『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』 映画という耐久試験

 【ネタバレ注意】

 キャプテン・アメリカは難しいキャラクターだ。
 星条旗を模したコスチューム、「アメリカ大尉」という名前、第二次世界大戦に臨む米国民の戦意を高揚させるために創造された制作意図。米国の愛国心を象徴したキャプテン・アメリカは、世界市場を相手にする現代のハリウッドでは扱いにくいに違いない。
 そんな杞憂を吹き飛ばしたのが、前作『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』だった。映画の制作陣は、あえて茶化した作りにすることで、星条旗みたいな恰好をした愛国男の冒険譚を見事に成立させた。

 そこからさらに深化して、テーマも娯楽性もグレードアップしたのが『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』だ。
 前作のアクションシーンは迫力がなかった。米軍が戦争で暴れまくって、他国の軍をやっつけるなんて映画のアクションに、迫力を持たせるべきかどうかを熟慮した結果だろう。
 舞台を現代に移した本作では、なんといってもアクションの切れがいい。
 空も飛べず、武器らしい武器も持たず、せいぜい盾を投げつけるくらいしかないキャプテン・アメリカにとって、肉弾戦こそもっとも得意とするところだ。格闘家ジョルジュ・サンピエールを傭兵バトロック・ザ・リーパー役に迎えての序盤の闘いは、本作のアクションが半端でないことを知らしめてくれる。
 小気味好いアクションを織り込んだスピーディな展開、過去の因縁が渦巻く二重三重の謀略、誰も信用できない状況でそれでも戦い抜く主人公の活躍は、ロバート・ラドラムのスパイ冒険小説のような無類の面白さを味わわせてくれる。

 テーマの掘り下げ方もキャプテン・アメリカならではだ。
 軍需産業の社長だったアイアンマンには、企業活動と平和というテーマがある。神話から飛び出したマイティ・ソーは、宇宙規模のファンタジーを見せてくれる存在だ。それに対して軍人であるキャプテン・アメリカの戦いは、国家や政治を背景にせざるを得ない。
 1941年のマンガデビューからしばらくのあいだ、キャップは自由の国アメリカを代表してナチス・ドイツや大日本帝国と戦った。けれども、戦時中はともかく、今や国家を「善い国」と「悪い国」に分類することなどできない。
 では、現代のキャップは、何のために誰と戦うべきなのか。
 それを考えるのは、かつてナチス・ドイツや大日本帝国の中の何を敵視し、米国の何を守っていたかを突き詰めることでもある。

 本作でキャップが対決するのは、前作同様ヒドラである。ナチスを起源とする悪の組織ヒドラが勢力を拡大し、キャップと国際平和維持組織S.H.I.E.L.D.(シールド)を窮地に陥れる。
 というのは表面上のストーリーだ。
 物語が進むにつれ、ヒドラのS.H.I.E.L.D.への侵食ぶりが明らかになる。劇中では「ヒドラとS.H.I.E.L.D.はコインの裏表」と表現されるが、実のところ裏も表もない。両者は一体なのだ。正義のために戦っていると思われたS.H.I.E.L.D.と悪の組織のはずのヒドラだが、そこに区別はあるのだろうか。それが本作の投げかける問いである。

 ヒドラの計画、それは厖大なデータを解析して、彼らにとって脅威になりそうな人間をピックアップし、上空に配置したヘリキャリアからピックアップした2,000万もの人間を抹殺するというものだ。いかにも悪の組織がやりそうな悪巧み――だろうか。
 兄とともに監督を務めたアンソニー・ルッソは、米国が行っている無人機による標的殺害や先制攻撃や、エドワード・スノーデンが暴露したNSA(国家安全保障局)による個人情報の収集等を本作に盛り込んだと述べている。
 米国はパキスタンをはじめ各国の上空に無人機を飛ばし、裁判にかけることも釈明の機会一つ提供することもなく、「テロリスト」と判断した人間を抹殺している。ターゲットを決めるのは米国であり、「テロリスト」だけでなく、「テロリスト」の周辺にいた人間も「テロリストの仲間」として抹殺している。

 米国は、「脅威になりそうな人間」をピックアップする技術にも長けている。
 2013年8月から12月にかけて渡米していた大澤淳氏は次のように語る。
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米国に行く前は、日本のサイバーセキュリティーやサイバーインテリジェンスの世界は、米国の周回遅れぐらいでトラックを走っているんじゃないかと思っていました。ところが、スノーデンのリーク情報がいろいろ出て驚いたのは、実はNSAがグーグルのサーバーを全部丸々コピーして抜いているとか、携帯電話の位置情報を全部調べているとか、米国はそういったレベルでの活動まで手を出しているという現実があることでした。

そして、NSAでは収集した情報を基に、特定のパターンに当てはまる動き方をしている人間を要注意人物としてピックアップしているわけです。ある携帯電話がもし特定の国から入ってきた人間のものであれば、これはテロリストの可能性が高いぞと考える感じです。正直、個人的にはそのような監視活動は、まだずいぶん先になるだろうと思っていたのが、米国では既にやっていた。実感として、日本は4~5周遅れという感じです。
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 日本では企業や公的機関がサイバー攻撃を受けてWebサイトの閉鎖に追い込まれることや、攻撃されても気づかずにWebサイトを運営し続けてしまうことがしばしばある。
 だが、大澤淳氏は、サイバー攻撃への対応も米国ではまったく違うと語る。
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ニューヨークタイムズやコカ・コーラが中国からサイバー攻撃を受けた時などは、FBI(米国連邦捜査局)から企業側に一報がいきました。
(略)
まずNSAが通信を監視していて、明らかに異常な通信があるなとか、どこかからアタックを受けているなといった場合、これは国内警察の刑事マターになるので最初にFBIに伝えられます。そして、FBIが当該企業に警告を発するという形を取る。これは通信を傍受しているからできる話です。つまりインターネット社会を監視している仕組みがあるからこそ、防衛もできるわけです。
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 そして、米国の決断の注目すべき点は、「通信の秘密」や「プライバシーの権利」よりも「社会の安全」を優先していることだという。
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だから、スノーデンのリーク情報が出ても、インテリジェンス自体を批判する記事が大手メディアからほとんど出ないんですね。つまり「NSAはアメリカ人を全部監視して、プライバシーを侵害している、けしからん!!」という話にはならないのです。NSAやCIAの活動は、米国をテロ攻撃から守るために必要だという、コンセンサスがある。特に米国の国民同士の通信をモニタリングするなんて、明らかに憲法違反なのですが、メディアも表立っては批判しない。
(略)
もちろん、通信の秘密やプライバシーを疎かにしていいとは思いません。しかし、通信の監視をしているからこそ、中国からのスパイだと分かるし、サイバー攻撃を受けていることが分かるわけです。
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 したがって、NSAの活動を暴露したエドワード・スノーデンを、厳しく捉える人が多いという。
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当然、政府の仕事に就く時には必ず守秘義務を含んだ契約書にサインするわけです。だから、米国社会ではスノーデンがいくらリベラル的に良い活動をしても、国家と個人契約を結び、報酬を貰って仕事をしていたにも関わらず、それを破った人間だと見る向きが強い。
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 大澤淳氏の云うとおり、注目すべきは"自由の国"アメリカで国民を監視していることよりも、自由を貴んできたはずの米国民が監視社会を受け入れていることだろう。
 もちろん、監視を強めているのは米国だけではない。
 英国、ロンドンでは、トイレの個室の中まで監視カメラがある。
 中国のネット検閲官は200万人に上るというから、日本の国家公務員すべてを合わせたよりも数倍の規模である。

 意外なことに中国では、政府や政治家に批判的なことをネットに書き込んでも検閲に引っかからない。中国でのネットの書き込みとその削除動向を分析したゲイリー・キングによれば、中国の検閲には次のような特徴があるという。
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中国政府が監視しているのは、とにかく「団体行動」であるということです。人を扇動したり、抗議行動に駆り立てたり、政府以外の人間が他人をコントロールしようとする発言は即刻検閲されます。「うちの市長はカネに汚いし、たくさん愛人を囲っている。最低だ」と批判を書き込んだところで、全く問題ありません。しかし、そのあとで「ひどすぎる。抗議に行こう」と発言したら、検閲される。
(略)
もっと言うと、例えば、「うちの町のトップはすばらしい。コミュニティを活性化しているし、我々の市民生活に貢献してくれている。感謝の気持ちを込めてみんなでパーティーを開こう」と発言しても、やはり検閲されます。政府は、自分以外の何ものかが人を動員するのが許せないわけです。
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 計量政治学者であるゲイリー・キングは、ソーシャルメディアの膨大な投稿を、中国政府が読んで検閲する前にダウンロードした。そして、このビッグデータの変化を分析することで、中国政府が何を問題視しているかを明らかにした。
 それは同時に、このようなデータ分析手法を用いれば、米国に居ながらにして各国の動向を把握できるということでもある。
 『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』では、ヒドラのゾラ博士が開発したプログラム――ヒドラにとって邪魔になる人間を識別できるデータマイニングのアルゴリズム――が焦点となる。
 近年のデータ分析手法の進歩からすれば、これは決して絵空事ではない。

 ヒドラが計画したこと――厖大なデータを解析して彼らの脅威になりそうな人間をピックアップすることも、本人に気づかれずに攻撃機を配置して上空から抹殺することも、いま現に世界で行われていることだ。
 違うのは、ヒドラの計画が秘密裏に進められるのに対して、現実の世界の人々は何が行われているかを知っており、それを受け入れている(少なくとも止めていない)ことだろう。


 フィクションの利点は、現実の世界の耐久試験ができることだ。
 製品開発の現場では、通常を上回る負荷をかけて、問題が生じるかどうかテストする。
 フィクションでは、人々が普段から「それくらいは仕方がない」と受け入れていることを、過度に極端に描写できる。それでも受け入れられるのか、本当に受け入れるのか、支障はないのかをあぶり出すことができる。
 「問題はどこで立ち止まるかだ。」と、ジョー・ルッソ監督は語る。「自分の安全のために100人を殺せばいいなら、私たちはそうするだろうか?それが1,000人でもするだろうか?10,000人でもするだろうか?それが100万人ならどうするのか?あなたはどこで立ち止まるのか?」

 本作で私がもっとも好きなシーンは、ヒドラのメンバーがS.H.I.E.L.D.職員に銃を突きつけ、ヘリキャリアを発進させるように迫るところだ。
 ヘリキャリアの発進を許せば、ヒドラの脅威と認識された2,000万人が殺される。発進に抵抗すれば、今ここで自分が殺される。
 アクションの連続の中に、このような葛藤が織り込まれるから、米国のスーパーヒーロー映画は侮れない。
 本作を「スーパーヒーロー映画を装った70年代の政治スリラー」と呼ぶプロデューサーのケヴィン・フェイグの言葉も頷ける。

 劇中、ヒドラのメンバーは、自分たちのやっていることは秩序のためだと主張する。
 秩序を保つために、個人の自由や権利を侵害する。それは悪の秘密結社ではなく、国家が普通に行っていることだ。
 典型的な例が、銃規制の強い日本だろう。敗戦前後、拳銃自殺を試みた東條英機をはじめ、少なからぬ日本人が自殺を図った。銃や刀の所持はそれほど珍しくなかったのだ。この物騒な国を占領するに当たり、GHQは銃砲、刀剣類の所持を禁止した。その後も銃砲の所持が制限された結果、日本は極めて平和になった。
 今の日本で、銃を持つ自由を取り戻そうと訴える人はいないだろう。それどころか、銃を持つ自由がある米国社会を、異常だと感じたりする。

 私たちは常に自由と秩序の落としどころを探っていかねばならない。
 だからこそ本作では、ヒドラを倒してS.H.I.E.L.D.が存続すれば万々歳とはならない。ヒドラがやっていることも、S.H.I.E.L.D.がやっていることも、本質的に違いはないからだ。


 これは観客にカタルシスを味わわせるタイプの映画だから、ヒドラの策略は「自由の番人」と称されるキャプテン・アメリカとアベンジャーズによってはばまれる。現実とは違って。
 その方法は、スーパーパワーでもなくスーパーウェポンでもなく、ウィキリークスやエドワード・スノーデンが行ったような、情報の暴露だった。
 政府職員だったエドワード・スノーデンの行為を厳しく捉える人が多いという米国で、*軍人*キャプテン・アメリカに同じ手段を取らせた作り手の意図は明らかだろう(もちろん、キャップは事前にS.H.I.E.L.D.長官ニック・フューリーの許可を得ているが)。
 かつて自由の国を代表して全体主義国家と戦ったキャップは、今や自由を守るために自分の国と戦わねばならないのだ。

 映画の終盤、上院小委員会に呼ばれたブラック・ウィドウは意味深な発言をする。
 彼女は、政府関係者のみならず、マスコミのマイクを通じて国民に語るのだ。
 「私たちが必要でしょ。」

 自由と秩序の落としどころはあるのだろうか。


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監督/アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
出演/クリス・エヴァンス スカーレット・ヨハンソン セバスチャン・スタン アンソニー・マッキー ロバート・レッドフォード サミュエル・L・ジャクソン コビー・スマルダーズ フランク・グリロ エミリー・ヴァンキャンプ ヘイリー・アトウェル マキシミリアーノ・ヘルナンデス トビー・ジョーンズ
日本公開/2014年4月19日
ジャンル/[アクション] [サスペンス] [SF]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』 戦争かアクションかヒーローか?

 ナチスが繰り出す超兵器を相手に、羽付きヘルメットの大男が戦う物語――といっても、手塚治虫著『ビッグX』ではない。
 キャプテン・アメリカといっても、『イージー・ライダー』のピーター・フォンダでもなければ、スタントマンのイーブル・クニーブルでもない。
 本家本元、第二次世界大戦時代に米国の戦意を高揚させたヒーローを、生誕から70年を経てスクリーンに映し出したのが『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』である。

 この時代錯誤のヒーローをいかにして現代向けの作品にするのか、私は不安と期待を抱いて待っていた。
 キャプテン・アメリカ――通称キャップの問題は、ただ単に初出が古いということではない。1941年3月の"Captain America Comics"の創刊はたしかに古いものの、もっと古いスーパーマン(1938年)やバットマン(1939年)の新作映画が今でも作られているのだから、古いことは問題ではない。
 それよりもキャップの特徴である、星条旗をあしらったコスチューム、そして「アメリカ大尉」という名前、ヒトラーを殴る絵を表紙にしたデビューの仕方、それら*米国の*愛国心を象徴する彼のキャラクターそのものが、現代の映画市場には不向きに感じられたのだ。

 もちろん、星条旗をあしらったコスチュームでナチズムと戦ったのは彼だけではない。キャップと同時期に誕生したワンダーウーマンだって星条旗そのものの扮装をまとってナチス・ドイツと戦った。
 そんなヒーローたちの中にあって、キャップの特徴は、彼が軍人であり、軍の任務としてスーパーヒーローになったことだ。米国のスーパーヒーローはみんな米国のために戦っているが、キャップはその最右翼なのである。
 そんな戦意高揚マンガとしてのキャップの出自をいまさら描いて、世界の映画市場が受け入れるとも思えない。
 だから、戦時中の活躍はすっぱり割愛し、冷凍睡眠から目覚めて以降の現代の活躍を描いた方が観客には受けるだろうと思っていた。

 ところが、『キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』は1942年を舞台とし、キャプテン・アメリカ誕生の歴史をしっかりと描いている。
 そして、彼の名前やコスチュームが米国への愛国心を高めるためのものであることを、観客にきちんと説明している。
 この映画の制作陣は、まさに正々堂々とキャプテン・アメリカの映画化に取り組んだのである。


 では、米国への愛国心を背負ったヒーローが、時代錯誤にならないように制作陣はどんな手を打ってきたのか。実際、映画の冒頭ではアンクル・サムの「I WANT YOU」なんてポスターが目に付いて、本作の方向性について心配させられる。

 かなめは軍隊の描き方だ。
 2011年に公開された『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』や『世界侵略:ロサンゼルス決戦』は、軍隊をヒーロー然と描いていた。いささか鼻につくくらいに。その描き方を成立させるために、敵は非人間――異星人であった。人間とは似ても似つかない異星人が敵であればこそ、地球人は誰しも軍隊側に感情移入できる。
 だが、第二次世界大戦を背景とする本作で、その手は使えない。

 また、『スターシップ・トゥルーパーズ』では軍隊を皮肉を交えて戯画化していたが、本作でそんなことをしてはキャップを否定的に描くことになりかねない。キャップはみずから志願して兵士になるのだから。

 そこで本作の制作陣が選んだのは、茶化すことだ。
 派手なコスチュームで人前に出ても喜ぶのは子供だけ、戦地の軍人にはなんら響かないという滑稽さを通して、安易な戦意高揚作品になることを避け、かといって軍隊を否定することも避け、楽しく茶化す。そのさじ加減が実に上手い。


 ここは、監督に起用されたジョー・ジョンストンの持ち味でもあろう。
 スター・ウォーズシリーズの視覚効果で名を上げたジョー・ジョンストン監督だから、スピーディで派手な映像作りはお手のもののはずだ。迫力ある戦闘シーンで観客を興奮させることもできただろう。
 けれども本作を見れば、ジョー・ジョンストンは『ロケッティア』の監督であり、『アイアン・ジャイアント』のデザインワークスを担当していたことを思い出す。『ロケッティア』はナチス台頭期を舞台にした好青年の冒険物語、『アイアン・ジャイアント』は小さな村での心優しいロボットの物語だった。いずれも派手なアクションを売りにする映画ではない。

 本作も、レトロな雰囲気やちょっと奇妙な兵器などが楽しめる作品だ。
 アクションもあることはあるが、それはあくまでキャプテン・アメリカが正義感を体現するためのシチュエーションでしかない。ジョー・ジョンストンは戦時中の米軍の活躍を描きながら、好戦的な雰囲気になりそうなところは茶化したり、はぐらかしたりして、正義感でいっぱいのヒーロー物から踏み外さない。
 敵もナチス・ドイツそのものではなく、ナチスから逸脱したレッドスカルとその一党ということにして、万国万人にアピールできる作品に仕上げている。

 実のところ私は、キャップを現代に通用する作品にするのは極めて困難だと思っていた。しかしそれはまったくの杞憂であった。
 それどころか、第二次世界大戦当時を舞台にしたおかげで、キャップの武骨なロマンスが違和感なく織り込まれ、思いがけなくも感動的な展開になっている。


 時代を描くに当たっての細部へのこだわりも楽しい。
 劇中、米軍が入手した情報を、MI6に知らせるように指示する場面がある。なぜ、米軍が英国の情報機関に調査を依頼するのか劇中では説明がないが、これは長い諜報活動の歴史を持つ英国に比べて、米国にはそもそもろくな情報機関がなかったためである。
 当時の状況を踏まえた脚本に、ニヤリとする方も多いだろう。


 さて、1941年に出版されたキャプテン・アメリカは、ヒトラーを殴って世論を煽ったが、米国は戦争については中立を守り続けた。先に私はキャプテン・アメリカを戦意高揚マンガと表現したが、所詮マンガの力で戦争を始められるわけもない。マンガなんてそんなものである。
 キャプテン・アメリカの登場から9ヶ月後、米国の重い腰を上げさせ、遂に戦争を始めさせたのは、真珠湾を攻撃した日本であった。


キャプテン・アメリカ [DVD]キャプテン・アメリカ ザ・ファースト・アベンジャー』  [か行]
監督/ジョー・ジョンストン
出演/クリス・エヴァンス トミー・リー・ジョーンズ ヒューゴ・ウィーヴィング ヘイリー・アトウェル セバスチャン・スタン ドミニク・クーパー トビー・ジョーンズ スタンリー・トゥッチ サミュエル・L・ジャクソン ニール・マクドノー デレク・ルーク ケネス・チョイ
日本公開/2011年10月14日
ジャンル/[アクション] [アドベンチャー] [SF]
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【theme : 特撮・SF・ファンタジー映画
【genre : 映画

tag : ジョー・ジョンストン クリス・エヴァンス トミー・リー・ジョーンズ ヒューゴ・ウィーヴィング ヘイリー・アトウェル セバスチャン・スタン ドミニク・クーパー トビー・ジョーンズ スタンリー・トゥッチ サミュエル・L・ジャクソン

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