『ダラス・バイヤーズクラブ』のキーワードはこれだ!

 油断も隙もありゃしない。
 『ダラス・バイヤーズクラブ』には、ほとほとしてやられた。
 難病に侵され、余命30日を宣告された男の話だと聞いたから、てっきり涙と感動の余命モノだと思って、舐めていたのだ。

 とんでもなかった。
 実話に材を取った本作は、学もなければ地位も金もない男が、社会を揺るがす映画だった。
 主人公は電気技師のロン・ウッドルーフ。堅気の仕事に就いてるものの、ロデオと賭け事と女とドラッグ三昧の日々を過ごしている。
 ある日突然ぶっ倒れた彼は、病院に運び込まれ、医師からエイズであると告げられる。余命はわずか30日。
 今では考えられないことだが、1985年当時、エイズは治療法が確立されておらず、ゲイのあいだで流行している奇病として恐れられていた。感染経路も一般には理解されず、エイズ患者はただ恐れられるばかりだった。

 劇中のロンは、周囲と同じように偏見に凝り固まった男だった。女をさげすみ、ゲイをさげすみ、エイズ患者をさげすんでいた。
 その彼がエイズにかかったと知るや否や、友人たちはロンに偏見の目を向けた。ロンをゲイ扱いして罵り、ロンを遠ざけようとした。
 実際、エイズにかかったロン・ウッドルーフは、すべての友人を失ったという。
 映画は、偏見に凝り固まっていたロンが、人々の偏見にさらされ、傷つき悩む様子を描く。
 それだけでも見応えのある映画だったと思う。被害者の立場に身を置くことで、変わっていく男。映画の展開としては悪くない。

 だが、彼は静かに死を待つような男ではなかった。
 彼は図書館に通い、エイズについて勉強し、生き延びる方法を探した。そして、世の中には自分が処方されていない新薬や未認可の薬があることを知り、それを投与するように医師に迫った。
 医師は、アメリカ食品医薬品局が認可した薬でなければ投与できない。未認可の薬を投与したら医師を続けられなくなる。
 それでもロンは諦めず、テスト段階の新薬AZTを非合法な手段で手に入れる。映画ではろくでもない薬のように描かれているAZTだが、満屋裕明氏が開発したこの薬は、今もエイズの治療に用いられている。ただ、副作用があるので、本作の主人公のようにモリモリ食べるのはもっての外だ。

 とはいえ、非合法な手段も辞さず、無免許医まで頼るロンのバイタリティーには圧倒される。
 そして観客は、本作が涙と感動の余命モノにはなりそうもないと気付く。
 生きるためとはいえ、次々に法を破っていくロンは、どう見ても感動的な美談の主ではない。

 ここから彼は、ある意味カッコいい男になっていく。
 無免許医の指導の下、体調を回復したロンは、自分と同じようにエイズに苦しみ、余命を宣告された人々に、自分と同じ治療を受ける機会を提供しようとする。
 そこでロンが立ち上げるのが、ダラス・バイヤーズクラブだ。『小さな命が呼ぶとき』の主人公は、難病の娘を治すために医薬品会社を設立したが、ロンが作ったのは外国製の未認可の薬を患者に提供する組織である。
 国内では薬が手に入らないのだから、ロンは世界中に買い付けに行かねばならない。それには元手が必要だ。だから、患者にはきっちり金を払ってもらう。その代わり、政府の認可なんか待っていたらいつまで経っても手に入らない薬を、明日をも知れぬ患者に渡してやる。
 患者たちは、大病院の偉そうな医師なんぞ無視してロンの許へ殺到した。エイズにかかってもピンピンしているロンの存在こそが、クラブが大病院より当てになる何よりの証拠だ。
 クラブのピーク時には、実際に4,000人の常連客がいたという。

 もちろん、ロンのやっていることを政府が認めるわけがない。
 アメリカ食品医薬品局は取り締まりに乗り出し、ロンは法廷で戦うことになる――。
 というわけで、物語はロン個人の闘病生活を超えて、スケールが広がっていく。ありきたりな涙と感動の余命モノを予想していた私は、ダイナミックな展開に圧倒された。

 ロンに政府と戦うつもりがないところもいい。
 彼は反体制的な思想から未認可の薬をばらまいたのではないし、法廷に出たのも売られたケンカを買ったにすぎない。
 ロンは単に政府に邪魔して欲しくなかったのだ。
 余計な口出しをするな。それがロンの云いたかったことだろう。
 ロンもはじめは権威あるものにすがろうとした。大病院を訪れ、医師がテストしている薬を手に入れようとした。
 だがロンは、権威にすがり続けるのではなく、自分で調べ、自分で訪ね歩き、自分で考えた。そうして元気になったのだから、それを他人に勧めて何が悪い。

 アメリカ食品医薬品局の役人や大病院の医師が悪人だったら、彼らの鼻を明かすロンの活躍が痛快だったかもしれない。
 本作はエンターテインメントでもあるので、医師や役人は憎らしげに描かれている。しかし、彼らは必ずしも悪人ではない。
 認可に必要な手続きを踏み、未認可の薬が出回ることを制限し、認可された薬の範囲内で治療する。どれも間違ったことではない。
 間違ってはいないけれど、最善とは限らない。
 認可した薬に副作用が見つかったら、国民は政府を非難するだろう。だから認可に当たっては慎重に慎重を重ねることになる。結果としてなかなか認可できない。
 未認可の薬を放置したために事故が起きたら、国民は政府を非難するだろう。だから未認可の薬を厳しく取り締まることになる。
 医師が未認可の薬を処方したために事故が起きたら、国民は医師を非難するだろう。だから医師は認可された薬しか使わない。
 人間誰しも我が身が可愛いし、非難にさらされたくない。ましてや製薬会社を含めた現在の構造にうま味があれば、わざわざそれを変えたくはない。
 そんな一人ひとりの保身と怠慢と利権の集積が、患者への新薬の投与を妨げている。

 本作とは違うジャンルの作品だと思われるだろうが、『フェア・ゲーム』も保身と怠慢を描いた映画だった。実話に基づいたこの映画では、CIAという政府機関に働く一人の公務員が、上司たちの保身と怠慢に阻まれて、理不尽な立場に追い込まれる様を描いていた。

 認可の有無にかかわらず、最善と思う治療法を患者に施そうとしたら、ブラック・ジャックのように無免許で医療行為を行う覚悟が必要だ。実際、本作で死ぬ寸前だったロンを救うのは無免許医だ。
 ダラス・バイヤーズクラブを訪れるエイズ患者からロンが容赦なく金を巻き上げるのも、ブラック・ジャックと同じだ。どの患者も途切れることなく薬を飲み続けなければならないのに、採算を度外視して薬を渡してしまったら、次の仕入れができなくなる。それはロンを頼るすべての患者を見捨てるのに等しい。
 だからロンはクラブを立ち上げ、金が回る仕組みを整えた。
 政府さえ余計な口出しをしなければ、それで良かった。

 ロンとは違う考え方をする人もいるだろう。
 国民の福祉を向上させるためには、政府がしっかりやるべきだと考える人もいるはずだ。
 これはすなわち、小さな政府と大きな政府のどちらを取るかという問題だ。
 保身と怠慢と利権の巣窟になりやすい政府の権限や仕事をできるだけ小さくして、ロンやブラック・ジャックがやることに余計な口を出させないようにするか、ロンやブラック・ジャックのような者の活躍する余地がないほど政府に大きな権限や仕事を負わせるか。

 私見だが、小さな政府を志向した大衆映画を作るのは難しいと思う。政府が小さければ小さいほど、個人が重い責任を負って生きていかねばならないからだ。
 それよりも、平等や連帯を謳う映画の方が口当たりが良いはずだ。
 政府なんかいらないと背を向けるより、ちゃんとやれと政府を弾劾する方が観客には受けるだろう。

 このような政府のあり方の考察を、一人の男の生き様を通して描きながら、本作をエンターテインメントとして成立させた作り手の手腕には舌を巻く。
 だから、実のところ本作において法廷闘争の行方はどうでもいいのだ。政府の口出しが人々にとって邪魔でしかないことが示せれば良いのだから。

 もっとも、米国での議論をそのまま日本に持ち込むわけにはいかない。
 なにしろ日米では政府の大きさが全然違う。人口千人当たり65.5人の職員がいる米国に比べ、日本は人口千人をわずか36.4人の職員でサポートしている。その開きは1.8倍。職員総数で見れば、米国は実に日本の4.4倍もの規模なのだ。他の国と比較しても日本の職員は極めて少なく、職員数に関して云えば日本の政府は小さすぎる。
 にもかかわらず、日本人は歴史的にお上に依存してきた
 保身と怠慢と利権に加えて人手不足が生じているから、政府のあちこちにシワ寄せが及んでいる。その一つが日本の行政、特に中央省庁における「ブラック政府」と呼ばれるほど常態化したサービス残業だろう。


 小さな政府と大きな政府のいずれを支持するかは人それぞれだろうが、ロンはダラス・バイヤーズクラブを運営する上で重要なことを口にする。
 それは「自己責任」だ。
 医師の処方もなく、認可もされていない薬を服用して、もしも事故があってもロンは責任を取れない。「自己責任だからな」とロンは患者たちに必ず告げる。
 それでも彼らはロンの許に押し寄せる。
 政府が責任をもって認可するのを待ってはいられないからだ。どれだけ生きられるか判らない彼らにとって、自分が選んだ薬を飲む自由を奪われるのは、生きる可能性を潰されるのと同じだ。

 もちろん、言葉の使い方を間違えてはいけない。
 「自己責任」とは、自分が何かするときの自由を確保するために、規制や口出しを拒絶するために使う言葉だ。
 困っている人や保護を求めている人に対して、「自己責任だ」と云って突き放すのは見当違いだ。

 政府の干渉を撥ねつける一方で、ロンはかつてさげすんでいた女やゲイやエイズ患者たちと助け合う。孤独な戦いを続けるロンの許に、多くの人が集まってくる。
 そこには、保身もなく利権もなく、ただ必要に駆られた人に必要な手を差し伸べる助け合いがあるばかりだ。

 余命30日と告げられたロナルド・ウッドルーフが死んだのは、7年後のことである。


ダラス・バイヤーズクラブ(マシュー・マコノヒー出演) [DVD]ダラス・バイヤーズクラブ』  [た行]
監督/ジャン=マルク・ヴァレ
出演/マシュー・マコノヒー ジャレッド・レトー ジェニファー・ガーナー デニス・オヘア スティーヴ・ザーン
日本公開/2014年2月22日
ジャンル/[ドラマ]
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