『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』 くじけない秘訣がある

 「田舎を舐めるな。」
 『おおかみこどもの雨と雪』を観た地方出身の友人は息巻いていた。
 『おおかみこどもの雨と雪』は、都会に住む若い女性が幼い子供を連れて山奥に移り住む話だ。とても面白い映画だし、彼女には都会で暮らしにくい事情があるのだけれど、それでも友人は「よそ者が田舎に行って、あんなに簡単に溶け込んで暮らせるわけがない」と否定的な感想だった。

 それは『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去(かむさり)なあなあ日常~』を撮るに当たって、矢口史靖(やぐち しのぶ)監督が気をつけたことでもある。本作には、都会から神去村へ林業研修にやって来た平野勇気を温かく迎える住民が登場する一方で、あくまでよそ者扱いする住民もまた登場する。
 パンフレットに掲載されたインタビューに、矢口監督のこんな言葉が載っている。
---
勇気という"異物"をそうそう簡単に村が受け入れちゃダメだという考えが僕の中にあったんですね。
(略)
だから里山での暮らしを楽園のように勘違いして、「ああいう生活もいいな~」なんて軽い気持ちで仕事を辞めて田舎に行っちゃうような人にはこの映画を観て欲しくて。現地の人もいろんな感情を持っているし、相当な覚悟と努力もしないと簡単にはその場所に住めないということを、かなり強めに描きました。「里山は楽しそうだ」「林業、最高!」という啓蒙にならないようにも気をつけました。住んだらいろいろ大変そうだけど、本当にあったら行ってみたいよねと思える神去村にしたかったんです。
---

 その思いは、人物造形にも表れている。
 伊藤英明さん演じるヨキは、「主人公の勇気が拒否反応を示すぐらい強烈な人物」にしたという。村人たちはいずれも軽々しくお近づきになれないような濃い人物ばかりだ。

 併せて、痛烈に皮肉られるのがスローライフ研究会の学生たちだ。
 スローライフとは、時間に追われながらファストフードで食事を済ませるような都会の暮らしに背を向けた生き方のことである。
 自然に囲まれた生活に興味がある彼らは、勇気を訪ねて神去村にやって来る。
 しかし、完全に物見遊山で、村人たちへの接し方も失礼極まりない。
 コンビニエンスストアもなければ携帯電話の電波も届かない。そんなド田舎に腰を据える覚悟のない彼らを、本作はけちょんけちょんにこき下ろす。

 里山に住むのは、単なるライフスタイルではないのだ。
 映画はそれを強調するため、山の神を登場させる。
 里山に住む人々には土地に根差した信仰があり、山に入ってはいけない日を設けたり、48年に一度盛大に神を祭るといった宗教的約束事の上に彼らの共同体が成り立っている。自然に囲まれて暮らしたいだの、林業が面白いだのの以前に、信仰心が生き方を規定している。都会から来た研修生が逃げ出してしまうのは、仕事のきつさもさることながら、同じ宗教を信仰できないからだろう。
 先進国には珍しく自然崇拝が色濃く残る日本らしい描写だが、スローライフ研究会の学生が追い出されるエピソードは、里山に住むことを一種のライフスタイルと勘違いした都会人の浅はかさを浮き彫りにしている。

 トドメはクライマックスの神事、大山祇祭(オオヤマヅミサイ)だ。
 CGではなく、限りなく実写で撮影することにこだわったという祭りのシーンは、巨大セットの迫力も相まって、実に見応えがある。
 伊藤英明さん、染谷将太さんをはじめとする男優陣やテレビ各局の男性アナウンサーのふんどし姿に魅了される人もいるだろう(長澤まさみさんがふんどし一丁だったら、私も鼻血が出るほど喜ぶところだ)。

 この祭りのシークエンスにも、矢口史靖監督の「相当な覚悟と努力もしないと簡単にはその場所に住めない」という考えが込められている。
 矢口監督が「世界一巨大で危険な奇祭」を目指したと語るように、本作が描くオオヤマヅミサイは里山ならではの特殊な祭りだ。祭りを行うには、巨木を切り倒したり組み上げる高度な技術が要求され、林業に精通した者でなければ実施できない。
 しかも、格好は多くの人が抵抗を感じるふんどし一丁。公式サイトによれば、ふんどし姿が嫌がられて、エキストラを集めるのに難航したそうだ。
 かっこいいからやってみようとか、気軽に参加してみようと思える祭りではない。

 クライマックスに伝統的な祭りや儀式を持ってくる映画は少なくない。
 祭りや儀式はしばしば人間本来のエネルギーに満ちたものとして肯定され、現代社会、特に都会に対するアンチテーゼとして描かれる。そこには伝統的共同体への憧憬と、現代社会への批判がある。
 だがそれらの映画は自己矛盾を抱えている。他ならぬ、映画であるという点で。
 映画は現代社会ならではのメディアだ。撮影も録音も映写も音響も、科学技術の進歩のおかげでここまで来た。映画館を維持するには、人口の集積が必要だ。ご多分に洩れず電気を食うこのメディアは、インフラの整った現代の都会でなければ真価を発揮できないのだ。
 いくらスクリーンの中で伝統的共同体への憧憬を謳っても、映画というメディアを利用する限り作品は説得力を持ちえない。

 本作がそのような作品と違うのは、祭りのエネルギーの大きさを強調しながらも、現代社会へのアンチテーゼにしていないからだ。本作の里山は都会へのアンチテーゼではない。どちらが良いとか悪いとか、白とか黒とか正とか反とか主張するものではない。
 伝統的共同体への安易な憧憬を戒める本作が教えるのは、多様性なのだ。
 都会の生活に満足している人は都会で暮らせば良い。ただ、世界はそれだけではない。里山には里山の魅力があり、それは都会では味わえないものだ。世界は多様で、人生の選択肢は幅広い。
 本作がちょっと珍しい職業の紹介や、社会に出たての若者の成長物語にとどまらないのは、そこに視野の大きな世界観があるからだ。

 とはいえ、へなちょこな若者である勇気は、慣れない林業の世界を前にしてアッサリくじけそうになる。
 そんな勇気が思い直し、モチベーションを持続できた理由はただ一つ、下心だ。
 下心――それはどんな過酷な状況でも男を奮い立たせる最大のエネルギー源である。
 原作の勇気が神去村を訪れたのは、高校の担任教師に就職先を決められたためだが、映画の勇気は募集チラシの美女――長澤まさみさん演じる直紀(なおき)に惹かれてみずから神去村に行くことにする。この改変は、女性の原作者と男性監督の違いに起因するのかもしれない。勇気が研修から脱走するのを思いとどまるのも直紀に出会えたからだし、配属先に中村林業株式会社を選ぶのも直紀の服に中村林業のネームが入っていたからだ。
 様々な試練に見舞われても、その根底に下心があるからくじけない。それは本作を貫く生命力というテーマの表れでもある。
 いつでも下心を失わずに頑張る勇気に、男性諸氏は大いに共感するだろう。


 さて、本作は笑いと涙に溢れた抜群に面白い映画だが、技術面もまた興味深い。
 「いいたいことやテーマや感性は最終的には技術に集約される」と云ったのは、マンガ家のとり・みき氏だ。
 公式サイトによれば、本作では山間部の自然の美しさと都会の窮屈さを描き分けるため、山間部はフィルムで撮影し、都会編のみデジタルカメラで撮影したという。コマ撮りを用いて雪解けと春の訪れを瞬く間に表現するのも、アニメーションならいざ知らず、実写映画ではなかなかお目にかからない。
 ややもすれば地味なイメージになりかねない田舎の林業ばなしでありながら、映像の新鮮さでぐいぐい引っ張るのは見事である。

 とりわけ本作で印象的なのが、巨木の上から林業家が見る光景だ。
 その雄大な景色は、山奥の木のてっぺんに登った者だけが見てきたものだ。
 巨木は林業家の祖父や曾祖父が植えたものであり、現代の林業家が植えた木はいつか孫や曾孫が登る。
 林業家が収穫するとき、その木を植えてくれた祖父や曾祖父はすでに亡く、自分が植えた木の収穫を生きて見ることもない。
 林業家が生きる時間と空間の大きな広がり。それを伝える映像が、本作最大の見どころだ。


WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~ Blu-ray 豪華大木エディションWOOD JOB!~神去なあなあ日常~』  [あ行]
監督・脚本/矢口史靖  脚本協力/矢口純子
原作/三浦しをん
出演/染谷将太 長澤まさみ 伊藤英明 優香 西田尚美 柄本明 光石研 近藤芳正 マキタスポーツ 有福正志
日本公開/2014年5月10日
ジャンル/[青春] [コメディ] [ドラマ]
ブログパーツ このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録

【theme : 邦画
【genre : 映画

tag : 矢口史靖 染谷将太 長澤まさみ 伊藤英明 優香 西田尚美 柄本明 光石研 近藤芳正 マキタスポーツ

最新の記事
記事への登場ランキング
クリックすると本ブログ内の関連記事に飛びます
カテゴリ: 「全記事一覧」以外はノイズが交じりますm(_ _)m
月別に表示
リンク
スポンサード リンク
キーワードで検索 (表示されない場合はもう一度試してください)
プロフィール

Author:ナドレック

よく読まれる記事
スポンサード リンク
コメントありがとう
トラックバックありがとう
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

これまでの訪問者数
携帯からアクセス (QRコード)
QRコード
RSSリンクの表示