『レイルウェイ 運命の旅路』 日本人にできること

 映画が素晴らしいだけでなく、映画が存在することが素晴らしい――そんな作品がある。
 映画を完成させ、世界に発信していくことの意義――その崇高さに圧倒される作品がある。
 『レイルウェイ 運命の旅路』がまさにそれだ。

 「愛を持って作られた作品なので、愛を持って受け止めていただけたらうれしいです。」
 劇中でニコール・キッドマンが演じたヒロイン、パトリシア・ローマクスさんご本人が来日し、ティーチインイベントで日本の観客に伝えた言葉のなんと重いことだろう。
 この映画を観た今、本作の後日談を作っていくのは私たち自身であることを痛感する。

 あの戦争で、日本兵を襲ったのは飢えだった。
 映画の見せ場としては敵軍との戦いや特攻の方が絵になるから、それらのシーンを盛り込んだ「戦争映画」が横行するけれど、実際の戦争では餓死者が戦死者を上回っていた。アジア・太平洋戦争で戦没した日本兵230万人のうち、60パーセントの140万人が戦病死者(ほとんどが餓死者)である。特攻死したのは4,000人と云われ、1~2パーセントだ。[*1]
 物資の補給もなく送り込まれた日本兵たちは、生き延びるために畑を耕したり、人間を食べたりしていた。

 自国の兵ですらそんな扱いだった大日本帝国軍は、捕虜の扱いもひどかった。
 大日本帝国は、捕虜の扱いを定めたジュネーヴ条約のうち「俘虜の待遇に関する条約」を批准していなかった。それは、帝国軍人たるものは捕虜になったりしないのだから外国軍に捕虜の待遇を考慮してもらうには及ばず、したがって大日本帝国も外国軍人の待遇については考えない、という呆れた理由からだった。[*2]
 それでも、太平洋戦争の開戦直後は同条約を準用すべく法制度を整備する動きもあったのだが、大量に獲得してしまった捕虜たちを前にして、それはまったく追いつかなかった。[*3]

 「死の鉄道」と呼ばれる泰緬鉄道(たいめんてつどう)の建設も、このような中で行われた。
 大日本帝国陸軍は、タイとビルマを繋ぐこの鉄道の建設に、連合国軍の捕虜やタイ、ビルマ、マレーシア、インドネシアの人々を動員した。あまりにも過酷な労働環境は従事者の精神と肉体を破壊し、8万人とも10万人とも云われる死者を出した。
 戦後、この鉄道建設を有名にしたのがデヴィッド・リーン監督の映画『戦場にかける橋』だ。1957年公開のこの映画は泰緬鉄道の建設を描いてアカデミー賞7部門を受賞した傑作だが、英軍捕虜として鉄道建設に従事したエリック・ローマクス氏はこの作品に対して「あんなにたらふく食べる戦争捕虜を見たことがない」とコメントしている。

 捕虜として劣悪な環境に置かれ、死ぬまで働かされた人々の恨みと憎しみはいかばかりであったろう。
 そんな元捕虜から「握手したいたった一人の日本人」と云われた男、永瀬隆氏を描いたのが『レイルウェイ 運命の旅路』である。

 本作は、エリック・ローマクス氏の自叙伝に基づいている。生きて帰れはしたもののPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされて、まともな生活が送れない現代のエリックと、大日本帝国の捕虜だった地獄の日々とが交互に映し出される。
 過酷すぎて、最愛の妻パトリシアにすら打ち明けられなかった戦争の記憶。甦る怒りと悪夢の前に壊れていく結婚生活。映画は何も語ろうとしない/語れないエリックの苦しみを延々と描写する。
 映画のクライマックスは、戦争中エリックに拷問する側だった永瀬との再会だ。

 パトリシアさんは日本でのティーチインイベントで次のように語った。
 「主人は永瀬さんと会う瞬間まで復讐心を持ち続けていた。しかし実際に対峙してみると、そこには自分と同じく年を重ねた男がいて、彼は主人に心から謝罪した。主人はそれを機にすべてから解放され、永瀬さんと戦争について語り始めた。」
 二人が親友になれたのは、永瀬隆氏が和解のために尽力してきたからだろう。
 一年半に及ぶ文通を重ねた上での再会を、映画では不意に訪れたように描く等、本作には劇的に見せるためのアレンジが施されている。しかし、そのアレンジで本作の描くところが歪むわけではない。
 エリックが自叙伝を書けたこと、それを映画として私たちが観られることが、彼が孤独な苦しみから解放された証である。

 本作が描く和解というテーマは胸を打つ。
 その上、さらに私を感嘆させたことがあった。
 本作は、なんとオーストラリアとイギリスの合作なのだ。元イギリス兵と元日本兵がタイで再会して和解する物語、そのどこにもオーストラリアは関係しないのに。


 英語圏で制作コストの安いオーストラリアは、多くの国と合作している。『LEGO ムービー』だって『マトリックス』シリーズだって米国とオーストラリアの合作だ。
 本作もそもそもはイギリスではじまった企画である。
 だが、米国の監督がスタジオとしてオーストラリアを利用するのとは違い、本作はオーストラリア人監督の手で作られている。オーストラリア映画としてオーストラリア映画批評家協会賞の6部門に選出され、見事ニコール・キッドマンが主演女優賞を受賞している。
 オーストラリアの映画人にとって、本作をつくるモチベーションはどこにあったのだろうか。

 戦争はオーストラリアにも傷痕を残した。
 戦争当時、シンガポールには連合国軍の合同司令部が置かれていた。そのため、1942年2月15日のシンガポール陥落においてオーストラリア兵18,000人も捕虜になっており、泰緬鉄道の建設では2,710人のオーストラリア人が命を落とした。彼らの大多数は栄養失調、病気、日本人と朝鮮人監視人による虐待で死亡したという。
 大日本帝国軍はオーストラリア本土も攻撃した。たび重なる空襲や潜水艦の魚雷攻撃に、民間人を含む多くのオーストラリア人が犠牲になった。
 今では日本人と親友になったオーストラリア人でも、酒が入れば日本軍に親戚・友人が殺されたことを苦々しく語ることがあるという。

 ここで思い出すのが、ティーチインイベントでのパトリシア・ローマクスさんの言葉である。
 「戦争は、勝ち負けじゃない。この映画も勝者を決めつけていません。自分の国の歴史を知り、そこから学べば、この先戦争を止めることができると思います。」

 『レイルウェイ 運命の旅路』と同じように感嘆したのが、2014年1月に日本で公開された『さよなら、アドルフ』だ。終戦直後のドイツを舞台に、ナチス高官の子供たちが必死に生きる姿を描いた作品である。
 彼らの優雅な生活は、ナチス・ドイツの敗北を機に一変する。ナチスの身内に世間は冷たく、幼い子供までが、むごたらしく痛ましい目に遭う。父母の影響でユダヤ人を蔑んでいた子供は、父がいかに残虐なことをしていたかを知り、価値観の崩壊に直面する。
 この映画のメッセージは明らかだ。どんなにナチスを憎む人でも、「子供世代は悪くない」と庇ってあげたくなる映画だ。戦争を憎む、罪を憎む、それはとうぜんのことだけど、当事者でない子供たちやそれ以降の世代にまで罪を着せるのは間違っている。そんな主張がひしひしと伝わる映画である。

 この映画をドイツ映画界が発信したなら、他国の反発を招いたかもしれない。他国から見たら、単なる言い訳だ。
 しかし、ドイツ人キャストで構成され、ドイツで撮影された『さよなら、アドルフ』もまた、オーストラリア映画である。
 オーストラリアのケイト・ショートランド監督はこの物語に今日性を感じて映画化し、第85回アカデミー賞外国語映画賞のオーストラリア代表の座を勝ち取った。

 『レイルウェイ 運命の旅路』も『さよなら、アドルフ』も、戦争中の残虐行為をきちんと取り上げ、かつてのイギリス人やユダヤ人の苦難に理解を示した上で、今を生きる日本人やドイツ人との関係に言及した映画である。
 日本映画やドイツ映画としては言い訳がましくなってしまう内容を、当事国ではない立場から発信することで世界に広めている。
 当事国ではないからこそ発信できることがある。平和に貢献できることがある。そんな心意気がこれらの映画からは感じられる。


 一つ残念な点を挙げるとすれば、『レイルウェイ 運命の旅路』の制作に日本が資金を提供していないことだ。
 ドイツはイギリスとともに『さよなら、アドルフ』に出資している。『ハンナ・アーレント』や『ソハの地下水道』の記事でも書いたように、ドイツは映画を通じた国際世論への働きかけが巧いと思う。
 日本も『レイルウェイ 運命の旅路』の制作を資金面から応援できれば良かった。

 それでも、本作のために日本人にできることがある。
 それは本作の上映館を観客でいっぱいにすることだ。
 第26回東京国際映画祭での本作の上映に際して、永瀬隆役の真田広之さんはこのようなメッセージを寄せている。
 「この実話に基いた物語は、これから映画という形をとって、観客の皆様の手に委ねられ、あらたな旅路に着きます。世代や立場によって、様々なご感想がお有りかと想われます。それらも全て含めて、感じたままに語り合い、また、後々まで語り継いで頂ければ幸いです。」


追記
 ハリウッド等がオーストラリアで映画を制作するのは、優遇税制や補助金があるからだそうだ。

[*1] 東島誠・與那覇潤 (2013) 『日本の起源』 太田出版

[*2] 海軍次官発外務次官宛「『俘虜ノ待遇ニ關スル千九百二十七年七月二十七日ノ條約』御批准方奏請ニ關スル件囘答」官房機密第1984号ノ3(1934年11月15日)

[*3] 立川京一 (2007) 「日本の捕虜取扱いの背景と方針」『平成19年度戦争史研究国際フォーラム報告書』


レイルウェイ 運命の旅路 [Blu-ray]レイルウェイ 運命の旅路』  [ら行]
監督/ジョナサン・テプリツキー
出演/コリン・ファース ニコール・キッドマン ジェレミー・アーヴァイン ステラン・スカルスガルド サム・リード 真田広之 石田淡朗
日本公開/2014年4月19日
ジャンル/[ドラマ] [戦争]
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【genre : 映画

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