの大きさも伝える。
 『DUNE』を作るには当時としては巨額の1,500万ドルが必要であり、映画会社には危険な賭けだった。完璧主義者と云われるスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』ですら、1,200万ドルだったのに。
 そしてこのプロジェクトが頓挫した原因は、ホドロフスキーだった。『エル・トポ』、『ホーリー・マウンテン』といった尋常ではない映画を作るホドロフスキーに1,500万ドルもの大金を出すことに、ハリウッドの映画会社は躊躇したのだ。
 「素晴らしい企画だと各社は云った」ホドロフスキーとともに『DUNE』実現に奔走したプロデューサー、ミシェル・セドゥーは語る。「だが彼が監督ではダメだった。」

 フランク・パヴィッチ監督は、偉大な芸術家ホドロフスキーをハリウッドが理解できなかったのだとまとめているが、映画を完成させれば1,500万ドルを回収できたのだろうか。
 原作小説からの改変に、原作者フランク・ハーバートや原作ファンが納得したとも思えない。
 ハリウッドの判断はたしかに保守的だが、金と権力を持ったパトロンでもいない限り、映画という金のかかる芸術を成り立たせるのは難しいのかもしれない。


■『DUNE』の影響を検証する

 それでも、私たちはすでに『DUNE』の片鱗を見ているという。
 『DUNE』が頓挫した後に作られたおびただしい映画によって。

 ホドロフスキーたちは、映画の実現のために絵コンテやデザイン画を分厚い本にまとめて映画会社に渡した。資金さえ調達できればこんな素晴らしい映画ができるのだと、説得に努めた。
 残念ながら彼らの説得は実を結ばなかったが、その絵コンテやデザインは他の映画人にパクられ、映像化されていった。『DUNE』は存在しないけれど、数々のSF映画が『DUNE』の影響下に誕生したとホドロフスキーは主張しており、本作もそれを支持する。

 その一例が『スター・ウォーズ』だ。
 ライトセーバーを手にしたルーク・スカイウォーカーが浮遊する球形ロボットを相手にトレーニングするシーンは、『DUNE』の絵コンテの流用であると本作は指摘する。
 『DUNE』の主人公ポウルがロボットを相手にトレーニングする場面は、原作小説にもある。後にデヴィッド・リンチ監督が映像化したものは『スター・ウォーズ』に似ても似つかないが、メビウスの絵コンテは剣の長さといい、丸みを帯びたロボットの頭部といい、なるほど『スター・ウォーズ』と似ていなくもない。

 アレックス・レイモンドのマンガ『フラッシュ・ゴードン』を映画化できなかったため、その代替策としてはじまった『スター・ウォーズ』は、『姿三四郎』の主人公と師匠をパクり、『隠し砦の三悪人』のストーリーをパクり、『宇宙海賊キャプテンハーロック』の企画書ケイブンシャの『全怪獣怪人大百科』からデザインをパクったと云われる。目に付いたものを手当たり次第、貪欲に取り入れた作品であることは、スター・ウォーズファンならご存知だろう。
 パクリは必ずしも悪いことではない。ビジネスでも創作でもTTP(徹底的にパクる)は基本動作だし、ジョージ・ルーカスにパクられたおかげで、映画作りが難しい状況に陥っていた黒澤明が復権したとも云える(『隠し砦の三悪人』からしてジョン・フォード監督の『三悪人』をネタにしてるし)。

 ただ、ルークのトレーニングシーンをパクリと指摘するのは無理があるように思う。
 ホドロフスキーらが『デューン/砂の惑星』の映画化権を手に入れ、作業を開始したのは1974年12月だ。プリプロダクションに200万ドルを費やしながらプロジェクトが頓挫したのは1976年10月。2年に満たない活動だった。
 一方、『スター・ウォーズ』の公開は1977年5月だが、ルークのトレーニングシーンは1975年1月28日にジョージ・ルーカスが脱稿した脚本第二稿にすでに書かれている。浮遊する球形ロボットは1974年5月の草稿から登場しており、レーザーソード(後のライトセーバー)は早くも1973年5月のあらすじに登場している。
 ルーカスはホドロフスキーが『DUNE』に着手する前から『スター・ウォーズ』に取り組んでおり、肝心のシーンは『DUNE』の絵コンテができる前には構想されていた。
 これをパクリと指摘したのは、勇み足だったと思う。

 『スター・ウォーズ』の一部は『DUNE』の絵コンテを彷彿とさせるし、『スター・ウォーズ』を観れば『DUNE』を味わった気になれる。
 砂漠の星タトゥイーンや砂漠の民タスケン・レイダーが、『デューン/砂の惑星』の惑星アラキスと砂漠の民フレーメンを模しているのは確かだろう。フランク・ハーバートがパクられたと云うなら、私も同感だ。
 『DUNE』の絵コンテにあったトレーニングシーンは、ホドロフスキー+メビウスが『アンカル』で再現しているので、そちらで『DUNE』を味わった気になっても良いだろう。


 本作は、マイク・ホッジス監督の『フラッシュ・ゴードン』との類似も指摘する。
 ジョージ・ルーカスの夢見た『フラッシュ・ゴードン』の映画化権を押さえたのは、大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスだった。彼が莫大な額を投じて作ったSF超大作が『フラッシュ・ゴードン』だ。
 奇想天外なこの映画について、フランク・パヴィッチ監督が指摘する類似は次の点だ。

 a. ミン・シティの大広間の様子が、『DUNE』の絵コンテの大広間に似ている。
 b. ミン皇帝をあおりで撮影するアングルが、『DUNE』の絵コンテに似ている。
 c. ミン皇帝の護衛のデザインが、『DUNE』の近衛兵サルダウカーに似ている。
 d. 監視員の顔からゴーグル状のモニターを取ると、眼から伸びた配線がむき出しになる描写が、『DUNE』の絵コンテに似ている。

 aとbの指摘には疑問を覚える。『DUNE』と結びつけるほど特別な構図とも思えない。
 cについては、わずかに似た雰囲気を感じるものの、『DUNE』が元ネタと云うほど似てるかなぁ。『フラッシュ・ゴードン』に登場する護衛は的当てゲームの鬼にアメフト選手の格好をさせたデザインなので、気になるのはデザイナーが日本の的当てゲームをどこで知ったかであり、メビウスのデザインとの類似性はうっすらとしか感じない。

 しかしdはそっくりだ。ドンピシャだ。『DUNE』の絵コンテを見ながら作らなければ、ここまで似るはずがない。
 マイク・ホッジスが監督に就任してからか、前任のニコラス・ローグが監督のときかはともかく、『フラッシュ・ゴードン』は『DUNE』の影響下で作られたに違いない。

 1976年、ホドロフスキーのプロジェクトが頓挫すると、映画化権はディノ・デ・ラウレンティスに渡った。
 ラウレンティスは『デューン/砂の惑星』の映画化を進めつつ、並行して『フラッシュ・ゴードン』にも手を付けた。原作者フランク・ハーバート本人に『デューン/砂の惑星』の映画化脚本を依頼し、H・R・ギーガーも引き続き参加させたくらいだから、ホドロフスキー版の資料も入手できただろう。
 ホドロフスキーは、20冊作られた『DUNE』の分厚い本をハリウッド各社が回し読みしてパクったと考えているようだが、そんな陰謀じみた話を持ち出すまでもないのではないか。

 思うに、パヴィッチ監督が指摘したa~dよりも『フラッシュ・ゴードン』に影響したのは、全体的な雰囲気ではないだろうか。
 『フラッシュ・ゴードン』のデザイナー、ダニロ・ドナティは、カラフルでエロティシズム溢れるイメージをどこから発想したのか。ダニロ・ドナティといえばフェリーニ映画や『カリギュラ』でお馴染みのデザイナーだから、カラフルでもエロチックでもこれまで疑問に思わなかったが、考えてみれば史劇を得意とするドナティと『フラッシュ・ゴードン』の現実離れしたイマジネーションはいま一つ結びつかない。アレックス・レイモンドの原作マンガはシャープなタッチが特徴で、映画とは雰囲気が異なる。
 パヴィッチ監督は両作品の兵士間の類似に注目したが、パヴィッチ監督が取り上げていない似たものがある。ミン・シティの衛兵は『DUNE』の皇帝のデザインに似ているし、警備兵は『DUNE』のレディ・ジェシカとシルエットが同じなのだ。

 『フラッシュ・ゴードン』の宇宙空間が極彩色の雲に満ちているのは、不思議な景色だと思っていた。
 当時の『スターログ』誌によればトイレ用洗剤を溶いてこの雲を作ったそうだが、こんな世界は他の映画では見られない、『フラッシュ・ゴードン』だけの特徴だ。原作マンガにも1936年の連続活劇版にも、こんな光景はない。
 どこから思いついたのかと長年疑問だったけれど、この源流はクリス・フォスが『DUNE』のために描いたイメージ画ではないだろうか。砂の舞う空が夕陽に輝く様子や、宇宙船から漏れたスパイスで周囲の空間が青く染まるところなど、『フラッシュ・ゴードン』の宇宙に通じるものがある。
 ディノ・デ・ラウレンティスは「ホドロフスキーの『DUNE』」のダークな部分を『デューン/砂の惑星』の映画化で受け継ぎながら、猥雑でキッチュな部分は『フラッシュ・ゴードン』に持ち込んだ――と想像できないだろうか。


 本作での『プロメテウス』の紹介の仕方は誠実とは云えない。
 『プロメテウス』に登場する異星人の建造物は、H・R・ギーガーが『DUNE』のためにデザインしたハルコンネン城と瓜二つなので、パヴィッチ監督は両者を並べて類似性を強調している。
 けれどもこれはパクリではない。
 『DUNE』の絵コンテが一般に知られる前にその要素を取り込んだ『フラッシュ・ゴードン』とは異なり、ギーガーのハルコンネン城のデザインは『プロメテウス』制作以前に公開され、画集『ネクロノミコン』を通して広く世界に知られている。
 『プロメテウス』にはギーガーも参加しているのだから、パクリというよりはスタッフ一同からギーガーへの敬意の表れとして、かつて実現できなかったハルコンネン城をここで映像化したのだろう。
 『プロメテウス』については『フラッシュ・ゴードン』と同列に扱うのではなく、ギーガーとの関係をきちんと説明した方が誠実だったと思う。
 もちろん、『DUNE』の片鱗をうかがわせる作品として、『プロメテウス』が注目すべきなのは間違いないが。

 本作には、他にも『マトリックス』等が『DUNE』の影響を受けた映画として挙げられている。
 しかし微妙な類似だったり、どこに影響が見られるのか具体的な説明がなかったり。
 資料の入手経路と併せて、明らかに『DUNE』を参考にしたと思われる作品は『フラッシュ・ゴードン』だけだ。

 『フラッシュ・ゴードン』は、1981年2月に日本でも公開された。
 翌1982年3月、新番組『宇宙刑事ギャバン』を見た私や友人は驚いた。ギャバンが引きずり込まれる魔空空間、そこは極彩色の物質が渦巻く『フラッシュ・ゴードン』の世界そのものだったからだ。
 回を重ねるにしたがい、魔空空間は極彩色のセットから採石場での撮影に変わったが、その不思議なビジュアルは『宇宙刑事シャリバン』の幻夢界、『宇宙刑事シャイダー』の不思議時空へと受け継がれていく。
 それらの源流に『DUNE』のイメージ画があるとしたら、なんて愉快なことだろう。


■ホドロフスキーかく語りき

 『エイリアン』を発表したリドリー・スコット監督は、次にディノ・デ・ラウレンティスの下で『デューン/砂の惑星』の映画化を進めた。
 しかし遅々として進まない制作の中、兄の急死で意欲をなくした彼は、心機一転を図るため『ブレードランナー』に移ってしまう。

 そこでディノ・デ・ラウレンティスが目を付けたのがデヴィッド・リンチ監督だ。デヴィッド・リンチは『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』のオファーを断り、ラウレンティスの仕事を選んだ。
 ホドロフスキーに負けず劣らず独創的なデヴィッド・リンチは、過去の何物にも囚われず、個性溢れる『砂の惑星』を完成させた。ホドロフスキーの『DUNE』との類似を探しても、せいぜい皇帝の宇宙船の金ピカぶりくらいしか見当たらない。
 ときは1984年になっていた。
 『スター・ウォーズ』の大ヒット以降、SF映画は大作化し、『砂の惑星』にはホドロフスキーが求めた1,500万ドルを上回る4,000万ドルもの巨費が投じられた。

 デヴィッド・リンチ監督の『砂の惑星』は原作に忠実である。
 原作ファンは忠実ではないと云うかもしれないが、ホドロフスキーが構想したものに比べれば、はるかに原作に沿っている。
 それでいてデヴィッド・リンチの長篇デビュー作『イレイザーヘッド』の異様さをエスカレートさせた、独特の作品に仕上がっている。

 『ホドロフスキーのDUNE』には、『砂の惑星』を観たホドロフスキーの感想も収められている。
 自分が挫折した作品だから観たくなかったのに、息子ブロンティスに促されてしぶしぶ足を運んだという。
 『砂の惑星』の感想を語るホドロフスキーはあまりにも晴れやかで、思わず笑ってしまいそうだ。
 「大失敗だ!」ホドロフスキーは楽しそうにリンチ版を切って捨てる。「デヴィッド・リンチは優れた監督だから、制作者が悪かったんだろうね。」
 ホドロフスキーが元気を取り戻したのは喜ばしいが、私はリンチ版が大好きなのであまりけなして欲しくない。

 4時間以上の上映時間が必要と考えていたデヴィッド・リンチにとって、137分に切られた『砂の惑星』には不本意なところがあったかもしれない。
 だが、ホドロフスキーが構想した『DUNE』は10時間以上だった。ホドロフスキーの脚本を読んだフランク・ハーバートは、こりゃあ14時間になると感じた。
 ホドロフスキーにとって、『DUNE』は世界を変える預言書であり、教典だった。教典に上映時間だの客の回転率だのは関係ない。だから、いくら長くても構わない。
 でも、それでは多くの観客は付いていけない。
 原作の長大さと現実的な上映時間を考えれば、リンチ版『砂の惑星』は極めて優れた映画だと思う。

 もちろん10時間のホドロフスキー版も観たかった。14時間でも構わない。それは幸せな時間に違いない。
 ピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』三部作が成功した現在であれば、10時間の映画を公開することもできただろうか。


 本作でホッとさせられるのは、ホドロフスキーへのインタビューで猫が出てくるところだ。
 自宅インタビューの最中にじゃれつく猫を、ホドロフスキーは抱いてやる。
 あの、ウサギを殺した男が!芸術のためなら大量のウサギを殺しても平気な男が、猫を可愛がっている!

 ホドロフスキーの代表作『エル・トポ』には、ウサギの死骸が大地を埋め尽くすシーンがある。
 それを撮影するには、ウサギの死骸が必要だ。彼はスタッフにウサギを殺すように命じたが、スタッフは嫌がって、誰一人ウサギを殺さなかった(当たり前だ)。だからホドロフスキーは自分でウサギを殺した。何十羽も、大地を埋め尽くせるほどに。
 「あの頃の私は頭がおかしかったんだ。」DVD-BOX収録のインタビューでそう語った彼の言葉を思えば、一匹の猫を可愛がる今の姿には感慨を覚える。
 だが、ホドロフスキーは本作のインタビューで「映画のために必要ならこの腕を切り落としてもいい」とも語っている。
 彼の本質は変わっていない。

 本作が不思議と爽やかなのは、『DUNE』を通してホドロフスキーの生き様が伝わるからだろう。
 これは成功譚ではない。映画史上最大級の失敗プロジェクトを追ったドキュメンタリーだ。にもかかわらず、大きな挫折を味わったはずのホドロフスキーは、驚くほど明るい。
 そのポジティブな語りに、創作への情熱に、前向きな生き方に接して、観る者も元気になる。

 80歳を過ぎて新作を発表したアレハンドロ・ホドロフスキーは、人生は"イエス"なんだと説く。
 「人生で何か近づいてきたら"イエス"と受け入れる。離れていっても"イエス"だ。『DUNE』の中止も"イエス"だ。失敗が何だ?だからどうした?『DUNE』はこの世界では夢だ。でも夢は世界を変える。」

 よし、『ホドロフスキーのDUNE』を観たら、次は『フラッシュ・ゴードン』を観ようじゃないか。
 答えはもちろん"イエス"だ!


[*] 本稿執筆に際して次のサイトを参照した。
   duneinfo.com

Jodorowskys Dune [Blu-ray] [Import]ホドロフスキーのDUNE』  [は行]
監督・制作/フランク・パヴィッチ
出演/アレハンドロ・ホドロフスキー ミシェル・セドゥー H・R・ギーガー クリス・フォス ブロンティス・ホドロフスキー ニコラス・ウィンディング・レフン リチャード・スタンリー
日本公開/2014年6月14日
ジャンル/[ドキュメンタリー] [SF]
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【theme : ドキュメンタリー映画
【genre : 映画

tag : フランク・パヴィッチ アレハンドロ・ホドロフスキー ミシェル・セドゥー H・R・ギーガー クリス・フォス ブロンティス・ホドロフスキー ニコラス・ウィンディング・レフン リチャード・スタンリー

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